「なあ、アルジュナ。今のこの世界はどうだ?」
阪東とアルジュナは様々な建物が並ぶ大都市、日本の中心と言ってもいい首都東京に居る。
建物の高層化が進み、東京の人口が2000万を超えた2025年。その夜の全容を東京で最も高い場所、東京スカイツリーから見下ろしていた。
その場所は展望台の上。言ってしまえば外である。
人工的な光をパラパラと降る粉雪が反射し色とりどりの景色が瞬間的に変わる姿は一種の幻想風景とも言えた。
「⋯⋯混沌としている、しかしながら同時に美しさもある。と言えばいいか?」
「それはお前がいた世界と比べてって意味だな?」
「そうだ」
へぇ、といつも通りニヤニヤしながら下を見つめる。
「悪性と善性が入り交じったこの世界で、こうも美しく発展している理由が知りたい」
「美しい、ねェ。ぶっちゃけオレはそうは思わねぇけどさ。人の欲と業が溢れたクソッタレな世界」
「⋯⋯マスターはこの世界を楽しんでいるように思えたが?」
「ま、そらそうだ。ソレとコレは別。どんな世界だろうと、楽しく世界を生きる方法なんざ色々あっからよ」
阪東はここに来るまでに買ったおにぎりを一口。
「日本のコンビニって、どうしてここまでクオリティ高ェんだ? ⋯⋯あとアレだ。さっきの質問、美しく発展出来てるかってのは心当たりがある。それはアンタの言う悪性だろうよ」
「⋯⋯? どういう事だ?」
アルジュナにとって悪とは滅ぼすべき対象。しかし阪東はそれを美しいと言った。以前のアルジュナであれば即座に消去しただろう。しかしながら自身のマスターであり、世界とはほぼ異なる理を知る彼の考えを聞きたいと自分でも感じてしまったのだ。
「最初の結論だがさァ、人間から悪を抜き取ることは出来ねぇんだよ。そんな完璧な人間なんざ存在しねぇし、そんなんオレは人間として扱うつもりはねぇ」
阪東はおにぎりの包装を手元で燃やし、消滅させる。
「でもさ、だからこそ成長出来たんじゃねぇの? 他者を嫉む事は他者を追い抜こうとする向上心に繋がる。不出来だからこそできるように努力する」
パックのオレンジジュースをストローに刺しながら小さく欠伸をひとつ。
「私はそこまで話した覚えは⋯⋯」
「見えちまうんだよ、オレには。それと、アンタの悪ってのは意味合いが広すぎるんだよなァ? 不出来が悪ならオレ以外全員悪人じゃねぇか、⋯⋯ハッ、なぁに言ってんだよ」
珍しく阪東から笑みが消える。
「そんなの、オレが納得いかねぇよ」
その表情からは何かを読み取れることは無い。しかしながら、彼の心にはある種の決意を感じ取る事は出来た。
「理解不能。⋯⋯それでもかつての私ではいけないというのは理解している。どうしてか、不思議とこの世界のことについて知らなければならないと考えているようだ」
「そらそうだ。アンタの世界は滅んでんだからよォ、オレ達を見習えってはな⋯⋯し⋯⋯?」
立ち上がり、アルジュナの胸を叩こうとした時、阪東はアルジュナの変化に気が付く。
「なァ? お前なんか髪黒くなってね?」
「⋯⋯?」
なんと、いつの間にかアルジュナの髪色が白から黒へと変化していたのだ。
「どういうこった⋯⋯?」
まじまじとアルジュナの顔を見ていると、瞳には赤く文字が刻まれているのに気が付く。
『Fatal Error』
「⋯⋯またソレかよ」
「恐らく霊基情報が再編され⋯⋯どうした、マスター?」
「ンやなんでもねぇよ。⋯⋯なんか、メシ行きてぇな」
「唐突だな。それに今食べていたのでは⋯⋯?」
ふと気が付いた時にはその文字は消えていた。
