非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。 作:なごみムナカタ
わたくしは元気です。ご心配をおかけいたしました。
推敲不十分でも出せる形になったので急いで投稿しました。
あまりにも更新間隔が長かったため、もう覚えてる人も少ないかもしれませんがこういうのは自己満上等。
またぽつりぽつり更新していく所存です。
さて、三部作で無理矢理終わらせにいったので文字数が凄まじいことになってしまいました。通常回の約三倍です。途中飽きられるのではないかと心配……。
2024.5.2 設定変更に伴い、一部追記修正
「……比企谷くんがどうやってプリキュアに変身するのかはとりあえず置いておきましょうか」
埒が明かないと踏んで説得を保留する雪ノ下。こちらも折れる気はないし、そうならざるを得ないので、この中断は非常に有り難い。
高校の頃から”目標が専業主夫”は見放されていた感すらあったのに”夢がプリキュア”となったらここまで心配されてしまうものなのか。なんでだよ、どう考えても後者は冗談だろ。専業主夫希望よりプリキュア願望のが危ぶまれる俺の生き様とは一体……。
『しゅぽっ』
幾度目かのLINEメッセージが届く。
【ねえ、そろそろ出られる隙つくってくんない? いい加減ちょっと暑いんだけど】
クローゼットの暑さの前には熱いプリキュア観のぶつかり合いも敵わなかったようだ。間違いなく今回最大の被害者は川崎であろう。それを思うと胸が痛むし、どうにかしてやりたいと願うも今のところ二人を撤退させる妙案はない。
【なんとかする。もう少しだけ待ってくれ】
これが適当な言葉だというのは俺が一番よく分かっている。
仮病という事実を告げ、謝り倒して二人を喫茶店にでも連れ出すのが現実的な案かもしれない。ただその場合、なぜ病気と偽ったのかを追及されるところまでがセットであり、論破する自信がなかった。
今まで通り出不精を盾にすればいいのかもしれないが、(頼んだわけではないが)こんな遠方まで足を運ばせて理由がそれではゴミを見る目からハエが集る汚物を見る目に
他の策はないかと思弁していると、いい匂いを携えながら声がかかった。
「お粥、出来たわよ。冷めない内に食べてもらえるかしら?」
「そうか。ありがたく御馳走になるわ」
運ばれてきたお粥を見た俺と由比ヶ浜は感嘆する。
「わっ、これってお粥なの? なんかいっぱい乗ってて美味しそー!」
お米の白。玉子の黄。おかかの茶褐色。
普通のお粥なら精々ここまでだが、そこからさらなる色味としてインゲンの緑。鶏肉の肌色とほぐし明太子の紅梅色。しめじの傘の鶯茶色に柄の砂色。俺の中のお粥像を完全にぶち壊す御馳走がここにある。なんだこれなんだこれ?
「前も思ったが、お前の作る料理は嫁っぽさが皆無だな……」
嫁度対決のパエリアでも思ったことを再び口にした。
「……それは誉め言葉として受け取っておくわ」
『かり……』
雪ノ下も満更ではないようで頬を朱に染めていた。
由比ヶ浜はそれを聞いてどこか羨ましそうに俺たちを見ている。
爪で引っ掻くような音を耳が拾う。発生源はクローゼットの中。
『聴こえない 俺には何も 聴こえない……』
瞬時に川崎をいないものとする川柳を生み出した俺。
レンゲで掬ったお粥を恐る恐る口に運ぶ。
「っ!」
「ヒッキー、大丈夫⁉」
己が猫舌である事実を忘れるくらいにはテンパっていたらしい。なんとか吐き出すのだけは我慢したが、「カハァ」という情けない声を上げながら舌を出した。呆れながら雪ノ下が声をかける。
「盗ったりしないから、とりあえず落ち着きなさい」
「
犬のようにパンティングしながら謝罪を述べる俺。それを見て母性が刺激されたのかサブレと勘違いしたのか、由比ヶ浜はどんでもないことを提案する。
「あ、じゃあさじゃあさ、あたしが食べさせてあげる!」
「
「え、ゆ、由比ヶ浜、さん?」
『がり……』
ペットに餌を与える感覚で宣う由比ヶ浜。
その申し出に戸惑う雪ノ下。
爪で引っ掻く音を聞き逃さない俺の耳。
……川崎さん、気配ダダ洩れなんでかりかり控えていただけませんか?
「……いや、ちょっと意味分かんないです」
「意味分かんないってなんだし⁉」
いや、分かるだろ。いや意味分かんないって言ってたわ。どっちだ、訳わからん。
「言葉通りだ。食わせてもらう理由がない」
「でも一人で食べて火傷してるし……それに、一回やってみたかったんだよね、こういうの」
俺からレンゲを奪い取り、ふーふーと息で冷ます。その一息おいくら万円? 10
「……ふーふー、こんな感じ? はい、あ、あーん?」
レンゲを近付け疑問形で食を促す。
なんでそんな無邪気に出来るの? 恥ずかしくないの? 二人に見られてるんですよ?
「あれ、違った? んっと、じゃあ……」
「……ほ、ほら、お食べ?」
いや、お食べって君ね……やはり俺のことをサブレと勘違いしてる疑惑、確信へ。
「っ……比企谷
雪ノ下は軽く笑いを堪え追従してきた。
噛んだんですよね? でなければ、だいぶ目付き悪そうなその犬種を愛せる自信がない。
いつものように捻くれ、ゴネて、意地を張り、食べない選択肢もあったが、早く済ませてお引き取り願うのが最良と判断した。無意味な我慢大会を強いられた俺や、社会的に命懸けのかくれんぼを強要させられている川崎のためにも、だ。
一口食んでペット体験。
普通に旨い。
雪ノ下が作ったからか、由比ヶ浜が食べさせたからか。配役が逆だったらゾッとする。
「……旨い、な」
「そ、そう」
「えへへー」
『がり……』
らしくもなく素直な感想が漏れた。
それを聞くと照れたような戸惑うような反応の雪ノ下と、嬉しそうに微笑む由比ヶ浜。
ここまではいいのだが、『がり……』っという非言語には背筋がぞくりとさせられる。気づかれたらどうするの? 小悪魔化した川崎が悪戯しちゃってるのかな? ばれたら俺たちは社会的に抹殺されるんですよ? 何のためにこれまで耐え忍んできたと思ってるの?
念入りにお粥を冷まして口へ運んでくれる由比ヶ浜。それが何度目かの時、名案を思い付いたように喜び始めた。
「そうだ! ゆきのんもやってみたら?」
「え……。えっ?」
やってみたらって、その言い草どうなの? 完全にペットじゃん。忠犬
祝・脱・人・間!
ある意味、由比ヶ浜らしい発想にちょっとした安堵すら湧き上がってしまう。
「ちょっと? 俺を差し置いて俺に餌を与える話が進められていくのに異議を唱えたい」
雛鳥じゃねえんだぞ。俺は専業主夫を目指しているのであってヒモになるつもりはない。というか、ヒモどころかバブみ上等、おぎゃって餌付け案件ですね、ありがとうございます。
「あたしがあげたんだし、ゆきのんもあげなきゃダメくない?」
「何一つその理屈に賛同できないのだけど……」
「なんだその徒競走で順位を付けない悪しき平等主義に通ずる理論は」
どうにか雪ノ下を援護したかったが、俺が社会の悪と比較して説いたところで由比ヶ浜の暴走が止まるはずもない。
まあ、こんな提案に乗るような雪ノ下では……
「……でも、確かにペットに餌を上げると考えれば許容できないこともないわね」
乗っちゃいましたよ。一体どうしちゃったのゆきのん?
