時は10分前に遡る。
人気の無い海沿い。コンビニに向かうために珍しく外に出ていた千衣寓は偶然にも絶対に会いたくなかったであろう存在とばったり会ってしまう。
「ひ、ひぃィィ!?!?」
「貴様が此度の聖杯戦争に参加しているマスターだというのか? 実につまらん。何、抵抗する術も無いとはな」
そう、三つ首の竜人であるキャスターだ。
「こ、こんな事をしてだ、だま、黙ってるだけだと思わないでひ、いろお!」
「ふん、既に腰が抜けているぞ。最初に殺すのは貴様からで良さそうだ」
嘲笑するキャスターはその拳を振るい、その心臓を貫こうとする。
しかし、それを銀色の腕が防いだ。
「ほう?」
『ご無事ですか、マスター』
「おま、おまえがそとにでぉとか言ったからこんなことになっているんだぞ!」
それはメイド服を来た水銀の人形。いわゆる使い魔である。
千衣寓が所有する水銀の使い魔は1つのスーパーコンピュータで管理され、それが魔術的な結び付きを持って1つの思考する意識の集合体として活動しているのだ。
『申し訳ございません。マスターは早く避難を。⋯⋯それで、貴方は何故ここに? 本来聖杯戦争は人目をはばかり深夜に行うもの。これでは大勢の目についてしまいますが』
機械音声のような声で使い魔は警告する。
「そうだったな、そのようなルールを彼奴が言っていたのを忘れていた」
そう言うとキャスターは右手を掲げ、手のひらサイズの時計を取り出す。
「進め」
その呟きで時計が針を進め、針が9時を指したところで景色がどんどんと移り変わっていく。
太陽は沈み、雲が現れ世界が進んでいく。
「これで文句はあるまい?」
一瞬で昼が夜になり、辺りは街灯の光と雲に隠れた暗い月の光に満ちていた。
『⋯⋯一体何者』
「我の名か? 我は悪神アジ・ダハーカ。かの悪神を喰らい、全ての悪の頂点に位置する滅びの魔王である」
名乗り終えるとアジ・ダハーカは挑発するように指を動かした。
「サーヴァントを出さぬのか? 既に契約しているのは我が眼に入っている。出さぬのであればすぐさま貴様らを殺すぞ?」
『⋯⋯。マスター宜しいのでは?』
「分かっているぉ! 来い!スルトォォォォォォ!!!!」
千衣寓がスマホを連打する。
その瞬間空気が揺れ、全てを焼き尽くす程の熱波が放たれる。
『クク、ようやく出番かマスターァ⋯⋯!』
その熱は海を伝い炎が浮かび、鋼を溶かし木々を燃やす。
霊体化を解いた瞬間に膨れ上がる気配と存在。降り立った港はその足1つで半壊し、その大きさは天をも突く程。
「す、スルト! おでをまもれ!」
『言われなくとも』
全長1000mにもなるソレは右手に持つ炎の大剣を振り下ろす。
燃え盛る炎を纏う長さ数百メートルにもなるその剣がアジ・ダハーカを襲う瞬間、その刃がアジ・ダハーカの片手で受け止められた。
その風圧で周囲の建物は倒壊し、付近の船は根こそぎびっくり返る。
「ほう、かのレーヴァテインか。中々いい炎だな」
『ククク、そう来なくては』
レーヴァテインは北欧神話でロキがルーンを紡いで作成したとされる炎の魔剣である。厳密に言えばスルトの所有物ではないが、伝承が伝えられていくうちにスルトの魔剣というイメージが強くなり、スルトと共に現界したのだ。
スルトはその刃へと力を込めるが、一向に動く気配は無い。
「児戯だな」
アジ・ダハーカがその場所から消え、勢い付いた刃が地上を抉る。
そしてアジ・ダハーカが現れたのは上空1000メートルにあるスルトの顔の真横。拳を振りかぶり、視認不可能な速度で放たれる。
しかしスルトはそれ以上の速度で片手で受け止めた。
『オォ』
スルトはそのままアジ・ダハーカを握りしめ、勢い良く市街地へと投げ付ける。
普通であれば意識が置いていかれるような速度で飛んで行くアジ・ダハーカはビルに2つ3つ突っ込みながら4つめを突き抜ける寸前で消滅、即座に転移でスルトの正面に立つ。それでもスルトからは300m程離れてはいるが。
既に千衣寓と使い魔が消えていることを自身の『目』で確認したアジ・ダハーカはニヤリと笑みを浮かべる。
「なるほど、マスターはともかくサーヴァントは中々出来る存在か、ならば我も魔術を行使するとしよう」
ビルのひとつに降り立ち、足を着く。
その瞬間、地上は滅びに満ちた。
生きとし生けるもの全てに滅びが与えられ、その瞬間に死に絶える。
