邪神さまがみてる   作:原 太

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EX2ー3 嗚呼遥かなるイルミナルグランデⅢ

 

 

 イルミナルグランデ。

 遥か遠くにあるらしい、ネグロニアとはほぼ国交もない外国。

 ピラミッドさん曰く、内乱の火種が(くすぶ)る吸血鬼っぽいやつらの斜陽国家。

 

「皆様方はもうその目で御覧になったのでしょう?」

 

 まあわかり易くいってしまうと、衰退や没落の只中にある、死ぬ一歩手前のやべえ国。

 ルーナがいうにはとっくの昔に貴族制が崩壊しているらしい、普通に考えたら世紀末真っ只中な、種もみを守って老人が死にそうなクレイジーワールド。

 

「あなた方エルリンクが再び現れるに足る唯一無二の存在を――」

 

 そんなぎりぎり国家の、おそらくは隅っこの方に位置するであろう寂れた村の推定村長宅。

 今その一室で行われているのは、ロニー・ビイグッドさんによる熱き自己PR兼セールストーク。

 

 彼の語る実にエモーショナルな内容を、要点だけ掻い摘むと以下のようになる。

 

 かつてここイルミナルグランデには全てを統べる存在がいた。

 ありとあらゆる血統の長にして、ありとあらゆる血を継ぐ者。誰も逆らえない唯一無二の存在――夜の母(ナイト・マム)

 絶対者による統治は磐石で、すわ千年王国が幕を開けるか! と色めき立った周囲の期待は、実にあっさりと砕け散ったそうだ。

 なんでも肝心の夜の母(ナイト・マム)自身に、微塵もその気がなかったらしい。

 

 彼女が権力や財力を求めたのは、自分の好きなことを好きなだけしたかったから。

 他の些事に興味はなく、なぜ自分がキミたちに奉仕する必要が? と真顔で返されたとかなんとか。

 

「当時の者たちは思い違いをしていたのでしょうね。皆の代表として、数々の重責を担う代価として頂点で()()()()()()()、ありふれた為政者と同列に考えてしまったのでしょうね」

 

 ガチの上位存在にとって、下々の意思や要求など、基本どうでもいい。

 それが枷となり得るのは、少し高低差があるだけの同じ土俵にいる存在だけだ。

 

「そんな、本当の意味での支配者さまは、一体なにがしたかったんすか?」

「一言でいってしまえば、知的好奇心を満たす、になりますか」

 

 当時最も熱心だったのは、塩水である海で生きる生物と湖で生きる生物との機能的な差異とそこに至る過程の解明、だったそうだ。なんかめっちゃアカデミックである。

 

「元々は、僻地に居を構えるはぐれの錬金術師の家系だったと記録にはあります。中でも生物の構造に強い関心を抱いていたそうです」

「なるほど。そりゃウチのご先祖様と気が合うワケだ」

「ええ。研究者の集団でもあった当時の『エルリンク』との相性はすこぶる良かったそうです。……そちらに記録の類は残っていないので?」

「特別扱いを嫌がったんだろうな。女性の研究者の名前はいくらか残っちゃいるが、どれが『そう』なのかはどこにも」

 

 おお凄い。

 さすがミゲル、アドリブ力に定評のある男だ。とっさの返しが実にそれっぽい。

 

 ……いや、嘘が上手いやつは『そこ』以外は基本事実で固める。

 もしかしたらこいつは、本当にそういった資料に目を通したことがあるのかもしれない。

 

「ニニィ・マルレーン。それが先代夜の母(ナイト・マム)の名だったらしいのですが……心当たりはありませんか?」

 

 いやあるわけねーだろ。

 そう即答するおれの頭をよそに、どうしてかミゲルはなんともいえない微妙な顔をしていた。

 

「……ある。たしか、いくつかのガチでやべえ案件の中心人物だった筈だ」

「ああ、やはり『そういった方向へ』行かれたのですね。残された資料から察するに、生命の禁忌に抵触するような題材を好まれていたようでしたから」

 

 しばし考え込んだミゲルが、凄く嫌そうな顔して聞く。

 

「その初代様、もしかして、なにか愛称とかなかったか?」

「ええ、ありましたよ。親しい者には『マニィ』と呼ばれていたとか」

「……その初代様、もしかして、めちゃくちゃ可愛い声をしてたとか?」

「そういえば、そんな記録もありましたね。子供に間違われるのが嫌で、喉を改造しようとして皆に必死で止められたとか」

 随分尖ってんな初代様。

「……その初代様、もしかして、一人称は『ボク』で常に人をおちょくったような喋り方してたとか?」

「たしかに、当時の女性としては珍しい口調だったとありましたが」

「……いや、まだ決まったワケじゃねえ。だが筋は通っちまうか……?」

 

 生物の構造に強い関心を抱いてて、自身の改造に抵抗がない、めちゃくちゃ可愛い声をした一人称が『ボク』のマニィ。

 ミゲルの知り合いに、そんな誰かがいるのだろうか?

 

「まだ存命の可能性は十二分にありますよ。先にもいった通り、夜の母(ナイト・マム)とはありとあらゆる血を継ぐ者でもあります。不老の血を持った貴種(ノーブル)も存在しますので、寿命の概念は当てはまらないかと」

「……ま、まあ、ちょっと、いや、かなり大胆なイメージチェンジをしてたから、本人かどうかはわからねえけどな」

 

 今重要なのは先代じゃなくて今代の方だ、とミゲルがやや強引に話を戻した。

 

「つまり纏めるとだ。おたくら『ビイグッド』は今代の夜の母(ナイト・マム)の下に付きたい、ってことでいいんだよな?」

「ええ。その通りです」

「手前ェの意思ひとつで全てを引っくり返せるような、どう考えても『最悪の厄ダネ』にしかならねえような存在に恭順しようとか、正気か?」

「これ以上ない程に。むしろ斜陽の只中にある現状においては、ある種の福音かと」

「それはロニー、お前さんの独断ではなく?」

「はい。ビイグッドの『総領』であるこのロニー・ビイグッドが、血統内の意思を統一した上で申し上げております」

「ふうん。今ならまだ、しれっと『向こうに』付いてもやって行けるだろうに、なんでわざわざこっちに?」

「あるべき者があるべき場所に納まるのが、最も良いと考えております故」

「……他にいっておくことは?」

「ありません。是非我らの忠を受け取って頂きたく」

 

 ふむふむ、なるほどなるほど。

 つまり、わかり易くいうなら。

 味方が4人(内1人は限りなく黒に近いグレー)しかいない窮状に現れた、ナイスで都合のいい援軍! やったラッキー! これでどうにかなるかも!

 

 

「駄目だな。論外だ」

 

 

 ミゲルがばっさりと切り捨てた。

 

 ……まあ、そりゃそうだ。

 経営難の町工場に颯爽と現れるサラ金業者を『仲間』だと思えるほど、おれたちは頭お花畑じゃない。

 このロニーが現れたタイミング的に、こいつは間違っても善意の忠臣なんかじゃない。

 

 

「そいつはちょっと都合が良すぎるぜ、ビイグッド」

 

 

 いつの間にかミゲルの手元には、黒光りするボルトがあった。

 これまで見たどれよりも細く短い、まるでダーツのように小さなそれ。

 

「ドミノが死んだことを知っていて、他の誰よりも早くここへ来た。ご丁寧にノックまでして、この部屋の中に俺たちが居ることをバッチリ把握してた」

 つまりこいつは。

「ずっと見てたんだろ? 誰にも気付かれない安全な遠くから、ずっと、ずっと、ただ見てたんだろ?」

 

 ペン回しの要領で、黒光りする短いボルトが指の合間を回転しながら下りてゆく。

 

「やれ義務だの恭順だのと謳いながら、駄目だったら駄目だったで、その時はさらっと次に行くつもりだったんだろ? わかるよ。そういうの、俺もよくやるから、とてもよくわかる」

 

 最後の小指から離れたボルトは、そのまま床に向けて落ち――足下に立て掛けられていた、既に弦が引かれているクロスボウの背にがちゃこんとセットされた。

 

「だが今代の夜の母(ナイト・マム)は絶対に許さない。母親が殺されるのを黙って見てた奴なんて論外だ。絶対に即殺す」

 

 まあルーナならそうなるよな。

 

「現に今だって、ナメた真似してくれたカスどもを皆殺しにするって打って出た。彼女は、お前の予想よりずっと苛烈でもっと残酷だ」

 

 なんとなくミゲルのやりたいことを察したおれはアシストのパスを出す。

 

夜の母(ナイト・マム)が直々に、そこのミゲルへ『ビイグッド』との交渉を一任した。これはわたしともう1人の前で行われた正式な任命だ。彼の言葉は夜の母(ナイト・マム)の言葉だと思ってくれていい」

 

 うん、嘘は一切ない。

 くっそ適当だったけど一応はそんな感じだった。

 

「なあビイグッド。俺は最初にいったよな? ここは城中じゃあない、言葉に過度な装飾はいらないって。なのにお前はまた繰り返した。義務やら何やらこねくり回して、2秒考えたらデタラメだってわかるゴミみてえなクソを言葉に(まぶ)した。俺たちの業界じゃあな、これを『舐められてる』っていうんだよ。知らなかったか?」

「いえ、決してそのよう――」

「研究肌な青瓢箪(あおひょうたん)の末裔なんざ、ひょろい頭でっかちに決まってる。多少舐め腐っても問題ねえ。その認識が正しかったかどうか、今から答え合わせだ。マナナ、半分殺すぞ」

「はい。じゃあわたしは、右手から行きますね」

「数は――ああくそ、11、奇数じゃねえか。じゃあサービスで6殺す。構わねえよな総領?」

 

 なんかいきなり殺し合いの流れになっててびびる。

 つうかなに? 囲まれてるの? それってロニーの手下だよね? え、まじで?