「待て、俺はお前たちのペットでは……」
「ペットならもっと可愛げがあるでしょうし、こんなに濁った目をしていないわ。あくまでも疑似ペット体験ならば許容できると言ったまでよ」
どうもなっていなかった。俺の扱いにおいて抜群の安定感を見せる雪ノ下である。
「……さあ、遠慮せずに貪りなさい」
「言い方さぁ、もうちょっと考えて?」
その後『まるで豚のようね』とでも続きそうなフレーズにドン引きする。
っていうか冷まさんのかい。そのままだと餌付けじゃなく攻撃だからね?
視線がレンゲと雪ノ下を行き来する。俺の言いたいことを察してくれたのか、左手で髪を搔き上げ耳にかけながらふーふーと冷まし始める。それは見惚れるくらい絵になる所作であった。
「……今度こそ、観念なさい」
「だから待て。観念という言葉の使いどころもおかしい。それは止めを刺す時に使う言い回しだ」
あらぬ疑念すら抱き始めた俺は戦慄いた。毒殺するつもりならもっと殺気を隠してください。食べるのはご遠慮いたします。既に食ってるんだけど。
しかし、当然ながらその選択を雪ノ下は許さない。
「食事を作らせた上、食べさせて貰うことに異議を唱えるなんて、どう躾けられればそのような恩知らずに成長してしまうのかしら。保護者の妹さんと話し合わなければならないようね」
「なんで小町に育ててもらったことになってるんだよ……」
だが、俺が中学生になってからは小町が家事をしてくれていたので間違ってはいないのか。
ならば今は事情があるとはいえ川崎に育ててもらっていることに他ならない。
ちなみに、現在その保護者さんはクローゼットの中に隠しているという不敬な扱い。あまりにも扱いが間男過ぎて俺が悲劇のヒロイン説。
「由比ヶ浜さんに与えられると食べるのに、私が与えたら食べられないというの……。そう……」
与えるって強調し過ぎてません? そこまでして餌感を醸し出す雪ノ下から強い躾けの意志を感じる。
「っ……分かった。食うよ、食う、食べさせてくださいお願いします」
「……そこまでいうのなら誠に遺憾ではあるものの、食べさせるのも吝かではないわね」
半ばヤケクソ気味に了承すると、驚くほど尊大な物言いで返って来た。それを聞いた俺に謎の安心感が湧き上がる。これが雪ノ下雪乃の平常運転なのだ。
雪ノ下は冷ましたお粥をゆっくり俺の口へと運ぶ。態度とは裏腹にレンゲを持つ手が小刻みに震えていた。羞恥心を抑え込んでまで俺をペットとして躾けなくてもいいんですよ?
手の動きに合わせ、こぼさないよう口で迎えに行く。字面がちょっと変態チックで訴えられないかが心配になる。プリキュアの件もそうだが、俺って通報と紙一重の人生歩み過ぎだろ。
「……旨い」
「と、当然ね、私が作ったのだから……さあ、もう一口お上がりなさい」
「あ、ゆきのんずるいよー、次はあたしの番だから!」
二度目となると抵抗感も薄れ、素直に感想を漏らした。それを聞いた雪ノ下の顔が綻ぶ。ちょっと照れながらもドヤ感を含んだその反応に、由比ヶ浜がころころ笑いながら自分もとせっついてきた。
場が温かな空気に包まれ、なんとなく一件落着したように思えたが、
『しゅぽっ』
その空気を切り裂いたのは間の抜けた通知音。
差出人はクローゼットの中にいる存在。
一見間男風だがその正体は、今の俺の保護者にして魔界に棲まう小悪魔。
……身分を説明したつもりが、より得体の知れない存在へと昇華させてしまった。
そんな素性不明(失礼)な人物からはたった一言。
【自分で食べな】
その一文には雪ノ下とは違う『躾け』が記されており、彼女の人物像を顕していた。つまり、川崎さんマジ保護者!
しかし、なんとなく文字から怒気のようなものが感じられるのは気のせいだろうか。
このまま雪ノ下たちに躾けられたらシンクロ率400%よろしくヒトに戻れなくなりかねないので、川崎の躾けに従うことにする。どのみち躾けられるんですねありがとうございます。
「あとは自分で食うわ」
「えー、次はあたしの番だってば」
ありもしない権利を主張する由比ヶ浜。残念だったな。次は川崎の番だと心の中で呟いた。その川崎の指令というのが『自分で食べる』という至極当たり前の躾けなのは正直助かる。
レンゲを奪おうと手を伸ばした俺に怪訝な目を向ける雪ノ下。
「……目付きだけでなく手癖まで悪くなったのかしら?」
「目付きは関係ないだろ……いや、自分で食うからレンゲをくれ」
「……」
俺の自立を喜んでくれるものだとの予想に反し、思わしくない反応を見せる。
「……あなた、変だわ。いえ、変なのは最初からだけど」
「自分でツッコんじゃうのかよ」
「……仮病なのは薄々感付いていたけれど、それならばなぜ食べさせてもらうことを拒むのかしら?」
「えっ、仮病⁉」
ばれていた。
心臓を鷲掴みされるような不快感に襲われながら、どう切り返すべきか策を巡らせる。
その間、雪ノ下は追撃の手を緩めない。
「由比ヶ浜さん、人間の体温で43度なんて有り得ないのよ。仮にあったら意識はないでしょう。だからすぐに仮病だと察しがついたわ」
「でも二度目に測ったら38度だったよ?」
「大方服でも擦って体温計の数字を上げたのよ。最初は加減が分からなくて43度になってしまったけれど二度目は調整できたというところかしら。比企谷くんらしい作戦ね、姑息だわ」
次々と俺の悪事を暴いていく雪ノ下。まるで国民的名探偵アニメの犯人にでもなった気分だ。見た目は美少女、口調は毒舌、その名は雪ノ下雪乃!
果たしてこの先、犯人・比企谷八幡は無実を証明できるのか。プリキュア生活必需観の時のように理路整然とした弁論を繰り広げなければならない。そもそも無実ではないのだから余計ハードルが高い。
「なんなら今度は私たちが見ている前で体温を測ってもらえば熱がないことが証明されるわ。きっと比企谷くんは嫌がるでしょうけど」
ドヤ顔で冷笑する雪ノ下。確かにおっしゃる通りであり、一分の隙も無い論理的思考と要求。だが、そのしたり顔を見て俺の中にふつふつと反骨の策謀が湧き上がる。
俺は雪ノ下に、ちょっとした悪戯心を込めてやり返すことにした。
「……確かに仮病だ。嘘を吐いて悪かった」
「あら、やけに素直に認めるのね」
「えー……ホントに嘘だったんだ……」
本当に騙されていた由比ヶ浜には、さらに巻き込んでしまうことへの罪悪感も圧し掛かり、申し訳無さを感じていた。
「てっきり私たちに看病させるための仮病だと思ったのだけど、その割りには自分で食べようとするし意味が分からないわ」
確かに、仮病で招き入れた俺が看病を嫌がって自分で食べようとするのは行動原理が破綻している。虚言や偽装の数々は暴かれたものの、俺の思惑まで読み切れていなかったのが、完璧であるはずの論理に影を落としていた。
ならばそれに乗じ、雪ノ下に一矢報いることは可能である。真実を含ませた俺の策謀、とくと見るがいい。
「お見舞いに来て欲しがってしたわけじゃないからな」
「どういう意味かしら?」
「……むしろお前らを遠ざけるための偽装だったと言っていい」
わざと謎めいた語りで興味を引く。
「遠ざける? プリキュア依存症を隠すために?」
グサッ!
