邪神さまがみてる   作:原 太

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今回でイルミナルグランデ編を終わらせると意気込んだら、
おかしな文量になってしまいました。
間違っても一気に読む量ではないので、
適度に休憩を挟むか、まとまった時間があるときにどうぞ。

次からはもっとコンパクトに刻みたいと思います。


EX2ー5 嗚呼遥かなるイルミナルグランデⅤ

 

 

※※※ 4日目、朝 ※※※

 

 

 

「アマリリスさま朝っすよー」

 

 もうすっかり聞き慣れたマナナのモーニングコールで、おれは今日も起き――れなかった。

 目蓋が開こうとする意志に全力で抵抗してくる。もっとだ、もっとよこせ! 睡眠を! やつらの要求はエスカレートする一方で、

 

「あれ? 結構本気でお疲れっすか?」

「……うん。昨夜はかなりハードだった。……本当に死にかけた」

「アマリリスさま、こっち来てから毎日死にかけてません? 特別行動隊でも週1でしたよ?」

 

 月に4回命の危機が訪れる職場とかクソ過ぎるだろ。

 

「たぶん、昨夜が山場だったと思う。ここから先は落ち着く……筈」

 さすがに『オーベル』よりやばいのはもう出て来ないだろ。

 ……来ないよね? ……来なければいいな。

 

「へえー、山場っすか。なんか凄そうっすね、どんなだったんすか? 喋ってる内に頭もしゃっきりしてくるでしょうし、聞かせてくださいよ」

「……そんなことしたら丸聞こえに」

 いやもうとっくに手遅れだろなに普通に喋ってんの!?

 ばちっと目を開ける。

 そして思い出す。

 

 おれが寝ていたのは、昨日までいた無駄に豪華な監視部屋ではなかった。

 ほどよくこぢんまりとした『こういうのでいいんだよ、こういうので』感溢れるシンプルなワンルーム。

 監視と盗聴がなくてヒットマンのいない清潔な部屋、というおれのリクエストを全て満たしたパーフェクトルーム。

 ……やだ、おれのハードル低すぎ。

 

「カーテンと窓、開けますね。やっぱり日の光浴びなきゃダメっすよ」

「……マナナは日中だと調子が出ないとかないの?」

「逆っすね。日中の方が出力自体は上がりますよ」

 

 ……やっぱこいつ、スペック的にはおれのカウンターなんだよな。

 

 窓を開けるマナナの後頭部を見ながらそんなことを考えていたおれの目を、ばんと開け放たれた窓から差し込む朝日が直撃! お前夏休みのオカンみたいなムーブすんなよ! と思いつつも、誰かが起こしに来てくれるということのありがたさを知るおれはしぶしぶベッドから身を起こした。

 

 ここはオーナーのシィス曰く、勢いで造ってはみたもののちっとも使っていない支配人専用区画内にあるゲストルーム。

 今は臨時休業中のすけべなお店の別館2階にある日当たり良好な角部屋。つまりは(エルダー)貴種(ノーブル)の縄張りで安全地帯。

 

 

「どうせ話すならさ、下に行ってみんなで共有した方がよくない?」

「シィスは信用できると思います。けどここのスタッフの中には絶対にスパイがいると思いますよ」

 

 一瞬で崩壊する安全神話。

 けどまあ、いわれてみればそうか。

 (エルダー)貴種(ノーブル)をノーマークで自由にさせるとか、あり得ないよな。

 

「シィスもそれを承知しているから、わたしたち『だけ』に2階を独占させたんだと思います」

「……スパイ行為自体は、許してる?」

「そりゃ下手に始末とかしちゃえば『これから裏切ります』って宣言するようなもんじゃないっすか」

 たしかに。

「けどスパイは2階(ここ)までは入ってこないだろうから、今日からは日中も『向こう』へ行けるようになったのは大きいよね」

 そこでマナナは少し考える素振りを見せてから、

「基本荒事()()()()向こうへ、日中のアマリリスさまが行くのは危険すぎませんか? 行っても結局は護るのにリソースを割くハメになっちゃって、正直逆効果といいますか……」

 

 昼間のお前が行っても足を引っ張るだけじゃね?

 という痛い正論に返す言葉がない。

 いや、そもそも。

「……わたしが日中はダメなの、バレてた?」

「猫が消える時点で、たぶんネグロニア民は全員察してますよ」

 キャッツの功罪!

 

「けど代理人たちは知りません。だから昼間も普通に過ごして、日中弱体化(そんなこと)を微塵も想像させないのは重要だと思います」

「つまり、夜しか『向こう』へ行けないのはそのまま?」

「ですね。アマリリスさまのそれ、ワリと本気でこっちの切り札っすからね。現状をキープし続けるだけで十分強力ですし」

 タイムラグなしの情報共有。うん、ガチで勝利の鍵だな。

 

「さ、というわけでじゃんじゃん話して切り札を活用してください。ミゲルさまとシィスには、折を見てわたしから共有しておきますんで」

 いってマナナがベッドに腰かける。

 よしならば聞かせてやろうと口を開きかけて、

「……今回は全年齢版と成人向けの2パターンがあるけど、どっちがいい?」

「え? なんか嫌な予感しかしないんすけど」

 

 マナナにさくっと話した。

 

「……そんなもん見たルーナの今後が心配すぎません?」

「え? 引っかかるのそこ?」

「そりゃ死んだやつらはもう何もできないんすから、生きてる方が気になりますよ」

 

 ……怖い正論だな。

 しかし速くて正確だ。

 よし、パクろう。

 

「ならずっと気になってたんだけどさ、まだエスマイラの血統メンバーって大勢残ってるよね?」

 最初のあの村に来ていたのは、トップが直々に率いる夜の母(ナイト・マム)暗殺用の精鋭部隊(+雑用係)だった筈。

 ならその他の、本隊というか一般構成員はまだわんさかいるんじゃね? 超再生兵団とか、くっそ厄介じゃね?

 

「それは気にしなくていいです。ロニーがいうにはワントップな組織らしいんで、死ぬ筈のないトップの死を確認するまでの数ヶ月間は完全に機能不全に陥って、そっから先は跡目(あとめ)争いで勝手に潰れるんじゃないかって」

「じゃあユーティライネンは? ジーキングさん、頑張ってる?」

「今日の日没から西都の全住人に対して外出禁止令が出るそうです。なんでも、市外に潜伏する『賊』を一掃する大掃除が行われるとか」

 昨日の今日でジーキングさん超頑張ってる! いいぞもっと頑張れ!

「この対応の早さからして、最初から今回の『大掃除』は準備してたみたいっすね」

 それってつまり。

「元々『代理人』は、仕掛けてくるであろうユーティライネンと()()()だった?」

「はい。上手いこと一番槍に使われちゃった感じっすね」

 

 ……たしかに、少しでもギーラ・ユーティライネンを知っていれば、おれにちょっかいをかけてくるのは100%予想できただろう。

 なのに、とくに隔離されるわけでもなくあの場に集められたということは……おれがどういう反応をするか、もしやるなら()()()()やるのか、それを試したということか。

 

 おれもギーラも、向こうからすれば等しく不穏分子。

 なにがどう転ぼうとも、決して損にはならない。

 

 ……結構腹立つな、これ。

 大きく息を吸って、吐く。

 

「手の内、見せすぎちゃったかな?」

「いえ、あそこまでやれば誰も彼もびびりまくって、ちょっとした小細工なんて全部消し飛びます。最初からやるつもりだったこちらの対応としては99点です」

 

 100点じゃないんだ、などと思っていると、それまでベッドに腰かけていたマナナが急に立ち上がり、

 

「申し訳ありませんでした。こちらに『任せろ』などと偉そうなことをいっておきながら、下種の接近を許したばかりか、その始末まで全てお任せしてしまい、お詫びの言葉もございません。この失態の挽回は、我が身命を賭して果たさせて頂く所存です」

 

 いや、いきなりそんなこといわれても。

 薄々そんな気はしてたが……こいつ、変なところがクソ真面目なんだな。

 ……にしてもお前、身命て。

 

ピラミッドさん(あいつ)のいう『死んでも大丈夫』がどこまで本当か、わからないよ?」

「どっちでもいいと思ってます。アマリリスさまはあの時、わたしを助ける為に『あれ』をやりましたよね?」

 バレてたか。

 しかしそれも今思うと。

「燕尾服の彼が『消された』時、マナナもミゲルもちっとも慌ててなかった。たぶん知ってたんだよね? あの『消失』の仕組みとかその対処法とか」

 

 なにせ『全ての血統をその身に宿す』夜の母(ナイト・マム)(初代)と共に海を渡ったエルリンクの末裔だ。そりゃ散々研究とかしまくってるだろうし、なんだったら、

「特別行動隊のメンバーの1人が、全く同じ事ができました。あれは5指と手の平それぞれが同時に一定以上の面積で0.8秒以上触れる必要があります。知ってさえいれば不発にする(すべ)はいくらでもありました」

 

 やっぱりもう実用化してたか。

 つまり完璧に余計なお世話だったのね、恥ずかしい。

 

「けどそれは、あの時のアマリリスさまの行動には一切関係ありません。ですのでわたしは『こっちにいる間は』アマリリスさまの指揮下に入ることで、この恩を返したいと考えております」

 

 ……まあ明確に『こっちにいる間は』と線引きしてるし、貰えるものは貰っとくか。

 

「わかった。期待しておくよ」

「そうしてください。自分でいうのも何ですけど、わたしってめっちゃ優良っすから」

「けど今のところ、とくに命令とかはないから、シィスやミゲルの指示に従っておいて」

「それ結局、何も変わんないじゃないすか」

 

 軽く笑って、硬い話は打ち切る。

 

「それで、今日の予定は?」

「とくにないっすね。むしろ変にちょろちょろしちゃうと悪目立ちするんで、完全にオフっすね」

「……じゃあなんでこんな朝早くに起こしに来たの?」

「……? 朝起きるのは当然じゃないっすか?」

 

 グリゼルダ。ごみくずみたいに怠惰なお前が、おれにはちょうどいいみたいだよ。

 

「――アマリリスさま」

 急に鋭くなるマナナの声。

 え? なに? 心読まれた?

「誰か来ます。知らない足音なので、ご注意を」

 

 そうしてやって来た、部屋のドアをノックもせずに開け放った彼女は……年のころは20代中ほどの、どすけべなボディをしたくっそいい女。だがその白系で統一されたネグリジェ姿とゆるふわヘアーは。

 

「おはよう、シィス。今日の君は25歳?」

「おはようアマリリス。惜しいわ。今日の私は26歳よ」

「凄いっすね。ちゃんと年齢で歩き方も変わってるとか」

 

 とくに答えることなくうふ、と微笑んだシィスが部屋に入ると、その後ろに続く人影が。

 

 同時に香る、花の匂い。

 

 一足遅れてやって来る小柄な少女。

 緑がかった黒髪のボブヘアー。

 この顔には見覚えがある。

 西都にやって来た初日に東門でおれたちを待ち構えていた内の1人。

 きっと彼女は。

 

「シィスの友達の、花の人?」

「ええそうよ。彼女はカーリー・スゥ。花の(エルダー)貴種(ノーブル)で、行きつくところまで行ってしまって、もう半分くらい植物なの」

 

 やっべまた意味わかんないのが出てきたよおい。

 つかめっちゃストレートヘアーじゃん。ちっともカーリーじゃないじゃん。

 などという失礼な本音は覆い隠し、にこやかに挨拶を。

 

「わたしはアマリリス。よろしくね。スゥと呼んでも?」

「うん。いいよ。ベッドで寝ても?」

 あっれ? 微妙にキャッチボールができてない。

 おれは構わずノリとフィーリングで「いいよー」と即答した。

 するとスゥはもぞもぞとさっきまでおれが寝ていたベッドに潜り込み、それきり動かなくなった。

 

「……じゃあ現状を説明するわね」

 あ、スルーでいいならおれもそうしよ。

「昨日、ギーラ・ユーティライネンの暴挙に激怒したアマリリスは彼を解体、再構築して本にしたわ」

 そのアマリリスってやつ沸点低すぎだよねー。

「本来ならそのまま城を出て所在不明の管理不能となるところを、私の機転でどうにか私の娼館(ここ)に止めることに成功したわ」

 ああなるほど、向こうからすれば「よくやったシィス!」となっているのか。

「なら、もうこれ以上刺激してくるバカはいないかな?」

「そう思っていたのだけど、ついさっき城から使いが来たわ」

「どんな用で?」

「昨日やる筈だった会議を今日改めてするから、アマリリスにも参加して欲しいそうよ」

 

 行くわけねーだろそんなもん。

 と即答しかけたが、今日の予定は完全に白紙である。

 ……ならば無為に過ごすより、なんらかの情報を得る可能性のある場に飛び込んだ方が建設的なのでは?

 そうマナナに振ってみると、

「そうっすね。いつかミゲルさまのいってた通り、知れば知るだけ殺りやすくなりますから、アリだと思います」

 おもくそ特別行動隊風にアレンジされていたが、賛意は伝わったのでよし。

 

 ただ1つ気になるのは。

 

「この話自体が罠で、わたしが城に入った瞬間に拘束されるとかないよね?」

「下手な強硬策に出ようものなら、この西都ごとまとめて吹き飛ぶと脅かしておいたわ」

 いやさすがにそんなことは……できるな。

 叔母上のクソみたいな泥(ファイナルパトス)を解き放てば、きっと西都は100年の地獄に沈むことだろう。

「もしやるなら、ここいら一帯だけは無事に残るようお願いね」

「努力はしてみる」

「そう、無理なのね」

 

 そんなやり取りが彼女を不安にさせたのか、会議にはシィスも同行することになった。

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 そして再びやって来た、西イルミナルグランデやくざサミットの会場。

 昨日と違う点があるとすれば、おそらくはギーラの()()が取れなかったであろうカーペットが新品になっていることと、司会進行役として代理人――マット・フレデリクセンが自らこの場に立っていることだろうか。

 あと室内でドアの開閉をする係りがゾーイになっていた。

 

 つまりは、妙な真似をすれば即殺する気満々である。

 

 最初こそかなりびびったが……そもそも向こうは昨日ギーラに1人殺られている。

 こうして、2度と同じことが起きないよう対策するのは当然といえば当然だった。

 

「あのさシィス。イルミナルグランデ(こっち)には、高砂(たかさこ)っていう言葉ある?」

「初めて聞くけど、どんなものか予想はつくわ」

 

 他の皆さんが昨日と同じく馬鹿でかいハッ〇ーターンみたいなテーブルにぞろぞろと並んで座っている中、おれとシィスは隔離された離島のような席に案内されていた。

 司会役の代理人と同じ側、やくざ貴種(ノーブル)の皆さんと向き合うようなポジション。

 この配置をおれの知っている表現でいうなら……披露宴の新郎新婦席とでもいうべきか、あるいはクイズ番組の回答者席といった方が適切か。

 

 良くいえば特別待遇。

 悪くいえば総員による常時監視。

 

 正直、注目を浴びすぎて落ち着かない。

 おれの一挙手一投足が、この部屋にいる全てのやくざ貴種(ノーブル)たちによって常に見張られている。

 もう2度とナメた真似をされないようにびびらせる、という目的は達成できていたようだが……どうにも上手くいきすぎた感がある。

 おれから仕掛けるつもりなんて微塵もないのだが、それを彼らが信じる根拠はない。

 

 今この場には、ちょっとしたきっかけで不意に『始まりそう』な危うさが満ちていた。

 

 緊張で硬くなるおれの肩に、そっとシィスの手が置かれる。

 反射的に振り向こうとした頬を優しく押し返された。前を向いたままでいろ、ということか。

 

「今この一帯に『内緒話のおまじない』をかけたわ。ここから先、どんなに大声で話しても、決して他の連中には聞こえない」

 え? まじで?

 おれが戸惑うよりも早く、後で待機しているマナナが声を張り上げた。

 

「――それは公爵閣下にも、ですか?」

 

 ここで強気に大声でその名前を出せるマナナって地味に凄いよね。

 

「残念だけど、あの薄ら莫迦には効かないでしょうね。けどここにいるチンピラどもなら、どうとでも」

 

 聞こえていたら絶対に誰かしらはぶち切れてそうな発言だが……全員ノーリアクション。

 どうやら本当に聞こえていないらしい。

 

「驚いたな。あの代理人さまにも有効なのかい?」

 同じく後で立っているミゲルの問いに、シィスは正面を向いたままで答える。

「彼はこういった搦め手には疎いわ。だからまだ私たちは無事なのよ」

「唇の動きはどう見えてる?」

「気にしなくていいわ。手振りくらいは問題ないけれど、足の位置を変えるのはダメよ」

「了解だ。向こうから返答を求められたら?」

「私が1度手を叩けば元に戻るわ」

 まあ要するに、真面目くさった顔をして前を向いていれば、なにをいっても大丈夫というわけだ。

「これ地味に凄くない?」

「けど使いどころが難しいっすね。動けないですし、傍から見れば集団でずっと黙ってるわけですから、明らかに不自然です」

「それこそ今みたいなお堅い会議の場『専用』って感じがするな。……なんでまたこんな仕様に?」

「ネタばらしをしちゃうとね、私にできるのは『悪ふざけ』が精々なのよ」

「他にもバリエーションがあるんすか?」

「あなたの考え付く『悪ふざけ』の数だけよ」

 ほぼ無限じゃねーか、と思うおれに流し目を向けたシィスが、

「ね? みんなでお喋りでもしていれば、有象無象の眼なんて気にならないでしょう?」

 

 ……なんだよお前、こんなことされたら好きになっちゃうだろ。

 

 

「――定刻となった。現時点で着席していない者は参加辞退とする」

 

 

 代理人がいうと同時に、出入り口のドアが閉められる。

 いわれてみればたしかに、ギーラの他にも3つほど空席があった。

「ユーティライネンと懇意にしていた血統の代表たちの席ですね。昨日から所在がわからないらしいっすよ」

 逃げ出したのか、もうどこにもいないのか。

 

 始まる前に死者と行方不明者が出る会議とか、いよいよやくざサミットらしくなってきた。

 

 

「それではこれより、緊急対策会議を始める」

 

 

 どうやらこのやくざサミット、正式には緊急対策会議というらしい。

 ……対策? なんの?

