その頃、狐花はと言うと屋敷内にあるとある一室に来ていた。其処は広めな部屋であり周囲には砂利が敷かれており祭壇の様な物が奥に設けられている。その部屋の中央、普段着である巫女服に着替えた狐花が瞑目して座っていた。
『連絡したから、そろそろ来んで?』
側には五七。その言葉の直後、祭壇の中央に緋焔の渦が巻き起こり熱せられた赤熱化した一振りの『剣』が姿を現す。日本刀と言うよりも神代の頃に使われた古式の両刃剣であり、柄の所に厳つい顔が彫られていた。
「グワッハッハッハ‼︎‼︎ 三鈴よ、待ち侘びておったぞ‼︎」
柄の部分の顔が目開き、口が開かれて豪快な笑い声と共に笑い飛ばされた。
「はい。経津主神様。この地の瘴気は祓われ天降る地の地盤が整いました」
狐花は瞑目したまま、厳かな口調で日本神話が一柱、経津主神様にそう告げる。三大勢力の影響が日本に及んでいるのに日本神話が今まで、何の行動に移らなかったのは。地上に蔓延した悪魔による穢れが滞留していたからである。日本神話は穢れの存在を忌避する……故にしたくとも出来なかったが、狐花の行動により穢れの穴が出来たのである。
「むぅ、少しは砕けても構わんのにのぅ。まだ、硬いままか。素直じゃ無いのう……」
経津主神様としては狐花の口調に不満は覚える。距離があると感じているのである。もう少し友人感覚で居てくれた方が良いとも考えているのだが頑なに変えようともしない。
「まぁ、何れはの。して、聞いたぞ?輩が出来たそうじゃの」
「……ん」
「グワッハッハッハ‼︎‼︎ よしよし、三鈴は儂以外に友と呼べる輩は居らんかったからの。一歩、前進であるな、ガハハ‼︎」
経津主神は豪快に笑う。本来、狐花に此処に行けと告げたのは他ならぬ経津主神。色々と運が絡んでは居たが、ひとまず上手く事が運んだ事に喜びを感じていた。
「よしよし、おーい。狐よ」
『何ですかい?経津主神の旦那』
「夜摩天から聞いた件。今の三鈴ならば出来るやも知れんぞ?昔の三鈴ならば、到底無理だったがの‼︎」
『ツー事はアレですかい?『転生悪魔』の『悪魔の駒』をどうにか出来るって言いたいんですかい?』
「うむ。流石に『出来る!』と断言は出来ぬが、モノは試しと言うでは無いか‼︎ それにホレ、三鈴しか適任者は居らぬであろう?」
『いや、そりゃあそんなんスけど……狐花って剣の腕、からっきしのヘッポコやないスか』
「うむ……霊力、霊術の扱いは天稟だが、剣術はからきしだがの‼︎ グワッハッハッハ‼︎」
「んにーっ‼︎ うっさい‼︎」
霊力による霊術(大災害仕込み)、銃の扱いは宜しいのだが、剣術はからっきしと言う遠距離特化。その事を指摘されて狐花は何時も通りの不満を見せた。
『どうどう……‼︎ まぁ、細かい操作が出来るのも狐花しか居らんし、しゃあないっちゃあしゃあないわな』
五七が呆れながらも宥めた後、この祭壇の間に新たな人影が現れる。夜摩天と静香の2人であった。転生悪魔の件は最終裁定者は夜摩天に委ねられている。
「夜摩天よ。結局の所、どうなったのだ?」
「経津主神。コレが彼女、高来 静香の選択です……『転生悪魔』の呪縛を解き放つ……その力を一度、お貸し願えないでしょうか?」
静香は『人間に戻れるのならば戻りたい』、そう願った。日本神話は必ずしも願いを叶える存在とは言えない。だが、考える事が出来る。『転生悪魔』の被害者を救う……その一歩となる事を願っている。『運命』から外れし者達を救う……死せるべき死を与える事もまた救いとならん。
「グワッハッハッハ‼︎‼︎ そうこなくてはの‼︎ 儂も日本神話の一柱として、大和の子らを神々の代より見守り続けて来た‼︎ 儂も日本神話も、大和の子らが悪魔共に良い様にされているのは我慢ならんくての。伊弉諾は愚か、天逆毎も黙っては居らぬであろう……もし、本当に『転生悪魔』の問題を解決出来る糸口となるのならば是非も無い‼︎ 一昔ならばいざ知らず、今の三鈴ならばアレを教えても問題無かろう‼︎」
経津主神は狐花にアレを教えても問題無いだろうと言う。狐花は詠唱を伴い霊力を形作る。教えたのは他ならぬ経津主神であった。