痛恨の一撃!
はちまんのライフは残りわずかだ!
川崎の隠れ蓑にするため、全面に押し出した
しかし、なんとか平常を保ちつつ冷静に返す。
「……そうじゃない。隠すつもりなら収納にでも仕舞っておけば済むことだろう」
「そうかもしれないけど、まさか由比ヶ浜さんが洗濯機を調べるとも思っていなかったでしょうし、その理屈には疑惑が残るわ」
洗濯担当じゃないとはいえ俺の過失なのは認める。だが、これ以上傷口を広げるのは止めていただきたい。お前の辞書に武士の情けという言葉はないのか。
「え、えっと……なんか、ごめんね?」
由比ヶ浜の優しさが塩となり傷口に塗りこまれる。俺を精神的に痛めつけるお前らのコンビネーションと手腕に脱帽せざるを得ない。
「ふ……プリキュアの素晴らしさを伝えたことに、恥じ入る必要が何処にあるというんだ?」
宣っておきながら、俺の心は羞恥で震えている。そんな魂の叫びに気づかぬ氷の女王はさらに容赦のない言葉責めを繰り広げた。
「なにそれ、宗教? 布教活動に私たちを巻き込まないでほしいのだけれど。マルチ商法なら消費者庁への相談かしら? いえ、あの卑猥な衣装を着ろというのなら猥褻罪として通報も辞さないわよ?」
「あ、あれを着るのは……ちょっと恥ずいかも……」
おい、その通報レベルの卑猥な衣装でバイトしてる奴がクローゼットの中にいるんだぞ。猥褻罪とまで断ずるなど、お前には人の心がないのか。あとガハマさん、正直すぎても人は傷つくんですよ? 優しい嘘も覚えてください。
流れ弾とはいえ軽くはない被害が出てしまい、もはや一刻の猶予もなかった。
「お前らが今日夕飯作りに来るとか言ってただろ。それを避けるために嘘を吐いた」
「この衣装を見られないようにするため?」
「違う。まずその発想から離れろ」
なんとしてもプリキュアに帰結しようとする論調に、いい加減頭に来ていた俺はぶっきらぼうに答える。
それと、この衣装はプリキュアじゃない。小悪魔だ! ……とは口が裂けても言えないのがつらい。
「この部屋に上がってから何かに気づかないか?」
「この部屋? ……そうね、比企谷くんの部屋にしては小綺麗に整頓されているかしら」
「うん、なんか意外かも……」
「褒めてくれているのは分かるが、気づいてほしいのはそこじゃない」
俺の部屋にどんなイメージを持っているのか理解した。確かに実家の部屋に上げたことなんてないが、汚いを前提として話を進めるのは辞めてほしい。
「なら……そうね、建物の外観と比較して室内の作り、特にバスルームが随分新しく思えたわ。でも内装はリフォームされるものだし、築年数と比例していなくても普通ではないのかしら?」
「それだ。この物件は俺たちと同世代くらいだがこうして内装がリフォームされて、キッチンもバスルームも新しい物に替わっている」
「……それのどの辺りに私たちを立ち入れさせたくない理由があるのか、見当がつかないのだけれど」
俺の要領を得ない問い掛けに、少しだけ焦れた表情を見せる。
さあ、ここからだ。
「大学生の一人暮らしにしては綺麗すぎるとは思わないか?」
「そうね。ここって家賃はおいくら? 10……いえ、8万くらいかしら」
意外と常識的な金銭感覚を発揮する雪ノ下に感心しつつ、俺は右手で人差指を、左手で人差指と中指を立てた。
「えっ、12万円⁉ 確かに綺麗だけどワンルームでそれって高くない?」
「そんな物件に契約させられるなんて、何事にも疑念から入る比企谷くんらしくない醜態ね。あなたから用心深さを取り去ったら何が残るというの?」
褒めているようでディスっている雪ノ下の言葉はさて置き、この後、二人がどのような反応を見せるのか、内心ほくそ笑む。
「……三万円だ」
「……」「……」
「は?」「え⁉」
銘々驚きの表情で俺の下心を満たしてくれた。立地と設備次第では由比ヶ浜が勘違いした家賃が一般的だろう。その価格の半分にも満たないのだから誰だってこんな顔にもなる。
「なにそれ安すぎっ! ヒッキー大家さんと友達なの⁉」
「友達じゃないし、そうだとしてもお前のお友達価格安過ぎだろ」
「……」
そんなにも割引しなければいけないのなら、やはり俺はぼっちでいい。ぼっち最強。不動産持ってないけど。
由比ヶ浜とは対照的に雪ノ下のリアクションが薄い。どうやら安い理由を察したようで、その表情は強張り、忙しなく視線を彷徨わせていた。
「……」
「どうしたの、ゆきのん?」
「……まさかとは思うけれど……ここって、その……事故物件か何かなのかしら?」
「気づいてしまったか」
「っ!」
「じこぶっけん?」
その言葉の意味を理解していないのか、なぞるように口にした由比ヶ浜はぽかんとしていた。
「事故物件というのはな、住人が事件や事故で亡くなった部屋のことをいうんだ」
「へー……って⁉ それやばいじゃん! 110番しなきゃダメじゃん!」
「過去の話な。むしろ殺人事件前提なお前の発想が恐ろしいわ」
「最近多いのは孤独死かしら……心配ね、比企谷くん」
まるで近い将来、俺が事故物件を生み出してしまいそうな言い方は辞めて欲しい。絶対にそんなことにはならない根拠を力強く説明する。
「心配はいらん。なぜなら俺には世界で一番可愛いくて出来た妹・小町がいるからな。小町に看取ってもらえるなら、むしろ喜んでぼっちのまま今生に別れを告げようとすら思っている」
「ヒッキー、生きようよ……」
「……それを聞いたら余計心配になってきたわ……小町さんが」
おかしい。安心させようとしたら逆に心配されてしまった。
「小町さんにはあとで注意喚起しておくとして…………じ、実際、どうなの、かしら?」
内心は相当動揺しているようで、どんな事故案件だったのか探りを入れてきた。
「どうとは?」
「っ! ……どのような告知をされたかと訊いているのよ、可及的速やかに答えなさい!」
意地悪く惚けると食ってかかるように説明を要求してきた。『見た』のか『出る』のかを確認し、不安を打ち消したいのが見て取れる。
「……これは大家さんに聞いた話なんだが」
俺が神妙な面持ちで話し始めると二人の表情は硬くなり、場はしんと静まり返った。
「この部屋を最初に契約して住み始めた人物は若い女性で、仮にSと呼ぶことにする」
「……」「……」
二人は固唾を飲んで次の言葉を待つ。
俺の弄した策謀。それは瑕疵物件としての曰くを説明することで恐怖心を煽り、自発的にお暇して頂こうというものだ。強がる雪ノ下を引き出せたのは企図した通りと言えよう。このまま瑕疵エピソードで攻め立て気分悪くお帰り願いたい。
……だいぶ人間のクズだな俺。
「故あってSは部屋を解約したんだが、その後に部屋を借りた住人は出入りが激しく定着しなかった。なんでも住人たちは部屋で妙なモノを見ると口を揃えて言う。部屋で何度も女性の姿を見たとか……」
『ガタッ』
「っ!」「ひっ!」
誰もいない、というにはあまりに無理がある物音が響いた。大きめの荷物でも落ちなければまず出ない音量。
犯人は確認するまでもなくクローゼットの中の”
あんなにもはっきりと存在を主張して、どう誤魔化せというのか。
「い、今の音はなに⁉」
「ガタッていったよ、ガタッて!」
「ラップ音だ。この部屋じゃよくあるから、あまり騒いで霊を刺激するな」
それを聞いて部屋に緊張が走る。
次の瞬間、静寂に包まれた室内を切り裂いたのは俺のスマホの音である。
