「えっと、し、皓咲さん?この方は……?」
「…………」
騒乱する部屋で狐花だけは、沈黙を保っていた。驚いている訳では無い、ただ目の前の存在と相対するに相応しい態度を整えているだけであった。そして、口を開いた。
「御久しゅう御座います。伊弉諾尊様」
「うむ。息災で何よりだ、三鈴。暫く見ない間に……さほど変わっておらんな?」
「んにーっ‼︎ うっさい‼︎」
狐花は怒りながら腕を振り上げるが伊弉諾尊は高らかに笑いながら流している。五七やその存在を知る者からすれば末恐ろしくて見ていられない光景であった。五七と言う管狐からすれば天上通り越して最早、伝説級の存在。とても同じ空間に居られる様な状況では無かった。
『え、えーとやな。このお方は伊弉諾尊様と言って……日本神話での国産みの神や。日本神話やと普遍的にゃ天照大神様が主神になんやけど……その父神やねん』
「え、そ、そんな方が……⁉︎」
五七が呆気に取られているアーシアに耳打ちして教える。聖書陣営は一神教故に神と呼ぶ存在は一柱のみ、日本神話は八百万と言って尋常では無い程の神々が存在する多神教。その頂点の更に上の神格の神。日本神話に詳しくないアーシアでも五七の怯えっぷりから、大凡の事情を察した。
「……して、何故?此方に?」
「うむ。悪魔や堕天使共が、子供達の社を穢したと聞いてな。諸国を行脚して建て直して回っていたのだ」
悪魔『グレモリー』を始めとした悪魔や堕天使勢力が扶桑の国の各地を勝手に『領地』と認識して乗っ取り地脈を改竄したが故にその地の霊脈が乱れるわ、穢れるわでその地に宿る神気が狂ってしまい荒神化してしまっている。悪魔に取って聖なる気や浄化作用のパワースポットは天敵中の天敵故に、相容れぬモノ。故に遠巻きに汚染させ神気を削り落として立ち入れる様に改造を施す傾向があった。
「だが、建て直しても一時凌ぎにしかならぬ。根本を叩かぬ限りは無意味よ。其処で調べた結果、この地に原因となる龍穴があると見た。其処を何とかすれば、穢れた地の瘴気は流出するであろう」
『あ、あー……確かにこの土地に発生した歪な龍穴。それが原因なんやな……変に渦巻いて嫌な気が滞留しとるわ……』
「うむ。が、己が到着する時には支点となるその場所が綺麗に消滅していたぞ。元々は教会と言う建物があった場所らしいがな。お陰で、滞留し膨らみ破裂寸前であった瘴気が流出し続けている。何は霧散しこの星の浄化力で浄化されるであろう」
「「……」」
その言葉を聞いて五七は冷汗を流した。狐花の加減を間違えてその廃教会を融解させて消滅させたからである。どうやら、その廃教会が気の流れを塞ぐ蓋をしていた様である。
「して、そのついでとは何であるが、三鈴がこの地に来ていると聞いてな。様子を見に来たのだ。来たは良いが、屋敷と言うには狭過ぎやしないか?」
『いや、伊弉諾尊様……コレはその、単純に……』
「よし、造ろう。何、明日には出来上がっているから今日の内に遷る用意をしておくが良い」
勝手に決められた。こうなると伊弉諾尊様は止まる事は無い。と言うか止められる存在は居ないと言って良い。
『止めても無駄やと分かって言いやすが、加減して下さいよ……』
「何、人の子らには迷惑にならん程度にしておこう」
五七からすれば不安でしか無い。この神様、加減と言う言葉を知らないのだから。と言うか狐花が加減を知らない理由は間違いなく日本神話の偏り過ぎた教育の賜物なのだろう。
「そして、其方の童は己は知らぬな。誰だ?」
『えーと、それは……』
五七がアーシアの現状を説明した。いきなりの直談判になるが、こうなっては仕方がない。説明する他に選択肢は五七には無かったが故に。
「ふむ。大方の事情は理解した。構わん、日本神話がその童を預かろう」
五七からすればどうなるか戦々恐々としていたが伊弉諾尊様は軽く応じる事を決めたのだ。主神の主神が決めた事は絶対であった。この瞬間からアーシアは日本神話陣営の預かりの身となった。
「それから、荒神化した我が子らも心配するな。大方、伊奘冉が荒神化した我が子らを高天原諸共、一撃で粉砕して正気に戻している事だろう。三鈴の家を造り終われば己は高天原を造り直すとしよう。何、規模が規模だが数日で終わる」
『あ、相変わらずの規格外っぷりですね……』
「まぁ、大方……その後の八百万荒神化反省会議をやった後に伊奘冉が高天原をもう一度、破壊するだろうから、実質的に四日後だな」
『……無限ループじゃないすか。と言うかあの面子で会議なんて催しは無謀過ぎですよ……』
「その後は東京たわーなるモノを破壊し、稲荷大社を粉砕して、トドメに国会議事堂なるモノを禿げさせるだろうな。直しておくが」
『ソレ、確実に伊弉冉尊様も荒神化してません?』
世界一つを数日で直すと断言出来る伊弉諾尊様の言葉に五七は呆れる。本当に加減と言う言葉を知らないのである。相方の伊弉冉尊様も同様であった。何故なら、飽き性な上に破壊が趣味と言う迷惑極まりない性格をしているからである(顕界の自然災害の9割が伊弉冉尊様が原因)。その為、その都度、伊弉諾尊様が直しているのであった。創造神と破壊神の組み合わせは凶悪過ぎた。
「では、童よ。明日の明朝には出立だ。良いな?」
「は、はい‼︎ よ、宜しくお願いします‼︎」
「はっはっは‼︎ そう固くなるで無い」
『無理だと思いますよ。普通に考えて……アーシアの嬢ちゃん……強く生きてくれや』
「三鈴よ。もう暫し談話を続けたかったが、運悪く立て込んでおってな。直ぐに取り掛かりたいのでな……また今度に至そう。では、達者でな」
そう言い残し伊弉諾尊様はアーシアを連れて狐花の前から去って行った。一先ず、アーシアの処遇に関しては決着が着いたと言える。
『ふぇ……よもや、お上の最上位神格が唐突に顕現なさるとは思わんかったで……‼︎』
「気付かなかった……余程、この地の気の流れが澱み渦巻いているのだと思う……」
『やろな。酷過ぎて察するのも結構、苦労したしなぁ……逆を言えば悪魔共も気づかない可能性あるんやけど、そう美味い話は無いやろな……』
「…………今日はもう寝る」
『寝るはええが、布団敷け、布団。あー、明日は雨降るやも知れんな』
「…………雨、嫌い」