 

「まずはこれを見て貰いたい」

 代理人がそういって皆の視線を集めると――ぱっと突然、大きな地図が現れた。

 まるで空中に浮かぶかのように『表示』されているそれを見て、会場にいる半数が「なんだ!?」とざわつく。

 いや、なんだもなにも、これはどう見ても、

 

「修繕に成功した、比較的構造が単純な古代遺物(ロストロギア)よ。セットした紙面を好きな場所に表示することができるの」

 やっぱり、スクリーンが不要の投射機って感じか。

 この程度ならまだおれの理解の範疇だな。

 

「……ワリと露骨なことしてきますね」

「だな。こっちはこんな凄ぇ物持ってんだぞって、頭の上に足の裏乗せにきてやがる」

「実際有効なのよ、こうのって。莫迦にはわかり易くて効果覿面(てきめん)だし、聡い者ほど敵対より融和を選ぶ根拠となるし」

 

 そんな3人の会話と同時進行で、投射された地図の南西部分にアイコンが現れた。そこに書かれている文字は。

 

 

「最初に確認されたのはここ、ボーリンナだ。住人のおよそ8割が一夜の内に死亡した」

 ……うん? なんかめっちゃ聞き覚えがあるような。

 

 

「あー、なんとなく向こうのやりたい事がわかりましたねー」

「ちょっとした笑い話だな。当然だが向こうは俺たちとはまた別口だと思ってる」

「……話が見えないのだけれど?」

 ビイグッドによる『反則技』とおれの『影分身』という2つの例外を知らなければ、まあそうなる。

 

 昨日はバタバタしていたし、今日は今日で城の会議室(ここ)までの移動時間も含めるとかなりタイトなスケジュールだったので、まだシィスとの情報共有はできていなかった。

 なので最低限の補足を。

 

「あれ、やったのはルーナだよ」

「なぜ断言できるの?」

「心配になって様子を見に行ったから。向こうにもう1人、わたしがいるんだ」

「……そう。初めてのタイプね」

 

 凄いな、さくっと理解しやがった。

 

「だったらあの子を止めたのはあなた? きっと1度『やる』と決めたルーナなら、2割も残さず皆殺しにする筈だもの」

 シィスのルーナに対する解像度が高い。

「いや、それはたぶんクラプトンの指示だと思う」

「誰?」

「就任4日目のルーナの騎士」

「どんな奴なの?」

「異常者」「気狂い」「意外と話せる」

「え? アマリリスさま、まじでいってます?」

「2人ともさ、減点法じゃなくて加点法でいこうよ」

「なに足してもマイナスだろ」「掛けてもゼロはゼロっすよ」

「3人とも、盛り上がるのはいいけど、ここから先はちゃんと聞いておいた方がいいみたいよ」

 

 いわれて見ると、参加者の1人が勢い良く挙手していた。

 シィスが「代理人の走狗、イートンよ」と補足してくれる。

 

「質問の許可を」

「許そう。なにかね、イートン」

 

 あ、なるほど、要するにマッチポンプね。

 手下に台本通りの質問をさせて、伝える情報をコントロールしようってわけね。

 

「それはいつの出来事でしょうか?」

「3日前だ」

「ここからボーリンナまでは、どれだけ急いでも1週間はかかります。どうやってその情報を入手したのでしょうか? また、その情報の信憑性は確かなのでしょうか?」

 

 それはおれも気になる。

 

「……本来ならば機密事項なのだが、緊急時ゆえ特別に開示しよう」

「恐れ入ります」

 まあそういって公開する時点で『公にしても大丈夫な』情報なんだよなあ。

 そもそもマッチポンプな時点で、これは台本通りに進む寸劇なわけで。

 

「星見の亜種に『死見』というものがある。文字通り『死』を見る技だ。それの広域探査を用いた」

 ぱっと思いつくイメージとしては……バトロワ系ゲームの全体マップに浮かぶドクロマークみたいな感じか?

 

「シィス、本当にそんなものがあるんすか?」

「あるわよ。ただ担い手の9割方は狂死しちゃう大ハズレ枠だけど」

「距離制限は?」

「西側全域をカバーできるでしょうね。だからおかしくなっちゃうのよ」

 

 などと話している内にイートンの質問は終わり、話は本筋へと戻る。

 

 

ボーリンナ(ここ)だけだったのなら、何か大きな事故でも起きたのだろうと、そう処理していた」

 だが――という言葉に続いて、最初の『ボーリンナ』アイコンから北上した地点に『守備隊1』と書かれた新アイコンが追加される。

 

「知っての通り中央南西部はつい先日まで『アイミア』の残党が隠れ潜んでいた地だ。一段落ついたとはいえ、まだ最低限の戦力は駐留させてある。その簡易拠点の1つで24の死が観測された。ボーリンナの件からおよそ6時間後の出来事だ」

 

 ……うん? あれから6時間後に、24の死?

 

「よく言うわ。あれは守備隊とは名ばかりの、金目当てのゴロツキ集団よ。稼ぎ口がなくなった順に野盗化していく本当にどうしようもない連中。ウチの支店もいくつかやられたわ」

 

 シィスの呆れたような物言いが終わると同時に『守備隊1』のさらに北に『守備隊2』のアイコンが追加された。

 

「その2時間後、今度は小規模ながらも正規の拠点で49の死を観測した。ここまで来るともう事故などではない。何者かが、手当たり次第に殺しながら恐るべき速度で移動し続けている」

 

 参加者の皆さんがざわめく。

 おれも内心ざわつく。

 

 

 いやルーナとクラプトン(お前ら)、夜だけじゃなく昼間も休みなしで襲撃し(カチコミ)続けてたのかよ!

 なんだよその勤勉さは!?

 

 

「……どう考えてもあの2人の仕業っすけど、なんでわざわざ、貴種(ノーブル)でもないやつらを殺るんすかね?」

 マナナの疑問の答えとして、かつてルーナのいった言葉をそのまま伝える。

 

 

 ――経済活動を破壊する泥棒や強盗を『アイミア』は長年こつこつと処分してきたんだぞ?

 

 

「あと『アイミア叩いて稼いだやつらを生かしておく理由はねえ』とかもいってそう」

「目に浮かぶようね」「いってるな」「いってますね」

 ルーナのイメージにブレはない。たぶんこれは悲しむべきことだ。

 

「けど安心したわ。大きな力を得ても、あの子は変わらず『アイミアのルーナ』のままなのね」

 たぶんそれは安心するポイントではなく、将来を憂うポイントだと思うが……おれはするっとスルーした。

 

「この超過密スケジュール。クラプトン、ほとんど不眠不休だよこれ」

「あの外法、意外とマメで働き者なんだよなあ。外法のくせに」

「ルーナの気性と最悪なかたちで噛み合っちゃってますね」

「やっていること自体は合理的よ? ゴミ掃除と鍛錬が同時にできているもの」

 にわかに騒がしくなる場を、さらにでかい声が遮った。

 

 

「――まあどう考えてもアイミアの残党だわなァ! まだ首があがってないバケモンは……ニムとロッドあたりか? ええ? どうなんだよマット!?」

 

 

 いかにも『親分です』みたいないかついおっさんの威圧じみた大声を叩きつけられた代理人はしかし涼しい顔のままで。

「それにプラスして、最低でももう1人『足』を担う誰かがいる。この移動速度は尋常ではない。10年に1頭の名馬を使い潰す前提の、さらに倍の速度が6時間休みなしで出続けている。真に脅威なのはこちらの方だ。伝令が辿り着く頃には、さらに3つの事件が起きる。恐らくまともな手段では追いつけない」

「まだ隠し玉が居やがるとか、あの性悪女、どんだけ隠し持ってたんだよ」

 

 いかついおっさんと代理人のやり取りが続く中、ミゲルがいった。

「……いや、誰だよ? ニムとロッドって」

 おれに聞かれても困る。

 だが知っている彼女が答えてくれる。

「アイミアの双璧。ドミノの騎士よ。けどあの2人は絶対にドミノより先に死ぬわ。そういう子たちだもの。もう生きてはいないでしょうね」

「つまりあのおっさんと爺さんは今、死人相手に一人相撲やってんのか? 2人そろって?」

「滑稽よね。どうせなら、すべてが終わるその瞬間まで、このままでいてもらいましょう。取るに足らないと侮った、半分とはいえ夜の母(ナイト・マム)だったあの子(ドミノ)の最期の願いが、一体いくつ常識の壁を破り得るか……あの莫迦どもには絶対に教えてあげないわ」

 

 静かな怒りを感じるシィスの言葉に、おれたちは空気を読んでなにも返さなかった。

 ……いや、明るく陽気になにかをいおうとしたマナナの脇腹をミゲルが小突いて阻止していた。

 マナナお前、そんなだから叔母上に切り捨てられるんだぞ。

 

 

「――待ち給え。ドミノの騎士たるあやつらが、このような『自棄(やけ)っぱち』としか思えぬ凶行に走るということは……さては代理人殿、貴殿、ドミノを殺りましたな?」

「まだ完了の報告は受け取っていない」

「……つまるところ、もうあやつらは死ぬまでは止まらぬと、そういうことか」

「なにを大袈裟な。首輪の外れた狂犬など、すぐに野垂れ死にましょうぞ。地図を御覧なさい。このまま北上すれば次に辿り着くのは」

 

 場の流れに合わせるように『守備隊2』のさらに北にぽぽんとでかいアイコンが現れた。

 

「文字で表示されても、わたしたちにはさっぱりなんすよねえ」

「そうか? 俺は段々掴んできたぜ。あれはたぶん『ポートルミネ』だと思うんだが、どうだ?」

「正解よ。カリスタ・ケイブレスが治める希少な港町。私たちにとって命がけの漁に出ることを強制されたかつての罪人たちが築き上げた、半独立勢力じみた悪所よ」

「そのカリスタさん、指と目玉と血を差し出してルーナに降伏したよ」

「……展開が速すぎないかしら? あの子、ちゃんと寝ているの?」

「警戒される前に行ける最後のチャンスだから無理をした、ってクラプトンがいってた」

「たしかに、血筋としては最上だけど……本当に無茶をするわね、危なっかしい」

「あれ? 罪人たちじゃなかったの? なんで血筋が最上?」

「ケイブレスは大昔の君主(ロード)よ。蹴落とされ、罪人として押し込められたどん底で、また新たな勢力を築き上げた本物の強者。公爵からすれば、アイミアに続く2番手の仮想敵ね」

 

 などと興味深い話を聞いていると、ふとヒートアップするおじさんたちの声が耳に入った。

 あ、やべ。全然本筋の方聞いてなかった。

「今どうなってるの?」

「ポートルミネで観測された『死』の数は8だったらしい。幾らなんでも少なすぎるから、外れ者同士で手を組んだんじゃねーかって騒いでるところだな」

「手を組んだっていうか、ルーナに支配されたって感じだったけど」

夜の母(ナイト・マム)の存在を伏せてる以上、正解に辿り着くことはないでしょうね。カリスタに使いを出せ、いや間に合わない、そもそもあれは味方ではない、だからそれを確認する為に使いを――とかいって今ループ2週目っすね」

 

 いい感じに停滞してるみたいなので、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみる。

 

「ねえシィス、遠く離れた誰かと会話や意思の疎通ができる『血の色』ってないの?」

「かつてはあったわ。まず相手の『通信手』を真っ先に殺すのが戦の常道になるくらいには溢れ返ってた。けど根絶やしにされたわ。自分のところ以外を全部絶やせば独占できる、を皆がやった結果、誰も、血の一滴も残らなかった。現存しているのは短距離に簡易な指示を出すのが精々の『局所戦闘用』のやつだけね」

 

 うーん愚か。

 けどおれもその時代に生まれていたなら、たぶん同じことをしてたんだろうな。

 

 そして密かに際立つ、不完全かつ限定的とはいえ、いまだにそれを隠し持つビイグッドのやばさ。

 

「じゃあ道具は? 投射機があるんだから、当然通信機もある筈だよね?」

「人が物になっただけで、全く同じ事が起きたわ。基地局も通信塔も全て破壊された。また1から造る技術なんて、もう誰も持ってなかったのにね」

 うーん愚か以下略。

「ただ、今でも個人所有のアンティークはそこそこあるわ。固定の物どうしでやり取りするだけの、私的で小規模なものだけれど」

「けど、お高いんでしょう?」

「一般人には手も足もでないわね」

 逆にいえば、金持ちなら所有可能だと。

 

「じゃあ伝書鳩とかそういうのは? べつに鷹でもこっち特有のやつでもなんでもいいから、空飛ぶ生き物を使った情報のやり取りは?」

「それはあるわ。まあ、長距離ではほぼ使い物にならないけど」

 そりゃ、ケガしたり病気したり敵に襲われたり逃げたりしちゃうよね、生き物なんだし。

「ただ3日前から『特定の地域』からの便りが一切来なくなった。まるで、全部落とされてるみたいに」

「その『特定の地域』って?」

「さっきの地図上の移動ルートとほぼ重なるわ。おそらくは『ルーナの現在地』を中心とした超広範囲ね」

 他に可能性はないよなあ、とは思いつつも聞いてみる。

「これって、クラプトンの仕業かな?」

「いや、いくらあの外法でも、独力でそこまでの超広範囲を『どうにかできる』とは思えねえんだが……」

 

 独力で。

 そこで思い出されたのは、父と母と娘の3人家族。

 アイミアの中核メンバーだったヒューストン一家。

 無念の死を遂げた彼らが、ルーナの騎士であるクラプトンに『協力』したのは想像に難くない。

「そういえば3人『協力者』がいた。クラプトン(あいつ)はたぶん、死者から力を得ることができる」

 とはいえこれは、一時しのぎの嫌がらせでしかない。やはり時間が経つにつれ、ルーナたちの情報は拡散していく。

 こちらの首が絞まり切る前に、決める必要がある。

 

 そこで「静粛に!」と代理人が声を張り上げた。

 いい加減、ぐだぐだな展開にうんざりしたのだろう。

 皆の視線を集めた代理人が、諭すようにいう。

 

「無論、既に対策は打ってあるとも。最初の『ボーリンナ』を確認した時点で『オーベル』への早馬を出した。早ければそろそろ辿り着いている頃だ。内容は賊の討滅依頼。彼らの実力を知らぬ者は、この場には居まい?」

 

 ……これは、結構本気でぎりぎりだったな。

 

「たぶん今頃、オーベルは塩の塊になってると思う。昨夜の内に仕込みは済んだから」

「……ルーナは生きているのでしょうね?」

「結構危なかったけど無事だよ。ぱっと見弱そうな爺さんがやばすぎた」

 

 そこで不意に、わっと場が沸いた。

 

「おお! オーベル! 確か今は『陽炎』が引退して新たに『消息』が頭領になったとか」

「あの怪物が次代を託したのだ、期待は裏切るまいよ」

「いやだねえ。闇に潜む怪物が表に出て来るなんて、いやだねえ」

 

 口々にあれこれといいながらも、表立って異を唱える者は1人もいない。

 ……そりゃまあ捨て身のバケモノ(空想)の相手をしてくれるというのだ。わざわざ反対する理由はないよな。

 

「正直よくわかんないんすけど」

 よし勝った! みたいな雰囲気になっているやくざ貴種(ノーブル)たちを見ながら、マナナが続ける。

「この会議、要りました? その『オーベル』とかいう殺し屋にやらせるなら、べつにこの場にいる連中の同意とか合意とか、微塵も要らないのでは?」

 

 それはたしかにそう。

 だから要るとすれば、その次。

 ミゲルがいち早く言葉にする。

 

「今日のこれは前フリだろうな。代理人さまは暗に『もしオーベルがダメだったら、次はお前らが全員でかかれ』って仰せなんだよ。いきなりいわれても何が何だかわかんねーだろ? だからこうしてコツコツと下準備をしておいた。あの野郎、オーベルは失敗するって前提で動いてやがる」

 

 現にもう失敗してる。

 つまりは、クラプトンのいってた『そう遠くない内に数で圧殺される』がもうすぐ実現するというわけだ。

 

 ……これルーナが『押し付け方』を学習できたかどうかで、まじで命運が決まりそう。

 

 女児が部下のライブ生中継〇〇〇〇〇〇をVR主観視点で観賞することで、どこまでその詳細を理解できるか、再現できるか。

 

 そんなもんに左右されちゃうのかあ、おれたちの命運。

 

 やってること自体は超凄いんだけど、なんだかなあ……。

 

 

 

 

 ――あはっ。

 

 

 

 

 どこかで誰かが、笑ったような気がした。

 

 

 

※※※ 4日目、夜 ※※※

 

 

 

 ぱちっと暗黒カラオケルームで目覚める。

 ……が、誰もいない。

 

 またこのパターンかと一瞬だけ嫌な予感が走ったが――今回はメモが残してあった。

 

 

『風呂入ってる』

 

 

 よくわからないが危機ではないのだけは伝わった。

 しかし念には念をと、おそるおそる外へ出てみると……地べたにででんと設置された黒いバスタブにルーナが寝そべりながら浸かっていた。ただしバスタブにはお湯ではなく『黒いなにか』が満ちている。

 

 ……なんかこれ、おれの知ってる風呂じゃないな。

 

 その隣にはルーナの倍ほどの大きさなクラプトン用のバスタブがあり、こちらもまた足を伸ばしてゆったりとくつろいでいた。

 

「おー、来たかー」

 ルーナが首だけで振り向く。

「その浸かってる黒いのなに? めっちゃ身体に悪そう」

「あー、やっぱ初見はそう思うよなー。あたしもそーだった」

 そこでルーナはクラプトンへと手を振り、

「もう1コ追加だ」

 するとルーナの隣に同じ物がもう1セット『どろり』とにじみ出るように現れた。

「まー、1回入ってみろって。それが1番手っ取り早い」

「裸で入るの?」

「そりゃそーだろ」

「外で裸になるの、シンプルに危なくない?」

「ここら辺の野盗(クズ)どもはもう全部片付けた。今ごろは獣の晩御飯よ」

「肉食の獣とか、めっちゃ怖いじゃん」

「そうでもないわ。動物の方が簡単にいうこと聞いてくれるみたい。カスどもの喉笛を噛み千切れっていったら、褒めて欲しいのかいっぱい噛み千切って、今夜はほとんどやることがなかったわ」

 

 おおう。対象が人に限らないとか。

 

「動物にも効くとか、なんでもありだね、それ」

「当たり前じゃない。だってこれはママの力よ? 絶対最強で無敵に決まってるわ。誰がなんといおうと、あたしはそう信じてる」

 

 つまり今ここは完全な安全地帯。

 ならば温泉文化が根底にあるおれに是非はない。

 普通に黒湯温泉ってジャンルもあるくらいだし、正直余裕だ。

 ざぶっと躊躇いなく入る――が。

「なにこれ? ヌルすぎない?」

 冷たくもないが熱くもない。

「熱くしすぎると、汚れを食べてくれる小さな成分? が死んじゃうんだって」

 それってドクターフィッシュ的な?