『しゅぽっ』
「ひっ⁉」
「なんでこんなタイミングでLINEくんの⁉」
「お前ら、少し落ち着け」
あまりにも気の抜けたそれは、場の緊張を解すだけでなく謂れのない不興を買う。
二人の慌てぶりは見ていて面白くすら思えてきたが、送られてきたメッセージもそれに負けないくらいには面白い。
【うさだよね? じおだんでしゅお?】
恐らく『嘘だよね? 冗談でしょ?』と入力したつもりなんだろう。お前も落ち着けよ川崎。
うさだよね? ってなんだよ。物音で危うくバレるところだったぞ。二人が帰ったら、月に代わってお仕置きしてやる。
「……だ、誰から?」
「……ああ、同居してる霊からだ。お前らが煩くて眠れないんだとよ」
「っ⁉」「う、うそ⁉」
メッセージの差出人は
『ガタッ』
「ひぃっ⁉」「いやあっ!」
またしてもクローゼットから響いてきた物音に二人は悲鳴を上げる。
「冗談だから落ち着けって。バイト先からだ(嘘だが)」
煽っておいてどの口が言うのか。
気を取り直して続けようとするが、川崎の行動により状況がよろしくない方向へと流れつつある。
――付き合っていた男性に振られ傷心の末、Sはロフトで首を吊って自殺。
当初、そんな痴情の縺れからくるストーリーを用意していたのだが、こう何度もクローゼットから物音が聞こえてはロフトよりむしろクローゼットの方がハザードポイントなのでは、という印象を与えてしまっているだろう。だがこんな狭いクローゼットの中では首吊れんだろうし。ってか、首吊りに固執する必要もないのだが、どうしたものか。急遽、クローゼットにもなにか曰くを用意しなければならないと考えるようになった。
元々、自殺まで追い込むには動機付けが弱いと感じていたし、シナリオの書き換えもやむなしか。男に振られたくらいで首を吊るというなら、俺の知っている女教師Sのように家財道具一式をヒモ男に持ち逃げされたらどうなってしまうのか。よほど平塚
新たなる曰くを捻り出すため、脳漿を絞る。時間稼ぎを兼ねてLINEの返信を打ち込んだ。
[頼むから物音を立てるな、バレる。これからなんとか誤魔化す方法を考えるからじっとしてろ]
川崎にはこれ以上彼女自身の存在をアピールしないように厳命しておいた。
メッセージを送信し終えると、二人へ向き直る。
――クローゼット、若い女性、事故物件。
……なんだか大喜利をさせられている気分だ。なんにせよ、なるべく強烈なインパクトを与える曰くを考える必要がある。
この物件がいかに危険で、二人にどれだけの恐怖を植え付けられるかが帰らせられるポイントになるからだ。となれば、やはり男に振られたくらいでは生ぬるい。どうせ
方針が決まるとインスピレーションが次々と迸り、頭の中で構成されていく。早速二人に聞かせてお帰り願おう。万全を期すためには丑三つ時にでも聞かせてやりたいところだが、クローゼットの中のSには未だ絶賛
俺は深いため息と共に、ゆっくりとこの部屋の曰くについて話し始めた。
「……話はSが住み始めた頃まで遡る」
二人とも真剣に耳を傾ける。実際には聞こえていないが、俺の耳がごくりと唾を飲み込む音を拾った気がした。
「今日よりも暑さの厳しい季節。Sは若い女性であると同時に乳幼児を持つ一児の母でもあった。しかし、赤ん坊は不倫の末に生まれた子で、その父親である男にも遊びだったとあっさり捨てられたそうだ。
Sの親は健在であったが、同居はもとより育児のサポートすら拒否され、ほぼ絶縁状態でのアパート暮らし。まあ、不倫の代償ってやつだな。不倫相手の奥さんからは当然慰謝料を請求されたが、不倫相手が支払う子供の養育費を一括請求させ、それで相殺したらしい」
当意ではあるが、細かな設定まで練る俺のストーリーテラーっぷりを心の中で自賛する。
「……そのSという女性、最低ね。子供のための養育費をなんだと思っているの。それって横領じゃない。それとも養育費錬金術とでも言うのかしら?」
雪ノ下の言う最低とは俺の生み出したストーリーに対するものであり、決して俺が過去行ったスカラシップ錬金術に対してではないと信じたい。
ともあれスカラシップ錬金術を当て擦るような発言に余裕すら感じられる。お帰り頂くにはもっと恐怖を煽ってやらなければ。でなければ実在する
俺は心を鬼にして怪談話を続行した。
「親にも頼れず、一人で赤子の面倒を見なければならない不安からかSは典型的な産後鬱に陥ってしまい、日に日に精神を病んでいった」
シングルマザーとなって経済的にも不安なところに初めての子育て。産後鬱の条件として役満である。知らんけど。っていうかこれ創作だし。などとは噯にも出さず当事者であるかのように諳んじた。
「なかなか泣き止まない赤子を見るたび、暴力を振るいそうになることに気づいた彼女は懸命に自分を抑えていた。だが、授乳や一日中休みない赤子の世話に加え夜泣きもあり、日増しに疲労が蓄積していったSは心に余裕がなくなっていく」
「はぁー、赤ちゃんって可愛いけど、やっぱ大変なんだねぇ」
共感性の高い由比ヶ浜は早くもSに同情的な感想を述べる。Sの行いに怒りを覚えていた雪ノ下も、母親としてのリアルな苦悩を聞くとその意気は消沈していった。フィクションですけど。
「育児の疲労とストレスが限界に達してしまった彼女はある日、何を思ったのかクローゼットの中に赤子を閉じ込めてしまう」
「うぁ……」
「それってもう虐待じゃないのかしら……」
「Sにとってそんなつもりはなく、ただ赤ん坊の泣き声を少しでも遠ざけるための防衛行動だったんだろう。しかしながら、赤ん坊は泣き止むどころか一層激しく泣き叫んだ。当然だよな。母親の手から離れるどころか光すら差し込まない閉鎖空間に閉じ込められ、不安にならないはずがない」
状況を想像し、悲壮な表情を見せる二人。ここまで作り話を信じてくれるとは思っていなかったため、俺は罪悪感から顔を歪めてしまう。それすらもこの話に説得力を持たせるアクセントとなっていた。
「赤ん坊にとって不幸にも、ここはそもそも単身者用アパートで昼間は子供の泣き声に苦情を訴える隣人もいなかった。だが、耳を塞ごうがクローゼットに閉じ込めようが赤ん坊の泣き声を完全には遮断できるはずもない。耐えられなくなったSはとうとう部屋から飛び出した」
「え? う、嘘でしょ?」
「赤ちゃんを閉じ込めたままなのよ⁉」
「そんな判断もできないほど追い詰められていたんだろうな。しばらくして落ち着きを取り戻したSは自分がどれだけ愚かなことをしているのか自覚する。だが、彼女はその日以降アパートに帰ることはなかった」
「えっ⁉」「なんでっ⁉」
予想外だったのか驚愕の声は同時に響いた。
重苦しい雰囲気に二人は沈黙する。同じくクローゼットの中からも音が漏れてくることはなく、静寂が室内を支配した。
「正気に戻ったSは急いでアパートへと向かった。しかし、慌てていたため周りに気を配る余裕がなかった彼女は道路を横断しようとして……」
「……どう、なったの?」
「……車に轢かれてしまう」
「うそ⁉」
「……病院での治療も虚しく、目を覚まさないまま帰らぬ人となったそうだ」
「そんな……」
消沈する二人にさらなる追い打ちをかけるように続ける。
「それだけじゃない。衝動的に部屋を飛び出した彼女は身分を証明できる物を所持していなかった」
その意味に気がついた雪ノ下は驚愕し、由比ヶ浜も呼応するように切羽詰まった声を上げた。
