ソーナ・シトリーは手に持っていた生徒会の仕事の書類を落とした。書類は床に散乱して散らばる。副会長は口元を手を添えて息を呑み、その他の役員は動揺して二の句が告げない。そして生徒会唯一の男子生徒は明らかに動揺して瞳孔が開き切って
千切り剥がされた皮膚、足の部位の太い骨、足先の細かい骨の数々。一対のソレを。
ソレらは人間の脚を構成する部位だと、誰もが瞬時に気付いた。だとするならば、ソレは誰のモノなのか?となる。だが、聡明なソーナは瞬時にその骨と皮の残骸が誰の者であったか分かった。わかってしまった、ワカリタクナカッタ。持って来た存在と要点が繋がれば答えは1つしか無い。
『貴様らの願いは彼女には届かぬ。解は既に明示されていたであろう?』
その皮と骨を持って来たのは一羽の烏。無論、ただの烏では無く3本脚を持つ八咫烏。そう、皓咲 狐花の頭の上を定位置としていた烏であった。今朝、リアスとソーナの対話中に現れた日本神話に属する狐花一行。ソーナの会談の要請は功を成さず、あわや駒王学園が壊滅の危機に瀕したその時に紫先生が空気を読んだのか読まずか一誠を拉致する形で場の空気を破壊。削がれた狐花はその場を立ち去り事なきを得た。だが、ソーナからすれば状況は問題を未来へと先延ばしたに過ぎなかった為に次なる手を打つ事にした。
狐花が『放送室を占拠して讃美歌を流す』と言う発言から、放送室に不自然にならない形で自身の眷属でもある生徒会役員を2名程、配置。リアスとの戦闘勃発の際にも周囲の被害など考えない苛烈さから、戦力不足だと言わざるを得ないが何も手を打たないよりはマシ。流石に裏の世界を知らない一般人である生徒が居る中で虐殺行為はしないだろうと言う驕りは通じないが、何もしないよりはマシであった。
ついで、何とか接触し悪魔陣営と日本神話間の緊張状態を少しでも緩和させようと会談の予定を組もうと打診する為に眷属を1人、狐花の下に向かわせた。幸いにも彼女はリアスや朱乃程では無いが目立つ。小柄な体躯の1年生はそう多くは無い……彼女が普段何処で過ごしているのか早々に把握出来た。のも、狐花一行にある人物が加入していたのが大きい。アイラである。2年生で、新鋭のアーティスト。ソーナは眷属悪魔に勧誘しようかと考えた。彼女は部活棟の一角をアトリエとして使っており普段は其処にいる。そして、狐花も其処に入り浸りの状態である事が判明した。故に、会談の予定を組む為に一度、了承を得ようと1人、向かわせたのだが……。
——まさか、そんな筈は……‼︎
向かわせたのは転生悪魔に成り立て……とは言え、下僕悪魔である故にそんな言い訳は通じないのが悪魔社会だった。それでも、ソーナは目の前に提示された『現実』を否定したかった。
彼女が行ってから10分後程に一羽の烏、狐花が連れていた八咫烏(使い魔であるソーナは考えた)が生徒会室に舞い降りて来た。その脚に掴まれていたのは、皮と骨の残骸。狐花の元に向かわせた眷属悪魔。その10分後に現れた狐花の八咫烏が、持って来た人間の皮膚と骨らしき残骸……導き出される答えは……?
