殺探偵と〝切り裂きジャック〟   作:抹茶れもん

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もも肉シチューは母の味

「うへぇ、こりゃひどいな……」

 

 早朝。

 通報に従って現場に赴いた刑事の第一声は、そのようにどこか辟易としたものだった。

 凄惨な事故現場に若い男性刑事が顔を顰めていると、同じく若い女性刑事が神妙に言葉を発する。

 

「これで今月5件目ですね……回を追うごとに惨たらしいやり方になっていると思います」

 

「首チョンパとかえげつないことするよなぁ……。てかどうやったんだ? 相当切れ味の良い大振りの刃物とか無いと無理だぞこんなの」

 

「日本刀か何かでしょうかね……それにしても切り口が鮮やかすぎます。かなりの達人の仕業では」

 

「さぁなー。俺、頭使うの苦手だし」

 

 呑気なことを言う先輩刑事にわざとらしく溜め息を吐く女性。

 

「確かに断定はできませんけどね……前の犯行とあまりにも手口が違いすぎますし」

 

「脳天カチ割られてたんだっけか? じゃあもう大柄なマッチョで決まりじゃね? こんな2メートルもあるような大男の首切れるヤツなんてそうそういないだろ」

 

「それはそうなんですけどね……」

 

 女性刑事はそう言って思い悩む。既にその人相にはアタリを付けており、周辺の可能性がありそうな人物には聞き込み等を行って全員シロだとはっきりわかっている。

 

「石垣さん! 等々力(とどろき)さん!」

 

「おー、鑑識班。どう? なんか見つかった?」

 

「いえ……犯人に繋がるようなことは何も」

 

 そう、最大の謎はこれだ。通常ここまで派手な犯罪を繰り返せば当然足がつく。なのに今まで凶器から指紋に至るまで一切の手がかりが見つかっていない。

 得体の知れない殺人鬼。

 改めて身が引き締まる思いを抱く。

 

「そっかー。ま、仕方ないだろ。等々力ー聞き込み行こうぜー」

 

 だというのに、この不真面目な先輩はロクに考えもせずにヘラヘラとしている。そういう部分も捜査に必要であることは数々の事件を通してわかっているが、たまに顔面を陥没させたくなる時が週一くらいの頻度である。

 

「はぁ……まったく、石垣先輩っていつもそうですよね! 事件のことなんだと思ってるんですか!?」

 

「えー、だってどうせ俺達にできることなんて足使って手がかり集めることぐらいじゃね?」

 

「むっ」

 

 確かにその通りである。警察の力は組織を用いた広範な捜査力。個人で行われる犯罪に対する圧倒的な数の優位にある。そしてそれを遺憾なく発揮するには現場の捜査班の地道な情報収集が必要不可欠だ。

 

「そうですね、こうしてはいられません。直ぐに聞き込みにいきましょう」

 

「あっ、ちょっと待ってくれ。ここの近所のホビーショップでプラモ大会やってるから聞き込みはやっぱその後で……」

 

「今朝そのエントリー消しといたんで大丈夫ですよ」

 

「くォんのクソガキがァ〜〜〜!!」

 

 

●●●⚪︎●⚪︎●⚪︎●⚪︎●⚪︎●⚪︎●⚪︎●⚪︎●⚪︎●●●

 

 

 昨日の深夜に結構ボリュームのあるお肉を食べたので私はさっきまで満腹だった。しかしやはり半日以上何も食べていないと少しはお腹が減ってくる。

 だから買い出しのため、近所のスーパーに寄って食材の調達を行なおうと家を出ていた。昨日は私にしてはそこそこ凝った方の料理をしたことだし、今日はなんとなく適当に済ませたい。なるべく作るのに手間のかからないものが良いか。

 

 ちなみに学校には勿論顔を出していない。今の私は極力人と関係を持つ行為をしたくないからだ。烏間先生はテストがあるから来いと言っていたが、勉学には自信があるので欠席しても無問題だろう。

 

 担任を勤めるという超生物も聞いた話では冷徹な人物像だった。

 

 どうせ進学する気も無いのだし、今は気ままにこの日常を……

 

「あなたが京田辺リジーさんですね?」

 

「!」

 

 久しぶりに明瞭な思考で物思いに耽っていると、突如暴風と共に黄色と黒の大きな塊が目の前に現れた。

 あまりに突然だったので思わず少し驚きが顔に出てしまった。

 

「はじめまして。私は君が所属する3年E組の担任です。他の皆さんには〝殺せんせー〟と呼ばれています」

 

「はじめまして。それにしても今はお昼ですよ? 授業は大丈夫なんですか?」

 

「ヌルフフフ、心配には及びません。先生はこれでもマッハ20。ここから教室に戻るなど1秒あっても十分すぎます。おまけに今は昼休みですから時間はたっぷりありますとも。

 今日の朝、烏間先生から昨日君とのアポイントがようやく取れたと伺いまして。こうして空き時間に会いに来たという訳です」

 

「なるほど」

 

