『おい、どうなってる⁉︎ 何が起きたと言うんだよ⁉︎』
絶えぬ業火が蔓延る地獄。凡ゆるモノを焼き尽くす業火と熱気が犇く中、獄卒達は慌てて右往左往している。獄卒が亡者を拷問する光景は見られない。地獄や獄卒なぞよりも恐ろしいモノが其処に居たからだ。
その時、轟音が鳴り響き黒い空が白く染まる。同時に遠くに見える鋭い刃で出来た山が急速に真っ赤に赤熱化して融解して行く光景が遠く離れたこの地からでも見て取れるのが見えた。
『な、なぁ⁉︎ 針山地獄が一瞬で融けたァ⁉︎』
3mは在ろう巨躯を誇り金棒を持った赤鬼の獄卒は遠くに見える山があっという間に融解して行く光景を見て顎が外れんばかりに口を開けて驚愕する。
『お、おい‼︎ 本当に何が起きているんだ⁉︎ 地獄が始まって以来、あんな光景を見たのは初めてだぞ⁉︎』
赤鬼は小さな体躯に小振の鋸や金棒、鎌持った小鬼達にそう言葉を投げる。確かに地獄では山が砕けてその土石流が亡者を穿ち潰す光景は良く見られる。だが、あんな光景を見たのは初めてである。しかし小鬼達も訳が分からず答えられる筈がない。
『おお、此処に居たか‼︎』
その時、この場に現れたのは牛の頭をした牛頭と言う獄卒。驚愕した顔付きである事から緊急事態の様である。
『何か知ってんのか⁉︎ と言うか何が起きたと言うんだ⁉︎』
『……『劫末』の封が破られたのだ‼︎ 我らからしたら新参である貴様は知らなんだな……余り声高々に言えんが『神煉具』と呼ばれるモノだ。ソイツは阿鼻地獄の最果ての最果てに封印されて居たのだが……その封印が破られた……‼︎ この地からはまだ遠いとは言え危うい事に変わりは無い。貴様達は先にこの地帯の地獄から退避しろ‼︎』
『な、何が起きたのか良く分からんが、お前ぇは⁉︎』
『俺は他の獄卒達を避難させる‼︎ 並の獄卒では『奴』は抑え切れん‼︎ 阿鼻地獄の一角に奴を押し留めた末にその地帯を完全に封鎖させ閉じ込める‼︎ 亡者は放って置いて構わん、行け‼︎ お前達‼︎』
『で、でも……‼︎』
『先輩の言う事を聞かんか‼︎ 安心しろ……俺がそう簡単にくたばるタマじゃねぇよ。良いから、行け‼︎ そして、出来たら閻魔様は……アレは止めとけ。夜摩天様に報告しろ。『劫末が暴れ出した』と言えば全てを察せられる‼︎ 行け‼︎』
牛頭の獄卒は赤鬼や小鬼達に先に避難させ可能ならば上司達に事の経緯を簡単にでも伝えろと告げた。
『奴を何処まで消耗させる事が出来るか……出来たら馬頭辺りに手を貸して貰いたい所だな……流石にアレに対して俺だけじゃ心許無ぇからな……‼︎』
「急に行くだなんて聞いて居ないっスよ」
「でも、行きたかったんでしょ?」
「いや、確かにそうなんスっけど……想定とちょーと違う様な……?」
狐花とベンニーアはベンニーアの死神の鎌(前の方)に腰掛けて飛行しながら移動していた。狐花が地獄への『門』を開きその通路を通り向かっている。
「ふーん、違うって?」
「いや普通、申請通してとかそう言うモンじゃ無いっスか? 仮にも死後の世界の司法機関でしょ? 地獄の庁ってのは……そんないきなり押し掛ける様な真似は……」
『おーい、ベンニーアの嬢ちゃん。狐花に説得なんてモン、無駄やと思うで……?』
ベンニーアはビザとパスポートを用意して日本に来日して来ている。死神で冥府所属と言う建前上、確かに他神話の死後の世界と言うのは興味がある。だが、だからと言って今回のような押し掛けに等しい訪問はしたくは無かった。本来ならばちゃんと先方にアポなり何なり伝えて日を改めて訪問したかった。
「……閻魔様だから大丈夫」
『まぁ……せやな。あの方はスゲー良い加減やし……』
「大丈夫な要素、何処にあるんスか⁉︎ 閻魔様って、ウチら的に言えばハデス様みたいや立ち位置のお方でしょう⁉︎ 可笑しいと思うのはウチだけっスか⁉︎」