「つまりこれは『洗浄』するのが目的の『装置』みたいなものってこと?」

 風呂といえば風呂だが、おれの期待していたものとは全く違う。

「なあクラプトン。もっとこう、シンプルに熱いやつないの? 具体的には43℃くらいで19種の有効成分の内1つ以上が規定量含まれてたりするやつ」

 おれのコアなリクエストに、クラプトンはただ肩をすくめるだけだった。

 

「……なんで今日はクラプトン喋らないの?」

「順調すぎてつまんねーとかいって、しょーもない遊びをしやがった罰。喋るのを禁止してる」

「……どれくらいしょーもないことをしたの?」

「寝てるアマリリスも含めたあたしらみんな、全滅しかけた」

 しょーもない通り越して普通にアウトじゃねーか!

 けどなんかこいつ、とくに意味もなくそういうことしそうなんだよな……。

 

「じゃあここから先のクラプトンはパントマイム1本で?」

「それは流石に、御免被りたい」

 

 あ、普通に喋りやがった。

 

「……結構本気で『命じた』のに、なんでおまえ喋れんの?」

「一言でいってしまえば()()だな。実はこの手の『力』には多少馴染みがあってな」

 

 夜の母(ナイト・マム)の力に『馴染み』がある。

 ……そういや、もう1人いるって話だったよな。

 

「ずっと不思議だったんだけどさ、どうしてクラプトンは、そんなにも夜の母(ナイト・マム)について詳しいの? いくらなんでも知りすぎじゃない?」

 

 夜の荒野で『川』の字のように3つ横並びで設置された黒いバスタブ。

 そこで寝そべっている為、視界の先は星のない真っ暗な夜空のみ。

 ただ声だけが返ってくる。

 

「……ふむ、そうだな。9代目となるのならば、我ら『闇の薔薇』の始まりは知っておくべきか」

 9代目とやらは知らないが、話だけはありがたく聞いておこう。

「おいクラプトン、今こいつ、継ぐ気はないけど情報だけはチューチュー吸ってやろうって顔してたぞ」

 してないチュー。

「なに、幼き日の我も似たようなものだった。そこはなるようになる」

 ならないチュー。

 などという本音は一切口に出さず、真面目くさった顔をキープし続けるおれの2つ隣のバスタブで、クラプトンは闇の薔薇の始まりについて語り始めた。

 

 

 

 

 むかしむかし。

 狂奔の邪神(レイジさん)率いる革命軍に大敗を喫した当時の王家は、全ての貴族にアルネリアへの退避命令を出した。

 8割がそれに応じ、2割が王命を無視して残ることを選んだ。

 彼らが残ることを選んだ理由は、もはやわからないらしい。

 ただ『過ちだった』とだけ残されているそうだ。

 

「安全保障を騙る拷問により身体機能を破壊された彼らは、革命後、まともに動かぬ身体ひとつで放逐されたそうだ」

「えぐいな。殺すならさくっと殺してやれよ。なぶる気満々じゃねーか」

「年齢性別問わず、雑な『去勢処理』を施した上でだからな。なぶって『絶やす』気満々といった方が正確であろうな」

 

 のっけからヘビィすぎて反応に困る。

 

「実際のところ、ただもう死を待つしかできなかったそうだ」

 そりゃ、まともに身体も動かないんじゃ生き延びるなんて不可能だ。実質これは悪趣味な処刑でしかない。

 

「そこへ、1人の少女が現れた。彼女は自身をニニィ・マルレーンだと名乗った」

 

 ニニィ・マルレーン。初代夜の母(ナイト・マム)。エルリンクと共に海を渡り、ネグロニアのある大陸へ到着したあとの行方がはっきりとしない存在。

 

「……なにしに来たの?」

「笑いに来たそうだ。かつて青臭い理想論を振りかざし自分を『追放』した連中の末裔が、同じく『追放』された上に野垂れ死ぬ様を、笑いに来たそうだ」

 うわ趣味悪っ!

「しかし笑えなかったそうだ。最初こそ皮肉まじりの嫌味を並べ立てていたものの、最後には泣き崩れていたとか」

「は? なんで? ざまあみろって場面じゃねーの?」

 

 いや、彼らの悲惨な姿を見てそうなるということは。

 

「……嫌いでは、なかった?」

「ふむ。()()()わかるか。なんでも『ボクを拒絶できる確固たる意志を持ち、今なお気高いままのキミたちが、ここでこんな風に終わるのは嫌だ』と大泣きしたそうだ」

「うわあ、こじらせてんなーセンパイ」

「ルーナさ、ブーメランっていう元狩猟道具の玩具知ってる?」

「ううん、知らない。けどおまえ、今あたしをバカにしただろ?」

「まさか」

 ルーナの勘の良さに追い詰められたおれは、全力で話を逸らした。

 

「ちょっと話は戻るけどさ、夜の母(ナイト・マム)を追放できるって、当時の貴族はそこまで権力が強かったの?」

「いや、前提が違う。当時は彼らが『王家』だった。それから幾度もの政争を経て、入れ替わり、時には交わり、今の王家へとなったそうだ。なにせ血筋としてはほぼ同じ。なら後は政治力で勝る方が上に立つ」

 

 つまり、王族→貴族→地下カルト教団なわけね。

 ……うーん、ジェットコースター(下り)すぎるな。

 

「かくして我らが祖はニニィ・マルレーン――マニィの手を取り、その技術の供与を受けた。なにせ又聞きでしか知らぬほど昔の出来事だ。もはやわだかまりなど、どこにもなかった」

「ふーん。じゃあ『闇の薔薇』ってのはセンパイのパシリなの?」

「否。そこは初代が頑として譲らなかった」

「え? 完全におんぶに抱っこで、100パーセント向こうに出させてるのに?」

「そうだ。完全におんぶに抱っこで、100パーセント向こうに出させて、初代たちに出せるものは特になかったが――それでも、独立性だけは頑として譲らなかった」

 

 うわあ、初代夜の母(ナイト・マム)さん、ダメな男に捕まってチューチュー吸い取られちゃうタイプだ。

 

「ロクでもねーな、闇の薔薇」

「あくまで『初代』の話だ。今やマニィの研究所に詰めるスタッフの大半は『闇の薔薇』からの出向組だ」

「今でも仲良くやってるの?」

「共同研究者と言ったところか。表舞台に立つことを選んだ『本流』には成し得ぬ、倫理を超越した研究成果により、我々は常に進化し続けている」

 

 ああなるほど、お前らはお前らで、また別方向からの最先端なのね。

 

「……やっぱロクでもなさそーだな、闇の薔薇」

「否定はせぬ。しかし先にも言った通り、初代たちは生殖能力を破壊されていた。次代を繋ぐ為には『あらゆる手段の模索』は避けては通れなかった」

 

 そういわれると一瞬だけ納得しそうになるが。

 

「いや、今のおまえらはもう完璧に健康体だろ。じゃあその『進化』とやらは、ただ好きでやってる趣味じゃねーか」

 

 うん、その通り。

 結局闇の薔薇(こいつら)は、()(この)んで『進化』とやらを続ける、非常にお(つむ)があれな集団なのだ。

 

「そう悪し様にいってくれるな。その趣味のおかげで『まつろわぬ者』たちとも対等以上にやって行くことが可能となったのだ」

 

 ……うん? また初めて聞くワードが。

 

「幾多もの苦難を乗り越え、今や闇の薔薇(我々)は、その名の下に集った『まつろわぬ者』たちにとってもまさに最後の楽園と相成った。咲く花のおぞましさなど、最早ちょっとした愛嬌でしかないのだよ」

「おまえ、愛嬌っていえば許されると思ってねーか?」

 

 それはおれもそう思うが、今は気になるこっち優先で。

 

「まつろわぬ者って?」

「死を願われた者たちだ。お前が死んだ方が、群れは組織は上手くいく。だから死ねと言われて、しかし否と返した者たちだ。ある意味、今のレディと似た境遇にある者たちとも言えるな」

「……それって、前にいってたトカゲみたいなやつとかヘビみたいなやつとか、そーいうの?」

「そうだ。他には腕が4本ある者や目が3つある者、背に羽根が生えた者もいるし、中にはとても言の葉では言い表せぬ者もいる」

「そんなに違うやつらが集まって、モメねーの?」

「執拗に己を殺しに来る同種より、ほどほどに無関心で『相互武力行使協定』を結んだ他種の方が100倍ましだ、というのは皆に共通する見解だな」

 

 

 ――正直、どこか甘く見ていた。

 

 しかしおれはここでようやく、闇の薔薇(こいつら)の本当のやばさが理解できた。

 

 多数の異種族を1つの組織にまとめるとか、どっかの魔王(ゲオルギウス)と同じことが、もう既に()()()()()

 しかも圧倒的な暴力で事実上の『支配』をしていた魔王(ゲオルギウス)とは違い、協定が成立している時点でこれは『横』の繋がり。似て非なる集団。あの大陸でまだ誰も成し遂げたことのない、全く新しい軸を持ったコミュニティ。

 

 群れという概念のパラダイムシフト。

 それができれば苦労はしないと、全ての権力者が口を揃えていうに違いない理想論。

 

 机上の空論でしかなかった、まさに1強となり得る最大勢力の雛形(ひながた)

 

 

「それがローゼガルドにバレたから、潰されたんだね」

「我の代で一気に規模が大きくなりすぎた。だからいっそ無種族合一体(グランレギオン)として華々しく旗揚げしてやろうとしたところ、先手を打たれた」

「なんだ、やられちまったのかよ」

「だが向こうも死んだ。よってここから先は真価が問われる。だからレディ」

「ん?」

「此度の件が落着し、およその安定をみた後に」

 そこで1度クラプトンは言葉を切って、

「いや、どれだけ時間が掛かろうが構わぬ。レディの気が向いたその時でいい。我が無種族合一体(グランレギオン)に、力を貸してはくれぬか。あんなにも面白おかしい百鬼夜行、終わらせるはあまりにも惜しい」

 

 あれ? この流れまずくね?

 そんな集団のバックに夜の母(ナイト・マム)がついちゃうと、くっそ厄介なことになっちゃわね?

 

「わかった。もしその時にまだあたしが生きてたなら、手を貸してやる。なんか他人事って思えねーし」

「感謝を。先の楽しみが1つ増えたな」

 

 とんとん拍子で成立!

 いやけど阻止するのもなんか違うし、そもそもできるとも思えないし――と、そこで不意に訪れる悪魔的ひらめき。

 

「なあクラプトン。その無種族合一体(グランレギオン)的に、わたしはどういう扱いなの?」

 

 成立するのを止められないならいっそ、緊急時の避難先としてキープしておけばお得なのでは?

 そうポジティブに捉えれば、夜の母(ナイト・マム)のお墨付きも頼もしい盾へと早変(はやがわ)り!

 などと活路を見出すおれにぶっかけられる冷や水。

 

 

「――神、だろうな」

 

 

「いや、それはおかしい」

「なぜだ? 主はかの地下祭壇にて、各種族の代表をことごとく皆殺しにしたではないか。彼や彼女たちの排除を決め、執拗なまでに殺そうと追い立てて来た『絶対に勝てない実力者』をまとめて一息に皆殺したではないか! 1つ相手でも不可能と結論付けたそれを9つも同時にッ!!」

 

 なぜ9?

 と一瞬だけ思ったが、そういえば地下祭壇(あの場所)にいたのは――開始直前にばっくれたらしいミゲルを除いて――12人。

 そこから、姉さまとクラプトンとおそらくはいたであろうマニィを引くと、残りは9となるわけか。

 

「そんな偉業を成せる人智を超えた存在を何と呼ぶ? 文化的に未発達な彼や彼女たちはきっと『そう』呼ぶ他は知らぬ筈」

「うーん、ノリとフィーリングで動かなきゃ死んじゃう奴?」

「うーん、とりあえず馬車の荷台が転がってたらパクる奴?」

 無言のままルーナから飛んで来た『黒い水弾』を、そのまま180度軌道を曲げてお返しする。

 やはりこと『闇』関連ではおれの方が扱いに長ける。

 しかしこういうのが大好きなキッズはさらに10倍の量を飛ばしてきたので、おれは大人しく掛け湯と洒落込んだ。

 

 そんなおれやルーナを無視してクラプトンは続ける。

 

「誰もが知る超越の存在。成せぬを成す奇跡の体現者。夜空を埋め尽くす光の河と共に降臨した闇の神秘。最初にあったふたつの内がひとつ。それすなわち――神だ」

「いやいや待て待て。そもそも目撃者とか誰も残ってないし、他に伝わりようがないだろ?」

「いいや、既に伝わっているとも! 生存者たる我の口からなッ! あの時はまさかこんな事態になろうとは思わなんだから、見たもの全て洗いざらい話したとも!」

 

 反射的に口を開こうとして止めた。

 その時のクラプトンがおれを庇う理由なんてない。

 むしろやった犯人のことを伝えるのは当然ともいえた。

 

「すげーじゃんアマリリス! 夜の母(ナイト・マム)飛び越して神だって!」

「行動の結果獲得した神格だ。これはもう、多少のことでは揺らがぬよ」

 

 ……よし、ここはひとつ、話題を変えよう。

 

「もうこの話はいいから今日の報告をするね」

「おいクラプトン、神様がばっくれようとしてるぞ」

「なに、幼き日の我も似たようなものだった。そこはなるようになる」

「今日は昨日中止になった会議に参加してさ――」

 そうして、なかば苦し紛れに切り出したゴリ押しだったが、

 

「……そっか、ニムとロッドはまだあたしのことを……守ってくれてるんだな」

 

 なんか思いのほかいい感じに話を逸らすことができた。

 

 そして最後に、どこかしんみりしているルーナに「結局『押し付け方』は学習できたの?」と聞いてみると。

 

「ああ、できた。昼間に実証も済んだ」

「とはいえ、まだ距離と精度にいささかの課題がある。おそらく最後の猶予となるであろう明日1日で、可能な限り磨き上げてみせよう」

 

 

 

※※※ 5日目、朝 ※※※

 

 

 

 ぱちっと爽やかに目覚めた。

 今日はマナナが「朝っすよー」と来る前に、自力で起きることに成功した。

 

 なにせ昨夜は風呂(もどき)に浸かりながら長話をしただけだった。

 とくに疲れるとか消耗したとかはなく、むしろ全身がとぅるんとぅるんになって回復した感すらある。

 

 ダークドクターフィッシュ(ミクロ)の効果は、現代日本を知るおれからしても驚愕レベルで凄まじかった。

 

 これはいいものを『知れた』と、パクる気満々のおれにクラプトンが「真似するのは構わぬが、侵蝕深度(フェーズ)5以下の者が入らぬよう注意せよ。最悪、殺してくれと懇願される破目になる」などといった不穏な注意事項を伝えてきたが……深く考えるのを止めたおかげでこうしてばっちり安眠できた。

 

 うん、大切だよね、情報の取捨選択!

 

 すかっと爽やかな気分のままベッドから出て窓際まで歩き、一息にしゃっとカーテンをオープン。

 外は生憎の雨模様。

 耳を澄ませば聞こえる、ぱたぱたと雨粒が落ちる音。

 夜明けが始まる1歩手前の薄闇を切り刻む、数え切れないほどの真っ赤な線、線、線。

 

 ……なんか雨粒が赤かった。

 

 真っ赤っかである。

 窓にへばり付くような粘度からして、おそらくこれは血。

 普通の雨と同じような勢いで、文字通り血の雨が降っている。

 おれの確認できる範囲全て、おそらくは西都全域で。

 

 

 ……なにこれ?

 よくわかんないけど絶対、なんかロクでもないことが始まってるじゃん。

 

 

 血を用いた、ここまで大規模な異常事態。

 そもそも、こんなことができそうな存在といえば……やっぱ(エルダー)貴種(ノーブル)か?

