邪神さまがみてる   作:原 太

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EX1ー1 チュートリアル(ハード)

 

 

 石造りの微妙にくすんだ白い部屋。広さは病院のお高い個室くらいか。

 ただどこにも窓がないことから、ある種の異様さをひしひしと感じる。

 そんな、きっとまともではないであろう場所で、

 

「え? え?」

 

 きょろきょろと視線を往復させているノエミ。

 式典用の軍服一式から軍帽とジャケットを脱いだ、上等な生地のズボンと襟のないシャツ姿。

 娼館への帰り道を歩いていたそのままの格好。

 たぶんおれの『助っ人が欲しい』という要望にピラミッドさんが応えた結果、とばっちりで連れて来られたっぽいノエミ。

 ……見た感じ、説明とか一切してないよなあれ。

 

「なに、ここ、どこ?」

 

 目だけがぐるぐる回り、軽いパニックになっているノエミをとにかく落ち着かせようとしたおれの視界の端に、それは引っかかった。

 

 がらんとした物の少ない室内――かと思ったが、違う。

 室内にあった物が、全て一箇所に集められていた。

 ベッドの上に横を向いたクローゼットが乗せられ、さらに本棚とテーブルが重ねられた謎オブジェ。

 その上から少しだけはみ出しているドアの枠。

 

 どうやらこの謎オブジェが鎮座しているのは、この部屋唯一の出入り口であるドアの前らしかった。

 

 外開きか内開きかは知らないが、その前をででんと塞ぐようにして設置されているあれは……まあ普通に考えたらバリケードだよな。でかくて重い物を積み上げて外部からの侵入を防ぐやつ。

 

「大丈夫だ。まだ終わってない。まだいける。まだ俺はツキに見放されちゃいない」

 

 で、たぶんこれをつくったのは、このチャラそうな兄ちゃん。

 床に寝転ぶおれの側で膝をつき、これからPKに臨むサッカー日本代表の如くお祈り自己暗示的なことを呟いてる彼。

 なにが起きているのさっぱりかわからないが、バリケードをつくって『部屋に立て篭もる』ような状況にある彼。

 ピラミッドさんが『助けろ』といった、おそらくはヨハンという名の彼。

 

 ……とにかく話してみよう。まずはそこからだ。

 

 こういう時はそう、できるだけ柔らかく、軽いジャブから。

 

「あのさ、この床の紋様、魔法陣ってやつ?」

 ゆっくりと上体を起こし、胡坐をかき、向き合う。

 目の前の彼――推定ヨハン君を一言でいうなら、長髪の美男子といったところか。

 つまり、男のケツに興味のないおれからすれば『なんかチャラそうだな』となる。

「おお! 言葉通じんの!?」

 なので、世の女性からすれば『トゥンク』となるであろう、無邪気系満面の笑みを見せられても『なに笑ろてんねん、ナメとんかワレ』となる。

 

「うんうんそうそう! マホージンマホージン! ばあちゃんがさ、ほんとガチでやべえ時になったら使えっていっててさ、やってみたら意外と覚えてんの! 凄ぇよな俺! ここでこの一発がでるの、まじでやべえ!」

 

 ……なんかこう、言い知れぬ『信用しちゃダメ』さが滲み出てるなこいつ。

 記憶の扉の向こうに浮かぶ、金を貸した途端音信不通になったTくんと同じにおいを感じ取ったおれは、

 

「ヨハンがこれ描いたら、わたしが出てきたの?」

 

 匿名じゃ無敵のやつも名前を知っていればワリと大人しくなる法則を振りかざした。

 面と向かってもちゃんと効く、古来より伝わる秘奥義だ。

 

「うんうんそうそう! 名前知ってるってことはもう叶っちゃった感じ? 俺の願い、いけるってことでオウケイ?」

 

 あ、こいつ、そんなの全然効かないタイプのやつだ。

 

「まてまてノウノウ、オウケイじゃない。こっちもなにが起きて」

「――あのっ!」

 突然ノエミの大声で遮られる。……やっべ完全に忘れてた。

「さっきいってたの、本当? 私、もう帰れないかもしれないって」

 なにそれ? 当然おれはそんなこといってない。

 なら、

「めちゃくちゃ綺麗な声の女性がそういったの? ノエミに?」

「ううん、違う。あれはお父さんの声だった。私がちっちゃい頃に死んじゃったお父さんの声。()()()()、アマリリスさまにしかできっこないじゃんっ!」

 

 え? なにその超推理? なんでおれが死者との対話の窓口に?