「‼ 赤ちゃんはどうなったの⁉」
「え? あっ!」
つまり、Sが身元不明の間、この部屋には誰も立ち寄らず赤子が放置されたままだったのだ。ただでさえ気温が高いのに、クローゼットの中という熱が籠る閉鎖空間で何時間も乳児を閉じ込めたらどうなるか。
「被害女性がSだと確認され連絡を受けた両親は慌ててアパートを訪れた。病院に娘が運び込まれていたが赤子が行方不明なのが気になったからだ。部屋の中に入ると激しい異臭に襲われて顔色が変わる」
「それって……⁉」
「まさか……?」
二人は最悪の事態を想像する。少々溜めて、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……クローゼットの中から変わり果てた赤ん坊が発見された」
「っ‼」「ひっ!」
雪ノ下は口元を覆い顔面蒼白となり、由比ヶ浜は短い悲鳴を上げた。哀しい結末にショックを受けた二人。心苦しいが更なる追い打ちを掛けねばならない。
「――そのことから、何度も女性を見かけたのはおそらく……」
話を最初の『女性を見た』に戻すと、由比ヶ浜が疑問をぶつけてくる。
「え、ちょっと待って。もしかして後に住んだ人達が見た女性って……」
「そうなんだ、実は……」
『目撃された女性は、我が子の身を案じて自身が亡くなったことにも気づかず部屋を探し続けているSなのでは?』
策謀大喜利で創作したストーリーを
「クローゼットの中で亡くなった赤ちゃんの霊が部屋に住みついちゃったのかも⁉」
由比ヶ浜は独自のストーリーで俺の言葉を遮った。待って待って。それだと赤ちゃんの霊クローゼットの中ですくすく成長しちゃってませんか? しかも、女児とは一言も言っていないのにこの自由な発想力。そんな由比ヶ浜に感心していると、
『ガタッ』
「ひっ⁉」「っ⁉」
クローゼットの中から妨害行為に見舞われた。
……川崎よ、なぜ釘刺されたことを守れない。そして雪ノ下と由比ヶ浜よ、もう三度目なのにいつまでも新鮮なリアクションありがとうございます。
「……や、やっぱり赤ちゃんが成長してクローゼットから出たいんだよ! お母さん帰って来ないから、部屋の中を探し回ろうとしてんだよ!」
俺の策謀大喜利は一体なんだったのかと思わせるほどに瑕疵物件事情を熱弁する由比ヶ浜。お前は大家かよ。
「も、物音くらいで幽霊を疑うなんて想像力が豊か過ぎるのではないかしら? ましてや霊なのよ? 成長するわけがないでしょう。いえ、霊なんてもの自体、非科学的で存在するはずのないものね。比企谷くんの存在感と比肩しうる存在よ」
存在感の無さで霊と同格扱いされたが、俺は物音も立てないし気配すら無に出来る。むしろ霊の方が自己主張強いだろ、舐めるな。
それはさて置き、雪ノ下の否定はあまりに必死過ぎた。むしろ誰よりも霊の存在を畏れているように見える。もうひと押しでお引き取り願えるかもしれない。
由比ヶ浜が生み出した『
「……確かに雪ノ下の言う通り、霊が成長するなど荒唐無稽だな」
「そ、そうよ、全く馬鹿げた話だわ」
そもそも幽霊自体が荒唐無稽なのですが。それを棚上げし、同調する雪ノ下に軽く爆弾を投下する。
「万が一、成長してたとしてもクローゼットの中には御神札が貼ってあるから霊も出て来れんだろうよ」
「えっ⁉」
「! お、おふ、だ……?」
まあ、御神札の話は嘘だが、この内容だとなんだかクローゼットの中にいるのが『S』じゃなくて『P』な気がしてきた。クローゼットに封印とか、さぞ魔封波がしやすかっただろう。って、電子ジャーに魔封波し損ねて命落とした亀仙人をディスるのはやめたれ。
「……つまり、赤ん坊の霊だけじゃないのかもしれない」
「え?」
「ど、どういうことかしら……?」
息を呑む二人を見据え、ゆっくりと口を開く。
「部屋で目撃された女性が『母を探す成長した赤ん坊』ではなく『母親が赤ん坊を探している姿』だとしたら?」
「――っ!」「!」
由比ヶ浜の怪談『封じられた赤子』を肯定しつつ、さらに心理的瑕疵のトッピング。すると二人の顔が引き攣った。なおも恐怖を煽るため、感情を込めて話すピッチを上げる。
「赤子を閉じ込めて置き去りにしたSが悔悟の念を抱かないと思うか? この部屋で見た女性の姿はそんなSが地縛霊となって赤子を迎えに部屋を彷徨っているのだとしたら……」
「っ‼」「ひっ……」
そう言葉を濁すと表情からは色が失われ固まってしまう二人。暗に「この部屋にいるとその霊が何かするかもしれないから帰ったらどうか?」という俺の企図を汲み取ってくれたようだ。これなら二人が部屋を後にするのも時間の問題だろう。
だが、そう確信したのは早計だった。
はっと何かに気づいたのか、雪ノ下の顔は徐々に不信感を増していき、胡乱な眼差しを向けて切り返す。
「……ちょっと待ちなさい。あなたはこの話を大家さんから聞いたというけれど、Sは事故から息を引き取るまで目が覚めなかったと言っていたわね。なら、Sが赤子をクローゼットの中に閉じ込めた経緯を他人に話せぬまま亡くなったのに、何故そこまで詳細な事情を知っているのかしら?」
息継ぎも忘れて一気に捲し立ててきた。本来、分かるのはクローゼットに赤子が閉じ込められていたという結果であって、当事者でもないのにそこまでの仔細を話す俺に違和感を覚えたようだ。
そもそもこれフィクションだし、怪談話の要領で淡々と語ってしまったこちらにも落ち度はあるが、そこに行き着いた彼女を褒めてやりたい。つまり、俺は悪くない。怜悧な雪ノ下が悪い。
「いや、そこはほら、それしかないというか豊かな想像力で穴埋めしたというか、ね?」
「……想像なんだ」
「語るに落ちるとはこのことかしら?」
苦し紛れで一部認めてしまい一気に嘘くさくなった。これは俺が悪かった。雪ノ下に罪はない。
だが、説明の都合上そうなってしまっただけで歴とした瑕疵物件であることに胸を張りたい。
「やはり適当なことを言って私たちが怖がる姿を見て愉しもうという魂胆だったのね。目付きだけでなく底意地も悪いなんて、自然に任せず自ら頭を丸めて性根を改め反省なさい」
「ヒッキー、さいてー」
味方であったはずの由比ヶ浜にまで罵られて辛いのに、俺の頭皮が自然に丸まる未来を匂わせて反省を促すのは辞めてください。現在ばかりか未来までもがしんどい。
「待て待て、確かに赤子を閉じ込めてからSが事故に遭うまでの間は俺の想像で補完したが、この部屋が事故物件であることには変わりない」
部屋に来られぬよう風邪と偽るも成果なく、事故物件と知らしめてもお引き取りは叶わない。せめて
「どうかしら。風邪だと偽り、物件事情では妄言と、私たちはあなたの言葉の何を信じればいいの?」
今日引き起こした数々の失態が美しい弧を描き返って来た。反論しようにも証明する手段が思い浮かばない。そもそも事故物件って証明のしようがないだろ。通帳の家賃引き落としでも見せるか。いや、それは単なる安さの証明に他ならん。もっと紛れなく、自らの目で確かめられるものでないと……っ⁉
今、俺の中で何かが引っ掛かった。見過ごすにはあまりに危険だと心が警鐘を鳴らしているのか、胸が早鐘を打つ。これまでの会話にとてつもなくヤバい地雷が埋まっている予感。
そう顧みていると、美しい黒髪がふわりと棚引く。流麗な動きで雪ノ下が玄関へと歩み始めたのだ。え、急にどうしたの? 帰るの? 是非是非!
