会談は恙無く勧められた。他化自在天と言う呼んでは居たが来る見込みが無い存在が現れた事は想定外と言えた(呼んだ癖に想定外とは酷い話)。が、それ以外は特に大した異変は起きなかった。
『フム。やはりお主らもコウモリ共に頭を悩ませておったのじゃな。嘆かわしい限りじゃの』
『グワッハッハッハ。まぁな、神域を穢され荒神化しよる柱が多くて内輪揉めの状況じゃったからの。幸い、素戔嗚が荒神化しなかったのが唯一の救い。彼奴が荒神化したら、京都は壊滅しておったであろう』
話題と言えばやはり三大勢力の悪魔による眷属化や悪魔の日本の両国侵犯が槍玉に上がっていた。我が物顔で闊歩し領土を主張し、誘拐同然で人間や妖を眷属化させ隷属させている。その事に関して日本神話の八百万の神々や三千世界は大いなる瞋恚を燻らせていた。正直な話、八百万の神々が又しても荒神化してしまう可能性がある。そうなれば物理的に日本は壊滅するやも知れない……まぁ、その前に冥界が消えるのは明白ではあるのだが。
『まぁ、現在の所、穢された神域は草の者共や裏幕府の子達、そしてあの小僧共の活躍により奪還する事は叶った。後は此処で三鈴がどうするか、見物よな』
「出来れば人的被害が少ない方でお願いしたいですね。聞けば2度も悪魔共々この町を滅ぼそうとしたそうです……」
『グワッハッハッハ‼︎‼︎ 三鈴ならばやりかねんのぅ‼︎ 文字通り旱魃し、不毛の大地となろうな‼︎』
「他にもはぐれ悪魔の問題も深刻です。十王達の会議も難航していますし……その間にも判定せずにはぐれ悪魔を次々と屠っていますし‼︎ 確かに酌量無しの者も居ますけど、『悪魔の駒』を除くに値する人も居ますから余計に面倒な事に……‼︎」
『ガッハッハ‼︎ 町諸共、吹き飛ばさんだけマシよ』
狐花の暴走で駒王町其の物が地図上から消し飛ばされかねない事態に陥り掛けた事に対して夜摩天は頭を抱える。対する経津主神は笑い飛ばす。神々の苛立ち1発で、村とか町とか山とか甚大な被害が被る神話だ。見事な対比と言えた。
『……余り笑い事では無かろう。して、他化自在天とやら。先程から黙りを決め込んでおるが……? お主はどう考える?』
ハデスはその様子を見て笑い事で済ます経津主神と、深刻な顔をする夜摩天を見て呆れつつ、第三者となる他化自在天へと視線を向ける。
黒い炎の塊から現れた右手だけの存在。無論、その姿が本体では無いのは明白……何らかの形でこの様な姿として顕現しているのだろう。
他化自在天。その名は然程、神話体系には広まってはいない。その名の知名度は高くは無いので知らない者の方が圧倒的に多いからである。ハデスでさえ、本人が名乗るまでその存在は未知の領域であった。その者を知る夜摩天と経津主神は——。
『如何なる神よりも人間寄りの天魔王』
『八百万の神々が束になって掛かっても勝ち目は無い。次元とか、そう言うレベルでは無い』
と称している。が、他化自在天は第六天魔王だの仏教破壊の神だの、天魔王だの色々と言われているが、仏教視点抜きで日本神話風に言えば和魂の塊と言える程の温和な存在(魔王なのに温和)であった。その話を聞きハデスは『言動が釣り合わん性格だ』と評した。
『……どう、とは?』
『惚けは無用じゃ。コウモリ共……悪魔の事じゃよ』
『些事に過ぎぬ。そも欲界に魔王は5人も要らぬ』
他化自在天(右手)はそう断言する。悪魔共の嘶きは些事に過ぎない。欲界全てを統べし王は悪魔の騒動に関して些事、つまる所、くだらない事だと言い切った。だが、その直後に世界が暗くなる。太陽が昇っているのに蒼穹の空が血の色に変色を遂げる。