 

 そんな焦りをおくびにも出さず、どうにか総領ロールプレイを搾り出す。

 

「女は残せ。使う」

「ははっ、えぐいねえ。了解だ」

 

 おれはミゲルに乗った。

 闇のサラ金業者みたいなやつに相対するには、おれなんかよりもずっとやくざ者の方が適任だ。

 で、生粋のやくざ者であるミゲルが『こう』するのを選んだ。

 ならきっと、これがベスト。

 全つっぱで、その背中を押す。

 

「男を残すなら足の腱を断て。騒ぐなら舌を引っこ抜け。そいつも含めて全員だ」

「うっす、了解っす」

 

 決めたからにはとことんつっ込む。

 よくよく思い返せば、ピラミッドさんも『戦力の面で遅れを取ることはないでしょう』とかいってたので、まあなんとかなるやろの精神で押せ押せゴーゴーで行く。

 

 それに正直なところ。

 

 ミゲルのいった通り、2秒考えればわかることに気付けないと、かなりガチでこちらを見下しているこのロニーとかいうやつが……ひどく気に食わないのもまた事実だった。

 

 

「お待ちを」

「凄えなお前。まだ言葉で俺たちをコントロールできると勘違いしてんのか? 総領、もういいだろこいつら、全部殺そうぜ」

「駄目だ。女は残せ。試したいことがある」

「わたしはそれ、手伝うの嫌っすからね? 2人でやってくださいよ」

「ですからお待――」

 

 ミゲルが足下のクロスボウを蹴った。

 びいんと弦の振動する音が耳に入ると同時に射出される小さなボルト。

 当然、狙いなんてつけてない。普通ならでたらめな方向へ飛んで行く筈のそれはしかし、言葉を紡ごうと開かれたロニーの口内へと一直線に突入し、奇妙な弧を描きながら右上奥歯へ「がぎん」と突き刺さった。

 

 誘導、あるいは狙った場所に『絶対に当たる』一矢。

 さらに貫通していないことから、威力の調節が可能。

 起きた事実から逆算するに、その辺りだろうか。

 

 衝撃でロニーの頭が揺れるよりも速くミゲルが引く。

 まるで見えない糸でもあるかのように、引く力でミゲルの手元に戻って来るミニボルト。

 刺さった奥歯はがっちりホールドしたまま、ロニーの口内から歯茎を抉りながら奥歯を引っこ抜き――そのまま手の中へと戻って来たそれを一瞥して、

 

「お前、普段から良い物食ってんのな。あの衝撃で砕けねえとか、なかなかに健康的な歯だぜ、これ」

 いってミゲルは『汚ったね』といわんばかりに、ミニボルトごとロニーの歯を窓の外へと投げ捨てた。

 

「そういやガキの頃やったよなこういうの。たしか屋根上だったか?」

 

 そのまま空いた手で、流れた前髪を後へかき上げると――その手にはまた新たなミニボルトが現れ、もう一度ペン回しの要領でくるくると回し始めた。まだまだおかわりはあるぞと見せつける。

 

「ふうん。意外とお利口さんだな。てっきり手前ェが傷つけられたら、血相変えて手下どもを呼ぶと思ってた」

 

 口元を押さえたまま蹲るロニーは、ただ黙ったまま荒い呼吸を整えている。

 

「いいね。まだ諦めてねえ。しぶとい奴は好きだぜ? 御褒美に一言だけチャンスをやる。よく考えて、搾り出せ」

 

 ここでおれがいうべきは。

 

「ミゲル。誰が許していいといった」

「一度だけだ。一度だけワガママを聞いてくれ総領。俺は、損得で打算的に立ち回れる奴が嫌いじゃないんだ。認識のズレを一息で修正できるようなら尚更な」

「夜の母は絶対に許さない」

「俺たちがその気になりゃ、まだ『忠臣』にできる。まだどうにかなる」

「……全部、お前がやれ。いいな?」

「もちろんだとも」

 

 おれが悪い警官でミゲルが良い警官。

 なんか前にもどこかでやった気がするな、このパターン。定番になったら嫌だなこれ。

 などと思いつつも、無駄口は叩かない。

 

 そうして、しばしの沈黙の後、

 

 

「……恨みが、積み重なり過ぎていた」

 

 

 ロニーが搾り出すようにいった。

 

「人質に仕込まれていた『血の棘』の消滅を確認した瞬間、半数以上が問答無用で監視役を殺しにいった。いくら傷が治ろうが、殺す方法など無数にある。誰もが頭の中では、いつもそればかりを考えていた。……もう制御できないほどに恨みが、積み重なり過ぎていたんだ」

 

「……むかつく上司と部下、くらいを想像してたんだが」

「飼い主と使い捨ての奴隷、といった方が適切だったろうな。この半年で、尊厳の類は全て奪われたよ」

「いいや、それは違うぜ。まだ残ってたから即座に殺しにいった。……そうだろ?」

「……は?」

「犬は飼い主が転んだら傷を舐めに行く。だが牙を持つ狼は隙を見せたアホを噛み殺しに行く。つまりビイグッドの郎党は証明してみせたワケだ。まだ牙は抜かれてねえ、自分たちは飼われてる犬コロなんかじゃねえって。……そうだろ?」

 

 ミゲルこいつ、凄え精神(メンタル)してるな。

 なんで奥歯引っこ抜いた次の瞬間に、俺だけはお前らの理解者だぜ! みたいな(つら)ができるんだ?

 

 そう内心でつっ込むおれをよそに、ロニーがはっきりした声で答える。

 

 

「――ああ、そうだ。そうだとも。だが公爵直下のエスマイラを害したことで、我々は晴れて反逆者となってしまった。もはや後には引けない」

 

 なるほど、母親(ドミノ)を見殺しにした後に『引き返せなく』なってしまったというわけか。

 

「だからもうお前らは、新たな夜の母(ナイト・マム)に乗るしかねえのか」

「そう悪い話でもない。これは決して無謀な賭けではない。十二分に勝利し得る最善手だ」

「なぜそう断言できる?」

「持っているからだ」

「なにを?」

「歴史を。知識を。もはや叡智の番人たる我々しか保持していない、無形の財貨を」

 

 きっとこれは()()()だ。

 

 おそらくは首輪爆弾的なものであろう『血の棘』とやらを消すには、エスマイラの総領であるオールバック野郎の死が必要だった。

 そしてルーナを殺しに来るオールバック野郎の打倒は絶対に避けては通れなかった。

 

 だからこれは、ルーナが生き残れば、連鎖的に起きる必然。

 (みずか)ら進んでルーナの側につくよう組み上げられた、ピラミッドさんが用意した2つ目の仕込み。

 やらなきゃ終わるから、やるしかない。

 クラプトンといいこのビイグッドといい、見事なまでに詰められてる。

 

 

「ひとつ、頼みがある」

「いってみな」

「ドミノ様を見殺しにしたのはオレの判断だ。他の者たちは総領の命に逆らえなかっただけだ」

 

 いってロニーがどかっと床に胡坐をかく。

 

「だからどうかこの命ひとつで、ビイグッド一党を新たな夜の母(ナイト・マム)の傘下に加えて頂きたい」

 

 淀みなく告げて、ロニーが右手を振り上げ拳を握る。

 ざわりと蠢くなにか。

 かすかに降りてくる理解。

 あ、たぶんこれ次の瞬間、ロニーは死ぬ。

 

 

 ……え? なにそれ?

 つかお前、胡散臭いインテリ気取りの、小馬鹿にしてくる系詐欺師じゃなかったのかよ!

 実は覚悟ガン決まりなリーダーだったとか、わかるかそんなん!

 

 とっさのことに動けないおれ。

 こういう状況で当然のように動けるミゲル。

 

 振り上げたロニーの握り拳をがしっと掴んで、結実しそうだった『それ』を散らしてキャンセル。

 そのまま力強くぐいいっと引き立ち上がらせ、満面の笑みと共に告げる。

 

 

「――気に入った。お前となら上手くやれそうだ。これからよろしくな、ロニー・ビイグッド!」

 

 

 まあ予定調和というやつだ。

 舐めたこと抜かすやつに1発かましてびびらせてからお友達になる。

 ……ちゃんと弱味は握った上で。

 

 

「まだ名乗ってなかったな。俺はミゲル・ベイン。新しい夜の母(ナイト・マム)からビイグッドとの一切を任された、お前の一番新しい友達(ダチ)の名だ。きっちり刻んで、忘れるんじゃねえぞ!」

 

 そうして流れるように謎のハグ。

 ミゲルこいつ、DV彼氏みたいなことを素でやりやがる。

 

「し、しかし」

「なあに、俺たちがちょいちょいっと()()()()やりゃあ万事解決だ。お前さんらは一の忠臣。その方がいいだろ?」

「そうはいいましても」

「ヘイそれ、そのクソみてえな言葉遣い。もうナシにしようぜ。ちっとも似合ってねえよそれ。お前、普段はそんな喋り方する奴じゃねえだろ?」

 

 そうして戸惑うロニーには構わず、新たな兄弟(ブロウ)に対するようにぐいぐい行くミゲル。

 実際、向こうとしても都合が悪いことなんて特にないので、10分ほどあれこれとミゲルの手腕を見ているだけで……ロニー・ビイグッドという新たな仲間(弱味を握って実利でがっちがち)が、めでたく誕生していた!

 

 ……ただこのロニー、自分たちが生き残るのが第一なので、敵側の譲歩次第じゃさくっと寝返るだろう。

 小心者のおれとしては、なにかもうひとつくらい致命的な『楔』が欲しいところだが……。

 

 

「それで兄弟、まずはどうする?」

 

 ミゲルが親しげにロニーへ問いかける。

 10分前に奥歯を引っこ抜いた相手へ『俺たちガキの頃からこうだったもんな』みたいなテンション感で切り出せるのは、もう特殊能力のひとつだと思う。

 

「いち早くこの場から立ち去る。誰かに目撃などされようものなら、即座に露見してしまうからな」

 

 一党の命運を預かるロニーとしては、絶対に兄弟(ブロウ)となった方がお得だ。

 なので、さも当然のように乗ってくる。

 

「隠せるところまでは隠すのか?」

「ああ。他の者が気付いた時にはもう、全てのカタがついているのが理想だ」

「へえ。もうカタをつけるまでの筋道が?」

「まずは外へ。道すがら話す」

 

 特に異論はないので、ぞろぞろと村長宅(仮)から出る。

 もうこの村には生きてる存在などいない――とか思っていたのだが、入り口扉付近に放置したままだった2つのしゃれこうべ(元エスマイラの騎士)を回収している数名の人影が。

 

「ビイグッドの観測班です。敵ではありません」

 

 ミゲルのいった通り、本当に11人もいた。

 その内の3人は女性で――その誰もが、なぜかおれと眼が合った瞬間にずざざざっと全力で首ごと視線を逸らした。

 

 ……んん? この露骨な反応は。

 

「もしかして、みんな聞いてた?」

「生きて帰るつもりはなかったので、遺言のつもりでした」

「凄く耳がいいとかそういうの?」

「いえ、自分の目と耳を貸していました」

「なにそれ凄い」

 

 電話や無線がない世界でその情報伝達は、無法の極みじゃね?

 

「おいおい、視覚と聴覚の共有とか、それだけで全部引っくり返せる最強の反則技じゃねえか」

「距離制限に加え時差がある。そう万能なものではないし、べつに我々の専売というわけでもない」

「へえ。具体的にはどんなのが?」

「公爵の庭番。人のかたちをした獣、群狼ユーティライネン。群れ全体が一切の時差なしで完全に同期して動く」

「……なんでドンパチに使うんすか? こっそりと情報の伝達に使うのが本筋でしょ、どう考えても」

「だから基本的に、こういった伝達が可能な手段は秘匿される。無論、我々もそうしている」

「ちなみに有効距離は?」

「およそ目で見える範囲」

「思ったより短いな」

「受け手との時差は3秒」

「聞けば聞くほど微妙になっていくなおい」

「ただ自身の長男とだけはほぼ無制限に」

「長男って何歳だ?」

「来月で3歳になる」

「うーん、やっぱ微妙かあ?」

 

 そんな会話を背に、おれはさりげなく本体の眠る幌馬車があった方へと向かう。

 ビイグッド一党には影分身(これ)の存在は伏せておきたいので、適当に荷物でも取りに行くフリをしてさっと影分身(これ)を消して何食わぬ顔して本体で外へ――などと考えていたのだが。

 

 …………ない。

 

 ある筈の場所にある物が、ない。

 おれ本体の眠る幌馬車が、ない。

 その空間が、すかっと空いてる。

 

 ……は?

