『おぉい、起きい〜。朝やで〜。狐花〜、起きいや〜‼︎』
翌日、布団も使わず壁に凭れ座り眠る巫女服の少女、狐花と呼んだ五七は尻窄みな尾で彼女の頭を叩く。
「んにぃ〜……後、5正分〜」
『軽く10年超えるわ。永眠する気かワレぇ……』
二度寝を求める寝惚け声はお約束の『後5分』と言うモノであったが、狐花の場合はその単位が桁違いであった。もはや、永眠レベルであり、二度寝の範疇では無い。
『今日は初登校の日やろがッ‼︎ ああもう、起きて顔を洗え、顔ッ‼︎』
五七は狐花の髪を引っ張る形で持ち上げて洗面所まで引き摺る。対する狐花はまだ寝たいのかされるがままであった。洗面所まで連れて来た五七は栓をした後、蛇口を捻って水を出して水を貯める。充分溜まった所で未だに寝惚けている狐花の頭を洗面所に溜めた水中に沈めた。
『ほれ〜、はよ起きい〜。溺れんで〜』
数秒後に持ち上げて水面から離して持ち上げる。普通の人間ならば覚める事だろう。
「んにゅ〜……」
『……起きへんな』
水の中に顔を漬けたと言うのに起きる気配が無い。何と言う睡眠への意地だろうか。しかし、此処で引き退る五七では無かった。
『しゃあないな〜、水責めにすっか』
拷問する事にした。狐花の頭を再び水中の中に落とす。今度は暴れ出すまで放置する事にした。
「‼︎⁉︎」
水中に落として3分後、目が覚めたのか洗面台から転げ落ちる。ややコミカルな反応ではあるが漸くお目覚めの様である。
『はぁ、やっと起きたんかいな……』
「うー……もう少しマトモな起こし方が有っても良いんじゃ……」
『おまはんの寝起きが悪過ぎやからやろうが。ほな、とっとと着替えいや。間違っても白衣袴で行かなや。悪目立ちってのは面倒なんやからな』
「んー……」
頭を揺らしながら狐花はヨロヨロと寝惚け眼を擦りながら段ボール箱に入れっぱなしの状態の駒王学園の制服を取り出す。
『ほな、着替えたら……て、着方分かんか?』
「一応……」
『ほな、ええ』
だが、五七は後悔する事になる。狐花の天然っぷりは今に始まった事では無いが突拍子も無い行動に移る際の周りの反応に関して全く考慮していなかったと言う事を。
駒王学園の女子制服はブラウスの上に黒いケープを羽織ると言う特徴的な構造をしている。スカートの上にも燕尾状の布地が追加されており、私立校の中でも際立った特徴がある。
『白衣と袴以外の服装のおまはん、見んのは初めやけど、馬子にも衣装とは良く言ったもんやな』
「……違和感バリバリ……‼︎」
『そりゃ、着慣れてへんからやろ。それよりも……』
五七はある部分に視線を向ける。それは真っ平らな胸部の付近の場所……。
『見事な迄のぺたんこやなぁ……』
「うっさい……‼︎」
哀れ、狐花は貧乳であった。五七に言われてそっぽを向く様にして唇を尖らせた。小柄な体格で全く成長していない胸部……指摘されると気になる様である。
「……今日の夕餉は蟻にするから」
『心の底からすんませんでしたァァァァァァァァァァァァ‼︎‼︎』
アパートの中で(誰にも聞こえないが)五七の悲鳴染みた咆哮が轟いた。それはもう近所迷惑と言って差し支えない程の声量であった。それでも目の前の狐花以外、誰にも聞こえないが……。
『ってか、蟻って、あの蟻かいな⁉︎ アイアント⁉︎ シロアリ⁉︎ あんなモンまで食うんか⁉︎ おまはん⁉︎』
「ん、口の中で動かれると面倒だから、潰してから食べる。小腹が空いた時に重宝するよ」
