橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。
小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物『トラウムソルジャー』が溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。
「錬成!」
ハジメは靴に仕込んである錬成を発動させるための魔法陣に魔力を流してトラウムソルジャーがいる場所に遠隔で錬成を行なう。
トラウムソルジャー100体が一瞬で串刺しになり、塵になっていくのだが、さらに大量のトラウムソルジャーが現れる。
大量発生するそれに加えてハジメの反対側にいるベヒモスが居る。ベヒモスの方でなにやらメルドが結界を展開させながら光輝と揉めている。
だがハジメはそんなところではない。トラウムソルジャー100体を倒した時はそんなにパニックではなかったが、今は大変混乱している。クラスメイトがだ。
ベヒモスという強大な敵とトラウムソルジャーという無限に出てくる敵に対して恐怖を抱かない方がおかしいが何とか抑えて欲しいというのがハジメの本音である。
カースト上位全員、香織含めてベヒモスの方へ行ってしまったため統率できる人間もいないのだ。
そんな中、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。
「
そのトラウムソルジャー目掛けて光の矢を1本飛ばすハジメ。そのトラウムソルジャーはその光の矢によって何体かを巻き込んで消し飛ばす。
「大丈夫ですか、立てるならさっさと動いて逃げなさい」
錬成を使って無理やり階段までの道を作り出すハジメ、そんなハジメをマジマジと見る女子生徒は、次の瞬間には「うん! ありがとう!」と元気に返事をして駆け出した。
誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。騎士アランが必死に纏めようとしているが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる。
「…行きますか…」
ハジメは走り出した。この状況を何とかできる統率力のあるリーダーのいるベヒモスの方へ向かって。
ベヒモスは騎士たちの貼った障壁に向かって突進を繰り返していた。
障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルド団長も障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。
「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」
「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」
「くっ、こんな時にわがままを……」
メルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。
この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのは難しい。それ故、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。
しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の光輝達には難しい注文だ。
その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、光輝は〝置いていく〟ということがどうしても納得できないらしく、また、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。
まだ、若いから仕方ないとは言え、少し自分の力を過信してしまっているようである。戦闘素人の光輝達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針が裏目に出たようだ。
「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」
雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴む。
「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」
「龍太郎……ありがとな」
しかし、龍太郎の言葉に更にやる気を見せる光輝。それに雫は舌打ちする。
「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」
「雫ちゃん……」
苛立つ雫に心配そうな香織。
その時、1人の生徒が光輝達の前に飛び込んできた。
「早く撤退しなさい、時間は稼いであげますから」
「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて南雲は……」
召喚前の上辺だけを見た物言いに優しく言ったつもりのハジメの堪忍袋の緒が切れる。
「丁寧に言っても無駄ですね、邪魔だからさっさと行けって言ってんだよ、ウスノロ」
「「「「「!?」」」」」
恋人として付き合っている香織ですら聞いたことがないであろう、怒りによっていつもの丁寧語が消え去ったハジメの声に5人が驚く。
「リーダーがいなければ統率できないんですよ、さっさと行きなさい。私がここは抑えますから」
「で、でも…!」
香織が恋人を置いていくまいとごねると、ハジメは檜山達に使ったものと同じ大きさの鉄球を取り出す。
「さっさと…………行ってきてください!!」
鉄球を地面に打ち付けると、光輝達は風に乗せられてクラスメイトとトラウムソルジャーの方へと飛ばされた。
「頼むぞ、ハジメ」
「お任せを」
メルドは去り際にハジメに抑えを頼むと光輝とともに風に包まれて飛ばされた。
そしてちょうど待っていたかのように、結界は破り去られ、ベヒモスが出てくる。
「…デバイスは使えない、ライダーも使えない…所詮は他人の真似事ですが、刀を使うとしましょう」
ハジメは魔法の杖を持ちながら白い柄の刀を取り出す。
「
全身に魔力を滾らせてベヒモスに高速で接近する。
「神鳴流、模倣奥義!雷鳴剣!」
気ではなく、魔力を使用して刀の刃に雷を乗せ、ベヒモスの足を切り落とす。ベヒモスは帯電というおまけをくらいながら足を1本なくした。
だがベヒモスは立つ。旧約聖書に出てくる怪物の名を冠するだけの事はあると感心しながら魔法の用意をする。
「集え氷の精霊!槍もて迅雨となりて、敵を貫け!」
ハジメの周りに氷の槍が何本も現れる。そんなハジメに相対するベヒモスは頭の角がキィーーーという甲高い音を立てながら赤熱化していく。そして、遂に頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。
「ふむ、それが貴方の必殺ですか…さぁ、永久なる氷の槍にて貫かれなさい!
