男でもTSしてみたい!   作:鋼色の銅鐘

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主人公の外見:無表情系黒髪紅眼ゴスロリファッション合法ロリ


そのに

 □ 霊都アムニール大通り リリィ・エインズワース

 

 ーーとまぁ、そのような形で私はこの世界に降り立ったのだ。

 別に直談判するつもりはないけれど、あのスカイダイビングだけはどうにかならなかったのかと。悲鳴が思わず出てしまった。

 溜息を吐いて空を見上げる。……アリスは今、どこで何をしているんだろう。

 大通りと思しき通りを茫洋と歩きながら、そう思う。いつか会えるタイミングがあれば、礼の一つでも言いたい。

 

 そしてふと周囲を見渡してみれば、バリエーション豊かな人々の生活がそこにはあった。

 きゃあきゃあと語らいながら通りの向こうへ走り去る子供達。

 様々な武器を携え、屈強な身体つきと多種多様な毛皮を持った獣頭の男たち。

 通りの端に屋台を構え、今か今かと客という獲物を待つ商人と思しき老若男女。

 

 ……レジェンダリアという国は、実に様々な人種が入り乱れる国家であるらしい。

 少しぎくしゃくとした手足を動かして、道の端に寄る。

 どこか座れるところでもあればいいのだけれどーー、と。

 そう思ったところで、辺り一帯に声が響く。

 

「オイコラガキィ! なにぶつかってんだ、あぁ!?」

 

 なんだなんだ。何をしているあれは。

 よく見てみれば、いかにも私悪人ですと言わんばかりの悪人面の男が獣頭の少年を恐喝している。

 こちらからでは左手の甲は見えないけれど、多分<マスター>だろうか? 逆に、少年の方は紋章がない。<マスター>ではない人……恐らくNPCだろう。

 ……あれはよくないな。何が、って。私が昔を思い出してよくない。

 気付けば身体が勝手に駆け出していた。

 少年の前に回り込んで、男に声を掛ける。

 

「ーーやめよう」

「ああ、なんだテメェ! お前もプレイヤーだろ、何邪魔しやがる!?」

 

 なんというか、こう。

 もう少しまともな頭をしていないのだろうか。

 

「同じプレイヤー……<マスター>だから邪魔している。この子が貴方に迷惑をかけたなら私が非を被るつもりだけれど、貴方の方から迷惑をかけたのならこちらに非はない」

「はっ、そのガキの方からぶつかって来たんだよ。……テメェが被るってんなら五〇〇〇リルよこせ」

 

 にやけた面でいけしゃあしゃあと男は述べる。嘘をついているならどうしようもないがーーまぁ、この場を収めるなら安い。

 

「分かった。じゃあ、五〇〇〇リル。これで手打ち」

 

 ポーチから銀貨を五枚取り出して、男の方へぽいと投げた。

 すぐに稼げる額ではないだろうけれど、今惜しむつもりはない。

 

「……それじゃあ私達はこれで」

 

 くるりと振り返り、少年の手を取って男から距離を取って離れる。

 ぽかんとした表情だったのが、すぐに真っ青な顔へと変わった。罪の意識でも感じているんだろうか。昔そうだったから良く分かる。

 

「お、おい姉ちゃん……!」

「言いたい事はあるだろうけど、あいつと離れてから話そう」

 

 それだけ告げて、暫く歩く。

 ……いつの間にか通りを出て、正門から別の門まで来たらしい。ここなら充分だろう。

 

「ん。ゆっくり話す」

 

 適当な壁に寄ると同時に私が握った右手を離すと、少年が思い切り頭を下げた。

 

「ごめん、ごめん……っ。五〇〇〇リルなんて大金、俺の為に……」

「いい。私がやりたくてやった」

 

 そう。極論はそれだけなのだ。彼が罪に思う必要は無い。だから彼を宥めて……。

 

「あいつ、嘘ついてた。姉ちゃんにお金出して貰う必要なんてなかったのに」

 

 ……ほわい?