 ……え?

 なにこれ?

 もしかして、パクられた?

 え、待って、防犯登録とかしてない、じゃなくて、

 

「ここにあった幌馬車、誰か知りませんか? 結構大事な『荷物』が乗ってたんすけど」

 

 パニックになりそうなおれに代わり、素早くマナナが声を張り上げてくれる。

 ……なんだよお前、そんなことされたら、好きになっちゃうだろ。

 

「それなら夜の母(ナイト・マム)とお付の方の2人が乗って行きましたよ。どこからか立派な馬を用意して、さらに我々には未知の手法で大規模な改造を施していましたね」

 

 観測班の1人が答えてくれる。

 

 いわれてみれば、それしかない。

 普通に考えると、犯人はあの2人しかいない。

 さらにいうなら、おれ本体が寝ていることを知っていたのはルーナだけ。

 ……いや、なんで?

 おれ行かないっていったよね?

 なんでここでキッドナップ?

 

 諸々の疑問の答えを聞く為――おれはそっと目を閉じた。

 

 

 

※※※

 

 

 

 真っ黒い個室で目を開ける。

 広さは小さ目のカラオケルームくらい。

 ……え? なにここ、どこ?

 普通に考えると、パクられた幌馬車内の筈なんだけど……なんか広さ自体が違うよな。明らかにでかい。あ、けど今寝てるこれ、おれがつくった特大闇クッションだ。これがあるということは――。

 

「あ、おはよう」

 寝転がるおれの視界に、上からにゅっと出てきた顔は、

「……おはよう、ルーナ」

 無駄にずぶずぶと沈む、馬鹿でかい闇クッションから身を起こす。

 

「ここ、どこ?」

「あの幌馬車の中だよ。なんかクラプトンが中の空間をいじったとかで、広くて快適になったんだ」

 

 ルーナがにっこにこで答える。

 おれは瞬時に悟る。

 こいつ、笑顔のパワーで押し切ろうとしてやがる。

 おれは構わず弾き返す。

 

「あのさルーナ、なんで勝手に連れて行った? わたしは『行かない』っていったよね?」

 

 ルーナはにこにこをキープ。

 とりあえずおれは、いうべきをいう。

 

本体(こっち)じゃ『危なくなったら逃げます」ができないの、ルーナは知ってるよね?」

「うん」

「これから超危険な貴種(ノーブル)狩りに行くのに、どう考えても連れて行っちゃダメだよね? 普通に考えたら死んじゃうよね?」

「えーと、それは」

「ミゲルとマナナがいれば、また話は違ったかもしれないけど……あの2人を眠らせて置いて行ったの、ルーナだよね? わたしは本当に貧弱だからね? 近付かれたらもうおしまいなんだよ、わかるよな?」

「……うん、……その」

「本当なら今すぐ戻れっていいたいところだけど」

 窓の外を見ると、冗談みたいな速さで流れる景色が。

「走り出してどのくらい?」

「ええと、3、4時間くらい? あ、そうそう、結構凄いんだよあの黒馬! 全然休憩とかいらないしエサも水もいらないし! 顔がブサイクなのも逆になんか信用できるっていうか――」

 

 戻って来るまでの時間をあの村で待つのは現実的ではない。

 ルーナは殺害前提で追われる身。

 次の刺客が最初に訪れるのは、前任のエスマイラの足取りが途絶えたあの村だ。あそこは長居していい場所じゃない。

 かといって丁度いい合流ポイントなんて、微塵も土地勘のないおれが今ここで思いつく筈もなく、

「――ああもう、なんでこんなことを?」

「…………ごめん」

 ルーナは気まずそうに目を逸らして黙り込んだ。

 

 そこでふと気付く。

 これは違うと。

 ここでルーナを責めても時間は戻らない。

 ただ自分が気持ち良いだけの(おこな)いに没頭してはいけない。

 どうせやるならプラスを生み出せ。

 今1番必要なものを考え、こねくり回してから。

 

 一度大きく息を吸って、吐く。

 

「今向こうで、ビイグッド一党と話してる」

「え? もう会ったの?」

「近くにいたんだって」

「……は? なにそれ?」

「それでビイグッドさんたち、ルーナの下に付きたいんだってさ」

「は? 一番やべえ時に何もしなかったヤツが、調子いいこと抜かしてんじゃねーぞ」

「けど必要だ。だから受け入れて」

「やだね、そ」

「――受け入れるなら、勝手にわたしを連れて行ったことを許す」

 

 うっ、とルーナが言葉に詰まる。

 

「……なんでそんな」

「いったろ。必要だからだよ」

「いらねーよ」

「わたしには必要なんだ」

 

 ここで『お前の為だ(黙って従え)』などというつもりはない。

 ルーナの今後が少しでも良くなるように、などというのは、おれの勝手な思惑でしかない。

 きっとこいつはそんなもの望んでないし、さして興味もないだろう。

 

「……わかった。おまえがそういうなら、そうする」

 

 さも渋々といった風に、ぼそぼそと。

 ルーナからすれば『最大限譲歩した』に違いない。

 向こうが苦渋を飲んでおれの思い通りになる。

 だけど誰も損をしない、プラスまみれのオチ。

 まあ及第点だろう、たぶん。

 

「だからもうこの件で怒るのはナシだからな! これから先、文句とかいうんじゃねーぞ!」

「いや、当然いうよ。まずは本体(これ)の扱いはできるだけ丁重に。いい? なるべく危険からは遠ざけて、わたしが寝てる間は最低でも2重の守りは必須で、いざ荒事が始まる時には――」

「わかった、わかったから! そこはクラプトンと相談してちゃんとするから」

 

 一瞬で調子を取り戻すルーナに釘を刺しつつ、再び背中から闇クッションに沈み込む。

 

「え? もう行くの?」

「なにもいわずに来たから、あまり空けすぎるとまずい」

「……おまえ、意外とノリと勢いで動くんだな。そーいうのって、周りが迷惑するから止めた方がいいよ」

 

 お前にだけはいわれたくねーよ、と思いつつ目を閉じた。

 

 

 

※※※

 

 

 

 目を開くと「あ、おかえりなさい」マナナがすぐ側にいた。

 というかお姫様抱っこされていた。

 

「……なぜ?」

「いきなり立ったまま寝ないでください。あの連中、まだ半分敵みたいなもんなんすから」

 

 返す言葉もない。ちょっとノリとフィーリングで行動しすぎた。

 しかし。

 

「大丈夫。こうしてママナが守ってくれる」

 あら不思議。こういうだけで、美しい信頼エピソードに早変(はやがわ)り。

 

「……だんだんわかってきました。アマリリスさま、結構ノリで喋りますよね」

 ダメだった。

「あは。けど頼りにしてるのは本当だよ」

 が、笑って押し通す。

 残念だったなマナナ。その程度で崩れるフレッシュピュアハートは、新卒で入ったクソ会社で死に申した。

 

「はいはい、起きたなら自分の足で立ってくださいね」

 雑にぺっと下ろされる。

 そうして、今いる場所を見渡すと、

「……なんでまたこの広場に?」

 真っ先に目に飛び込んでくる、サイコロの6の目状に立ち並ぶ、6人6つの速贄(はやにえ)オブジェたち。

 この強烈なランドマークは間違いようがない。

 ここは初めてルーナと会ったあの広場だ。

 

「それにあの人たち、なにやってんの?」

 クラプトンの『塩の杭』によって真っ白になった地面に、速贄(はやにえ)オブジェから溢れる血をぶちまけ、あるいはモップのような物を筆代わりにして線を引き丸を描き文字を添えてワンセンテンスが完成。それの少しバージョン違いを均等に並べて描く描く描く。

 ロニーの部下たちが総出で、なにやら禍々しい大規模グラフティの作成に取り掛かっていた。

 

「なんでも下準備らしいっすよ」

「なんの?」

 おれの問いに、男の声が答える。

「古式ゆかしい血を用いたブースト。まあいってみれば、廃棄燃料の再利用です」

 部下への指示が一段落したのか、ロニーがやって来る。

「まだ1日も経っていないエスマイラの()生き血なら、相応のコストカットは期待できますからね」

 血が燃料で、さらにリサイクルときたか。

「一体なんのコストをカットするの?」

「我々は『跳躍』と呼んでいます」

 その名前から察するに。

「長距離を一瞬で移動できる?」

「はい。ここからおよそ10日の距離にビイグッドの本隊が居ます。そこで用意している『対の陣』へと跳躍します」

 

「……それ、凄くない?」

 

 普通にパラダイムシフトだろもうそれ。

 

「ええ、まさに回天の一矢、我らビイグッドの秘奥が1つです。……ただ、その分代償も凄まじいのですが」

「どんな代償が?」

「起動に必要な12名の術者の内、ランダムで3名が死亡します」

 代償重っ! 

「使えないだろ、そんなの」

「ですのでその3人分を、エスマイラ6人分の血で肩代わりして貰おうかと」

 

 ふむ、それの完成をこうして待っているということは。

 

「マナナ、わたしたちも一緒に行くの?」

「俺はその方がいいと思ったが、まあ最終決定は総領の判断待ちだった」

 作業中のビイグッド一党の中から、ミゲルが出てくる。

 ……こいつたぶん『跳躍』のノウハウをパクろうとしてたな。

 

「その『跳躍』した先で本隊と合流してからは?」

「このイルミナルグランデ西部の心臓部、西都ヴァダに向かいます。日が落ちる前には到着できるかと」

「それたぶん響きからして、敵の中枢だよね?」

「別に討ち入りに行くわけではありません。元々我らビイグッドは西都に向かう途中でした。その道中、どうしても無視できない情報が入ったので、こうして少数で別行動を取った次第でして」

 

 夜の母(ナイト・マム)暗殺の報。

 あわよくばワンチャン狙いの野次馬じみた様子見。

 ただし行動や手段の節々から、こいつら全員、当然のように命がけなのが見て取れる。

 

「その西都での、元々の用事って?」

「面倒な仕事をエスマイラから押し付けられたのです。我々を一所(ひとところ)にまとめず分断しておこうという意図もあったのでしょうが……まあ有り体にいって貧乏くじの類です」

「それがチャンスになるんだから、わからねえモンだよな」

 ミゲルがどこか小馬鹿にしたような調子で続ける。

 

「建国祭、だとよ。大昔にこのイルミナルグランデができたって日を祝う、おめでたいお祭りなんだとさ」

「……そんなことやってる余裕あるの?」

 ピラミッドさん曰く斜陽国家。

 終わりかけのやべー国。

 

「だからこそ派手に、盛大にやるんだろうよ。もうどうしようもないヤツほど、決まってまだまだいけるってアピールをしたがる」

「……まあ、当たらずも遠からずといったところです。そんな馬鹿騒ぎの警備を押し付けられるなど、普通に考えれば貧乏くじとしかいいようがなかったのですが――」

 ロニーがにちゃりとした悪い顔をする。

 きっとこいつ、ロクでもないことを考えてる。

 ただ。

 