――そんな淡い期待に縋る俺をせせら笑う様に歩みが止まる。眼前には件のクローゼットが聳え立つ。いつだって世界は俺に厳しい。
「どうせ、御神札が貼ってあるというのも虚言なのでしょう?」
クローゼットから視線を外さずに宣った。
御神札? おふだ……O・FU・DA‼
頭の中で唱え反芻する。
これかぁ……得体の知れぬ懸念の正体。なんだよ、自分で地雷設置してんじゃん。バカなの?
話のリアリティのために、ありもしない御神札の存在を知らしめる己の迂闊さに臍を噛んだ。
クローゼットに雪ノ下の手が伸び、背中に冷水どころか氷柱がぶちこまれたような悪寒が走る。きっと俺の顔からは血の気が引いているだろう。嫋やかな所作とは裏腹に、それは俺たちを破滅へと導く死神の手に見えた。
やだちょっと待って開ける気? それ開けたら
「……やはり御神札というのは嘘なのね」
必死過ぎて思わず心の声が漏れ出てしまったようだ。それに狼狽えた俺の態度で不信感がさらに加速、という猜疑の悪循環が完成する。
「いやっ、嘘じゃないぞ!」
そう返しながら彼女の傍まで駆け寄りクローゼットの門扉を手で押さえた。自身の発言を白々しくさせるこの行動に雪ノ下の眼がスッと細まる。目が合ってしまった俺、恐怖で身震いが止まらない。
「御神札とやらを見せてくれれば真実の証明となるのに、なぜ頑なに拒むのかしら?」
ごもっとも。批難めいた雪ノ下の言葉には全面的に同意しかない。内心、俺もそう思う。しかし、こちらとしても引けないのだ。引けばクローゼットの
過去、幾度となく会話に出てきた『通報』という言葉を今日ほどリアルに感じたことはない。中を見たらこの女は息を吐くように通報するだろう。それだけは絶対に阻止する。強い決意の顕れか、クローゼットを押さえる手に力がこもる。
俺の変化を敏感に察知した雪ノ下は胡乱な目から、侮蔑を含んだものに変わっていく。
そして、予想だにしなかったすれ違いが生まれてしまう。
「……あなた、まさかクローゼットにいかがわしい物でも保管しているのではないでしょうね」
「えっ、イカガワシイ?」
由比ヶ浜が訊き返した「イカガワシイ」という言葉に、俺の思考は一瞬停止する。だが、次の瞬間「いかがわしい」の定義について頭がフル回転していた。
えーっと、つまりあれか。いかがわしいとは一人暮らしの男が致すための夜のお共というか、食欲とは違う欲に使うおかず的な何かのことですかね? 婉曲とは程遠いド直球なこの表現ではとても訊き返すことなどできない。
「そうね……男子特有の欲求を発散させるモノ、とでも言えばいいのかしら」
「え? あぁ! そっかそっか。…………雑誌とかに書いてあったやつね」
俺の気遣いを台無しにする雪ノ下の豪速球と、それに負けない由比ヶ浜の呟きに意識を奪われた。未だに偏差値低そうな雑誌読んでんのかよ。
それにしても隠しているのはお宝ではなく住み込みJDメイドなんだが、これっていかがわしい存在になるか?
確かにタンクトップから溢れんばかりの豊満なバストはけしからんし、ヨレヨレのショーパンから覗く黒のレースなど言語道断。これだけ聞くと満場一致でいかがわしいが、俺自身が川崎で
ってなに力説してんだよ、八幡のHは変態のHか? 小学生の頃にこんな弄られ方してたら今以上のエリートぼっちに成長してたぞ。
だってしょうがないじゃないおとこのこだもの。相田みつを風味にすれば変態成分が薄まるかと思ったが、どんな言い回しをしても正真正銘の変態ですありがとうございます。
「いかがわしいモノでないと言い張るのなら、ここを開けて見せるべきだわ」
とてつもなく上から目線で情報開示を要求してきた。見透かしたように嗜虐的な笑みを浮かべ、薄い胸を張り勝ち誇る。瑕疵物件話をしていた時は震えて挙動不審だったくせに、弱点を見つけた途端この変わり身とは……。雪ノ下ってこえぇ……。
知らぬ間に傍らにいた由比ヶ浜からは、
「そ、そーだそーだ! イカガワシイよ、ヒッキー! 罰として見せてくれなきゃダメだからね! ……参考にしたいし……」
同い年の異性に性癖を晒すとか(男なら)誰もが犯す罪にしては罰が重すぎません?
あと最後のツイートばっちり聞こえたからな? なんの参考だよ。由比ヶ浜もこえぇよ……。
いつの間にかクローゼットを開ける流れが作り出されているが、先程発生した『メイド衣装プリキュア詐称事件』に比肩しうる重大事案。断固拒否を貫かなければならない。でなければ俺が二人に軽侮の視線で貫かれる。
「待て待て、何か勘違いしてるぞ。この中にあるのは御神札であってお前らが考えてるようないかがわしいものじゃない」
「何度も言っているけど、そう主張するのなら中を見せて証明すればいいことではないのかしら?」
言いながら雪ノ下の視線がクローゼットを押さえる手に突き刺さる。その先に居る
俺はクローゼットの中を二人に見せないため、今一度メイド衣装疑惑を躱した
「いいか。御神札には神様の力が宿ると言われている。つまり、御神札とは神様そのものなわけだ。その神様をみだりに見たり、触れたりすることは不遜極まりない行いであることを自覚しろ!」
「なんか予想外の怒り方された⁉」
切々と御神札について語ってやった。神仏は信じない性質だが、御神札に
「驚いた……あなたがそこまで信心深いとは想像していなかったわ」
「なんか納得してる⁉」
不覚にも同じツッコミをしそうになった。いや、有耶無耶にするのが狙いなのにこの考えは身勝手だな。このまま納得して御神札を見せずにお引き取り願おう。そう水を向けようとしたら、会話の流れと真逆の言葉が紡がれる。
「それで? 早く中を見せてもらえないかしら?」
「ふぇ?」
あまりにも前言を無視したその問いに、数瞬の時を経てようやく理解が追い付いた。
まだクローゼットの中を見るつもりでいるのかこの女……? 前後の会話でそういう流れになってなかっただろ。俺より国語の成績良いくせに読解問題苦手なの? 敢えてなの? 敢えてなんだろうな。もはや俺の思惑には決して屈しないという強い意志すら感じさせる。
そう簡単に
……ごめんなさい。中にいるのは川崎です。御神札=戸塚という脳内設定のせいで暴走気味だったことは反省している。
だが、ちょうどよかった。暴走のお陰で閃いた妙案をそのまま採用するとしよう。
「御神札を拝覧するにはそれなりの準備が必要なことは理解できるか? 御神札には
「は? なんでさいちゃん?」
「どうして、急に戸塚くんが出てくるのかしら……」
「いや、
つい本音が漏れてしまったが、神と戸塚に大差はないから気にしないでいただきたい。……おい、チベットスナギツネのような顔してこっち見んな。
そんな彼女たちを尻目に御神札を見せる条件を提示する。
「まずは御神札に捧げる供物を用意するところからだな。米と酒、あと水と塩」
「えっ⁉ 御神札ってご飯食べるの?」
由比ヶ浜らしい質問をやり過ごし、滔々と続けた。
「それと海の幸、山の幸、野の幸も必要だな」
「……まるで
さすがにユキペディアさんは原案を存じていらっしゃる。供物は、実際に地鎮祭で使われる物を参考に指定した。仮にクローゼットをお祓いするため、本当に使用されるかどうかは問題ではない。それっぽさが大事。
