邪神さまがみてる   作:原 太

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区切りのいい所まで、と思ってたら非常に長くなりました。
適度に休憩を挟むか、まとまった時間があるときにどうぞ。


10 勉強しましょう

 

 

 もさっとした感触で目が覚める。

 日が沈み、今夜もまた猫たちがやって来たらしい。

 

 手元でもさもさ。足元でもさもさ。

 とくに暑かったり寝苦しかったりはしないのだが、それでもつい目が開いてしまう。

 いつかのどこかで寝返りに巻き込み「ぎにゃー」と叫ばれた記憶がそうさせるのか。

 肘で押し潰さないようゆっくりと注意しつつベッドから身を起こす。

 

 ぐるり、と。

 

 丸く寝転びながらも首だけでおれの動きを追う猫たち。

 ベッドの上、シーツが見えない密度でひしめく、色とりどりの猫たち。

 

 最初は黒一色だったのだが『旧市街(ここ)で一番偉いばあちゃんに会いに来る時はみーんな真っ黒な格好してるから、それの真似してるんじゃない? ええとなんだっけ? ケーイ? 場に合った服装? そんな感じ?』などという大胆な仮説を聞いたので、ならばものは試しと「3.14159265。べつに黒だけじゃなくていい。好きな色や柄でいい」といってみた次の夜からこうなった。

 

 いや、自主的なドレスコードやったんかい。

 

 そもそも自力で模様替え可能とか、やっぱりこのコたちは『猫のガワ』を被っただけの『未知のなにか』なんだなあ、と一瞬だけ微妙な気持ちになったが……でろでろクリーチャーとかじゃなくて猫にしたのは最高のファインプレーだったと褒めちぎることにした。

 

 肯定できるところには惜しみなく喝采を送る。

 誰かと上手くやっていく基本にして秘奥義だ。

 

 

 もぞもぞと猫踏んじゃったを避けつつベッドから降り、手早くささっと着替えて、室内ドアで繋がっている隣部屋へと向かう。

 ノックをするのは2日目で止めた。

 基本グリゼルダは、無限に眠れるタイプのやつだった。

 自分に害のない物音はオートで全スルー。初日に開催されたノック音による往年の名曲メドレーライブは、3曲目でおれの拳が限界を迎えて無期限の延期となった。

 つまりこいつまじでぜんぜん起きねぇ。

 

 ただ、他人の気配には無意識でも反応するよう徹底的に訓練を受けたらしく、おれが部屋に足を踏み入れた瞬間に飛び起きる……筈だったんだけど、たった今それすらもなくなった。

 

「すー、すー」

 

 寝顔だけは涼しげかつエレガントに、ぐちゃぐちゃになった寝具の上で汚ったねえ寝相を晒しているグリゼルダ。

 ……こいつ、早速『慣れ』やがった。

 まだ1週間しか経ってないのに、おれが部屋に入っても熟睡可能に進化しやがった。

 いや、これは退化か?

 いやいや、ある意味では気を許してくれるようになった、ともいえるのか?

 

 どちらにせよ、おれが取るべき行動は。

 

 1。往年のバラエティ番組を参考に、爆音が出る闇バズーカーを作成、ぶっ放す。

 

 2。普通に起こす。

 

 おれはノータイムで闇バズーカーの作成に取りかかり、

 

「――なっ、なんですかなんですかっ! こ、怖いことしないでくださいっ!」

 

 瞬間、グリゼルダが飛び起きた。

 やはり元特別行動隊。至近距離で闇を操作したら、さすがに気づくか。

 

「おはようグリゼルダ。音が出る玩具をつくろうとしただけだよ」

「ふ、普通に起こしてくださいよう」

「大丈夫。怪我とかはさせないから」

「や、優しく起こしてくださいよう」

 

 ちょい前から薄々そんな気はしていたけど、こいつ、ワリと図太いよな。

 

「あ、待ってグリゼルダ。今日はこっち、女中服の方」

 

 半目のまま、占い師とカンフー道着を足して2で割ったような服に袖を通そうとしていたグリゼルダに、クラシカルなタイプのメイド服(攻めたバージョンは店のお姉さんの武器になった)を手渡す。

 

「ええと、今日でしたっけ、御当主さまのところへ行くの」

「そうだよ。日が暮れたら迎えが来るんだって」

 

 いって占い師とカンフー道着を足して2で割ったような服――通称『白服』を、シワにならないよう気をつけながらクローゼットに仕舞う。

 

 娼館(ここ)で世話になると決まった次の日、ターナさんからグリゼルダに、この白服が数セット送られた。

 なんでもこれは『魔女の巫女が認めた暴力装置だぜ』という意味の込められたユニフォームみたいなものらしい。

 

 つまりは、旧王家の七光りにプラスしてさらにもう一丁、魔女の巫女の威光までもびかびかさせることができる、実におれ好みな極上のお守りである。

 できることなら365日ずっとそれを着て、オーバーキル気味な権力と暴力でばっちりとおれを守って欲しい。

 

 が。

 

「さすがに、まだ魔女(ローゼガルド)の件でゴタゴタしてるところに『魔女の巫女一派です』って格好して行くのはまずいだろ。絶対に余計な揉め事が起きる」

「で、ですが……ボクがこの女中服着るの、詐欺なんじゃ」

 

 聞くところによると、このメイド服を着れるのは選ばれた一部のエリートのみらしい。

 

「現当主から直々に下賜されたんだ。文句は全部姉さまに行くよ」

「なら問題ないですね」

 こいつの、こういうちょっとアレな感じの頭の速さは大好きだ。

 

 諸々の朝の支度を済ませたおれとグリゼルダは、詰所(つめしょ)にいるくっそ人相の悪いナイスガイたちに軽く挨拶しつつ階段を下りて行く。

 

 全4階からなるこの建物が『娼館』として使用されているのは2階まで。

 3階はオーナールームや管理、維持スタッフたちの居住エリアで、1階の端にある関係者専用の直通階段からしか辿り着けない。

 そのさらに上、最上階である4階はローゼガルドの派遣した『責任者』の専用フロア。……だったらしいのだが、先のゴタゴタに巻き込まれさくっと亡くなったとかで、空いた4階はまるっとおれ専用になった。

 

「おはよーアマリリスさまー。おでかけ? あとグリちゃん可愛いー」

 メイド服の評判は上々だ。

「うん、姉さまとデートなんだ。あとグリちゃん可愛い」

「……デートって、そんな怖いイベントだったっけ? あとグリちゃん可愛いー」

「うーん、旧王家のイメージが香ばしいなあ。あとグリちゃん可愛い」

「そりゃー基本かかわっちゃダメの代表格だしねー。あとグリちゃん可」

「あ、あの、それ、反応に困るんでやめてください」

 

 娼館()の開館時間が迫り、裏方スタッフが出払いほぼ無人となった3階の詰所には、今夜は非番の店のお姉さんたちがいた。

 これはまあいってみればアルバイトみたいなもので、ここにいる面子は毎日変わる。

 ちゃんと給料も出てさらに酒も飲み放題という破格の条件なので、採用の競争率がバカ高い、超人気の副業だ。

 ……ちなみに、もう既に酒のにおいがガンガンに漂ってる。

 

「ごめんごめんもういわないから。けど似合ってるのは本当よ?」

「お、おかしくないですか?」

「全然!」「本物のカスどもより断然いいわ」「自信をもって胸を張りなさい」「ちょっといつまで絡んでるの」「ああもうそれじゃはい、せーの」

「「「「いってらっしゃーい」」」」

「いやこれ忘れ物とかしてたら、めっちゃ戻りにくくない?」

「そ、その時はボクが行きますから」

 客商売のプロ特有の勢いに背を押され、さらに階段を下りる。

 

 

 ターナさんいわく『でかい図体してるくせに臆病なやつ』だったらしい前責任者は、己の拠点である4階へ至るまでの順路に、いくつかの警備員(殺意MAX完全武装)詰所を設置していた。

 おれが4階に住むようになってからも、それらは継続して使われ続けている。

 

 正直、めちゃくちゃ有難い。

 

 逆恨みホイホイの極致、叔母上系旧王家フェイスのおれとしては、こういったセキュリティがあるのはガチで安心できる。

 

 ただ3階のお姉さんゾーンは大丈夫なのあれ? とグリゼルダに振ってみると、

 

「……毎回、必ず1人は戦えるお姉さんが混ざってますよ、あれ」

「あの人たちの仕事は戦うことじゃなくて、異常をしらせることじゃない?」

「各員が散る時間を稼ぐ足止め要員が最低1人。……生きる(かね)ですか?」

「言い方」

「ええと、すごく綺麗な、使い捨てるには惜しい高価な(かね)?」

「販売単価の問題じゃないんだよなあ」

 まあ給金が出る時点で、危険があると公言してるも同然ではある。

 ただ、これまで1度もそんな機会はなかったらしいので、酒を飲んでいるだけでギャラが出るボロい小遣い稼ぎ、くらいの認識っぽいが。

 

 しかしそれでも、常に万が一を意識させる環境を整えているのはさすがだと思う。

 

「本人たちの前でそういうこと、いっちゃダメだからね」

「は、はい。気をつけます」

 

 頭特別行動隊なグリゼルダに釘を刺しつつ、3階から続く長い螺旋階段を下り続けると……そのまま1階端にある、関係者用の通用口に出る。

 

「おはようございます、アマリリスさま」

「うん、おはよう。そういえば、ターナはもう出たの?」

「はい、リリカを連れて。今夜は金貸しどもの会合に」

「どの集まりにも席があるって、凄いよね」

「それはもう、オーナーですので」

 

 その出入りを管理する最後の詰所。

 最も外部と接する機会の多いここに詰めているのは、どう控え目に見ても連続殺人犯としか思えない凶悪な面構えの、どんな馬鹿でも一瞬でやべえとわかる迫力と体格を兼ね備えたタフガイたちだ。

 正直、見た目はめっちゃ怖い。

 だがこれくらい『わかり易く』ないと、逆に無駄な流血を招く結果となってしまうらしい。

 

「い、いつもより1人少ないけど、なにがあったんですか?」

 グリゼルダにいわれてカウントしてみると、確かに1人少なかった。

 なにか揉め事? というおれの視線に、たった今人を殺してきたばかりのような顔をした彼が淀みなく答える。

「30分ほど前に先方からの迎えが到着しましたので、そのエスコート(監視)に。今はレストラン(食堂)で待たせてありますが、如何いたしましょうか?」

「あれ? 迎えってヨランダじゃないの?」

「はい、違いました。女中服を着た金髪の若い女性です」

 

 彼らのおれに対する態度は超丁寧。

 初顔合わせの際にターナさんが『おまえたちの仕事はただひとつ。この御方より先に死ぬことだ』とかいうロックな発言を真顔でかましてからずっとこの調子だ。

 

「うーん、これから朝食(夜だけど)にしようと思ってたのに」

 どうせヨランダが迎えに来るだろうから、一緒にレストラン(食堂)でモーニング(夜)でもと思っていた。

「邪魔でしたら、外で待たせますが」

「うーん、話は通じそうな相手だった?」

「はい。受け答えは理知的でした。ですが、すれ違ったリリカがいうには『お化け』だそうです」

「……うーん、とはいえ姉さまの使いだしなあ。とりあえず会ってみるよ」

「は。どうか、お気をつけて」

 

 彼らからのVIP扱い。おれはそれを受け入れることにした。

 

 ちゃんと真剣に、本気で考えるなら。

 おれがするべきなのは、謙遜でも遠慮でもなく、期待通りの効果をもたらすこと。

 旧王家(じるし)のちょい厄系御神体として、娼館(ここ)の安全と安定に貢献すること。

 おそらくはそれが、彼らが御神体に期待している効果だ。

 

 おれが変にぺこぺこしちゃうと、その効力が弱まる。

 

 なので勘違いが過ぎない程度にそれらしく振る舞い、気持ちドヤり気味で詰所を抜けエントランスホールへと出た。

 

 視界が一気に広がる。

 

 吹き抜けになっている高い天井に、どこの大神殿だよとつっこみたくなる無駄に荘厳な内装。大理石とかパルテノンとか、その手の単語が勝手に浮かぶ、いつかのどこかで見たような様式。

 そこをせわしなく行き来するどすけべスタイルなお姉さんたちの存在が「あ、そういやここってそういう店だったわ」と辛うじて思い出させてくれる、やたらと豪華で神聖すら感じさせる謎空間。

 

 ……なんでえっちなお店の内装が、こんな超豪華でホーリーな感じなん?