「いや、エスマイラをやっちゃったんだから、出て行ったら即捕まるんじゃ?」

「まだ誰も知りません。予想すらできません。不死たるエスマイラの総領が死んだなどと」

 

 そういや目撃者は全員死んでる。情報が伝わる経路がない。

 

「エスマイラはその特異性と実力ゆえに、独断による単独行動が半ば黙認されていました。そのプライドの高さから監視や連絡係をつけるわけにもいかず、1月ほど音信不通になることもままありました。なのでしばらくは誰も気付きません。繰り返しになりますが、誰の頭の中にも『死んだ』という選択肢がありませんので、気付き様がないのです」

 

 報連相(ほうれんそう)を怠ると、組織の強みがほぼ死んじゃうという実例だな。

 

「さらにこの『跳躍』で本隊と合流すれば、我々にはそんなことをしている時間はなかったとなります。万が一疑われた際には、その事実がさらに時間を稼いでくれることでしょう」

 現場不在証明というやつか。

 だがそれでも、敵地が危険であることには変わりない。

 わざわざそこへ行く必要性が、よくわからない。

 

「その西都へ行って、一体なにをするつもりなんだ?」

 

 発布です、とロニーは答えた。

 

「建国際の場を利用しての、夜の母(ナイト・マム)再臨の発布。及びその権能の行使による夜の母(ナイト・マム)の力の証明。百の理屈を超える一の現実で、全てを黙らせます」

 

 ……ええとこういうの、なんていったかな。

 テロ、じゃなくて、もっとこう大義を掲げてトップを獲る感じの。

 デモクラシー、じゃなくて、あー、惜しいあともうちょいな気がするんだけど……そう、あれだ!

 

 

 クーデター!

 

 

「やっぱ『公爵閣下』は夜の母(ナイト・マム)って言葉は伏せてんのか?」

「勅令の中でも『大罪人』や『反逆者』としか表記していなかったな。半ば伝説的な存在として夜の母(ナイト・マム)の名はまだ広く残っている。その存在を認知されるのは、なんとしても避けたいところなのだろう」

「ふーん、じゃあ向こうが騒ぎ立てる可能性は低いんすね」

「暗殺という手段で人知れず、が理想だろうな」

 

 おれは普通に会話を続けるミゲルとマナナの袖を引きつつ、ロニーへ告げる。

 

「ちょっと待ってて。少し話し合うから」

「ええどうぞ。まだ完成まで、しばし掛かりますので」

 

 そうしてミゲルとマナナの3人で広場の端で輪になって、こそこそ話タイム。

 

 

「……いや、なんで当然のように話進めてるの? わたしの知る限りじゃ、大体こういうの(クーデター)って失敗するんだけど」

「普通ならそうだな。だが今ここは普通じゃない」

 

 ミゲルがかき集めた情報によると、今おれたちがいるここは、馬鹿でかいイルミナルグランデという地の西側一帯、通称『西イルミナルグランデ』という『国家』らしい。

 

「なんでも、東西南北がそれぞれ『真のイルミナルグランデ』を名乗って、ウチが本物で他はパチモンですって罵り合ってるらしいぜ」

 

 各地方が勝手に国家を名乗るとか、もうまじで終わりが始まってんじゃねーか。

 

「で、その西を仕切ってんのが『公爵閣下』ってことらしい」

 ルーナとドミノの抹殺を命じた張本人か。

「つまりあれすか? 国っていっても4分の1で、しかもガタガタのボロボロだから案外いけんじゃね? ってことすか?」

「それに加え、話を聞けば聞くほど夜の母(ナイト・マム)ってのがマジでやべえ。そりゃ公爵閣下も真っ先に殺しにくるわ、ってレベルのやばさだ」

 

 ずっと(くすぶ)っている違和感。そもそもの疑問。

 

「……正直、単なるくそがきにしか思えなかったけど、ホントにそんな大したものなの?」

「わたしとミゲルさまがほぼ一瞬で落ちた時点で、もう意味不明っすよ。あれ結局、なんだったんすか?」

「歌だって。しかも力ある貴種(ノーブル)の血を飲めば、さらに強力になるっぽいことをいってた」

「子供ってのは加減を知らねえ。良くも悪くも噛み合ってる。外法がいってたのは、本当に言葉通りだった可能性が出てきた」

 

 

 ――殺し、喰らい、従え、命じる。さすれば誰も逆らえぬ。

 

 

「あとシンプルな現実問題として、もしこのままここでビイグッドと別れたら、もう俺たちが本筋に介入する余地が消えちまう。だが西都へ行けば『こと』の下準備とか、それに有用な情報を送ったりとか、色々とできる」

 ミゲルとマナナが影分身(おれ)をガン見する。

「アマリリスさまのそれ、距離制限とかあるんすか?」

「たぶん、夜が続く限りどこまでも行けると思う」

「めちゃくちゃカッケエっすけど、今昼ですよ」

「あ」

 

 いわれて初めて気がついた。

 とっくに日は昇っているのに、影分身が消えていない。

 なぜだどうしてと答えを探すおれの指で蠢く違和感。

 少し注意すればわかった。指輪が起動して――いや正確には起動の半歩手前の状態をずっとキープしている。

 いうなればサスペンド状態。

 いまいち理屈はわからないが、日中でも影分身をキープできているのはこれが原因に違いない。

 そしてこんなことができるのは。

 

「……どうやら、クラプトンのおかげみたい」

 

 これだからガチ勢は怖い。

 おれの想像をいとも容易(たやす)く超えてくる。

 やはり旧王家や元貴族といったネグロニア関係者に対しては、基本できる限り低姿勢で行こうとおれは決意を新たにした。

 

「ま、便利な分にはいいじゃねえの。それでどうする総領? 行くか、行かねえか。()るか()るか」

 

 ミゲルはなんてことない風にさらりという。

 しかしこれは。

 

「……わかってるとは思うけど、死ぬ可能性、結構高いよ。なにせ敵の只中だ。普通に考えたら生きては帰れない」

「ん? こっちで死んでも向こうで目が覚めるだけって話じゃなかったか?」

 

 あ、ピラミッドさん、ちゃんと説明してたのね。

 

「あいつのいうことを完全に信じるの?」

「これまで嘘はなかったんだろ?」

 まあそうだけどさ。やっぱ実際死ぬとなったら別じゃん。

「たぶん、都合よく痛みが消えたりはしないと思うよ」

「当然、みすみす死ぬつもりなんてねえさ。ただ、普段はそうそう切れないカードが無料(タダ)で切れるってんだ。それ込みで考えるのは当然じゃね?」

「……マナナも同じ考え?」

「そっすね。どうせなら、いつもなら自壊しちゃうんで絶対に試せない限界出力とかも、1度とことんやってみたいっすねえ」

 

 ガチのやくざ者に頭特別行動隊。

 そういやこいつら、上から数えた方が早いレベルの本気でやべえやつらだったわ。

 

 

 ――すべてが、滅びます。

 

 

 そもそもおれには、やらないという選択肢はない。

 仲間のモチベーションは最高値だと、ポジティブに捉えることにした。

 

 

「わかった。なら行こう。けどその前に、1つ詰めておきたいことがある」

 

 おれの中のチキンセーフティーが同種のにおいを嗅ぎ取り、警鐘を鳴らす。

 

 どうにも風見鶏な感が拭えないビイグッドへ、あとひと押し念入りに脅――楔を打ち込んでおきたい。西都とやらに着いてから裏切られると、もう本当にどうしようもなくなってしまう。

 

 たぶん、これはめちゃくちゃ重要なことだと思う。

 

 自身が強く、最悪単身でもある程度はどうにかなるという自負と事実があるミゲルやマナナには、きっとない危機感。小賢(こざか)しさ。

 基本よそ者なおれたちにとって、実はビイグッドの存在はガチで生命線だという認識。

 

 海外旅行へ行った際に雇った現地民のツアーコンダクターが、実は人身売買のブローカーも兼任していた時の絶望感とでもいえばいいか。

 そんなものを味わうのは絶対にゴメンだ。

 なので、できることは全部やる。

 

 幸いにも、使えそうな材料は幾つか用意できた。それをどう料理するか、2人の意見を参考にしつつも雑にかき混ぜことこと煮込んだ、やくざメゾットをふんだんに盛り込んだ脅しましましな完成品を、さあ召し上がれとロニーへごちそうする。

 

 

「――というわけで、わたしたちも同行させて貰うことにした。よろしくね、ロニー」

「ええ、こちらこそ。共に事を成す仲間として、よろしくお願いします」

 

 がしっと握手。

 

 これはアメリカンな風習というより、武器を持たない無手と無手を繋ぐという、どこでも通用する融和のサインなのだろう。

 それに相応しいにっこり笑顔のまま、おれは続ける。

 

「早速だがひとつ朗報がある。共に行く仲間となるに際し、あらかじめ不安の芽は摘んでおいた」

「……それは、どのような?」

「実はわたしは、一切の距離制限なしで夜の母(ナイト・マム)と連絡が取れる。先立って、ビイグッドの件を報告しておいた」

 いきなり立ったまま寝たのを見られているので、もうこれは正直に明かす。

「報告、ですか?」

「ああ。ありのままを全て。お前たちがいつから居たか、どこから見ていたか、全てだ」

 ロニーが『話が違うじゃねーか!』みたいな顔をする。

夜の母(ナイト・マム)相手に隠し事が可能だと思うか? そちらには、そんな生温い存在だと伝わっているのか? 本気でお前たちと組むのなら、彼女の説得は必須だった。絶対に避けては通れなかった」

 

 うん、後付けだね。

 あの時はなにも考えず100パーセントこっちの都合で話したね。

 

「どうにかギリギリで納得して貰えた。私的な対価も払った。この貸しは大きいぞ、ビイグッド」

「……恐れ入ります」

 勝手にやっておいて勝手に恩に着せる。まさにやくざメソッド。まさにちびっこギャング。

「新たな配下へ夜の母(ナイト・マム)から伝言がある。ビイグッドの総領、ロニー・ビイグッドに宛てたものだ。しかと拝聴しろ」

「は」

 もちろんルーナは伝言なんて残してない。

 だが嘘の内容をいう必要なんてない。

 あいつ(ルーナ)がいいそうなことを、そのまま100パーセント再現するだけでいい。きっとそれだけで事足りる。

 そう、具体的にはこんな感じで。

 

 

「もし裏切ったら、ありとあらゆる手段をもって、必ず一族郎党皆殺しにする。母の名に誓い絶対に殺す。金を借りてる奴も貸してる奴も、出入りの業者も飼ってる家畜も全部殺す。馬も牛も鶏も1匹残さず首を刎ねる。その朝に生まれた卵も全て割る。残りは全て焼き払う。誰も何も残さない。正しく理解しろ。おまえたちはまだ猶予を得ただけ。間違っても許されたなどと、思い上がるなよ」

 

 イマジナリールーナがのりのりで両手中指を立てる。

 

「……とまあ、あまり心象はよくないけど、チャンスが与えられたのは確かだ。後はそちらの働き次第だと思う」

 