「それが用意できるなら中を見せるのも吝かではない」
「その上から目線な言い方は心底不愉快だけど、用意すれば見てもいいのね?」
乗って来たと内心ほくそ笑む。実は、これこそが俺の狙いであった。
二人のクローゼットに対する疑心が強いのは分かっていた。こうして押さえている手を離せば勝手に開けられても不思議ではないくらい執着している。
だから、供物の条件を出しても諦めないだろう。ならば雪ノ下はこう考える。
『用意すると思わずに吹っ掛けたのでしょうけど、本当に用意されたら逆に拒めなくなるのでは?』と。そのつもりで出た『用意すれば見てもいいのね?』発言だろう。
となれば次は材料を買いに行くと言うだろう。無論、三人で。
さっき保冷剤や飲み物を一人で買ってきてくれた由比ヶ浜にまた行かせるのは忍びないし、雪ノ下一人だとここに戻って来れないばかりか店まで辿り着けない可能性もある。
しかし、じゃあ二人で行けば? とはならない。二人で買い物に行くと俺がフリーに動けてクローゼットの中を隠滅すると疑われるからだ。逆に、由比ヶ浜と雪ノ下のどちらかと俺の二人で出掛けると一方がフリーになり、クローゼットの中を見られてしまう。公正を期すためには三人で出掛けるしかない。
そうして部屋が留守になったことで
俺クラスのデュエリストともなると、このように完璧な戦略を打ち出すことができる。……ここまでめんどくさいことしなくても二人がすんなり諦めてくれれば楽なんだがな。
そう思ってげんなりしていると、雪ノ下はこの完璧な戦略を打ち破る想定外の行動に出る。俺たちを置き去りにしてキッチンへ向かうと、トレーに何か乗せて持って来た。「さ、これを」と有無を言わさず押し付けられ、流されるままに受け取る。
それはさっきまで俺の舌を火傷寸前まで追い込んだ『雪ノ下特製具だくさんのお粥』と、冷蔵庫に保管してあった料理酒と食卓塩だ。
「これで御神札を拝覧させてもらえるということでいいかしら?」
「は? え、これ俺に作ってくれたお粥だろ?」
意図が掴めずトレーを持たされたまま立ち尽くしていると、料理酒を真顔で指差し、
「お酒」
ぽつりとだが、はっきりとした意志を感じさせる。更にお粥を指差して「お米」「お水」と、点呼するように続けた。
訳も分からず聞き役に徹していたが、途中から嫌でも気付かされる。こちらの機微を察したのか、不敵な笑みを浮かべながら指差喚呼が続く。
「海の幸、山の幸、野の幸……」
ちなみに、おかかと明太子が海の幸で、しめじが山の幸、インゲンは野の幸、とは雪ノ下の弁である。
……いやいや、百歩譲って「~の幸」は許容できたとしても、お粥を指差して「米・水」はないない。これを供物と言い張るのならタイム風呂敷で素材に戻せ。それともトニオさんの娼婦風パスタみたいに戻せるの? お前に髪型貶されたら切れ散らかす設定ないだろ、切れ散らかすならお胸ではないのか? お酒に至っては料理酒で代用とか、カップ酒のがまだマシなレベルに不遜。
どこからツッコんでいいのか迷っていると、是認されたと勘違いしたのか得意気な表情でこちらを見返していた。
「供物は揃っていると思うのだけれど。早くクローゼットを開けてくれないかしら?」
「え、待って、こういうの普通は
それ以前に、俺の残飯を供物として
そんな恨み節を含む異議に対し、雪ノ下は
「あら、私の知っている比企谷くんなら『料理酒とはいえ酒と冠する以上、これは酒であり、むしろ米と水で作られている点からお粥すら必要ないまである』くらい斜め上な発言で同意してくれそうだけど?」
うわっ、言いそう。俺なら言いそう。川崎を隠していなければ絶対言ってた。由比ヶ浜も同感なのか、こくこくと首肯する。
それにしても、普段の雪ノ下ならこんな無作法はしないはず。クローゼットの中に御神札はないと確信した非礼なのは明らか。何とか代案を捻り出そうと思考に意識を取られていると、雪ノ下がクローゼットに手を掛けながら言う。
「では、拝覧させてもらうわ」
「え、やっ、ちょ、」
返事を待たず門扉を開こうとするのを肘で阻む。不意を突かれたせいで危うくトレーを落とすところだった。
「いやいや、なに事後承諾で開けようとしてんだよ。俺は拝覧を許可した覚えはないぞ」
「そこまで必死に止めるなんて、益々怪しい……。やっぱり御神札ではなく、いかがわしい物を隠しているのね?」
「断じていかがわしい物などない!」
川崎をいかがわしい物扱いするのは酷過ぎだろ。致してないから! 審議中だから!
「イカガワシイモノがないなら見せてくれてもいいじゃん!」
「見せる判断基準にいかがわしいかどうかは関係ねえよ」
由比ヶ浜まで追随し、門扉に手を掛ける。まるで喉元に刃を押し当てられているような緊迫した状況。中を見せれば全てが終わるし、見せないままでも風評被害甚大だ。
だが、もう不名誉を甘受して帰らせるしか選択肢がないのかもしれない。そもそも今の時代、そういう物をアナログで保管してあると思う時点で情報古すぎだ。PC内の隠しフォルダに入れてあるに決まっ……げふんげふん!
「さあ、観念して中を見せるのよ!」
「ちょっと見るだけだから! せめて大きいか小さいかだけでも!」
俺の慌てふためく様を弱味と受け止めたのか、もしくは焦れていたのか、あるいはその両方かもしれない。二人の攻勢が一層激しくなる。それにしても、由比ヶ浜の大小発言は何に対してなんですかね。ハチマンワカンナイヨー。
段々とヒートアップしていく二人を見て危機感を覚えた俺は本気で拒絶しようと大きく息を吸い込んだ。その時、数奇は唐突に訪れた。
「お前らいい加減にっ――、うおっ⁉」
狭い廊下で軽く揉み合いになりかけ、トレーを持ったままふらついた。お粥を落とす大惨事が脳裏を過り、一瞬クローゼットから意識を手放してしまう。それが仇となった。
『ガチャッ』
「あっ」
「「え?」」
俺の間の抜けた叫び声は、二人の疑問符によって打ち消される。
――
急速に血の気が引き、体温が下がっていく。臓腑がきりりと締まり、心臓が数瞬は止まっていたのではというほど得も言われぬ不快感が襲う。
二人の顔は見えない。俺を押し退けるように開け放たれた門扉が視界を遮っているからだ。
どうする? どう理論立てれば『クローゼットの中に川崎が居るのは仕方がないこと』に出来る? そんな奇跡みたいな状況あるのか? さっきの『プリキュア五大ライフライン化超理論』より難度高いんじゃないか? しかも、碌に考える時間もない。
そんな悪条件の中、反射的に閃いてしまう。それも三つ。
1.『川崎が猫アレルギーだから、一時的にクローゼットの中に退避してもらってたんだ』
実家じゃないのでカマクラいないじゃん。そもそも何故ここに川崎が居るのかの説明になってない。
2.『川崎が石仮面で人間やめて陽の光に弱いから、夜までクローゼットの中に退避してもらってたんだ』
繰り返しになるが、ここに川崎が居る理由が説明出来ない。ってか、それどこのディオ様? 時が止めれそうだし、なんだったら『クローゼットを開けたら何故か二人がクローゼットの中に居た』みたいなポルナレフ状態作って脱出してくれれば解決ですよ?