 

「嘘ついてた?」

「う、うん。俺、嘘が分かるんだ。《真偽判定》を持ってるから」

「《真偽判定》? それは、何」

 

 思わず左手で頬を掻く。恐らくスキルかなにかなのだろうけれど、皆目見当もつかない。

 

「え、姉ちゃん知らないのかよ。俺達ティアンじゃ常識だぜ。嘘ついたら《真偽判定》でバレちゃうからつかないほうがいいって」

「……知らなかった。私は<マスター>だから」

 

 ティアン。恐らくはNPCの総称だろうか。覚えておかなければ。

 そう思うと同時に、左手の甲を彼に見せる。これが<マスター>の証なのだと。

 

「ますたー……<マスター>様!? す、すげぇな姉ちゃん!」

「別に凄くない。まだまだ弱い」

 

 これは本当。間違いなく今はとても弱い。というか、様付けとは一体。

 

「重ねて質問。<マスター>様、ってどういうこと?」

「えーとな、<マスター>はとにかく凄い強くておっかないって昔話によく出てくるんだ。だからたくさんの人がケイイを込めて<マスター>様って呼んでるのさ!」

「敬意、敬意か。私はそういうの、いらないかも」

 

 背中がかゆくなりそうだし。

 

「そうなのか。じゃあなんて呼べばいいんだ?」

「リリィ・エインズワースーーリリィって呼んで」

 

 ふふんとドヤ顔をキメてそう言う。表情筋が動いている気配はないので、後で練習が要りそうだ。

 

「えーと……リリィ姉ちゃん」

「うん、オーケー。それでいい」

 

 よし。これでいいか。後はー……。

 

「……少年の親御さんとかは居る? 居るなら、そこまで送っていく」

「いいのか!?」

「別にいい。私がやりたくてやる。さっきのような奴に絡まれても面倒でしょう。……ほら、嘘はついてない」

「それは分かるけどさ……。<マスター>ってもっとこう、モンスターを倒しに行くぞ、みたいな人ばっかりかと思ってた」

 

 一昨日から増えた<マスター>様たちがそんな感じだったし、と彼は言う。

 確かにゲームであればそうする人も多いだろう。

 けれど私にとって、ここは私が私で在れる()()だ。そんなに生き急ぐ必要もない。

 

「構わない、私が物好きなだけ。ただ、私はこの街を良く知らない。先導して貰えればついていける」

 

 そう言って、彼にナビゲートして貰いたい旨を告げる。どっちかというと迷子の案内みたいな言い方になってしまったけれど、これはこれでいいか。

 

「わ、分かった。じゃあこっち!」

 

 行きとは逆に彼に先導して貰いながら、雑多な人混みをすり抜けて街並みを歩く。そう言えばこの街の名前も知らなかったけれどーーそれは後で調べよう。

 そして彼の家へと歩いていく最中にこの街で有名なティアンについての雑談をしたり、《真偽判定》がどういう条件で取れるのかとかそういうことを話しながら歩いていた。

 

 まずは【妖精女王(ティターニア)】というとても偉くて凄いティアンがこのレジェンダリアを治めているという話を聞いて。

 そして曰く、彼は【商人(マーチャント)】というジョブに就いているらしく、その恩恵で取ったスキルだと言われ。

 ーーそして思った事が一つ。

 <()()()()>も()()()()も、()()()()()()()。単なるNPCと言うには、些かヒトらしすぎる。

 

 そんな事を思いながら歩いていたら、なんというか裏路地ですと言わんばかりの狭い路地をいくつも通り抜けた。

 そうしてしばらくした所で少年が足を止めていたので、こちらも足を止める。どうやら目的地に着いたらしい。

 彼の家らしきものの見てくれはツリーハウスのようで、木々の合間に家を作って暮らしているのだとなんとなく察せられる。

 

「ここ?」

「ここ! 送ってくれてありがとな、リリィ姉ちゃん!」

 

 へへへ、と鼻をこすって笑いながら彼はそう言った。短い間の付き合いだったけれど、中々に楽しかったのでこちらこそだ。

 

「構わない。私も楽しかった。じゃあ、私はこれで」

「そっか。じゃあなー、リリィ姉ちゃん!」

 

 じゃあね、とお互いに言って別れようとしたその時。

 

「待ちな。小娘」

 

 背後から嗄れた声を掛けられた。聞くに女性のようだがーー。

 ゆっくり振り返る。

 するとそこには見るからに童話にでも出てきそうな、とんがり帽子を被った老婆が立っていた。……あと、ビビり倒した少年が尻もちをついていた。

 ともあれ言葉を返す。声を掛けられたのだから、一応はコミュニケーションを取らなければ。

 

「何」

「この悪ガキが世話になったねぇ。大方【商人】仕事の手伝いの帰りになんかやらかしたんだろうが……それはそれとして」

 

 ぽい、と投げられた革袋をどうにかキャッチする。……案外中身が重い。一体何が入っているんだろう。

 