 ちょっと表現を盛った気もするが、まあ大体合ってる。

 そんな、ルーナちゃんのプリティポエム(作詞:おれ)を聞いたロニーはにっこりと笑い、

 

「ええ、もちろんですとも。必ずや、ご期待に応えてみせましょう」

 

 あ、そういやこいつもガチ勢だったわ。

 

 ……味方の士気と覚悟の決まり具合は限界突破していると、ボジティブに捉えることにした。

 ちょっと苦しいけど頑張ってそうした。

 

 

「アマリリスさま、あいつ、めちゃくちゃびびってましたよ」

 作業の進捗確認へ向かったロニーの背を見て、半笑いのマナナがこそっと耳打ち。

「本当に? 表情とかぴくりとも動かなかったけど」

「後ろ手に組んだ腕とか足下とか、細かいところが隠し切れてませんでしたね。ぷるぷるでした」

「なにそれちょっと見たい」

「なら次があったら教えますね」

 

 ちゃんと効いていたようでなにより。

 ただそれでも、実際五分五分くらいだろうなあとは思う。

 

「マナナはあいつら、裏切ると思う?」

「そうっすね……正直、どっちでもさほど問題ないと思います」

「……どゆこと?」

「内側――あ、ええと、その、ちょっと詳しくはいえないんすけど、アマリリスさまが思っ――あ、これもダメだ、なんていうかその、なんでもないです」

「え、なにその思わせぶりなの。誘ってる?」

「誘ってないっす。ちょっと今の忘れてください」

「むり。めっちゃ気になる」

「る、ルーナとクラプトンの方が気になりません? 結局は向こうが要っていうか」

「話逸らすのヘタクソすぎない?」

「ちょっとなにいってるかわかんないっす」

「あれ? なんか1周回って強い」

 

 結局マナナはなにも答えなかった。

 叔母上に鍛えられたであろう完全黙秘(カンモク)(ぢから)は、おれ程度では崩せなかった。

 

 ただなんとなくだが。

 

 それは前回ノエミが『帰ったらちゃんというから』といって言及を避けたものと、同じもののような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 跳躍とやらは一瞬で終わった。

 見渡す限り一面の荒野。おれたちを遠巻きに見ている人だかり。

 そのど真ん中に音もなく到着した瞬間、ビイグッド一党の3人がどさっと倒れた。……が、幸いにも命に別状はないとのこと。

 タダ乗りした身としては、死人が出なくてなにより。

 文句なしの大成功に沸き立つビイグッド本隊の皆さん。そこへさりげなく混ざりイエア! とハイタッチを交わすおれたち。いや誰だよ? となった瞬間に差し込まれる「初めまして兄弟たち! 俺たちは新たな夜の母(ナイト・マム)を助けに来たエルリンク――」ミゲルの語りが聴衆のハートをキャッチし、それに急かされるようにして始まった総領たるロニーの演説。乗るしかない、このビッグウェーブに! もう後がない彼らは速やかに乗った。少なくとも表面上はそう振舞う程度の、最低限の知性と打算は持ち合わせていた。

 

「元々、国の威信がかかった大祭の警備に出しても『問題ない』と判断された面子だ。ここでゴネるようなアホは最初(ハナ)から省かれてんだろ」

「……そうなんでしょうけど、選抜メンバーで『これ』なら、ビイグッドに腕っ節は期待しない方がよさそうっすね」

 マナナが言外に、よわよわのダメダメだと断じる。

「ポジティブに考えよう。だからわたしたちが、こうもあっさり入り込めた」

「これ、数だけ揃えるこのパターンって、どう考えても肉の盾っすよ」

「崖っぷちだなあ、ビイグッド」

 

 こしょこしょ話をしながら、案内されるがまま馬車へと乗り込む。

 建国祭とかいう規模のデカそうな祭りの警備を担当するだけあって、このビイグッド本隊は相応の大所帯となっている。

 渇き切った荒野で隊伍を成す馬と馬車たちの群れ。

 数こそ大したものだがその品質は、ちょっと前にネグロニアで乗った王族御用達の防弾黒塗りヤ〇ザ馬車に比べると玩具みたいにしょぼい。

 そもそも乗り心地とか快適さをハナから考慮してない。

 いかにも兵員の輸送用といった感じで、日除けの布を張った荷台に腰かけ用の段差が向かい合って並んでいるだけ。

 乗り込む為にかけられた短い梯子も、いかにも年期の入ったベテランだ。くすみ具合が違う。

「ほらアマリリスさま。そんなイヤそうな顔してないで、奥に詰めてください」

 最後にマナナが乗り込み、閉めるようなドアもないのでそのまま出発進行。

 

 なんらかの見えない合図がやり取りされているのか、全ての馬車がほぼ一斉に動き始める。

 

 クラプトンが駆る爆走ルーナ号とは比べ物にならないとろっとしたペースで流れ始める景色。天井部分にしか布地はないので周囲の風景は見放題。ただ延々と続く荒野に吹き抜ける乾いた風。まるで動物の死に絶えたサファリパーク。さらにおれのテンションを下げる酷い揺れ。劣悪なサスペンションに硬いシート。というかシートですらないないむき出しの木。継続ダメージを受け続けるおれの尻。日中なので闇クッションも作れないから耐えるしかない。

 ……のだが、40秒で限界がきた。

 うん無理。この馬車クオリティ低すぎ。これじゃ到着する頃には絶対に尻が割れてる。

 大惨事の予感に震えるおれに向け、

 

「はい、アマリリスさまこれ。御者のおっちゃんの私物ですけど、よければどぞ」

 すっと差し出される、雑に綿っぽいものを詰め込んだクッションもどき。

 いやマナナさあ。

 ……なんだよお前、そんなことされたら、好きになっちゃうだろ。

 

 ぎゅんぎゅんマナナに好感度を稼がれるおれの隣で、悪い顔した男2人が膝を突き合わせる。

 

「で、兄弟、具体的にはどう動くつもりなんだ?」

「まずは堅実に地固めからだな」

 

 当然のように同じ馬車に乗っているロニーとミゲルが、勝手に作戦会議を始めていた。

 

「我々の他にも『貧乏くじ』を押し付けられた血統があと3つある。それぞれから可能な限りの人員を出し、我々ビイグッドが主体となって一般区画の警備――という名の雑用に当たる予定だ。なのでまずはこの3つの血統を抱き込む」

「いうのは簡単だが、できんのか?」

「どこも我々とそう変わらん窮状にある。それぞれの総領と面識もある。まずいけるだろう」

 

 ちなみにおれたち3人は、武力目的でロニーが雇った田舎貴種(ノーブル)という設定になった。

 なんでも、誰も知らないようなド田舎の片隅に、信じられないほど古い貴種(ノーブル)がさらっと普通にいたりするのはままあることらしい。

 そしてそういった田舎者が、不意にこういった大きなイベントに顔を見せ、洒落にならない被害を撒き散らすのも10年に1度くらいはあるのだとか。

 聡明なビイグッドは、そんなやべえおのぼりさんをいち早く発見することに成功し、その類稀なる交渉術で護衛兼暴力装置として雇うことに成功したのだ!

 ということになった。

 

「オウケイ。兄弟がそういうなら信じよう。じゃあやっぱ1番問題になってくるのは……公爵閣下とやらか?」

「いいや。閣下が我々の前に姿を現すことは、おそらくないだろう」

「あれ、そうなの?」

 てっきりおれは、最終的にはヴァンパイアロード的なやつとカチ合うものだと思ってた。

 

「ここ2年、公爵閣下は公の場に姿を見せていない。指示は全て彼の騎士が『代理人』として行っている」

「いやそれ、もう公爵閣下死んでるやつじゃん」

「代理人は『閣下は病を得て臥せている』と関係者に向け極秘裏に通達している。あの閣下が誰かに後れを取ることなどあり得ぬから、きっとこれは事実だと思う」

 

 ちなみに、ロニーは設定上おれのクライアントになるので、普通に喋るよう徹底することになった。

 

「ふうん。兄弟は直接『公爵閣下』に会ったことはあんのか?」

「3年ほど前に1度だけ。まさに美丈夫といったその威容に、終始圧倒されっぱなしだったよ」

最初(ハナ)から代理人の自作自演って線はねえか」

「さすがにそれはない。オレ以外にも拝謁した者はそれなりに居る。そしてその誰もが、閣下の持つ『上に立つ者』としての器に感服している」

 

 んん?

 もうすでに話がおかしいな。

 

「じゃあなんで、ロニーたちビイグッドは『こんなこと』になっちゃってるんすか? もしかして、公爵さまに嫌われました?」

 

 薄々わかってきたけどマナナこいつ……いい(にく)いことやいっちゃダメなことを、構わずばんばんいいやがるな。

 

「……閣下が姿を見せなくなった2年ほど前から、西都の動向がおかしくなった。不要な指示が増えて、無駄な金や労力を費やす機会が多くなった。これまでの、問題が起きる前にその芽を摘むような『完璧な』対応に比べて、明らかにやることが素人臭くなった」

「それ絶対、公爵閣下じゃない別の誰かがやってんだろ」

「おそらくはもう、まともに指示も出せない状態なのだろうな」

 

 んん?

 それまた妙な話じゃね?

 

「それなのに、ルーナとドミノの抹殺だけはばっちり命じたの? おかしくない?」

「ああ、おかしい。普通に考えると、閣下以外の誰か――おそらくは『代理人』あたりが勝手に勅令を出したと思われる」

「おいおい、(かた)りとか最悪の重罪じゃねーか。つーかそれくらい、誰でもすぐに気付くだろうが」

 まあおれたちが1秒考えたらわかることなんて、当然誰にでも1秒でわかる。

「なんで他の貴種(ノーブル)たちは、そんなみえみえの『吹かし』に従ったんすか? 普通なら『代理人』が攻撃されますよね?」

 

 ロニーは言葉を選ぶように視線を彷徨わせてから、

 

「ドミノ様は『アイミア』という血統の総領だった。アイミアの運営する組織は西側一帯の物流――つまりは経済を牛耳る『最大の巨人』だった。ミゲル、お前ならわかるだろう。結局は金を握る奴が1番強いと」

 

 ここで衝撃の新事実! 実はルーナ、超金持ちのお嬢様だった!