 そんなおれの素朴な疑問にターナさんは、

 

『わざわざ銭払って腰を振りに来る滑稽さを誤魔化すには、これくらいの伊達があった方が良いのです。なんぞ高尚な気分になれますでしょう? ご愛嬌と、笑ってやってください』

 

 などと含蓄の塊みたいなことをいったので、アクセシビリティは大事だよね、と笑っておいた。

 

 

「あ! おはよーアマリリスさま」

「おはよ」

「なんかびしっとした格好してる。もしかしてデート?」

 

 今おれはA&Jから送られた(10着ほど一気にドカっときた)内の1着である、上下白のパンツスーツっぽいやつを着ている。

 一応礼服としても使えるらしいので、ここで着なきゃ上下白とか一生着る機会がないと、おれの貧乏性が爆発したかたちだ。

 

「うん。姉さまとデートなんだ」

「……怖いものとかないの?」

「山ほどあるよ」

「うっそだー」

「おはおはよ、アマリリスさま」

「おはおはよ」

 

 

 すれ違うお姉さんたちに挨拶をしつつ、エントランスホールを突っ切る。

 同じ言葉の繰り返しが面倒になったのか、途中からおれの挨拶に続かなくなったグリゼルダに「どんなに面倒でもこれだけはサボるな」と囁く。

 

 こうした、小さなしょうもないことの積み重ねを人間関係という。

 大体ダメになるのはそこからなので、脆いとわかっている箇所は補強しておかなきゃ。

 

 それを聞いたグリゼルダは『仕事モード』に切り替わり、やりすぎない程度にハキハキした挨拶を返すようになった。

 

 こいつのこういう、微塵も他人の善意に期待しないところは大好きだ。

 

 

 手をふりふりしながら無駄に広い神聖エロス空間を抜け、エントランスホール内に併設されているレストラン(食堂)へと入る。

 

 ここまでの高級感溢れる大理石仕様とは打って変わって、木材の温かみのある雰囲気が出迎えてくれる実にアットホームな店構え。少し暗めの照明に木製のテーブルや椅子。床には板材が敷き詰められており、どういう仕組みか壁まで木目調になっている。外との落差のせいか、やたらと居心地が良く感じる、()()()()()ただの癒し空間。

 

 ここは諸々の事情から酒類の取り扱いは一切なしの、純粋な味のみで勝負する、実に健全な食事処である。

 

 ……ただまあ立地条件的に、ほとんど待合室みたいなものなんだけど。

 

 現に今も、するりと音もなく現れた店のお姉さんが、手前のボックス席にいた顔の見えない紳士に声をかけ、そのまま手を取り先導するように神聖エロス空間へと消えて行った。

 ここで待っている客には、指名されたお姉さんが直に呼びに来て、手を繋ぎながら部屋まで案内してくれるという謎サービスがあるのだ。

 

「……いつも不思議に思うんですけど、向こうの待合室なら無料なのに、どうしてみんな、高い注文をしてまでこっちに来るんですか? ただ迎えが来るだけなのに」

 ここのメニューのお値段設定、どこの山頂だよってつっ込みたくなるレベルの強気っぷりだもんな。

「きっとあのおじさんたちを迎えに来てくれる人は、もう誰もいないからだよ」

「あ、思ってたより深刻な話に」

 

「いらっしゃい、アマリリスさま。奥の3番にいるよ。あとグリゼルダをからかうのも程々にね」

「半分くらいは事実だと思うんだけどなあ」

「全部すけべ根性だよ」

「よ、よかった。孤独なおじさんなんて、どこにもいなかったんですね」

 

 食器を下げに来たレストラン(食堂)の主であるでっかいおばちゃんと会話しつつ、迎えの者が待っているらしい3番席へと向かう。

 

 店の最奥、行き止まりには3つだけ個室があり、そこは関係者専用となっている。

 1番はおれとターナさん専用で、他の2、3番も、一般客は使用不可な特別席だ。

 

 途中、しれっと客のふりして席にいたエスコート(監視)役の彼に目礼したおれに続きそっと手を振るグリゼルダ。状況に応じた出力調整。やるなこいつ。男子中学生ならきっと勘違いが始まってた。勝手に開きそうになった記憶の扉を強引に閉めつつ、さらに奥へと向かう。

 

 

「……アマリリスさま。なんだかぞわぞわします。1人、先行させますか?」

 なにかを感じ取ったのか、影分身で先手を取ろうとするグリゼルダ。

 

 ……確か、女中服を着た金髪の若い女性だったか。

 メイド服を着用できるのはエリートの証。

 プライドとかめっちゃ高そう。

 

 そんな彼女にとって、こんな決戦前の最終ピットインじみた、最高のクリティカルをキメようとファイナルチャージ中の野郎どもがひしめくぎらぎらむらむら空間など、どう考えても居心地のいい場所ではあるまい。

 あえてこんな場所で待たせるということは、きっと『べつに歓迎はしていないぞ』というアピールなのだろう。

 旧王家、というよりは叔母上(ローゼガルド)に対する恐怖が、忌避感が、まだ脳裏にこびりついたままなのか。

 

 おれのバックに姉さまがいる時点で、そこは飲み込むしかないだろうに。

 

 全てが理屈通りに進むのなら、とうの昔に世界平和は成っている。

 とは誰の言葉だったか。

 

「ダメだよグリゼルダ。そもそも姉さまの使いなんだから。せめてわたしたちくらいは仲間で味方だって気持ちで行かなきゃ、向こうも腐っちゃうよ。これから会う彼女とは、基本、仲良し路線で」

「仲良し、ですか」

「そう仲良し。選べるなら、敵より味方の方がいい。どうせならちょっとやりすぎなくらいで行ってみよう。こう明るくハキハキした感じで」

「……もし向こうが調子にのって無礼な態度をとったら」

「わたしが改善を要求する。それでも変わらなければ、黙らせよう。姉さまの顔を立てて、殺すのはなしで」

「はい」

 

 そうして、迎えの者が待つ、奥の3番個室へと辿り着くと。

 

 メイド服を着た金髪の若い女性が、普通に飯を食っていた。

 

 テーブルに並ぶ献立を見るに、肉と油と香味野菜の共演、Cディナーだ。

 お前ここでスタミナバキバキセット食えるとか、メンタル激強だなおい。

 

 こちらに気づいた、どこかで見たことのあるメイドさんが素早く立ち上がり、美しい一礼を披露する。

 

「お久しぶりです、アマリリス様。その節は大変お世話になりました」

「久しぶり、プルメリア。すっかり元気になったみたいで、よかった」

 

 最後に見た半死人のような顔とは違い、やわらかくにこりと微笑んでいる優しげな女性。

 

 プルメリア。

 2人いる姉さまの専属使用人の内の1人。

 もう1人の専属であるヨランダは、旧市街を中心とする裏社会の重鎮、魔女の巫女の身内。

 あの姉さまが専属とするからには、きっとそれと同等か、あるいはそれ以上の()()()があるに違いない、メイド服の一部がぱつぱつ系お姉さん。

 

 つまりおれとしては、仲良くなって損はない相手。

 というかむしろ、旧王家に対して若干ネガネガしてる娼館勢との仲立ち的な意味で、ワリと重要な存在なのでは? ヨランダの友達(ダチ)なので掴みはバッチリだし。

 

「初めましてプルメリアさま! グリゼルダといいます。よろしくお願いします!」

 

 お前誰やねん、とついつっ込みたくなるハキハキとしたグリセルダ。ハキゼルダ。

 こいつのこういう、やると決めたら一切の躊躇なくやりきるライブ感は大好きだ。

 

「はい、よろしくお願いしますね、グリゼルダちゃん。ヨランダちゃんから聞いていますよ。新しい後輩ができたって。だから『さま』はいりません。もっと気楽にプルメリアと呼んでくださいね」

 

 それから、同じ席に座る座らないとか細々としたあれこれはあったが、基本的には和やかな雰囲気のまま、同じテーブルでおれとグリゼルダも朝食(夜)を済ませた。

 

「アマリリス様は、よくここをご利用なさるのですか?」

4階()に持ってきてもらうこともあるけど、大体はここまで来るかな」

「ここはその、大丈夫、なのですか? 危ない目に遭ったりとかは」

 ある種異様ともいえる雰囲気の店内に、ちらりと目をやる。

 

 あー、そりゃまあプルメリアは知らないか。

 

 こういった、エロいお店の待合室的な場所で大声を出したりイキがったりするやつは、まずいない。

 皆誰もが、言葉少なにただその時を待ち望む、徳の高い敬虔な信徒のようになる。

 

 決して安くはない金を出している。ここでそんな真似をしても滑稽なだけ。なんかダサい。大事の前の小事。明確な目的がある。野郎の(つら)とかなるべく見たくない。

 そういった数々の合理的な理由が組み合わさることで、本当にアレなやつ以外は、こういった場所では物静かにでんと構えるのが最高にクール、みたいな空気が生まれるのだ。

 

 ……あと、変に騒げばくっそ怖いおっさんや兄ちゃんたちにボコられてつまみ出されちゃうってのもある。

 

「――だからここは、そこらの酒場とかに比べても、信じられないくらいに静かで安全なんだよ」

「そんな不文律があったんですねえ」

「あと、単純においしいから気に入ってる」

 

 高校の学食ちょい下くらいのレベルはある。

 しかし松○には大差で負ける。やはりうま○マの壁は高すぎた。

 

「たしかにそうですねえ。この脳髄にがつんとくる暴力的なまでに濃い味と油は、これはこれでひとつのスタイルのように思えます」

「いや、そんな油とスタミナの最終決戦じゃないメニューもちゃんとあるんだよ?」

 

 たとえば今日のおれのメニューは、鮎っぽい魚の味噌煮定食。

 そう。

 この世界、味噌も醤油も定食という概念も、全部ある。

 どこの誰がそれを広めたかを聞いた時、これは裏の事情を知っているであろう姉さまに話を聞かなきゃ、となった。

 姉さまの専属使用人であるヨランダに、アポ取りと『私的な調査』をお願いして、待つこと数日。

 ようやく向こうの時間が取れた今日、おれは姉さまの待つ『旧離宮』とやらへ話を聞きに行く。

 

 が、その前に。

 

 おれは例の如く、せっせとしょぼい小細工に精を出すことにした。

 

 食後のひと休みを終え、それじゃあ行きましょうかとレストラン(食堂)を出てそのまま――1階端の詰所に到着。

 この場のリーダー格であるくそごつい彼を手招きして、

 

「彼女はプルメリア。現当主である姉さまの専属使用人でヨランダの友達(ダチ)だ。今度から彼女が来たら、直接4階へ通して欲しい」

「は。かしこまりました」

 

 旧王家相手にネガネガしても、まじでいいことなんてひとつもないんだから頼むよ本当。

 こうして言い聞かせたから、どうかプルメリアも内心ネガネガしたりしないでね? ね?

 そんなおれのしょぼくも美しい平和を願う心が届いたのか、

 

「彼らの警戒心は、きっと必要なものです。怒らないであげてくださいね」

 

 こそっとおれに囁くプルメリア。

 ただ優しいのか。

 なにひとつ期待していないのか。

 

 どちらにせよ、極端なやつには違いないなと思いながら、守衛の開ける正面大扉から外へと出た。

 すると、

 

 でででん! と。

 

 通行の迷惑とか一切考えることなく、ベタ付けで娼館前に停車している黒塗りの馬車があった。

 車でいうキャビンが、ドアの閉開により密閉可能な箱型になっているタイプだ。

 

 その出入り口であろう扉部分にしれっと刻まれている旧王家の紋。

 まるでやくざの○ンツが如く黒光りする車体。

 御者台の先に繋がれている、やたらと立派な2頭の黒い馬。

 

 

 ――え? まじで? それ、普段使いしちゃうの?

 

 

 どう見ても尋常ではない、生きてはいないがそこにいる、受肉した影絵。

 理屈としては、ノエミのタッカー君と同じ。鷹か馬か、違いはそれだけ。

 しかし数は2。全く同じ存在が、2頭同時に出現し並んでいる。

 

 どういうことだ? と確認するも、御者台にいるのは1人だけ。どう見てもまだ成人はしていないであろう少年。長い前髪で目元を隠した、それでも女の子のような綺麗な顔をしているのがよくわかる、線の細いひょろっとした彼。

 

 じっと凝らしたおれの目に浮かび上がるのは。

 

 かたちは違えど、どれも同じ存在である、少年と2頭の黒馬。

 1が3つに分かれているのではない。同じ1が3つ並んでいるという矛盾。

 

 

 ……おそらくこれは、ノエミとグリゼルダの合わせ技。

 異形の影分身と、その複製。

 それぞれが一芸として成立するそれらの同時行使。

 

 

 なぜ鏡に映る己ではなく、地を駆ける馬を自己としたのか。

 さらにどうして、それを2つに増やそうと思い、またできてしまったのか。

 

 おれにはさっぱり理解できないが、これだけははっきりとわかる。

 

 

 やっぱ怖いわ、旧王家。

 

 

 得られた成果を、再現可能な『技術』へと落とし込み、きちんと次の段階へステップアップしている。

 きっとこれまでも。そしてこれからも。ステップアップは続く続く続く。

 

 これは、本気で怖い。

 

 

「い、生きてたんだ、レミ」

「そっくりそのまま返すよ、グリゼルダ。お前は絶対に死んでると思ってた」

「う、うん。本当なら、そうなってた」

「……こっちも似たようなものさ。御当主様に、拾われた」

「みんなのところに戻れて、よかったね」

「……そうでもないさ。ていうかお前、なんかキャラ違くない?」

 

 先行したグリゼルダと御者の少年の会話を聞きながら、馬車へと乗り込む。

 おれに続いたプルメリアが内側から扉を閉めると、外の音は一切聞こえなくなった。

 なにこの超防音性能。凄い。

 車内は2人掛けのふかふか系長椅子が向き合って設置された4人用。奥に座ったおれの斜め前にプルメリアが腰を下ろすと、そのままするりと馬車が出発した。

 え? グリゼルダ、外なの?

 

「もしもの時、レミ君だけじゃ心配ですから」

 おれの顔を見たプルメリアが答える。

 これはよくないな、と反省する。

 旧王家のやばさにびびって、つい無防備になってた。

 

「御者の彼、レミ君だっけ? グリゼルダと知り合いみたいだったけど、どういう子なの?」

 

 つい扉にあるガラス窓に目をやるも、角度的に御者台は見えない。

 旧市街のごちゃっとした街並みが、ただゆっくりと左から右へ流れて行くのみだ。

 

「彼はローゼガルド様のお眼鏡にかなって、個人的に引き抜かれたんです。新市街にあるローゼガルド様の私邸で、専属の送迎係兼使用人として勤めていました」

 

 線の細い美少年を気に入って、個人的に引き抜いた。

 しかも彼は自身を(家畜)と認識してるっぽくて、さらには私邸で専属。

 その瞬間、おれの脳裏に湧きあがる悪魔的ワードの数々。

 とし○えん。

 おばショ○ヘブン。

 

 ……叔母上ェ。

 

 窓ガラスに映るおれの顔は、親父の本棚で制服J○モノのエロ本を発見した時のそれだった。

 

「彼は『草原の民』と呼ばれる、北東大平原を守護する一族の出身なんです」

 おれの顔を見たプルメリアが補足を始める。

 これはよくないな、と反省する。

 叔母上のガチ目な欲望(デザイア)におののき、つい無防備になってた。

 

「かの一族は生まれた時から常に馬と共にある『人馬一体』を是とする独自の価値観を持っているんです。地の果てまでも一息に駆ける駿馬は、草原の財産であり兄弟でありもう1人の自分であると」

 

 なるほど。だから己の写し身たる影分身が馬になってもおかしくはないと。

 ふむ、そういうパターンもありなのね。

 なら『草原の民』は全員がデフォで黒馬を出せるのか。

 

「いやそれでも、2つに増えるのはおかしくない?」

「ええ。普通は1人1頭です。なので、相当無茶な『手入れ』があったのだと思います」

 

 なるほど。レミ君は叔母上に目をつけられた、不幸な実験体だったと。

 うん、さすがは叔母上。まごうことなき外道おばさんだ。

 

 ……いやこれ、ショ○喰いおばさんの方がまだマシだったんじゃね? 外道おばさんの方がランク下がってね?

