魔物娘がいる学園で風紀委員は大変です。 作:胡椒こしょこしょ
異種間友好条例。
今まで暗黙の了解として存在が黙認されていた魔物娘の存在と社会的立場を認め、共同参画的社会を築いていこうと人間と魔物娘側で結ばれた条例。
俺達からしてみれば昔の出来事。
それによって社会は魔物娘と人間が暮らすことが普通となっていた。
今では会社の同僚や上司に魔物娘が居るのが当たり前、学校の同級生や教師に魔物娘が居るのは至極当然の世の中だ。
勿論、一部の人間を除けば人類が魔物娘に対して弱者となりうる為に様々な措置が試行されたらしく、それも今では確固とした形として確定していた。
それでもやはり魔物娘に対して差別的な意識を持つ人も居るのだから相当根深い問題なのだなって思う。
しかし、俺の目下としての問題としては.....。
「せぇんぱい、私の事こんなところに連れてきてぇ、どうするつもりなんですかぁ?クスクス.....」
「どうするもこうするも俺は風紀委員としての仕事をするだけだ。お前の校則違反についての注意と指導だ。」
まるで刑事ドラマを彷彿とするような鉄の机。
そして向かいには尻尾をフリフリと揺らす紫色の髪に黒色のメッシュが入った髪の猫耳少女が座っている。
全体的にパンキッシュな感じに制服を改造しており、唇には青いグロスが塗られていた。
ミスティ・チェシャ―・ダールベリー、それが今から俺が指導を行う女子生徒の名前だった。
改造制服はまぁ...割とこの学園では寛容に見られているから攻めるつもりはない。
しかし、グロスやスカートの丈の話になると話は別だ。
「...グロスについては禁止されてはいないが、目立つ色は種族の性質上致しかた無い時以外は控えるように生徒手帳にも書いてある。そしてお前のはどうだ?目立ちまくりじゃないか。」
予め生徒手帳を取り出すと、机の上に広げる。
そして該当箇所を指でなぞった。
風紀委員たるもの、生徒手帳については頭に入れているつもりだ。
この学園は魔物娘も多く在籍している都合上、ルールにもいろいろと特例などがあって面倒だ。
だからこそ、そこらへんをしっかりと覚えておかないと誤魔化されてしまう。
「それは~先輩が言ったように私の種族的な事情があって~。」
「お前、自分の種族言ってみろ。」
どこか間延びした言い方で誤魔化そうとする彼女に自分の種族を言うように促す。
すると、彼女は別の方向に目を逸らして言葉を俺の問いかけに答える。
「え~~、別に良いですけどぉ~....雪の女王でぇ~~す♪」
「すぐにバレる嘘を吐くな嘘を!!お前の種族はチェシャ猫だろ!?」
滅茶苦茶さらっと嘘を吐くな。
一瞬面食らってしまっただろうが。
すると、彼女はニヤニヤと笑っている。
チェシャ猫の特性故か、彼女自身の感情故か分からない。
「へ~~、せぇんぱい。私の種族覚えていてくれたんですねぇ~?嬉しいですぅ~、もしかしてわざわざ覚えてくれたんですかぁ~?」
「お前、ここで指導されるの何回目だ。いつも器用に違反箇所を変えてきやがって。わざとやっているんじゃないかって俺は思っているぞ。」
まぁ、わざとというよりは種族としての性質なのかもしれないが。
チェシャ猫は種族としての性質として悪戯好きが多いらしい。
まぁ例外は居るだろうが、少なくとも目の前の少女はそういう感じだし現在は問題にしない。
「えへへ~、まぁでぇも?今回のグロス可愛くないですかぁ~?やっぱり女の子だったら可愛くして外に出たいって思うのが普通ですよね~?」
「外に行くんじゃない。お前は学校に来るんだ。それをちゃんと認識して欲しい。取り敢えず化粧落とす奴持っているだろう?それでグロス落としてこい。それとスカート丈....。」
「先輩はぁ、好きじゃないですかぁ?この色ぉ。」
彼女が急に身を乗り出して、顔を近づけてくる。
綺麗な容貌に映えるような艶やかな青色。
それに目が吸い寄せられて......。
「...っ!!今俺がどうとかは関係ないだろ。座れ。」
ハッ!いかんいかん!!
不意打ちだったからちょっとびっくりしてしまった。
うん、俺は今びっくりしているんだ!