 

「あー、まあな。よくわかる。いけ好かねえ金持ちは、ちょっとした切欠さえあれば寄って集ってボコボコにされるってのも、よく知ってるよ、まじで」

「ちょっとした、どころではない。最上位からの勅令だ。やれば(ほま)れと持て(はや)される。およそ全体の7割ほどが、こぞって『忠を尽くす』と気炎を上げたよ」

「無視した残りの3割は、兄弟のトコ(ビイグッド)みたいになっちまったと」

「……勅令に背いた、などと言いがかりをつけられてな。最初はそんな無法がまかり通る筈がないと思っていたのだが――」

「あら不思議、通っちまったと。さらには公爵さま直下のエスマイラまで好き勝手にやり始めた。つまり、もう公爵の権威やら何やらは地に堕ちてる」

「正確には、そのさらに次の段階。閣下の座していた椅子に誰が座るかのレースが始まっている。勅令云々がなくとも、各地の有力者たちによる勢力の拡大は行われていただろうな」

 

 なんか知らないけど、1番でかくて強いやつらを袋叩きにする大義名分が降って来た。

 ちょうどいいや、やっちまえ。んで、奪える物は全部根こそぎ奪っちまえ。どうせこれから物入りなんだ稼げ稼げ。

 

 うん、やってることが超蛮族。

 

 ……けどよくよく考えると、現代日本でも似たようなことって普通に起きてたよな。

 ならまあ、どこでもそんなもんか。

 

 場に沈黙が降りるより早く、ミゲルが後を引き継いだ。

 

 

「だがひとつ予想外(イレギュラー)があった。誰も彼もが見落としてた。知らなかった。ごく一部以外は」

 

 

 そう。

 きっとそれは、ドミノママの奥の手。

 本人にはなにひとつ教えていなかったことから、できるなら一生使わずにいたかったであろう鬼札。

 

「どうやってかそれを知った『向こう』は必勝の一手を打ったが――あと1歩のところで失敗した。俺たちのせいでな」

 

 ミゲルが人差し指を立てる。

 

「基本的に1番強い奴ってのは最強の切り札を持ってる。これはまあ、大体どこでもそういうモンだ。当然、ここでもそうだった」

 

 

 最強のアイミアが持っていた最強の切り札――夜の母(ナイト・マム)

 

 

「なるほど兄弟。お前のいうとおり、確かにこいつは勝ち馬だ。鞍もついてないじゃじゃ馬だが、どうにかレースには参加できそうだし、まがりなりにも勝ち筋がある」

()()のではない。()()()のだ。今もその途中だ」

 ミゲルが大袈裟に頷いて、

「つまりこれから始まる建国祭とやらは、レース前のパドック、あるいは前哨戦ってワケか?」

「少なくともエスマイラはその認識だった。さして戦闘力のない我らビイグッドは、言わば『鉱山のカナリア』だ。死んで異常をしらせて、後の言い掛かりのタネとなる。さらには反抗的な奴隷の処分も兼ねているのだから、よくできた話だ。吐き気がする」

 

 お前ら全員、本気で後がないっていうかまじで捨て駒だったのね。……きっつ。

 

「あの、いっこ質問なんすけど、その建国祭って、西側の貴種(ノーブル)は皆参加するんですよね?」

「この2年間で閣下の権威は失墜しているからな。出席率は招待状を出した内のおよそ6割といったところだ」

「……その建国祭、暗殺大会の会場になっちゃいませんか?」

「それはない。閣下が臥せたとて、閣下の保有する戦力はいまだ健在。代理人たる騎士をはじめとした国軍の兵。最後まで閣下の下に残ることを選んだ(エルダー)貴種(ノーブル)たち。それぞれ数名の供しか許されていない来賓衆では、滅多なことはできんよ」

 

 (エルダー)貴種(ノーブル)とか、なんかまた不吉な言葉が出てきた。

 文字通りの意味なら古いノーブル。古式ゆかしい連中。ロリショタ文化の生き残り世代。

 

「けどロニーはやるんすよね?」

「ああ」

「じゃあわたしらの最大の敵は、公爵さまの保有戦力、中でもそのまとめ役である公爵の騎士――『代理人』ってことで合ってます?」

「その認識で間違いない。ただ向こうは多忙を極めているだろうから、そうそう身動きはとれない筈だ。決定的な『その時』まで、まず顔を合わせる機会はないだろう」

 

 いやできれば1度も会いたくねーよそんなやばそうなやつ。

 

 などと密かにつっこむ傍らで再び限界を迎えつつあるおれの尻。相変わらずがったんがったんしてる車内。たぶんこれ、サスペンションとかいう概念がない。荷物を載せるやつに無理矢理人を乗せてる疑惑が浮上するレベルの突き上げ具合がやばすぎる。当然、ペラいクッションもどき1枚なんて余裕で貫通してくる。これはまじでどうにかしなければ――と、そこで訪れる最高のひらめき。

 

「ちょうど一段落したみたいだし、ここらで1度、向こうと情報を共有してくるよ」

 そうだ、快適な方へ行こう。

「確か日暮れ前には着くんだったよね? そのくらいには戻るから」

「あ、ズルいアマリリスさま、マシな方へ逃げ」

 

 勘の良いマナナが全てをいい終わる前に、そっと目を閉じた。

 

 

 

※※※

 

 

 

「――というわけで、今西都ヴァダとかいう場所に向かってる。日暮れ前には着くんだって」

 

 どこからかすっと出てきた、きんきんに冷えた葡萄(ぶどう)ジュースをちびちび飲みながら、おれはひと通りの説明を終えた。

 

 ここは元幌馬車内にして現小さ目のカラオケルームもどき。

 べつにマイクやどでかいスピーカーがあるわけではないが、おれ産の特大闇クッションに加え、下が普通にふかふか系の絨毯なのが妙にカラオケルーム感を出している、全面が黒一色の奇怪な個室。

 外部からの音や振動は一切聞こえないし感じないという完璧に閉ざされた場所ではあるが、どどんと大きな窓があるおかげでこれといった閉塞感もない。

 そんな、現代日本を知るおれすらも虜にしてやまない超快適スペース。

 

 ……ではあるのだが、ひとつだけ問題が。

 

 ルーナがいうにはクラプトンが中の空間をいじった結果広くなったらしいが……こうしてじっくり居座ると、嫌でもわかる。

 これ、あれだわ。自分にとって有利なように世界を塗りつぶしたり造り替えたりするトンデモ系最終奥義、その只中だわ。

 正確には、展開前の状態をずっとキープし続けているサスペンドモードとでもいえばいいのか。

 おそらくこれは、おれ本体の『指輪』を基点とした裏技。今現在おれの影分身(子機)に対して行っていることと全く同じことを、こちらでもしている。

 言葉にすればそれだけの、しかし普通に考えるとなにひとつ理解できない、闇の絶技の只中。

 

「ふむ。ビイグッドとやら、思ったより『出来る』ではないか。即興にしては悪くない」

 それを(こと)()げにやってのける見た目だけは優雅な魔人が、皮ごと葡萄を口に放り込む。

 軽く聞いた話によるとこの空間、フルーツなら10年分は在庫があるらしい。……なにそれ凄い。

 

「なにいってんの? ちっとも良くねーだろ。なんで脅しかけるだけなんだよ。実際に2、3人殺しとけよ。そんなんじゃナメられんぞ」

 夜の蛮族(ナイト・バンゾク)が牙を剥く。

 一番フルーツが似合いそうな外見をしてるくせに、その思考回路はまさに修羅。

 

「とりあえずルーナは、すぐ殺すのをやめよっか」

「は? カン違いすんな。その方が最終的に殺す人数が少なくて済むんだよ。ママたちの側でずっと見てきたから、これはもうホントにそうなの」

 ……こいつもしかして、単なるキレたキッズじゃないのか?

 まさか、一般人とは視点のレベルが違う英才教育を受けてきた、若き支配者層だとでもいうのか?

 

「レディ、手元が疎かになったな。もう1度最初からやり直しだ」

「あ! あともうちょいだったのに!」

 ずっとルーナが手元でこねこねしていた、白いものを見る。

 それは一見、白い粘土のようなもので作った人形。

 無彩色だが特徴を捉えたその造形は、いうなればSDミゲル君。ただしミゲル君のあご先は三日月のようにしゃくれて爆散している。つまりは失敗作だ。

 

「……ずっと気になってたんだけどさ、その白いの『眩しい闇』だよね? なんでルーナ、それを普通に手に取ってるの? それって、超高度な秘匿技術じゃなかったっけ?」

 たしか闇の薔薇のトップの証とか聞いた気がするんだけど。

 

「レディには難易度という概念は無意味だ。なにせ、最初から全て己の内にある。参照する対象を認識すれば、後は同じものを探し当て引っ張り出すだけ。実際に触れてみれば、その時間はさらに短縮される」

 

 つまりそれって、見たものをそのまま再現できるってことだよな?

 

「……ズルすぎない、それ」

「いうほど簡単でもねーよ。出せたところで、うまく使えるとは限らねーし」

 いいながら次をこねこねするルーナ。あ、次はSDマナナちゃんなのね。

 

「なぜ棘や杭じゃなくて人形を?」

「出来ない、と出来るがしない、には大きな差がある。当然、出来た方が可能性は広がる」

 なんかお前に正論いわれるとイラっとするな。

「ここイルミナルグランデの有力敵性体に致命傷を与えたくば、この『眩しい闇』の加工は必須となる。丁度良い、9代目もレディと同じ鍛錬をやって行くがいい。そもこれは、闇の薔薇の盟主には必須の技能でもある」

 いってクラプトンが、ぽいっとミニ白杭を投げて寄越す。

「いや、継がないっていったよね? まあ本気で要りそうだからやるけどさ」

 

 そうしておれもこねこねして人形作成に取り掛かる。

 

「そういえばクラプトン、普通にここに居るけど、今もこの馬車走りっぱなしだよね? 御者台を空けて大丈夫なの?」

「気になるなら1度見てみよ。さすればわかる」

 音もなく開く窓から首を突き出し、前方で走る黒馬たちを見る。

 ……どう見ても『レミ君の黒馬』と同種の存在だ。おそらくは異形の影分身の類。

 しかし本体はどこにもいない。……なんだかホラーのにおいを嗅ぎ取ったおれは、バンと窓を閉めた。

「あいつら、すっごく賢いよな。アイミアの取引で名馬って呼ばれるのはいっぱい見てきたけど、自分で考えて勝手に走る馬なんて初めて。そっちじゃ、ああいう馬って珍しくないの?」

 

 ピュアな質問を飛ばすルーナになんといったものかと悩んだおれは……もてるフィギュア知識を総動員して作った、デトロイトメタルルーナちゃんで話題をスキップすることにした。

「うわなにこれあたしだよな!? すっげ、カッケー!!」

 上手い具合にアレな感じの思春期にぶっ刺さったようで、めちゃくちゃウケた。

 

「お美事。これで彼奴等を貫く剣の準備はできたな」

「なんか良い感じにいってるけど、実は闇の薔薇を押し付けたいだけだろ」

 盟主に必須の技能とやらをばっちり身につけちゃったのが地味に怖い。

「いや、まじでやべーのは本当だろ。西都に着いた瞬間、袋叩きにされるかもしれないんだし」

 まあ敵地に行くって、そういうことだもんなあ。

「なに、所詮『向こう』は移し身なのだろう? もしそうなったら、キッドマンとサンチャゴの冥福を祈りつつ、さぱっと解除すればよいではないか。そも本命は、レディの居るこちらだ」

「あ、そういえばそっか。うん、じゃあアマリリス、いっちょドカンと派手にかましてこいよ! 全滅覚悟で半分くらい道連れにしてさ!」

「……ビイグッドはともかく、ミゲルとマナナはもうちょい大切にしてあげようよ」

「……なんだよ、あいつらの方がいいってのか?」

 ルーナこいつ、ちょこちょこ出してくるよな、こういうの。

「クラプトン、この面倒臭い感じ、レディとしてありなの?」

「聞き分けが良過ぎてもカモになる故、多少はな」

 薄々わかってきたけどクラプトンこいつ……ベースは凄いまともだよな。それ以外がちょっとあれ過ぎるけど。

 