 

「わざわざレミ君が選ばれたってことは、彼は草原の民の中でも、なにか特別だったの?」

「はい。族長の息子です。なので人質としての意味もあったのでしょうね」

「普通人質って、それなりに丁重に扱われるものじゃない?」

 ついさっき、相当無茶な『手入れ』があったとかいってたよな。

「あれはどうやら、レミ君が自分から望んだみたいなんです。族長の息子なのに、戦士としても騎手としても『ごく平凡』なのが我慢ならないとかで」

 

 ……んん?

 

「記録を調べると、さらに倍の「4」への拡張施術申請が出された次の日に、ローゼガルド様名義でキャンセルされていました。おそらく、ローゼガルド様は『止める側』だったんじゃないでしょうか」

 

 つまりあれか。

 ひ弱なショタボーイを人質として引き取ったら、なんかそいつがめちゃくちゃ劣等感まみれで上昇志向の強いやる気勢だったと。

 

「……もしかして、レミ君とローゼガルドの関係は良好だった?」

「おそらくは、()()()

「レミ君って、今何歳?」

「たしか14で、引き抜かれたのは2年前です」

 

 年齢的に男子中学生。人生で最も猛り狂う時期。猿の惑星。

 ちょっと年齢感は出てたけど、間違いなく美形ではあったローゼガルド。美魔女セレブ的なオーラがガンガンだった。中学生男子なら、問題なくイケる。いやむしろ大人の女フィルターにより2倍特効だ。あ、これレミ君、ずぶずぶだわ絶対。

 

「……いや、ダメじゃね?」

「ダメですよねえ」

 

 なんだか、死ぬほど面倒な予感がする。

 考え得る限りで、1番最悪なケースは……。

 

「グリゼルダのいってた『みんなのところに戻れて、よかったね』というのは?」

「ヒルデガルド様の近衛は、草原の民で構成されています。元々はレミ君も近衛所属だったんです」

 で、晴れて近衛に復帰したレミ君にかけられた『戻れてよかったね』に対する答えが『……そうでもないさ』だったと。

 やべえなあの馬鹿。(おおやけ)の場なのに、隠す素振りすらねえや。

 

「いや、ダメじゃね?」

「ダメダメですよねえ」

 

 公的な発表では、ローゼガルドは事故死となっている。

 ただどんな馬鹿でも2秒考えれば、姉さま(ヒルデガルド)が殺ったんだろうな、となる。

 さらにいうなら、にょっきり突然生えてきたおれが無関係なワケがない。

 どんな馬鹿でも1秒考えれば、2人がかりで殺ったのだろうな、となる。

 実際、当たらずも遠からずだ。

 

 さて、そんな実行犯2人に対して、推定ローゼガルド好き好き勢のレミ君はどう行動するでしょうか?

 

 1。復讐(リベンジ)

 

 2。襲撃(アタック)

 

 3。愛のままにわがままに、僕はお前らだけはぶち殺す。

 

 

 うん、絵に描いたような獅子身中の虫だな。

 

 凄えや叔母上。

 間違いなく嫌がらせ1本でメシ食っていけるレベルの辣腕っぷりだ。

 

 

「レミ君、うっかり事故死とかしなかったの?」

「さすがに近衛隊長である族長の子息ともなれば、そういうわけにもいきません」

「あー、草原の民内部のヒエラルキーがそのまま、近衛の地位に反映されちゃってるのか」

「団結力が高くて脅しや賄賂がきかない、といった美点もあるんですよ?」

「その分、身内には甘くなったり?」

 プルメリアはただにっこりと微笑んだ。

 これたぶん、プルメリアも心中穏やかじゃないな。

 

 

 ――もしもの時、レミ君だけじゃ心配ですから。

 

 

 そりゃ心配だよな。

 なにかあるとすれば、まずレミ君が怪しい。

 

 

「……なんでそんな彼を、わたしの迎えに?」

「ヒルデガルド様の差配です。きっと、ロクでもない理由なんじゃないでしょうか」

 

 ちょっと笑ってしまう。

 

「その口振り、ヨランダみたい」

「だったら、とても嬉しいです」

「もしかして、なにも聞いてない?」

 プルメリアは困ったような顔をして、はいと頷いた。

「お恥ずかしながら、どこに耳があるか、まだ曖昧な段階なんです。ただ(わたくし)が遣わされた時点で、襲撃があるのは覚悟した方が良いかと」

「……どゆこと?」

「最初は、ヨランダちゃんが迎えに行く予定だったんです。ですが寸前になって『やはりプルメリアが行け』と急遽ヒルデガルド様から命が下りまして」

「……なんで?」

「実は(わたくし)、誰かを守ること()()は、ちょっとしたものなんですよ」

 ドヤ顔のプルメリア。ドヤメリアだ。

「レミ君がいきなり襲いかかってくるって?」

「いえ、その可能性は低いです。ただ彼は『ローゼガルド派』の残党からすれば、とても魅力的で有用な存在なんです。そして近衛に復帰した彼の側には、幾人かの好ましくない輩の影がありました」

 あー、陰謀のにおいでむせ返るー。

「……やる気のレミ君と残党さんたち、友達になっちゃった?」

「なにも証拠はありません。レミ君からの自供も取れませんでした」

「そんなキナ臭い状況の中、姉さまがいきなり予定を変更して、誰かを守ること()()はちょっとしたものなプルメリアを迎えに寄越したと」

「はい。ばっちりお守りしますよ」

 うん100%あるな、襲撃。

「……そんなど真ん中に、ロクな説明もなしに、いきなり放り込まれたの?」

 

 なるほど。これが頭旧王家か。

 かかわっちゃダメの代表格といわれるだけはある。

 

「毎度のことですけど、圧倒的に言葉や配慮が足りないんです、ヒルデガルド様って」

「いつもこんな感じなの?」

 エサであるおれと同じ網にぶち込まれる簡単なお仕事とか、これ、プルメリアもキレていいのでは?

「信頼の証と理解しています。ヒルデガルド様は、できないことを『やれ』とは仰いませんから」

 ならばプルメリアと同じ扱いをされるおれも、同じくらい姉さまに信頼されているということだろうか?

 いやいや、そんなどでかい信頼関係を築くような大事件も長い年月も、まだないから。

 

「だから不思議に思うんです。基本的に他人を懐には入れないヒルデガルド様が、アマリリス様に対しては妙にずうずうしいといいますか、馴れ馴れしいといいますか。親しみ、のようなそうでもないような」

「……こんなかたちで示されても、嬉しくないなあ」

 それを聞いたプルメリアが慌てたように、

「あの、アマリリス様は今、お怒りですか?」

 

 正直いって、そっちの内輪揉めに首をつっ込みたいとは微塵も思わない。

 アポなしでエサ役を押し付けられて、ふざけんなと思う気持ちもある。

 ただ、よくよく考えると。

 

「なんというか、おまえが散らかした後片付けをしなさいっていわれた気分」

 

 おれがいきなりおっ始めたから、レミ君と叔母上を隔離する暇がなかったのだろうなと思う。

 ローゼガルドをやるならやるで、本当ならいくつもの下準備が必要だった。

 しかしおれの登場により、それらは全てすっ飛ばされ、結果だけが押し寄せた。

 

 こうなった原因の一部は間違いなくおれにある。

 それを理解してしまうと『ちょっとお腹の調子が……』と帰るわけにもいかなくなる。

 

「だから、本当は凄く嫌だけど、できる限りは協力しようと思う」

 

「ありがとうございます、アマリリス様。ヒルデガルド様は効率主義でこそありますが、決して悪い御方では――あ、ええと普通に考えたら結構大概なことやっていますが、それでも優しいところがあったりもするんです」

 

 フォローしようとしてぐちゃっとなったプルメリアが、誤魔化すようにおれの手を取った。

 

「今回の件も、ヒルデガルド様は決してアマリリス様を危険な目に遭わせようなどとは考えておりません。(わたくし)がここに居る時点で、危険など、どこにもありはしませんので」

「……本当にぃ?」

 なんかプルメリア、どんくさそうなんだよな。

 ノエミやグリゼルダにあった『鍛えてます! 戦士とか兵士とかそっち方面です!』な感じが全然ないというか。今にぎにぎしてる手もすべすべで超綺麗だし、なんというかそう、暴力のにおいがちっともしないのだ。

「もちろん本当ですとも。率直にいってしまうと、レミ君が取れる程度の手段では、絶対に私は殺せません。私がお守りするアマリリス様も、絶対に死にません」

 だからなにがあろうとも安心安全なんですよ、と微笑むプルメリア。

 凄い自信である。

 だが、それ以前に。

 

「そもそもレミ君は、今夜このタイミングで『やる』の? プルメリアとグリゼルダっていう邪魔者が2人もいるのに」

「2人しかいないのが既に好機ですね。それにヒルデガルド様のことですから『やるなら今夜このタイミングしかない!』という完璧なお膳立てをしていると思うんです。一度決めたなら、とことんやる御方ですから」

「たとえばどんな?」

「そうですねえ。今夜この時間帯に限り、ローゼガルド派の残党がまとめて自由に動けるよう小細工を施す、とかですかねえ」

「その残党さんたち、どれくらいいるの?」

「およそ20から30。潜在的にはその倍といったところです」

 

 え? なに姉さま、ガチでおれを殺す気なの?

 次も猫たちが治してくれる保証はないんだよ?

 

「……具体的には、御者のレミ君がこっそり進路変更して、みんながスタンバイしてるリンチスポットへご案内、とかかな?」

「ありそうですねえ。この馬車、要人専用の特注品ですっごく頑丈なんです。だから事故とか故障とかいって、どうにかして外に出そうとするでしょうねえ」

 

 まあ、やくざの○ンツ(かかわっちゃダメな車)が防弾仕様なのはお約束だもんね。

 

「けどそんなことしたら、上手くいっても失敗しても、どっちにしてもレミ君、確実に処分されるよね?」

「そうですねえ。本人も承知の上だとは思いますが」

「そこまでの覚悟、あるのかな?」

「そればかりは『その時』になってみないことには」

 

 愛に恋に主君に忠義に殉じる。

 ……思春期ドストライクだな。

 普通にやりそう。

 

「けどそうですね。もしかしたらこれは、レミ君にとって最後のチャンスなのかもしれませんね。本当にやるのか、やらないのか。……近衛隊長(父親)たちを納得させる最後の一押しになるのかもしれませんが」

 

 まあ実際にやっちゃったら、近衛隊長だろうがなんだろうが庇いきれるわけがない。組織に属する一員として、レミ君の処分を『当然の沙汰だ』と納得するしかない。

 

 おそらく姉さまは1週間ほど時間を与えた。

 その間にどうにかしろと。

 そして今夜、時間と慈悲は尽きた。

 

「……レミ君が思い止まる可能性、あると思う?」

「あったら、いいですねえ」

 

 シコ猿エモーショナル100%と化しているであろうレミ君が止まれる可能性は、限りなくゼロに近い。

 きっと隊長である父親や先輩たちが散々説得した末の今夜だ。

 なんかもう色々なものでべろべろに酔いまくって、誰の言葉も耳に入らない状態になっているのだろう。

 

「旧市街ではどんな邪魔が入るかわかりませんから、始まるとすれば、新市街に入ってからでしょうね」

 

 プルメリアの視線を辿ると、まだ窓の外にはごちゃっとした旧市街の街並みが流れていた。

 めちゃくちゃ広い旧市街を抜けるには、もうしばらくの時間が必要だろう。

 

 いつの間にか膝の上にいた白猫の背を撫でながら、考える。

 

 たぶん、もう決まっている。

 こんな、どこか予定調和めいた『最後のチャンス』がわざわざ用意されている時点で。

 

 関係者全員の共通認識として、レミ君の処分は、もう決定している。

 既に事態は『一部関係者にどうやって(レミ)の死を納得させるか』の段階に差し掛かっている。

 

 きっとこれは、数え切れないくらい沢山の善意や助言を、ことごとく無視し続けた馬鹿の順当な末路。

 自業自得だから、まあしょうがないんじゃない?

 それで終わる、もう終わった話。

 

 

 ……ただ。

 

 

 おれが急激に事態を進めなきゃ、もうちょいましな結末も、あった気がしちゃうんだよなあ。

 

 

 ちらりと、おれの斜め前に座る一部ぱつぱつ系メイドを見る。

 

 プルメリアのいう『なにがあろうとも安心安全』とやらは、考慮に値しない。

 信憑性が乏しいとか、生殺与奪の権を他人に握らせるのは消極的な自殺じゃんとか、そういった当たり前を全部すっ飛ばしたとしても。

 

 プルメリアはここまで1度もグリゼルダの安全には言及しなかった。

 

 たぶん彼女の守る対象にグリゼルダは入っていない。

 いやふざけんなよ。

 なにしれっと『グリゼルダ』対『残党30人』をマッチメイクしてんだよ。

 なにこんなしょうもないことで、おれの最強の護衛を使い潰そうとしてんだよ。

 

 うん。やっぱ論外だわ。

 

 たぶん、このままじゃダメだ。

 

 どう転んでも、おれにとって良くない結果になる。

 どうにか、おれに都合がいいよう、捻じ曲げる必要がある。

 ただ、皆がにこにこハッピーエンド、というのは無理だろう。

 おれを殺しに来るレミ君とは、絶対にカチ合う。

 まあ普通に考えたら、殺しに来るお前が死ねやの精神で殺っちまうしかないのだが……おれは正直、レミ君がこうなった現状に、後ろめたさを感じている。

 

 妥協。

 落としどころ。

 誰にも手を差し伸べられない。

 半分くらいはおれのせいでこうなった。

 とくに助けたいとも思わないくそがきにチャンスを。

 

 そこで悪魔的ひらめき。

 

 必要なのは、同等の熱量。

 ()()()殺しに来るというのなら、そうされても、文句はないよな。

 当たり前の話だが。

 おれはお前に対して愛も情も、欠片もないからな。

 これまで一方的だった矢印を、こちらからも叩きつける。

 ちゃんとびびれよ、くそがき。

 さもなくば。

 

 

「……なあ、プルメリアってさ、口堅い方?」

「はい。がっちがちですよ」

「じゃあここだけの内緒話なんだけどさ、わたしからすれば、レミ君が死ぬ理由がくっそしょうもなく見えるんだけど、こっちの世界基準じゃ違うのかな?」

「いいえ、違いませんよ。くっそしょうもないですよ」

 

 なんだよお前、そんな返しされると好きになっちゃうじゃないか。

 

