今日の勝利の女神は、横っ面を引っ叩く(更新停止中) 作:R主任
ーーーはぁ、私が知っている音坂さんの話、ですか……私、ポルックスにはライスちゃんよりも後に入ったのですが……まあ、良いでしょう。
元々私がリギル所属していたことはご存知ですね?……ええ、今でもリギルのトレーナーさんや皆には感謝しています……ですが、どうしてもあの時の私には、自分が目指すものばかりが目に入ってしまって……本当に皆には迷惑をかけたと思っています。
ですが、そんな時……
ーーー
「はっ、はっ、はっ……」
合同トレーニング後の自主トレ。何度もコースを回る。
今回も周回を終え、ストップウォッチを見る。タイムは……伸びない。
最強チーム『リギル』の一員として、チームの為にできること……それを考えれば考えるほど、私の脚は鈍っていった。そして、走ることの楽しさも……
「考えながら走ったら、一瞬ずつ遅れていくぞ。」
「!……あなたは、確か……ポルックスのトレーナーさん?」
「俺のことはどうでも良い。……それよりも、何をそんなに悩んでいる?俺の知っている『サイレンススズカ』の走りには、とても見えなかったぞ。」
「……」
目を見る。鋭いけれど、真剣な眼差し。
「……あなたの知っている、私の走り……とは?」
「『走ることを心から楽しんでいる』、そんな感じだ。」
「!」
「今のお前がどんな悩みを抱えているのかは知らんが、少なくとも『あの領域』は見えなくなっているんじゃないか?」
「『あの領域』……」
言われて気づく。走るのが楽しいときの感じ……そうだ。先頭を全力で駆け抜けていると、ある瞬間に拡がる……
ひたすら綺麗な、私だけの世界が……
「……チームの為に個を捨てる……ということは確かに大事なことかもしれん。だが、それを納得できないまま受け入れたところで、それはチームプレイとは言わん。ただの『自己犠牲』だ。」
「……」
「まあ、本当に誰かの為に役割を全うする……という意識があれば、自然と体は勝手に動く。だが、そうでないならば……それでも貫き通したい『個』が、お前の中にはあるのだろう。」
「貫き通したい……個……」
「……一度、リギルのトレーナーと話し合ってみるのが良いだろう。何か思惑がある筈だ。その上でお前がしたいことを良く考えろ。」
「……」
この人……何処か私に『似てる』……
そう思いながら、踵を返す音坂さんを私は見送りました……
ーーー
「やってくれたわね、沖野……」
「どうした?オハナさん。」
「サイレンススズカの件よ。あの娘、どうしても自分の走りを貫きたいって……」
「いや、俺は知らんぞ?」
「え?」
「というか、サイレンススズカがどうしたんだ、って話なんだが……」
「…… あーーーっ!」
暫く考えた後、別の可能性に行き着く。
「アイツか!あの優男……!」
「お、おい……さっきから話が見えないんだが。」
「ポルックスの音坂トレーナー!あいつにサイレンススズカを引き抜かれた!」
「何だって?」
ーーー
「すいません、私の走り……見ていただけませんか?」
「……それがお前の選択か。」
「ええ。色々考えて……やっぱり、私にはどうしても『譲れないもの』があったので……」
「……そうか。」
ーーー
……ひたすら、私は音坂さんの指導の下、自分の持ち味……『スピード』を高めていきました。
自分でもこれだけ速くなれるのか……と、驚きや戸惑いもありましたが、私はそれを貫きました。
……見たことのない景色、そこには、
『見てはいけない景色』、そんなものもあるとも思わずに……
ーーー
『こんにちは、スズカさん。』
『……あなたは?』
秋の天皇賞。
いつも通り……いえ、いつも以上の体の軽さに手応えを感じながら、私は『あの景色』に身を任せながら走ろうとしたんです。
その『景色』には……
『あなたは【私】。その素晴らしい才能に魅せられた、私自身。』
『……何か用ですか?』
『あなたの才能が、【私】の手には収まりきらなくなってしまいました。』
『どういうこと?』
『あなたの身体が、才能に耐えられなくなってしまったのです。』
『……え?』
身体が、才能に、耐えられなく……なった?
