「…………」
——完全に酔っているな。回収は不可能と判断出来る。
崩落が進行する『偽りの駒王町』。溶岩自体も上空へと落下して行く様を未だに残される建物の屋根の上からウィキッドは見ている。その視線の先は学園跡地で巨大な人面龍と戦闘を続けているコカビエル。本来の目的はコカビエルを回収する事であったのだが、もはや聞く耳を持って居ない事は容易に想像出来る光景だった。
「それ以前に、これ以上の滞在は危険か。残念だが見捨てる形を取ろう」
仮にこの空間が崩壊してもコカビエルならば平然と生き延びて居そうである。と言うか確実に生き延びている事は予想できる。それ位の存在だ、あのコカビエルと言う存在は。
——骨折り損の草臥儲け。利益と言えばあのイかれた『Dr.』を目撃した事、位か。全く以って嬉しく無い利益だった……。
「……正面から相手する訳には行かない。確実に対策の4つや5つ、用意して然るべきだろうな」
——人海戦術だと逆手に取られる可能性が高いし、自分から相手してくれる奴でも無い……。
唯一の救いは目的以外の蛇足行為には興味が薄いと言う事。逆を言えば執拗とも言える。
「……ん?」
踵を返した矢先、溶岩の上に先程にちょっかいを掛けた元転生悪魔の祐斗を見かける。彼の周囲は冷え固まった溶岩が広がっている。その手には凍り付いた刃を持つ魔剣が握られている事から溶岩を急速に冷却し固まらせて足場を作って移動していた様だ。
「感嘆。考えるね……彼」
——……
ウィキッドは口の端を歪め建物の上から飛び降りて祐斗の眼前に姿を現した。
「……君は……」
「推測。人の身で溶岩が敷きる界は辛かろう」
眼前に立つ祐斗は息が上がっている様子を見てとれた。悪魔の恩恵である身体能力は喪われ人相応の力しか残されていない。故に人の身で溶岩の側に置くなど自殺行為に等しい。沸え滾る赤熱の大気が容赦なく肌や粘膜を灼き焦がす。
「……それでも、行く先々がこの身を焼き尽くす地獄であっても僕は止まる訳には行かないんだ」
「止めはしない。汝の復讐は汝のモノ。何人たりとも邪魔はする理由は無い」
「だったら……」
「だが、この空間に汝の復讐相手である聖剣は存在しない」
「……何だって⁉︎」
——
「如何やらこの空間から外へと持ち出された様だ。行方は知らぬ」
「……遅かったと言う事か……。君の目的は終わったのか?」
祐斗の言葉にウィキッドは後方に目線を向ける。その先に堕天使の姿とドラゴンが争っている光景が映った。如何にも見覚えのある顔が見えた気がするが気の所為だと思いたい。
「放置する。あの状態の奴は聞く耳を持つまい。それにこの空間はもう直ぐ崩壊する。つまり、時間切れと言う事だ」
「崩壊、つまり、留まれば?」
「身の保証は出来ない。何処かの世界に飛ばされるか永遠に次元の狭間に彷徨うか……陸な末路は迎えまい」
「……来て早々に退散する他無い、か。いや、聖剣エクスカリバーがこの地に無いと言う事は此処に要件は無いな。速やかに脱出した方が良さそうだ」
祐斗も踵を返してこの空間に入って来た亀裂のある方角へと転進し急行した。ウィキッドも頭上にピンク色に仄かに光る
コカビエルが引き起こした今回の『聖剣事件』は各勢力に波紋を広げる結果と相成った。堕天使、悪魔、天使。各々の勢力が関与した為に、影響は多かれ少なれ発生した……。
その為、『劫魃』の傷跡が色濃く残る冥界と雖もこの件には楽観視は出来ずトップ同士が雁首を揃えて会談を行う話が盛り上がるのは少し後の話であった。
「んにーっ」
「到着しましたわね。今回の一件はコレにて終了ですわ」
「んに」