「敢えて聞きます。コレは……何ですか?」
ソーナは絞り出した声でコレをと示す物を持って来た八咫烏に問い掛ける。違うと言え、いや言ってくれ。言ってください。否定したい、したい、したいのである。ほぼ確実に答えは喉まで出かかっている。だが、それでも否定したかった。そんな筈は無いと思いたかった。
『貴様の奴隷1匹。名は何と言ったか……そうだ、仁村 留流子だったか。その脚の皮と骨だ』
だが、八咫烏の言葉により現実は確定される。ソーナの眷属悪魔であり狐花に使いを命じた者の成れの果てが目の前に転がっている。
「おい、テメェ……仁村さんを、どうしたって言うんだよ……‼︎」
その時、金髪の男子生徒が苛立ちを隠さずに詰め寄る。明らかに殴り掛かりそうな勢いであった。
「匙、止めなさい‼︎」
「でも、会長‼︎」
『言っても信じんだろうが、事実として伝えてやろう。単なる事故死で上半身は消し飛んだ、残されたその両脚はお嬢様が美味しく頂いた』
「は?」
「……ッ⁉︎」
その言葉に匙と呼ばれた男子生徒、ソーナも目を見開いて言葉の意味を反芻し噛み砕く。そして理解する。要は彼女は殺された挙句、お嬢様……つまり狐花に両脚の肉を
「て、テメェ‼︎ いや、テメェらか……‼︎ 血も涙も無いって言うのかよ⁉︎」
「……死亡したとは言え、転生悪魔を食べる? 人食をすると……⁉︎」
流石に悪魔と雖も転生悪魔とは言え元人間を喰おうなどとは考えない。例え死亡して亡骸となったとしても喰らおうとは考えない。コレがドラゴン種や魔獣レベルならばまだ理解は出来た。だが、今回は到底信じたくは無い……自分達よりも幼い小柄な幼女がやってのけた、やってのけてしまった。だからこそ、信じたくは無い。
『血も涙も無い? 貴様ら翅蟲が言えた言葉か?笑わせる。好き放題に殺戮を是とし、乱獲するかの如く誘拐して奴隷とする。その概念すら忘れたか?翅蟲共?』
八咫烏は飛び上がり天井付近にまで上昇しソーナを始めとした悪魔達を睥睨する。
「だ、だからと言って仁村さんを殺す理由は」
『悪魔だから殺すのだよ。自ら悪魔には魂を売った者の末路は横死が常だ。理由はそれだけで充分であろう?』
人の道を外れし外道には相応の……無駄死にであった。と暗に告げている様にも聞こえた。
「……無茶苦茶過ぎるぜ‼︎ そもそも、会長は」
『視野が狭い幼蟲よな。貴様の翅蟲が如何であろうと変わらぬ事実だ。その認識は同族でしか通じぬ、種族、集団が変われば鏖殺せねばならぬ、禍根は火種となる。そも、貴様はその様な簡単な事も捨てたか?匙 元士郎』
「な、何で苗字は兎も角……俺の名前を知っているんだよ⁉︎ 名乗った覚えは無いぞ⁉︎」
『生憎だが、貴様ら幼蟲共の名前は全て把握している。面白い事に皆々、進んで悪魔に魂を売り飛ばした愚か者共と言う事もな……‼︎』
——皓咲さんは私達の内情を既に把握していると言うのですか……手の内が知られている。調べたのでしょうね……眷属達の事情も含めて。
『その様な幼蟲は抹殺一択よ』
「それは誰が決めたのですか……?」
——日本神話に属する以上、流石に彼女の独断では無い事を信じたい。少なくとも日本神話の何れかの指示で動いている筈……。
『お嬢様方は悪魔は滅するモノだと断じたに過ぎん。そうでなくても、貴様ら翅蟲共が拵えた土壌は怨恨を撒き散らしている。分かっているが故に聞かんがな。時間の無駄よ』
八咫烏からしたら、律儀に相手の問いに答える理由は無い。そうでなくても狐花と静香は『悪魔は滅ぼすのみ』の思考で固まっている。いずれにせよ、殲滅あるべきや……である。
「……」
