ちょっと残酷な描写がありますのでそれが嫌な方はブラウザバック推奨。
更新は非常に不定期だと思われます。
それでも良ければ、どうか暇つぶし程度にお楽しみくださいませ。
「〝平成の切り裂きジャック事件〟?」
中間テストを目前に控えた五月中旬のこと。
いつも通りの時間に登校してきた僕に、カルマ君はさっそく物騒な話を振ってきた。
「そうそうー。あれ、渚君もしかして知らない?
「あぁーそれなら聞いたことあるよ。〝椚ヶ丘連続通り魔殺人事件〟……だっけ? 今朝もニュースで取り上げられてたし。でもそんな俗称だったっけ」
「いんや、ネットでそんなウワサが立っててさぁ。中々センスあるじゃん? 日本人的ジャック観が見事に読み取れるよねー、こういうの」
くつくつと底意地の悪そうな笑みで嗤うカルマ君に思わず苦笑いが
きっと犯人が不明の連続殺人と言われるだけで、勝手にかの英国における世界一有名な殺人鬼〝ジャック・ザ・リッパー〟を思い浮かべ、事件をよく知りもしないのに気軽に記事の見出しにしてしまう浅はかさが彼の琴線に触れたのだろう。
相変わらずイイ性格をしている。
「あっれェー、なーんか失礼なこと考えてない? 渚君」
「あはは……いや何でもないよ? 気にしないでね……」
「ふーん、そ。ならいいけど。
そんで話戻るけど、これ連続殺人ではあるけど切り裂きジャックの事件とは何の関係もないよね。
共通点と言えば被害者が出たのが全部夜中ってことぐらいじゃん。よくその薄さで繋げようと思ったもんだわ」
どうやら予想的中のようである。最近は疎遠になっていた彼だが、ようやくカンが戻ってきたのかもしれない。
「まぁショッキングな事件だし、なんとなく思い浮かべちゃうのも仕方がない気がするよ。僕でも言われてみればそうかもしれないってなるし」
「そうなんだけどねー。でも一番特徴的な点が似てないって、そりゃどうよ」
確かに今回の事件の概要はジャックのものとはかなり異なる。
未だ全容が解明されていない切り裂きジャックの事件はこうだ。
舞台は産業革命時の大英帝国首都・霧の都ロンドンのホワイトチャペル周辺。標的になったのはスラム街に住む娼婦達だった。
夜間に外出していた彼女達は不幸にも鋭利な刃物による刺殺斬殺によって身体を引き裂かれ、内臓を取り出されるなどという猟奇的な殺人事件の被害者となった。
報道機関が大々的に取り上げたその事件はもちろん警察のスコットランド・ヤードが犯人捜索にあたったが、数々の手紙を送られていたにも関わらず現在に至るまで犯人は特定されていない世界一有名な正体不明の殺人鬼。
それこそがジャック。殺人鬼〝切り裂きジャック〟の伝説的猟奇殺人事件だ。
比較してこの通称〝椚ヶ丘連続通り魔殺人事件〟においては、場所は日本の東京、最初の犯行は今年のゴールデンウィーク2日目、被害者は男女問わずに今までで4人、殺害方法は刺殺や斬殺がほとんどだが一部は撲殺のような殺され方をしているものもあったらしい。
共通していることといったら夜間に犯行が行われているというありきたりな点ぐらいのものだ。それと、現在進行形で犯人が見つかっていないこと。
その一貫性の無さから複数犯の可能性が高いとして警察は捜査を続けているそうだ。
「しっかし、今時無差別連続殺人なんてよくやるよ。100パー捕まってお終いなのに」
「そうだね。まぁ僕達はただ早く警察が犯人を捕まえてくれるのを祈るだけだよ。
それよりカルマ君はテスト勉強どう? 昨日は殺せんせーが50位以内を目標にしなさいって言ってたけど」
「あはは! だーいしょぶだって! ちゃんとやってるさ。あのタコ先生を出し抜く絶好のチャンスだもんねー。俺はこういうのに手は抜かないよ〜?」