 西都(ここ)に来た初日、東門でおれたちを待ち構えていた中で『子供の姿』をしていたのは3人。シィスとスゥと、もう1人いた男児。

 

 なにをするにしてもまずは、マナナとミゲルの2人と合流しよう。

 そう思い2人の部屋をそれぞれ訪ねたのだが……どちらも既にもぬけの空。2人はもう動き出したあと。

 いや起こせよ! と一瞬だけ思ったが、こんな血の雨の中を動き回るのは正直嫌すぎるので、むしろ放置は有難かったとポジティブシンキング。

 

 そのままおれは、1階へと下りてみることにした。

 なにかあれば即影分身を解除(トンズラ)できるよう準備だけは怠らずに進む。

 すると、女がいた。

 階段を下りてすぐの広間にあるソファの上で、煙を(くゆ)らせながら、ぐでぇとだらけていたそいつは。

 

「おはようシィス。今日は35歳ってところ?」

「おはようアマリリス。惜しいわ。今日の私は37歳よ」

 いってふうーっと細く煙を吐き出す。

 

「なんか疲れてるね。やっぱりこの雨のせい?」

「ええ。正確には雨じゃなくて、スプーキィのくそ莫迦があと1日を待てなかったせいね」

「それは、初日に東門にいた彼のこと?」

「そうよ。血の(エルダー)貴種(ノーブル)スプーキィ。間違っても味方でも友人でもないけれど、共通の敵を持つ、ちょっと知ってるだけの他人。思ってた100倍は頭が悪かったみたいで、今は残念な気持ちでいっぱいよ」

 ぼろくそだなおい。

「やっぱりこの『血の雨』って、公爵に対する反逆とかそういうの?」

「ええそうよ。最悪のとばっちり。西都に存在する全ての命に対する無差別攻撃。どうせなら明日か明後日にやればいいのに、なんでこのタイミングなのよ信じらんないあの莫迦!」

 

 うん、シンプルに怒ってるね。

 

「今わたしにできることは?」

 とりあえずシィスの隣に腰かけて、おれは味方だぜアピールをかましておく。

 

「……ここで私とお喋りしながら、ミゲルとマナナの帰りを待つことかしら」

「あの2人はなにをしに?」

()()がスプーキィの単独犯であるという証拠の提出」

 

 いってため息のようにふうっと細く煙を吐き出す。煙管(きせる)型の煙草だ。現代ではやれ健康被害がどうのと騒がれるが、こいつの場合は。

 

「身体が変わるってことは、健康状態も『その時点のもの』になるのか。いってみれば、擬似的な超再生だ」

 

 ここですぐスプーキィ君について触れるのは下策だ。

 まずは関係ない雑談で落ち着いて貰おう。

 

「……あら、バレちゃった? 実は死なない限り、完全に元へ戻るのよ」

「けどわたしのことは覚えているから、記憶は引き継げるんだよね?」

「ええ」

「……それって大変じゃない?」

「どうして?」

「大抵の物語じゃ、不老長寿はネガティブに描かれることが多いから」

「それは作者が老いるからよ。心は身体に引っ張られるもの。あとはそうね、ルールや秩序の為かしら?」

「……どゆこと?」

「不老長寿に憧れた者の『やること』なんて、大抵ロクでもないでしょ? なら当然ネガティブに描くわよ。やるなよ、やってもいいことなんてないぞって」

 まあ基本不可能だしね。

「実はやってみると、そんなに悪くなかったり?」

 シィスはうふ、と微笑んで、

「気力や体力が最も充実してた頃に『え? もう1年経ったの?』ってなった経験はない? あれが続くの、ずっと」

 

 けどいつか飽きるんじゃ――といいかけて止めた。

 

 それを決めるのはおれじゃない。

 自分の想像力の限界を相手に押し付けるのは、とても恥ずかしいことのような気がした。

 

「じゃあ昨日おばあちゃんになってたのは味変?」

 たまにはさっぱりしたものも食べたい、みたいな。

「記憶の整理も兼ねているわ。必要ない記憶は消すの」

「……どんな記憶を消すのか、聞いても?」

「ダメよ。それを聞けるのはルーナだけ」

「なんでここでルーナ?」

「あの子はもう夜の母(ナイト・マム)として目覚めた。最初から私のことは知っているから、きっともうこの『血の色』は表出してる」

 てことは。

「ルーナも不老に?」

「いいえ、まだ違うわ。まずは老いるまで生きて、そこから踏破するの。まだその権利が与えられただけよ」

 

 思ってたよりずっとハードそうだな、不老への道。

 

 どうにもデリケートそうな話題に、おれが慎重に言葉を選んでいると……がちゃり、とドアが開く音に続き、

 

「ただ今戻りましたー」

 

 とマナナとミゲルが帰ってきた。

 血の雨でどろどろの酷い姿を想像していたが、なぜだか2人ともちっとも濡れていない。

 

「お帰りなさい。首尾は?」

「とりあえず、この件にこっちは無関係だってのは信じてくれたみたいだ」

「それで、命令の内容は? あるんでしょ? 当然」

「城内の防衛にあたれ、だとよ」

「ま、実質監視付きの軟禁みたいなモンっすね」

 

 あれ? 意外だな。

 

「てっきり『お前らでスプーキィをどうにかしろ』とかいわれると思ったのに」

 おれの言葉に、煙草の火を消したシィスが、

「私とスゥはちっとも信用されていないから。むしろスプーキィが1番信用されていたのではないかしら? まあ実際は全員敵なんだけれど」

「薄々思ってたけど、公爵、(エルダー)貴種(ノーブル)に嫌われすぎじゃない?」

 

 そんなの当然よ、と答えたシィスは、なぜかそこで3秒ほど黙った。

 

「――今、公爵の『核心的な情報』をいったのだけれど、聞こえた?」

「いいや。今あんたは、3.2秒黙った。声すら発しちゃいない」

「そう。いくら弱ってるといっても、さすがにまだ無理みたいね」

「……どゆこと?」

(エルダー)貴種(ノーブル)と呼ばれる存在は全員、公爵によって『首輪』をつけられているの。公爵に関する情報の開示は『禁則事項』の1つで、絶対にできないようになっているわ。無理矢理押し通しても、さっきみたいに()()()()()()()()()のよ」

 

 理屈はさっぱりわからないが、中々に無法なことをされているのだけはわかった。

 

「なるほど、そんなことする奴は『とりあえず殺そう』ってなるわな」

「けどシィスは裏で、スプーキィは今表立って『反逆』してますよね? もうその首輪、壊れかけてるんすか?」

「……『挑戦』自体は禁止されていないから。けど諸々の制約で絶対に『勝利』はできないようになっているの」

 

 挑戦は許すとかいって大物ムーブをかましておいて、結局は出来レースのマッチポンプが始まるとか……最高によくできた仕組みだな。バレてさえいなければ完璧だ。

 

「うわあ。権力持った偉い奴特有のキモさっすね」

「気をつけてくれマナナ。半分俺にも刺さってる」

「ええー、じゃあもう、わたしもそっち側なんすか?」

 そこでごんごんと控え目に鳴るドアノッカーの音。

「ちょうど迎えも来たみたいだし、まずは行きましょうか。話ならどこでもできることだし」

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 城からの迎えの者に先導されるかたちで、おれたちは『城内の防衛』へと向かった。

 その道中、降りしきる血の雨の中を行く際にシィスが『雨に濡れないおまじない』とやらをかけてくれたおかげで、上下真っ白なおれは本気で命拾いした。

 イメージとしては透明の防護服を着ている感じか。

 ただ真っ赤な雨粒が落ち続ける外の視界は最悪で、1歩先すら満足に見えない。なので結局はマナナが傘を差し、おれはその下を歩くことになった。

 

「たぶんこの雨って、侵蝕深度(フェーズ)5以下の者が触れるとマズいことになりますよ」

 おれの頭上で傘を掲げながら歩くマナナが、指先で赤い雨を弾きながらいう。

「なんでわかるの?」

「散々やりましたからね、耐毒試験。このじんわり具合は『5』以下じゃ厳しいかと」

 

 ちなみに先行する城からの迎えの男は傘こそ差しているものの、足下は血の跳ね返りでびしょびしょになっている。

 それでも無事な彼は、きっとネグロニア基準でいう侵蝕深度(フェーズ)5以上はあるのだろうが……あの靴とズボンは、きっともう洗ってもダメだな。せめて新品じゃないことを祈ろう。

 

「どうしたの? じっと一箇所を見つめて。なにか気になることでも?」

 彼のズボンと靴よりも気になるのは。

 

「結局さ、この血の雨ってなんなの? 攻撃にしては大雑把だし……毒の散布とかそういうの?」

 

 人への被害はもちろん、町の至る所が血塗れで、きっとこれは洗い流しても簡単には落ちない。

 草や木といった植物類は全滅だろうし、そもそも侵蝕深度(フェーズ)5以下の人々は今後ここに住み続けることができるのだろうか?

 

「それは副次的な効果にすぎないわ。あいつにとって住人の生死なんて心底どうでもいいの。大切なのは対応されるまでの時間を1秒でも長く稼ぐこと」

「だから深夜にこっそり始めたんすね」

「そうよ。この血の雨はいわばスプーキィの『旗』よ。ここは自分の所領だって、絶えずサインを刻み続けているの。その総量が一定の閾値を超えると」

 

 

 ばき。

 

 

 硬いものが割れる音が響いた。

 

 

 ばきばきばき。

 

 

 音は連続して鳴り続け、皆の視線はおのずとその発生源である上空へと向けられる。

 曇り濁った空が、ひび割れ、軋み、壊れかけていた。

 

「……思っていたより速かったわね。スプーキィ(あいつ)、ずっと鍛錬は続けてたみたい。始まるまでの時間が、以前の半分以下になっているわ」

 

 そこで気づく。

 音と同時に止まっていた。

 これまで降り注ぐばかりだった雨粒が、全て同時に静止していた。

 一瞬の後。

 視界を遮る真っ赤な絨毯のような雨粒の群れが逆流する。

 音の鳴る根本、ひび割れた空へと向かい、逆流した赤い雨粒が殺到する。

 1粒1粒は小さなそれらが寄り集まり、その数は千を超え万を超え億を跳び越し天を穿つ(きり)となり――そのまま一息に刺し貫いた。

 

 ひび割れた空が砕け散る。

 これまでそこにあったものが砕けて散る。

 この感覚には覚えがあった。

 これはあれだ、自分にとって有利なように世界を塗りつぶしたり造り替えたりするトンデモ系最終奥義。

 ネグロニアのやつとはまた違った方法論ではあるが、もたらされる結果は同じ。

 

 つまりこれより巻き起こるは。

 

 ただひとりにとって、どこまでも都合の良い、理不尽の開幕。

 

 砕けた空から落ちてくる。

 まずは滝のように、粘着質な血がだばだばと。

 続いて顔を覗かせる、質量。

 馬鹿でかい大質量が、血に塗れながらも生まれ落ちる赤子の如く、一息にどごん! と落ちてきた。

 

 その衝撃によって起きた血の波が、おれたちの足下をさらって行く。

 津波の知識があるおれは、寸前で『闇の手』で自身を持ち上げやり過ごした。

 城からの案内役である彼は、膝下までの低い波に押し出されてすっ転んだ。

 マナナとミゲルとシィスの3人は、素晴らしい反射神経でおれの足場にタダ乗りしていた。

 

「おー、あの低さでも立ってらんねえのか」

「あの勢いと水量なら、踏ん張るとかまず無理だよ」

 車が流される衝撃映像とか、そりゃ見たことないよね。

 

「……それで、なんすかね、あれ?」

 

 落ちてきた『それ』は、ここからでもよく見えた。

 見上げるしかないサイズ感。

 天高くそびえ立つそれ。

 チョコレートファウンテンのようにだくだくと血が流れ続ける、くっそ禍々しいデザインをした、どう考えてもロクな物じゃないそれ。

 皆の視線が、回答者に注がれる。

 シィスがため息混じりに答える。

「クレムリンの処刑塔よ」

「もう名前からしてダメっすね」

「俺にはわかる。クレムリンとは友達(ダチ)にはなれねぇ」

「ほら、さっさと城に行って防衛の仕事を頑張ろうよ」

「そうね。行きましょうか」

 

 皆の心がひとつになった。

 

 まあ、ああいうのは代理人とやくざ貴種(ノーブル)の皆さんにお任せしよう。

 スプーキィ君がなにをするつもりかは知らないが、べつにおれたちがしゃしゃり出る理由も義理も義務もない。

 なにせあれは、ルーナの勝利には関係ない。

 おれたちは『クレムリンの処刑塔』に背を向け、城へと歩き出した。

 

 ……とはいえ、やっぱりちょっとは気になる。

 

「結局あれって、どんな代物なの?」

「拠点兼現実を塗り替える装置、といったところかしら。あれが在る限り、スプーキィの出力がこれまでに流れた血の量と等しくなるわ」

「これまでの範囲は?」

「彼の今日まで」

「凄くたくさん、ってのは伝わりますね」

「しかも血で染めた範囲を『所領』として、その範囲内にいる限りスプーキィは不死身になるの」

 

 少なくとも、西都全域はもう血まみれだ。

 さらに塔の頂からチョコレートファウンテン形式で溢れ出す血は、こうしている今もずるずると所領を広げ続けている。

 たぶん、スプーキィを範囲から出すとか無理。

 つまり攻守共に隙はなし。

 これはいうなれば。

 

「うわぁ。ぼくの考える最強の技じゃん」

「まあ誰もが1度は考えるよな。……やってる奴は初めて見たが」

 あまりにも無法すぎて、正直、ちょっと憧れる。

「そういえば昔、同じ事をいってたわ。本当にそれをするところが、幼稚すぎて私は嫌いだけれど」

 

 おれとミゲルに、決して無視できない精神ダメージが入った。

 おれとミゲルは、そんなことはおくびにも出さず、可能な限り最高の涼しい顔をした。

 

「それで、あれがあったらスプーキィは公爵と代理人に勝てるんすか?」

 シィスは即答した。

「勝てるわけないでしょ。そもそも真正面から暴力で立ち向かう時点で、間違っているのよ」

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 城への通行を管理する馬鹿でかい門は、まるで熱されたチョコレートのようにぐずぐずに溶けていた。

 どうやら城の四方にある全ての門が同じ有様らしく、おそらくはスプーキィからの挑発的なメッセージだろうとのこと。

 

 ピンポイントでこれ見よがしに門だけを破壊していることから、

 

 ――引きこもってないで出て来いよ。かかって来いよ。

 

 といったところか。

 

「うーん、ばっちばちだな。おっかないねえ」

「けどミゲルさま、これおかしくないすか? 門じゃなくて兵舎とかを狙ってたなら、ノーリスクで敵の兵力削れたのに」

「そういった合理性がちっとも見えないから、おっかねえんだよ」

 

 わずかに残る門の残骸(ねちょっとして粘土みたいになってた)を踏み越え、続く跳ね橋を渡る。

 

「……ねえシィス。あらためて冷静に見るとさ、この跳ね橋、大きすぎない? どう考えても人力で動かせる限界を超えてると思うんだけど」

 

 これ下手したら、いつかのどこかで行ったような気のする……なんかこう流星拳しそうな海外の観光名所の跳ね橋(リニューアル版)よりでかくね?

 

「上げるには専用の『役職者』の力が必要よ。下ろすのは誰にでもできるけれど」

「ここまでの規模になると、もう実用性というより見栄えとかはったりに全振りしてる感じっすね」

「実際そうよ。かつての建国祭のパレードでは、全軍の兵士が東西南北それぞれの橋から隊伍を組んで同時に出発し、そのまま市街地を行進するのが定番だったわ」

 

 そんな話をしながら、血の雨が降り続ける地獄じみた中を進むことしばらく。

 ようやく城に辿り着いたおれたちを待っていた担当のおじさん(顔はよく笑うが目は一切笑わないタイプ)は話が早かった。

 

 よく来たなウェルカム!

 お前らは閣下の元へと続くこの大広間を死守してくれ!

 まあぶっちゃけ、スプーキィが攻めて来る可能性はほぼゼロだけど、石橋は叩きたくなるよね! ね!? だからもう1人強力な助っ人を用意しておいた。ぜひ協力してくれたまえ!

 監視役――げほんごほん! サポート要員をちょろっと置いておくからあとはよろしくね! いやこっちはまじで忙しくてさ!

 

 直訳すれば大体そういった意味の説明を受けた後に通された大広間には、先方のいう助っ人――まあおれたちと同じ境遇の、要監視対象がいた。

 

 

「――ごきげんよう、スゥ。お互いに災難だったわね」

「……そうだね。スプーキィの自殺に、巻き込まれた」

 

 

 もう1人の(エルダー)貴種(ノーブル)カーリー・スゥは、小さな椅子にちょこんと腰かけていた。

 

 大広間の中央には、いくつかの椅子とソファが取ってつけたように置かれており、どう見てもインテリアとしては浮きまくっているのだが……まあ、あちこちに散られるより一ヶ所に纏まっていた方が『監視』し易いということなのだろう。

 

 この『城内防衛命令』は、怪しいやつらがスプーキィに呼応しないよう隔離しておく方便だということくらい、皆誰もが理解している。

 

 なのでおれたちは大人しく、スゥの腰かける椅子の近くに座った。

 2人がけのソファを占領したおれは、ちらりと周囲を見渡す。

 

 サポート要員という名の監視役は全部で3名。

 入って来たドアの前に1人。奥へと続くドアに1人。そしておれたちの近くに、ここまでの先導役だった彼が直立していた。

 いつの間にか着替えたようで、全身血まみれだった服はまるで新品のようにぱりっとしている。

 

 ――とそこで、突如おれの肩を押す小さな人影が。

 

「もっと詰めて」

 いって肩でぐいぐい押してくる。

「……あっちのソファ、空いてるけど」

「いいの。気にしないで」

 そういってなぜか、カーリー・スゥがおれのソファの半分を占拠した。

「ほら。シィスが始めるみたい。あの年代の彼女は『仕切りたがり』なんだ」

 いうと同時にシィスが「いいかしら」と皆の注目を集めた。

「せっかくこうして皆で集まったのだから、これからの話をしようと思うのだけれど……どうかしら?」

 

 この状況でシィスが声に出してそんなことをいうからには。

 

「もう『内緒話のおまじない』はかけた後ってことでいいのかい?」

「ええ。ルールは覚えているわね?」

「さすがに昨日だしね」

「なら初めてのあなたに、改めて説明するわね」

 そういってシィスが語りかけたのは彼。

「多少は動いてもいいけれど、大きく動いたり位置を変えたりするのはダメ。それさえ守っていれば、どんなに大声で話しても周りには聞こえない。聞こえるのは私の許可した者だけ。私が手を叩けば解除される。……どう? わかった?」

「了解しました」

 おれたちの側で直立している、迎えの者兼監視役でもある彼もまた当然のように答える。

 

 ……え? なんでその兄ちゃんを?

