時間は少し戻り、ハジメがヒュドラとの死闘を制し倒れた頃、勇者一行は、一時迷宮攻略を中断しハイリヒ王国に戻っていた。
道順のわかっている今までの階層と異なり、完全な探索攻略であることから、その攻略速度は一気に落ちたこと、また、魔物の強さも一筋縄では行かなくなって来た為、メンバーの疲労が激しいことから一度中断して休養を取るべきという結論に至ったのだ。
もっとも、休養だけなら宿場町ホルアドでもよかった。王宮まで戻る必要があったのは、迎えが来たからである。何でも、ヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来るのだという。
元々、エヒト神による『神託』がなされてから光輝達が召喚されるまでほとんど間がなかった。そのため、同盟国である帝国に知らせが行く前に勇者召喚が行われてしまい、召喚直後の顔合わせができなかったのだ。
もっとも、仮に勇者召喚の知らせがあっても帝国は動かなかったと考えられる。なぜなら、帝国は三百年前にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、冒険者や傭兵の聖地とも言うべき完全実力主義の国だからである。
突然現れ、人間族を率いる勇者と言われても納得はできないだろう。聖教教会は帝国にもあり、帝国民も例外なく信徒であるが、王国民に比べれば信仰度は低い。大多数の民が傭兵か傭兵業からの成り上がり者で占められていることから信仰よりも実益を取りたがる者が多いのだ。もっとも、あくまでどちらかといえばという話であり、熱心な信者であることに変わりはないのだが。
そんな訳で、召喚されたばかりの頃の光輝達と顔合わせをしても軽んじられる可能性があった。もちろん、教会を前に、神の使徒に対してあからさまな態度は取らないだろうが。王国が顔合わせを引き伸ばすのを幸いに、帝国側、特に皇帝陛下は興味を持っていなかったので、今まで関わることがなかったのである。
しかし、今回の『オルクス大迷宮』攻略で、歴史上の最高記録である六十五層が突破されたという事実をもって帝国側も光輝達に興味を持つに至った。帝国側から是非会ってみたいという知らせが来たのだ。王国側も、王国に本部を置く聖教教会も、いい時期だと了承したのである。
そして帝国が動いたのはもうひとつ理由があるのだが、それを王国の面々が知る由はない。
そんな話を帰りの馬車の中でツラツラと教えられながら、光輝達は王宮に到着した。
馬車が王宮に入り、全員が降車すると王宮の方から一人の少年が駆けて来るのが見えた。十歳位の金髪碧眼の美少年である。光輝と似た雰囲気を持つが、ずっとやんちゃそうだ。その正体はハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒである。
ランデル殿下は、思わず犬耳とブンブンと振られた尻尾を幻視してしまいそうな雰囲気で駆け寄ってくると大声で叫んだ。
「香織! よく帰った! 待ちわびたぞ!」
もちろんこの場には、香織だけでなく他にも帰還を果たした生徒達が勢ぞろいしている。その中で、香織以外見えないという様子のランデル殿下の態度を見ればどういう感情を持っているかは容易に想像つくだろう。
実は、召喚された翌日から、ランデル殿下は香織に猛アプローチを掛けていた。と言っても、彼は十歳。香織から見れば小さい子に懐かれている程度の認識であり、その思いが実る気配は微塵もない。ハジメがいるのに他を選ぶなんてありえないと考えてもいる。
「ランデル殿下。お久しぶりです」
パタパタ振られる尻尾を幻視しながら微笑む香織。そんな香織の笑みに一瞬で顔を真っ赤にするランデル殿下は、それでも精一杯男らしい表情を作って香織にアプローチをかける。
「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」
ランデル殿下は悔しそうに唇を噛む。香織としてはハジメを助けたいのだから守られるだけなんて耐えられないのだが…。
「お気づかい下さりありがとうございます。ですが、私なら大丈夫ですよ? 自分で望んでやっていることですから」
「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」
「安全な仕事ですか?」
ランデル殿下の言葉に首を傾げる香織。ランデル殿下の顔は更に赤みを増す。となりで面白そうに成り行きを見ている雫は察しがついて、少年の健気なアプローチに思わず苦笑いする。
「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ? その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」