 

「アマリリスさま、なんでこんなことするの? 私、ナマイキな口ききすぎた? なら謝ります。ごめんなさい。すみませんでした。2度と調子にはのりません。だ、だからもう、帰してください。お、お願いします」

 

 いやまて、なにオートでメンタルヘラってんだよ、つーか今やるなよそういうの。

 

「マナナもきっと、急に私が居なくなって心配してるとおもうんです。私も、マナナのところに帰りたいです。だから、だから……う、っひっく」

 

 なんかガチで泣きだした。

 いやなんで急にそんなメンタルガタガタになってるんだよお前。

 ちょい前までは『A&Jのスパイしまっせ』みたいな謎のタフさとか発揮してたじゃん。

 

「や、やれっていうなら、マナナ以外なら全部殺しますから。だから、だがら゛――」

「……さすがにこれは、ないんじゃねーの?」

 おいヨハンお前とりあえず泣いてる女の肩をもつのやめろ――じゃなくて!

「まてまてノエミ! 違うから! ノエミ、すっごい勘違いしてるから!」

「じゃあ! なんで私ここにいるの!?」

「たぶんわたしの助っ人として、連れて来られた」

「誰に? お父さん? 本当は私のこと嫌いだったの!?」

 

 あの状況で言葉をかけてくるやつなんて、ピラミッドさんしかいない。

 ……結構ガチで邪悪な手段を採るな、あいつ。

 

「それはノエミのお父さんじゃない。わたしに話しかけてきたのは綺麗な声の女性だった。たぶん、その人にとって一番望ましい声で語りかけてくるんじゃないかと思う」

「……あれ、アマリリスさまじゃないの?」

「違う。わたしも声の主に連れて来られた」

「じゃあこれ、やっぱり本当に、帰れないの?」

 よしここだ。お前も手伝え。関係ないみたいな(つら)してんな。

「どうなんだヨハン! わたしたちは、ちゃんと帰れるのか?」

「は? それ、俺が決めれるの?」

「喚んだのは君なんだろ。大事なことなんだ、真面目に答えろ。今彼女には余裕がない」

 

 思えば、最初に会った時からずっとノエミはマナナと一緒にいた。

 これまでの言動から、マナナに対して強い執着を持っているのは知っていたが……ちょっと(はな)(ばな)れになった途端()()()()とか、ダメな意味で予想外だ。

 

 不安定な精神状態。執着。依存。かかわりたくないアレな単語の見本市。

 ……こんなんで本当に『特別行動隊』とかいう殺し屋じみた集団でやっていけてたのだろうか?

 

「え? 喚んだって……じゃあ、そいつ殺せば、帰れるってこと?」

 

 すっと立ち上がるノエミ。

 あ、こりゃエリートだわ。いい感じにヘラったメンタルが殺し屋向きだわこれ。

 

「――おいおいまてまて! なんでそうなる?! ええとあれだ! 喚んだ俺になにかあると不具合とか起きて、逆に帰れなくなるパターンだって! うんそうだ! 喚んだ俺が断言する! 絶対にそうだ!」

「いや絶対ってお前……そもそも、どうやって喚んだの?」

「あばちゃんに教わった通りだよ。こうぐいぐいって描いて『まじやべえから助けて!』って祈りながら俺の血を一振りって感じ?」

 

 血。

 

「ヨハン、なにか特別な生まれだったり?」

「傍流の末端だが、ギリ王の血統らしいぜ? ま、ばあちゃんの代で没落しきったけどな」

 

 やっべこいつ、姉さま関連かよ。

 

「アマリリスさま。準備できたよ。いつでもいける」

「あのさーノエミちゃん? 木っ端とはいえ王の血統にビビらないとか、ちょっとキマりすぎてない?」

 

 おれは敵意のないやつを一方的にぶち殺せるほどイカれてない。

 それに、きっと遠縁だろうが姉さま関連――旧王家の血筋とガチで揉めそうなのはナシだ。

 

「ストップだノエミ。とりあえず話を聞いてみよう」

「……今なら、絶対確実だよ」

 

 ノエミの影の端から、にゅっとくちばしの先が出ている。

 なにをしようとしているのかはわからないが、きっと物騒なやつに違いない。

 おれはそっと、くちばしを影の中へ押し返した。

 