「だから関係者からすれば、どうしようもない『恥』なんです。女に入れ込んで視野が狭窄して裏切る。どこにでもいくらでもいる、しょうもない凡夫のありふれた末路なんです」

 

 やっぱそうだよな。

 

「じゃあ、そんなしょうもないやつなんてさ。脅せば、折れるんじゃない?」

「……え? いえ、隊長さんたちが血まみれボコボコになるまでやっても変わらずで」

「そりゃ『乱暴な説得』だったら、命の保証はあるだろ。やられる方だって当然、それくらいわかるよ」

 

 窓の側へと移動する。

 

「もしかしたらあいつさ、自分は殺されないってカン違いしてるのかもよ。わたしのことは、殺そうとしてるくせに」 

 

 意図して一気にテンションを最高値まで引き上げる。

 台詞の読み方ひとつで、説得力には天地の差が出る。

 本気で、本気で、本気で、ダメならもう死ねよお前。

 スライドする窓ガラスを全開にして、頭をつっ込む。

 グリゼルダとレミ君がいる御者台に向かって、叫ぶ。

 

 

「グリゼルダッ! 敵が動きを見せたら、即殺せッ! あらゆる御託はわたしが引き受ける。屁理屈は気にしなくていい! わたしの命令はただひとつ。どんな些細なものでもいい! 敵が動きを見せたら、即、殺せ! 首をへし折り切断しろッ! 意味はわかるな!?」

「はい大丈夫です! だから()()に座ってます! 準備できてますっ!」

 

 

 間髪入れず、グリゼルダの叫び声が返ってくる。

 思わず笑ってしまう。こいつのこういう、狂ったような頭の速さは大好きだ。

 

「よし! じゃあお願いね!」

「はい!」

 

 ばん、と窓を閉め、どかっと座席に身を沈める。

 

 ちゃんとびびれよ、レミ君。

 グリゼルダは本当にやるし、おれだってそのつもりだ。

 動けば即死でなにも成せない。

 それくらい、わかれよレミ君。

 

 ……とはいえ、最悪のケースにも備えておかなきゃな。

 

 とっくに日は落ちているので、既にそこかしこに闇は満ちている。

 それをべりべりと剥がし、馬車の内部へと貼りまくって補強する。

 ただし闇の質はとても低い。最初の地下空間やアルネリアに比べると、すかすかのスポンジかお()みたいだが、ないよりかはマシだと信じて貼る貼る貼る。

 

「……ほら、見てないでプルメリアも手伝って」

「あ、はい」

 

 べりべりぺたぺた。べりべりぺたぺた。

 剥がして渡して貼る。合間におれも手ずから貼る。

 静まり返った車内で2人して補強作業にあたる。

 

「……思っていたよりもずっと、お優しいのですね」

「聞こえてなかった? わたしはグリゼルダに『やれ』っていったんだよ?」

 

 べりべりぺたぺた。べりべりぺたぺた。

 

「これは篭城の準備ですよね?」

「うん。最悪の場合、馬は消えちゃうだろ。なら下手に出歩くより、別の迎えが来るまでじっとしていた方がいいなって」

 

 アルネリアの一件で、おれの足の遅さは痛感した。

 襲撃者から逃げ切るなんて絶対に不可能だと断言できる。

 

「たしかにそうですね。お察しの通り、今夜の動向はヒルデガルド様の監視下にあると思います。ですので、もし馬が消えれば、そう間を置かずに別の者が迎えに来るかと」

 

 べりべりぺたぺた。べりべりぺたぺた。

 

「元々頑丈な上にこの補強。確実にそれまで持ち堪えられるでしょうね」

「……もしかして、アテにされてないって怒ってる?」

「いえ、そういうのではなくてですね」

 そこでプルメリアは作業の手を止めて、

「たとえレミ君が死んでも、特に問題なく今夜の予定は進行するんです。彼を生かしておく理由は、これといってないんです」

 

 お、かましてきたな、プルメリア。

 

「少なくとも、ここでグリゼルダちゃんにあの指示を出せるアマリリス様にとっては、本当に、なにもないんです。むしろ自身に敵意を向ける存在なんて、生かしておく方がおかしいんです」

「けど彼はまだなにもしていない。少なくともわたしに対しては」

「ですがもうこちらでは」

「そっちの言い分を鵜呑みにするならそうだね」

「え?」

 

 

 今プルメリアは良い感じに締めようとしていた。

 だからレミ君を生かす選択肢を用意したオメーまじ優しいな! みたいなノリで、良い感じに話を終わらせようとしていた。

 なあなあでそれに乗ってもよかったが……やはり、これは放っておくと本気の決裂に繋がりかねない。

 いうべきは、いおう。

 

 

「グリゼルダを使い潰すつもりだったろ」

「え?」

「こんなしょうもないことで、わたしの護衛を潰されてたまるかよ」

「え? え?」

「勝手に、グリゼルダを消費しようとするな。わたしはプルメリアを、仲間だと思っていたい。……できる限りは」

「――ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 慌て立ち上がったプルメリアが天井にごんと頭をぶつけてまた座った。

 いくら立派な馬車とはいえ、成人女性が立ち上がれるほどの高さはない。

 

「あ、アマリリス様はなにか思い違いをされています! グリゼルダちゃんは侵蝕深度(フェーズ)7なんですよ? しかも特別行動隊のフロントメンバー! そんなあの子が()()()()()()を受けた上で、たかが侵蝕深度(フェーズ)4の群れ相手に後れを取るなんてありえません。本当に私、こと『死なせない』に関しては凄いんですよ!?」

 

 ……んん? なんか微妙に予想外のワードがぽつぽつと。

 

「けど向こう、30人なんでしょ?」

「最初の数人が()()()倒れた時点で勝手に瓦解しますよ。べつに死兵ってわけじゃないんですから。むしろレミ君の後に隠れるような腰抜けばっかりなんですから」

 

 お、グリゼルダが『なにをできるか』は知ってるんだ。

 

「いやけど、そんなに数がいたら、万が一ってことも」

「これ以上誤解されるのは避けたいので、もうバラしちゃいますからよく聞いてください」

 

 プルメリアがずずいとおれの前にやって来る。

 

「私が居る限り、絶対に、死にません。首が折れても、切断されても、絶対に死にません。これは幾度もの実践を経て証明された、事実です」

 

 いつかヨランダがいった言葉を思い出す。

『あいつは最初から、初期施術が終わった瞬間から侵蝕深度(フェーズ)8だったんです』

 

 ……まじで? そんなことできるの侵蝕深度(フェーズ)8って。

 いやもうそれ、色々と次元が違いすぎじゃね?

 

「あ、それってあれだろ? 痛みはばっちり感じるから、結局は心が死んじゃうとかいうやつ」

侵蝕深度(フェーズ)7の出力で多重身体を繰るグリゼルダちゃんなら、普通に問題ないです。『分散』の評価値も平均以上でしたし、ちょっと痛いくらいで済むと思います」

 

 つまり。

 

「……本当に圧倒できる公算があって、死ぬ心配もなくて、実はちょろい仕事だった?」

「いいえ、ちょろくはないです。本来、私の力には『幾重もの厳重な制限』がかけられています。ただ今回は『それらが(ほころ)ぶちょっとしたアクシデント』とヒルデガルド様がなにも仰らなかった事実が合わさり、色々と()()になっているんです。こちらも、こんな胡乱な手段を取るしかないくらいには切羽詰っていました」

 

 極めて複雑かつ高度な政治的判断というやつか。

 

「もしかして、レミ君も死なせない対象だったり?」

「はい。もちろんそのつもりです。なにせヒルデガルド様はなにも仰っていませんので、私の好きなようにします。もしグリゼルダちゃんがべきっといっちゃってもレミ君は死にませんが、よろしいですか?」

「うん、よろしいよ。けどそれ、結局レミ君、ショック死しない?」

「彼の面の皮の厚さは相当なものです。たぶん、いけるんじゃないですかねえ」

 

 はははほほほ、と和やかな笑いと共に一件落着。

 

 ……自分の都合の悪い時だけなあなあにしちゃ、ダメだよなあ。

 

「ちゃんと話も聞かずに早とちりしてた。ゴメ」

「――謝罪などなさらないでください。アマリリス様はもう、ヒルデガルド様の妹君であらせられます。わたしに誤解させるような態度を取るお前が悪い、という気構えが必要です」

「うん、知ってる。それはもうこの1週間で――」

「そもそもが、中途半端に情報を伏せた私の――」

 

 いやお前と仲良くなっとけば死なずに済む場面が増えそうじゃん。

 などというでろでろな下心満載のおれとプルメリアの、レジ前の「わたしがわたしが」うるさいおばちゃんたちのようなやり取りはしばらく続き――結局は、ズッ友マブダチフレンズだよ! な方向へ持っていくことに成功した、と思う。たぶん。

 

 

 

※※※

 

 

 

 旧市街とは文字通り、かつての(ふる)い市街地だ。

 ならば当然、その対となる新しい市街地、俗にいう『新市街』も存在する。

 

 ネグロニアにおいて『新市街』とは、かつての革命の勝者による刷新の象徴として、巨額の資金を投入して行われた一大プロジェクトの成果物である。

 

 ゆえに、確実に旧市街よりもデカくて立派でなければならない。

 そうでなければ面目(めんぼく)が立たない。

 自分たちが打倒した相手よりも矮小なものなど、どうしてつくれようか。

 そう当時の革命軍改め新政府はいきり立った。

 

 で、バカでかい旧市街よりもさらにクソでかい新市街ができた。

 

 おれが今向かっている『旧離宮』とやらは、そんな新市街の中枢部にあるらしい。

 なんでも、奇跡的に綺麗なまま残っていた建物をそのまま移転して補修改修を加えた物だとか。

 

 つまりなにがいいたいのかというと、めちゃくちゃ距離が遠いので、馬車に乗ってる時間がとっっっても長い。

 もうレミ君に関しては、できることもしたいこともないので、あとはお茶でも飲みながらお喋りくらいしかすることがないのである。

 プルメリアがどこからか取り出した銀のティーポットから出てくる紅茶に口をつけて、想像の10倍熱っつ! とか、凄えリ○トンとタメ張るくらいの美味さがある! とかしつつも、ずっと気になっていた諸々を聞いてみる。

 

 

「そもそもがさ、侵蝕深度(フェーズ)7の凄さってのが、いまいちよくわからない。上がれば上がるほど強くなるってのはわかるんだけど、具体的に1コ上がるとどんな違いが出てくるの? なにもしてない普通の人は『ゼロ』なんだよね?」

 

 強化措置とかいう、どう考えても身体によくなさそうな、悪の組織じみたやつ。

 これまでおれの周りには感覚派しかいなかったので、いまいちふわっとしていたやつ。

 

「はい。未強化を意味する『ゼロ』という呼称は、永く軍の中では蔑称でした。ですが1年ほど前にネグロニア軍の全兵が強化措置を完了したことで、もはや死語となりましたね。今軍人と呼ばれるのは最低でも侵蝕深度(フェーズ)1以上の者となります」

 

 おおう。もう既にばっちり数は揃ってんのね。

 

「具体的な違いといえばそうですねえ……徒手格闘においての俗説ですが、侵蝕深度(フェーズ)が1上がれば、身長10センチ、体重10キロを加算して考えろ、とかいわれてますね」

 

 たとえば身長170センチ体重60キロの男で考えると。

 侵蝕深度(フェーズ)3の場合、身長2メートルの体重90キロ。

 うん、殴り合って勝てる相手じゃないな。

 しかもこれ、ちゃんと訓練を積んでるのが前提だろうし。

 

「当然、実際に体重や身長が増加するワケじゃないよね? どういう理屈?」

「原初への段階的な回帰、と教本には書かれていますね。よろしければ、貸し出しもできますよ」

 

 あ、プルメリアも知らないのね。

 

「けどそれじゃ、武器を持ったらなんとかなるんじゃないの? こう、刃物でざくっといったりすれば」

「ええ、いけますよ。けど当然、相手も武装しますからね。やはり差は生まれます。それにほら、大きい人ってタフじゃないですか」

 

 おれなら致命的な傷でも、身長2メートル体重90キロの男なら重傷あるいは軽傷で済む。

 そういったケースは多々あるだろう。

 

侵蝕深度(フェーズ)が上がるにつれ、それがどんどん顕著になっていくんです。柔軟性や骨の強度も軒並み上昇しますし、反射神経や動体視力、さらには直感の類も強化されますので、よほど上手くやらないと、なかなか不意打ちも決まらないんじゃないでしょうか」

 

 なにそれ凄い。めっちゃお得じゃん。

 なんだかちょっと興味が出てきた。

 

「これだけでも明確な『差』が出るのですが、ただ『強者』をつくるのではなく『超人』に至ると謳われている、さらに決定的な要因があるんです」

「おお、なんか凄そう」

 プルメリア、セールス上手くね?

