プロローグ 暗殺少女と聖杯戦争
ネオンと粉雪が彩り、大都市として開発されながらもその歴史的趣を忘れることのないある種の調和を生み出す街、横浜。それは2025年になっても変わらない。
そんな街に一つ、ひっそりと建つ豪邸があった。それは人目に付かないかと言われればそんなことは無く、かと言って目立つかと言われるとこれまたそんな事はない。周囲に溶け込むよう意図的に建てられたそんな場所にあるごくごく普通の豪邸だ。
景観は美しく、それでいて現代チックな監視カメラや換気扇といった装飾品は一切ないが、それは中も同じ。灯りは蝋燭、暖炉、その他電化製品は存在しない。何故ならば家主は科学を軽視しているからである。
その家主は今まさに地下でとある儀式を執り行おうとしていた。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を」
ぼんやりと青白く光る魔法陣の上で手を掲げ、一言一言紡いでいく。
「四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
白髪の中年男性が魔力を注ぎその魔法陣へと祈りを捧げる。
「満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
彼の名はグレムリン・ヴァン・クロムウェル。
「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
何代も続く魔術師の家系、クロムウェル家に産まれ、その実力は時計塔でも他者の追随を許さない圧倒的なものがあった。
「誓いを此処ここに。我は常世総すべての善と成る者、我は常世総ての悪を敷しく者」
そんな彼は今日、横浜に現れた聖杯を巡る戦い、聖杯戦争の参加者として己のサーヴァントを召喚しようとしていたのだった。
「汝 三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来た⋯⋯ガハッ!?」
詠唱も佳境に差し掛かり最後の一節を唱えようとした時、空気が喉に詰まりえづいてしまう。
「ーーー!?」
ここでグレムリンは違和感に気が付く。息が出来ない、何か体を伝うものが喉から流れている、と。
それを触れて確かめると⋯⋯。
「ーーーー!?!?」
手元にべっとりと真っ赤な鮮血が付着していた。
「うわー、何これ。カルト? 引くわー」
そして背後からはまだ高校生くらいの少女が立っていた。
金髪のロングに青のカラーコンタクト、黒いポンチョコートというコーデは一般的な高校生とは些かかけ離れた格好だろう。
「いい歳してマジないわー。ほら、録画してるからさ。さっさと死ねよ」
「ーーー!!!!!!」
その瞬間、グレムリンの姿は塵埃と化して消滅した。
「まあ、私も人のこと言えないけど」
少女は今使用した血の付いていないナイフを袖にしまうとメガネのフレームにつけていた小型カメラを停止させる。
「お仕事完了! はやく帰って報酬報酬」
彼女の名前は神崎輝愛。齢17の現役女子高生にして生粋の暗殺者である。
「それにしても・・・・・・」
輝愛はグレムリンの儀式場に目を向け一瞥した。
魔法陣の輝きは収まる事を知らず、何事も無かったかのようにぼんやりと光り続けている。
そして輝愛はふと目に付いた1冊の書物を手に取る。その書物は触れただけで吐き気を催す邪悪さがあり、すぐに元の場所へと戻すことになった。
「うわぁ⋯⋯マジ? これホンモノってこと?」
生きているうちにこういうのと出くわすなんてなぁ、と内心ドン引いている輝愛。
顔を顰めて眺めていると唐突に一瞬舌先でピリっとした激痛が走る。
「いちゅっ!?」
ほんの一瞬だけだったため何が起こったか分からない輝愛は痛みが発生した舌先で指を舐めるが、特に何か付着しているという訳でもないため原因が分からなかった。
困惑しながらも本の隣に置いてあったメモを取った。
そのメモは英語で書かれてあったが、様々な国を渡り歩いた輝愛にとって読むことは容易い。そしてその言葉が先程グレムリンが詠唱していた言葉と同じものだということも理解出来た。
そして魔法陣は未だに青白く光っている。
「つまりやれってこと?」
でも私そっち系の素養無いしなぁ、と唸って3秒後。
「1回試しにやってみようかな」
即決。現役女子高生の好奇心とは恐ろしいものである。幸いにもそのメモには儀式の手順が書かれてあり、輝愛が儀式を行うには十分の環境であった。
