時刻はお昼時の陸上自衛隊横浜駐屯地。とある作戦室には2人の男がいた。片方は陸将の紋章を胸に付け、如何にもといった形相で報告書や映像を眺めている。
「なるほど。報告は受けた、天音三佐は引き続き情報を集めつつ、なるべく周辺の被害を抑える形で任務を続行せよ」
「はっ!」
その映像はアルジュナとルーの戦闘を記録したものや阪東の魔術、そしてそれらの言い訳である『ガス爆発』のニュースだ。
本当にガス爆発で済んでいるかは怪しいが、世間がガス爆発と言うのであればガス爆発なのだ。
「⋯⋯にしても、聖杯戦争か。未だに信じられん」
「まー、僕からすればコレの時点で色々ヤバい代物だと思いますけど」
もう一人は青髪のツーブロックマッシュの青年。身長は低めで150前後、中学生のような声色と成長期前の高い声は聞く人によっては子供っぽさを感じるだろう。しかし、この場にいる彼がただの少年ではないことは状況から見ても明らか。
天音と呼ばれた自衛官は堅苦しい雰囲気は無く、ヘラヘラと己の腕に巻いている時計を指差す。
「サーヴァントに聖杯戦争、新たな情報が多すぎる」
「技術顧問が聞いたら嬉しくて飛び出して行きそうな話題っすね」
「それは困るから普通にやめて欲しいのだが。ただでさえ『人類の脅威』の魔術が解析途中だというのに⋯⋯」
「僕達の部隊はその辺今忙しいからなぁ、呉島陸将も色々隠蔽とか忙しそうだし」
「そうだな、ただでさえ特殊作戦群は忙しい。俺達は余計にな」
呉島と天音の2人は『特殊作戦群盤外遊撃部隊』に所属しており、端的に言えば『機動力と圧倒的な破壊力を備える少数精鋭の特殊部隊』である。
精鋭揃いの特殊作戦群の中でも盤外遊撃部隊は極めて異質であり、想定される敵は『人類の脅威』という存在なのだ。
「それで呉島陸将、今回は『人類の脅威』判定しなくていいんです?」
「⋯⋯そっちの絡みは少しあるからな。一応は人間側だ。ただ、本当にそうなのかの判定が難しい。『外』の協力者に聞くのが手っ取り早いな」
「あー、あとアレです。今回の任務は
その天音の言葉に呆れてため息を漏らす呉島。
「あのな、
「僕自身魔術師じゃないからなんとも言えないっすけど、全部避けて切り伏せれ⋯⋯いでっ!?」
自信満々の所をチョップで黙らされる天音。
「俺達は向こうの魔術に関しては情報が無い。だから常に全力で当たるべきだと考えているし、そのために準備している訳だ。それに実戦でのデータは貴重だ。その方面でも今回の任務は使うべきだと判断した」
「それで良いと思うぞ、マスターの上司よ」
ふわりと霊体化を解いたルーは天音の横に立つ。
「粗方事情は把握しておる。儂らサーヴァントは
「という訳だ。マスターである天音三佐が前に出るという事は非常に稀なことだとは思うが、戦闘時には遠慮なく使え」
「了解」
そう言って天音はルーと共に部屋を出る。
「じっちゃん、何か食べたいものとかある? 食堂空いてるだろうし食べてかない?」
「構わんぞい。この地は飯が美味いからのう。幾らでも食えるわ」
「よっし! 昨日はカツカレー食べたっけ。今日は何食べよ⋯⋯」
わちゃわちゃとご飯について話しながら建物を出る。
「⋯⋯は?」
「これは⋯⋯」
その時、2人は信じ難い光景を前に暫く固まってしまっていた。
ーーー
「でさー、ホントに強かったんだって! なんか宇宙創り出すとかもう訳わかんないし」
「⋯⋯起源覚醒者だからな。僕も実際に見たのは始めてだ」
「起源覚醒者? 起源がどうこうってのはバンちゃんから聞いたけど、そんなに凄いの?」
お昼時。2人は作戦会議も兼ねて昨日のカフェに来ていた。今回更地になった横浜スタジアムは移設され新横浜スタジアムとなっているため、元々の場所は無傷である。
それでも営業時間が短くなっているため、影響が無いとは言えないのは事実であるが、夜の21時までなので昼食をとる分には問題ないのだ。
「起源っていうのはそもそもの存在意義、目指すものとか魂の本質そのものの事。どんな存在にも起源があるが、それに気付かず一生を終えるのが殆ど。その代わり起源に気が付いた魔術師は魔術の理解や強さが段違いに上がる。阪東のような強さに至ってもおかしくは無い」
起源覚醒者というのはそれだけ稀有な存在であり、それ故に強い。
「じゃあうっちゃんも自分の起源とか知らない感じ?」
「それが普通だからな。魔術全員が自分の起源を知っていたらそれはそれでアレがいっぱいいることになるから星そのものが壊れかねない」