「そいつの中にはポーションが沢山入ってる。あんたも<マスター>なら役に立つさね。持ってお行き」

 

 どうせ消耗品なんだから、とっとと使い切ってどっかに捨てなーーとのお言葉もついでに頂いた。

 これ、空き瓶とかは。

 

「返す必要はない?」

「無いね! 強いて言うならこのアムニールの裏門近くにある薬屋を贔屓にしてくれりゃいいさ。あそこはアタシの娘が営んでる」

「分かった。ありがとう」

 

 そう言って、頭を下げて礼を言う。

 ……五〇〇〇リル吹っ飛ばしたと思ったら意外なものを貰ってしまった。クエストでもないのにいいのだろうか。

 ともあれ。

 

「さよなら。私はこれで」

 

 それだけ言って踵を返す。

 もう少しまともで穏当な別れの言い方を考えておかないと……。

 二人の名前は、また機会があれば聞いてみよう。

 

 ◇

 

 そうして二人と別れてから数十分。ステータス画面を漸く開いて、びっくりした。

 恐らくこのゲームで重要だろうレベルが〇の表記になっていたのだ。おまけにステータスもやたら低いように見えたし。

 ……はて、これはどういうことだろう。疑問がいくらでも湧いてくる。

 なのでちょうどそこを歩いていたティアンの戦士らしき人に声を掛けて「モンスターを狩って倒すにはどうすればいいのか」とか、「モンスターを倒せる所はどこにあるのか」を聞いてみた。

 すると「転職施設に置かれてる転職用クリスタルでジョブに就く」だとか、「アムニール(この街)の近郊とか色々ある」との反応が素直に返ってきたので有難い。美少女だと得をするのかもしれない。

 ちゃんとお礼ーーもといポーションは渡したので、あれで対価になっているといいのだけれど。

 

 そしてそこから歩いて数分。街並みの中でもひと際大きな転職施設の中に入り、転職用のウィンドウを開いて……しかしすぐ閉じそうになった。

 就けるジョブの数が多いどころか、多すぎるのだ。お陰で困り果てていた。

 ソートやフィルタ機能があることだけが救いだろうか。

 頭が爆発しそうになるのを堪えつつ、メモウィンドウへと候補をいくつかリストアップする作業を行っていく。

 これはさっき気が付いたメニュー機能の一部で、フレンド管理やマップ閲覧やら何やらが書かれたUIの端っこに小さく書いてあった。

 

 周りを見てみれば似たような状況の<マスター>と思しき人々も数人程いて、皆悩ましそうにしている。

 左手の甲に紋章が既にある者、未だ宝石が埋まっている者に二分されているがーー悩みは共通、ということらしい。

 さて、私はどうしようか。

 ジョブには戦闘と非戦闘という分類があるそうだけれど、どちらをやりたいかもまだ決めていないし。

 戦闘系を選んでみた方がいいだろうという予感はある。どうせこの後フィールドに出るのだから。

 となると【戦士(ファイター)】とかそういうものになるだろう。

 ……しかしこう、見栄え的にどうだろうか。女子にとって。だったら無難に【槍士(ランサー)】の方が格好良さげだ。

 

 そう思い、転職用クリスタルに触れる。次いでジョブチェンジを行うかの確認が現れてすぐにOKを押す。

 ファンファーレやエフェクトも何もなく、視界の端の簡易ステータスが【槍士】のレベル一になっただけで終わったのは拍子抜けだったけれどーーあまり派手過ぎても困りそうだしこれでいいか。

 後は街の外に出て、身体を動かしてみるだけだ。見るからに初期装備なのは仕方ない。

 やってみないと分からないし覚えられもしないのだから、まずは練習してみよう。

 

 転職施設を出て、通りを歩く。

 人通りの多いところを歩いて行けば、多分門の前には出られるだろう。

 ーーそれにしても、<マスター>がさっきより多い。並んでハードを買った人達だろうか。

 私と同じ初期装備だろう彼らはあちらこちらをほっつき歩くよりも、一直線にどこかへと走っていく。……多分、あの先がフィールドだな。

 

 急ぎ過ぎないように静かに歩いて、木造りの門をくぐる。

 そうしてまず目の前に飛び込んだのは、人、人、人。十数人ーー否、数十人単位の<マスター>が思い思いの武器を手に取って、ポップしたモンスターを狩っている光景とーー。

 

「……モンスターの取り合い」

 