うわぁ~めっちゃびっくりしたわぁ~、凄いドキドキしてるもん。
取り敢えず、目の前の彼女の肩を両手で押して椅子に座らせる。
「慌てすぎですよぉ~どうかしましたかぁ~?」
ニヤニヤ笑いながら、頬杖を突く彼女。
驚く俺の様子がそこまでおかしいのだろうか。
まぁ、とにかく話を続けるとしよう。
気を取り直す為に、一度咳こむ。
「話の続きだが、スカート丈が短すぎる。ある程度の改造が認められているとはいえそれは流石にやりすぎだ。」
俺がそう告げると、いつもニヤニヤしている彼女が珍しく頬を膨らませている。
どちらにせよあざといな。
「...なんだよ。」
「なんかぁ、他の人はちゃんと測ったのにぃ、私だけ見ただけで違反って言われてすっごい不愉快なんですけどぉ~?」
トントンと机を指でつついて音を出す彼女。
あからさまに不愉快感を出していた。
いや、そんなこと言われても......。
「だって見ただけで違反って分かるくらい短いじゃん。こんなの測るまでもないでしょ。」
どう見ても彼女のスカート丈は校則違反である。
であれば、別段図るまでもないと考えてもおかしくはないだろう。
しかし、彼女は机に突っ伏して不満げな表情で言葉を紡ぐ。
「こんなの酷くないですかぁ?形だけでも測ってくれたらなぁ....このまま消えちゃおうかなぁ~。」
彼女のしっぽが目に見えるほどのへたりとつまらなさそうに床を撫でる。
まずいな.....。
彼女はチェシャ猫だ。
種族の特性として姿を自由に消したり現わしたり出来る。
それはつまり、この場から彼女が今にも消えようとしていることを意味している。
彼女の気まぐれとはいえ、ここで話が出来ているのだから今この場で行動を改めさせなければさっきまでの時間は無駄でしかなくなる。
「...確かに形式通りにしないのは良くなかったかもしれない。数値で見せた方が諦めが付くだろう。」
「分かればいいんですよぉ~」
「偉そうにすんな。...ほら、そこに立て。測るから。」
なぜか身を起こして胸を張る彼女に呆れながらも、横の壁を指さす。
すると、彼女は椅子から立ち上がってその壁に立った。
鞄からメジャーを取り出す。
....正直、規定から外れているのは明白なのだが納得してもらえるならそれでいい。
「それじゃ、測るぞ。」
彼女の前まで歩み寄ると膝を突いて、メジャーを構える。
そして、彼女を見上げてそう尋ねた。
すると、彼女がニヤリと笑みを浮かべる。
なんだ....?
「それじゃ、しっかり...測れるようにしますねぇ?」
そう言って、スカートを押さえる。
まぁペタっとさせればそれだけ測りやすくなる。
そう思った矢先、彼女はそのままスカートの裾を掴んだ。
おい、まさか....!
「ま、待て!」
そのままスカートの裾を摘まみ上げて、上げようとする。
そんな腕を取ろうとした瞬間、ぴたりとスカートを捲り上げる手が止まった。
そして、彼女の顔を見上げると心底おかしそうに俺を見下ろして笑っていた。
「なんですかぁ~?もしかしてぇ、パンツ...見せてくれるかも~って期待しちゃいましたぁ?うわぁ~キッモ~❤私ぃ、そこまで安い女じゃないのでぇ、期待に応えられなくてすいませぇ~ん?」
「お前なぁ....!」
どうやら彼女は端から俺を揶揄うつもりでスカートを上げる振りをしたようだ。
確かに期待していたわけではないが、彼女の言う通りパンツが見えるかと思って腕を取ろうとした。
....でも、それで罵られるなんて当たり屋も良いとこだぞ。
それに!こっちは測ってもらわないと納得できないってお前が言ったから測ったっていうのにこれはあんまりじゃないか!?
そう思って立ち上がる。
すると、目の前の彼女がボンとマンガのような音を立てて目の前から消える。
チェシャ猫の特性か!
コイツ、初めからそのつもりで俺を煙に巻くために....!
「私ぃ~、前から先輩がなぁんで風紀委員なんてやってるのかな~って思ってたんですよぉ~。」
すると目の前で消えたにも関わらず、どこからともなくミスティの声が聞こえる。
アイツ....どこに居て....