「日本のメシはどんだけ食っても飽きねぇんだよ。アメリカのも悪か無かったが、やっぱ故郷の味が1番うめぇ」
阪東はスカイツリーから飛び降りると、人のいない場所に着地。直前に重力操作を行って衝撃を打ち消した。
「行くぞ、アルジュナ」
「私に食事は⋯⋯」
「いいから食うんだよ。もっと楽しめっての。はァ、クリスマスイブくらいオンナと居たかったぜ」
こうして、2人は夜の東京の街中へと消えていった。
ーーー
所と雰囲気変わって神崎祖父宅。クリスマスイブということでパーティを行っている最中である。
「藤丸⋯⋯立香だったか?」
「えっと、宇都宮さん、どうしましたか?」
宇都宮が藤丸に話しかける。
「敬語はいい。多分歳も僕とそこまで変わらないだろうしな」
「じゃあ⋯⋯宇都宮くんで。どうしたの?」
「いや、ただ藤丸から色々話を聞きたくて」
なんだこのメンヘラ彼女みたいな会話の切り口は、と考えてしまった俊介。
「藤丸はカルデアという組織に入る前、どうしていたんだ?」
「えぇ⋯⋯? うーん、普通の学生だったかな。友達と遊んだり、みんなで勉強したり。バイトもしてたかな? ここ数年濃すぎて曖昧だなぁ」
ははは、と藤丸は苦笑い。
「人理を守るための組織⋯⋯カルデアの目的や功績、成り行きは色々聞いた。ただ、今の藤丸について知りたいんだ」
「俺について⋯⋯って言われてもあまり話すことないと思うよ?」
「いや、今の藤丸について色々聞きたい」
「今の⋯⋯俺? ⋯⋯色々あったけど、今は楽しいかな」
「辛く、ないのか?」
「⋯⋯?」
「⋯⋯1度世界を救って、そしてもう1回。その過程で色々なものを見てきたんだろ? 異聞帯というのも聞いた。色々なものを⋯⋯」
「辛いよ」
藤丸は俊介の言葉を切るように断言する。その表情は今にも泣きそうで、苦しそうで、悲しそうだった。
そこで俊介は彼が背負ってきたものの重さに気がつく。世界を、人を。文字通り歴史を背負ってきた彼が辛くないわけが無い。
「⋯⋯すまない、デリカシーの無いことを聞いたな」
「⋯⋯ううん、大丈夫。大丈夫じゃないといけないんだ。俺以外に出来るマスターは居ないからね」
そして、藤丸からは強い信念と決意が伝わってくる。
「俺達には数々の異聞帯を滅ぼしてきた責任がある。だからここで止まってちゃいけない。そう彼に言われたんだ」
彼、というのはカルデアが訪れた最初の異聞帯、ロシア異聞帯で出会った友人、パツシィの事だ。
異聞帯の。即ち『もしもの歴史』を支える空想樹を切り落とす直前、彼に諭されたのだ。
『立って戦え。おまえが笑って生きられる世界が上等だと、生き残るべきだと傲岸に主張しろ』
その言葉は今でも藤丸の心に残っている。
残さなければならないのだ。
「⋯⋯」
その言葉を聞いた俊介は気が付いてしまった。
藤丸と自分は違うのだと。
最初、秀郎が一般人に近いと聞いた俊介は、自分と似た存在だと考えていた。魔術を使えない一般人だった藤丸と、現代社会と魔術の共存を目指す俊介は同じ現代社会を知るものという共通点があるからである。
むしろ、藤丸よりも魔術の腕や知識が上である自分の方が戦える、とも考えている所があった。
しかし、既に藤丸は戦う理由、戦わなければならない理由、信念というものを見つけていたのだ。
対して俊介はどうだろう、と思考を巡らせる。
(戦う理由、確かに僕は魔術師と一般人が共に歩める世界を望んでいる。それでも、それでも⋯⋯)
それは本当に自分自身が望んでいる事なのだろうか?