 なんかおれも強化したくなってきた。

 

「実際凄いですよ。侵蝕深度(フェーズ)が上がる毎に、できることが増えていくんです。普通なら絶対にできないことが、当然の機能として備わるんです」

 

 そうしてプメリアの聞かせてくれた、侵蝕深度(フェーズ)毎に増えていく『できること』をまとめると。

 

 

1 闇治療が可能に(死ににくさが超アップ)

2 暗視(デフォで超高性能暗視スコープ装備)

3 心肺機能の強化(アホみたいに走れるよ)

4 総合的にワンランクアップ

5 闇で武器作成可能に(多重身体、鷹、馬もここ)

6 闇武器の解釈拡張

7 オリジナル闇技に開眼

8 そして伝説へ……

 

 

 まあこんな感じになる。

 おれなりに噛み砕いた箇所もいくつかあるが、そう大間違いはない筈だ。

 

「とくに3と4の間がひとつの壁だといわれてますね。ここが位階の分かれ目だと」

「なるほどなあ。……ん? ちょっと待ってこれ、おかしくない?」

「なにがですか?」

「いやこの侵蝕深度(フェーズ)1のさ、闇治療が可能になるってやつ。ゼロにはできないんでしょ?」

「ええ、最低限の浸透率がなければ、普通に殺しちゃいますね」

「わたしは強化措置とか受けた覚えはないんだけど、普通に姉さまに治療されたよ。しかもばっちり治ったし。……どゆこと?」

 

 プリメリアは一瞬だけ悩むような素振りを見せたが、すぐにまあいいや、みたいな顔をして答えた。

 

「アマリリス様の御身は、間違いなくヒルデガルド様の血縁です。つまりは旧王家の直系であり、最初から侵蝕深度(フェーズ)でいうなら7に相当します。だから当然、治療も可能なんですよ」

 

 直系なら7。ならば分家筋やもっと端っこなら6とか5になるのだろうか。

 そういえば、アルネリアで会ったヨハンは、どんなにやばくても闇武器とかは手にしなかったな。……てことはおそらく、侵蝕深度(フェーズ)でいえば5以下だったのだろう。

 それでも、おれとハニーをまとめて背負い長距離を走り切ったことから3以上はあったのだと思う。

 なるほど、旧王家の血といっても、ワリとピンキリみたいだ。

 

 ……ただ、そうなると。

 

「もしかしてさ、王族だけじゃなくて、貴族も同じ感じだったりする? 最初から、侵蝕深度(フェーズ)でいうと3とか4くらいあったり」

 

 アルネリアで会った貴族のお嬢さんであるハニー。

 おれを拉致って殺そうとした、元ネグロニア貴族から成る魔術結社の副首領イグナシオ。

 おそらく軍人ではないこの2人が、ちょっとおかしいレベルで強かった理由があるとすれば、たぶんそういうことだと思うのだが……。

 

「よくご存知ですね。その通りです。今も現存するアルネリア貴族は、生まれた時点で既に侵蝕深度(フェーズ)3、血筋によっては5とかもあるそうですよ。ネグロニア貴族は、その、いろいろと酷いことがあって地下カルトになっちゃいましたけど……」

 

「じゃあこの侵蝕深度(フェーズ)っていう尺度は、もともとは王侯貴族で使われていたものの流用?」

「昔はもっと別の呼び方だったらしいですけどね。ただ基本の骨子(こっし)はほぼ同じらしいです」

 

 紅茶を一口、舐めるように飲む。

 うん、ちっとも味がしない。

 ちょっと内容がやばすぎて、正直、内心びびりまくってる。

 いやプルメリアお前さ、なんて話聞かせるんだよ。

 これ絶対、口外しちゃダメなやつだろ。

 けど、それをこうしておれに聞かせるってことは、上からそう指示が出てるってことだよなあ。これくらいは共通認識として持っとけ、ってことだよなあ。

 

 ……こういう時に取るべき行動は2つに1つ。

 このまま馬車から飛び下りて逃げるか、余裕な顔して1歩前に出るか。

 びびって立ちすくむのだけは、絶対にしてはいけない。なぜなら、ただマイナスしかない愚行だからだ。

 

「あ、おかわり、どうですか?」

「頂くよ」

 

 いつの間にか空になっていたカップに、リプ○ンと競り合うクオリティの紅茶が注がれる。

 ……よくよく考えると、あのプライスでこんなガチ茶葉と競り合えるリプ○ンって凄えな。

 いや、超技術を駆使する大企業に肉迫し得る、旧王家ティーの実力を褒め称えるべきか。

 ……うん、よし、もういい加減、現実逃避は止めるか。

 そもそもおれに逃げる先などない。

 だから可能な限り余裕な顔して、こういうのだ。

 

 

「つまりさ、今やってる強化措置って、いってみれば平民の貴族、王族化だろ? なんでそんなことやってるのか、できるのか、さっぱりわからないんだけど」

 

 

 ただひとつわかるのは、これ国家規模で、超絶ロクでもないことが進行中だろ絶対。

 

 いやいや、旧王家が自分たちの特権を無料(ただ)でバラまくとか、そんなうまい話があるわけねーだろ。

 なんつーか、どんなリターンがあればそれを『やろう』となるのかが、微塵も想像できない。

 バラまいているものがデカすぎて、逆の天秤になにが乗るのか……ただただ怖ぇよまじで。

 

「公式発表では『国家防衛の為の現実的な施策』となってますね」

「旧王家の気前がよすぎて不気味だ、という声はないの?」

「ないですねえ。そもそも、そんな発想には至れないと思います」

「……なんで?」

「ネグロニア貴族は100年以上も昔に滅び、そもそも王族が実際に戦う場面を見ることなど、まずないからです」

「もしかして国民には、自分たちが『貴族化、王族化』の処置を受けているという事実は伏せてる?」

「はい。ネグロニア国民のほとんどが革命を成した者の系譜ですから、王族や貴族に近付く、なんていわれると、忌避感を抱いちゃう可能性があるんです」

「嫌がり、強化措置を拒絶したらどうなる?」

「周囲を取り囲む他種族に勝てず、押し潰され、滅びます」

「……ならやるしかないんじゃないの?」

「他種族に侵略される瀬戸際であろうとも、おそらくは感情のままに拒絶し、消極的な自殺に終始する、というのが旧王家の見解です」

 

 だから隠します、と。

 

 なるほど。

 一見、筋は通っているように思える。

 ただなんというか、綺麗すぎる。

 あのローゼガルドが(はぐく)まれる一族だという事実を踏まえると。

 

 ま、ペラい嘘だわな、そんなもん。

 

「あ、ちなみに闇の薔薇は離反した技術系軍人の一派で、旧王族は国民の範たらんと出生の瞬間に強化措置を施されている、などという噂がまことしやかに囁かれていますね」

 情報工作に抜かりはないと。

「いうまでもないかもしれませんけど、ここで聞いたことは全て国家機密ですので、内緒ですよ?」

「もちろん。今やわたしもそっち側だからね」

 

 うん。仲間アピールは大事。

 さらには秘密の共有で親密さもアップだ!

 

 ……思えば、おれの質問に、たとえ国家機密に抵触しようとも答えてくれたプルメリアも、同じような考えだったのかもしれない。

 当然、上からの許可は得ているだろうが、それをどう活用するかの裁量はきっとプルメリアにある。

 ああも丁寧にわかり易く答えてくれたのは、きっと彼女の好意に違いない。

 

 ……怒られたら止めようと思いつつ、さらにつっ込んだことを開いてみる。

 

 

「そもそも、強化措置ってなに? 誰がなんの為に、どうやって生み出したの?」

 

 

 そこで初めてプルメリアは、うーんと考えるような素振りを見せた。

 

「私は現当主の専属という立場と少々特殊な出自ゆえに、他よりも多少の情報は得ておりますが、それでも所詮は使用人です。王族方の真意など、到底知り得るものではございません」

 

 なんの為に? は不明であると。

 まあそりゃそうか。

 なんか口調がめっちゃビジネスライクになったが、王族に対する発言にはそれだけ気をつかうということか。

 

「発案者はたしか、数世代前の王族の御方だったかと。少なくとも100年以上は昔の、革命が成ったあと、アルネリアへ落ち延びた内のどなたかだったとは記憶しておりますが……」

「あ、べつに名前とかはいいよ。知りたいのはそこじゃないし。あと、変な誤解はしないしするつもりもないから、そう気を張らなくていいよ」

「じゃお言葉に甘えて、ぬるっといきますね」

 

 誰が? の答えは100年以上昔の王族が。

 

「最後の『どうやって』は、一言でいうと『模倣した』ですね。かつて自分たちが手も足も出ずにこてんぱんにやられて逃げるしかなかったものを、収集して、徹底的に分析して、呆れるくらいの永い時間試行錯誤を繰り返して、歪ながらもどうにかかたちにしたものが『強化措置』です」

 

 

 ……んん?

 旧王族たちが、手も足も出ずに、こてんぱんにやられて逃げるしかなかったもの?

 強化措置の発案者がアルネリアに落ち延びた原因?

 そんなもの、ひとつしかないよな。

 うん、どう考えても。

 

 革命軍。

 

 まじか。

 ここでそれが出てくるのか。

 それを姉さまに聞きに行くのが目的だったんだけど。

 

 ……いや、手間が省けたとポジティブに捉えろ。

 予想より早く、確実に知れるのは良いことだ。

 いけ。

 

「革命軍の指導者の詳細って、わかる?」

 

「はい。狂奔(きょうほん)の邪神、レイジです」

 

 あー、やっぱそんな感じかー。

 そりゃ当時のくっそ強い王族や貴族相手に、真正面から武力革命やり遂げちゃうんだから、そんくらい盛ってなきゃ無理だよなー。

 

「フルネームってわかる?」

「記録では、レイジ・ウダと」

 

 宇田礼二。卯田怜治。宇多礼司。

 漢字のバリエーションは山ほどある。普通にあり得る名前。

 

 つーかそもそも、かなりの力を注ぎ込んで、必死こいて醤油とか味噌を開発している時点で、どう考えても日本人なんだよな。

 

「……その『狂奔(きょうほん)の邪神』さん、どんなことができたの?」

 

「とにかく、人をその気にさせるのに長けていたそうです。戦士階級にない平民を取りまとめ組織化し、戦闘訓練を施し『革命の闘士』とする。まるで()()()()()()()()()()()()()かのような、実に洗練された手管だったと記録にはあります。当時の王家が問題を把握した時にはもう既に『決起せよ国民』や『革命の為の闘争』といった言葉が全土に広まっていたそうです」

 

 ……たぶん宇田礼二(仮)さん、おれよりもかなり年上の人だよな。

 それこそ、世代が幾つも違うレベルで。

 その手のワードが飛び交って、なおかつ実際に()()()()()ってことは、どう考えてもあの辺の世代だよな。しかも熟練の手管で実用レベルの戦闘訓練を施せる時点で、かなりのガチ勢。

 

「けどさ、それだけで当時の王族や貴族が敗北する? 権力基盤に軍隊に、なんなら本人たちも反則級に強いだろうし」

 

 そこはまあほら邪神ですし、とプルメリアが続ける。

 

「レイジの思想に共感し共鳴した者たちは、問答無用で今の基準でいう侵蝕深度(フェーズ)6相当に()()()そうです」

「……全員が?」

「はい。全員が」

「その辺の畑耕してるおっちゃんとかおばちゃんが?」

「はい。(くわ)の一振りで、フルプレートを装備した騎士が吹き飛び即死したそうです」

「特に難しい手続きもなく、ノーリスクでポンと?」

「はい。レイジが『同志』だと認めるだけで、特に難しい手続きもなく、ノーリスクでポンと、今の基準でいう侵蝕深度(フェーズ)6相当に」

「当時の兵隊さんって、当然『ゼロ』なんだよね?」

「ええ。お察しの通り勝負にすらなりませんでした」

 

 いや、ダメだろそれ。

 いや、本当にダメじゃないそれ?

 その辺の一般人が、無料(ただ)であっという間に超兵化とか、無法すぎない?

 

「さらに革命中期からは『セクト長』と呼ばれる、数名のサブリーダー格の者にもその権利が譲渡され、最終的に『革命闘士』の数は総人口の6割に迫ったとか」

 

 どうしろってんだよ、そんなの。

 うん、邪神だわこれ。

 荒れ狂うよう全土を走り回って。

 熱狂の渦で巻いて巻いて巻いて。

 全て押し流す狂的なまでの奔流。

 狂奔(きょうほん)

 王家サイドからすれば、まじで邪神としかいいようがねえなこれ。

 

「さくっと本人を暗殺、とかできなかったから、敗北したんだよね?」

「ですねえ。隠れすぎるでもなく、前に出すぎるでもない。まるで()()()()()()()()かのような絶妙な露出具合で、乾坤一擲の『精鋭派遣作戦』も、影武者掴まされて失敗に終わったとありました」

 

 あーうん、そりゃもうどうしようもねえな。

 レイジさん、バブリックエネミーとしてのクオリティが高すぎるわ。

 本当にいるんだな、そういう人。

 

 ……いや、逆か。

 

 そういう人だからこそ、喚ばれたのか。

 

 だとしたら誰に? なんの為に?

 やっぱりピラミッドさんが? 当時の王家の支配をぶっ壊したかった?

 けどそれにしては、今でも旧王家の支配は健在だと思うし、なんならおれはそこに与してさえいる。

 なのに1週間経った今でも、ピラミッドさんの手下であるキャッツはおれに貸し出されたままだ。

 意に反する行動を取れば、普通は没収しそうなものだが……ダメだわからん。

 

「もうちょっと情報が欲しい。なにかある?」

「ありますよ。とれたてほやほやの最新情報」

「めっちゃ気になる」

「これまでは、今の基準でいう侵蝕深度(フェーズ)6程度だと考えられていた当時の革命軍の戦力が、実はもっととんでもないものだったでは、という新説ですね」

「……なんで今さら、そんな?」

「アマリリス様が『足した』と仰るハウザーさんとヨランダちゃんが、なんだか意味わかんないことになっちゃってるんです。こう、1から100の間で数値が出る検査で、文字の羅列が延々と出力される、というような、そんな感じで」

 

 いわれてみれば、そうか。

 狂奔(きょうほん)さんがやってた『同志化』って、おれでいうところの『足す』なのか。

 

 しかしおれに、これといって思想的なものはない。

 国家権力を打倒したいとも思わないし、大勢を束ねてなにかを成してやろう、みたいな野望もない。

 

 きっとおれは、狂奔(きょうほん)には成れない。

 

 なにもかもが、違いすぎる。

 おれはもっと小規模で、しょぼい。

 

「ヨランダとハウザー、酷い目に遭ってたりしてない? 痛そうな実験されてるとか」

「それはないです。ヨランダちゃんは御当主専属ですし、ハウザーさんは歴戦の英雄です。身を守る肩書きとしては充分です」

「ハウザー、英雄だったの?」

 

 そこでプルメリアの目がびかっとした。

 

「掛け値なしの大英雄ですよ。若かりし頃のハウザーさんは東から押し寄せる多腕(アスラ)の大群を事実上たった1人で押し返したんですよ? 当時の宿儺(すくな)との一騎打ちは今も語り継がれる伝説で、最初期の強化措置の目標は『ハウザーを倒せる存在の創造』って堂々といわれちゃうレベルだったんですよ? しかもそれは10年以上、侵蝕深度(フェーズ)5が実用化されるまで果たされることはありませんでした。ハウザーさん侵蝕深度(フェーズ)2なんですよ? 元々が強すぎなんです。おかげで初期における侵蝕深度(フェーズ)間の力関係に大きな誤解が――」

 

 急に早口になったぞおい。

 お前、ハウザーのこと好きすぎだろ。厄介オタクみたいになってるぞ。

 

