時系列の補足をしますと、一番最初の輝愛視点が一章と二章の間になります。質問等ございましたら気楽にお尋ねください。
数日前。と言っても輝愛が俊介と再開する3日前のこと。雨風をギリギリ凌げるくらいの崩れた家の中、真剣な面持ちで輝愛は大福に問いかけた。
「ねぇ大福、これ以上強くなれないの?」
『バカ言うんじゃねぇよ。そう簡単に強くなれたら苦労は⋯⋯』
「出来ないの?」
『⋯⋯』
いつもの少し抜けた雰囲気とは違う、覚悟を決めたかのようなその声色に大福は、存在しない背筋が張るような錯覚を感じる。
『⋯⋯出来ないわけじゃねぇ。ただ⋯⋯』
「ただ?」
『マスターが人を辞める事になる』
その言葉の重みを理解しているのかいないのか。既に輝愛の答えは決まっていた。
「いいよ?」
『⋯⋯は?』
「アタシは大丈夫だって。どうすればいい?」
大福はその反応に困惑していた。
『お、おい本気で⋯⋯』
「言ってないわけないでしょ?」
『待て待て待て! というかマスター、ちょっとおかしいぞ! いつもみてぇに⋯⋯』
「⋯⋯ごめん、大福。ちょっと考えちゃってさ」
1度冷静になった輝愛は壁に歌膝でもたれ掛かる。
「アジ・ダハーカ、バンちゃん、それに⋯⋯。とにかく、今のアタシじゃまず勝てない」
アジ・ダハーカと阪東は言うに及ばず。彼らは圧倒的な破壊力があり、単体で趨勢を崩しかねない超級の魔術師である。
そしてもう1人、輝愛が警戒して止まない人物もいるのだ。
「そして、アタシと大福は一心同体。つまりは結局アタシは死んで終わり。ならここで何をしてでも強くならなきゃいけない」
『⋯⋯』
「ま、これが終わっても筋書き通りなら死ぬんだし?」
天真爛漫な笑顔で輝愛そう答える輝愛。
その言葉に裏表が存在しない事を大福は理解した。
『⋯⋯俺との同調深度を上げれば、マスターは強くなれる』
「いいじゃんやろやろ」
『⋯⋯わかってんのか? 同調、つまりは俺と本格的に一体化するって意味になる。てことはだ。元々人間じゃない俺を取り込んだマスターは⋯⋯』
「耐えきれずに死ぬ可能性もある?」
『⋯⋯』
そうだ、と軽々と言えない大福は、既に彼女を一個体として認めているのだ。例えそれが怨むべき世界の存在であったとしても。
「そっかー、死ぬかもしれないんだー」
『死ぬかもじゃない。死ぬんだ。同調出来たとしても俺の力が身体を蝕んで、いずれは⋯⋯それでも⋯⋯』
「やるよ、大福」
『⋯⋯そうかよ』
諦めたかのように⋯⋯大福は⋯⋯。
『なら、やるか』
「⋯⋯ありがと」
膝を抱え、蹲る輝愛は小さく笑った。
『じゃあ、始めるぞ』
その一言で、輝愛の意識に膨大な情報が流れ込んでくる。
「か"ぁ"っ"!!! あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!!」
これは数千、数万、下手すれば数億年をも超える記憶。
異なる理の全て。混沌と不浄に満ちた人には理解し得ないもの。
狂気的で、冒涜的な感情の渦が輝愛を押し潰さんとする。
『こんなものか、マスター?』
内側から内蔵を抉るような痛みや、異物が流れ込んでくる想像し得ない不快感が輝愛を襲う。
「いや、ぜんぜっ、っぇんっ⋯⋯」
目眩や吐き気、手足がちぎれるような感覚を必死に抑え込もうにも、脳には人には過ぎた記憶が常に入り込む。
「っうっ、えっぷ、うぇ、げほっ⋯⋯」
胃がひっくり返るような錯覚と共に空っぽの胃の中から微に残っていたモノを吐き出す。
突き刺すような、形容し難い痛みと共に、血管が沸騰して破裂するかのような熱さが身体中から溢れる。
もがき、苦しみ、ただ只管その場でのたうち回り孤独に足掻く。
今にも狂ってしまいそうな輝愛だが、1つだけ拠り所があった。
「アタシが⋯⋯例えどうなっても⋯⋯今の世界を変えるんだ⋯⋯」
それは彼女の根幹。願い。望み。
「これ以上、誰かが大切なものを奪われているのを⋯⋯見たくない⋯⋯」
その瞬間、大福の中に輝愛の記憶が流れ込む。