「はいはい止め止め。ほらこっち」

 そのまま両手を取って、赤い塗料でべたべたな魔方陣ゾーンの外へ。

「はい座る」

 全身を使い強めに引っ張り、強引に腰を落ち着ける。

「いいかノエミ、わたしだって同じ気持ちだ。当然、帰るつもりだ。けどそれにはノエミの協力が必要なんだ」

「……そしたら、帰れる?」

「もしダメだったら、ノエミの案でいこう。けどそれは最後の手段だ。いいね?」

「……うん、わかった」

「そーいうの、俺に聞こえない所でやるモンじゃね?」

 至極まっとうなつっこみをスルーしつつ、あらためてヨハンへと向き直る。

「ドアの前が大変なことになってるけど、時間は大丈夫?」

「……この静かさなら大丈夫だと思う。むしろ、しばらくは出ない方がいいだろうな。きっとその方が楽ができる」

 

 そこでヨハンがじっとおれの顔を見つつ、

 

「アマリリスちゃんだっけ? さっきからずっと気になってたんだけどさ、その顔ってどう見ても」

「待て。たぶん、いわない方が『楽ができる』と思う。いくら頭の中で考えようが、口に出さなきゃ単なる妄想だ。いわない方が楽なことって、結構たくさんあるよな? きっとこれもその内のひとつだ。わかるよな?」

「……だよなー! そんなワケないよなー! いやちょっと追い詰められてヘンになってた! 流して流してはははっ!」

 

 よし通った! その適当なチャラさ、ちょっと好きになった!

 

 

 ――どう贔屓目に見ても、他人では通らん程には同系統だ。

 

 

 ……やっぱ旧王家の関係者には即顔バレするのな。

 これ以上、余計な話をされる前に、さっさと本題へ入ろう。

 

 

「じゃあまずは基本的なことから聞くけど――ここ、どこ?」

 旧市街までの距離によっては、このまま即帰り(ばっくれ)も選択肢に入る。

 

 

 あーそりゃ本家本筋ど真ん中じゃわからないよな、と余計なことをいってから、ヨハンは答えた。

「第2特殊更生保養院。2号特更とか呼ばれてるあれだよ」

 いやそんなお馴染みっぽくいわれても知らんよ。

「……ネグロニアの旧市街から近い?」

「ん? そりゃ本島まではめちゃくちゃ遠いに決まってるだろ」

 

 んん? 本島? てことは離島とか別の島があるってこと?

 おれのこの世界に関する知識はめっちゃ浅い。ローゼガルドブックを読み込む時間がなかったのが悔やまれる。

 

「このねっとりした感じ、研究所とそっくり。やっぱりここって、アルネリア?」

 

 ノエミにいわれて気づいたが、なぜかこの部屋、周囲に漂う『闇』がめちゃくちゃに濃かった。

 このねっとり具合は最初に目覚めた地下空間と同等かそれ以上だ。

 つまり、おれ的には最高に空気が美味い。

 

「辺境の離島だけど、一応はアルネリア領だ。ま、地図に載ってるかはあやしいけどな」

 

 さっぱり話についていけないおれは、大人しく「わかりません教えてください」の構えをとった。

 

 そうして2人から得た情報をまとめると。

 

 ネグロニアのある、多様な種族がひしめき合っている大陸から海を隔てた東方にここ――アルネリアと呼ばれる地があるらしい。

 広さは大陸の10分の1程度らしいのだが、そもそも大陸のサイズを知らないおれには大きいのか小さいのか判断がつかなかった。

 

「アマリリスさまも感じてると思うけど、ここ(アルネリア領)って異常なまでに『闇』が濃いの。もうどうしようもないくらいに濃すぎて、闇精霊以外の種族が長時間いると身体が壊れちゃうの。なんか許容値を超えて内臓機能が低下するんだって」

 つまりそれは。

「他から侵略されない土地ってこと?」

「過去には何回か攻められたらしいけど、他種族が一週間もいれば、まともにご飯も食べられなくなっちゃうんだって。もうそれ、戦いどころじゃないよね」

 

 取っても維持できない地。取る価値のない地。

 感情論による殺害目的の侵攻にも、1週間耐えれば勝てる破格の地。

 そんなの持ってる勢力とか、むちゃくちゃ強いよなそれ。

 ……けど大体こういうのって、

 

「ネグロニア王家とアルネリア王家、仲悪かったりしない?」

「表向きは、そういう分類自体が『ない』ってことになってるな。ひとつの王家から最前線(ネグロニア)に出征してるって感じで。ま、それぞれが自分たちの居る方を『本島』って呼んでる時点で、多少のズレはあるみたいだけど」

 

 それでも基本的に双方は合理性の塊らしく、必要な協力をごねるような愚は犯さないそうだ。

 ……そういった『愚』を犯しそうな輩は『剪定』と称して速やかに間引かれるとか。

 