「なぁ~んか、私みたいな悪い子にもなんだかんだ優しいですしぃ~?無視すれば良いのにわざわざ消えた私の事律儀にも追いかけたり色々分からないなぁ~って。実際、私ってすぐ消えちゃうんでぇ先輩くらいしか私に目を向け続けた人も居ませんしぃ?」
「何の話だよ!とにかく姿を現せ!さっきの、俺怒ってるんだか..ら....っ!!」
周りを見回しながら声を張り上げる。
その瞬間、後ろから腕を回された。
背中に少女の温もりを感じる。
とっても密着した距離。
俺は今....後ろから、抱きしめられている!?
耳に吐息が掛かる。
そのたびに背筋がゾワッとした。
いきなり背後を取られて抱きしめられたことで固まってしまう。
「でぇも、さっきの反応でその理由がやっとわかりましたぁ~。」
「な、なにが....。」
耳元に吐息と共に声が鼓膜を揺らす。
その様はどこか煽情的で、背中が一瞬跳ねた。
胸の鼓動が早くなる。
更に耳に吐息が掛かる。
そこからどんどん彼女の口元が俺の耳に近づいているということが分かった。
まるで幼い子供が内緒話を行うかのように俺の耳と彼女の口は距離を縮めて最早くっついてしまいそうなほどに近づく。
俺を抱く腕の力が強くなった。
そして、おかしそうな声色で彼女は言葉を続けた。
「先輩ってぇ...私みたいな、派手でわっるぅ~い女の子とお話したいから風紀委員に入ったんですねぇ~。ふふっ、可愛い....。」
「は...そ、そんなわけ....!」
反論しようとして喉を震わせる。
その瞬間、部屋のドアが開く音がする。
背中がビクリと跳ねる。
誰か、入ってきたのか....今、この状況で!?
女の子の後ろから抱きしめられて、耳元に口を近づけられている。
絵面だけ見れば風紀委員の癖に指導中になにしてるんだという感じだろう。
「おい、貴様....忌部に、何をしている。」
その声を聴いて、そこに居る人が誰か分かった。
凜とした鈴を転がしたような声。
後ろのミスティの溶かすような声とは違った声色。
風紀委員長である、咲絵先輩の声だ。
「そこの女生徒、ここにいるということは指導を受けているはずだろう。何をしている...今すぐに離れろ。」
声色を険しくして、ミスティに離れるように言っている。
どうやら彼女からやったということは誤解されなかったようだ。
「あーあ、風紀委員長さん来ちゃいましたね....。」
声を震わせて彼女に離れるように言う。
すると、ミスティは思い出したかのように耳元で言葉を紡いだ。
「そーいえばぁ、先輩グロス...取れって言ってましたよねぇ?」
「え....?」
耳にかかっていた吐息が遠ざかる。
離れようとしているのか....?
そう思った矢先、頬に柔らかい感触を感じた。
彼女の髪が首元を撫でる。
えっ....今、キスされてる....?
思考が突然起きたことに追いつかない。
触れた唇は頬に吸い付く。
「き、貴様....!何をして....!!」
咲絵先輩が声を荒げる。
それと同時に彼女の唇が頬から離れた。
「っゅぱ....これでリップ、取れましたねぇ。なにキモ顔で呆けてるんですかぁ?クスクス.....。」
笑うミスティ。
俺を抱きしめていた腕が緩み、離れていく。
「お、おい....!」
振り返ると、既にミスティはその場から消えていた。
ただこちらに歩み寄っていた咲絵先輩が誰も居ない空間を睨みつけているばかり。
「あの...咲絵、先輩.....?」
「...!大丈夫か?あの女に何かされたりは.....。」
声を掛けると、ハッとした様子を一瞬見せて心配をする。
何かされたりって言われると...そりゃされたけど....
「何もされてない....って言ったらうそになりますけど。」
頬を触ると何かがべっとりついている。
彼女の言っていたことを考えると、青いグロスが付いてるのだろう。
俺の言葉を聞くと、先輩が表情を暗くする
「そうか...取り敢えず、それ取るからな....。」
そう言ってティッシュを取り出す。
そして軽く拭うと溜息を吐く。
「これでは駄目か....ならば!」
そう言うと、彼女はウェットティッシュを鞄から取り出す。
そして、再度俺の頬を拭い始める。
しかし、段々とその表情は険しくなっていった。
「なんだこれは....ふざけてるのか!ぜんっぜん...取れ...ないっ!何だこのリップ、それとも取れなくなるほど吸い付いていたって言うのか.....!!」
「え、えーと...先輩、大丈夫ですか?」
なんか先輩がイライラしている。
めっちゃ頬をウェットティッシュで擦られてぶっちゃけ痛い。
「大丈夫だ!!こうなったら教室に化粧落としを取りに行って.....」
「い、いえ!大丈夫ですから!!ほら、そこまで手を煩わせるわけにはいかないし、なによりもうすぐ予鈴が鳴るじゃないですか。今から取りに行ったら授業始まっちゃいますよ。自分で後でなんとかしますから....。」
「そ、そうか.....。」
先輩は納得すると、俺から一歩離れる。
俺は擦られた頬を触る。
...やっぱりまだ残っている。
...うわぁ、俺ほっぺただけどキスされたんだ。
うわ...うわぁ.......!
