駒王学園で赤蛇を宿す者の号哭が響いている頃。皓咲屋敷では……。
『ホォ……此処が外交会談の場となる場所か。日本神話の坐す国としての趣があるな』
本屋敷にある庭園の池の上にある朱色の舞台、その舞台を舐める様に幾何学模様の魔法陣が広がり光の柱が天へと放出されて行く。その光の柱から人影らしきモノが現れる。髑髏の頭、全身骨だらけの上にローブを羽織った姿。
「ハデス様。お早いお着きっスね」
ハデス。ギリシャ神話、冥府を統べし死を司る神。主神、ゼウスの兄でもあり強大なる存在と言う事から北欧、聖書陣営からも恐られる偉大なる存在であった。
『何、このご時世。早い事に悪くは無かろう?それに、ベンニーアよ。例の件はどうだ?進展はあったかの?』
ハデスはベンニーアにある件の進展を尋ねる。それは『魂』に関する能力を持つ皓咲 狐花との直接交渉する機会である。彼女がフリーな状態であれば手下達を嗾けて交渉するのだが、狐花は日本神話に属する人物。
その為、交渉するにしても正当な理由として日本神話側に了承を得なければ余計な戦争に発展するやも知れない。日本神話の秘蔵っ子だから、その守りは過剰気味と考えるのが妥当。ハデスも日本神話のイカれっぷりは重々承知している。三大勢力の横暴が蔓延る中、余計な敵を増やすのは三大勢力のする事。下賎な輩と同類であるのはハデス自身、大変なる侮辱に等しい。
「いや、その……一応、打診したんスけど『可愛い三鈴を何処ぞの馬の骨になぞやらん‼︎』……との事でして……」
『フム……噂に聞く秘蔵っ子じゃからか、相当可愛がられておるようじゃな。して、三鈴? 皓咲 狐花では無かったかの?』
名前が違う事にハデスは疑問を浮かべる。自身が直接交渉してスカウトしたい相手の名前を間違えるのは大変失礼だ。例え神であっても其処の点は弁える。
「あー、それは狐花様の幼名だそうっス。そも、狐花様の狐花は『通称』だそうで……諱は少なくとも裏幕府は愚か大半の日本神話の方々は知らない、知らされていないそうス」
『……諱か。日本やその周辺の国々では本名は見せない事が多い訳であったな』
「三鈴と言うのも、狐花様は華の髪飾りの他に鈴を3つ、髪飾りとして留めているんスよ。それが幼名の由来らしいっス」
『ム……
ハデスは再び疑問を呈するが、気にしない事にして話を進めて会談の用意はどれ程かと問う。
「仏法側からは死者を裁く夜摩天様。日本神話からは剣神、経津主神様がお越しになられているっス」
『ふむ。日本神話と言えば天照大神かと思っておったが……』
「何でも滅茶苦茶な引き篭もりらしく……相当、余程の事じゃなきゃ出てきやしないらしいんスよ。それこそ他神話の主神クラスが来ても顕現なぞしない程っス」
『天岩戸の話は聞いた事があるが……其処までとは、場所は分かっておるのであろう?日本神話は八百万と聞く。誰かしら引っ張り出せやしなかったのか?』
「いやー、それが天岩戸にも居なくて……何処に居るのかさっぱりらしいっス。これぞ、雲隠れっスね」
『……それで、普通にやれるのが恐ろしい所じゃな。よもや、既にこの場は見られて居るやも知れんな』
「と言うと?」
ハデスは其処で蒼穹が広がる空を見上げる。暗い冥府で過ごす事が多い故にこの明るさは慣れぬ。眼窩の奥から見える世界は、彩りが強かった。
『日出る国、故に日本。天照大神とは太陽神の側面もあるであろう? 故に日の当たる場所は既に天照大神の領域じゃ。この屋敷は日の光が良く通る……引き篭もっている事自体の認識がそもそもの誤りやも知れんな。コウモリ共は理解出来ぬであろうな……全て筒抜けであろう事も……ベンニーア、粗相はない様にせよ。貴様の行動が冥府の……ひいてはギリシャ神話の総意と受け取られる事になろう』
「わ、分かっているっス。ささ、ハデス様。道案内するんで、どうぞっス」
『うむ。秘蔵っ子の件はそう簡単には行かぬか。まぁ、良い。まだまだ序幕に過ぎぬ……賽の目は何時の日もどう転ぶか分からぬモノよ。その前に会談の事に専念せねばな』
ベンニーアの案内でハデスは皓咲屋敷を行く。屋敷は和式故に履物は脱ぐ必要がある。『偶には違う趣も悪くは無かろう』との事で、スリッパに履き替えて会談予定の場へと向かう。
「此方っス」
ベンニーアは襖を開けて奥の部屋へとハデスを招き入れる。会場の場となる場所は畳張の大広間。神々が坐する宴会の場となろう程の広さがある部屋であった。其処には既に当方の神々が座していた。
「ようこそおいで下さいました。ハデス殿」
『グワッハッハッハ‼︎ 良く来た‼︎ 聞きしに勝る大きな骸よな‼︎』
笏を持ち正座して座っている夜摩天。刀剣の姿故に鋒を畳スレスレとなる程の高さに浮遊している経津主神がハデスを出迎えた。
『お主らとは初目よな。儂がギリシャ神話が冥府の神ハデスである。今宵は良き会談になる事を願うぞ』
ハデスはそう名乗りどかりと座り込む。和式は椅子は無い。が、コレも趣であった。
『グワッハッハッハ‼︎ 固い奴よな、儂は大和子らを見守りし日本神話の一柱。経津主神よ。此方の女子が』
「自分でします。私は六欲天が三。夜摩天と申します。此方こそ良き会談になる事を願っております」
三柱、その三様。向き合いでの会談が始まろうとしていた。
「そう言えば、主神の方々は何処に?経津主神殿」
『先に申した通りよ、伊弉諾は何時もの通り建て逃げ、伊奘冉は何時もの如く高天原で暴れ回り、天照は相変わらず引き篭もっておるがまぁ、天照が何処におるか検討は付いておるがの。そう言う訳で儂が代理として来た訳である』
『……お主ら、それで良くやっていけるな。無茶苦茶では無いか……』
『混沌と秩序、和魂と荒魂、乱と和が入り乱れ舞う。それが、この国の風土よ。冥府の王』
「あら?」
『む?』
『おお、珍客中の珍客が来おったわい』
大広間に唐突に響き渡る聲。その声に聞き覚えがある夜摩天は顔を顰め、経津主神は豪快に笑う。ハデスは知らぬ故に疑問符が浮かぶ。
3柱の近くに赫黒い炎の塊が現れ人魂の様に揺らめき、蒼黒く燃える右手が現れた。その手の平には眼球らしき物が蠕動して蠢いている。
「……貴方は来る筈が無いと思って居ましたよ。他化自在天……或いは第六天魔王波旬」
六欲天の六。して、欲界の主がこの場に現れたのであった。