狐花と五七の反応を見てベンニーアは不安が更に膨らむ。話に聞けば十王なる存在の中で最も知名度が高いのが十王が五、閻魔王。ギリシャ神話で言えばハデスと同等の存在。ベンニーアからすれば『ハデス様並みに陰湿か或いは激情家か……』と恐々となる。
『狐花、そろそろやっとかんとな』
「んに」
「え?え、何するんスか? また変な事を始めるんじゃ無いっスよね⁉︎」
顕界から地獄道へと直接繋ぐ『門』と『門』の間の通路の空間。端的に言えばワープや三大勢力陣営が使う転移魔法陣やベンニーアの使う『門』に似たようなモノ。しかし狐花が使う長距離多次元転移の術は間に『通路』が存在している。その距離感覚はコレまたマチマチで直ぐに着く場合も有ればそれなりに掛かる事もある。強いて言えば三大勢力陣営と言った他陣営のように使い勝手は良くないと言う事であった。
「紅蓮に寿ぐ華よ。鉢特摩に立ち込めし紅蓮の華よ。咎の責苦を司りし抱擁、流転し穢れし界を拒む境と成さん」
狐花は速やかに詠唱を行った直後、ベンニーアと狐花を包み込む様に青白い球体の膜が視野に入ったかと思えば透けて不可視の状態となり視認出来なくなった。
「えーと、何したんスか?」
「……地獄ってのは凄く暑い。と言うか熱い。地獄全体が灼熱に包まれているから対策無しで行けば服が炎上して燃え尽きる」
「え゛……?」
地獄道は八熱地獄が代表的故か、地獄全体が凄まじい高熱地帯であり滞在するだけでも凄まじい熱量に晒される。その癖、彼方此方が常に燃え上がっており火災は日常茶飯事。その熱量は燃えるモノなら自然発火し、融点の低い金属は熱せられて常に赤熱化し融ける。
『せやから、熱気に対する対策をせぇへんと地獄を見る羽目になんねん』
「……め、冥府とは逆っスね。彼方は少々寒いっスから。つーか、そんなの初耳っスよ……」
『まぁ、日本やと地獄つったら焦熱やからな。逆に寒い場所もあるけど……其方はなぁ……』
「ん、そろそろ到着する」
そうこう話している内に『門』が見えて来た。白い光が溢れており、その中に飛び込めば『地獄』へと到達する。ギリシャ神話のベンニーアが初めて日本の死後の世界を目の当たりにする事となる。嬉しさ半分、怖さ半分と言える。
「……ッ‼︎ こ、これは……ヤバいっスね」
光に飛び込み視界がホワイトアウト。その光が弱まり瞼を開いた時、視界に映る光景にベンニーアは息を呑んだ。
出た場所は地獄道の高い高度の上空。その高度からは地獄の様相が見て取れた。真っ赤に染まる池、白骨化した人骨ばかりが犇く地帯、噴火を彷彿させる業火の火柱。熱量と火の粉が常に暴風を伴い吹き荒れる空。急勾配にして剣山とも呼べる剣が連なる山。そして遥か上空にも関わらず常に響き渡る悲鳴、怒号、絶叫の数々。点在している亡者達を巨躯を誇る獄卒が追い立てて金棒や拷問道具で滅多撃ちにして行く光景も見えた。
「オマケに空は嵐同然っスか……ヤバいスね。気を抜くと墜落するっス」
「頑張れ、後地獄の地面には触れない方が良いよ。熱せられた鉄板よりも高熱だから……靴とか、熱量に耐え切れずに燃えるよ?」
「ちょちょちょ⁉︎ 洒落に何ないっスよ⁉︎ つまり、対策してないと……服とか全部燃えてすっぽんぽんになるって事っスか⁉︎」
「ん」
簡単に立ち入る事が出来ない理由でもあった。地獄自体、常識無視の超高熱地帯である。その為、本人は無事でも衣類までは無事とは限らないからだ。獄卒が見た目的に鬼瓦パンツや軽装なのも、亡者が褌一丁なのもそう言う理由(亡者に関しては意味無さそうではあるのだが……)。
「……取り敢えず、庁に行く。要件は其処にしか無いから」
「いや行くって方角は?」
「ん、彼方」
狐花が指示す方向にベンニーアは向きを変えて飛ぶ。狐花が熱気対策の冷気の膜を展開しているが永続では無いからだ。流石に死神と雖も人間とのミックスである以上、長居すれば身体に影響は出て来るだろう。その前に帰りたくなって来たと言う理由もあった……。