「⋯⋯宇都宮くん?」
「あっ、いや何でもない。悪いな、急に。辛いことを話させてしまった」
「大丈夫。こっちもごめんね、雰囲気悪くしちゃって」
なんとも言えない空気に2人とも苦笑い。
ふと目の前を見ると、長テーブルを挟んだ反対側で輝愛がチキンにケチャップやマヨネーズ、ソースに醤油等様々な調味料をかけて食べては首を傾げて調味料を継ぎ足してを繰り返していた。
「神崎さん、何してるんだろ⋯⋯」
「⋯⋯そう言えば2人ってどういう関係なの?」
「クラスメイト⋯⋯で、今は協力者⋯⋯かな?」
『聖杯戦争で協定はあまりオススメしないけどなぁ⋯⋯』
ピピーッという音が鳴ると、ダ・ヴィンチのホログラムが藤丸の腕時計から現れる。
「あっ⋯⋯ダ・ヴィンチちゃん、もしかして聞いてた⋯⋯?」
『勿論だよ。⋯⋯今はいいかもしれないけど、彼女とはいずれ殺し合う事になるんだ。私達が言えるようなことでは無いけど、後腐れが無いように』
「分かっている。ただ、神崎さんは
『彼女はデミ・サーヴァントに近いからね。彼女そのものが英霊と言っても過言では無い』
うーん、と唸る俊介だったが、それ以上に答えが出ることはなかった。
輝愛がチキンで色々試していると、マシュが不思議そうに輝愛のチキンを見る。
「凄いことになってますね⋯⋯」
骨から取り出されたチキンは既にケチャップ、マヨネーズ、ソースに醤油、ラー油やコールスロードレッシングとぐちゃぐちゃになるくらいにはかかっているものの、輝愛が感じているのはぐにゃぐにゃしたナニカで味は存在していない。
「うーん、違うなぁ⋯⋯」
「これっ!」
ドン、と輝愛の頭にチョップが落ちる。
「あいたっ!?」
輝愛が振り向くと秀郎が苛立ちと哀愁さが混じったような表情で立っていた。
「あまり食べ物で遊ぶでないわ」
「⋯⋯はぁい」
意を決した輝愛は一気にチキンを口に運び、コップに注がれていた水を飲み干す。
「アタシちょっと外出てくるね」
そしてぬるりと角へと消える。
『⋯⋯中々不思議だよね。あそこまで物理法則を無視した現象は魔術世界でもそう多くない。虚数空間とはまた違った場所らしい』
「あまり詳しくは聞いた事がなかったが⋯⋯後学のために今度聞いてみるとしよう」
と、言った俊介だったが、幸か不幸か。その機会は訪れる事は無かったのだった。
ーーー
「さてと。ピースは揃った。ここからが本番なのよね」
1人。神崎家の屋根上で電子機器をいじる絡果。
「⋯⋯もしもし、私について報告は受けているかしら? Ms.シオン、それとMr.ホームズ?」
『⋯⋯まさかそちらから干渉してくるとは思ってませんでしたねぇ。色々と忙しいので出来れば彼女と連絡を⋯⋯』
絡果の通信相手はノウム・カルデアのシオン、そしてホームズである。彼らは現在別件で手が空いておらず、今回の特異点修復をダ・ヴィンチ主導で行って欲しいというものだった。
「あらあら連れないわね。コヤンスカヤの居場所なんて後で勝手に現れるのだし、あまり気を負わない方がいいわよ?」
奥でカタカタとパソコンを弄っていたシオンの手がピタリと止まる。
『どうしてその事を?』
「って言われてもね。私はただ貴女達の状況から恐らくそうだろうと結論を出しただけ。今回はひとつ頼み事があって」
『はい? 私が出来ることなんて殆どナッシングですが』
「マシュ・キリエライトのブラックバレル、その使用許可が欲しいのよ。勝手に使っちゃ怒るかもしれなくて」
絡果がカルデアを勧誘した1番の理由。それがブラックバレルだ。
ブラックバレルとはアトラス院の七大兵器の一つで、「天寿」の概念武装のことである。『神を撃ち落とす』ための兵器であり、これまでもオリュンポス12機神のデメテルやゼウス、そしてブリテンでは祭神ケルヌンノスの神核を撃ち抜いた文字通りアトラス院最強の武装なのだ。
「これが無いと多分勝てないのよ。アジ・ダハーカの神核を撃ち抜く手段が現状これしかないのよね」
『それ私に聞きます?』
「ダ・ヴィンチに聞いても良かったのだけれど、貴女の方が決断早そうだったし」
個人的感覚、と言いたげな絡果に横からホームズから質問が飛んでくる。
事実、裏でダ・ヴィンチに聞いた時はマシュや藤丸の身体への負担からあまりいい返事を貰えていなかったのだ。
『何故Ms.荒島はそこまでアジ・ダハーカ討伐に乗り出す? 私はそこが気になって仕方が無い。1サーヴァントを集中攻撃というのを監督役である貴女が主導するのは不可解だ』
「ただ私は監督役としての役目を果たそうとしているだけよ。バランスを壊しかねない彼を野放しにしていてはいけない、というだけ」
と、ただただそう言う。しかしホームズは鋭く、確信的な言葉を放った。
『つまり、監督役でなければ、彼を放置すると?』
