禁忌、戒律、欲望。その何かが欠けた生物を人間とは呼ばない。呼べない。人間は須くその何かを内面に浮かべて動く生き物だから……。
ソーナ・シトリーの悪魔としての生命活動は困難の極みに達しようとしていた。僅か数ヶ月で自身が集めた眷属達は今や、匙 元士郎を除いて軒並み落命した。日本神話の神に葬られ、狐花に屠られ、討ち取られ……儚く散った。そして、もう1人の生き残っていた眷属悪魔コカビエル襲来時には突如発生した溶岩の海に飲み込まれて跡形も無く燃え尽き、骨すら残らなかった。
学園全体に展開していた結界もたった2人で維持する事は叶わず、早々に撤退を余儀なくされた。そして数時間後にて知った事ではあったのだが、自分達は知らぬ間に駒王町と全く同じ造形の町に居たと言う事実。本物の駒王町では大火災が起きていたと言う理解の追いつかない状況となっていた。
「……会長」
「ええ、分かっています。現在の状況は、とても宜しく無いと言う事も……」
そして現在、ソーナは冥界のシトリー領へと戻って来ていた。『劫魃』の影響によりシトリー領も甚大な被害が出た。悉くが焼き払われ灼けた大地が広がっている。日数が経過している為、領内の街の復興は進んでは居るのだが問題は山積みの状態。何と言っても転生悪魔も多数、焼死した為に復興の為の人手が全く足りていないのが現状だった。それに深刻な食糧不足も解決の目処は立たず、とても楽観視出来る様な状態では無かった。
そして、トドメにソーナの父であるシトリー家当主が『眠り病』と言う悪魔特有の病に罹患しその症状の兆候が現れ始めて居ると言う状況が追い討ちを掛けていた。シトリー領の復興の全般の指揮を取っている為に動けなくなると、一気に頓挫してしまう。かと言ってソーナは次期当主とは言え、眷属もたった1匹のみと言う状態からとても任せ切れる様な状態では無かった。
かと言い『眠り病』の明確な治療法は確立されて居らず、自然に目覚めるのを待つ以外の手立てが無いのが現状……何時、目覚めるか分からない不透明さが領土内で不安を駆り立てる。
「今回の一件でリアス達も損害を被った……何処もガタガタですね……」
リアス達も一旦、冥界に戻って来ていた。だが、コカビエルとの一件でリアス達も痛い被害を受けてしまった。『女王』を喪い、『騎士』も行方不明のままとなったそうである。リアスにとっても自身の誇る巨大な戦力の喪失を目の当たりにして精神の疲弊を受けたであろう事は容易に想像出来る。
「……シトリー家の影武者からは校外合宿の件が来ています」
「校外合宿。急遽決まった行事ですね。まだ1ヶ月の猶予があった筈では……?」
冥界での用事も大切だが、一応は人間界の駒王学園の生徒でもある。諸事情で登校出来ない時は影武者を向かわせて代替させている。その都度、必要な情報は本人達に通達させる様にしていた。
「何でも学園の理事長が変わっただの、校舎が全焼して再建中だの……その為、ある意味時間稼ぎで前倒しで行うみたいです」
「……校舎が全焼……。それに理事長が変わった……匙、どうやら日本神話側にバレたのかも知れませんね」
元々、駒王学園は悪魔陣営が関与している学園。理事長などトップが悪魔であったからこそ、リアスの融通が効いていた。旧校舎も全焼し本校舎も全焼、再建中……考えれば考える程、裏では日本神話が噛んでいる可能性がある……だが、表向きに指摘しても確実に反撃を喰らう。
「着実に人間界で此方の動きを締め上げて来ている……コレからは動き難くなるでしょう」
嫌なら帰れ。暗にそう通告している様にも思える。既に自分達の人相は日本神話に発覚しているが影武者諸共、未だに消されて居ない事から表向きには抹殺しには来ていない様だ。表向きは……。
「会長、どうしますか?」