「最も、『悪魔の駒』の解除に失敗すれば身体が真っ二つに割れて死んじまうかも知れないがな‼︎ グワッハッハッハ‼︎」
しかし、『悪魔の駒』の解除など誰もした事が無い。故に失敗する可能性もある……その場合、十中八九、死ぬだろう。まぁ、その場合は夜摩天が居るのでそのまま、死者の裁判が始まるだけであろう。
「私は構いません。ソレもまた神の意志……」
「ぬぅ、どうして最近の若子は皆々、淡白なのだろうな……」
『いや、この2人が可笑しいだけやと思いやすよ。旦那……言いたい事は分かるんスけど』
「うっさい、前置き要らないし、始めるよ」
「そう焦るでは無い、三鈴よ。では、一度しか見せぬからしかと覚えよ」
瞑目している狐花の脳裏に光景が入り込む。それは、以前の狐花では為し得ぬ物。だが、今ならば可能だと言われている。
狐花は瞑目していた目を開き後方へと向き直る。少し離れた場所には傷だらけの静香が佇んでいる。狐花は再び瞑目し口遊む。
「磐裂き、根裂き、咎を経津、破邪を讃えし霊華は遍く逢魔を祓いて解き放たん!赤手、赤腕、粗金を握りて。地に鎬、天に刃。刹那、雲耀、即ち孤剣なりや!」
狐花の両腕が赤手と成りて赫い焔の魂に包まれ虚空に火の粉が舞い、歪んだ空間から一振りの刃が引き摺り出される。反りが無い一振りの直刀の姿をした刀身。熱せられ赤熱化している。狐花の周囲には火の粉が舞い、焔に彩られた巫女さんの様に見える。炎は古来より、魔を祓う象徴と言う見向きもあった。
「おおう、以前ならば確実に失敗しておったのぅ‼︎ グワッハッハッハ‼︎‼︎」
「うっさい……‼︎」
刹那、狐花は本当に前置き無しで一足飛びで静香の胸元に飛び込む。赤熱化した直刀の刃は彼女の胸を刺し貫いた。そして、一拍間を置いた後、引き抜いた。 差し貫いた位置は俗に言う心臓付近、貫通すれば間違いなく即死は免れない。しかし……。
「あ、れ……?」
胸を貫かれ即死して然るべき静香は死んで居なかった。見やれば狐花の持つ赤熱化し続けている直刀の鋒には禍々しい邪気を放っている赫い色をした『僧侶の駒』が引っ掛かっていた。
「言った筈。人間の貴方は死なない。でも『転生悪魔』の貴方は殺す、と」
狐花はそう言い、直刀の鋒を床に突き刺し、その僧侶の『悪魔の駒』を粉砕して破壊した。
「おおう、成功した様だな。グワッハッハッハ‼︎ 最も三鈴は剣の腕はへっぽこじゃからのう。相手が棒立ちでなくては当たりゃせぇへんからのぅ」
事の様子を見守っていた経津主神様は豪快に笑いこの結果を見て満足した。狐花の霊力を収束させて形作られた霊刀は見事『悪魔の駒』のみを刺し貫いた。
「……高来さん。お気分は如何でしょうか?」
「はい。まだ、現実味がありませんが……心なしか身体が軽い気がします……‼︎」
背中に生えていた千切れ掛けの悪魔の羽も綺麗さっぱり消え去っていた。最も傷だらけの身体は変わらないままではあったが。
『細かい事は其方でやっとくれや。つまり、大成功って訳やな?『転生悪魔』を本来の種族に戻すと言う意味やと』
「一先ずは成功。と断言しましょう。最も、成功例は彼女が最初ですので……まだまだ油断は出来ない事情が残っています。彼女の今後の身の振り方も考えねばなりませんし」
夜摩天はその様な結論を示す。『転生悪魔』から無事に解放出来たと言えど、それで終わりでは無い。『転生悪魔』はその前の状況を放置せざるを得ない事情を抱えた者も少なからず存在している。無理矢理や不本意な形での悪魔化故に帰る場所が無いと言う理由が。
「グワッハッハッハ‼︎ その辺も含めて話し合おうではないか、夜摩天よ」
「ええ、色々な意味で問題は山積みですからね。寧ろ、漸く一歩前進したと言って良いでしょう。出来れば天照大神や伊弉諾尊、そして他化自在天、阿修羅王と言った面々を交えての会議をしたい所ではありますね」
「阿修羅王や伊弉諾尊は兎も角、他の面子は言った所で早々来やせんじゃろうて‼︎ グワッハッハッハ‼︎」
神々の語らいを尻目に狐花は疲れたと言った顔付きで祭壇の間を後にしたのであった。