氷の槍がベヒモスに一斉に投擲される一方、ベヒモスもハジメに向かって突進を始める。赤熱の兜を前に押し出してハジメを溶かそうとする。
氷の槍がベヒモスの兜を貫こうと赤熱された兜に突き立てられるが1本、また1本と溶けていく。だがベヒモスの突進は止まっていた。
場所は変わって脱出の鍵となる橋、風によって飛ばされた光輝達の高威力の魔法によって両側にいたソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。その魔法の後は、直ぐに雪崩れ込むように集まったトラウムソルジャー達で埋まってしまったが、生徒達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。今まで渇望し、どれだけ剣を振るっても見えなかった希望が見えたのだ。
香織の魔法によるリラクゼーションも相まって今度はパニックにならずに安全に階段へと向かう生徒達、それを光輝達は護衛する。
そしてクラスメイト全員が階段前に到達するとメルドはそこで全員を待機させる。生徒達はそのメルドの指示を疑問に思う。
「皆、待って! ハジメくんを助けなきゃ! ハジメくんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」
香織のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。ハジメは『無能』と思われているのだから仕方ない。いくら技能が優れていても固定概念というのは変わらないものだ。そう簡単には。
だが、困惑するクラスメイト達が、数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の方を見ると、そこには確かにハジメの姿があった。
「魔法で、しかも1人で押し返してる!」
「だけど魔力も切れるかもしれないな!」
「そうだ! 坊主がたった一人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」
ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。
ハジメの魔力は未だ尽きてはいないのだが、離脱が今のハジメでは難しいために援護は欲しいところだ。本気を出せば簡単に脱出できるが。
その中には檜山大介もいた。自分の仕出かした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。
しかし、ふと脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。
それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときのこと。
緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の香織を見かけたのだ。
初めて見る香織の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、香織は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。
気になって後を追うと、香織は、とある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは……ハジメだった。
それに加えてどれだけ遅くても出てこなかったという時点で何が部屋で起きてるのか分からないほど檜山はアホではない。
檜山は頭が真っ白になった。檜山は香織に好意を持っている。しかし、自分とでは釣り合わないと思っており、光輝のような相手なら、所詮住む世界が違うと諦められた。
しかし、ハジメは違う。自分より劣った存在(檜山はそう思っている)が香織の傍にいるのはおかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と端から聞けば頭大丈夫? と言われそうな考えを檜山は本気で持っていた。
ただでさえ溜まっていた不満は、すでに憎悪にまで膨れ上がっていた。香織が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなってあらわれたからだろう。
その時のことを思い出した檜山は、たった一人でベヒモスを抑えるハジメを見て、今も祈るようにハジメを案じる香織を視界に捉え……
ほの暗い笑みを浮かべた。
「(そろそろ脱出しますか…)」
その頃、ハジメは後ろに魔力の反応があることを知る。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。
最後に氷の槍をもう1本投擲してハジメは自分に
ハジメが駆け出した瞬間、色とりどりの魔法がベヒモスに向かって放たれる。
「(これで………)え?」
走っていて無防備なハジメの腹に火球に風球が当たり、ハジメは地面に転がる。
「ハジメくん!!」
香織の悲鳴が階層内に響くが、そんなことお構い無しにハジメに魔法の弾丸が当たる。
「(どうなって……まさか檜山か!)セットあっがァァァ!!!」
仕方なくデバイスを展開してバリアジャケットを着ようとしても今度は上級魔法が当たる。
「(…真面目にどうなってるんですか!檜山がこうも上級魔法を発動できるなんて…)」
ハジメは諦めずに駆け出すがそこはさっきまで錬成を多用して橋の部分が薄くなったベヒモスと戦った場所、ベヒモスに対する魔法攻撃の振動でヒビが入っていた。
「(…これは……仕方ないですかね)」
さらなる援護魔法によってヒビが入っていた床は崩れ、ハジメとベヒモスは落下する。
「ごめんなさい、香織さん…必ず迎えに行きますから」
デバイスを使用しようとしてもベヒモスがハジメの上に覆いかぶさってハジメを殺そうとしているため意味が無い。
「ハジメくん!ハジメくーん!」
ハジメが落ちていくのを助けようと穴まで駆け寄ってきた香織を光輝と雫が必死に押え、香織は落ちていくハジメに対して叫ぶのだった。
嫉妬のエネルギーは無限大?なんでしょうか?
ハジメに制限がかかっているのでベヒモス相手に無双という訳にはいかないです。ネギまの魔法と錬成された魔法仕込みの鉄球、擬似的な神鳴流…意外と行けそうではありますよね。
まぁ互角という感じにしましたが。次回からはハジメの無双が始まります。
これからもよろしくお願いします!