 そうとしか言いようのない悪感情のぶつけ合い。言い合いに留まらず、攻撃し合っている過激派までいた。

 そしてぎゃあぎゃあと言い合っているうちに、モンスターからの攻撃を食らって光の塵にーー恐らくはデスペナルティにーーなっている<マスター>達。

 これはあまり関わり合いになりたくない手合いだ。

 ……ちょっと移動して場所を変えよう。

 

 ◇

 

 その場から一刻も早く離れたかったので兎に角走った。

 けれどジョブに就いたとはいえ、まだレベル一の身だ。ステータスは然程さっきと変わっていないから足が速くなった気もしない。

 それでも、気が付いた時には街からかなり遠くまで来てしまっていたようだった。

 

「ここはどこ……?」

 

 思わず途方に暮れる。

 簡易マップはメニュー画面にあっても、来た方角が分からないのではどうしようもない。

 せめてあの大きな樹が目印になりそうなものだけれどーー今いる場所は森林だった。やたら背の高い木々が視界を覆っていて、外が見通せない。

 これは参った。

 

「……帰れないなら仕方ない」

 

 そう呟いてひとつ覚悟を決める。このまま日和って撤退するのではなく、せめて収穫を得てから死のうと。

 でもよくよく考えてみれば、デスペナルティの内容をまだ知らなかった。知った所でどうこう言うつもりもないのだけど。

 

 ともあれ行くなら行こう。邪魔な横髪を後ろに払って、前を見る。

 やけに静かな森の中を進んで行く為に、ゆっくりと歩き出す。

 それと同時にアイテムボックスから短槍を取り出して手に持つ。

 

 やけに静かだ。

 こういう時こそ逆に何かありそうな……っ。

 

 ーー近くで、枝を踏んだ音がした。パキリ、と乾いた音が鳴る。

 足元を見てみても、私が踏んでいた訳じゃない。何かが近くまでやってきている!

 

『GIGIGI……』

 

 頭上で鳴ったその()に釣られて上を見てみれば、そこには弓兵が枝の上に立っていた。目立つ特徴は緑の肌、尖った耳、私と同程度の小さな体躯。

 そして何より、頭上のネーム。ーーその名は【ゴブリン・アーチャー】。

 まずった、これは囲まれている……!

 

『GIGAGAGA!!』

 

 そして【アーチャー】がやれ、とでも号令を下したのか、慌てる私を狙って木々の合間から小鬼たちが群がってくる。

 ネームを見てみれば【リトルゴブリン】が大半だったもののーー【ゴブリン・ウォーリアー】が一匹紛れていた。これは拙い。

 

「くっ……!」

 

 必死に棍棒の攻撃を打ち払い、ゴブリンの肉を断ち、少しずつ光の塵へ帰す。

 回復ポーションをなんとか服用する隙こそあれど、それ以上のチャンスはない。

 それよりも敵手の数が多すぎて対処し切れないのが問題だった。

 レベル一には荷が重いと思いきや、経験値は少しずつ入っているのでレベルアップこそしているようだがーーまだ足りない。

 

『GAGAGA!!』

 

 叫び声と共に放たれた矢を避け切れず、肩に刺さる。……痛い。

 痛覚判定をオンにしているからこその痛みだけれど、思わず後悔しそうになった。

 ……でも。

 

「こんなもので痛がって、諦めたりしない!」

 

 力を振り絞ってそう叫ぶ。

 この痛みはーー私が、リリィ・エインズワースがこの世界(<Infinite Dendrogram>)で生きていく為に必要な、痛みだッ!

 

 けれど運命は、矮小な私の足掻きを許さない。

 数を減らさない【リトルゴブリン】達の首魁だろう()()は死なない私に痺れを切らしたのか、森を掻き分けて私の前に現れた。

 

 【ホブゴブリン】。体躯も大きく、手に持った棍棒も容易く私を殴り殺せるだろうそいつは、私を見て確かに嗤っていた。

 

『ーーGYAGAGAGA』

「ーー嗤っている暇があるなら、私を倒してみせて」

 

 最早折れかけている短槍を構え、気炎を吐く。HPは最早風前の灯火。

 それでも己を鼓舞するように言葉を紡ぎ、ホブ目掛けて走り出す。

 

「はあああああッ!」

 

 槍を振りかぶり、首を落とそうと私は狙い。棍棒を上段から振り下ろそうと奴が狙い。

 奴と私の一撃が、交差しようとしたその時ーー。

 

『ーーああ、良いな。良いぞマスター。お前から生まれたことを、私は誇りに思うーー!』

 

 そんな言葉が、聞こえた気がした。


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