3.『川崎はこの部屋をシェアしてるルームメイトなんだ』
ふむ、これなら川崎がここに居る理由の説明になっあぶねー! それ事実だから言っちゃダメなやつ! 危うく自白してしまうところだった。
この間、約2秒。その僅かな時間で『ソクラテス式
しかし、脳内問答の結果は全没で、依然として解決策は見出せない。
……いや、無理だよこれ、無理ぃ……。もう誤魔化せねえだろ。当のご本人が登場しちゃってるし、詰んでるわ。はい、終わり。俺の人生終了しました。ごめんな小町、願わくば来世もお兄ちゃんの妹になってくれることを夢見て逝ってくるわ。……それと、どうにかして川崎だけはダメージを抑えてやりたいものだ……。
遠い千葉に向け今生の想いを馳せている最中、ふと異変に気づいた。クローゼットが開いてから数秒以上経っているのに、雪ノ下たちの反応がない。
まさか本当に時を止めるスタンドに目覚めてしまったのか? などと愚にもつかぬ心配をするより、目ぼしい方策のない現状を憂慮しとけと心の中で己を責めた。
恐々と門扉の向こう側を覗き込む。すると、時は止まってないが、そうと錯覚するほどに硬直した二人の姿があった。
クローゼットの中を凝視する二人の表情が引き攣っている。いや、そりゃ引き攣るかもしれないけど、『イカガワシイ物が収納されてるつもりで開けたら川崎が入ってた』なら、もっとこう驚愕の表情寄りに引き攣らないか?
今の二人は、驚いて固まるっていうよりも、なんというか、恐怖? みたいなのが色濃く滲み出てるというか……。
「……はぁ……はぁ………………あ?」
「――――ひっ⁉」「――――っ⁉」
川崎がドスの利いた声で威嚇すると、二人は糸が切れた人形のように、ふっと崩れ落ちる。俺は慌てて傍に寄った。どうやら気を失っているだけらしい。幸いにも倒れた時、どこもぶつけていないのと、バレなかったことに胸を撫で下ろす。
助かったことを喜ぶべきだが、何故こんなことに……。二人同時に失神していることから心原性のものではないだろう。直前の表情から、強い感情……恐らく過度の恐怖によって失神した可能性が疑われる。
確かに川崎の『あ?』は威圧感抜群だが、知り合いの二人、特に雪ノ下が失神するほどの恐怖を感じるだろうか。こいつの場合、自分の身に迫った脅威に対して抵抗どころか返り討ちにするタイプのはずだが……。
疑問を抱きながらも、このまま二人を廊下で転がしておくわけにはいかない。だが、無防備な二人を俺が運ぶのも躊躇われた。ここは同性の手を借りるのがベストだと判断して川崎に声をかける。
「川崎、ちょっと手を貸してく、れ…………っ⁉」
視線を向けると、少々異様な光景があった。そこには両腕で両脚を抱えて座る、所謂『三角座り』をする川崎の姿。顔を伏して、「……はぁはぁ」と荒い息遣いが聞こえる。それだけで充分異常なのだが、髪の乱れが拍車をかけていた。ただの寝起きヘアも彼女の長い髪だとその範疇を疾うに超え、違った趣を醸し出す。この光景が恐怖の源となったのだと理解した。
そう、いつもの『顔はやめな、ボディにしな。ボディに』の怖さでなく、俯いた姿勢と乱れ髪が相俟って顔が全く見えない
二人の目には川崎が『
つまり、失神の原因は『オカズのつもりが開けたら貞子』で間違いない。心の準備もなくこの状況に直面したら、そりゃ失神もする。二人にとっては不運だが、俺たちにとっては僥倖以外の何物でもなかった。
「はぁ……はぁ……、なに? もう出ても良いの?」
「あ、ああ、大丈夫だ。いきなり押し込めて悪かったな」
川崎から声を掛けられ我に返ると、朝のことを謝罪した。巻き込んでしまって本当にすまないことをしたと反省している。責任の大部分は小町にあったが、ルーム
取り分け被害に遭った『かくれんぼっち川崎』には冷たい水を献上しようと思う。暑い中、マジで悪かった。他に欲しい供物とかあったら遠慮なく言ってください本当にありがとうございました。
「はぁ……途中から暑くてぼーっとなってたよ。……で、二人はもう帰った?」
俺は床に転がった二人の存在をすっかり忘れていた。どのような経緯でこうなったか説明しようとするも、上手い言葉が出てこない。取り合えず二人を指差して居場所だけは明示した。
「っ⁉ あ、あんた、隙を作れとは言ったけど、何もそこまで…………」
「へ? …………あっ‼」
待て待て待て待て! その返しは大いなる誤解を孕んでいるぞ。これは俺の暴力的要素ではなく、お前のホラー的要素の結果なのだが? まあ、説明は後にして二人を布団に運んでもらおう。
他にも話さなければいけないことは多く、今日は長い一日になりそうだ。
つづく
いかがでしたでしょうか。
前回の後書きで『次こそはちょっと長くなっても後編として出します』
とか宣ってましたが、ちょっとじゃねえよ、三倍だよ。赤い彗星かよ。
激長文になってしまいましたが、なんとか最後まで読んでいただけてホッとしております。さすがに本編読まずに後書きが読みたくてスクロールさせる人はいないと信じたい。
瑕疵物件話で紆余曲折あったのが遅筆の原因です。
初期案では、
育児ノイローゼでクローゼットに赤ん坊を閉じ込めた。
↓
Sが発散のため夜通し遊び歩いて数日帰らない。
↓
我に返って家に戻るとクローゼットの中に赤ん坊はいない。
↓
失踪や誘拐を疑い、大家さんや親に連絡した。
↓
この部屋にはSの一人暮らしで初めから赤ん坊などいなかったと聞かされる。
↓
赤ちゃんの痕跡を探すも、母子手帳などが見つからず、住民票を確認しても赤子が存在せず。
↓
赤子の存在が消えたことで精神を病んでしまったSが自ら命を絶ち、霊となってこの部屋に固執する。
……みたいなミステリーなのを考えてたんですが、結局オーソドックスな形に落ち着きました。
存在が消えたとか伝聞も出来ない状況を八幡が話すのも不自然だし、形にするのは難し過ぎました。
物語的にはそちらの展開が好みなんですけどね。
前回、アンケートでもとってみようかなとか書いてましたが、次話がまだ続く(おまけ的要素)のでアンケートも順延します。
現在のコメディ(保険でR-15)のままでいくか、R-18を含むコメディに移行するか、もしくはこのままのでパラレルワールドとしてR-18を追加するか、という感じ。
パラレルワールドなんてしたらただでさえ遅筆なのに一生更新されない気がするので、多分ないとは思いますが……。
それでは次回も宜しくお願い致します。
お気に入り、感想、ここ好き、誤字報告などありがとうございます!