「侍女ですか? いえ、すみません。私は治癒師ですから……」
「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだ「いい加減にしなさい、ランデル」あ、姉上!?」
ランデル殿下のアプローチで少し困り気だった香織を助けるように王女リリアーナが首の根っこを掴んで香織から引き離す。
「みなさんお疲れなのですからこんなところに引き止めないでください…少しは他の方にも気を配りなさい!それに貴方はまだ勉強が残っているでしょう!先生が怒ってらっしゃっていましたよ……」
「ひ、はい!今すぐ戻ります!」
姉への恐怖心からか、または先生への恐怖心からか香織に手を振ってから急いで駆けていくランデル。
「香織、弟が失礼しました。代わってお詫び致しますわ」
リリアーナはそう言って頭を下げた。美しいストレートの金髪がさらりと流れる。
「ううん、気にしてないよ、リリィ。ランデル殿下は気を使ってくれただけだよ」
香織の言葉に苦笑いするリリアーナ。姉として弟の恋心を知っているが、それが叶わないことがよくわかっている。
リリアーナ姫は、現在十四歳の才媛だ。その容姿も非常に優れていて、国民にも大変人気のある金髪碧眼の美少女である。性格は真面目で温和、しかし、硬すぎるということもない。TPOをわきまえつつも使用人達とも気さくに接する人当たりの良さを持っている。
光輝達召喚された者にも、王女としての立場だけでなく一個人としても心を砕いてくれている。彼等を関係ない自分達の世界の問題に巻き込んでしまったと罪悪感もあるようだ。
そんな訳で、率先して生徒達と関わるリリアーナと彼等が親しくなるのに時間はかからなかった。特に同年代の香織や雫達との関係は非常に良好で、今では愛称と呼び捨て、タメ口で言葉を交わす仲である。
「改めて、お帰りなさいませ、皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」
リリアーナはそう言うと、ふわりと微笑んだ。香織や雫といった美少女が身近にいるクラスメイト達だが、その笑顔を見てこぞって頬を染めた。リリアーナの美しさには二人にない洗練された王族としての気品や優雅さというものがあり、多少の美少女耐性で太刀打ちできるものではなかった。
現に、永山組や小悪党組の男子は顔を真っ赤にしてボーと心を奪われているし、女子メンバーですら頬をうっすら染めている。お姫様オーラに負けないで昔からの親友のように接することができる香織達の方がおかしいのだ。
「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」
さらりとキザなセリフを爽やかな笑顔で言ってしまう光輝。繰り返し言うが、光輝に下心は一切ない。生きて戻り再び友人に会えて嬉しい、本当にそれだけなのだ。単に自分の容姿や言動の及ぼす効果に病的なレベルで鈍感なだけで。
「えっ、そ、そうですか? え、えっと」
王女である以上、国の貴族や各都市、帝国の使者等からお世辞混じりの褒め言葉をもらうのは慣れている。なので、彼の笑顔の仮面の下に隠れた下心を見抜く目も自然と鍛えられている。それ故、光輝が一切下心なく素で言っているのがわかってしまう。そういう経験は家族以外ではほとんどないので、つい頬が赤くなってしまうリリアーナ。どう返すべきかオロオロとしてしまう。こういうギャップも人気の一つだったりする。
光輝は相変わらず、ニコニコと笑っており自分の言動が及ぼした影響に気がついていない。それに、深々と溜息を吐くのはやはり雫だった。苦労性が板についてきている。本人は断固として認めないだろうが。
「えっと、とにかくお疲れ様でした。お食事の準備も、清めの準備もできておりますから、ゆっくりお寛ぎくださいませ。帝国からの使者様が来られるには未だ数日は掛かりますから、お気になさらず」
どうにか乱れた精神を立て直したリリアーナは、光輝達を促した。
光輝達が迷宮での疲れを癒しつつ、居残り組にベヒモスの討伐を伝え歓声が上がったり、これにより戦線復帰するメンバーが増えたり、愛子先生が一部で『豊穣の女神』と呼ばれ始めていることが話題になり彼女を身悶えさせたりと色々あったが光輝達はゆっくり迷宮攻略で疲弊した体を癒した。
香織はハジメのことを考えてソワソワしていたが。
「どうだ、初めての馬車は」
「新鮮な感じです、僕のいたところではこれは昔のものでしたから」
「ふん、お前の言っていたクルマとやらもいつか乗ってみたいものよ」
「錬成師に言えば再現…難しそうです」
「まぁいい、王城に着いたらやってもらうことがあるからな、帝国の勇者よ」
帝国の勇者はオリキャラです!職業名は勇者に変わりありません!