「....一応、言っておくが魔物娘のそういう行動を本気にはするなよ。種族にもよるがそれは異性に対してのちょっかい、揶揄いのようなもの。彼女らは元来、個人差はあれどそんな好色な気質なのだから。」
「わ、分かっています!そもそも気まぐれなアイツがここまで消えずについて来たことも俺をおちょくる為じゃないかなって薄々は思っていたので....。」
それは理解している。
魔物娘はなんか知らないけど元来メスしか生まれないらしく、他種族の...所謂人間との交配で数を増やしていたらしい。
だからこそ興味の対象や友愛の対象においてもそんなちょっかいを掛けたりするらしい。
キスとかの自分から行う場合はハードルが低いのだと。
そもそもアイツはチェシャ猫で性質上悪戯好きだし、アイツ自身あんな性格だし....。
「そうか、分かっているのなら安心だ。...なんて、私がそんな言える立場じゃないんだがな....。」
そう言いながら俯く。
すると、彼女の足元に先がスペードのような形になった尻尾が見える。
そしてそれはへたりと力なく垂れる。
「何がですか。先輩は言える立場ですよ。先輩はそんなことなく、清く正しく清廉潔白。種族がどうとか関係ないってご自身が一番証明なされてるじゃないですか。俺、尊敬します。」
先輩も魔物娘だ。
しかも好色という印象が強く、今まで不埒で無秩序的と見なされていた時代もあるサキュバスだ。
事実、性質的にそういう性的欲求が高まりやすい種族らしい。
だというのに、目の前の先輩は学校の模範と言われるくらいちゃんとしている。
それに、こうして風紀委員長として学園の風紀を守っているのだ。
それなら、言える立場だろう。
「そ、そうか...!?そう言ってもらえると、嬉しい.....。」
先輩は顔を上げて笑顔を見せる。
尻尾もピンと上がっている。
良かった....元気を出してもらったようだ。
腕時計を見るに、時間はそろそろ予鈴に差し掛かる。
トイレにも行きたいので早く、行ってしまおう。
「それじゃ、時間的にも差し迫っているので...俺、行きますね!」
「あっ...あぁ。昼休み、委員の集会がある。用がなければ来て欲しい。」
「分かりました!」
先輩の言葉に返事をしつつ、談話室を後にする。
そして、早歩きで近場のトイレへと駆け込んだ。
さっさと用を足す。
そして、手を洗っていると鏡に自分の顔が写る。
右頬に先輩に擦られたからであろうがどこか掠れているが、確かに青色のキスマークが残っていた。
....このまま授業に出るのはまずいよなぁ.......。
パシャパシャと顔を洗う。
洗いながらも、さっきの出来事を思い起こす。
アイツも、毎回あんな感じで良く分からない奴だ。
多分出会った当初の風紀検査で逃げ回っていた時と比べれば仲良くなれているのは確実だけど。
しかし、唯一分かっていることと言えば.....。
「....相変わらずエッチだったな......。」
顔を上げて、薄れてもなお残っている唇跡を見て呟く。
どこか距離が近いし、なんか話し方がのらりくらりとしているし、話すと毎回頭に強く印象に残る少女だ。
揶揄いのつもりだろうけど、それでもめっちゃドキドキした。
「いかんいかん、いつまでそんな終わったことに囚われているんだよ。風紀委員の一員だろお前!?おしっ!切り替えた!俺切り替えた!!!」
パンパンと自分の頬を叩いて、跡から目を逸らすように鏡から視線を外す。
この後は授業だ。
それに、同じ風紀委員でトップの人がサキュバスにも関わらず、そんな素振り見せずに全校生徒の模範になっているんだ。
人である俺がそんなことにかまけてるわけにはいかないよな。
跡は完全には取れ切れていないけど、時間的にそろそろ戻らないと授業に遅れる。
まぁ五分休みにまたトイレに行けば良いだけの話か。
そう思い、さっきの出来事を思考の腋に置くと俺はトイレから出て自分の教室へと向かった。
◇
彼が部屋を出て、少しの間が経過した。
彼が言う通り、もうすぐ予鈴が鳴る。
だからこそ、私自身も教室へ向かうべきだ。
しかし.....。
「あの猫女め.....いつも忌部に付きまとって....挙句の果てにこんなものまで....!」
目の前で彼の頬に接吻をした女。
あの時、奴は私が入室したのを知ったうえであんな狼藉を行ったのだ。
しかも、こちらに視線を一瞬向けるとにやりと笑みを浮かべて。
なんだアレはっ!?当てつけのつもりか!!!
