「「「…………」」」
黒スライムが巣食っていた建物の屋上に存在している研究所。その内部へと到達したソーナ一行。下の建物もレーキュが建てたと思われる為にこの研究所自体も不穏な気がしてならない。
「見た目は普通の建物ですね……?」
「匙。油断はしない事です。先の黒いスライム見たいなモノが跋扈していないとは限りません」
幸いにもあの増殖し続ける黒スライムは此処までは来ない様だ。あの建物内がテリトリーらしく外には出る気配が無さそうである。だが、此方の建物にも同様のモノが居ないとは断言出来ない。
「……ソーナの言う通りだ。元は我々の常識と隔絶された側の住人……本来ならば出会う筈も無い。努努、侮らない事だ。本人を前にしても油断はするな」
「り、了解です……」
予測可能、回避不可能。そんな状況が予想される中では例え屋内であっても一切の油断は許されない。伏魔殿とは良く言ったモノである。
「……1人で住んでいるのか? 他には誰も居ないのか?」
サイラオーグは冷遇された環境に晒されはしているがそれでも有力な眷属に恵まれているし実力で力を示して来た。その為、屋敷には複数人の者達が住んでいる。それに引き換え、此処は冷たく殺風景な建物だと言わざるを得ない。
「お姉様が言うには1人で現れたそうですし、補佐する者を宛てがったのですが、要らないと即答されたそうです」
——邪魔するな、と言う雰囲気だったとも聞きます。
「……そうなのか」
サイラオーグは今更だが、眷属を連れずに来て良かったと考えた。今回の件は完全に私事であり巻き込みたく無いと考えた。それに相手は1人なのに大人数で詰めかければ拒絶されかねない。
「……全部、1人でやるなんて……凄いと言うか孤独と言うか」
『悪意の中で生きた者は誰でも疑うモノだ』
「「「‼︎」」」
その時、所内放送の如くレーキュの声が廊下内に響いた。好き放題言われた事に関して癪に障った様である。声の中身から怒気が含まれている様にも思えた。
「匙……‼︎」
「す、すいません……」
ソーナはすかさず元士郎に叱責の声を飛ばした。相手を怒らせて一利も得られない。此処で反故にされては全ての労力が水泡に消える。兵士である元士郎が相手の観念に口を挟む事は許されないのだ。
「……余りウロウロされてはお前も気分が悪かろう。我々も直行したいから誘導を願いたい」
研究所内でレーキュを探して回る行為は避けたい。研究所と言う事は形容し難い内容も存在している可能性もあるし、本人も他人にウロチョロされては気分が悪くなると踏んだサイラオーグは速やかにレーキュの元に辿り着ける様、本人に道筋を尋ねた。
『ふん……』
扉が開閉する音が響き渡った。開いた扉の場所を通れば辿り着ける様である。閉まっている扉はオートロック式で開かない様になっている。外から見る限り然程、広い様には見えないが、直進なのは有り難い。
彼のその行動にサイラオーグは特に反応せずその道なりに奥へと進み、突き当たりの部屋に到達。
「……お前が、レーキュか……‼︎ 随分と良い趣味をしているな……」
レーキュが坐す部屋。その風貌を前に流石のサイラオーグも眉を顰めた。その部屋は如何にも研究室だと分かる部屋であった。薬品棚や、試験管と言ったモノがあるのは分かるが、目を引くのは壁際に置かれた培養槽。その溶液に満たされ浮いているのは肺や、心臓、大脳と言った内臓器官であった。
そして、肝心のレーキュ本人は壁際の机に向かって座り、試験管の中身を揺すったりシャーレに試験管の中身を垂らしたりして何かしらの研究を続行していた。
「……冷やかしなら帰れ、筋肉達磨。脳筋馬鹿は、赤ずきんやハーメルン、後……熱血野郎で充分間に合っている。これ以上、増やすな。鬱陶しい」
サイラオーグの声に反応してレーキュは座っている丸椅子を回し此方に向き直った。穢れが全く無い白銀の長髪。碧玉の如く蒼い双眸。黒い天蓋花の髪飾り、成程……多少の差異はあれど皓咲 狐花と瓜二つの容姿とも言える。
——色の配色が正反対ですね。成程、見間違えるのも無理はありません。しかし、口調が片言だったと聞きますが、随分と流暢な口調になりましたね……何があったのでしょうか? いえ、その点は今は後回しです。
身に纏う白衣は反比例的に血塗れであった。多量の返り血を浴び穢れている。洗わないのか洗う気が無いのかは分からないが本人は気にしていないので指摘するのは野暮か。
——不安なのは匙ですね。皓咲さんに手酷くやられたそうですし、姿形が非常に良く似ている彼女を前に正気を保てるかどうか、連れて来ないべきでしたか……。
「……それは失礼した。冷やかしたつもりは無い」
「で、何? くだらない内容なら帰れ。ジェイルのプロトコル階層構造の実験、研究で忙しいから、さっさと言え」
氷か能面の様な無表情のまま、レーキュは要件を聞いた。本人としては現在進行形で研究に没頭しておりソーナとサイラオーグはレーキュの作業中に思いっきり邪魔しに来たのと同意の行動をとってしまっている。
レーキュとしては招く気ゼロの客人に対してはナイトメアで事足りると思っては居たが、予想外に突破して辿り着いた。故に、要件だけ聞いて退場させた方が良いと判断した為に入室を許可したのだ。
「……では手短に——」
先ず始めにソーナが事情を説明しその次にサイラオーグが訪れた理由を説明した。その内容にレーキュは相槌を打たずに聞いた。話は聞く、と言った故に其処の点は守ったのだ。
「そうか。結論として、対価を払えるなら……対応してやる。それが悪魔の契約だろう? ならば相応の対価を用意して然るべき、違うか?」
「……え、ええ。そうですね。悪魔の契約はそう言うモノですからね……」
ソーナは人間界で悪魔が欲に塗れた人間から契約を取り付ける事で資金を確保すると言う現実は承知の事実。その逆も然りと言えた。
「……そもそも、私は医者では無いのだが、まぁ良い」
「……対価、か。何を求めるつもりなんだ?」
サイラオーグは壁際に置かれた培養槽をチラリと見ながら内心は冷や汗を流しながら尋ねる。ある意味、嫌な予感がしたからだ。
「バアルの願いの対価は其処のシトリーの
レーキュの提示した『対価』。それは、余りにも非道とも呼べる内容であった。