 なるほど、つまり王家にはヒルデガルド(姉さま)ローゼガルド(魔女)みたいなのがわんさかいるわけね。うん、微塵もかかわりたくねえな。

 

「なるほど大体わかった。で、ここ――特殊更生保養院だっけ? ここって、どんな場所なの?」

 

 まあここまでの流れから大体予想はつくが。

 

「間引かれた王の血統を『有効活用』しましょうってのが第1。ただしこっちは貴人として最低限の扱いは保障されてる。当然、死ぬような過激なやつも禁止。厳しいが社会復帰の道も用意されてる」

 

 あ、これ予想以上にロクでもなさそう。

 

「で、もろもろの刑罰として『なにをしてもオッケー』ってノリで特異な素養をもった犯罪者と一緒にぶち込まれるのがここ第2。基本、殺すの前提。ただし無駄使いは厳禁。あまねく全てお国の財産なんだとよ」

 

 うわあ。

 そんな所にぶち込まれるって。

 

「……ヨハン、なにしたの?」

「恋を、したんだ」

 なんだこいつ、急にポエムを吐き出しやがった。ラリってんのか?

「アマリリスさま、声に出てるよ」

 ――ンン゛ッ! と咳払いをひとつ。

 

「誰と?」

「偉いおっさんの、妻とされた可憐な(ひと)と」

「恋をしたと」

「そう、一夜限りの」

 

 ダメじゃんこいつサルじゃん。しかもバレてんのかよ。せめて上手くやれよ。

「アマリリスさま、私もそう思うけど、声に出しちゃだめだよ」

 ――ンン゛ッ! と咳払いをもうひとつ。

 

「けどヨハンも木っ端とはいえ王の血統なんだろ? それがいきなり死亡実験コース直行は、さすがに厳しすぎない?」

 

 間男に対する処罰にしては、いささか過剰に思える。

 

「……唯一の身内だったばあちゃんが生きてる間は、俺も第1に居たよ。覚悟の上だったからな。文句はなかったさ。模範囚として社会復帰コースの最終段階まで行きもした。けどばあちゃんが死んだ途端、いきなり第2(ここ)にぶち込まれた。全部なかったことにされてな」

 

 それは、きついな。

 これまでの努力云々より、祖母の死に目に会えなかったのをずっと後悔するパターンだ。

 

「全部、アホらしくなったんだ。こんな所で延々と血を抜かれ続けるのも、ころころ都合よく変わるルールに従うのも。……だからこんな場所、さっさと抜け出して好きに生きてやろうと思った」

「死刑囚用の牢獄とか、警備は超厳重だろ? どうやって?」

「犯罪者連中を解き放って、そのどさくさに紛れようとした――んだけどさあ!」

 

 そこでヨハンがちらりとバリケードを見る。

 

「あいつら『王の血統』ってだけでぶっ殺す対象だ! とかいって、真っ先に俺を殺しに来やがんの! 誰が武器を用意したと思ってる? 誰が錠を開けてやったと思ってる? 誰が制圧部隊の飯に睡眠薬をぶち込んだと思ってる? そんなの関係ねえとかいってよお、まじで死ぬかと思った!」

「……むしろよく生き延びたな。ヨハン、凄く強かったりする?」

「いいや全然ダメだ。元々ウチは腕っ節の家系じゃねえ。一芸特化の極北『大権』だ。それもばあちゃんの代で完全に消え失せた。今の俺は不屈の精神をもった単なる美形でしかねえ。女にモテる夜の騎士(ナイト)以外の称号はもうない」

 うん、ユーモアを忘れない姿勢は嫌いじゃないよ、うん。

「アマリリスさま、やっぱこいつ殺っ」

 

 いい終わる前にノエミが吹っ飛んだ。

 どん、と床にめり込む大質量。

 ノエミの居た場所に振り下ろされた、硬くて重いなにか。

 叩きつけた衝撃に舞い上がる風にあおられ、おぼろげな()()()がひらりとズレる。

 微妙にくすんだ白い壁と完全同色の外套。その下から、ヨハンと同じ灰色の病衣っぽいもの着た女の姿が浮かび上がった。

 

 事実を見たままに理解する。

 身に纏える、同色化ステルス装備。

 この部屋に、もう1人いた。

 

「ヨハンを殺すとかっ! させない! 絶対にっ!!」

「いやなにやってんのハニー!!!」

 

 

 つくづく思う。

 やはりおれというやつは、しょぼい。

 

 

 どうして腕っ節は全然ダメだというヨハンが、殺る気満々の犯罪者たちから生き延びることができたのか?