 実は仲間でした! みたいな出来事とかあったっけ? すっ転んで血まみれになってた記憶しかないんだけど。

 

「……なぜ、近衛にも聞かせる?」

 

 スゥの不満げな声に、マナナが答える。

「その方、スプーキィの配下ですよ」

「なぜ、そう言い切れる?」

「全身が血まみれになった時に、血だけを服や体から切り離してた。別に俺たちに隠すワケでもなく堂々とな」

 

 やばそうな毒の血を自由に操作できる。

 うん。どう考えても、血の(エルダー)貴種(ノーブル)の関係者だな。

 ……やっべ普通に見逃してた。

 

「おい」

 スゥが直立する彼を見る。

「よく面を出せたな。断りもなく始めた主の責を、おまえが負え――」

 スゥからルーナと同じ蛮族の薫りがしたので即座にキャンセル。

「せっかく向こうからアピールしてきたんだから、話くらいは聞いてあげなきゃ」

「……あなたが、そういうなら」

 このスゥといいルーナといい、どうやらイルミナルグランデの蛮族は話せばちゃんと聞いてくれるらしい。

「ありがとう。あとこれ、なんか危なそうだから仕舞っておこうね」

 いつの間にか伸びていた『(つた)』を、ぐいぐいと押し戻しておく。

 あ、これ、掃除機のコードみたいにしゅるっと収納されるんだ。

 

 

「それで? おたくの名前は?」

「リッケルトです」

「スプーキィとの関係は?」

「ご推察の通り、血統の配下です」

 ミゲルは一息置いてから。

「ならこれは、内輪揉めとか仲間割れとか、そういった話かい?」

「いいえ。もっと穏やかな、新たな勤め先への面通し、ですね」

「へえ。スプーキィはあんたらに『ついて来い』とはいわなかったのか?」

「ええ。もう生きるのに()いた奴だけ共に来いと」

 あ、本人も基本、死ぬって認識なんだ。

 

「……スプーキィ(あいつ)と今、話せる?」

 シィスの問いにリッケルトは「はい」と答えた。

 なんでも、血の領域と化している今ここでなら大抵のことはできるらしい。

 彼は斜め上方へ向けなにかを呟いてから、声をかけた。

 

「――オヤジ、聞こえますか? オレです。リッケです。シィス様が話したいと」

 一瞬の後、声だけが返ってきた。

「……今『準備』が大詰めやけん、手短にな」

 

 まさかの『オヤジ』呼びに、まさかの男弁(おとこべん)。戸惑うおれをよそに、シィスは呆れたようにいい放つ。

 

「なに当然のように私の『おまじない』に入り込んでるのよ。いやらしい」

「……用ないんやったら、切るぞ」

「待ちなさい。スプーキィお前、なにを考えているの? 勘の良いお前なら、もう薄々気付いているのでしょう?」

「……ああ。公爵、死ぬんやろ? たぶん『アイミアの生き残り』とやらが西都(ここ)に来たら、死ぬんやろな。お前みたいな性悪が表立って動く上に、その『どっかで見た』ような顔。なんやエゲつない事が用意されとるんやろなあ」

 

 声は少年のそれなのに、ニュアンスは往年のVシネの名優。

 ……なんだこれ、脳がバグる。

 

「ええ。その通りよ。そこまでわかっているならどうして、あと少しを待てなかったの? 公爵が消えればマットへのサポートはなくなる。始末するのはずっと簡単になるというのに」

「――せやから、ここでやるしかなかったんじゃろが。生き死にの話やったら、あと100年待てばええ。ほいたら勝手に死による。けど、そういう話やない。(わし)はあのボケに敗北を刻み付けなアカン。借り(もん)の力で天狗になっとるクソジャリの鼻っ柱、へし折った上で殺るんが本物の勝ちじゃ。十全のあいつを殺らにゃ、これは成らん。つまりは今日ここが、最後の機会(チャンス)じゃ。ほいたらんなもん、やるに決まっとろうが」

 

 声質や口調を超えて伝わる、本気の熱量。

 

「……なんでそんなに代理人を憎んでるの?」

 おれはこそっとスゥに聞いた。

「女を殺されたの」

 シンプルかつ絶対的な理由だった。

「――愚かやと、笑うか?」

 懐かしき客人よ、とスプーキィがおれに向け語りかける。

 

 やっべ聞かれてた。

 せめてここは即答で。

 

「いや。笑わない。わたしも他人のことはいえないからね」

 ルーナいわく『ノリとフィーリングで動かなきゃ死んじゃうやつ』らしいし。

「ならば手出しは無用に願おう」

「わかった。お互いに、そうしよう」

「承知した」

 正直、頼まれなくてもスルーするつもりだったのに、こちらへの不干渉が無料でついてきたラッキー!

 おれは静かに目を閉じ腕を組む。

 もう話すことはないよのサイン。

 これ以上ボロを出す前に黙ろう。

 

「……なぜこのタイミングで、彼を接触させて来たの?」

「お前が何をするつもりかは知らんが、最後の仕上げに、人手はなんぼあってもええやろ。そいつら全員、好きに使(つこ)たれ。そんでもし生き残ったその時は、働き分の椅子は用意したってくれや」

 

 なるほど。たしかにこれは、新たな勤め先への面通しだな。

 ……なにこの命がけの就活。嫌すぎるんだけど。

 

「何人いるの?」

「そいつ含めて4人。近衛に入り込んどる」

 敵の中枢に4人って、地味に凄くない?

「いいわ。私の力の及ぶ限り、約束しましょう」

「おう。頼むわ」

 

 そこで数秒の空白が挟まり、流れ的にそろそろ通話終了かな? と思ったところで、

 

「スプーキィ」

 

 シィスが改めて呼びかけた。

 そしてこれまでとは違う、柔らかく温かみのある声音で。

 

 

「……おやすみなさい。良い夢を」「……良い夢を」

 

 

 シィスに続きスゥも同じことをいう。

 きっとこれは、(エルダー)貴種(ノーブル)の挨拶なのだろう。

 もう2度と会うことはない、死別の際の、別れの挨拶。

 

「はっ! お前ら性悪どもの(つら)なんぞ、しばらくは見たないからのォ。千年は来んでええぞ」

 それだけいって、音もなく通話は終了した。

 

 スプーキィさん、意外と話せる人だったな。

 ……進んでかかわりたいタイプではなかったけど。

 

 

「アマリリス。これから先の説明は彼にも聞いて貰うけれど、構わないわよね?」

「もちろん。リッケルトも、ここで聞いた内容は他の3人にも共有しておいてね」

 それこそ本当に、味方なんてなんぼおってもええですからね。

 

「え? まだあるの?」

 スゥのいいたいこともわかるが。

「まだこれから先の『具体的な話』は、なにもしていないわ。そもそも私たちは、スプーキィの件が一段落するまでここから出られないわよ」

「あー、そういえば、結局ルーナが西都(ここ)に辿り着いたところでどうするの? って話っすよね?」

 そう、まさにそれ。

「リッケルト。お前さんは、スプーキィは勝てると思うかい?」

「無理でしょうね。意地こそ見せるでしょうが……勝利となると、残念ながら」

「オウケイ。暴力じゃどうしようもないってのはよくわかった。ならシィス、やっぱキーワードは『建国祭』かい?」

 

 シィスがいった期限。建国祭が始まるまでに。

 

「そうよ。正確には建国祭の『開会式』ね」

「詳しく聞かせてくれ」

「いいわ。けどその前に」

 そこでシィスがぱんと手を叩いて『内緒話のおまじない』を解除してから。

「なにか飲み物を用意して頂戴。せめてお茶が欲しいわ」

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 監視役の近衛が用意してくれたカップが全員に行き渡る。

 おれにも来たので一口飲んでみるが……リ〇トンの偉大さをこれでもかというほど理解させられた。

 視界の端で、同じく一口だけ飲んでカップを置いたシィスが皆に向けて口を開く。

 

「建国祭は年に1度、必ず決まった時期に行われるの。これは人の都合ではなく、城にある『設備』の都合でそうなっているのよ」

 

 城の設備という言葉から、おれはゾーイによる城内ツアーを思い出した。

 遥か昔の『遺構』を補修、改修して使われている城。

 今でもまだ生きている『遺構』の一部。

 

「その設備って……もしかして古代遺物(ロストロギア)ってやつ?」

「ええそうよ。毎年同じ日の夜明けと同時に『自動的に起動する』変り種があってね」

「そんなものを、どう使うってんだい?」

「手法としてはあの会議の場と同じ。あなたのいうところの『こっちはこんな凄い物持ってるんだぞって、相手の頭の上に足の裏を乗せる』のが目的よ」

 

 そういうと厭らしく聞こえるが、手法としてはいつでもどこでも絶えず行われてきたありふれたものである。

 

「それを毎年、祭りに参加する全員に()()()ってワケか。たしかに権威の誇示としては、そんくらい派手でわかり易い方がいいな」

 

 

 ――6日後に建国祭の開会式があるの。

 ――正確には建国祭の『開会式』ね。

 

 

 これまでのシィスの言葉から察するに。

 

「開会式で全員へ向けて『それ』を披露する? 今の技術じゃ再現できない、誰にでも一瞬でわかる凄いやつを?」

 

 おれの問いを受けたシィスは、ひとつ大きく頷いて。

 

 

「――『勅の拝聴』と呼ばれているわ。べつに大音量というわけでもないのに、どこにいても、絶対に、聞こえるの。公爵閣下直々のありがたいお言葉を開会の祝辞として、この建国祭は幕を開けるのよ」

 

 

 シィスのいわんとすることが、おれには一瞬でわかった。

 だが『その概念』がない他の面々には、もう少しだけ捕捉が必要だった。

 

「それは公爵の個人的な能力ではなくて、古代遺物(ロストロギア)による効果なんすか?」

「ええ。指定の場所で語られた言葉を、遠くの大人数へ向けてそのまま伝える『装置』だと思えばいいわ」

「装置ってことは道具で、べつに『誰が使おうが』同じ働きをしてくれるってワケかい?」

「その通りよ」

「それが夜の母(ナイト・マム)による命令でも?」

「どこにいても、絶対に、聞こえるわ」

 

 つまりは、放送局をジャックしてからの一斉放送。

 お送りするのは流行の新曲ではなく、死ねといわれたら本当に死ぬ夜の母(ナイト・マム)からの強制――いや、絶対の勅命というわけだ。

 

 ……うん、どう考えてもテロリストの犯行だな。

 

 

「それがドミノの用意していたプランなの?」

「ええ。正確には幾つか用意しておいた『切り札』の1つね。もっと穏やかだったり効率の良いプランもあったけれど……現状で使えそうなのは、もうこれくらいね」

「いくらなんでも、切り札を切るのが遅すぎませんか? もうほとんどなにも残ってないっすよ?」

 

 あ、マナナこいつ! またさらっとノンデリ発言を!

 

「……これは、本当に、最後の手段だったの。視線を合わせるという制約があるドミノじゃ大した効果は見込めなかった。これをやるには絶対にルーナを『使う』必要があった。……だから決断できずに最後まで悩み抜いて、結局は手遅れになっちゃったの」

 

 たとえこれが上手くいったとしても、間違いなくルーナの人生は大きく変わる。

 それはドミノにとって『好ましい変化』ではなかったのだろう。

 まあそれでも最後には「死ぬよかまし」という結論に至ったところで……時間切れとなってしまった。

 

「愚かよね。だからあの子は私の友人なのよ」

 

 ……ルーナ本人にはいえないが、ちゃんと大切にされていたみたいで、そこだけはよかった。

 

 

「オウケイ。話は大体わかった。それで、肝心のその『装置』とやらはどこにあるんだ? まさか公爵閣下の私室とかいわねーよな?」

「そこは安心して。一応城内ではあるけど、中心部からは外れた場所よ」

 

 そこで一度言葉を切ったシィスが続けたのは。

 

 

「――旧天体観測所跡。現見張り塔。あそこから西都中に――いいえ、夜の母(ナイト・マム)の全力全開なら、西側全域に声を届かせることすらも可能な筈よ」

 

 

 ピンポイントで、おれが唯一知っている場所だった。

 

「……そこ、行ったよ。ゾーイに『城を案内してくれ』っていったら連れて行かれてさ」

「そういえば、城内ツアーの詳細までは聞いてませんでしたね。何か特徴とか注意すべき物とかありました?」

 

 あの、かつての天体観測所跡にして、現見張り塔の特徴といえば……やはりスイッチ1つでマジックミラーになる床や壁と、超性能の『観光望遠鏡』あたりか。

 

 おれはそれらを端的に説明した。

 

 皆のリアクションは「それ大昔に私もやられた」だったり「超硬度の一方からだけ丸見えな素材とかまじで欲しい」といった比較的ゆるっとしたものだったが……1人だけ、どうにも毛色の違うやつがいた。

 

「どうしたのマナナ? そんな深刻そうな顔して」

「アマリリスさま、もう1度、確認させてください」

 遊びがゼロのくっそ真面目なトーンである。

 

「その見張り塔最上部の壁や床は全て、簡単な操作ひとつでガラスのような透明になり、視界は全方位完璧にクリア」

「うん」

「そこに固定型の超高性能な望遠鏡があって、レールに沿って移動すれば素早く全方位を見ることができる」

「そうだよ」

「その固定型の望遠鏡を使えば、地の果てまでくっきりと見えて、人物の特定も容易に可能と」

「問題なくできたね。実はあの時、東門を通るマナナの姿をばっちり確認してた」

 

 そこでマナナは一端質問を止めて、

 

「……まじすか。ワリと本気でどうしようもないっすよ、それ」

 

 ……うん? なんかマナナとおれの温度差が激しすぎない?

 他の皆を見ると、どうやら困惑しているのはおれだけではないようだったので聞いてみる。

 

「なにかマズいことでもあった?」

「マズいどころじゃないっすよ」

「なにが?」

 

 そこでマナナは一瞬だけ躊躇ったが。

 

「……今のわたしはアマリリスさまの指揮下っすからね。了解しました。話します。ただしこれは超個人的な秘匿情報でもあるので、みだりに広めないようお願いします」

「じゃあクラプトンには秘密?」

「……マリアンジェラが裏切ってた時点で筒抜けだと思いますんで、そこはもういいです」

 じゃあクラプトンとルーナ以外には秘密ね、と皆の同意を得てから、マナナに続きを促す。

 

「改めて確認しますけど、私とゾーイ(あいつ)は同型です。対象を『見る』ことで捕捉(ロック)し、続く攻撃作用(ショット)で仕留めます」

 そこでシィスが「いいかしら」と手を上げる。

「なぜゾーイがあなたの『同型』だと断言できるの?」

「わたしたちの視線には独特の波長が混ざります。それを感知できなければ、同型との選抜試験で生き残るのはまず無理です。わたしはできたから、今ここにいます」

「……エルリンクは、相変わらずみたいね」

 

 いや、マジカル心霊手術があるから死人は出てないと思うよ?

 

「マナナとゾーイが同じタイプなのはわかった。この一致は、偶然かい?」

「いえ、おそらく向こうが『元ネタ』だと思います。かつて見た強い奴を再現しよう、っていうリバイバルシリーズの1つが概念式集光レンズ系列(わたしたち)だと聞きました」

 

 さらっと使われるリバイバルという言葉。

 闇の薔薇に負けず劣らず、倫理観が息をしてない我等がネグロニア。

 

「ならあなたも釘を打つの?」

「必要ないですね。わたしは見ただけで『燃やせ』ます。捕捉(ロック)攻撃作用(ショット)がワンアクションになってます。一応『対象の顔を見る』という制約がありますが、たとえ相手が仮面を付けていても顔は顔なので、お構いなしに燃やせます」

「順当に進化してるわね」

 

 そりゃまあ、殴り合いしながら人形に釘を打つ暇なんてないもんな。

 

「それが実際に見ると、そうでもありませんでした。方向性の違いでしかなかったんです。ゾーイは1人を仕留めてもほとんど消耗がありませんでした。あの調子なら1000くらいは連続でいけるかもしれません」

「あなたはすぐに息切れしちゃうの?」

「はい。10も連続して燃やせば、オーバーヒートでしばらくは使い物にならなくなっちゃいますね」

 

 つまりマナナは『素早く個人を仕留める』タイプで、ゾーイは『多数を連続で仕留める』タイプだというわけだ。

 対個人と対集団。

 たしかにこれは優劣ではなく方向性の違いだ。

 

「お前と女中が似ているのはわかった。……だから、なに?」

 それまで黙っていたスゥが平坦な調子で訪ねる。

 

「それを踏まえた上で、これをどうぞ」

 マナナがじゃこじゃこん、といつもの特殊警棒を手に取り「奥の人へ回してください」と場にいる全員へそれぞれ1本ずつ行き渡らせる。

 ずしりと重い。これでぶん殴られると、頭蓋骨くらい余裕で陥没しそう。

 などと思いながら触っていると……すぐに気づいた。

 

「あらこれ、望遠鏡なのね」

 

 そう。これは鈍器ではなく望遠鏡だった。

 ゾーイが管理を任された見張り塔にも、同じく望遠鏡があった。

 同じタイプ、同型の2人。

 ならばきっと辿り着く最適解もまた同じ筈で、とすると、この一致は決して偶然などではなくて……。

 

 おれが辿り着くより先に、マナナが自分で答えをいう。

 

 

「私たち――概念式集光レンズ2型は『狙撃兵』なんです。外部装置で視界を強化して、文字通り目にも映らぬ遠距離から一方的に対象を仕留める『超射程攻撃』を主目的とした兵科なんです」

 

 

 ……え? まじで?