「――そんなハウザーが、侵蝕深度(フェーズ)が低いという問題をクリアしたと。うん、よかったね!」

 おれのインターセプトで正気に戻ったプルメリアが、なんだか照れくさそうに続けた。

「……はい。私としてはとてもよかったのですが、アマリリス様としては、あまりよろしくないかもしれません」

「もしかして、警戒されちゃった?」

「ええ。どいつもこいつもびっくびくです」

「もしかして殺し屋とか、来ちゃうかな?」

「さすがにヒルデガルド様(現当主)の妹を相手にそれはないです。なにせもう、これでもかってくらい()に入ってます。さらに『余計な手出しをして、もし敵にでも回られたらそれこそ悪夢の再来だ!』という論調をヒルデガルド様がいち早くつくりあげました。そしてなによりのダメ押しが――」

 

 いってプルメリアが、いつの間にやら車内にいた1匹のサバトラ柄の猫を抱き上げようとして、すかっと空振りした。

 

「このコたちの存在です。これまで、遥か昔から観測()()はされ続けてきた不可侵の存在。推定『闇の精霊さま』と思しきなにか。歴代の邪神と呼ばれる存在の中でも、他に類を見ない最大の特異性」

 

 今さらっと歴代の邪神とかいったよな。

 てことは、レイジさんの前にもいたってことだよな。

 正直めちゃくちゃ気になるが、優先順位としてはこっちが先だ。

 

「この猫たちは、畏怖や恐怖の対象だと?」

「はい。現在その猫たちは広大な旧市街全域で確認されています。逆にいうと、それ以外の場所では一切確認されていません。なので、旧市街全域を『縄張り』だと解釈する動きがあります」

「縄張りって、わたしの?」

「さすがに、同時期に現れた猫たちとアマリリス様を無関係だと考える者はいませんので」

 

 ふむ。

 それはそれで、好都合かもしれない。

 さっきプルメリアが掴み損ねたサバトラ猫を抱き上げ、

 

 ――3.14159265。このぱつぱつ系メイドに今宵だけサービスを。

 

 とお願いし、プルメリアの膝上へ乗せる。

 質量を伴い、しっとり丸くなるサバトラ。

 おれのしょーもない遊びに、びくっといいリアクションをするプルメリアへ笑いかける。

 

「いいねそれ。採用しよう。少なくとも否定はしないでおくよ。余計なちょっかいをかけられないのは、わたしとしてもありがたい」

 

 とはいえ、どこまで効果があるかは怪しいが。

 

 

「――あっ」

 

 

 そこですうと、静かに馬車が停止した。

 とうとうやりやがったかレミ君!

 とっさにプルメリアを見るも、慌てた様子はなし。

 むしろ落ち着き払い、猫を撫でるフェーズに入っている。

 お前適応速いな。

 

「到着です、アマリリス様。お話をしていると、あっという間でしたね」

 

 え、もう?

 まじで一瞬だったんだけど。

 

「結局レミ君は、寄り道なしでちゃんとお仕事をしたみたいですね」

「あ、そういえばそうなるのか。じゃあ今ごろ残党さんたち、リンチスポットで待ちぼうけかな?」

「せっかく集まってくれたのですから、ただで帰す無作法はないでしょう」

「近衛たちがお迎えに?」

「……いえ、たしかハウザーさんの実戦テストがまだだったので、その実地も兼ねるでしょうね。ヒルデガルド様ならきっとそうします。あとでレポートを見るのが楽しみです」

 

 朗らかなプルメリア。

 ただおれの方はそうもいかない。

 ふと、理解してしまったのだ。

 

「……どうしようプルメリア。姉さまに聞こうと思ってたこと、もう全部プルメリアに聞いちゃったよ。これ、知らないフリして、もう1回リアクションとか取った方がいいのかな?」

「あー……たしかに、狂奔(きょうほん)の邪神あたりはヒルデガルド様に残しておくべきだったかもしれませんねえ」

 

 おれの来訪の目的は、もう既に果たされてしまっていた。

 いやこの醤油とか味噌とか定食とか広めた革命軍の指導者って、どう考えても日本人だろ? というおれの疑問は、もうすかっと晴れた。

 これ以上はピラミッドさん関係になるので、姉さまに聞いてもしょうがないだろうし。

 

「ま、大丈夫ですよ。ヒルデガルド様って、アドリブがとても強い御方ですし。むしろ手間が省けたとかいって、なんかもっと凄いことを聞かせてくれますよきっと」

 

 ええー、これ以上、旧王家の闇に触れたくないんだけどなあ。

 せめてこう、1日にどばっとじゃなくて、ちみちみと消化していきたいんだけどなあ。

 

 そんなおれの内心をよそに、プルメリアはささっと外へ出て、扉を開けたままでキープ。

 

 あ、出ろってことね、うん。

 

 しぶしぶ馬車から降りる。

 

 最初はぼんやりと。徐々にはっきりと。

 闇夜に浮かぶ威容。なんだか「バロック!」と叫びそうな重厚な外観の、いかにもな宮殿がそこにあった。大きさは学校の校舎くらいで、上は1、2、3階建てか。

 クリーム色と茶色のカラーリングがなんだかチーズケーキみたい、などというしょーもない感想を伝えるより早く「どうぞこちらへ」とプルメリアが先行する。

 

 向かう先は、直立不動の番兵2人が守る正面の扉。

 

「ただ今戻りました」

 にこやかに弾むように告げるプルメリア。

 ほんの一瞬だけ動揺する右手の番兵さん。

 その視線が、半瞬だけさらに右手へ飛ぶ。

 おそらくその先にあるのは馬車の御者台。

 本当なら、寄り道をしていた筈のレミ君。

 

 この反応、もしかして番兵(右)さん、潜在的ローゼガルド派ってやつなのかな。

 

 ……だとしても、おれにできることはとくにない。

 それに今の動揺だって、ただプルメリアの乳が揺れただけの可能性もある。

 いや、それなら視線は吸い寄せられる筈。

 あえてレミ君へ視線を飛ばす上級者なら、そもそも動揺などしない。

 あれ? もしかしてこれ本当にビンゴなんじゃね?

 

 と、そこに。

 

「――あのっ!」

 

 突然、横手から響く鋭い声。グリゼルダとは違う少年の声。

 振り向くまでもない。闇に反射した視界に映る。御者台から飛び下りたレミ君が、おれの方へと駆け出していた。

 

 こっそり素早くグリゼルダへハンドサインを送る。

 2人してノリノリで開発した、熱が冷めると妙に恥ずかしくなった深夜テンションの残骸が今ここで火を噴く!

 ストップ。殺さず。骨折らず。

 

「がああああ!!!」

 

 グリゼルダに腕を極められ、秒で制圧されたレミ君の、留学生をいじめる店主のような悲鳴が響き渡る。

 

 1発殴りたかったのか、文句でもいいたかったのか、それともそれ以外か。

 いずれにせよ、論外だ。

 いや、レミ君さ。

 お前が殺そうとしていたおれが、わざわざ()()に付き合ってやるのが当然だと考えるその頭、やっぱ好きになれねーわ。

 普通に考えたらお前、こっちに向かって駆け出した瞬間に殺されても文句いえなかったんだよ?

 たぶん少しでもハンドサインが遅れてたら、グリゼルダはごきっとやってたよ絶対。

 

 ……諸々の感情を押し殺して、ずるりと滑り落ちる。

 どうせなら、ちゃんと使おう。

 すたっと着地。そのままレミ君のもとへ。

 ここまで影分身(これ)を目視できたのは姉さまだけ。

 地下空間の化物たちもローゼガルドも見えてなかった。

 だからこの場で影分身(これ)が見える者はいない。

 だから影分身(これ)でなにをしようと、誰も気づけない。

 

 本体が静止した状態で半目になれば、かろうじて操作くらいはできる。

 

 影分身(子機)を繰り、レミ君の横手にスタンバイさせる。

 グリゼルダによって制圧され両膝をついた姿勢のレミ君。

 そのアゴを片手で下から押し上げる。同時に逆の手で、頭頂部を押す。

 こう両手で、ぐいいいと上下から頭部を挟み込むかたちだ。

 いくらおれのパワーがしょぼいとはいえ、これをされると口は開けない。喋れない。

 傍目には、ただ黙るレミ君の完成だ。

 そしてはいここでいかにもな台詞をどん!

 

 

「案ずるな、レミ。お前の選択は、恭順は、わたしから姉さまに伝えておく。命は保証されよう。あとは父親にでも守ってもらえ」

 

 

 よし聞いたな? 潜在的ローゼガルド派である番兵さん(右)?

 ちゃんと仲間に報告しろよ? レミの野郎は裏切りやがったって。

 そして確実に、パパに泣きつくしかない状況にしてやれよ。

 

「グリゼルダ。落ち着くまでいてやれ」

「はい」

 

 ここで手を離して喚かれたら台無しだからね!

 だから影分身(子機)とグリゼルダは、最低でもあと60秒はその姿勢をキープな!

 

 力んだままプルプルする両手をポケットにつっ込んで隠しつつ、プルメリアの後に続く。

 影分身(子機)が静止している今なら、おれ本体が歩く程度はギリできる。

 

 ……なんというか、能力の凄さに、おれ自身のスペックが微塵も追いついてないのが悲しすぎる。驚きのしょぼさだ。さらにやってることも自作自演の三文芝居。なんか落ち込んできたなこれ。

 

 番兵の開ける扉から旧離宮内へと入る。

 ばたん、と背後で扉が閉まると同時に、はあーと息を吐いて影分身(子機)を消去。

 

 プルメリアはなにもいわない。

 やはりここでは、誰かに聞かれるということか。

 

「待て。すぐにグリゼルダが来る」

「はい」

 

 言葉少なにグリゼルダと合流して、旧離宮内を進む。

 派手さはないが高級感あふれるインテリアとか、壁や窓枠の凝りまくった謎彫刻とか、なんかめっちゃ旧王家フェイスな女性の肖像画とか、見所は沢山あるのだが……どうにも集中できない。

 

 人影はないが人気(ひとけ)はある。誰かに見られている。

 移動しても変わらないことから、おそらくは常に。

 ……嫌な場所だ。

 さっさと帰って、2度と来ないでおこう。

 

 そんな決意がおれの中でがっちがちに固まる頃、ようやく姉さまが待つ部屋に到着した。

 グリゼルダとプルメリアの2人は部屋の前で待機するらしく、おれ1人で中へと入る。

 

 

 光の中で咲き誇る、色、色、色。

 

 

 室内の筈なのに、なぜか植物園のように規則正しく色鮮やかな草花が生い茂る不条理な(みやび)

 夜の筈なのに真昼のように明るい別空間。しかしおれが視線を走らせると隅々までつぶさに見通せるという事実が、ここに満ちるは『明るい闇』であると教えてくれる。正直意味がわからない。ただめっちゃ空気が美味いことから、癒し空間なことだけはわかる。

 切り抜かれた中心部に置かれた小さな丸テーブルに2脚だけの椅子。

 その片方に腰かける姉さまと、おれはようやく対面したのだが。

 

「――なんだその顔は?」

「いや、こっちの台詞だよ。絶対まともに寝てないでしょそれ。化粧してその仕上がりって、もう本当にまずい1歩手前まで来ちゃってるじゃん」

 

 姉さまの顔は、かつてどこかで見た、過労で緊急入院して1ヶ月病院から出てこれなかったやつと酷似していた。

 いや、やつはノーメイクだったが、ばっちり化粧してもなおこの死相はちょっとライン超えてる気がする。

 

「この1週間が勝負だったからな」

 あ、なんかおれのせいですんません、みたいな気持ちのまま姉さまの正面に座る。

「結果は? 勝てた?」

「8割方は。残りの2割は、今夜おまえに渡した」

 ずるいなあ。

 そんな顔でそんな風にいわれたら、文句のひとつもいえなくなってしまう。

「で? 妙に早かった理由は?」

 おれは今夜のレミ君の顛末を語って聞かせた。

 

「……ふむ。ほぼ確実に死ぬと思っていたのだが。あの小僧、思いのほか強運だったな」

「いや、近衛隊長の息子殺しちゃダメでしょ。そもそも、プルメリアをつけた時点で、レミ君が生き残るのはほぼ確定じゃないの?」

「驚いた。あいつが自分から話したのか?」

「まあそうだね。誤解を解く為だったけど」

 

 そこで姉さまは、ならおまえも知っておいた方がいいなと、続けた。

 

「プルメリアの『あれ』は、痛みや恐怖を一切緩和しない。精神へのダメージはそのまま、ただただ次へと続く。常人ではまず耐えられない。当然のように誰もが死を望むようになる」

「……もしかしてプルメリアって、怖いやつ?」

「いいや。人死にが大嫌いな、掛け値なしの善人だ。ただあいつはそれに慣れ過ぎている。ずっとずっとそうだったから、当然他人もある程度は耐えられる筈だろうという『思い込み』が抜け切らない」

 

 ……んん? ちょっと待てよ。

 

「最悪、わたしは今夜それを味わってた?」

「おまえなら耐えるよ。バラバラにされても、叔母上の泥を浴びても生きることを諦めなかったおまえなら、ものの数にすら入らんのではないかな」

「いや待って待って、その信頼は全然嬉しくないから! それ前提で物事組み立てるのは本当に止めて欲しい」

「……今の内に慣れておいた方がいいだろうという、親切心だったのだがな。昼間のおまえには必要かもしれんだろう? 実際あれには私も2度ほど助けられた」

 

 善意と実用性からくる臨死体験ツアー。(正気が)ぽろりもあるよ。

 ……うん、やっぱないわ。

 おれは姉さまに言葉を尽くし、丁重にお断りしてから話題を変えることにした。

 

「結局この後、レミ君はどうなるの?」

「連中との縁切りが確認でき次第、大平原に強制送還あたりか」

「最初から強制送還すればよかったんじゃ?」

「北東大平原は多腕(アスラ)どもを押し留める要衝だ。そんなところに不穏分子の種など蒔けるわけがなかろう」

 

 すくすく育っちゃうと困るもんねえと頷いて、そこで途切れる会話。

 本当ならここで、革命軍に関するQ&Aが始まる予定だったのだが……。

 

 ありのままを告げる、勇気。

 

「実は、姉さまに聞こうと思ってたこと、先に馬車の中でプルメリアに聞いちゃったんだ」

「どれだ?」

「革命軍の指導者について」

「ふむ。おそらくプルメリアは知らないであろう要点がいくつかあるが、聞くか?」

「なにそれ凄く聞きたい」

 うわ、まじでアドリブ強っ。

 