 現実的に考えるなら、他にも仲間がいたから、くらいしか答えはない。

 

 さらにいうなら。

 

 おれはこの初対面のヨハンという男を、侮った。

 どんなやつが来るのもわからない、得体の知れない『召喚』とやらを行う際に、最低限の()()すらしない間抜けだと、どうしてか一方的に決めつけた。

 いや普通に考えたら、保険くらいかけるだろ。

 手に負えない凶暴なやつが出て来た場合に備えて、いつでも『やれる』準備くらいは整えてから実行するだろそりゃ。

 

 2秒考えたらわかることが、わからなかった。

 2秒考えることすらしなかった。できなかった。

 

 

 つくづく思う。

 やはりおれというやつは、どこまでも、しょぼい。

 

 

 女がおれへと眼を向ける。

 その手に持っているのはバカでかい斧だ。

 どうせこの距離じゃ避けれない。

 おれにそんな運動神経や俊敏さはない。

 ただ、黙って殺されるのも(しゃく)だったので、そこら中に満ちている濃密な闇から、全方位ありったけの杭を射出してやろうと引き絞ったところで……女が斧を捨てた。

 

 全力でノエミをざっくりいった筈なのに、どうしてか血の一滴も付着していない斧が、ごんと床に転がる。

 

 降伏とか投降とか、そういった意思表示ではない。

 ただ武器を振りかぶっては間に合わないと判断し、素手で掴みかかって来ただけだ。

 

 おれは一瞬だけ迷ってから……そのまま大人しく捕まった。

 素早くおれの背後へと回った女に、がっちり拘束される。

 

 ただし杭は引き絞った状態をキープしたまま。

 視線だけでノエミの吹っ飛んだ先――崩れたバリケードを見る。

 まだ動く気配はない。

 凶器に血が付着していないので、直撃は避けた筈だが……。

 

 

「――アマリリス。これだけははっきりいっておきたい。この状況は、俺の本意じゃない」

 

 

 だろうな。

 この『ハニー』が飛び出して来てからお前、かなり本気で焦ってるもんな。

 

「その、見ての通り、このハニーはちょいと思い込みが激しい一面がある。タイプとしてはノエミちゃんと同じだ。少しばかり、そそっかしい」

 

 だろうな。

 今もおれを背後から抱えるように拘束してるけど、めっちゃ息が荒い。錯乱じみた興奮状態にあるのだろう。

 

「こっちもギリギリだった。さっき話した内容にウソなんてない。ただ張り詰めてたところにノエミちゃんの言動は……まずかった。ピンと張ってたハニーの緊張の糸を、切っちまった」

 

 だろうな。

 密着している背中に、生温い()()()を感じる。

 きっとこの『ハニー』は、腹か胸あたりを負傷して派手に出血してる。

 余裕なんて微塵もないだろう。

 

「だからこれは、誰にとっても不幸な事故だったと俺は思う。みんなが不幸になって誰もハッピーになれない、ただただ不幸なだけの事故。ハニーの武器にも血はついてないし、たぶんノエミちゃんも――」

 

 違う。

 こっちは、ノエミは抑えた。

 そっちは、お前らはやった。

 これはただ、それだけの話。

 

 お前ン所の馬鹿が、ちっとも現実を見ずに、ただ思うがままにキレ散らかした。

 

 それを『事故でした』は、さすがに通らんよ。

 

 ぐだぐだとペラ回すヨハンに向け、にっこりと笑みをつくる。

 

 お前、こっちのこと、ナメすぎだよ。

 

 

「――まってアマリリスさま! 殺しちゃダメっ!!」

 

 

 がばっと起き上がったノエミが、なんか物騒なことを叫んだ。

 いや、そこまでするつもりはないって。

 ただいつまでも『ハニー』に拘束されてるのは鬱陶しいから、両手を撃ち抜いてやろうとしただけで……んん?

 

「なんでノエミがこいつらを庇う?」

「え? ええと、それは、あの……ほら! もしかしたら帰れなくなっちゃうかもしれないし!」

 

 いやいや、ここであっさり許しちゃうと『これは通る』となっちゃうだろ。

 いきなり斧で斬りかかっても『ごめんね』で済むと、勘違いさせちゃうだろ。

 いやそもそも、ヨハンもハニーもまだ『ごめん』の一言すらいってねえ。

 ダメだろまじで論外だろ。

 

「帰れない? いくら遠くても船くらい出てるだろ? 時間はかかるかもしれないけど、どうにでもなる」

「私たちお金持ってない。それにアマリリスさま、一発で顔バレしちゃう。たぶん、問答無用で拘束されると思う」

 