「何方の問題も無視は出来ません。合宿も勿論、参加しますよ。ただ、まだ其方は時間の猶予があります。今は領土の問題に注視します」
ソーナは合宿当日まで僅かであるが日数の猶予がある為、今は領内……自身の父に関する内容の問題に直面するべきだ。
「……でも、聞いた話だと『眠り病』は」
「はい。悪魔の医療界でも治療法は確立されて居らず、目覚めの兆しも遠く……フェニックスの涙は外傷を癒しますが病には効果は薄い……ですが、全く異なる視点を持つ方が居られます」
「え?」
冀望は存在していた。雫の様な程に小さいモノではあるが、確かに存在していた。
「レーキュと言う方が、冥界に滞在しています。リアスは会った事があるそうです……皓咲さんと瓜二つの容姿をしていると、彼女ならば何か打開策を立てる事が出来るかも知れません」
レーキュ。狐花と全く同じ容姿を有し研究者と言う肩書きを持つ異世界からの異邦者。しかし、気難しい性格らしくそう簡単に応対はしてくれないとも聞いて居る。魔王相手に『無能』だの正面からボロクソな評価を叩き付ける不遜な対応をすると言う、一悪魔からすれば畏れ多い真似を平然と行なっている。
「しかし、私達が頭を下げる程度では動かないとも聞いています」
魔王の頼みでも平然と跳ね除ける。姉が言うには『今の悪魔よりも悪魔らしい性格。いいえ、幼女の皮を被った悪魔ね』と言う評価を贈っている。
——私が皓咲さんに感じた評価が、一致するとは……似ている方は内面も似るのでしょうか。
「故に手土産の1つ位は持っていくべきですね。匙、速やかに用意して向かいますよ」
「は、はいッ‼︎」
善は急がねば掌から儚く零れ落ちて逝くモノ。遅れるな、恐れるな、慄いたモノから痛みに誤魔化せようと躍起になるのだから。
レーキュが滞在する地域。其処は魔王サーゼクスが彼の為に用意した地域。其処には淋しく西洋風の街並みがデフォルトの冥界には場違いな現代かつ近代的な建物が建って居た。ただ、その造形は低めの塔の様な光景と化していた。
「……此処にそのレーキュって奴が居るんですね?」
「匙。態度には充分、気を付けなさい。皓咲さんと、全く同じ容姿との事ですから」
「う、善処します……‼︎」
元士郎は狐花に対してトラウマを持っていた。何せ生きたまま、鋸で腹を割かれ内臓を抉り出され腕を挽き斬られたのだ。容姿が同じならば彷彿させる事もあるだろう。
「……コレは、インターフォンですね。現代的な建物ですからね」
入口の近くにある装置を押してソーナは声を届ける。
「初めまして。私はソーナ・シトリーです。レーキュさんで間違い無いでしょうか?」
反応は無い。居ないのならば何処に行ってしまったか分からない。広い冥界を探し回るのも面倒だろう。
『何? 無能じゃなければ誰?』
辿々しく聞き取り辛い口調だと聞いていたが、今聞こえた声はハッキリと理解できる口調だった。ただ、声質は狐花と同等であった。
「貴方とはお初目になりますね。ソーナ・シトリーと申します。この度は頼みがあり参りました」
繕う理由は無し。下手に隠して誤解を招く。その為、ソーナは訪問理由を伝えた。
『何?』
短いがその言葉には棘があった。
「『眠り病』に落ちた父を助けたいのです。しかし冥界の医療技術では如何にもならないのです。貴方ならば何か分かるのでは、と」
『…………お前らは、本当に人間みたいな事を言う。悪魔の癖に家族? 可笑しな事を言う』
「貴方が知る悪魔の像と乖離しているのかも知れませんが、この世界の悪魔は
『……ふぅん。クライネ・レヴィン症候群の事?(*1)』
「……‼︎ 知っているのですか⁉︎」
レーキュは徐にそう呟いた。その反応から何かしら異なる事象として知っているとソーナは反応した。知っている概念……つまり、治療法に関係する事も知っているのだと……そう思ったのだ。