「アタシが誰かを殺すのは⋯⋯世界を変えるため⋯⋯だから⋯⋯」
『⋯⋯』
「それまでは⋯⋯悲しい気持ちも⋯⋯我慢してて⋯⋯アタシが全部救うまで⋯⋯」
そこで輝愛の意識は闇に呑まれた。
次に彼女が目覚めるのは2日後の事。藤丸達と出会う前日である。
ーーー
異なる理を持つ世界。
曲線の存在しない空間。
時間の意味すら違う次元。
そこに存在するのは冒涜的で、人の理解が及ばない存在が闊歩する大都市。
その名は■■■■■■。不死の猟犬と人ならざる住人が暮らす混沌の領域。
そこに彼は居た。
「憎い」
ポツリと一言。その都市の城、「大君主」と呼ばれる存在が座すべき場所で呟く。
「奴らが憎い」
幾千億もの時を過ごした彼の結論である。
「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い」
憎悪で満ちた感情が、1人の傍観者に流れ込む。
「■■■■さ」
その傍観者はため息を吐きながら呆れたように。
「⋯⋯」
何かを問いかけた。
ーーー
「んっ⋯⋯ふわぁ⋯⋯」
アジ・ダハーカの領域内。苔むした廃ビルの中、神崎輝愛が仮眠から目を覚ます。ヴリトラとの戦闘後、酷使した肉体を休ませていたのだ。
アジ・ダハーカが作り出した偽りの月光が差すその場所は元々の横浜に近いもの。今居る28階のビルから辺りを見回すと、周辺の少し遠い所にはドーム状の結界が複数個張られている。
「アタシ、なんて言ったっけ⋯⋯」
先程見ていた夢を思い出そうとしたものの、一部が欠落しており明確には思い出せない。
『⋯⋯流石に疲れたか?』
「そりゃ、知らない力を自分の力みたいに使うのってなんか変な感じだし、疲れるっしょ」
周辺には猟犬が複数監視を行っており、休憩している時でも気を抜いていないことが分かる。
「大福ってさ、普通のサーヴァントじゃないんだね」
『あ?』
「だってほら、英霊って死んだ存在なんでしょ? でも大福は死んでない。そのまま来ちゃったんだもん」
『⋯⋯はぁ、もうそこまで見られたか』
本来、サーヴァントと人間での同調というのは特殊な例でも無い限り不可能なのだ。しかし大福という存在は例外で、
その結果、自身の配下に力を与える権能が肉体を持たない事で変化し、同調という例外的な能力として現れているのだ。
『今の同調率は15%だからなぁ⋯⋯』
「んー? ならもう少し深めようよ?」
『バカ言ってんじゃねぇよ。もう少し様子を見てだな⋯⋯』
人知の及ばない存在である大福との同調というのは、それそのものがリスクを伴う。大半の人間が同じことを行ったとしても、大福との同調時に発狂死するか、肉体が耐えきれずに廃人と化すかのどちらかである。
輝愛が大福との同調に成功した理由は複数存在する。
1つは己の意思。外なる神と同等の力を持つ存在を前にしても恐怖に溺れないような精神力。その人には過ぎた力を持って何を為すかという目的。
何がなんでも光を目指そうとする強い気持ち。
そういった意思が無ければ前提として同調を受け入れる事は出来ない。
もう1つは肉体。身体は器であり、ただ借りていただけの以前とは違う本格的な同調であれば並の器であれば簡単に弾けてしまう。
輝愛は秘匿の御三家として産まれ、普通とは違う驚異的な身体があった、というのが大きい。
『今でも十分、この世界の神霊くらいなら余裕で戦えてるだろ? ならいいじゃねぇか。同調は徐々に進めていく。肉体を劣化させちまうし』
そう。既に輝愛の死は確定しているのだ。同調の強度は早いか遅いかだけの違い。
「そういえばさ、大福の願いって何?」
『⋯⋯急だな。ある程度俺の感情を読み取ってるマスターなら分かんじゃねぇの?』
「は? 15%じゃほっとんど見得ないけど? もう少しみせろし」
大福は輝愛の中で小さくため息を吐く。
「アタシ、大福の気持ちとか全然わかってないから。だって何も言ってくれないんだもん」
不貞腐れたようにゴロゴロと床を転がる。