 正論パンチを繰り出しながら起き上がったノエミが、こちらに向け歩を進める。

 どこにも傷はない。衣服が破れてすらいない。

 ……どうやら、タッカー君が盾になったっぽいな。

 

「ここは窓がなくて空は見えないけど、外にいる全員は昨日の夜空を見てる。そこへいきなりアマリリスさまが出てくると、たぶんすぐに繋がっちゃう。誰がどんな行動をとるか予想できない。かなり本気で危険だよ」

 

 ノエミの言葉の続くところは『だからこの2人を害するのは止めよう』だ。

 ついさっきまで本気でヨハンを殺そうとしていたのに。

 ついさっき突然ハニーに殺されそうになったというのに。

 なんでいきなり『そっち側』になる?

 

「おい。手、離せ」

 目の前まで来たノエミがハニーに命じる。おれの背でもぞもぞきょどるハニー。

「……殺さないでやるから、さっさと手ぇ離せっていってんだよ」

 ノエミの口が悪くなっている。やっぱりちゃんと怒ってはいる。

 謎の洗脳魔法で強制ラブ&ピースとか、そういうわけではないらしい。

 

 ハニーが手を離し、半宙吊りだったおれはすとんと着地する。

 ノエミがおれの両手を取りにぎにぎして、

 

「アマリリスさま。私のために怒ってくれてありがとね」

 

 いわれて初めて気がついた。

 おれの手はガチガチに強張っていた。

 頭の芯に、確かな怒りがあった。

 

「けど、こうするのが一番だと思うから、お願い。今はそういうの、やめよ?」

 

 すとんと、腑に落ちた。

 おれはいきなりノエミを殺そうとしたこいつらに……仕返しがしたかった。

 怒りでお(つむ)が茹だっていた。

 おれはもう、この超面倒くさいクソメンヘラを、間違いなく仲間だと思ってる。

 

 大きく息を吸って、吐く。

 

 よし、理解した認めた持ち直した。

 おれまでハニーと同じことをするわけにはいかない。

 今必要なのは、それじゃない。

 今必要なのは。

 

「ノエミは、お父さんの声で語りかけてきたやつに、なにをいわれたんだ?」

 

 急激な態度の変化。その理由。

 おれが知らなくてノエミだけが知ってる要素があるとすれば、そこしかない。

 あのピラミッド、たぶんノエミにだけ、なにかを吹き込んだ。

 

「……帰ったらちゃんというから、今はお願い。協力して。この2人を助けるの」

 

 いわない。或いはいえない。

 ダメだ。さっぱりわからん。

 

 が、ここでゴネてまでヨハンとハニーをどうこうする気はもうない。

 

「わかった。ノエミのいう通りにするよ」

 

 ただし、いうべきはちゃんといっておこう。

 

「ヨハン」

「……なにかな?」

「一連のナメた行動で得ようとした倍、払え」

「わかった誓おう。いつか必ず」

「手形は要るか? 1、2本なら、たぶん死にはしない」

 

 いって、部屋の四隅にわだかまる杭の群れを指す。

 こういうしょぼい牽制を息を吸うようにできるおれの性根がなんだか愛しくなってきた。

 

「……喰らったら即死だろアレ。けどまあ、約束の証として1本預かっておく」

 

 くいくいと引かれる感覚があったので、その1本の固定(ロック)を解除する。

 すいーとヨハンの手元へ吸い込まれてゆく1本の黒杭。

 姉さまもそうだったが、やっぱり凄いな王の血統。

 まるで当然のようにこっちの『闇』に干渉してきやがる。

 

「この借りは必ず返す。俺とハニーの命の倍に値する分、必ず払おう」

「……なんか格好つけすぎていらっとする。もっと情けない感じで」

「ごめん許してそんなつもりじゃなかったんだ。ちゃんとお返しするから」

「期待しないで待ってる。わかってるとは思うけど、次はないよ」

「……感謝を」

 

 まあ、なんの拘束力もない口約束だ。

 実質、無条件の許しみたいなもんだけど、これでもし次があったらその時は、躊躇うことなく黒杭をぶち込める。

 無意味ではなかったと、そう思っておこう。

 

「よーし、ならまずはハニー、そのお腹の傷、埋めるよ。ここに座って」

「……治療、できるのですか?」

「できないよ。特別行動隊(うち)でやってた『綺麗な闇泥で傷を埋める』だけの、めちゃくちゃ痛いし後で化膿したり感染症にかかったりするけど、今ここで死ぬよかマシでしょってだけのやつ」