「マナナ、あんなに殴り合い強いのに?」

「狙撃兵がインファイトもできたら最強じゃないすか」

 そりゃたしかにそうだけど。

「あとこれ自体が確殺のパターンっすね。私から距離を取ろうとして、わざわざ1番死にやすい間合いに入ってくれるんすよ」

 

 うん、こりゃ強いわ。

 

「もうその、概念式集光レンズ2型? だけでいいんじゃない?」

「私くらいなんすよ、遠近両立できたの」

 

 なんだ、つまりこれは、マナナが突然変異の超個体ってだけの話か。

 

 

 

 ――いや違うだろ。

 

 そうじゃないだろ。

 

 同型のゾーイがあの見張り塔の管理を任されている意味。

 謎のマジックミラーにより、視界は全方位完璧にクリア。

 可動式で超性能の観光望遠鏡。

 対集団に特化した、いくらでも連発可能なゾーイ。

 

 それらを言葉にしてまとめると。

 

 

「……全方位に対応できる超射程の、着弾までのタイムラグがゼロで即心臓が破裂する連射が可能な見えない即死の狙撃が、1番高い場所からバンバン飛んで来る?」

 なにそれ? アホなの?

「しかも向こうは『傷一つ付けられない』硬い壁に守られてる。なんの気兼ねもなくやりたい放題だ」

 なにそれ? バカすぎない?

「見られるのがダメなら、何か遮蔽物にでも隠れたらいいんじゃない?」

「私は、対象のおおよその位置さえわかれば『透過』して燃やせます。向こうもできると考えた方がいいかと」

 

 なにしれっと透視能力まで搭載してんだよ。

 しかもそれで捕捉(ロック)が可能とか、やっていいことと悪いことがあるだろ。

 

「どこまで『透過』は可能なんだ?」

「わたしの場合は、後先考えない全力全開で壁1枚ってところですけど……さっきもいった通りゾーイの『持久力』はわたしとは段違いです。もっといけるかもしれません」

 

 少なくとも壁1枚はぶち抜いて来るのね。

 

「ヘイ、シィス。これまでのチャレンジャーたちは、こいつにどう立ち向かったんだ?」

(エルダー)貴種(ノーブル)は基本的に信用されていないから、これまで1度も西都防衛に呼ばれたことはないわ。きっと、手の内を見せたくなかったのでしょうね」

 

 まあ実際、ばっちばちに裏切ってるし方針としては大正解だった。

 ……おかげで、マナナが教えてくれなければ、意味もわからないままルーナの心臓が破裂するところだった。

 

 しかし、知った。

 事前に、知れた。

 なら具体的にどうすればいいのか。

 思い付く端からいってみる。

 

「……ゾーイがスタンバイする前に、見張り塔を占拠しちゃえば?」

 

 いや無理だな、とミゲルが答える。

「最悪こっちの狙いがバレるし、仮に占拠できたとしても包囲されるだろうから、ルーナを中に迎え入れることが不可能になっちまう。というかそもそも、今のスプーキィを蹴散らすような奴を相手に、篭城をキープできる気がしない」

「それだけじゃないわ。見張り塔の『一斉放送』も結局は城の機能の一部なの。だから最悪、大元の操作1つで全て解除、あるいは破棄されるわ。だから一気に奪って、なにか対応をされる前に決める必要があるの」

 

 ぼっこぼこに否定されるが、ここはくじける場面ではない。とにかく片っ端から口にする。

 

「こんなに人で溢れた西都なら、ゾーイだって『誰が敵』なのか判別がつかない筈」

「外出禁止令の真っ最中よ。外に出てる不審者は、みんな殺していいわ」

 

 よし次。

 

「いつどこから来るかもわからないルーナたちを、ずっとスタンバイして待ち続けるのは無理だよね?」

「だから昨日の会議があったのでしょうね。きっと明日あたりには全員西都の周囲に配置されて、もしやられても『敵が来た』と知らせる役割は果たしてくれるわ」

 仕留めることができればベスト。

 ダメでも次の準備の合図となる。

 うん、合理的だね! 次!

 

 ただちょっと否定されすぎてヘコみそうだから、次は今ある最大のプラス要素を!

 

「足として使ってる馬車は『特別製』だから、たぶんゾーイの狙撃も防げるとは思うんだけど」

「それ馬が殺られて、単なる頑丈な箱になっちゃいますよ。で、そこを火あぶりの袋叩きにされて、慌てて出て来たところを捕捉(ロック)してドンっすね」

 

 まあ、そりゃそうか。

 ゾーイは近衛チームの一員だもんな。

 べつに1人で全ての敵を仕留める必要なんてない。

 当然他の近衛メンバーと連携して動くに決まってる。

 

「シィス、近衛ってどんな連中なの?」

「性質でいうなら、戦士ではなく暗殺者ね。正面突破する代理人を死角から狙う敵手へのカウンター。隠密行動と不意打ちと罠と毒。マット・フレデリクセンが公爵の騎士となってからは、そういった形に『最適化』されていった、実利至上主義の集団よ」

 

 次にいおうとしてた「ぶ厚い壁を盾として2枚抱えながら突入」が披露する前に却下された。

 そんな重石抱えた(まと)を、みすみす見逃す連中とは思えない。

 

 なんならゾーイの狙撃はサブで、市街地の死角に潜む敵を狩り取る近衛メンバーの方がメインな可能性すら出てきた。

 

 

「……なあもうこれ、塩の杭ぶち込んだ方が早くね?」

 あ、ミゲルこの野郎、面倒臭くなりやがったな。

 

「思い違いをしてはいけないわ。私たちの目的は西都を死の都にすることではなく、ルーナを『勝たせる』ことよ。畢竟(ひっきょう)、近衛やゾーイや代理人はどうでもいいの」

 

 まあいってみれば、その通りだ。

 

「ただし、ルーナの勝利――『新たな夜の母(ナイト・マム)の存在を皆に認めさせる』のに不都合なことは、絶対にしてはならないの。西都住民の虐殺なんて、(もっ)ての外よ」

 

 助けて終わり、のおれたちとは違い、ルーナの人生は今後も続いて行く。

 シィスはちゃんと『そっち側』に立って発言している。

 

「じゃあ、代理人がいない今この隙に、私とミゲルさまあたりでさくっと公爵を殺っちゃうのもダメなんすか?」

 

 あ、マナナこいつ! またさらっと頭特別行動隊発言を!

 ……けど、ちゃんと真剣に考えると、それもアリっちゃアリなのか?

 

「ダメね。もし仮に出来たとしても、そこにルーナ――新たな夜の母(ナイト・マム)の存在が一切関与していないわ。ただ後から来て『与えられる』だけの物乞いじゃダメなの。それじゃ誰も納得しない。理解しない」

「そうかい? その『一斉放送』とやらで1発かませば、どんな馬鹿だろうが理解しそうなもんだが」

 

 そこでシィスは、ああそういえばまだ伝えてなかったわね、とため息混じりにいった。

 

「公爵が死ねば、西都に現存する全ての古代遺物(ロストロギア)はその機能を停止するの。つまりルーナの『一斉放送』が終わるまでは、あの薄ら莫迦には健在でいて貰わなければ困るのよ」

 

 

 

※※※ 5日目、夜 ※※※

 

 

 

 ぱちっといつものカラオケルームで目覚める。

 またもや誰もいないが、慌てず騒がず、やっぱりあったメモ書きに目をやる。

 

 

『最終調整に行ってくる』

 

 

 キャンプ入りしたプロ野球選手かよ。

 などと1人つっ込んでいてもしょうがないので、おれはおそるおそる後方にある出入り口を開き……そのまま外へと出てみた。

 

 するとそこは、一面真っ白の雪景色――いやこれは『塩』景色か。

 

 建物の石壁以外は真っ白に染まった白化粧の中に、なぜか金属製の鎧と思しき物()()が転がっていた。

 その数は1つや2つではない。目に映る範囲だけで10はあるだろうか。

 きっと『中身』は塩となり砕けて散ったであろうそれらを横目に、くっきりと残る足跡を辿る。

 大きさからして、子供と大人が1人ずつ。おそらくはルーナとクラプトン。

 

 足跡は開け放たれたままのごつい扉の向こうへと消えていた。

 

 無骨な石造りで頑丈そうな、いかにも『砦です』といわんばかりの建築物。どどんとデカい3階建て。奥の方からは、なにかを打ち付けるような音や大声らしきものが断続的に聞こえる。

 

 無意味に突入などせず、建物の外観を見て回った。

 掲げられている旗は城にあった旗と同じ。つまりここは敵の砦。おそらくは今この中では、ルーナとクラプトンによる『最終調整』という名のどっかんバトルが繰り広げられているのだろう。

 

 ……おれは大人しく、暗黒カラオケルームへと戻ることにした。

 

 いや、そんなもんに参加とかしたくないって。

 ここはひとつ、キンキンに冷えた果汁100パーセントをキメつつ2人の帰りを待とう。

 

 そうして踵を返したおれの視界の端で、砦の窓が吹っ飛んだ。

 

 内部から吹き荒れた『白い嵐』に押し出されるようにして、規則正しく並んでいた2、3階部分にあった全ての窓が一斉に破裂した。

 続いて飛び出す2つの人影。

 着地点ににょっきり生えた『白い手』が3階の窓から飛び降りた2つの人影をキャッチ。

 そのまま続けてノータイムで走り出す2人。おれが帰りを待つ筈だった2人。

 先を行くこちらに気づいたルーナが叫ぶ。

 

「あー! おまえもう! タイミング悪すぎっ! 走れアマリリス!」

 

 いわれなくてもとっくに走ってる。

 窓が吹き飛んだ瞬間『これはやばい』と瞬時に判断したおれは、最高のスタートダッシュを決めていた。

 だがそのトップスピードは、ルーナからすれば『走れ!』と叫びたくなるレベル。

 信じられないだろ? これ、おれの全速力なんだぜ?

 

 一瞬でおれを抜き去る2人。

 それでもなお足を緩めないことから、まだここは安全圏ではないと知れる。

 ひやりと背筋を撫でる、死の気配。

 見なくてもわかる。今背後では死の嵐が吹き荒れており、このままじゃおれはまるっとのまれる。

 

 え? おれ、こんなしょうもないフレンドリーファイアで死ぬの?

 

「クラプトン!」

「わかっておる!」

 

 にゅっと伸びた『白い手』がおれをキャッチ!

 そしてそのままキャリー!

 見事な一連の流れに、思わず荷物(おれ)もにっこり!

 1、2、3歩で暗黒カラオケルーム内に飛び込み、闇クッションへ向けおれをシュート!

 究極の最強技である受け身プラス闇クッションの柔軟性が合わさり無傷ノーダメ!

 そのまま余裕のリラックスタイムに突入すると同時に馬車は急発進!

 

「あ、まずっ、忘れてた!」

 

 ルーナが乱暴に窓を開け、走る車内から砦の横手にあった木製の小屋へ向け『白い球』を投擲。

 ぶつかり、ばんと弾けると同時に収束が開始。吸い込まれるように小屋の壁面が消失。え? なにその新技、怖いんだけど。

 

 

「――走って逃げろ! 気が済むまで生きて死ね!」

 

 

 そうルーナが叫ぶと同時に、消えた壁の向こうから一斉に駆け出す馬たち。

 あれ、馬小屋とか厩舎とか、そういうやつだったのね。

 まあたしかに、全然関係ないドンパチに巻き込まれて死ぬのとか可哀想だよね。

 

 そうして、どかどかと四方に散る馬たちの足音と(いなな)きに見送られながら、どうにかおれたちは危機を脱した。

 

 ふう。タフな現場だった。危うく死ぬところ、

 

「――いやいや。なにひとつわかんないんだけど。なに今の? 本気で焦ったんだけど」

 

 なんでいきなり竜巻が発生するんだよ? 意味不明すぎるだろ。

 

「本気で焦ったのはこっちの方よ。おまえタイミング悪すぎだし足遅すぎ。あれで全力とか本気でいってる?」

「少し違う。全力じゃなくて死力だった」

「……いくらなんでも、身体能力低すぎねーか?」

「だからわたしは、他の誰かと手を繋げるんだよ」

「おまえ、ノータイムでそれ返せるの、すげーな」

 いってルーナがキンキンに冷えた果汁100パーセントを手渡してきたのでぐいっと一飲み。

 うん美味い。

 そうして一息つけば、ぱっと繋がった。

 

「もしかして、さっきのあれが最終調整だったり?」

(しか)り。理論上は可能であった乗算、その解よ」

「じゃあ上手くいったってこと?」

「いきすぎたから、ああなった。簡易版の略式でも予想の10倍くらいは伸びやがった」

「やはり理論と実践の間には、埋め難い隔絶が存在するな。これだから面白い」

 御者台から聞こえる上機嫌な声が、ことのあらましを教えてくれた。

 

 

 代償の押し付けに成功した――なんでも順調にブラッシュアップを繰り返し、最終的には目視した対象に押し付けは可能となったらしい――『塩の杭』だったが、幾度かの実地試験を繰り返す内に致命的な欠陥が発見されたそうだ。

 

「先の光景、おかしいとは思わなんだか? あのように粗末な馬小屋など、地べたに木の板を立て掛けただけの物だというのに、なぜあの馬達は無事だった?」

 

 おれが到着した時にはもう既に、辺り一面は塩景色と化していた。つまり『塩の杭』は撃ち込まれたあとだった。中身のない鎧だけが転がっていたことから、その効果が不発だったとは考え難い。

 にもかかわらず、地続きの馬小屋にいた馬たちが塩の塊にならなかった理由とは……。

 

「ちょっと考えたらわかる、アホみたいな話よ」

「レディ。そう自分を貶めるものではない」

「いや、おまえだって見落としてたからな?」

 

 こういう、正解してもしなくてもどっちでもいい時に限って、なぜか一瞬でわかる不思議。

 

「――蹄鉄(ていてつ)か。足の裏と地面との間に金属が挟まっているから、馬は塩にならない」

「左様。さらに言うなら、馬上の者も同じく塩化せぬ。言うまでもなくこれは致命的な弱点だ。なにせ、ここより先の平野部で待ち構えているであろう敵手は全員、騎乗しているだろうからな」

 

 ルーナとクラプトンがとった、北上してから西へと進み西都へと向かうルート。

 その終点付近には、大規模な平野部が存在する。

 とくになにもない、徒歩での移動など論外という他ない広大さを誇る、だだっ広いだけの平野。

 やくざ貴種(ノーブル)の皆さんが、(きた)る凶賊を討ち取る為、代理人によって配置された待ち伏せ場所。

 

「そも、この4代目伝承大魔術(塩の杭)は秘中の秘。そうみだりに使うものではない上、これまでに行使対象となったのは馬に乗る習慣のない敵対的異種族ばかりであった。ゆえに今までこの弱点は露見せなんだ」

 

 秘中の秘にしてはぽんぽん乱発しすぎじゃね?