 なんてことをしている内に、窓の外では日が沈み始めた。

 おれとしては、ずっとこの快適空間にいたい気持ちもあるが、残念ながらそうもいかない。

 

「いいか? 寝る前にはもう1度こっちに来いよ。たぶんその頃には到着してると思うから、もし誰かいたらおまえにも紹介してやるよ」

 ルーナが思わせぶりなことをいう。

 その内容から察するに。

「これの行き先って、緊急時の集合場所?」

「うん。アイミアが色々と金を出してる小さな村で、なんかあった時の集合ポイントの1つなんだ」

「……そっか。誰か来てるといいね」

 おれは余計なことはいわず、心底からそう思いながら、そっと目を閉じた。

 

 

 

※※※

 

 

 

 ぱちりと目を開く。

 粗末な荷台もどきの向こうに広がる、全方位パノラマな茶色い荒野。

 ストレートな8ビートのロックナンバーみたいなリズムを刻み続ける車内。

 そんな中でおれは、マナナの肩にもたれかかるようにして眠っていたようだった。

 

「あ、戻りました?」

「うん、ただいま」

 

 身を起こすと、全身がばきばきになっているのがわかった。

 そりゃまあ寝てたからノーダメージとはならないよな。

 ただ苦痛の時間をスキップできたのでよし。

 

「向こうはどうでした?」

「超快適だった。あいつクラプトン、凄くない?」

「闇の薔薇は基本、地下に潜ったサバイバーですからね。劣悪な環境を整える独自の手法が、もう意味不明なレベルにまで進歩してるらしいっすよ」

 足りない、はなにかを生み出す最高の原動力ってやつか。

 

「そろそろ左手側に注目だとよ。この丘を抜けると一気に見えるらしいぜ」

 ロニーと煙草を回し呑みしていたミゲルが煙を吐きながらいう。

 なにが? と聞くより早く馬車は丘を駆け上がり、おれたちの眼下にそびえ立つ『それ』が現れた。

 

「うーん、いかにもな城っすねえ」

 

 そうとしかいいようのない、馬鹿でかい西洋風なお城。

 一際高い位置に建てられたそれを基点にして、赤や茶色を主体としたカラーバリエーション豊かな屋根が隙間なく整列し、ただでさえ洗練された町並みがさらに鮮やかに彩られている。

 ぱっと見では城を中心に栄えた巨大な町――ではあるのだが。

 

 なんというか、違和感が。

 いつかどこかで見たかのような、きっと初めてではない、既視感まじりの違和感が。

 

「……なんかあれ、デザインが浮いてない? こう、あの城だけ文化が違うというか」

 

 より正確にいうなら、城を覆う城壁の内と外ではっきりと線が引かれているかのような。

 

 城壁の外は、ここまでの荒野で見た簡素な建築物――まあいってしまえば、見た目の美しさよりも実用性を優先した、少ない資源でどうにか頑張ってますといわんばかりのスタイルなのだが……城壁の中になるとそれが一転、実にイン〇タ映えしそうな、素敵でお洒落なヨーロピアンテイスト溢れる色鮮やかな街並みが広がっていた。

 なんというか、明らかに城壁の内と外で隔絶があるというか、そもそも建築物の設計思想が違うというか、その文化はここじゃないだろというか。

 

「そうすか? 単に金持ちと貧乏人の、貧富の差じゃ?」

 

 たしかにそれもあるとは思う。

 けど……あー、ダメだ。べつに民俗学とか建築学とかに詳しいわけじゃないから、上手いこといえないわ。

 おれは説明することを諦めた。

 

「城壁の外を外区、中を城下と呼んでいる。我々が警備に当たるのは全外区と城下の半分ほどで、残りの城下および城内は国軍が担当する」

「その国軍てのは、実際どんな連中なんだ?」

「元を辿れば、各地の有力な貴種(ノーブル)が閣下へと『献上』した戦力の寄せ集めだ。もはや閣下が表に立つことはないであろう今となっては、有事の際には元の鞘へと戻る身中の虫だな」

「ホント良い感じに、行き詰ってんなあ」

「これ、わたしらが何もしなくても、勝手に潰し合って勝手に瓦解するんじゃないすか?」

 

 だがおれたちの目的はルーナを助けることで、べつにこの国を崩壊させることではない。

 ……まあ結果的には、似たようなものかもしれないが。

 

「我々は城壁の東門から中に入る。それまでは楽にしていてくれ」

「そこから先は?」

「お偉方に到着の挨拶回りだ」

「それ、俺たちいるか?」

「不審者として捕まりたくなければ」

「つまり強制参加っすね」

 

 そんな会話を聞きながらも、おれの視線はずっと城のある一帯に引き付けられたままだった。

 あともうちょいなのに、違和感の正体がもうすぐそこ、ノドの先まで出掛かっているのに……出て来ない。

 もういいや、と諦めた瞬間に限ってなぜか開く記憶の扉。

 

 それは遥か昔――とはいっても正確な年数なんて当然覚えていないので、実にふわっとしたいつかの昔――まだそれなりに時間に余裕があった頃、志〇スペイン村や長〇ハウステンボスに行った時の記憶。

 最寄の駅から出て、いっちゃなんだが寂れた田舎道みたいなところをしばらく進んだ先に、ぽんといきなり現れた別世界。

 用意された別世界。

 そういう風につくられた一角。

 周囲とは、文化もクオリティもまるで違う区画。

 

 ある種の非日常を味わう為のテーマパーク。

 

 ……うん、特に今は関係ないな。危険に満ちた敵地のど真ん中とかいう、さくっと死ねるいかれたテーマパークがあってたまるかよ。

 

「意外と栄えてんのな。兄弟のおすすめの店は?」

「そうだな、オレが知っている限りでは――」

 

 またじくじくと痛み出した尻のポジションを微妙にチェンジしながら、おれはロニーの語る外区の店舗事情を聞く。

 ほうほう、やっぱ娼館はマストであるのね。

 え? (エルダー)貴種(ノーブル)が経営してるの?

 日によって姿が変わるとかなにそれ? 不老? まじで?

 おれはすぐロニーの話に夢中になった。

 

「今も西都に残っている(エルダー)貴種(ノーブル)は他にもいるが、やはり1番有名なのは『花』の2つ名を冠する――」

 

 その間も馬車は一定速度で進み続け、これといったトラブルもなく外区へと入る。

 これまでのだだっ広い荒野とは違い町中なので、馬車の群れは1列になってぞろぞろと大通りを進んで行く。当然ながら町中には人通りがあるので、その分だけ進行速度はゆっくりとなり、周囲の様子をじっくり見る余裕が持て余すほどに生まれる。

 

 木造よりもレンガ造りの建物が多いのは、最初の辺境っぽい村に比べて、ここらの方が採れる木材の量が少ないからだろうか。

 ただ住人の格好はガチな乾燥帯仕様とは程遠く、なんか普通に革ジャンみたいなのを着ているやつもいれば、気取った貴婦人みたいなドレスっぽい格好のお嬢さんもいる。

 

「ああいった光沢のある革を用いたファッションは、貴種(ノーブル)御用達のオールドスタイルとして今も一部の層に根強い人気を誇っているな」

「古臭いってならねえの?」

「純粋に高価だからな。一種のステータスだ」

「ふうん。やっぱどこにでも、身の丈に合わねえ物を欲しがるカモはいるんだな」

 

 高級腕時計のカタログを取り寄せたことのあるおれは、ただ黙って空を仰いだ。

 

 沈む夕日に照らされた建物と建物の間に、派手な色の細いロープが綱渡りのように掛けられ、そこに様々な柄の小さな旗が隙間なくひしめいている。昔からの風習か単なる飾りかは知らないが、お祭り気分を出していることだけはわかる。

 

 そんな、見方によってはまるでクモの巣が張り巡らされているかのような空を見上げていたおれの視界の端に、どこから来たのか、白い花びらがちらりと舞う。

 風に吹かれてくるくる回る白く小さな花弁は、そのままおれの座る隣へと落ちた。

 どこか近くに白い花の咲く木でもあるのかなと、おれは無意識に視線を巡らせようとしたがしかしそこで異変に気付く。

 

 無音。

 

 音が消えた。

 

 (エルダー)貴種(ノーブル)について話していたロニーの声も、それに相槌を打っていたミゲルの声も、終始がたがたとうるさかったこの馬車自体が立てる騒音も、気が付けばその全てが消えていた。

 

 

 そしてさも当然のように、おれの隣に腰かけているそいつ。

 

 

 真っ白なゆるふわっとしたワンピースドレスに包まれた、これまたゆるふわっとしたカーリーヘアーの女児。

 見た感じの年齢は10歳前後といったところ、

 

「――シ、シィス様。ど、どうして、こここに……?」

 

 震えるロニーの声が「そうじゃない」と教えてくれた。

 いい歳したロニーが『様』付けしてビビり散らす相手。

 単なる子供なわけがない。

 おそらくこいつは――(エルダー)貴種(ノーブル)

 

 ダメだ。

 黙るな。

 びびるのはしょうがないが、縮こまるな。

 行け。

 

 

「こんにちは。素敵な服だね。とてもよく似合ってる」

 

 

 とりあえず褒めた。

 隣に詰められた時点で、もうおれは半分死んでる。

 だから間違っても暴力的な展開にしてはいけない。

 だからとりあえず褒めておいた。

 こうしておけば少なくとも、いきなりぶん殴られることはない筈。

 ……たぶん。きっと。なければいいな。

 

 

「白い衣はね、初めての対面を寿(ことほ)ぐの。これからの関係が、どれほど素敵な色に染まって行くのかはまだ決まっていないという、古き祝福なの」

 

 

 よしセーフ! 即死回避!!

 いやむしろこれ友好的な感じじゃね?

 なら乗れ! 乗るんだ! この優しいウェーブに!

 

「初めて聞いたけど、いいねそれ」

「でしょう?」

「君は『花』の人?」

「いいえ。不老の方よ」

「日によって姿が変わるって本当?」

「姿というより年齢ね。今日の私は11歳よ」

 

 やっべ、欠片も意味がわかんねえ。

 だがもはや、そんなのは慣れっこになりつつあるおれは……気にせず()()()ことにした。

 マナナとミゲル(暴力装置)が側にいる時なら、いつもよりほんの少しだけ大胆になれる。

 そんなおれの背を、せめておれだけは優しく押してあげたい。 

 

「もしかして、わたしに合わせてくれた?」

「自惚れ屋さんね。その通りよ」

 

 向こうには最初から『やる気』はない。

 むしろ、こちらを刺激しない様に気を遣ってた。

 ならその目的は?

 まあ普通に考えるなら、

 

「なにを聞きたいの?」

「友人の行方を。急に連絡が途絶えたの」

 いやいや、君の友達とか、おれが知るわけないだろ。

 

「待ち合わせをしていたの。お祭りが始まるまでには、娘をつれて来ると」

 ……ん?