「……ええー」

「イヤなら死ねよ。助かる気のないやつは、絶対に助けられない。いきなり殺られかけて、私だって怒ってるんだからね。これ以上()に乗るならもういいよ。お前、ここで死ね。イヤなら座れ」

「……はい」

 

 ノエミの物言いに、一瞬だけ口を開きかけたヨハンだったが……結局はそのまま黙った。

 

「あー、やっぱりしてないか。埋めた瞬間に強度3で増血かけるから、倒れて頭打たないよう気をつけて」

「ぞ、増血って、いっ嫌ですそんな下卑」

「お前いいとこのお嬢様? そーいうのぜんぶ迷信だから。もう1度だけいうね? イヤならここで死ね。いい加減鬱陶しいから、わざと痛くするね?」

 

 よく見るとハニー、前髪がぱっつんのいかにも『お嬢様です』みたいな容姿をしている。

 

「結局、あのハニーはなんなの?」

「ドン底で出会った、俺の運命さ」

「ポエム抜きで」

「境遇としては俺と似てる。彼女は元アルネリア貴族で、不運にもある事件に巻き込まれ殺されそうになった。だが暴力の天才だった彼女は犯人たちを皆殺しにできてしまった。死体となった犯人の素状は、かの暗月卿の次男坊とその取り巻きたちだった」

 

 いや下半身まっしぐらのお前とは全然違うだろ――ん?

 

「……貴族? ああそうか、海を越えたアルネリアまでは、革命の手は及ばなかったのか」

 

 ローゼガルドブックによると。

 やつが生まれるよりずっと昔に起きた革命により王国は崩壊し、その際に貴族制度も消滅したとあった。

 

「……たぶんこれも、つっこまない方が『楽ができる』やつなんだよな?」

 お前そんな王家直系フェイスしてんのになんでそれを知らねーの? という言葉を飲み込んだヨハンに「いいから詳しく聞かせてくれ」とゴリ押した。

 

 貸しをつくったやつには強気に出れる。そんな自分を、せめておれだけは好きでいてあげたい。

 

「……まあその通りだ。革命軍に海を越える力はなかった。おかげで当時の国王以外の在ネグロニア王族、主要な貴族たちはアルネリア(こっち)に避難して『ネグロニアの基幹部』はまるっと生き延びた」

 国王置いてきぼりかい。

 ……いや、責任者として『残った』のか。

「結構気前良く受け入れてくれるんだ、アルネリア」

「情というより100%打算の、領土奪還用フックだったんじゃない? 現に今じゃまたなんか復活してるだろ」

 

 なるほど、その復活したトップがウチの姉さまか。

 いや正確には、くっそ邪魔な叔母上をぶっ潰したから、もう誰にも止められないワントップか。

 ……特大の当たりくじを引いたのか、特大の外れくじを引いたのか、どっちかだなこれ。

 

「なあ、アマリリス」

 

 ヨハンの視線の先にいるハニーは、汚ったねえ悲鳴をあげている真っ最中だった。

 どうやらノエミの応急処置は、宣言通りにめちゃくちゃ痛いらしい。

 

「ノエミちゃんのいい分じゃ、お前たち2人は俺の願いを叶えたら帰れるんだろ?」

「正直わたしは半信半疑だけどね」

「よく考えたらよ、それ、どっちにしろ一緒なんだわ」

「……どゆこと?」

「俺の願いを叶えたら、2人は帰れる。おっけーハッピー」

「ムリだったら?」

「地道に船で帰る。その為にはまず、このクソ箱から出て港へ行く必要がある」

「まあそうなるね」

 

 ほらどっちにしろやることは一緒だ。

 そう前置きしてからヨハンは、

 

「俺の願いはただひとつ。俺とハニーを、このクソったれなクソ箱から逃がしてくれ」

 

 その願いを、おれに告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄い月明かりがほのかに射す夜の森。

 宵っ張りの木々の合間に、かすかにうごめく影があった。

 闇に潜むを前提とした、全身黒ずくめの装束。

 最初から『いる』と認識した上で見なければ、そこにいるのかすらもはっきりとしない一団。

 暗がりに潜み、とある一方を監視する、臨戦態勢の武装集団。

 

「こんなこと、やってる場合なのかねえ」

 

 視線の先にある、巨大な箱のような建築物――第2特殊更生保養院をにらみながら影の一人がぼやいた。

 

「逆だろ。あちこち滅茶苦茶に混乱してる今だからこそ、なんだろ」

「は? わかるようにいえ」

「だから、今俺たちが中央にいたら『あらぬ誤解』を与えるんだよ。見ろ殺し屋どもがいるぞ、きっとこの混乱に乗じてこっちを殺る気だ、やられる前にやれ! うおおお! って具合にな」