 と一瞬だけ思ったが……そもそもここは国交もないような超遠い外国だから、べつにバレたところで構いやしないのか。

 

「たしかに致命的な弱点はあった。けどなアマリリス。今ここにはあたしがいるんだよ。クラプトン以外にも『塩の杭』が撃てる、このあたしがな!」

 ドヤるルーナ。

「つまり、2本同時にあれこれすると、地面じゃなくて空間に作用させることができたと」

 それこそさっきみたいに屋内でかませば、塩化の竜巻が逃げ場なく吹き荒れる地獄空間を生み出せるのか。

 ……うわ、えっぐ。

 

「なんだよリアクション薄いな。もっと驚けよ。これでもう勝ったも同然なんだぞ? 公爵や代理人がどこに隠れてても、関係なくやれる」

 あ、ルーナこいつ、西都にさっきの『塩竜巻』をぶち込む気満々だ。

 そりゃまあお前ならそうするよな、と納得しかないが……さあどうぞと実行させるわけにもいかない。

「その『勝ち』の条件について、今日シィスから話があってさ」

 

 

 おれは昼間にあったことを話して聞かせた。

 

 

「……それ最後、スプーキィはどうなったの?」

「リッケルトが『今、オヤジが死にました』っていってすぐに城内防衛命令は解除されたよ。直接は見てないけど、代理人にやられたみたい」

「……そこまで盛りに盛った奴とか、どうやって殺したの?」

「代理人――マット・フレデリクセンの『血の色』はシンプルに『パンチ力がアップする』だけのやつらしいんだけど……公爵のせいで、その上限がないんだって」

「ふーん。じゃあ両腕もいじゃえば、あたしの勝ちだな」

 まあ皆考えることは似たり寄ったりなわけで。

「同じことをしたやつは、ずるっと()()()()()腕に殴られて、即死したらしいよ」

 

 公爵のサポートが手厚すぎて、正直どうしようもないらしい。

 あとシンプルに、マット自身もくそ強いらしい。

 あれもう無理じゃね? が皆の結論らしい。

 

「ふむ。やはり当初の予定通り『一撃鏖殺(おうさつ)』の方が確実に思えるが?」

「いや、プラン変更だ。見張り塔を目指す」

「なんだレディ。やれる手段があるというのに、やらないのか? 聞く分に、遊ぶ余裕はないと思うが?」

 

 西都を死の都にしろ、と暗にいうクラプトン。

 

「……あのなあ。このプランは、ママがあたしの為に用意してたやつなんだぞ? そんなの、1番良いやつに決まってんだろ? おまえがしなきゃいけないのは、簡単な方法で楽することじゃなくて、あたしの望みを叶えることだ。つーか『無差別な破壊には美学がない』とかいって渋ってたのはおまえの方だろーが」

 自然とこういう物言いができるところに、ドミノママの教育を感じる。

「そういわれてしまうと、返す言葉がないな」

 

 こうして意思の統一は成された。

 だがそうなると問題になってくるのは当然。

 

「その『クレムリンの処刑塔』とやらに対して、件の『狙撃』による攻撃は行われなかったのか?」

「そうみたい。どうせ代理人が行けばカタがつくだろうから、無駄に手の内は見せなかったんだろうって」

「つまりは初見の必殺が目論見。ならばやはり連中の次の手は、避けようのない平野部に待ち伏せての、数による圧殺狙いだな?」

「そう。その通り」

「え? なんか話飛んでねーか? 狙撃どこいった?」

「圧殺できれば良し。たとえ無理だったとしても、勝利し、安堵したところへ『狙撃』が飛んでくると見るべきだろうな。どうせ平野部は、既に射程距離内なのだろう?」

 

 その辺りは、シィスやビイグッドが古今の地図をひっくり返しておおよその予測を立ててくれた。

 

「平野部の終点付近からは、たぶん射程範囲内だろうって」

 地形が微妙に沈降していたのがよかった、とかなんとか。

「詳しいことは、これを見て欲しい」

 いって御者台のクラプトンと目の前のルーナに1枚ずつ地図を渡す。

 

「これは平野部の拡大図で、色が濃く塗ってある部分が予想される狙撃の射程範囲だから注意して」

「この等間隔に並んでる名前はなに?」

「配置された貴種(ノーブル)の持ち場。各名前ごとに大体5、6人の手下がいると思って」

「名前が13あるから……全部で70人くらいか? 思ってたより少ねーな」

「けど全員が登城を許されるレベルの貴種(ノーブル)とその側近たちだ。シィスがいうには『雑魚は1人もいない』そうだよ。あとビイグッドから『時間がなく各人の詳細が用意できず申し訳ございません』って謎のお詫びがきてた」

「いや、正直これだけでもめちゃくちゃ助けるけど……これ、ビイグッドが調べたのか?」

「各人の配置は、わたしが普通に会議に参加して聞いた」

 

 そう、あのあと普通に会議があった。

 城内防衛命令が解除されてやっと帰れると思ったら、そのままいつもの会議室へ案内されて『これより明日の配置を発表する』とかいわれた時は、ワリと本気でうんざりした。この時点で既に拘束時間は9時間オーバー。朝一(あさいち)からずっとなのは地味にキツい。

 実際スゥはキレかけていた。

 半分植物なんていうから、もっと穏やかな感じを想像していたのだが「自然界において穏やかなやつなんて単なる餌だ」という謎の正論を叩きつけられた。

 

「いや会議っておまえ、代理人抜きで会議なんかしても、まとまらないんじゃねーの?」

 たしかに、我の強そうなやくざ貴種(ノーブル)たちを思えば、収拾がつかなくなりそうだが。

「普通にいたんだよ、代理人。スプーキィ殴り殺して、直帰して、会議の進行役をしてた。当然、逆らえるやつなんて誰もいない。ミゲルがいうには『ただ行動のみでびびらせる理想的な威圧』だってさ」

 実際、西都全域を『異界』に塗り替えるような(エルダー)貴種(ノーブル)を殺したばかりのやつが、しれっと平常通りの顔して会議を進めるのは怖かった。こいつまじでやべえ感が凄まじかった。

 

「しかし無傷とは行くまい。(エルダー)貴種(ノーブル)の命を賭した全霊は、そう安いものではあるまいよ」

 なんでお前がドヤるんだよ、とは思いつつも「その通り」と答える。

「スゥが薬草を加工した薬のにおいを嗅ぎ取った。止血剤に解熱剤。あとは疲労や痛みを吹き飛ばすアレな薬。代理人は負傷してた。万全ではない今の公爵では、もう傷を治すのは無理なんだろうって」

「――ふはっ! 魅せてくれるではないか! 尻に火が点いてからのやせ我慢! どうせ彼奴(代理人)は、そんな様子などおくびにも出さなかったのであろう?」

「うん、完璧にいつも通りだった。スゥにいわれなければ、誰も気づけなかった」

 間違いなくあれは、意志の怪物だ。

 

「そんな手負いのバケモンとか、やっぱ相手してらんねーか」

「正解。だから色々とプランを用意した。まずはその地図にある『エルムナッシュ』っていう名前に注目」

 平野部の人員配置図。その最前線の右端に配置された、やくざ貴種(ノーブル)のひとりだ。

「これはシィスの『お得意様』で、弱味とか財布とか握りまくってて、実質部下みたいなものだと思っていい。明日この中に、マナナとスゥが紛れ込む。で、わたしたちは最初にここへ突っ込んで2人を回収、合流する」

「べつに構わぬが、回収して如何する?」

 

 皆であれこれ議論した結果導き出された、最も確実だと思われる方法。

 

 

「スゥが防いで、マナナの『逆狙撃』でゾーイを仕留める」

 

 

 

※※※ 6日目、朝 ※※※

 

 

 

 昨日の会議でやくざ貴種(ノーブル)たちには『標的はおそらく昼過ぎから日没までの間に平野部を通過すると思われる。よって明日は昼までには現着し、速やかに所定の位置で待機せよ』と命令が出された。

 しかし大半のやくざ貴種(ノーブル)たちは「もしスタンバイする前に『獲物』が来たら逃しちまう!」と熱心にも朝一(あさいち)から張り込んでいる者がほとんどだった。

 

 べつに彼らは、特別忠誠心が高いとか、そういったわけではない。

 

 各員のモチベーションアップの為、仕留めた者には特別褒賞を、仕留めずとも有効な打撃を与えた者にもまたボーナスを、と代理人サイドが色々頑張って特典をつけた結果、彼らは団結する心を失った。俺の取り分を盗むな馬鹿野郎、の大合唱となったのである。

 

 んなアホな、と思う反面、まあそんなもんだよな、という納得もある。

 

 なんにせよ、各人がばらばらに出発して持ち場へ向かうのは好都合だった。

 マナナとスゥがしれっとエルムナッシュさん一味(いちみ)に混ざっても、誰にもバレなくなるからだ。

 

「いい? これは本当に特別。普段は絶対にこんなサービスはしない」

 ガラ悪やくざファッションに身を包んだちびっ子ギャング――カーリー・スゥがおれにいう。

 周囲に溶け込むカモフラージュのつもりだったが、逆に悪目立ちしてるのは黙っておいた方がよさそうだ。

 

「大丈夫ですって。ちゃんとアマリリスさまもわかってますから、ね?」

 つば付きの帽子をかぶったマナナが、同じものをスゥの頭に乗せる。

 マナナもスゥも(めん)が割れてるので念の為だ。

 

「やめろ。暑苦しい」

 いってスゥが、脱いだ帽子をずぼっとおれの頭にかぶせた。

 

 基本このカーリー・スゥというやつは他人に使われるのが大嫌いだそうで、最初に公爵の排除を企てたのも彼女らしい。

 そんな、シィスのいうことも全く聞かないアナーキーインザプラントな彼女は、通常なら作戦行動に組み込むのは不可能な存在なのだが。

 

「スゥには感謝してる。君が協力してくれるから、こうして勝ち筋が見えた。わたしは、スゥなら必ずやり遂げてくれると信じているよ」

「……まあ、わかってるならいいけど」

 どこか満足気になったスゥは、さっさとエルムナッシュさん一味(いちみ)の馬車へと乗り込んだ。

 

「……相変わらず、アマリリスさまのいうこと()()は、聞くんすね」

「うん、ありがたい話だよね。だからこれはもう『ありがとう』でいいんじゃない?」

 

 なぜおれのいうことだけ100パーセント聞いてくれるのか?

 疑問といえば疑問だが、向こうからなにをいってくるわけでもないので、ラッキーサンキュー! くらいで流すことにした。

 ……だって知ったら知ったで面倒な予感がするし。

 

「そういうアバウトさ、なんか新鮮っすね」

「真似しちゃダメだよ」

 できませんよ、と半笑いで答えたマナナの視線が、不意におれの頭上でぴたりと止まった。

 きっと今彼女が見ているのは城の一角。最も高い場所に位置する見張り塔。

「……どう? 昨夜と同じ?」

「ですね。やっぱり向こうから『見えるように』してくれないと、こっちからは通らないみたいっすね」

 

 

 

 いくら硬い壁だろうと、透かしてしまえば無意味。

 マナナなら、絶対に安全だと油断しているゾーイをやれる。

 そんな発想から生まれた『逆狙撃』計画。

 その本番前の予行練習として、会議が終わった昨夜の帰り道、マナナは見張り塔を『透過』して見た。

 

 ……のだが、結果は駄目だった。

 

 なぜか見張り塔の最上部は、いくらマナナが出力を上げようとも『透過』できなかった。

 謎の古代遺物(ロストロギア)による謎セキュリティにより、すわ計画はご破算か、と思われたその時「あ、なんか見えました」とぎりぎり首の皮一枚で繋がった。

 どうやら、ちょうどタイミングよく、ゾーイとはべつの近衛が(おそらくはスプーキィ関係の)なにかを確認しに来たらしく、少しの間だけマジックミラーをオンにして観光用望遠鏡を覗いたらしい。

 ワンコインの制限時間である120秒経過後、軽く後片付けをして退出するまでの計3分ほどの間だけ、マナナは見張り塔内を『透過』して見ることができた。

 

 以上のことから判明した事実は2つ。

 

 1つ。向こうがマジックミラーをオンにしないと、マナナの『透過』は通らない。

 1つ。城から近い場所では、たとえ『透過』しても、くそ高い見張り塔の上では角度が急すぎて向こうの『顔』が確認できない(マナナの発火には対象の顔の確認が必要)。

 

 以上のことから、当初考えられていたマナナが城内に潜むプランは破棄された。

 そうして出された第2案がこれ。

 

 いっそルーナと合流して、安全ディフェンスと逆狙撃を同時に実行しよう!

 

 

 

「じゃ、そろそろ行きますね。……まあ、アマリリスさまとは向こうでも会うんすけど」

「それまでは結構あるだろうから、あまり気を張り過ぎないようにね」

 

 こっちとしては、凶賊(ルーナたち)が現れるのは日が沈んでからだと知っているのだが……まさか馬鹿正直に教えてやるわけにもいかない。

 なのでマナナとスゥには、数時間の待ちぼうけを覚悟の上で、エルムナッシュさんたちと一緒に出発してもらうことになった。

 だから基本短気なスゥは、そんなのやってられっかとゴネていたのだ。

 

『最悪、エルムナッシュは全員「戦死」してもいいから。ね、スゥ。お願い』

 

 真顔でそんなことをいうシィスを思い出したおれは、さすがにそれはエルムナッシュさんたちが可哀想すぎるので……できるだけ優しくテンダープリーズと念入りにスゥへ伝えておいた。

 

 

 

※※※ 6日目、夕 ※※※

 

 

 

 ばちっといつものカラオケルームで目を開ける。

 と同時に感じる寒気。

 背筋がぞわぞわっとくる、こう、高いところから落下しているような――って、なんか闇クッションごとおれも浮いてる!

 続くどすん! という衝撃。

 落下、いや、おそらくは馬車が『着地』した衝撃。

 

「なに今の!? どうなってる?」

 がばっと闇クッションから身を起こすと、乱暴に窓を閉めながらルーナが叫んだ。

 

「遠隔で『馬車ごと持ち上げてた』奴を今やった! クラプトン! 馬は無事!?」

「問題ない! だが次が来たぞ! 10時と2時!」

 御者台からの返事にルーナは「轢き殺せ!」とインテリジェンスを(ほとばし)らせる。

 クラプトンの高笑いと同時にどんどんっ、と重いなにかが2つほどぶつかる音と衝撃。窓の外をかっ飛んでいく人影。

 よし! ルーナのインテリジェンスの勝利だ!

 

「じゃなくて! なんでもう始まってるんだよ!?」

 日没開始の予定だったから、余裕をもって夕方に来たのに。

「あいつら、予定の配置とかお構いなしでガンガン突っ込んで来てる。早い者勝ちだとカン違いしてる底なしのアホみたい」

「追加が来たぞ! 5時から6! 7時から5!」

「後ろからなら、どうせ追いつけねーだろ。ほっとけ」

「それが徐々に接近しておる。信じ難いが、向こうの方が速い!」

 

 夕暮れの薄闇を反射させ、クラプトンのいった方向を確認する。

 疾走するルーナ号の後方から……迫る無数の馬影あり。

 だがあの速度なら、すぐに追いつかれることはない。まだいくらかの猶予はある。

 

 だから落ち着け。

 

 そうだ、どうせならポジティブに捉えろ。

 向こうが前のめりなおかげで、絶対にゾーイの狙撃が飛んで来ない範囲で安心して叩ける。うん、いいね。もし引き待ちとかされたら泣くしかなかった。そう考えればむしろラッキー!

 よしならあと必要なのは。

 

「クラプトン! 予定通りエルムナッシュさんの持ち場に向かって!」

「もう見えた! だが停車しているヒマはないぞ!」

 

 とっさに確認しようとした窓の外。夕暮れの薄闇を反射した向こうに舞う、花弁。

 見覚えがある。これを見るのは2回目だ。

 これは初めてシィスに会った時のあれと同じものだ。

 つまりは――花びらワープだ。

 

 おれは慌てて窓を全開にした。

 

 疾走する馬車の巻き上げる風に煽られ、数枚の花弁がカラオケルーム内に流れ込む。

 くるくる回りつつ闇クッションにぴとっと付着したそれ。瞬きひとつ終わる頃には転がる2つの人影となっていたそれ。

 小さな1つと大きな1つ。

 小さなスゥはぼすっと背中から闇クッションへ着地し、大きなマナナはごろごろと勢いを殺しきれず部屋の隅へと転がり――そのまま壁を蹴るようにしてブレーキをかけた。

 

「……やるなマナナ。本当に対応できるとは思わなかった。正直死ぬと思ってた」

「前の職場で鍛えられましたから。あと実は2回目なんすよ、こういうの(謎ワープ)

 

 おお、他人と一緒に自分も運べるのか、花びらワープ。

 

「おし合流できた! クラプトン、連中のど真ん中につっ込め! でかいのかまして一気に皆殺しだ!」

「ふはっ! 承知!」

 

 アホみたいにイカれた指示だが、実は最適解の1つだったりする。

 あの『塩竜巻』が完成した時点で、この平野部での負けはなくなり、既に問題は「如何に効率的にやるか」へと移行しているのだ。

 

 

 昔の偉い人はいった。勝負は始まる前の準備段階で、ほぼ決まっていると。

 

 

「これもうわたしたちは、やることない感じっすかね?」

 マナナが闇クッションにぼすんと腰を下ろす。

 一瞬の躊躇いもなくべた付けで隣に座ってくるパーソナルスペースの狭さに、スゥが嫌そうな顔をする。

「やることがあっても手は出しちゃダメだよ。2人がここにいるのは絶対に秘密。ゾーイが燃えた瞬間に初めてわかる、ってのが理想なんだから」

 

 バレてないと思って後ろから殴りかかろうとするやつの後頭部をフルスイングするのが、この作戦の要だ。

 

「わかってますって。そういうのはわたしより、意外と短気なスゥにいってくださいよ」

 そういって目をやったスゥは、なぜかルーナにフォールされていた。

 ……いや違うな。これはルーナのハグをスゥが支え切れず、そのまま倒れ込んだのか。

 スゥの肩に顔を埋めたまま、ルーナはいう。

 

「ママが、殺された」

「知っている」

「だから公爵を、殺しに来た」

「よく来たな」

「今のあたしなら、スゥは力を貸してくれる?」

「いいよ。このにおい、懐かしい、夜の母のにおいだ。ニニィの後継を助けるのは、当然だ」

「ありがと。めちゃくちゃ嬉しい」

「あ、やっぱ2人は面識があったんすね。どういった――」

 しまった! 空気とか雰囲気とか一切お構いなしのマナナを野放しにしてしまった!

 つかお前、よくこの超シリアスな会話にさくっと入っていけるな!?