あの時の奴の顔を思い返すと、苛立ちが沸々と湧き上がる。
しかし、まぁそんなことは奴が居ないので考えてもしょうがない。
奴の狼藉があったからこそ、彼にあの後に褒めてもらえたのだから。
「そ、尊敬してるなんて...え、えへ...えへへ....」
あそこまでストレートに言われると流石に照れてしまう。
っと、笑っている暇はないな。
取り敢えず、これを捨てて....。
あの忌々しい女のリップ跡を拭ったウェットティッシュをゴミ箱に放ろうとする。
しかし、それを再度見てとあることが私の脳裏を過る。
....コレ拭った時、忌部汗掻いてなかったか?
いや、それはしょうがない。
あんな女に背後を取られて密着されてキスまでされるなんて冷や汗を掻くものだろう。
つまりは、このティッシュは今汗を吸っているということ!?
「つまり、これを舐めるということは忌部の汗を舐めることと同義なのだよな......。」
息を飲む。
ティッシュに目を吸い寄せられる。
同時に身体が熱くなっていって.....。
「...っ!ダメだ!角が生えて...生まれ持ったサガに流されるところだった...、せっかく忌部がサキュバスなのにちゃんとしててえらいって言ってくれたんだぞ!!今、私がやろうとしていることはそんな彼の言葉を裏切ることなんだぞ!!そもそも汗を舐めるってなんだ!?気持ち悪っ!!」
自分の頭部を触って角が隆起し始めていることに気づいて、頭を振る。
サキュバスとしての性質が発露するところだった.....。
私は風紀委員長、清く正しく学園の模範なんだ!!
彼もそんな私の事を好ましく思ってくれているんだから、ここで自分に負けることなどあってはいけない!!
....でも....。
「ま、前はこんなことなかったんだ....。わ、私がこんな風に抑えないといけなくなったのは、お、お前のせいなんだぞ.....こ、このくらいのことは....そ、そもそもウェットティッシュを舐めるだけなら淫行にはならないじゃないか!...うん、淫行にならないし.....。」
自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
そっと自分の顔の前に、近づける。
すると、青色が目に入った。
それは、あの女の唇の色。
そう考えると、どこか白けた気持ちになる。
「....なんとか...なんとかこのリップだけ抽出して忌部の汗の部分だけに出来ないか.....?」
なんとなく思ったことが口に出た。
もし...もし!仮に!!舐めることになったとしてもあの女のリップが邪魔だ!
「じ、実家の方でそういう魔法があったか探してみるか....?いや、それ以上に誰かこういう液状の成分を分離させられる異種族の生徒を探して協力してもらうか...いや!こんなことを他の人に協力しろなんて言えるわけがない!...ならば妥協してこのまま....それは確実にないっ!!....うぅぅぅぅ....どうすればぁ~....」
「...ねぇ、何ウェットティッシュに一人で声掛けてるの?咲絵。」
背後から他の人の声がして、身体が固まる。
誰かに今の様子を見られた....?