 

 そう別の一人が答えたのを皮切りに、次々と声が上がる。

 

「だからってこんな辺境の、放っておけば勝手に処分される奴を殺るのに、なんの意味が?」

「なんだ知らないのか? 尊き御方が気持ちよくなって、隊長の評価がちょっと上がって、俺たちはもうちょっと生きていられる」

「いいことずくめだな。女寝取られた腹いせじゃなきゃ完璧だった」

 

 目標までの距離は遠い。

 派手な物音さえ立てなければ、多少のお喋りは許容されると誰もが知っている。

 どうせことが始まれば、一晩中無言のままなのだ。

 こういった事前の『ガス抜き』は存外馬鹿にできない。

 

「けど一応、王の血統ではあるのでしょう? 4セットで当たった方がいいのでは?」

「ふん。所詮、婆さんの代で枯れた出がらしだ。なまじ『大権』だった分、もうなにも残ってはおらんよ。そこいらの凡愚と変わらん」

「どっちかっていうと『殺し姫』の方が4セット案件じゃ? ろくでなしのボンクラどもとはいえ、何の訓練も受けずにさくっとバラしやがったんだろ?」

「お、女! おんなを殺るのは、おれだ!」

「ダメ。あたし。穴を増やすの。きっときれいでセクシー」

 

 す、と一人の男が手を上げると、一斉に声は止んだ。

 ほどなくして、影の向こうから別の黒ずくめのが姿を現す。

 斥候が帰って来たのだ。

 

「緊急事態だ。箱の中で殺し合いが起きてる。犯罪者が解き放たれ、武器まで持ってた。制圧部隊はすでに全滅」

「敵の数は?」

「20から30。ただ、犯罪者同士でも殺し合ってた。放っておけば半分くらいにはなるかと」

「ふむ」

 

 報告を受けた隊長は、すぐさま決断した。

 

「罪人どもを解き放つわけにはいかん。NO10からNO13は出口を見張れ。出ようとした者は全て始末しろ」

「あいさー」

「NO1からNO3は第一目標『間男』へ。残りは全て第二目標『殺し姫』へ」

「他の犯罪者にカチ合ったら?」

「反乱を起こした時点で殺処分だ。好きにしろ」

 

 ざわりと渦巻く含み笑い。

 こういった『ガス抜き』はチーム円満の秘訣だ。

 

「総員傾注。これより行動を開始する。我ら『黒蛇』はたとえゴミ掃除だろうと完璧にこなしてみせる。暗月の懐刀に不可能はない。最精鋭たる所以を各々が存分に示せ」

 

 了。と唱和した。

 

 

 そうして彼らは『ゴミ掃除』を開始する。

 

 彼我の戦力差を(かんが)みれば、決して過分な言葉ではない。

 

 これは戦いではない。

 狩りになるかすらあやしい。

 大仰な言葉で飾り立ててはいるもののその実、隊員たちの鬱憤を晴らす、ストレス解消のレクリエーション。

 

 隊長をはじめ各員の認識は『それ』で一致していた。

 事実そうだった。

 その筈だった。

 

 

 ――『どうか』『我が愛を』『救い給え』『温かい泥』

 

 

 死に行く老女の、最後の願いさえなければ。

 

 

 ――『御達者で』

 

 

 







TIPS:バリケード

低クオリティの同色化ステルスクロークをどうにか生かし、最悪の場合、怪我人であるハニーだけでも生き残るようにと実行した苦肉の策。
派手なバリケードに視線を集めることで、なにもない(よく見ると微妙に違和感がある)空間へ注意が向くことを避ける安い手品のタネ。
実はバリケード自体にさほど意味はない。適当に積んだだけなので、ちょっと押せば簡単に崩れる。

ハニーの暴走により、即死の奇襲罠へと勝手に進化した。



TIPS:低クオリティの同色化ステルスクローク

ヨハンを殺害しようとした犯罪者『盗人ダルシー』の遺品。
彼の最後の悪あがきは、それまで無傷だったハニーの腹部にナイフを突き立てた。



TIPS:赤い塗料と魔方陣

色の指定はなかったが、床に落ちたハニーの血を隠す為に赤い塗料を用いた。
それぞれの終端に刻まれている5つの文字列は、ヨハンが図形を描き終わるとひとりでに浮かび上がった。

最初の4つは教えられた通りの文言。
最後の1つは今際(いまわ)(きわ)の切なる願い。 


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