 第一印象としてはとても親しみやすい。まるでマスコットキャラクターか何かのよう。それが黄色の触手をたくさん生やしたタコのような見た目の人語を話して音速飛行する実在の怪生物なのでちょっと笑いが込み上げてしまうけど。

 

「思ってたよりフレンドリーみたいで驚きました、殺せんせー。人殺しをなんとも思わないような冷酷な性格だと思ってましたから」

 

「にゅや……それは心外ですねぇ。先生はこんなにも生徒のことを思っているのに! まぁ地球は爆破しますがね、それとこれとは話が別なのですよ」

 

「ふふふ、あまり説得力がありませんね」

 

 初夏の陽気が差すなんの変哲もない道すがら、女子中学生と超生物が和やかに談笑する。その光景は側からみれば異様であったが、本人達はとても楽しそうに会話を続けた。

 

「烏間先生から話は伺っていると思いますが、来週には中間テストがあります。勉強は大丈夫なのですか?」

 

「はい、問題はありません。元々勉強は得意なので100点を取れる自信はあります」

 

「ヌルフフフ、それは良かった。しかし先生はまだ新任でして。君の能力を知るためにも小テストを行いたいのですが、学校で受けてみる気はありますか?」

 

「ありません」

 

「にゅや、そうですか。まぁ無理にとは言いません。今持ってきていますので取り敢えず明日までに解いておいて下さい。後日お宅に回収に参ります」

 

「あら、わざわざありがとうございます。それでしたらお受けしますよ」

 

「おお! そうですか! それなら先生も一先ず安心です。

 おっと少し長話になってしまいました。先生はもう戻ります。それでは京田辺さん、また明日」

 

「はい。また明日」

 

 殺せんせーはそうして飛び立とうとしたが、私はどうしても気になって先生に一つ質問をした。

 

「先生」

 

「にゅや? なんでしょう、何か質問でもありましたか?」

 

「はい、殺せんせー。

 シチューには何のお肉が合いますか?」

 

「シチューですか。先生はやはり王道の(とり)もも肉派ですねぇ。鶏は栄養価も高いですし、おすすめですよ」

 

「なるほど……ありがとうございます」

 

「いえいえ。それでは——」

 

 殺せんせーの姿がかき消えた。それは飛び立ったからではない。私が首筋に向かって振るった対触手生物用ナイフを躱したからだ。人間ならば殺せていた筈だが、さすがは超生物と言ったところか。

 

「ヌルフフ、甘いですよ京田辺さん。その程度では……っ!?」

 

 だが、第二の刃は既に設置している。

 

 攻撃を避けた後は私の後ろを取るだろうとなんとなく思った私は、先生が目を離した隙に対触手生物繊維でできたワイヤーを一本、バレないように塀と塀に足元が切れるように配置していた。

 それに引っ掛かった先生は足の部分の触手を何本か取り落としながらバランスを崩す。

 私は鞄に入れていたエアガンを引き抜き眉間に3発弾丸を放つ。

 

「邪魔な触手は早めに切り落とすと良いと聞きました。それに()()()()()マッハ20だとも。ということは初速はそこまででもないということです。予想通り私でも見切れて安心しました。

 けれど……」

 

 殺せんせーは頭に載せた角帽(モルタルボード)をずらしてBB弾を弾き、一瞬で大きく距離を取った。

 

「ふふ、避けられてしまいました。殺せる自信はあったのですが……いやはや、いくらか遅くなると言っても流石の速さですね」

 

「……」

 

 殺せんせーはズリュンと吹き飛んだ足を再生させた。ふと先程飛ばした触手を見れば、跡形も無く蒸発していた。

 

「先生、貴方は殺人者ですよね。

 動きを見てもそれはわかります。それは人殺しのための動きを知り尽くした動き。私は少々脳みそがイカレておりまして、そういうものは直感でわかるんです。だから貴方の動きも読めた」

 

 私は自嘲気味に苦笑する。この衝動には色々と助けられたこともあるが、それより遥かに多くの面倒事の原因にもなっているため素直に自慢はできないところだ。

 

「……先生もこんなものは気味が悪いとお思いでしょう。私だってそうなのですから。ですが……」

 

 

「素晴らしい!!!」

 

 

「えっ?」

 

 なのに先生は、文字通り顔に花丸を浮かべながら惜しみなく賞賛をしてくれた。

 

「素晴らしい手際でしたよ、京田辺さん! 初めての暗殺としては正に百点と言えるでしょう! 自然な体運びもさることながら、標的(ターゲット)の裏を突いた作戦もトドメの早撃ちも正確だった。相手をよく理解していなければできない暗殺方法でした!

 特に一撃では仕留められないことを念頭においた第二第三の策が素晴らしい出来です。先生は感動しました!

 しかし、まだまだ多彩さが足りませんね。詰めも少々甘かった。これを反省材料に次はもっと綿密に計画を立てた暗殺を心がけましょう。

 ヌルフフフ、有望な暗殺者(アサシン)に出会えて先生はとても光栄です」

 

「……」

 

 唖然としてしまった。殺せんせーは私が接してきた誰とも違う態度を取ったから。今までは恐怖するか、忌避するか、腫れ物のように扱うかしかされなかった私にとって、コレを純粋なまでに褒められるということはあったことがなくて。

 

「……く、あは。あははは! あははははは!