『その先にあるのは……そうです。……【破滅】。』
『……』
……そうか、だからリギルのトレーナーさんは、私にこれ以上無理をさせまいと……
『せめて、この世界からそのまま【いく】としましょうか。』
『……もう、戻れないのですか?』
『残念ながら、【ここ】に来てしまった以上、戻ることはできません。……静かに、【沈黙】の中で……』
『……スズカッ!……ぐはあッ!』
『え……』
……私に手を伸ばした『私』。
それを、音坂さんが……
『……久し振りだな。二度も……俺の教え子に手を出させはせん……ぞ……』
『……』
……右の拳を、向こうの『私』に叩き込んでいました。
『私』が崩れて……骸骨?のようなものに変わって……
『景色』が、光に包まれて……
ーーー
「……ここ、は……ッ!」
次に目が覚めた時……病院のベッドで、左の足首の痛みと何かに固定されている感覚を感じました。
そして……
「気がついたようだな。」
「音坂さ……ッ!」
声を掛けられ、見たものは……車椅子に座り、上半身を包帯で巻き、右手と右足をギブスで固定した音坂トレーナーの姿でした。
「大丈夫かい?」「急に大声出さない方が良いわよ。」「良かったあ……スズカさん……」
ポルックスの皆も、病室で私の目が覚めるのを待っていてくれたようです。
「……私は、どうなったの?」
「レースは途中棄権だ。あの時、大ケヤキの辺りでお前の左足が突然崩れて……」
「……咄嗟に、異変に気付いたお兄様が、スズカさんの目の前に立って……」
「スズカさんを抱き止めたコイツが、勢いを殺しきれずに後ろに吹っ飛んで、そのまま右足と右手から地面に落ちた。……スズカさんを庇った状態で、ね。」
「良くもまあ、頭や背骨を守ったものだよ。下手したらあれで、モルモット君は御陀仏だ。」
ーーー左足首の骨折。幸か不幸か、それが私に下された診断結果だった。
そして、私を庇った音坂さんは……
「……右足のアキレス腱が逝った上に、右腕も粉砕骨折。おまけに芝を引きずったせいで、右の腰付近や脇の裏側の裂傷も凄い。暫くは車椅子生活ね。」
「いやいや、正直普通の人間ならば、ベッドで寝たきりになっているべきなんだがねえ。……本当に、何なんだい?キミは。我々とはまた別のヒトとは異なる存在だったりはしないだろうねえ?」
「お、お兄様……無理しちゃ駄目だよ?」
三人の言葉を受けつつ、音坂が語り出す。
「スズカ、あの時俺は……お前を『運命』から庇うことで精一杯だった。俺の未熟さが招いた状況だ……許せ。」
「……な、何を言ってるんですか!あなたの方こそ私を庇って……!」
「……あの運命に打ち勝つには、あの一瞬に賭けるしかなかった。
そう、俺の拳による……
カウンターだ。」
「……え?」
「どんなに強大な相手であっても、その威力が大きくなればなるほど、それを利用したカウンターも、また絶大な威力となる。」
「……嘘でしょ?」
カウンターって凄い。
呆然としながら、音坂の話に反応するスズカ。
「おかげで、何とかモノにすることができた……」
(……モノにした、って……コイツ、それを何に使うのよ?)
(クックックッ、何で音坂君は、自分の回復よりも『新しく覚えた技の披露』に興味が津々なんだろうねえ!いやあ、全くもって狂っているよ!)
「お兄様……ライスの時もこうだったよね?もう……もう、無茶しちゃ駄目だよ?」
涙を流しながら語りかけるライスシャワーに、微笑みを返す音坂。
そこへ……
『き、君たち、まだ病室内は立ち入り禁止だ!無理に入ろうとしては……ぐわああああ!』『く、黒子台先生ー!』
病室の外から、入室を見張ってくれていたと思われる教師の悲鳴と、近くにいた看護師の悲鳴。
そして、次の瞬間……
バタン!
「スズカさああん!」
学園の、スズカ達と親交のあるウマ娘達が、病室になだれ込んできた。
「……スズカ。」
「何ですか?音坂さん。」
「その脚が治ったら、今度こそ目指すぞ。お前の景色の先にある……『栄光』を。」
「……はいっ。」
(……いや、まずはアンタの大怪我の回復が先だよ……)
室内の大半の者が、タイシンと同じことを思っていた。
ーーー
……恥ずかしい話ですが、今では『あの景色を見たい』のと同じくらい、『あの景色を見せたい』という気持ち……強くなっちゃいました。ポルックスの皆と、そして……私は勿論、音坂さんと、先頭の果てにある『喜び』を、この先も分かち合っていきたい……
……私の話はこれ位でよろしいでしょうか?そうですか。では、まだお話を伺われていないのは……ライスちゃんですね。
Q.音坂の不死身っぷりはタキオンの薬の影響もあるの?
A.ないです(断定)