誰かと話す間もなく消え、遺言すら残す事無く、そのままころりと転がった。
『⋯⋯滅びの領域か』
その効果をスルトは直感で看破する。
アジ・ダハーカを中心とした半径15キロのエリアにいる存在全てに滅びの概念を付与する事で即座に死を与えるもの。これはあらゆる生命に有効であり、展開された瞬間に一部を除き生き残る事は無い。
そして更にこの領域内は悪属性であればあるほど大きな強化が入る。アジ・ダハーカ程の悪性を持てば本来の数倍にもなるのだ。
今スルトが立っていられるのはスルトの「陣地作成」の影響である。言うなれば炎の領域。一歩一歩歩みを進める度に炎で自身の領土を拡大させるというもの。このように自身の領域を展開することで相殺することが出来る。
「何、キャスターというクラスの特権であろう?」
そもそもこれは魔術ですらなく、キャスターのスキル「陣地作成」によるものであり、本人にとってもよく使用する権能である。
アジ・ダハーカは地面に手を付き巨大な魔法陣を展開。そのまま次のビルへと飛び出す。
『クク、逃がさん』
スルトがレーヴァテインを驚くべき速度で振り下ろすものの、身体を捻り回避。そのまま剣を跳ね上げ下からの一撃も簡単に避けられる。
「2つ目」
再び手を付き同じ魔法陣を作成し、駆け出す。
『グヌァァァ!!!』
スルトの目が光り、咆哮。地上から炎の柱が現れアジ・ダハーカを焼こうとするものの、アジ・ダハーカが手を向けるとその炎が消滅する。
「3つ目」
同じ工程、同じ行動で魔法陣を作成した所をスルトのレーヴァテインの水平斬りが襲う。タイミングと速度を計算したアジ・ダハーカは直感的に避けられないという事を判断。事実、スルトはニヤリとほくそ笑んでいた。
が、それはアジ・ダハーカに届くことは無い。
「展開"
一言呟くと、そこには一冊の本が浮遊していた。
「模倣"
そしてページがパラパラと捲れた次の瞬間、アジ・ダハーカの手には1振りの剣が握られており、それ振り上げレーヴァテインを弾く。
『ぬぅぅぅ!?』
黄金に輝くその剣は伝説上においてあまりにも有名な宝具。
『それは⋯⋯まさか⋯⋯』
かのアーサー王が所有する武具、湖の乙女が下賜した聖剣エクスカリバーである。
「少し剣で遊んでやろう、貴様はセイバーなのだろう?少しは楽しめるといいのだがな?」
そう言って小さく笑うアジ・ダハーカ。
「複製"
その宝具の名を告げる度に聖剣が増え、詠唱を終えると3本の同じ聖剣が1本の聖剣へと変わり、更に輝きが強まる。
これはアジ・ダハーカの魔術のひとつ。
それが神々が造り出したとされる神造兵器だとしても例外では無い。
本来の
そして更には⋯⋯。
『オォォォォ!!!!』
「ふん!」
アジ・ダハーカは空中へと跳躍し、聖剣で心臓を狙った突きを行う。
それに対抗してスルトは上段からの一撃を放つものの、アジ・ダハーカの剣さばきで受け流されてしまう。しかし、そのまま次の一撃へと繋げていく。
そして次の二撃、三撃と剣撃を放つ。その余波でありとあらゆるビルや建造物を吹き飛ばしながらもその巨体に見合わぬ圧倒的な速度で剣を振るうが、それらはアジ・ダハーカの聖剣に受け流される。
『馬鹿な、セイバークラスでは無い貴様の剣など⋯⋯』
「分からないか? ではやはり三流だな」
ここまで本職のセイバークラスと剣で撃ち合えているのにはアジ・ダハーカの魔術が関係している。
アジ・ダハーカは所持している武具から英霊の座にアクセスし、その本来の所有者の剣の腕をコピーし自身に付与しているのだ。
サーヴァントから記憶や人格を抜き取り、そこから剣の腕のみを抽出したものである。例えるならば依代の自我しか残っていない擬似サーヴァントという状態となる。
そして英霊の座にアクセス出来るという事は元々存在しなかった宝具、伝承、神話を原典に書き記すことが出来るということ。
「擬似宝具真名解放"
その一言でアジ・ダハーカの体内に存在する魔力は光に変換された。
そして片腕でその聖剣を振り抜く瞬間、そのエネルギーが集束・加速し動量が増大。光の断層による究極の斬撃は金色の光となって放たれる事となる。
本来のアルトリア・ペンドラゴンと同種、そして三本の聖剣が重なる事で本来の三乗ものエネルギーとなったその一撃がスルトを襲う。
『なんの!"