「そもそも、狂奔(きょうほん)の邪神という呼称は後世の王家がつけた『秘匿名』だ。当時はただ、特異な能力を持った反逆者が突然現れた、という認識だった」

「そうなの? ワリと無法に思えるけど」

「誰もが知る昔話の怪物『兵の邪神』はもっと凄まじいからな。仲間に力を与える以外はこれといった派手な特徴もなく、基本的には思想的指導者であるレイジと――世界の半分を併呑した一騎当千の猛将である『邪神』は、当時の者たちの中では結びつかなかった」

 

 無双系な先達のインパクトが強すぎて、同一視されることはなかったのか。

 本人が終始、革命軍のリーダーだって名乗ってたのも大きそう。

 

「実際、今も他種族からすれば、当時の王家はぽっと出の反逆者に蹴落とされた間抜けという認識だ」

 

 訂正しないのは、狂奔(きょうほん)の存在とそこから派生した強化措置を伏せておく為だろうな。

 

「他種族といえばさ、革命やらでガタガタになってる時に、攻められなかったの?」

「ほぼ同時期に、隣接する蜥蜴(とかげ)多腕(アスラ)も、こちら同様に内乱状態だったらしい」

「……もしかしてその2箇所にも『特別な力を持った反乱分子』が現れてた?」

「不明だ。当時の王家に諜報活動に割ける余力はなかった」

 

 都合よく同時期にとか、そこはかとなくピラミッドの黒光りがチラつくけど……確認のしようがないな。

 

「レイジ個人についてはなにか知ってる?」

 そうだな、と姉さまはしばし考える素振りを見せてから、

「革命軍の指導者であるレイジは当初、どう見ても10代の若者にしか見えぬ外見なのに、己のことを『50代のじじいだ』としきりに主張していたそうだ」

「……こっちに来て、若返った?」

「当時のレポートには、おそらく事実であろうと書かれていたな。どう考えても10代の若造にできる範囲を遥かに超えた『経験に裏打ちされた確かな実力』があったと」

「容姿は?」

「決して美男子とはいえぬ彫りの浅い平坦な童顔に、黒目黒髪」

 うん、なんか若返っただけで、他はそのままっぽいな。

「あとは、普通に傷つき老いて死ぬ。そこは我々と変わらん。少なくとも、夜ならば勝手に傷が治るようなことはなかった。当然、付き従う猫もなかった」

 

 

 ……今回の、おれの場合との、この差はなんだ?

 なにかをさせたいなら、おれのこの貧弱なフィジカルは致命的な欠陥じゃないのか?

 バランス調整をミスったから慌ててキャッツを派遣したとでもいうのか?

 ……ダメだわからん。

 させたいのか、させたくないのか、どっちなんだあのピラミッド。

 

 

「あとはそうだな……『同志化』の効果期間か」

「え? 時間制限があるの?」

「そうだ。次の、子の世代になれば効果は半分に。さらにその次の、孫の世代になると綺麗さっぱり消える。長期間ではあるが永続的ではない。自分達は良いが、先の世代は確実に苦しむ事となる遅効性の毒だな。()()ありきでつくられた社会から、2世代足らずで()()が完全に消え去る」

 

 次の世代には中途半端に残ってるのが嫌らしいな。

 まだいけるかもとぐずぐずしている内に、引っ込みがつかなくなる。

 

「結局は邪神の『呪い』だと、そう結論付けられたよ。誰にとってもマイナスしか残らなかった」

「なら、ヨランダやハウザーは、新たに『呪われた』被害者扱い?」

 いいや、と姉さまは首を振る。

「既に強化措置の再現性は万人の知るところとなっている。呪いは、とうの昔に日常へと溶けている。……今や、羨望の的だな」

 

 ここはすぱっと明言しておいた方がいいだろう。

 

「いくら羨ましがられても、わたしに狂奔(きょうほん)の真似事とかはムリだよ。皆を率いてなにかしてやろうとか、大勢の代表になりたいとか、そんな思いが欠片もないんだ。ないものはない。できやしない。せいぜいあるとすれば、守ってくれる味方が強ければいいな、くらいの、小規模でしょうもないやつだけだよ」

「ふむ。では各所には、そのように伝えておこう」

「意味、あるかな?」

「首を刎ねる際の問答は省ける」

 できないしやらない。そういっているのに、それでも来る時点で意思疎通が不可能な賊。つまり首を刎ねてもいいと。

 わあい、頭旧王家ー。

 けど超頼りになるー。

「どうせなら、できるだけ大袈裟に脅しておいて。多少嫌われても構わないから」

「ああ…………」

 

 なんか変なところで言葉が切れたので、色とりどりの植物たちから姉さまへと視線を戻すと――腕を組んで目を瞑ったまま、停止していた。

 

「いや、寝るならちゃんとベッド行った方がいいよ。首とか腰が死んじゃうから」

 

 まじで限界じゃねーか。

 どう考えてもこの人、絶対に人前で、しかも椅子で寝たりとかしないタイプだろ。

 

「――寝てなどいない」

 

 あ、起きた。

 

「ただそうだな、そろそろ――」

 

 まあお開きか。

 

「本題を済ませておくか」

「え? なにそれ?」

「は? グリゼルダの調査結果を聞きに来たのだろう?」

「え? もうわかったの?」

「叔母上は几帳面だったからな。資料の類はきちんと整理されていた」

 

 おれが個人的に依頼したこと。

 グリゼルダの過去についての調査。

 まさか1週間で結果が出るとは思ってなかった。

 

「そもそも、おまえがヨランダに『大至急お願い』などと言付けたのだろうが」

「いや、姉さまなら『そんなどうでもいいことは後回しだ』とかいうかなって」

「いわんよ。最も身近に居る者を『後回しにする』無関心や傲慢は、必ず相手にも伝わる。おまえがその手の愚者でなかったことに、むしろ安堵したよ」

 

 おお、意外な反応が。

 

「歴代の王侯、その死因の3割が、側近の裏切りだからな」

 

 おお、納得の理由が。

 

「わたしは脆くて弱いからね。できる努力は、怠らないよ」

「ふむ。ならば心せよ。これをどう使うかはおまえ次第だ」

 

 姿勢を正し、姉さまに向き合う。

 

 てっきり、どこかから書類でも取り出すのかと思っていたが、そのまま姉さまは空で語り始めた。

 

「グリゼルダ。姓と詳しい出自は不明。推定3、4歳の頃に西部を巡業中だったカルミオーネ一座という『流し』のサーカス団に買い取られたそうだ。地方の口入れ屋がどこからか仕入れて来た『商品』だったと」

 

 ああ、そういう。

 

「このカルミオーネ一座の実態は、興行を隠れ蓑にした密輸、密売で荒稼ぎする犯罪者集団だ。ただし、隠れ蓑である筈の興行にも本腰を入れる変り種でもあった」

「……グリゼルダはそこで舞台に立ってた?」

「いいや。怪我でもしようものなら価値が下がると、舞台には立たせてもらえなかったらしい。常に裏方で、ただじっと他の皆の舞台を見ていたそうだ」

 

 ああ、そういう。

 

「あの容姿だ。歳若かろうが客を取れて利益を出せた。下手な芸を仕込むより金になった。流しの一座が女も売るのは、そう珍しい話ではない」

 

「……なんでそこまで、詳しい話が?」

 

「派手にやりすぎたカルミオーネ一座は、叔母上に粛清される運びとなった。その際、座長の息子が寝返った。カルミネという、今おまえが住んでいる部屋の前の住人だ。そこからの情報だな」

 

「……なんでローゼガルドはグリゼルダを殺し屋に?」

「不明だ。資料によると、叔母上がグリゼルダを確保した時にはもうほとんど壊れかけていた。薬物と劣悪な環境により、とくに精神面の異常が顕著だった。きっと、合理的な理由ではあるまいよ」

 

 息を吸って、吐く。

 

「グリゼルダの記憶が戻る可能性は?」

「ない。完全に消去されたものは、もうどこにもない」

 

 おれの、いうべきことは。

 

「その資料を、全て破棄して欲しい」

「いいだろう」

「ありがとう」

 

 10秒ほど、沈黙が降りた。

 

「そんな顔のまま、扉の外で待っているグリゼルダのもとへ行くつもりか?」

「じゃあなにか、こう、元気が出る話でも聞かせてよ」

「なら、これからの話でもしようか」

 

 いって姉さまは椅子から立ち上がり、ゆっくりと草花の合間へと歩を進めた。

 

 

「――それが最初に確認されたのは、およそ300年ほど昔のことだった」

 

 

 んん? これからとかいいつつ、なんか昔話が始まってね?

 

「最初は地方の貴族。その妾の子だった。さして血筋も良くないその娘は、どうしてか、今の基準でいう侵蝕深度(フェーズ)6相当の力を持って生まれた。血統の尊さが実力に直結する当時のネグロニア貴族にとってそれは、まさに神の悪戯、あるいは祝福だった」

 

 田舎の冴えないお嬢さんが突然ファーストレディに! みたいな話か?

 

「次はその100年後。今から200年前だ。また別の地方で同じような存在が生まれた。この時は没落した元貴族の娼婦が産んだ、父親のわからぬ男児が『そう』だった。今度は侵蝕深度(フェーズ)7相当だ。王家の直系にしか扱えぬ筈の強大な力を過不足なく(ふる)うその男児を巡り大きな騒動が起きた。最終的には国を二分するまでに至った、悪夢のような大戦争だ」

 

 んん? なんか風向きが怪しくなってきたな。

 

「それから100年後、つまり今から100年前には、なにが起きたと思う?」

 

 突然の旧王家クイズがおれを襲う!

 

「……ここまでの流れからすると、100年ごとに血筋とかの理屈を無視したとんでもないやつが生まれて、しかもその侵蝕深度(フェーズ)が1つずつ上がっていってる」

 

「当時の王家も、その可能性を考慮していた。単なる偶然と見る者もいたが、なにせ前回は未曾有の大戦争の引き金となってしまった。もはや悪戯や祝福などと笑い飛ばせる話ではない。しかも次は、もし本当に予想通りに進むのなら侵蝕深度(フェーズ)8などという埒外の存在だ。どう考えても、大惨事になる可能性が高い」

「そんなにまずいの? 侵蝕深度(フェーズ)8って?」

「王家に生まれる分にはそうでもない。教育方法も制御方法も、既に確立されているからな。ただなんの知識もない外部に突然誕生してしまうと、確実に暴走が起きて大きな被害が出る」

 

 おれも椅子から立ち上がり、鮮やか植物園の散歩に参加する。

 いや、じっと座ってたら、こう首で追いかけるのがしんどいんよ。

 

「当時の王家は次に来るかもしれないそれを『災厄』と定義した。どう考えても大きなマイナスをもたらす存在だったからな。しかし、そうして事前にあれこれと準備していた対策が功を奏することはなかった。なぜだかわかるか?」

 

 突然の旧王家クイズ第2問に、おれは用意していた回答を叩きつける。正直、来ると思ってた!

 

「当時の王家は、革命軍に追われてアルネリアに退避してた。この大陸にいなかったんだから、当然、なにもできなかった」

 

「その通りだ。ネグロニアに残った当時の国王が革命軍に調査を訴えても、まあ当然のように無視されたそうだ。そうして災厄は、誰にも邪魔されることなく無事に生まれた」

「あ、ホントに生まれたんだ。100年周期の法則が当たってたってことは、やっぱり侵蝕深度(フェーズ)は8だったの?」

「ああ、8だった。しかし再び王家がこの大陸へと舞い戻り、主導権を取り戻し、くまなく全土を調査し対象を発見する頃には……災厄の誕生からおよそ80年の歳月が経過していた」

「災厄さん、もう老人じゃん。それ、放っておいた方がよくない?」

 

 いっちゃなんだが、老衰で逝ってもらうのが一番なのでは?

 

「図らずもそうせざるを得なかった。発見したはいいが、一切の手出しができなかった。その姿を見ることすらかなわぬ状況だった。災厄は田舎の一地方を空間的に封鎖していた。外部からの干渉は、当時の王家には不可能だった」

 

 にょきにょき咲き誇る、首の曲がったヒマワリのような花をつつきながら考える。

 つまりそれは。

 

「外に撒き散らすタイプじゃなくて、内にこもるタイプだったってこと?」

「そうだ。およそ80年もの間、誰にも発見されることなく、騒ぎが起きるようなこともなく、ただその一帯を封鎖し続けた。いくら田舎とはいえ、一地方全体が閉ざされているのに誰も気がつけない時点で、これはもう現実の改変、侵蝕深度(フェーズ)8の中でも極点に位置する絶技の類だった。それを広範囲かつ80年という長期間にわたり維持し続け、しかもいまだ翳りは見えない。当時の常識が、全て更新されたそうだ」

 

 空間封鎖、現実の改変、田舎。

 おれの脳裏にてぃんと衝撃が走る。

 

「もしかしてその封鎖内さ、時間が止まったり、繰り返したりしてない?」

「驚いたな。わかるものなのか」

「いや、当てずっぽうみたいなものだから気にしないで」

 

 じゃあ気にしないと、姉さまは続ける。

 

「数年の歳月を費やし、内部の時間が循環しているという事実を発見したことにより、災厄は老いてなどいないと結論付けられた。おそらく、封鎖直後から一切歳を取っていないと」

「けど出てくる気配もないなら、放っておけばいいんじゃ?」

「明日も変わらずそうだという保証はどこにもない。だからこれは、()()が始まるまでに、果たしてどこまで彼我の差を埋められるか、という戦いだった」

 

 うーんアグレッシブ思考。

 ……いや、本気でちゃんと考えるのなら、そうなるのか。

 

「空間の封鎖とか、破れるものなの?」

「結論からいえば、破れる。私かおまえなら、今すぐにでも可能だ」

 

 あ、これもうやられてるわ。

 災厄さんのご冥福を祈ろう。

 菊っぽい花を見ながらなむなむする。

 

「だが当時の王家には不可能だった。埒が明かぬまま十数年の時が過ぎ去り……そうこうしている内に、次の100年目がやって来てしまった」

 

 え? 謎の100年スパン、まだ続いてたの?