そうして僕らは学生らしく、身近ではあれど自分とは縁の遠い印象な世間話を早々に切り上げて差し迫るテストの話題に移行していく。
何も知らない僕達は、この〝平成の切り裂きジャック事件〟にこれから意図せず深く関わってしまうことになるとは想像だにしていなかった。
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「それでは
「起立! 気をつけ! れーーーい!!!」
朝の教室中にエアガンの発砲音がコダマする。
黒板に当たり跳ね返ったBB弾が四方八方に飛び散り、バチバチバチと騒音を鳴らす。
下手人たる僕達は担任の殺せんせーを殺すため、毎日この異質な儀式を繰り返す。最初は困惑していたけれど、今となっては既に全員のルーティーンだ。
「おはようございます皆さん! 今日も元気な
では続けて発砲したままでいいですので出欠を取ります。
磯貝君」
「はい!」
「岡野さん」
「はい!」
このE組は27人からなるクラスだ。そしてそのほぼ全員が今も発砲を続けている。逃げる隙間など本来どこにも無いはずだ。
だがこの先生は普通ではない。
なにせ月を抉り取った張本人にしてら来年3月には地球をも爆破させるという宣言をした100億円の賞金首だ。
そして僕らはその先生を殺して地球を救う暗殺者。
されど先生と生徒という関係に変わりは無い。これまでの1ヶ月を通して、僕達と先生の間には言いようもない絆のようなものができ始めていた。
「木村君」
「はい!」
「
だがその中でも1人だけ。1人だけ未だに殺せんせーと何の関わりも持っていないクラスメイトがいた。
「ふぅむ、今日も彼女は欠席ですか。もう中間テストも間近だというのに。少し心配ですねぇ」
出欠確認が終わり、僕達が飛び散ったBB弾を拾い集めている最中、殺せんせーはそう言った。
「烏間先生。彼女とは連絡が取れたのですか? 防衛省も暗殺の説明のためコンタクトを取っているはずでは」
「そうだ。しかし彼女は徘徊癖があるようでな。昼も夜も家にいるのは食事と就寝時のみだと報告が上がっている。
説明には時間がかかるため、今は彼女が長時間滞在している時を見計らっているところだ」
「しかしそれではテストに間に合いません。流石に先生が何も事情を知らない内に顔を出しては怯えさせてしまうでしょう。なるべく早急に頼みますよ」
「あぁ、わかっている」
先生達が話している人物とは、この椚ヶ丘中学でも有名な1人の生徒についてだった。
出席番号10番、
名前の通り外国人とのハーフであるらしい美少女で、神秘的な白髪と宝石のような碧眼を持つ学校一の天才だ。
なんと入学から今までに受けたテストで全て満点を叩き出し、さらには部活にこそ参加していないが球技大会や体育祭でも優秀な成績を修めている正に文武両道の鏡とも言える生徒。
当然この通称〝エンドのE組〟にいて良いような人物ではないのだが、進退を決める大事なテストをすっぽかしたらしく、この特別学級に所属するようになったそうだ。
しかし僕達はそんな彼女をこのクラスで実際に見たことは一度も無い。
京田辺さんはこれまでずっと不登校を続けていたからだ。
同じクラスに所属していながら、未だ姿を見せない噂だけの謎の美少女。
一体どんな人なんだろうか。
僕達は最初、楽観的にそんなことを思っていた。
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茜色の夕陽が差し始めた頃。
駅前のベンチに座っている私の前を帰宅途中の学生やサラリーマンが足早に駆けていく。
私、京田辺リジーはそれに何を思うこともなく、ただぼーっとその人の流れを見つめていた。
腕時計を気にするスーツの男性。
数人で談笑している女子高生。
単語帳を見ながら歩く男子学生。