『ここに来てすぐは⋯⋯世界の滅亡だったな』
「え"っ"」
衝撃の真実に動揺を隠せない輝愛。ある程度大福の感情を読み取ってはいるものの、そこまでするのか、という気持ちの方が大きい。
『この世界を滅ぼすなんて⋯⋯本来の力があれば難しいことはないんだろうが⋯⋯なんでだろうな、今は少し迷ってる』
「迷ってる⋯⋯?」
『お前のせいだ、ったく、マスター⋯⋯はぁ⋯⋯』
そして今度は大福がため息を吐く。
「それってどういう⋯⋯ねぇ大福! 大福!?」
その言葉を最後に、大福は喋らなくなった。何かの不具合というよりも、喋る気にならないという気持ちの問題である。
「⋯⋯。⋯⋯あぁ、そういう事」
大福と話している内に輝愛が召喚した猟犬が1匹減っている事に気がつく。
「んー?」
輝愛は即座に魔術を発動し、今休憩しているビル内の構造や生命体を観測しようとするが、輝愛と猟犬以外に反応は無かった。
この魔術は輝愛のものではなく大福と同調する事で使えるようになったものである。
「なら⋯⋯」
刹那、誰かの視線が輝愛の鼻に向けられた。そしてその軌道上に1本の矢が飛来する。
「外からの攻撃しかないよね」
輝愛の鼻先を捉えた矢は何かに切り裂かれたように霧散し、粉々になってパラパラと落ちた。
「時間は無いけど、1人目があっさりしてたから割と時間はあるんだよねー」
パキ、というプラスチックが割れたような音が輝愛の右頬から聞こえてくる。
「⋯⋯いっけない。ま、どうせ何人かと戦わないといけないわけだし?」
右頬に軽く手を当て、撫でるように払う。
そして敵の視線を辿り、付近の角を利用して矢を放ってきた存在の背後に立つ。
が、ここで輝愛はナイフで切りつけるようなことはしなかった。
トントン、と指で肩を小突き、振り向いた所に笑顔を向ける。
「やっほー。これでイーブンかな? ⋯⋯早く離れないとその首貰うよ?」
「⋯⋯!?」
輝愛に矢を放った存在は瞬時に距離をとる。
銀髪と同じ色のちょび髭。燃え盛るような紅の弓を持ち、豪勢な軽鎧を着た初老の男。
アジ・ダハーカに召喚されたアーチャー、羿である。
その場所は600m程離れたビルの1階。オフィスルームであり、聖杯戦争が無ければ普段通り何十人ものサラリーマンが仕事を行っていただろうとわかるようなもの。
「タイミング的にアタシがちょっと寝てる間は撃たないでくれてたんでしょ? ならこれでトントンじゃない?」
「⋯⋯私とした事が、敵である貴女に気を使わせてしまうとは。申し訳ない」
小さく頭を下げて輝愛へと謝る羿を見て、苦笑いで頬を掻きながら戸惑いを見せる輝愛。
「えーっと、そんな真面目に謝んなくたっていいじゃん、ちょっとやりにくいし⋯⋯」
「そうか、雰囲気的にアサシンとお見受けするが⋯⋯不意打ちの機会をこう易々と逃しても良かったのか?」
「そこは気にしないで、気持ちよく寝させてくれたお礼って事で、ねっ?」
妖艶に笑う輝愛はボアコートの袖からナイフを取り出し、羿へと向ける。
「騎士風に名乗って戦うのは趣味じゃないけど、これからの予行練習ってコトで。⋯⋯ゴホン! アタシは神崎輝愛、訳あってアサシンのクラスやってまーす! おじさんが最後に覚える人の名前だから、ちゃんと覚えて死んでってね」
物騒過ぎる輝愛の自己紹介に、小さく笑う羿。
「ははっ。ならばこちらも名乗らせて貰おう。マスターに命じられてここにいるが、交戦の許可は下りている。私の名は后羿。羿と読んでくれて構わないが、おじさんは辞めてもらおう」
「あ、そう。なら悪いことしちゃったなぁ⋯⋯。ま、いっ、かっ!」
高らかに名を宣言した2人は互いに弓を引き、ナイフを握りしめ、戦いの火蓋が切って落とされた。
少し短めですが、まあ輝愛と大福のお話ですね。ちょっとぼかしていますが、これは後々の伏線ということで。
お知らせ
次回からは少し投稿ペースを落とそうと考えています。理由は色々ありますが、その分容量が多くなると思いますので、どうぞお楽しみに。