「まだ6日もあるのだけど、几帳面なあの子が不精をするとは思えなくて」

 ……んん?

 もしかして。

 

「……その友達の名前は?」

 

「ドミノ。特別な娘を最後まで特別にはしたくなかった、どこにでもいる普通の母親。特別であることの苦悩を誰よりも知っている、かつてのお転婆さん」

 

 おいおいおい。

 へいへいへい。

 いきなりそんなんぶっ込むの、止めてくれない?

 なにこれ、めっちゃ重要な局面じゃない?

 もしこの『不老』さんが本当にドミノママの友達ならあれで、もし『向こう』の放ったスパイならこれで……。

 おれは瞬時に様々な可能性を考えようとして――べつにそんなことしなくてもいいと思い当たると同時に両目をばちこんと閉じた!

 

 

 

※※※

 

 

 

 ばちっと開眼!

 カラオケルームに相応しい大声で!

 

「ルーナ! 不老の(エルダー)貴種(ノーブル)『シィス』って知ってる!? 早く答えて! 本気でギリギリのピンチなんだって!!」

「お、おう。知ってる。ママはシィスに会いに行く途中で、あのカス共にみつかった」

「ありがと! けどそういう大切なことはあらかじめ聞いておきたかった!!」

 ノールックで闇クッションへダイブ!

 

 

 

※※※

 

 

 

 すっと目を開けて『別に微塵も慌ててなんていませんけどなにか?』みたいな顔していう。

 

「ドミノは死んだよ。わたしに『ルーナをお願い』と残して、灰になって散った」

「あの子が素直にお願いを?」

「……最初はいきなり操り人形にされかけた」

「そう。本当なのね」

 

 これで納得されるとか、ちょっとドミノママの徳が低すぎてびびる。

 

「やったのは誰?」

「エスマイラ。ルーナと一緒に、皆殺しにした」

 うん、嘘じゃない。

 

「……あなたは、だあれ?」

「アマリリス。ルーナを助けに来た」

 

 それを聞いたゆるふわ系不老貴種(ノーブル)『シィス』は、ふ、と口元を綻ばせた。

 

「ならあなたもお友達ね、アマリリス」

「じゃあ『花の人』もお友達?」

 花びらワープとか、明らかにサポートを受けてるよね?

「ええ。けど内緒よ?」

「わかった」

 

 つまり。

 追い詰められたドミノママは、己の人脈を最大限に駆使して1発大逆転をかまそうとしていた。

 

 おそらくは、ロニーの出した結論と同じ方法で。

 

 力ある貴種(ノーブル)の血が云々も、なんか凄そうな(エルダー)貴種(ノーブル)2人分もあれば余裕でいけそう。

 たぶん、西都(ここ)にルーナと一緒に来れば『勝てる』筋道を既につくってた。

 

「ルーナは?」

「激怒して、カスどもを皆殺しにするって飛び出した」

「まあ、母親そっくり」

 

 そんな気性のやつが『魅了』の力を持ってたとか、悪夢じゃね?

 

「……6日後に建国祭の開会式があるの。それまでに、連れてきて」

「わかった。やってみる」

 

 いや連れて来たとして、具体的にはどうすんの?

 そもそもなんで君たちは公爵閣下のアンチなの?

 とか色々と聞きたいことはあったが……その姿の端がひらひらと散り始めたので、必要なことだけを端的に答えた。

 

「残念。ここまでみたい。時間切」

 

 さあっと風が吹き花びらが散ると、もうそこにはなにもなかった。

 おそらくは分身や写し身といった類のもの。

 自身ではなく他人の身でそれが可能とかいう、もうそれ花とか関係ないよね? とついつっ込みたくなる無法っぷり。

 味方でよかった花の人。

 おれはそうボジティブに捉えることにした。

 

 

 そこで唐突に音が戻る。

 

 

 馬車の騒音。周囲の喧騒。ロニーの吐き出すくそでかため息。

 

「……死んだかと思ったな」

「シケた面してんなよ兄弟。少なくとも(エルダー)貴種(ノーブル)の2人は『公爵閣下』と敵対してる。最高のグッドニュースじゃねえか」

 

 ああしてこっそりとコンタクトを取ってきたことから、影ながらではあるようだが。

 

「……あー、時間切れって、そういうことっすか」

 馬車の進行方向を確認したマナナが真顔になる。

 

 なんだどうしたと、おれも続いて見る。

 

 おそらくは東門と思われるでっかい門があり、その手前には出入りの管理をする番兵とその詰所。

 とっくに日は傾き、今にも沈みそう。

 だからそのさらに前で立ち並ぶ、1、2、3――5人の誰かは影となり、その詳細がはっきとしない。

 サイズ的に、大人2人に子供3人。

 ただその3人いる子供の内の1人は、ついさっきまでおれの隣にいた不老の(エルダー)貴種(ノーブル)――シィスだった。

 あの真っ白い服とゆるふわヘアーは見間違いようがない。

 てことはたぶんこれ、残りの2人も単なる子供じゃなくて(エルダー)貴種(ノーブル)だよな。

 1人は『お友達』な『花の人』だとしても、もう1人は確実にお友達ではない――つまりは敵側の(エルダー)貴種(ノーブル)ってことになるよな。

 

 ……いや、なんで待ち構えてるの?

 これ、知らん顔して素通りしちゃダメかな?

 

 ワリと本気でそう考えるおれの肩を、ポンとミゲルが軽く叩いた。

 

「行こう。こういうのは堂々としたモン勝ちだ。シィスがこっそり来たってことは、まだバレちゃいない。証拠もなしにグダグダ抜かすようなら、1発かましてやろう」

「最悪背負って走りますから、アマリリスさまはわたしの近くに」

 

 なんだよお前ら、そんな頼り甲斐とか見せられたら、好きになっちゃうだろ。

 

 ひとつ頷いてから完璧なポーカーフェイスで顔面を覆ったロニーを先頭に馬車を降りる。

 距離が近付くにつれ、その姿が徐々にはっきりとしてくる。

 向こうの内訳は、シィス以外では女児1人に男児1人。あとは燕尾服のようなかっちりした正装をまとった成人女性1人と老齢の紳士が1人。

 以上の計5名。

 

 

「来たか、ロニー。思ったより遅かったな」

 

 

 その先頭に立つ、凛とした美しい立姿の男。

 燕尾服のようなかっちりした正装を完璧に着こなした老紳士。

 つい笑っちゃうくらいナイスシルバーな彼が1歩前に出る。

 そしておれを見る。目が合う。一目でわかる。あ、これ、駄目だ。

 

「初めまして、見知らぬ(エルダー)貴種(ノーブル)

 優雅に一礼。

 おれは動けない。

 下手なことはいえない。

 

 さすがに4人目ともなれば、ある程度の共通点は見出せる。

 立ち居振る舞いに雰囲気。視線の配り方に歩き方。ちっとも背筋は曲がっていないのに低く構えているかのような圧迫感。それを支える引き締まった体躯。

 他にも多々ある言葉にならない要素を足して割って出てくる答えは『似ている』の一言。

 

 そう、似ている。そっくりだ。

 身長や顔立ちや性別が違っても、根っこにある『なにか』はほぼ同じ。

 当然こいつは『本』にできない。それもまた同じ。

 こいつはたぶん、ここまでに殺してきた以上の数を助けてきた。

 こいつはたぶん、否定され怨まれる以上に好かれ慕われてきた。

 

 ……こいつはたぶん、ハウザーとかターナとか蜚蠊(ごきぶり)とかの同類だ。

 

 筋力テストの数値では上回っているのに、どうしてか殴り負ける。

 徒競走のタイムでは勝っているのに、最後の1歩で全てを引っくり返される。

 そんなことを繰り返して今日まで生き延びてきた、老いをハンデではなくストロングポイント(圧倒的経験値)とする怪物。

 敵として相対した時点で、もう大損害が確定する爆弾じみたやつ。

 そんな、これまでは味方側にいてくれた頼もしい存在が、向こう側からおれを見据え、いう。

 

 

(わたくし)は公爵閣下が騎士、マット・フレデリクセン。我々は貴方の来訪を歓迎します、古き友よ」

 

 

 やべえ。

 これはびびる。

 公爵閣下の騎士たる『代理人』が、くっそ忙しいだろうにわざわざ時間をつくり、自らおれたちを出迎えてくれた。

 

 ……いやロニーお前、めっちゃマークされてるじゃん。

 これ絶対、ほぼ確信じみた疑惑を向けられてるだろ。

 

 そんな、内心びっくびくなおれの肩につんつんと謎の合図が。

 目を向けた先のマナナは半笑いで、後ろ手に組んだロニーの腕を指し示す。

 めっちゃぷるぷる震えてた。

 

 マナナが、ね? みたいな顔でおれを見る。

 いや確かに次は教えてっていったけどさあ。

 

 味方はちっともびびってなんかいないと、ポジティブに捉えることにした。

 

 

 







TIPS:ビイグッドのプランA

どうにかして夜の母(ナイト・マム)を奪取し、超特急の『跳躍』で逃げ切ろうという、策とも呼べないような無謀な蛮行。しかしもう、これくらいしかできることは残っていなかった。

幾重もの隠匿術と、万が一上手くいった際に残される死体の身元を不明とする為、首から上を消し飛ばす自爆のタイマーをセットした上で潜んでいた彼らはしかし、そこであり得ない奇跡を目の当たりにする。

行動する者にのみ、可能性は与えられる。



TIPS:A&Jの保有する賭博施設

ネグロニア各地に計3ヶ所の競馬場を保有し、うはうはな黒字運営をしている。
ミゲルは中々の成績を残している名馬の馬主でもあるのだが、毎年彼の誕生日に開催される『ミゲル杯』の存在を本気で恥ずかしいと思っているので、彼が自分からこの話題を口にすることはまずないだろう。

父親の強権により、姉や兄の誕生日にもその名を冠したレースが行われている。



TIPS:血統

かつては(エルダー)貴種(ノーブル)が独自の方法を用いて力を分け与えた『特別な配下』を指す言葉だった。
しかし時が経つにつれ、ただ自身の旗下(きか)にある者もそう呼ぶようになった。
それが転じて、自身の治める集団をひとまとめに血統と呼ぶようになり、本来の意味は失われた。

作中においてはエスマイラ等の歴史ある貴種(ノーブル)だけが、本来の意味でこの言葉を使用している。



TIPS:ドミノ

生まれ持った強力な『魅了』と持ち前の頭脳と気の強さで、若くして西側の物流を牛耳る巨大組織の長にまで上り詰めた傑物。

『あんたはまだ半分の半月。次で完成する。月が満ちて降りてくるのは、あんたの次さ』
生涯に一度だけ、本当に未来を予言することができると嘯いた異端の貴種(ノーブル)、星読みの老婆が告げた言葉の意味は、生まれたばかりの娘をその手で抱いた瞬間に理解した。

己の力で事を成し、既に過不足なく満たされていた彼女は、その秘密を墓まで持って行くことを決意する。

しかし星読みの老婆は思いのほか長生きで、大体いつも金に困っていた。


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