重そうな荷物を背負って歩く中年。
その一つ一つを、私は飽きることなく観察していた。微動だにせず、ただ淡々と観察していた。
それから数十分ほど経ったので、特に特別な区切りというわけでもないのだが、一旦家に帰ろうかと思い立った。
そろそろごはんの時間だし、ちょうどいいとも私は思った。
すっかり白へと染まった髪を
家への帰り道の間に、小さな小さな公園を見つけた。
些細な感傷もそこそこに私は再び帰路につく。その感慨は、今の私にとっては何の意味も為さない故に。
今の私はただ衝動に任せて動く人形に過ぎないのだから、そういったものは全く心に響かないのだ。
白い月がはっきり見えるようになった頃、私は普通の何の変哲もないマンション2階の我が家に着いた。
しばらくドアの前に立ち、それからやはり何も無いとわかると、ようやく鍵を差し、ドアノブを捻る。
「少しいいだろうか」
「……? はぁ」
気の抜けた声で振り返ると、そこにはいかにもデキますと言わんばかりにバイタリティ溢れるナイフのような男が立っていた。その後ろには黒髪でショートヘアの女性も立っている。
「防衛省の烏間惟臣というものだ。君に極秘の話があって伺った」
「……」
「立ち話で済ませるものでもないからな。一度中に入って詳細を説明したい。時間は大丈夫か」
「……ええ。今から夕食でも作ろうかと思っていましたが、構いませんよ。どうぞ中へ」
「感謝する」
烏間と名乗ったその男性はスッと頭を下げてからアパートの一室に入った。礼儀正しく、隙のない身のこなしはさすが防衛省のお役人と言ったところだろうか。
父が好いていたエスプレッソのコーヒーを淹れて話を聞くと、それはまた非現実的な内容だった。
「月を
それにしても面白い見た目をしていますね。まるでタコみたい」
「……話を聞いて最初に出てくる感想がそれとは、随分と肝が据わっているな」
「ふふ、ありがとうございます」
烏間さん、いや、彼も私のクラスで副担任をするそうなので、烏間先生と呼ぶべきか。
そんな彼との会話はどこか噛み合わなかったが、それはいつものことだと思い直す。
「では、これからよろしく頼む。大事な青春のこの時期にこんなことを頼まざるを得ないのは申し訳ないが、俺も全力でサポートをするつもりだ。何かあったら遠慮せず頼ってくれ」
「はい、わかりました。気が向いたら行ってみますね」
「……」
何とも言えない顔をする烏間先生。
おかしいな、何か変なものでも食べたのだろうか。
「……担任は早く学校に来てほしいと言っていた。それに近々中間テストも控えている。なるべく早めに顔を出すのを
奴は生徒のことには全力だ。いつまでも顔を見せないとその内突撃してくるかもしれん。
では、気をつけてな。また学校で」
「はい、さようなら。烏丸先生」
そう言って烏丸先生一行は私の家を後にした。
私は残っていたコーヒーをぐいと飲み干し、洗って食洗機の中にマグカップを突っこむ。
「ん……」
その瞬間、
息が少し上がったが、目頭を押さえてジッとしているとだんだんじんわりと治っていった。
「ふう……」
ちょっと気分が悪くなってしまった。
こういう時は……そう、散歩にでも出かけるのが良いだろう。
「んー、手ぶらでいいかな」
どうせ趣味も兼ねたただの夜の散歩だ。それならば何も持っていく必要は無い。
そう考えて、私は満月が淡い光を放つ暗闇に足を向けるのだった。
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「……今日の夜ごはん、何にしようかな」
月明かりの下、暗い路上を歩く私はそんな俗っぽいことを考えていた。
「甘いものが食べたい気分だけど、夜中にお菓子はダメよね。
となると、冷蔵庫に入ってるお肉を使おうかな」