『……他化自在天よ。やり過ぎるな、主が荒れると……儂らでは、止める事は出来ん。ただただ、悉くが殲ぶ事を見るだけになろう。顕界の行末を』
経津主神は厳かに
『……
右手だけの姿の他化自在天の周囲の空間が歪む。顔も分からなければ姿も分からない。右手だけだと言うのに、悍ましい威圧感が世界に影響を齎す。晴れていた空は曇天に包まれ暗くなって行く。鳥達は騒めき出して飛び出して行く。
『己が意志で外道と成すならば、是非も無し。然らば、眷属。呻きを知りて嘆かんとす』
掌の眼球は赫く光る。妖気と神気が同時に放たれて大部屋全体に広まる。それは神として魔王としての姿を成すが故であった。
『慟哭、嗚咽、咆哮、悲嘆……憎悪の燻らせし腕。壊の音色を響かせしモノの音を伝わるは何時かや』
『のぉ、此奴は何を言っておるのだ? 聞いたのは儂じゃが……儂には分からぬよ。訛りが強過ぎる』
標準的な日本語や関西地方の言葉ならば兎も角、他化自在天の口調はハデスには難易度は高かった。
「簡単に言えば、他化自在天は悪魔に対して大変なる御怒りと言う事です」
『フム、主もコウモリ共に対して嫌悪しておると言う訳じゃな』
同じ六欲天である夜摩天が翻訳してハデスに伝える。言いたい事は至極、シンプルであった。ならばもっと簡単に言えと言いたくなるハデスだが、世界其の物に影響を与える存在。それに今は同盟関連の会談の場。余計な事はせぬが吉である。
その直後、世界の変容は急速に収まり元の姿へと戻る。他化自在天の右手の周囲に広がった歪みも収束する。
『やれやれ、お主が荒れると陸な事にならん』
『紛い物の上に木偶の棒では救い難し。契約の遂行を是と成さぬ愚物』
口調も先程よりは幾分かマシになった。普段からその口調であれば良いのだが……。
『して、夜摩天よ』
「何ですか? 他化自在天」
其処で今度は右手の他化自在天が話を夜摩天に振った。普段から姿を現さない為か、情報の伝達は伝わり切っていない様だ。
『汝の飯は不味い。紛い物共よりも悪魔らしい姿だ』
『ブッ⁉︎』
「い、いいい、今、此処で言う事じゃないでしょう⁉︎」
荘厳な口調でぶち撒けられる夜摩天の料理の腕が壊滅的な事実。この流れで唐突の大ボケな発言にハデスは思わず吹き出してしまう。夜摩天は隠し通したい事実を会談の場で暴露された事に赤面して動揺している。
『夜摩天よ……頑張れ。いつの日か、華が開こう』
「心に来ますから、そんな孫を見る様な目で見ないで下さい‼︎」
『夜摩天殿よ。その、なんだ……料理の腕が威厳に直結する訳では無いぞ? うん、メシマズも……個性だと儂は思うぞ?』
「初対面の方からも慰められた⁉︎」
経津主神やハデスからも同情に似た目でそう言葉が掛けられる。
『もはや、クトゥルフの標本かその類と言っても差し支え無い。寧ろ、此方の方が悪魔だと称するが相応しい。紛い物共よりも悪魔ら』
「貴方はもう、黙ってて下さい‼︎‼︎」
夜摩天は煩い他化自在天の右手に脳天(と言うか手の甲)から持っていた笏を叩き付ける。その刹那、雷鳴の如き轟音と共に駒王町全体に響き渡る地震が発生した。因みに震度5を観測したと、後日ニュースで全国に伝えられる事になる。
『やれやれ……余計な事を言うでないぞ。秋の風とも言う』
『……笏とは、こんな威力が出るモノなのか?』
脳天(と言うか手の甲)からの笏の一撃を賜った右手の他化自在天は畳張りの床を貫通して軒下の地面にクレーターを作りその中央に指先から豪快に減り込んでいた……。
その後、減り込んだ他化自在天(右手)を放置してギリシャ神話、日本神話同士の同盟が締結される事となった。
『……場を和ませようとしただけのに、解せぬ……』