世界を焼き尽くすが如き灼熱の炎。スルトが身体に纏っていた数倍もの熱量が剣から湧き上がり、辺り一帯を包み込む。
無尽蔵に溢れ出るその炎と共に金色の光へと対抗すべく弾き飛ばさんとする勢いでその火炎の剣は振るわれた。
『ヌアァァァァ!!!!』
「⋯⋯」
三本の聖剣が収束した光の奔流ですら世界全てを焼き尽くす程の炎を纏う剣を撃ち破るにはまだ足りず、拮抗状態となる。
熱波と光が交差し、その余波で全てを蹂躙せんと溢れ出るエネルギーが辺り一帯を崩壊させていく。
「これでは決め手に欠けるか。なるほど、確かにそれは良い剣だ」
そして空いた片手で再び
「模倣"
エネルギーの輪が高速で回転。アジ・ダハーカへと魔力が供給され、そのまま彼は
その結果聖剣が肥大化し、刀身には三色の光が現れ、回転。文明を滅ぼしうる力の渦が聖剣の光を加速させていく。
「これは少し工夫せねばなるまい」
アジ・ダハーカは指を鳴らし自身の時を宝具を起動する前へと戻す。
「擬似宝具真名解放"
そして即座に宝具を起動。かつて佐々木小次郎が生み出した第二魔法にも迫る剣技、"燕返し"すらも模倣したアジ・ダハーカは聖剣の一撃を三つに分身させる。
神々が生み出した神造兵器の輝き、それを軍神マルスの力の流れが加速させ、佐々木小次郎の剣技で魔法の域へと至らせる。
本来不可能な芸当を意図も容易くやってのけた。
その斬撃とは程遠い光の奔流はスルトが持つレーヴァテインを弾き飛ばし、左肩から腰までの正面を斬り裂き、右腕を切断する。
『グ、ァァァァァァァァ!?』
切断部からは大量の血が流れ、地上へ落ちたそれは地上を溶かし、海に落ちれば蒸発する様は奇怪な光景だった。
『き、貴様ァァァァァ!!!!』
「4つ、そして5つ。何、そんなに痛いか?」
何一つ傷を負わず、聖剣の光に変えた魔力は既に全回復しているアジ・ダハーカは余裕の表情である。もっとも、人間からすれば爬虫類のような顔の表情など分からないのだが。
アジ・ダハーカは聖剣を消滅させ、転移。スルトの左腕辺りの高さで少し離れた所に魔法陣を空中に置く。
「6つめ。貴様の土俵で戦ってやったと言うのになんという体たらく。呆れたな」
『黙れ黙れ黙れェェェ!!!』
纏う炎が弱まり、息を荒くしたスルトは海に落ちたレーヴァテインを拾い上げ、再び刃を振るうが、その一撃は届くこと無く地上を穿つ。
アジ・ダハーカは既に背中に転移しており、手を向けて魔法陣を首に付与する。
「少しは静かにしたらどうだ? ⋯⋯7つ目。これで準備が整った」
腕を振り、アジ・ダハーカを凪払おうとしたスルトだったが、寸前で転移され空振りに終わる。
「その身体、その魔力量。余程マスターに恵まれたのだろう? であればその魔力、利用させて貰うとしよう」
すると魔法陣はブラックホールのような真っ黒い穴へと変化し、何百もの腕がそこから伸びスルトを掴む。その腕はまるで聖杯の泥のように濁っており、禍々しく、そして何かを求めるようにスルトを取り込もうとしていた。
それに抵抗するように炎を吹き上げ、咆哮し、払おうとする。しかしながらそれは意味をなさず、無意味に地上の瓦礫が飛び、運良く残った建物を蹂躙するだけだった。
『クソがァァァ!!!』
「あのマスターも見た目によらず中々やるではないか。何、貴様の魔力全てとは言わない。それに少しは楽しめた。最後は我が宝具の一端で滅ぼしてやろう」
アジ・ダハーカは既にこの聖杯戦争の意味を理解している。それは召喚された瞬間に理解してしまったと言った方が正しいが。
ソレを理解しているが故に彼はただ彼の目的を果たすのみ。そのためだけの終末装置に過ぎないのである。
お前、結局キャスターしてないやんけ。剣で殴っとるやんけ。
まあ、剣からビームが出ているので輝愛視点で見ればキャスターの括りですよね。
にしてもアジ・ダハーカ強いですね。坂東ぐらい強い要素しかないモリモリなサーヴァントな気がします。詳しいステータスは一章終わった辺りで一部ぼかしながら解説入れていく予定なので是非ともご覧ください。