——仁村さんは死んだ。恐らくコレは罠……‼︎ 此処で私が彼女の仇を取る為に『戦う』意志を見せればそれこそ、相手の思う壺……‼︎ 皓咲さんは駒王町諸共、私達を殺す事も視野に入れている。元々、彼女達は『悪魔』を屠る算段。話し合いなんて以ての外なのでしょうね。話し合いなんかせず、殺し合うのが楽とも受け取れます。
「か、会長……‼︎」
ソーナはどうするか、思考を巡らせる。此処で狐花を攻撃するのは簡単だ。でも、相手は初めから殺す気満々。となると狙いは——。
——私達、いえ私が『会談の必要性』を破棄させる事……‼︎ それが狙い。仮に押さえ込んだとしても『仲間の死』が脳裏を焼き付いて会談の中身を揺さぶる……‼︎
ソーナは『会談の中身』の軸を揺さぶり、自己破壊させるのが狙いだと推測を立てた。ソーナ自身は悪魔陣営と日本神話陣営の対立、衝突を抑制、緩和を目論んでの略式的な会談を画策した。しかし、それは此方の眷属が五体満足の状態が前提(寧ろ当然)。
だが、今となっては狐花一行により眷属悪魔が1人、死亡した。コレが大半の貴族悪魔の様に『下僕が1匹死んだ。代わりの者を眷属として転生させよう』とモノ扱いの様に切り捨てて別の者を悪魔化させるだろうが、ソーナは彼ら程に薄情な性格をしていない。眷属達の事を本当に仲間、家族だと思っている。夢の為にも、共に歩むと決めた……。
そんな中で、この様な影を落とす状況。到底、今のソーナに割り切れる程の冷酷さは持ち合わせていない。
『貴様の言は其処が限界なのだ。それが貴様の限界点だ』
ソーナもまた貴族の家系、その跡取り。故に『家』を守る当主であらん事を求められる。ソーナは八咫烏にその覚悟の是非を問われて居る気がした。
「何だとコラッ⁉︎ 会長を愚弄する気なら、やってやるぞ‼︎」
——マズい、匙が奮起し掛けている。仲間を殺されて黙っていろだなんて理解はしても納得は出来ない可能性が高い……‼︎
若いと言うのは良い。しかし、無謀と勇敢を履き違えやすい。人間から転生悪魔となって、義憤に駆られれば尚更。怒りと挑発が合わされば非常に危険な状態となる。
「匙、止まりなさい‼︎ 貴方の気持ちは分かります。ですが、貴方の行動は周りにも迷惑が及びます‼︎」
「でも、会長⁉︎ 仕掛けたのは彼方だぜ⁉︎ 納得出来るかッ‼︎」
「……此処で私達が戦争の引き金を引くのは、余りにもリスクが高過ぎます」
——そうなる事を望んでいる?いえ、流石に無謀すぎる……あの使い魔が言う通り、確かに悪魔は日本神話に対して堪忍袋を破る程の事を既にしてしまっている……私の眷属が元々、日本人ばかりが占めているのもこの状況では悪手でしか無い。今更『仲良く手を取り合いましょう』だなんて言った所で、信用出来るのでしょうか?
『……素直に『殺す』だの言えば良かろうに。人間を忘れた愚かな幼蟲に教授してやろう』
「烏に教えを請う義理は無ぇ‼︎」
『現実に起こり得る大半の問題はな。暴力か金で解決出来るのだよ。社会はその様に作られた。国同士の衝突は物理的な戦争による暴力の他に、競技やスポーツと言う名の代理戦争による闘争。文明の価値である金銭でのやり取りで終わる。会談や話し合いなぞ、二の次だ』
元士郎の拒絶を無視して八咫烏はそう告げた。現実の問題の殆どが『暴力』か『金』で解決している。殴り合いと言った単純なモノ以外にも形を変えた『暴力』によって解決が図られている。それは悪魔同士で行われている娯楽もまた、同様であった。
「……では、どうすれば貴方方は
——……憤怒に振られるな、私。何れは来てしまう現実の1つ……悪魔だからと言って、脅威が無い訳じゃない。殺される理由だって、目の前に突き付けられる日がいつの日か必ず来る。私達には、それが今日来たと言う事……‼︎
ソーナは自己の中で渦巻く『現実』を掻い潜りながら、その言葉を八咫烏に向けて問い掛けた。