一見深読み、考えすぎなホームズ。ただ、それが今回は功を奏する結果となった。
「⋯⋯ええ。そうね。元々止める必要は無いの」
『それは君自身、世界の行く末に興味が無いと聞こえるのだけれどね。私の気のせいだろうか?』
あらあら、話し過ぎね。でもまあ、少しくらいならお喋りに付き合って貰おうかしら。と暗い笑みを浮かべた絡果。
「ふぅん。流石知の英霊。私はね、ただ人間の可能性が見てみたい。人間の成長、圧倒的な驚異にどう立ち向かうのか。それを見ていたい。それだけの話しよ。でもアジ・ダハーカはそうじゃない。"ちょっとした事で世界を滅ぼしかねない"単なる終末装置なんて、人間の終わり方としてはつまらないでしょう?」
絡果はどこまでも楽しそうに笑っていた。彼女はどこまでも世界を俯瞰して見ている。絡果にとって重要なのは人間がどこまで世界に抗えるか、どれだけ人間が理不尽に立ち向かえるか。ただそれだけでなのだ。
「人類の脅威には彼自身で抗って貰わないと。私はこれ以上今回の件について関わる気は無いのよ」
『貴女の本質はよく分かった。やはり貴女は⋯⋯』
「あら? ダメよホームズ。ネタバラシにしては早すぎる。どうせなら盛大に。貴方達は協力者だけど、本来は部外者。
『随分と我儘ですねぇ。ブラックバレルの件ですが、私からダ・ヴィンチに打診します。これで手を打ってください』
「ありがとうMs.シオン。話はそれだけ。⋯⋯ああついでに。南米異聞帯には面白いものがあるから少し調べて見るといいわよ」
『は、はい? 待って下さい色々聞かせ⋯⋯』
そこで絡果は通話を切る。時間を越えての通信というのは絡果にとっても長時間出来るものでは無い。
「そういう所、彼とは気が合わないのも理由かしらねぇ⋯⋯美学が無いのよ美学が」
絡果が望む世界の終わりとは人類が圧倒的理不尽に立ち向かい、それでも尚足りずに絶望するという終わり方である。
しかしながらアジ・ダハーカは"指先ひとつで世界というテクスチャを消滅させる"という言わば抗いようのない終わり。その辺りで根本が違うのだ。
「なにー? 何の話?」
「あら? 神崎さん、パーティはもういいの?」
ふと2階のベランダから声がかかる。それはパーティからぬるりと抜け出した輝愛のもの。
「まあ、そろそろ頭を冷やしておこうかなって。絡果は?」
「私も似たようなものよ」
うわぁ、絶対嘘じゃん。という目線を向ける輝愛だが、絡果はそれを意に介することなく話を続ける。
「ここまで上手くいっても明日の勝率はあまりいいものじゃない。3割くらいかしら?」
「3割って。零度くらい? なら当たるっしょ」
「れい⋯⋯ど? ⋯⋯あー、ゲームの話かしら。貴女、意外と話題の幅広いわよね」
「そう? 暗殺でほっとんど時間取れてないけど、飛行機とかその辺はフリーだし。そういう暇な時間にゲームは最適なの」
人間味のある感情をほとんど持たない絡果でもこういった雑談は楽しいと感じるものがある。
「飛行機⋯⋯と言うと九条のプライベートジェットかしら」
「なぁんか色々見透かされてるの気に食わないんだケド? ⋯⋯まあそう。大体殺しの依頼ってアズ姉からだし」
九条、とは現代日本の生産系統の約6割を管理すると言われている大企業、プロミネンスグループの創設家であり、神崎、天音と並ぶ『秘匿の御三家』の1家である。
秘匿、というのはその血筋や経歴だけであり『王の血族』と呼ばれる彼らが表舞台に立つ事も特に気にしていない。
「そう言えばアズ姉だっけ、グレムリンを殺せって言ってきたの。うわ最後のマスター誰だか予想出来ちゃったし⋯⋯」
「あー、そんな人居たわね⋯⋯彼のところに挨拶しようとか考えていた頃が懐かしいわ⋯⋯」
魔術師グレムリン。今となっては懐かしいが、以前は阪東に続く有力株として絡果も注目していたのだ。
「まあいっか。その時はその時、後で考えよっと」
「気楽でいいわね⋯⋯。私そろそろ戻ろうかしら」
「アタシも戻るわ。片付けとかもあるしねー」
そう言って輝愛は角へと消えたが、絡果は転移魔術である"門の創造"を使用する寸前。
「最後に立っているのが貴女であって欲しい。なんて考えるなんて。私も失格ね」
その呟いた言葉を聞いた者は誰もいなかった。
いかがでしたか?
このあたりから絡果のミステリアス感跳ね上がりますよね。まあ、そこが魅力な大人のお姉さんなのです。
さて。私からここまで読んで頂いた方に少しお願いを。
皆様からの評価が欲しいです。私としてもこれまでノリと感覚と多少の伏線で書いてきましたが、改善点や良い点が知りたくなってきた次第でして。
あわよくば来年のコミケに出したい! とか考えていたりします。
というわけですので。Fate初心者さんから型月ガチ勢アニキ達まで。どんどん質問や評価、よろしくお願いします。