聖堂が溶解し切って露見した地下室への階段。其処にも溶解した金属類が洪水の様に流れ込み中に居たであろう存在を悉く融殺しているのは容易に想像出来た。
『……何つーか、やり方ってモンがあろうに』
「……」
侵入した地下室は殆どが熱量により融けて黒ずみ無惨な姿を晒している。堕天使や悪魔に骨があるのかは不明ではあるが、恐らく肉片すらも融けて金属類と混ざり合い判別は不可能となっているであろう。
「気配は感じない」
『やな……堕天使共の煩わしい気配もおまはんの所為で消し飛んどるやろな。見た事も無いやろうが一瞬で死ねるんなら、死に方としちゃあ、楽な部類やと思うしよ。天使やと悪魔やと堕天使やの……顕界、ひいてはこの扶桑の国に於いては邪魔以外、何モンでもねぇやい。とっとと成仏しちまえってモンよ』
「ん……」
『あん?どないしたんや?』
狐花はある一点に指示す。その先は地下室の1番奥の壁。其処には十字架の磔架があり、其処には金髪の少女が吊るされているのが見えた。位置は高く、辛うじて融解した金属の波には届かずに居られた様である。その近くには緑色に光る物体がぽつんと浮かんでいる。
『此処で何やっとんたんかは知らんけどよ……ありゃ、手遅れやで……堕天使に殺されたんやろうな。にしては随分と綺麗なままやな……』
磔刑の少女からは生気は感じられない。もうその命は尽きていると思われる。徐にその死骸と化している少女に狐花は近付いて見上げる。その傍らには緑色に光る物体……ソレが気になったのである。
「アレ、何……?」
『ん〜?ああ、コイツは『神器』って呼ばれる奴やな。狐花が知っているやろうモンとは全く別モンや』
「知ってるの?」
『まーな。が、アンマ良いモンとは言えへんな。神器つーのは、聖書の神……まぁ、三大勢力連中の神やな。その馬鹿が人間にばら撒いた代物で、人間社会にとっちゃあ、劇薬レベルの代物や。普通の人間が持ってしまった規格外の異能って奴やな……。神の奇跡とか言うけど、実質的には呪いの類やな』
「どして?」
『……神器っつーのは基本的に人間にしか宿らん先天性のモンや。その神器の存在を本人が認知せんのならば兎も角、常時展開やと周りに影響を起こす……人間社会ってのは難儀なモンでな。異能とか訳分からん事を忌避する傾向が強いんや。論理的、科学的に解明出来ない事象は受けいられない……それが人間達が選んだ選択やさかい』
その異能から周囲から差別・迫害の対象となったり、能力を狙われたりするので神器所有者は普通の人生を送れなくなる可能性が極めて高い。出る杭は打たれる……そう言う現象が発生するのである。
「…………」
『んでな、三大勢力、つーか、ほぼ悪魔やけど……神器を宿した人間も狙っとんねんな。眷属化の話はしたな?』
「ん」
『……悪魔の勢力拡大の為に悪魔に転生させて刷り込みに近い形での悪魔化……ほんまやっとらんで』
「つまり転生悪魔で神器持ちは、元人間?」
『そう言うこっちゃ。まぁ、同意して悪魔に成り果てたんか、強制的か或いは付け込まれたんかまでは本人によるがな……』
逆に言えば神器は人間にしか宿らない。人外で所有していると言う事は強奪したか、人間の遺伝子(人間とのミックス)を有しているかの2択となる。
『でだ、神器は魂に宿るモノでな。外部に摘出すると言う事は、肉体と魂の乖離を意味すんや。つまり、神器を摘出すりゃあ、例外なく死ぬんやと』
——と言う事は神器を抜かれて死んだ死体と言う事…………………でも。
「……そう。でも、彼女の運命は此処じゃない」
『何やと?』
「ん。彼女は此処で死ぬ運命じゃない。死ぬべき運命から外れて死した」
『堕天使に殺されたと言う事かいな……で?どうすんや?』
『運命』を歪める行為は禁じ手。泰山府君は正しくその極地。三大勢力は平気で行うのである。死した運命を転生悪魔に変じさせる行為……だが、原来の運命を歪められた場合は?
「……どうしよう?」
『せやなぁ……。大方、この先々で死体なんて幾らでも出て来るやろうし……此の儘、成仏させたるのが人の道なんやけど……そもそも、この神器自体、どうすりゃあ良いんや』
狐花にこの場で出来る事は魂を死後の世界に送る事である。しかし、彼女の魂らしきモノが見当たらない……五七に至っては浮遊していた神器がゆっくりと落下して来ている事に関してどうするべきか悩んでいる。
「……持ち帰ってから考える?」
『その方がええやも知れんな。こんな辛気臭い所でアレコレ悩んでもしゃあない……そないしよか。あー、このノリでスーパー行ってられんな……』
狐花と五七は少女の死体と遺された緑色に発光する神器を回収して地下室を後にする。狐花がその場から離れた後に、展開していた結界を解除する。恐らく数分持たずに存在していた廃教会が跡形も無く融解し切っている光景が目撃されて騒ぎになるだろう。
余談ではあるが、数時間後に『グレモリー』の悪魔とその眷属がこの場所を訪れるが、跡形も無く消し飛ばされた光景を見て唖然とするのは余談である。
『さてと、で?コレ、どうするんやね』
狐花のアパートの一室にて机代わりに置かれたダンボールの上に浮遊する神器と、隣に寝かせている金髪の少女を見て五七は前脚を組んで考え込む。
「……」ポリポリ
『あのな、狐花。呑気にコガネムシをポリポリ食わんと一緒に考えてーな。此の儘、押し入れに放り込んどくのもアレやと思うんやけど……』
「……神器は魂と同化する」
『あん?』
「その神器から、彼女の意識が残留する形で残っている。魂だけは辛うじて残っている」
——本来、肉体から離れた魂は霊魂となって成仏するか未練を持って彷徨うかの2択……でも、目の前の一件は完全なる想定外。
『……成程……なのか?神器を摘出したら死ぬツー事は魂を抜かれるのと同義って訳か……魂に宿るから間違いでは無いな。ふーむ、結局どないすんや?』
「神器を戻して見る?」
神器は魂に宿るのならばその逆も然り、正直な所、狐花は神器に関しては素人も良い所である。それに狐花の見た『運命』では彼女は今日、落命する訳では無い。
『……訳分からんモンやしな。俺様も神器の細かい所はよー分からん。それに死ぬ運命ちゃうんやから、死なせる訳にも行かんかもな。モノは試しや、やって見よか』
五七は浮遊する神器を彼女の身体に押し込む形で叩き込んだ。
「……ッ……?」
その数秒後、死んだと思われていた少女の瞼が動き始め、目を開いた。息を吹き返したと思われる。
『……仮死状態、って奴やったんかも知れんな。神器を摘出しても即死にはならず、仮死状態となる、って訳かも知れんな』