家の冷蔵庫には結構な量があったはずだ。早く食べないと傷んでしまうだろうし、お肉料理ということにしよう。
「でもどの部位を使おうかな。今日はソテーが食べたいけど、どのお肉を使えばいいんだろ」
もも肉、背肉、胸肉、ロース。ソテーはあまり経験が無いけど、貴重なお肉なので一番美味しい方法で食べてあげたい。
「んー、どうしようかな……」
私がうんうんと唸りながら歩いていると、前方から黒いスーツを着た背の高い男の人がやってきた。
見たところ外国人のようである。
『どうかしましたか? どうにもお困りのようですが』
『あぁ少し道に迷ってしまったんだ。椚ヶ丘中学の3年E組の場所はわかるかい、お嬢さん』
『あら、それでしたらよく知っていますよ』
『おぉ、本当かい?』
そうして私は夜道で会ったサングラスをかけた強面のおじさんにE組までの道のりを教えてあげた。
『助かった。危うく下見にもう1日かけるところだったよ』
『いえいえ、構いませんよ。
それにしてもおじさん、背高いんですね。2メートルくらいありそう』
『わかるかい? 自慢の肉体でね、格闘技をやっているんだが俺の踵落としは脳みそを粉々にしちまう出来なのさ。その界隈では〝M〟とかいう通り名で稼いでいるんだ。
機会があれば、お嬢さんにも見せてあげよう』
『わぁ、それは素敵ですね。楽しみにしてます』
そんな世間話も交えつつ、しばらく談笑してからお開きということにした。
『ではまた。重ね重ね礼を言うよ、お嬢さん』
『ええ、さようなら。〝M〟さん』
私も彼も長居する気は無かったのでさらりとその場を離れる。誰もいない一本道。彼は山の方に向かい、私は逆の方に歩みを進める。
と、いけないいけない。大事なことを忘れていた。
『あ、ところで〝M〟さん』
『? なんだい?』
『ソテー用のお肉ってどこの部位を使いますか?』
『ふーむ、俺ならロースを使うね。それが一番美味い食い方さ』
『なるほど……ありがとうございます』
『なに、お役に立てたなら何よりさ』
よし、今日のごはんは〝ロース肉のソテー〟に決まりとしよう。
ウキウキ気分で家に戻る私。
その後ろで、えーっと名前は忘れてしまったのだが。
男の首がすぱんと跳ね飛び、赤い血糊が夜道を染めた。
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「さて、じゃあさっそく作るとしようかな」
まずは冷凍庫からお肉を取り出し、5分程待つ。
その後ロース肉に包丁でスッと筋を入れる。こうやって筋切りをしておくことで、焼いてもお肉があまり反り返らないのだとか。
「えいっ」
ガンガンガンッ、と肉たたきでお肉を叩いて塩コショウで下味をつけ、満遍なく小麦粉をまぶす。
そして油を熱したフライパンにお肉を投入。中火でジュワジュワとお腹が空く良い音と匂いを立てながら焼いていく。
お肉の両面を焼く時に余分な油を拭き取っておくのがポイントらしい。
良い具合まで焼けてきたら作り置きしておいた特製のオニオンソースを加え、トロッとするまでお肉を返しながら煮詰めていく。
そしてお皿に千切りにしたキャベツとプチトマトを置き、焼き上がったお肉を綺麗に盛り合わせれば———
「おぉ、中々美味しそうだね」
ジューシーそうなアツアツのロースソテーの出来上がりだ。
「いただきまーす」
炊いておいたご飯と一緒にロースソテーを頬張っていく。
オニオンソースの香ばしさと、じゅわりと溢れ出る肉汁がとてもご飯に合う。
とても満足な出来だった。
「ふう、ごちそうさまでした」
歩き回ったせいか、結構なボリュームのあったソテーは影も形もなくなっていた。
私は食後の満足感を感じながら食器やフライパンを洗っていく。
ロースソテーは、ちゃんとお父さんの味がしました。