「⋯⋯うわぁ、なんか想像したくないわ」
嫌な顔をしつつ、コーヒーを啜る輝愛。更に追加でフライドポテトを注文する。
「よく食べるね⋯⋯」
輝愛は既にホットサンドとサンドイッチのステーキサンドを食べ終えており、明らかなカロリーオーバーだと指摘する。
「⋯⋯別に太らないから! めっちゃ動いたし、なんか色々あったからいっぱい食べておきたいの! 文句ある?」
「イヤ⋯⋯ナイデス⋯⋯」
「「マスター⋯⋯」」
どうやら食べ過ぎ云々はNGな話題だと学習した俊介。
「えーっと、じゃあ他のサーヴァントについてなんだけど⋯⋯」
苦笑いを浮かべながらもなんとか話題を繋げる俊介。その横でエルキドゥはマスターにステータスがあるならコミュ力はCだね、と冷静に分析を出した。少し余計である。
「ええっと、なんかおじ様なサーヴァントと、派手派手なサーヴァントが居たよね。で、派手な方はバーサーカーでバンちゃんとどっか行ってた」
「そう、で少なくともバーサーカーは阪東と同レベルかそれ以上の英霊だと考えていいかもしれない」
「英霊が魔術師と同レベルだって判定されるのはおかしいと思うけどね」
そう、輝愛と阪東はバーサーカーの真名を入手していないため、対策のしょうが無いのだ。
最も。この世界にはそもそも神たるアルジュナの記録が存在しないのだから意味は無いのだが。
「で、あのおじ様なサーヴァントは⋯⋯パチンコ使ってたね。パチンコ。しかもめっちゃ雷飛ばしてたし。あれはもうプラチナなパチンコだね。金のパチンコのハイパー版」
「金のパチンコを手に入れるのに苦労した覚えある」
「あ、わかる。飛んできた風船めっちゃ割ってなんとか頑張ったわ」
急にど○森の話になり、暫く脱線。しかし5分後には自然と元にの話題に戻っていた。
「で、あのパチンコからは雷を訳だけど、パチンコって結構伝承だと話題が少ないんだ」
「なるほど、パチンコは歴史上不遇だと。じゃあ結構絞りやすそうじゃん?」
「そう、でパチンコでめぼしいのはゴリアテやダビデ、ルーなんだけどその内ルーはブリューナクっていう雷の槍を使用している」
スマホを取り出し、ブリューナクの説明があるWebサイトを見る。
「『諸芸の達人』『長腕のルー』と呼ばれたこの神は伝承通りあらゆる技に長けた万能な神霊の可能性が高い」
「それでもクラスに当てはまっている以上、アーチャーの色が強くなってそうだね」
蜂蜜カフェオレを1口含みながら答えるエルキドゥ。
現状ライダーとセイバー以外が揃っている以上、ルーがそのどちらかに当てはまっているという事は考えにくい。
「そう、その確証が取れただけ昨日の一戦は意味があったと思う」
「じゃああと残りは⋯⋯ライダーとセイバー?」
「ルーラーもまだ1騎しか見てないかな。僕がマスターから聞いた話だとルーラーは2騎いるって聞いたけど⋯⋯」
そこでフライドポテトが届いたため3人はそれぞれ1つずつ口へと放り込む。
「意外と美味いじゃんコレ。⋯⋯で、ルーラーってアレだっけ。監督役じゃない審判だよね。2騎も要らなくない?」
「聖杯が召喚した訳だからこれに関して何か言えることは無いな。⋯⋯1騎はモーセだっけ。女の子だったか⋯⋯」
「あれ? 授業でやったモーセって男のはずじゃ⋯⋯」
「歴史に間違えて記録されていたからという例は少なくないらしい。時計塔の先輩も伝承では男なのに本当は女だったサーヴァントを召喚したことがあるらしい」
「へー、じゃあモーセ、実は女の子⋯⋯?」
時計塔の先輩というのはかつて第五次聖杯戦争に参加した2人の恋人で、宝石の連絡魔術もその先輩の片割れから教わったものである。
「その可能性もある、という感じだな」
『俺みたいな例もあるぜ』
「大福は例外でしょ。あと自力で現界しなさい。今日の餌抜きね」
『俺飯要らねぇからな!?』
あはは、といつものやり取りで笑いながらお昼を過ごしていると⋯⋯。
「お客様お客様」
と、ふと女性の店員に声をかけられる3人。
「申し訳ございません、あと5分で閉店時間になりますので⋯⋯」
「「「はっ???」」」
ふと見渡すと既に明かりが灯っており、窓の外は真っ暗である。昼食を取っていたが、一瞬で夜に変わるという明らかな異常事態に混乱する三人だが、立ち止まっていてはいけないと判断した三人は急いで荷物を纏める。
「⋯⋯コレマジ?」
「分かりました、すぐに出ます」