その事実に背筋が寒くなる。
恐る恐る後ろを振り返る。
すると予鈴が鳴る中、呆れた表情で腰に手を当ててこちらを見る女生徒が一人。
自分と同じく学年は3年だ。
そして、私が知る人物だった。
「い、いや...これはそのぉ....な、なんというか.....。」
「あー、皆まで言わなくていい。どうせ、あの後輩君が関係してるんでしょ?もう良いって見たら分かるから。」
なんとか弁解しようとするが、呆れた様子で遮られた。
彼女の言う通りな辺り、やはり親友という者にはかなわないと思わせられる。
「あ...あう....うぅぅぅぅ.....!」
「あうあう言ってないで、さっさと行くよ?もう予鈴鳴ってるし、風紀委員長が遅刻なんかしたら示しが付かないでしょ?」
「!?そ、そうだな!わ、わざわざ呼びに来てくれたこと、感謝する....。」
促されるままに私は部屋を彼女と共に出る。
自分たちの教室に向かう中、前を歩いている彼女が口を開く。
「中々、大変ね...そうなる程、我慢しなくちゃいけないって。サキュバスなんだから、偶には外で発散してみたら?私みたいに。」
彼女は自分とは違った色の尻尾を振っている。
同じサキュバスとして私を見て何か思うところがあったのだろうか。
しかし、なんにせよその言葉に応じるわけにはいかない。
「...それは出来ない。」
「風紀委員長だから?風紀委員長でも好きな男の子にアピールするくらいは良いんじゃないかしら?逆にさっきみたいにウェットティッシュ相手に悶々とするよりも健全でしょ。」
「うっっ!!」
そこはもう言わないで欲しい。
今改めて考えても血迷っていたとしか思えない。
...相変わらず、ティッシュは私の手の中にあるのだが。
「...お前の言うことは正しいのかもしれない。」
「それなら....」
「でも、それは出来ない。,,,というよりしたくない。自分の痴情や欲求に正直になってしまえば、きっと私は自分が忌み嫌う母上のようになってしまう。私は、父を置いて消えてしまったあの女の血を引いているから,,,だから、自分が違うと分かるまでは、欲求に身を任せるわけにはいかない,,,,。」
思い出したくない過去の話。
打ちひしがれている父上。
母が、あの女が居なくなったことで様々な人が迷惑を被っていた。
きっと自分に正直になるということは、周りが見えなくなるということ。
それは周りへ迷惑をかけることに他ならないだろう。
だからこそ、私はああはならないと決めたのだ。
「...なぁ~んかよく分からないけど、そういうことなら何も言わないわ。家のことだし。」
「そうしてくれると助かる。まぁ、今までは問題なく自分を律することが出来たんだ。忌部が風紀委員に入ってからこうなっているんだ,,,!いや、まぁ私が忌部を風紀委員に勧誘したわけだけど?それにしたってアイツは私の心を搔き乱す....くっ、忌部め....なんて魔性の男だ....!」
毎回毎回毎日毎日尊敬の眼差しを向けてきて....こちらの気にもなってほしい!!
忌部め.....!!!
「魔性は私達でしょぉ?....忌部ねぇ.....。」
「...どうかしたのか?.....ハッ!あげないぞ!!!」
私の言葉を聞いて、彼女はジト目でこちらを見つめてくる。
な、なんだよぅ!わ、私の物じゃないけど、友達に手を出さないでって言う権利くらいは私にはあるぞ!!
「要らんし、あんたの方が私より頭の中ピンク色じゃない。...まぁ昔の話だし、当主がやらかして今は違うらしいし?大丈夫なのかなぁ.....。」
「な、何の話だ!!」
「誰にも関係ない話~」
一人でぶつくさ言っているのに、聞いても答えてくれない....。
そんなこと言われたら余計に気になるじゃないか...!
「なんだよ~!友達なんだから関係ないとか寂しいこと言うなよ~!ねーねー!教えてー!ねーねー!」
彼女の前に回り込んでみて、頻りに聞く。
すると、彼女が小刻みに震え出したと思えば顔を上げた。
「うっさいわね、このムッツリスケベが!前から風紀委員長としてのキャラ作りしてるみたいだけど、似合わないのよアンタ!!そっちの方が可愛いんだから、そっちで行けばそのゴンベ君?に意識してもらえてたんじゃないの!?なに先輩風吹かせてるのよ!!」
こ、コイツ...なんてことを....!!
「そ、そんなこと恥ずかしくて出来るわけないだろっ!!それにゴンベじゃない忌部だ!!二度と間違えるなっ!!そして私はムッツリではない!!それに先輩として後輩に尊敬して欲しいって思うのは普通のことだろう!!?」
私も彼女に対抗して声を荒げる。
その瞬間。
『キーンコーンカーンコーン』
「「あっ.....。」」
無情にも授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。
部長、異種族(人間)に負けかけてるじゃねぇか!?
清く正しく尊敬している先輩も、淫魔な以上種族としてのサガはあるよねって話。