『食い方を聞いてんじゃねぇよ⁉︎ つか、お菓子感覚で食うんじゃねぇわい‼︎ 何処の世界に蟻をオヤツ感覚で食う巫がおんねん‼︎』
幽体でなければ胃痛に苛まれていた事であろう。口を開けばトンデモ台詞が飛び出す。それは間違いなく人間同士ではまず交わさない会話であろう。『今日の晩ご飯は螽斯』『コッチは油蝉』と言う会話する光景なんて見たくも聞きたくも無い。
「此処に居るよ?」
『分ーとるわい‼︎ 学校でそんなトンデモ会話すんなよ⁉︎ 間違いなくドン引き確定やからなッ‼︎ そんなんで初登校初日でダダ滑り学校デビュー失敗な真似すんじゃねぇよ⁉︎ タダでさえおまはんは色んな意味でも目立つやからな‼︎』
「むー……美味しいのに」
『……本気で頼むからもっとマシなモン食えや。せやからチッコイし細いんやからな……お上も心配すんで? 飢饉やないってのによ』
「聖職者だから肉食はダメだもん。蛇肉は良いけど……」
『其処は分ーとるんやけど、せめて精進料理にしてくれ……ひもじ過ぎて見ていられんわ』
「雑草……?」
『ちゃうわい‼︎ なんでそうなんねん⁉︎ 野菜や野菜‼︎ 豆腐でもええわ‼︎ 一先ず、人間が食うモンを食え‼︎ 』
放っておけば街路樹に喰らい付く可能性が浮上して来る。流石にその光景を目撃される訳には行かない、天然な行動だとしてもその光景は余りにも異常過ぎる。
「野菜?豆腐……?」
『そっからかい⁉︎ よくよく考えりゃ、蛇か蟲しか食っとらんかったな、おまはん‼︎』
田舎から上京して来た田舎者であってもそんな言葉はまず出て来ないだろう。そう言う意味では並の田舎者よりも遥かに上回るレベルの世間知らずである。
『……あー、もうしゃないわ。学校帰りにスーパーなりに買いもんに行こか。金子はあんな? お上から貰うたやろ?』
「コレ? 不味かった」
『貨幣を食おうとすんな⁉︎ つか、1回食ったんかい⁉︎ 幾らなんでもそら無いやろ⁉︎』
五七は狐花のフリーダム過ぎる行動にツッコミが追いつかない。自給自足や修行の日々であった為に人間社会の常識などからっきし……を通り越して全くの無知であった。こうなって来ると識字率の方も若干怪しく思える(一応、手書きの地図に書いてあった文字は読め、ラテン語の書物も読めて引用した為に取り敢えずは大丈夫……だと思う)。
『し、心配以外の言葉が出えへん……‼︎ コレ、マジで俺様1人で何とかなるんか……‼︎ 応援呼んだ方がええかも知れへん……いや、呼び過ぎたら呼び過ぎたで陸な連中は居らんし……‼︎ そもそも、悪魔共に勘付かれるやも知れへんし……‼︎』
五七は半ば発狂し掛けていた。人間社会の煩わしさは狐花の行動とは噛み合わないと言う事を……一応、この国の人間社会は表向きは平和である。狐花の思想は『戦乱』『混沌』を前提とした思考回路である為に噛み合わないのは分かっていたが、此処まで行くと社会的孤立は目に見えて分かる。
『あかん、これはあかん‼︎ ただでさえ、狐花は対等に話せる輩おらへんのに……‼︎』
五七は『此処に行け』としか聞いていない狐花に代わり、お上に真意を問うた。返答は『輩を作れ』と言うモノであった。その内容に五七は納得と同時に『出来んかそんなモン⁉︎』と絶句した。
「……?」
『ああ、時間や時間。と、取り敢えず、変な真似しぃなや⁉︎』
「ん?ん……‼︎」
『……戦場やと冷徹やのに、普段はポンコツやからなぁ……』
五七は大きな溜息を吐くのであった……。