 

「その最新の100年目って、いつの話?」

「私が12歳の時だ」

「……今までの感じでいけば、次の災厄は侵蝕深度(フェーズ)9になっちゃうけど」

 

 姉さまはすぐには答えず、1、2、3歩と進んでからいった。

 

「ひとつ、大きな誤解があった。これまで確認できた者は皆、生まれた瞬間にはもう既に力を持っていた。だから災厄の誕生とは文字通り、その資質をもった赤子が生まれることだと、そう解釈されてきた」

「違ったの?」

「ああ、違った。正確には、侵蝕深度(フェーズ)8である『第1災厄』からは違っていた。誰も『第1災厄』の姿を確認できていなかったのが裏目に出た。誰もが皆、赤子か乳幼児の癇癪(かんしゃく)侵蝕深度(フェーズ)8の出力が乗ってしまった結果があの封鎖だと、これといった証拠もなく、そう決めつけていた」

「実際の『第1災厄』さんは、赤ん坊じゃなかったと」

「成人女性だったよ」

 

 植物園を1週した姉さまが再び最初の椅子へと腰を下ろす。

 おれもまた、最初と同じくその正面に座る。

 

「要するに、ある程度大きくなってから、急にこうドンと侵蝕深度(フェーズ)8とか9になるってこと?」

「正しくは身体が出来上がってから、だろうな。侵蝕深度(フェーズ)8からは出力の位階が1段上がる。それに赤子や乳幼児ではまず耐えられない。だから当初『第1災厄』による空間封鎖と時間の循環は、自壊する己が命を必死に繋ぎとめようとする赤子の死に物狂い、だと考えられていた」

 

 よかった! 可哀想な赤ちゃんなんてどこにもいなかったんだ!

 とかいう話じゃないよな、これ。

 ええと、つまりは。

 

「赤ん坊じゃ耐えられない侵蝕深度(フェーズ)8からは、ちゃんと身体が完成して、死ななくて済む準備が整うまで()()()()()()ようになったと?」

 

 ……待ってくれるって、誰が? なにが?

 

「……災厄って、どういう仕組みなの?」

「いくつか仮説はあるが、どれも推測の域は出ぬのが現状だ。……ただ、なにかに気づいていた者も、中にはいたようだったがな」

「その人の意見は黙殺されたってパターン?」

「いいや。母上も叔母上も、公表するつもりはなかったようだ」

 

 

 ……んん? なんかドブ臭ぇにおいがプンプンしてきたぞおい。

 

 

(きた)るべきその時に向け、王家は新生児ばかりに注目していた。おかしな赤子を発見次第、すぐに回収してしかるべき処置をせねばと。だがそれは、全くの見当違いだった。見るべきはそこではなかった。本当に見るべきだったのは」

 

 そこで1度、姉さまは大きく息を吸った。

 

「そうして、ちょうど次の100年目のその年。17歳だったその娘は、いくつもの悪意によって侵蝕深度(フェーズ)9へと押し上げられ『第2災厄』と呼ばれるようになった。……2つに増えたからな。混同を避ける為、2つ目の災厄には名前が付けられることとなった。(もと)となった、その娘の名だ」

 

「……なんていうの?」

 

 

「マルグリット」

 

 

 そこで姉さまは1度、言葉に詰まって、

 

 

「第2災厄マルグリット。必ず迎えに行くと約束した、頭と性格の悪い、私の友達だ」

 

 

 ……んん? 友達?

 それって、おれと姉さまが最初に約束した『あの馬鹿を助ける際、全霊をもって私に協力せよ』の『あの馬鹿』さんだよね?

 つまり『あの馬鹿』=『第2災厄』てワケね。

 あーなるほどなるほど。おっけーおっけー。完全に理解したわ。

 

 え? おれ、第2災厄さんとぶつかることが確定してるの?

 それ、たぶん普通に死ぬよね?

 え? え? え?

 

「……えーと、その侵蝕深度(フェーズ)9って、どんな存在なの?」

「そうだな……端的にいうと、これまでの歴代王家の中でも、理論上存在し得るとしかいいようのなかった空想の域にして『最初の2つに手が届き得るもの』だな」

 

 ちっとも端的じゃねえよ!

 ふわっとやべえことしか伝わってこないよ!

 

「……具体的には?」

「そうだな……私が体験した範囲だと、地獄の具現と同時に因果が腐り落ちていたな。殴打されて花が咲いて、毒虫を嚥下した瞬間に骨折して、野良犬が鳴いたら男の首が落ちた」

 

 全然意味がわかんねえ!

 ふわっとやべえことしか伝わってこないよ!

 

「それって、あれ? 現実を塗り替える系の最終奥義的なやつ」

「いや、違うな。侵蝕深度(フェーズ)9は、存在するだけで拡張してゆく。あれはきっと、こちらのひとり相撲だった」

 

 ダメだこれ、いくら説明を受けても理解できないやつだ。

 考えることを諦めかけたおれに、姉さまが優しく声をかける。

 

「そう案ずるな。私とて勝ち目のない勝負を仕掛けるつもりなどない。既に前哨戦には勝利している」

「……どゆこと?」

「第1災厄はもう存在しない。8年前に私と数名の部下で制圧した」

 

 殲滅とか殺害とかじゃなくて制圧?

 なんだ、このふわっとした表現は?

 

 そこで姉さまは「なんだまだわからんのか」とかいいつつも、どこか得意気になった。

 

「先にもいった通り、第2災厄には(もと)となった者の名が付けられた。だからそれに倣い、今でもあれは一部の口さがない連中に、皮肉まじりにこう呼ばれることがある」

 

 

 

 ――第1災厄プルメリア、と。

 

 

 

「まあ実際のところ、腰の引けた陰口だ。黙らせる許可くらいは出してあるのだが、いつもただ笑うのみでな。どうにもあれは、根が優しすぎるきらいがある」

 

 まじか。

 そうきたか。

 ずっと一緒の馬車に乗ってたけど、全然そんなの気づかなかった。

 けどまあよくよく考えたら、生体現実人形(新品でよかった)にぶちこまれた邪神の下請けよりはよっぽどまともだよな。

 むしろ自前のナイスボディと災厄パワーでワリと人生謳歌できんじゃね?

 長年の経験値ってのもアド――んん?

 

「プルメリア、100歳オーバーなの?」

 

 あの見た目で? あの乳で? 嘘だろ?

 

「それは本気で不機嫌になるから、本人にはいわない方がいい。なんでも、止めた時に18だったので、外に出てからの8を足して26が正解だそうだ」

「わかった。その理解でいくよ。プルメリアのことは、どの辺りの人たちにまで知られているの?」

「対外的には突然変異の侵蝕深度(フェーズ)8で通している。事実を知るのは王家筋と軍の一部上層部のみで、基本的には秘匿事項だ。外で口にしている者がいれば、それは処分対象の馬鹿か、裏切り者か、売国奴のどれかだと思え」

「わかった。ヨランダは知ってるの?」

「ああ。なんでも『災厄とかクソかっけえ』だそうだ」

 さすがヨランダ。抱かれたい女ナンバーワンなだけはある。

「ハウザーは?」

「制圧班の1人だ」

 知ってるどころか当事者であると。

 

「詳しいふぁあ……、――ん゛ん゛っ!」

 あ、言葉の途中であくびにシフトしかけたのを、強引に咳払いでキャンセルした。

 

 ……もうそろそろ、限界かな。

 姉さまの眠気はもちろん、おれの頭も情報の詰め込みすぎでパンパンだ。たぶん耳からなんか出てる。これ以上詰め込んでも、もうなにも入んない。

 

「ここらでお開きにする?」

「……まあ、目的は、果たされてはいるな」

 

 潮時だ。

 ぐずぐずのぐだぐだになってしまうと、こいつと話してもしょうがないという悪印象を持たれてしまう。

 そんなものを積み重ねる前に、さっさと帰るが吉だ。

 おれは席を立ちながら、

 

「じゃあ、そろそろお暇しようと思うんだけど、最後にひとつだけいいかな?」

「なんだ」

「最初にわたしが姉さまと会った、あの地下空間には、どうやったら行ける?」

 

 これ、結構本気で大事。

 

「物理的な距離は最速で2週間といったところだが……おそらく今あの場所は、他種族の制圧下、もしくは争奪戦の真っ只中にある。各々の王や代表の最後の地だ。誰もが理屈をこねることはできるからな」

「地名とか呼び名とかは? なんていうの?」

「ダンタリオングラード。魔王と謳われた怪物の、私的な領有地だ」

「行くのは無理かな?」

「内部に叔母上の別荘があるが……偵察の結果次第だな。あと1月もすれば第一報が入るだろうから、なにかわかれば、そっちにも送ろう」

「ありがとう。助かる」

「いっておくが、間違っても『窓』を開こうなどと思うなよ。叔母上の泥が溢れ出して、ありとあらゆるものが、死ぬよりも酷い目に遭う」

 うなれ! おれのポーカーフェイス!

「わかった。止めておくよ」

「ほう。出来はするのだな」

 頑張れ! おれのポーカーフェイス!

「お手本が良かったからね」

「今後、窓は使えぬと思え」

「うん。残念だけど諦める」

 

 どうにか乗り切ったおれは「今日は話せてよかったぜビッグシスター」と感謝の意を告げ、入って来た扉へと向かう。

 

 その背に、

 

「――アマリリス」

「なに?」

「……またな」

「うん。またね」

 

 ぱたん、と後手に扉を閉め、外へ。

 明るく眩しい闇は目蓋の裏へと消える。

 かわりに、薄暗くて空気の不味い離宮の廊下が、無愛想におれを迎えた。

 その影から、

 

「アマリリスさま! おかえりなさい!」

 すぐさまグリゼルダが駆け寄って来る。

 おいおいなんだよ、随分慕われちゃってんじゃないのおれ。

 

 内心ふざけてみても、とくに気分は軽くならない。

 

「あ、あの! なにかボクの昔の記録とか、ありましたかっ!?」

 ま、そうだよね。ヨランダに頼む時、そばにいたもんね。

 そりゃおれよりも、本人の方がずっと気になってるよな。

 

 台詞の読み方ひとつで、説得力には天地の差が出る。

 本気で、本気で、本気で、おれは心底からそうだと信じ込んで、ありのままにいった。

 

 

「なにも残ってなかったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあまあグリゼルダちゃん、そう落ち込まないで。考え方によっては、そう悪いことばかりでもないですから」

 離宮の廊下を歩く帰り道。

 すけべな身体(ボディ)をした災厄、略してすけべ災厄が、目に見えてテンションの下がったグリゼルダをフォローしていた。

 

「たとえばほら、これでもう『お前の過去を知ってるぜ。教えて欲しくば……』とかいう輩が出てきても、即詐欺師だって確定できちゃうじゃないですか。悩む前に殴れますよ。お得ですよ。ね?」

 

 こいつ、なんか微妙にへたくそだな。

 などと思っていると、ばちばちばちっと連打される目配せ。

 

「ほら、アマリリス様からもなにかいってください」

 お前口に出すならなんで目配せした?

 

「……そうだな。わたしの知る、最強の戦士を称える歌に、こんな一節がある」

 2人の視線がおれに集まる。

「頭からっぽの方が、夢詰め込める」

「それじゃグリゼルダちゃんがバカみたいじゃないですか」

 

 お前あれな! 仕事の話以外はあんまりしない方がいいやつな!

 

「……プルメリア。それは違うと思います。今アマリリスさまがいったのは、思考能力がないって意味のからっぽじゃなくて、蓄積がない方のからっぽだと思うので、ボクの知能には言及してないです」

「ああ、そういう……」

 

 そこで途切れる会話。

 え? なんでおれが滑ったみたいな空気になってるの?

 

 かちんときたおれは、どうにかこの場を笑、

 

 

 ――すぽっ、と。

 

 

 落ちた。

 

 踏み出した次の足がそのまま落ちた。

 踏みしめる筈の地はどこにもなく、ただただ吸い込まれるように落ちた。

 今回は塗り固められ停止するようなこともなく、そのままざぶんと雑に突入した。

 

 間違いない、これは。

 ピラミッドさん謹製、謎ワープホールだ。

 

 は? まじで?

 またなんかやらされるの?

 つーか、まだ1週間だぞ?

 正確には前回からまだ6日と20数時間だぞ?

 週1のペースであれやらされるとか、ジャ○プじゃねーんだぞ?

 いやいやいやいや。

 待て待て待て待て。

 へいへいへいへい。

 おいおいおいおい!

 

 おれがなにを叫ぼうが、真っ黒な視界の中、ただ身体はざぶざぶと沈むのみ。

 

 これは、真剣に考えなくてはならないだろう。

 最後に姉さまへお願いした調査。

 あの黒いピラミッドの在処。

 そこへの到達。

 そして。

 

 

 ――わたしを、殺しますか?

 

 

 あ、やべ。

 

 

 







TIPS:もさっとした感触で目が覚める

プルメリアの来訪に『なんだこれやべえぞおい』となった猫たちが総毛立ち、いつもより3割り増しでもさっとした結果。
災厄のまとう吐き気を催す優しさは、死すら遠ざける『おぞましき異常』である。



TIPS:店のお姉さんが怖い怖いといってた理由

アマリリスが着ていた上下白の礼服(と呼べる基準は満たしていないヤクザ仕様のもどき品だが)は主に『貴人の葬儀』に参列する際に着用される。
これから現当主であるヒルデガルドに会いに行くアマリリスがそれを着用しているということは『てめー死んだぞ? いつでも殺せんぞ?』という極めて攻撃的かつ挑発的な意味を持つ。

やだなにそれ怖い。
店のお姉さんたちは、人相の悪いナイスガイたちは、そのオーナーをも上回るロックな邪神マインドに、本気で引いた。

なお当のヒルデガルドには「どうせミゲルの悪ノリだろう」と完全スルーされた。
魔女に鍛えられた面々は、目に映る全てを右から左へと流し、ただ微笑んだ。
この程度で動じるようでは、旧王家の下ではやっていけない。



TIPS:革命軍

その思想が根付くことはなかった。
偉そうに搾取してくる連中をぶち殺す。美味い飯。高い酒。良い女に良い男。
まともな教育を受けたこともない民衆は、実のところ、目先の快楽以外には無頓着だった。

そうではなかったごく一部の者たちは、レイジの没後、次の圧政者として処断された。
力を持て余した民衆は、自分たちにそうするよう囁きかけた者の正体を、終ぞ理解することはなかった。



TIPS:革命軍の指導者

おそらく彼は理解していた。
決して己が理想が根付くことはないと。
ただそれでも、やってみたかった。
力があり若さがあり、敵がいて味方がいるのなら、是非ともやってみたかった。

ゆえに邪神。
なにも残さぬ狂奔(きょうほん)也。


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