 ふふふ、そんなことを言ってくれたのは貴方が初めてですよ、殺せんせー。あぁ、とても気分が良いです。これはもう私の完敗ですね。見事に言い負かされてしまいました。ここは大人しく引きましょう」

 

「にゅやっ、そうですか。では明日からの授業にでも」

 

「それは遠慮させていただきます。それとこれとは話が別ですから」

 

「にゅやぁ……それは残念ですねぇ」

 

 そう言って萎れる先生にまた笑いが込み上げてくる。ふふ、ここまで愉快な気分は久しぶりだ。

 きっとこの先生ならば……私の最期の晩餐にふさわしい。

 

「殺せんせー」

 

「何でしょう」

 

「あなたは必ず私が殺し(食べ)てあげる。だから約束ですよ? それまではくれぐれも死なないように気をつけてくださいね」

 

「ほう! それはそれは」

 

 私からの殺害予告(ラブコール)に、殺せんせーは緑と橙の縞模様を顔に浮かべてこう返した。

 

「殺せるといいですねぇ。卒業までに」

 

 

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 それから殺せんせーと別れた後、スーパーに寄って食材とルーを買い、ついでに併設されているドラッグストアで山程の保冷剤を購入している間にも、ずっと昼間のあの鮮烈な出逢いを思い返していた。

 

 事前の説明では人殺しの怪物としか聞いていなかったので私の食旨はあまり動かなかったのだが、予想に反してとても生徒を想っている先生だった。

 しかし私が最も惹かれたのは彼の殺しに対する考え方である。

 

 私が殺人衝動を自覚したのは小学生の頃。

 

 当時のいじめてくるクラスメイトを人知れず学校の2階から突き落とした時だった。あれは今考えても(つたな)かったな。そもそも死ななかったし、頭を打って記憶が飛んでいなければ事故とは見られなかっただろうから。

 だがその時、痛みにのたうち回るその子を見て思ったのだ。

 

 オモシロイ、と。

 

 そして年齢が上がり、環境が変化するにつれて気づかされた。私のこの衝動は、自分に親しくしてくれる人であればあるほど強くなるのだ。

 

 最近は一人寂しく暮らしていたこともあり、そんな私に初めて〝理解〟を示してくれそうな存在に出逢って心が舞い上がるようだった。しかも殺しても何のお咎めもないと国が保証しているのだ。昨日まではあまりやる気ではなかったが、俄然気力が漲ってきた。

 

 家に着き、さっそくキッチンに入る。何はともあれ腹拵(はらごしら)えだ。今のうちにエネルギー補給としておこう。

 

 まず買ってきた野菜類をビニール袋から取り出し、シンクの水道で洗浄する。

 そしてブロッコリーは小房に切ってボウルに入れ、塩をまぶしてラップをかけてレンジの中へ。

 ジャガイモは皮を剥いて、芽の部分を切り取って一口サイズに切り分けて水を入れたボウルにさらす。

 ニンジンは乱切りに、タマネギはくし切りに、しめじは房を手で引き裂きほぐす。

 こうして野菜の準備はお終い。

 

 それから一番重要なお肉——もも肉を取り出し、一口大に切り分ける。

 そして鍋に油を敷いて、馴染んだらもも肉とタマネギをそこに投入し色が変わるまで炒めていく。

 さらにブロッコリー以外の野菜をそこに入れてしばらく炒め、水をどぱどぽと注いでいく。

 

 調理器具を木べらからおたまに持ち替え、沸騰し始めたら市販のルーを入れてからゆっくりとかき混ぜていく。

 弱火で20分程煮込んでからブロッコリーを入れさらに一煮立ちするまで混ぜて、混ぜて。

 

 おたまで掬ってお皿に注げば……

 

「できあがり」

 

 湯気を立ち上げながら、とろりとした純白のルーに野菜とお肉の彩りが映える特製もも肉シチューの完成だ。

 

 はふはふとお肉を頬張り、咀嚼し、嚥下する。

 その間も考えるのは昼間のこと。

 

『次はもっと綿密に計画を立てた暗殺を心がけましょう』

 

 先生(ターゲット)から生徒(アサシン)へのアドバイス。教え子としては、是非ともそれを参考にして殺してあげたいところだ。最近はやる気が無かったので場当たり的だったが、次は気合いを入れて考えてみるとしようか。

 

「ふふ、ねぇ先生。私の武器(第二の刃)はまだ見せていないんですよ」

 

 鼻唄交じりにあれこれ考えを巡らせる。

 次はどう切るか。

 次はどう潰すか。

 次はどう抉るか。

 次はどう抉り取るか。

 ———次は、どうやって殺すのか。

 

 考えているだけでオモシロイ。そんな風ににまにまと笑みを浮かべながら、私と先生の初邂逅の夜は過ぎていった。

 

 

 もも肉シチューの母の味。それは今だけ薄いと感じた。

 


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