駒王町全体を襲った大火。その影響も収束の一途を辿り1時間もしない内に全て消し止められるであろう。その状況下で抜き身の剣を持った小娘が出歩くと悪目立ちをしかねない。要件が終わり次第、早々に退散するのが吉だろう。
チビ化した狐花を連れエリザベスは皓咲屋敷の前に到着し狐花はエリザベスの肩から地面へと飛び降りた。
「私の方も直に迎えが来ます。今回の件、中々興味深い出来事でしたわ。いつの日か、英国にいらしたら紅茶を馳走しますわね」
「んにー」
チビ狐花は理解しているのか分からないがそう反応を返した。エリザベスはその様子を見て踵を返して狐花に背を向けて深夜の街へと歩き出して行った。屋敷の所で合流すると言ったが如何やら彼女の意訳はまた違うのかも知れない。
『はぁ〜……何つーか、短い様で長い1日やった気もすんな』
「ん」
得られたか喪ったか……今回の一件で喪ったモノもある。アイラ達の事だ。今回の件で狐花も事前に『死ぬ可能性』もあると忠告はした、その結果、死んだ。本人達の選択、故に悲しみも憎しみも生まれない。本人達が望んで赴き、命を全うした。その事実を否定する事は本人達を否定する事にも繋がる。
『……タダでさえデカい屋敷が余計、広うなるな』
チビ狐花の襟首を掴んで持ち上げる五七。門を飛び越えて屋敷の庭園内へと降りる。無事に帰還出来たのは狐花と五七だけ、他は死亡して帰らぬ人となった。
「しかたないこと。しなないせんそうはない。ぎせいやだいしょうなくしてなにもえられない。それができるものはとてもかぎられる。わたしにはそれができない、それだけだった」
その事実をチビ狐花は否定しなかった。仕方ないと割り切れる人間は中には居るだろうが、狐花は夥しい程の死を見て来たが故に感慨も生まれなかった。
石段と言った自身の身長よりも高い段差のある場所を五七に持ち上げて貰って屋敷の玄関を抜けて無事、帰宅。
『おや、お嬢。お帰りになりましたか……おや? お1人、だけですかな?』
出迎えてくれたのは八咫烏の恐介。チビ化した狐花の姿を見ても特に気にしなかったが彼女だけだと言う事実を前に首を傾げた。
『……他は皆、死んだわ』
『左様でありますか』
五七の短い言葉に簡潔に応じた。死者は還らない。例え狐花の仲間だとしても地獄の夜摩天様は黄泉還りを決して認めはしないだろう。そう言う規則であるが故に。
『後日、供養致します故に。お嬢、其方の件は此方に任せ……実は外出中に客人がお見えになって居ります。現在は天照大御神様が御対応為されて居ますが家主はお嬢です故に』
死亡した者達は皆、家族と呼べる者は居ないが供養は然るべき事として恐介が対応すると引き受けた。そして感傷に浸る暇も無く次の要件が舞い込んでくる(最も狐花にそんな気があるかは疑問だが)。
『客ゥ? 今度は何処のアホや?』
「んー?」
『裏幕府の長門殿です。以前、美術展でお会いしたでしょう? 事の進展があったらしく尚且つ、対談を求められています』
客人と言うのは壊滅した裏幕府の将軍であった長門との事。天照大御神様でも良いのだがこの皓咲屋敷では家主は狐花。彼女に直談判を求めている様だ。
『ほぇ〜。タイミングなんて相手方知らんもんなぁ……天照大御神様は、あー……駄女神やからしゃあないか』
「んにー」
『はい。現在、皓咲城の謁見の間にて天照大御神様と対談為されています』
『ほな、俺様が連れてくわな。……遺品は、何も残っとらんが、供養は常の如くな』
『ふん、イヌッコロに言われるまでも無い』
チビ狐花はその求めに応じ五七に摘まれる形でその謁見の間に向かうのであった。