「英霊召喚、ね。覚えた」
魔法陣の手前に立った輝愛はグレムリンを殺したナイフとは別のナイフで人差し指から血を垂らす。
「これは書いてなかったけど、こっちの方が雰囲気あるでしょ」
すう、と深呼吸した輝愛は詠唱を始めた静かに目を閉じ、その後に何が起こるかを想像する。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
何も起こらないのか、はたまた何かが現れるのか、爆発するのか。いずれにせよ楽しみで仕方ないという薄ら笑いを浮かべる。
「満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
輝愛が詠唱を進める度にその青白い光が強まっていく。その光は閉じた瞳の瞼越しからでも感じ取る事が出来た輝愛は何かが起こることを察する。
「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
しかしここで青白く輝いていた光は赤黒く染まり、部屋中を血色に濁った輝きで染め上げる。
先程のグレムリンの詠唱では起きなかった明らかな異常現象を目の当たりにした輝愛だったが、彼女は詠唱を止める気は無い。
むしろイレギュラーを楽しんでいるようだった。
「誓いを此処ここに。我は常世総すべての善と成る者、我は常世総ての悪を敷しく者」
室内に嵐のような爆風が巻き起こり本や紙類が踊り飛ぶ。室内を満たしていたのは液体類が爆発しガラスが弾ける音と強風、そして何より魔法陣と輝愛の周りで脈絡も無く浮かび上がる真っ黒で歪んだ『Fatal Error』の文字と耳を劈くような警告音。
「汝 三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ⋯⋯」
それでも尚、止まることを知らない彼女は最後の一節を詠唱する。
「天秤の守り手よ」
輝愛がそう呟いたその時、赤黒い血色の光は収束。そしてそれを中心として巨大な爆発が発生する。
「お⋯⋯」
その爆発は輝愛と豪邸を丸ごと閃光で包み込み、吹き飛ばし辺り一帯を消し飛ばした。
「痛ったーい⋯⋯」
そして輝愛が目を覚ますと豪邸があった場所は綺麗に消えさり、爆発が作り出したクレーターの中心で仰向けに倒れ込んでいた。
そして一匹の狼に似た獣が輝愛を覗き込んでいる。
「問う。貴様が俺を呼び出したのか?」
高さは優に5mを超えており、身体は陽炎のようにぼんやりと真っ黒に光っており肉体があるという訳では無い。全身から黒い粒子が落ち、その存在からは見た者の身体の底から恐怖を掻き立てるナニカを感じる。
口から見える舌は鋭い針がチロチロと意志を持つように動き、輝愛を品定めするかのように目の前で静止した。
「⋯⋯」
輝愛は感じる。『このケモノはヤバい。人の手に負えるような存在では無い』と。
「もう一度問う。貴様が俺を呼び出したのか?」
黒い粒子の身体であるこの狼に似た獣に眼球は存在しないが、それでも輝愛は冷たい視線を感じ取れた。何か答えなければこのケモノは容赦無く、そして痛みを感じる前に輝愛を殺すと。そう彼女は直感する。
「そうだよ。アタシがよくわかんない魔法陣から呼んだの」
輝愛は緊張しながら答える。背筋は凍り付き、震えそうな全身を無理矢理押し留める。
これまで何千もの暗殺を成功させてきた輝愛が冷や汗が全身から溢れ、恐怖と緊張で発狂死しそうになる程にそのケモノから発せられるプレッシャーと恐怖は圧倒的だった。
「⋯⋯貴様のような小娘に召喚されるとはな。俺も相当な格下になったか?」
「そんな事ないでしょ。アンタが弱い訳が無い」
「ハッ。そういうストレートな褒め方は嫌いじゃないぜ。それじゃあ改めて」
輝愛に対して向ける目付きを変えたケモノは落ち着いた口調で淡々と告げた。
「サーヴァント、アサシン。聖杯の意志の元、貴様の召喚に応じた。此度の聖杯戦争では時の番狼たる王の力を存分に使うがいい」
アサシンの瞳は先程まで向けていた殺意では無く、一人のマスターとしての敬意と忠誠心で満ちていた。
「あー、うん。宜しく。所でさ⋯⋯」
「何かなマスター?」
先程までの口調とは一転、丁寧に返されて面食らう輝愛だったが本題たる疑問の方が大きかった。
「聖杯戦争って、何?」
いかがでしたか? 初手はアサシン陣営です。もう一、二話くらいはアサシン陣営になると思います。