既に温くなったコーヒーを口に運び、飲み干す俊介。すぐさま輝愛がカードで支払い、バルコニーへと出る。
空は星1つ見えない暗い曇り空、魔術によってほんの数秒前に夜が敷かれたとは考えられないような冷たい空気が満ちていた。
「時間が⋯⋯飛んだ⋯⋯? 誰? バンちゃん?」
「⋯⋯いや、加速できる宇宙は阪東が保有しているもうひとつの宇宙だけのはず、それに魔術師は対象外⋯⋯なのか?」
周囲の一般人の中で騒ぎが起きている様子は無いため、普通の時間を過ごしているという事になる。
「それに時計が刺しているのは21時。単に阪東が夜の空を創った訳では無いみたいだ」
「じゃあバンちゃんの線は薄そう?」
「起源の『宇宙』で時間に干渉できるかは分からないけど、方向性が違うから出来ない気が⋯⋯」
「バンちゃん、どんな魔術でもかかる時間ゼロだよ」
「出来なくはないかも⋯⋯しれない⋯⋯」
なんとも言えない微妙な表情になっている3人だが、上から1人飛んでくる。
「よっと。ったく、遠いんだよテメェらァ」
その姿は今話題に上がっていた阪東その人だった。
「バンちゃん!」
「言っとくがコレはオレの魔術じゃないゼ。夜を創ったってなんの意味も無いしな。時間の加速はオレの宇宙でしか出来ねぇしよォ」
と、先程の論議を否定する発言をする阪東はサングラス越しに横浜港の方向を見る。
「魔術師以外の時間を加速させる大魔術、それをどのマスターやサーヴァントにも察知させないような技量。ンでオレの魔術じゃねェ。ここまでくりゃこの現象、答えはひとつなんじゃねぇの?」
「⋯⋯キャスターのサーヴァント、アジ・ダハーカか!」
そして次の瞬間⋯⋯。
横浜港方面、海が燃え上がる。
「マジ? 花火大会大失敗じゃん、乾燥してるからやめときなってあれ程言ったのに⋯⋯」
『絶ぇ違うだろ』
その炎は水に浮かぶ油のように海水に溶け消える事無く燃え盛り、そのまま海岸を炎で包む。
そしてその上に立つようにふわりと姿を表したのは⋯⋯。
「炎の巨人⋯⋯?」
曇天の雲を付くかのような巨体、そして夜の世界を燦々と照らす全身を覆う炎は相当離れている輝愛達にも伝わる程の熱量を感じさせる。そしてその圧倒的な魔力と威圧感、まるで太陽のような神々しさ。全てを兼ね備えるソレが只者ではない事は誰が見ても明らか。
「サーヴァントだな。にしてもここまでわかりやすいヤツは初めてだなァ」
「そうだな、神話における炎の巨人なんて当てはまるのはひとつしかない」
「あ、それアタシでも知ってるわ。スルトでしょ、ゲームで出てきたから覚えて⋯⋯」
その言葉を言い終える前に炎の巨人は大きく腕を振りかぶり、天から燃え盛る巨大な剣を振り下ろす。その先に居たのは⋯⋯。
「「「あっ」」」
輝愛達だった。
キャスターがキャスターしてる!
ちなみに世界そのものに干渉する魔術、今回で言う現実の時間の加速は坂東でも可能ですが、ほぼ出来ないに等しいです。まあ、理由は色々あって。
まず坂東が内包する宇宙の現象を具現化するという魔術は固有結界に似た性質のため。現実の世界を侵食する固有結界は抑止力の修正を受け続け、展開中は尋常じゃないくらい魔力を食います。「内包された宇宙で行使した魔術」は言ってしまえば「心象世界で行使した魔術」でありそれそのものが固有結界に似た性質を持つのです。そしてそれを世界規模で行使しようとすると世界規模の抑止力に対抗できるくらいの魔力量が必要で、坂東でもその規模の魔力を賄うためには飛ばした時間分、今回であれば正午から午後9時の9時間分の魔力を補給する為に宇宙の始まりから終わりまでの魔力を取り出し、それを繰り返す必要があります。更に術式の維持もしなければならないため「できなくはないがコスパが悪すぎる」という理由。
そして純粋にその規模の魔術は抑止力の対象となり守護者に狙われるため。これに関しては坂東自身が述べている通り、力でねじ伏せればいいと言っているのでお分かりだと思います。元々世界に目をつけられている彼がそこまでの魔術を行使すれば確実に守護者が送り込まれます。
まあ、やろうと思えば出来る時点で大概ですけどね。
ちなみに坂東は内包する宇宙から魔力をほぼ無限に取り出すことが可能で、これを行えばゼル爺の無尽エーテル砲を再現できたりします。アルジュナ・オルタの魔力供給もこれでいいのですが、無駄に宇宙のリソースを使いたくないからという理由でアメリカに術式を貼りました。観光がてらサラッと作った感じです。