 

 なぜか反射的にマナナのフォローに入ろうとしたおれの声は、天井から響いたどごん! という轟音によってかき消された。

 

「――ぬう! 転移の類か! 不味いぞ9代目、上を取られた! なんでもいいからとにかく撃ちまくれ! 馬を潰す隙を与えるな!」

 がばっとスゥの肩から顔を上げたルーナが、

「おし! ならあたしも」

「――レディは『押し付ける』のに注力! あくまでそちらが本命だ!」

「大丈夫! 直接やるから!」

 なにが大丈夫なのかさっぱりわからないまま、ルーナは開いたままだった窓の上枠を両手で掴み、そのまま逆上がりの要領で屋根上へと半回転しつつ着地。素晴らしい身体能力を見せつけた。

 

「あのバカ、屋根上にあがっちゃったぞクラプトン!」

「こっちは手が離せぬ! どうにかあのバカを守れ!」

 

 とはいえ、おれまで上に行くわけにはいかないので、まずは薄闇に反射させた先を覗き込んだ。

 爆走するごついカスタム馬車の屋根上で対峙する2つの人影。

 1つはルーナで、もう1つは長身でひょろっとしたフェミニンな男。

 

「おい、おまえ。あたしの前で名乗る栄誉をくれてやる。(さえず)れ」

 

 ああ、ルーナがクラプトンの影響を多分に受けてしまっている。

 ……正直、ちょっと格好良いと思ったのは内緒だ。

 

「閃光のエディン。……といっても、最近のガキは知らんだろうが――」

「頭から、地面に全力で、飛び降りろ」

 

 閃光のエディンはその名の通り、超高速で疾走する馬車の屋根上から、まるで閃光のように地面へとダイブした。

 頭からこう、ぐちゃみそっと。

 

「うわまじすか? そうなっちゃうんすか?」

 

 そう、こうして問答に応じてくれるやつ相手には、ルーナはほぼ無敵といってもいいのだが……問題はそうじゃないやつの方だ。

 

「へえ。閃光といえば(エルダー)貴種(ノーブル)まで後1歩といわれた古兵。それを相手に命を通すのか。ルーナの仕上がり、想像以上だ」

「だろ? 見たかスゥ。あたしだってこれくらいできるんだ。なんだったら他にも色々凄いのがあるんだよ!」

 

 こいつもしかして、スゥに格好良いところを見せたくて、わざわざ飛び出したのか?

 いや、今は理由よりもまずは、

 

「ルーナ、とりあえず中に戻って。やっぱり外は危ない」

「然り。わざわざ狙い所を晒してやる必要もなし」

「おまえら『あのバカ』とかいってたの聞こえ――」

 

 ちらりと視界の端がぶれた。

 

 飛来する影。向かう先はルーナ。その数1、2、3……最低でも10以上。

「伏せろルーナ!」「下がれレディ!」

 2人同時にいう。

 ただし対応は別。

 おれは影に向けありったけの『白い杭』を射出。

 クラプトンはルーナの前に馬鹿でかい『白い手』による手刀を叩きつける。即席の盾だ。

 (はか)らずもオフェンスとディフェンスに分かれた。

 

 飛来する影とおれの白杭がぶつかる。砕き、突き抜け、彼方へと消える白杭。

 どうやらただの拳大ほどの石だったらしく、これといった問題もなく全て潰せた。

 ……が。

 砕かれた石の欠片は微塵も勢いを弱めることなく、いやむしろ再加速すらして、まるでクラスター爆弾のように分散しつつルーナへと降り注いだ。

 

 クラプトンの用意した『盾』に身を滑り込ませるルーナ。

 ただの石の欠片ではあるが、超長距離を飛んで来た運動エネルギーがぶつかるだけで、肉は削れ骨は折れる。人体が破損する程度の威力は有している。

 それが、数えるのも面倒になるほど沢山。

 

 着弾。

 

 とくにこれといって音はない。

 この暗黒カラオケルームは完全防音だが、今は窓が開けっ放しなので外の音はほぼそのまま聞こえた。

 クラプトンの『白い手』に直撃する、どす、とか、ごんといった無数の(にぶ)く小さな音。

 それだけを残して、降り注いだ全ては防がれた。

 

 ただ問題なのは、今飛んで来たのが『石』だということ。

 そこらに、ほぼ無限に転がっている『石』だということ。

 

 そんなの当然、ほぼ無限に飛んで来るに決まってる。

 案の定、次の瞬間にはもうすぐそこまで来ていた第2波。

 今度も拳大の石が10ほど。個数や質量に限界でもあるのか、どうやらあれが1度に放てる最大値。発射地点は――遥か後方にかろうじて見える馬影の中。

 

 つまりこれは、遠距離からの投石。

 

 ただ石を投げるだけ、と馬鹿にするには、あまりにも飛距離と命中精度が盛られすぎている。そもそも拳大のサイズが10個同時に飛んで来る時点でまともな方法では不可能。どう考えてもなんらかのブーストが掛かっている。

 おそらくこれは血統ごとの特色――血の色と呼ばれる独自の不条理の発露。

 

 今度は砕かず、おれは『白い手』によるビンタを飛来する第2波に向けべしっと叩きつけた。

 衝撃によりあっさりと『手』は崩れたが、それでも軌道を逸らすことには成功。

 ……したのだが。

 なぜか弾いた筈の石が不自然に急カーブし、さらに再加速。全弾ルーナへと一直線に向かっていく。なにこのホーミング性能。

 

「――アマリリスさま。これ、ルーナが捕捉(ロック)されちゃってますよ。後ろから追って来てる連中、その最後尾にいる奴ですね」

 

 いつの間にやら窓から首だけを外に出しているマナナ。

 

「向こうにもう1人、マナナの『同型』がいるってこと?」

「同型っていうか亜種って感じっすね。捕捉(ロック)特化で、捉えてる限り、なにを投げても一定の速度で絶対に当たる……ってところっすかね、たぶん」

 

 などと話している内に、もはやほぼ連続で絶え間なく飛来し続けていた石の1つがルーナに当たる。

「痛ってェ!」

 盾から身を乗り出して『なにか』を投擲しようとした肩に直撃。仰向けに倒れるルーナ。すすっと動いてルーナの全身を隠す白い手。超便利な『盾』だけど、あれは本来そう使うものではない。既に綻びが見えている。そう長くはもたない。

 

「これマズくないすか? わたしなら『燃やせ』ますけど、どうします?」

 

 ここでマナナという『伏せ札』を切るのはダメだ。

 最悪、ここでの一部始終は向こうに見られている可能性がある。

 いや、もうここまで近場なのだから、絶対になんらかの手段で監視されていると考えるべきだろう。

 

「マナナは待機。ルーナ、ちょっと石が当たったくらいじゃ死なないし」

「おまえアマリリス、さっきから全部聞こえてるからな」

 屋根上の怨霊がつぶやくが気にしない。

「ルーナなら、こんな石コロくらい大したことないだろ?」

「は? 当たり前じゃない。余裕だってこんなの」

 ああ、悲しき思春期マインド。

「……邪悪っすね、アマリリスさま」

「……邪悪だな」

 頼もしい切り札たちがつぶやくが気にしない。

 

 とはいえ、おれにあそこまで――ぎりぎり見えるレベルの遠距離に対する攻撃手段はない。

 こうしている今もルーナへ向け石の雨は降り続けている。秒単位で盾となっている『白い手』がズタボロになっていく。せめてもの加勢になればとおれも『白い手』をルーナに被せるが一瞬で消し飛ばされる。昨日今日覚えたばかりのおれではクラプトンの錬度には遠く及ばない。気休め程度の足しにもならない。

 あれ? これ、本気でできることがなくね?

 

「ああもう! クラプトン! やるぞ! 詰めろ!」

「まだ敵の3割ほどは範囲外だが?」

「もう限界だろ、この手!」

「だからレディ。こう、胸の前で両腕を交差して心臓を守るのだ。さすれば、次の『盾』を展開するまでの間、心臓だけは無傷でいける。それを3度ほど繰り返す頃には、餌に釣られた敵手どもは全員塩化の範囲圏内に入る」

「……どう考えても、死ぬほど痛いだろ、それ」

「痛みなき失策は次へと繋がらぬ。闇の薔薇の格言だ。痛くなくば覚えぬ」

 

 

 

「……おまえたち、ルーナに対して厳しすぎないか?」

 一部始終を聞いていたスゥがいう。

 だがおれはどちらかといえばクラプトンサイドだ。

 もちろん、死にはしないという前提ありきだが。

 

「今回のこれ、どう考えてもルーナが飛び出したのが原因じゃん。そこをなあなあにしたら、絶対に同じ事を何度も繰り返すよ。やっても無傷でなんとかなるなら、そりゃ何度でもやるに決まってるじゃないか」

 

 それにクラプトンは、どうしてもルーナに痛みを与えたいわけではない。

 現状を覆す『面白い』提案ができるなら、迷わずそれを採用する。

 

 当然、ここまで共に行動してきたルーナもそれは知っているわけで。

 

 

 

「――なら3だ! 3乗にすれば余裕で全部呑み込めるだろ! 違うかクラプトン!」

「ほう! そう来たか!」

「さっき一瞬だけ見えた。その時にちゃんと『繋げ』た。基準3項目は全部クリアだ! 塩っ辛くなるのは1番前にいたあいつ! あとはおまえがやるかどうかだ!」

「面白い! すぐやろう!」

 いってクラプトンが、がぶぶちっと、一瞬で己の左手薬指を噛み千切った。

 

 え? 急になにしてんの? 怖いんだけど。

 

「思い出せアルキメデス! あの山野を! かの渇きを! 主が望みを! 今ここに、叶えませいっ!」

 応と、答えた。

 なにが答えたのかはわからない。

 ただクラプトンが噛み千切った薬指の中からの返答だということだけはわかった。

 

 滲む闇。

 なんの脈絡もなく展開されるいつかのどこか。

 降りてくる理解。

 まだおれの知らない闇の理。

 

 本来なら使い捨てのそれを、己に移植し馴染ませ、完全に身体の一部とすることで『生えてくればまた使える』という意味不明な再利用方法。

 そもそも普通、指は生えてこない。

 だがこいつは、こいつらは生えてくるようにした。

 そうして物理的な条件さえ満たしてしまえば、残る問題は両者間の合意のみ。

 4代目盟主たる(アルキメデス)が後進への助力を惜しむことはない。盟主という大役を担うに値する大器はいまだ健在。

 

 よって今ここに。

 

 求め、応じ、叶え、顕れる。

 

 いつかのどこかの渇望。彼が見た最期の夢。

 4代目伝承大魔術『(はす)(うてな)半座(はんざ)を分かつ』――通称、塩の杭。

 

 地上64メートル地点に、顕現。

 

 

「そらレディ、次だ!」

 クラプトンが御者台からぽいっとノールックで後ろに『噛み千切った薬指』を投げる。

 弧を描いて飛んだそれを、仰向けに倒れたままだったルーナがぱしっとキャッチ。

 

「御託はいい。ナメた真似してくれたカスどもを、皆殺しにしろっ!」

 

 それは答える。苦笑を滲ませながらも、その意気や良しと喜色まじりに答える。

 奇縁の果てに繋がった、次代の夜の母。

 彼が否定する由など、どこにもなかった。

 

 よって。

 

 先と同じく、地上64メートル地点に――2本目の塩の杭、顕現。

 

 

「ほらアマリリス! ラストだ! しくじるなよ!」

 いってルーナがぽいっと『薬指』を窓の方へと投げる。

 だが当然、馬車の屋根上から投げたのでは、どう頑張ってもただ外へと落ちていくのみ。

 ……の筈だったのだが、飛んで来た石にべしっと弾かれ、そのままくるくると回転しながら開いたままだった窓へとイン! 1度だけ闇クッションでぽよんとバウンドしてからおれの手の中へと収まった。

 

 え? なにこれ? 怖いんだけど?

 というか噛み千切ったばかりの他人の指とか、普通に触りたくない。

 けどさすがにここで「うわきっしょ!」とかいって窓の外へ投げ捨ててはいけないことくらいはわかる。

 

 おれは一瞬だけ迷ってから……ノリとフィーリングで動くことにした。

 ぱっと脳裏に浮かんだ台詞を、なにもフィルターを通すことなく直で口にする。

 

 

「みせてくれ、アルキメデス。きみの全霊を、みてみたい」

 

 

 闇が、おれを拒絶することはありえない。

 それを繰る他人が敵対することはあっても、闇そのものがおれに敵対することはきっとない。

 だからもはや闇との混合物となっている彼は、ただ純粋におれのリクエストに応えてくれた。

 そうまでいわれちゃ黙ってらんねえなと、文字通りの全身全霊を披露してくれた。

 

 よって。

 

 先と同じく、地上64メートル地点に。

 3本目の、いや、伝承者であるクラプトンですら初見であろう1本目の。

 

 

 (アルキメデス)の全身全霊――塩の()()、顕現。

 

 

 と同時に、さも当然のように樹は成長し続ける。枝を伸ばし葉を茂らせ、空を覆いつくさんと際限なく広がり満ちて、夕日が沈む先を白く白く追いかけてゆく。

 

 

「――ふはっ! 4代目め、年甲斐もなくはしゃぎおってからに! レディ、ぶつけるぞ!」

「おう! 死ねやカスども!」

「――いや待って待って! 2人も馬も外にいるよね? 巻き込まれないの?」

「蛇は己が毒では死なぬ。術者は無事だ。あとこの馬どもは特別製ゆえ問題ない」

「じゃあなんで砦の時は走って逃げてたんだよ?」

「全身塩まみれになって服がダメになっちゃうから。ちょっとでも巻き込まれると、もうじゃりじゃりになって洗っても無理」

「まあ今回は止むを得まいよ」

 

 などと話しながらも上空の杭は止まることなく移動し続け……両サイドから『塩の大樹』に衝突。抉り、食い込み、内部にて破裂。そして。

 クラプトンとルーナのいう『乗算』が巻き起こる。

 

 空と夢と渇望が膨張しつつ交差し(たわ)み引き絞られ混じりながら合唱する。

 

 

 あまねくすべて。塩とな、

 

 

 おれは慌てて窓を閉めた。

 本気で焦った。ガチで危なかった。

 開けたままでは、秒を待たずしてマナナとスゥは塩になるところだった。

 

「……ええと、今外って、どうなってるんすか?」

「触れれば一瞬で塩になる死の嵐が吹き荒れてる。おそらくは、平野部のほとんどを呑み込む超広範囲で」

「ルーナは?」

「最後に見た時は、両手で耳を塞いで伏せてた。たぶん耳の穴から中に塩が入らないようにしてたんだと思う」

「なら大丈夫そうっすね。しばらくすることもなさそうですし、何か飲みます?」

 いってマナナが、がしゃこんと地下収納型の闇冷蔵庫を開ける。

「お、意外っすね。てっきり酒ばかりかと思ったら、ほとんど果実水とか」

「……なんでマナナ、暗黒カラオケルーム(ここ)の使い方を知ってるの?」

「ここ、ローゼガルドさま専用の特別車両とそっくりなんすよ。たぶん基本デザインは流用してますね、これ」

 はいどぞ、とマナナからキンキンに冷えた果汁100パーセントを受け取る。

「けど居心地のクオリティはこっちの圧勝っすね。向こうはもっと処刑場みたいな雰囲気でしたし」

 うん、叔母上、予想通りすぎて、とくにいうことがないや。

 

「それはそうだろうよ。こんな甘ったるい夢を抱えたままで居られる者など、私は初めて見た」

 いって1杯目を飲み干したスゥが、次はリンゴで、とマナナにおかわりを催促する。

「……夢? どゆこと?」

「これは彼の見果てぬ夢だ」

 

「――お嫌いかね?」

 

 全ての窓は完璧に閉められているのに、当然のように会話に入ってくるクラプトンの声。

 ……つっ込んだらキリがないので、おれは安定のスルー。

 

「果実は植物の一部だ。私が植物を軸とした夢物語を否定することは、絶対にない。応援しよう」

「ありがとう。だが見ての通り、継ぎ接ぎだらけの未完成品だ。改善案等があれば、ぜひ聞かせて欲しい」

「いいだろう。しばし待て。問題点をまとめる」

 

 あれっ? スゥとクラプトン(お前ら)絶対にモメると思ってたのに、なんか互いに凄く友好的。

 

「サンチャゴ。今開けている1番庫の右隣に、現物が丸々入っている2番庫がある。客人に、好きなものをお出しして差し上げろ」

「……意外ね。てっきり『勝手に触るな』とかいわれると思ってたのに」

 なのに躊躇いなく冷蔵庫開けるの強すぎるだろ。

 

「異な事を。給仕は下女の勤めであろうに」

「――あん? お前に仕えた覚えは、」

「今のマナナはわたしの指揮下だからね!」

 やばそうな流れはさくっとインターセプト!

 なるほど、ダメだったのはマナナとクラプトン(こっち)だったか。

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 よくわからない難しい話を延々とするスゥとクラプトンの声をBGMに、馬もどきたちがひたすら走り続けること数十分。ようやくおれたちは『塩の嵐』の中を抜けた。

 

 屋根上にこんもり積もった雪みたいな塩の中からルーナを発掘し、どっぷりと漬け込まれたルーナの塩辛(しおから)を通常のルーナに戻す作業に従事することしばらく。

「あれはもう2度とやらない」

 という、若干のしょっぱさが残るルーナの言葉を閉めの挨拶とし、おれたちは先へ進むことにした。

 

「いやあの、まだ後ろでめっちゃ嵐が巻き起こってるんすけど……これ、放っておいていいんすか?」

 暗黒カラオケルームの後方出入り口を開け、遠ざかる彼方を見ながらマナナが訊く。

()()しでいえば、きっとあまり良くはないかもしれない」

「いや、そんなもにょっとする必要ないレベルでダメっすよね?」

「それを決めるのは、後世の歴史家であろうな」

 ひとりでにばたん、と閉まる後方出入り口。

「あ、外法お前、さてはもう制御不能になってるな?」

 そう。あれはもう誰にも止められない。なんか独自の円環を生み出して回り続けている。

「けどほら、これでもう塩に困ることはねーだろうし、4代目盟主(アルキメデス)もにっこりっていうか」

 ノリとフィーリングによって生み出された悲しき『天災』の元凶の1人が、どうにかいい所探しをする。

「70人のおっさんが溶けた塩とか、ルーナ、口にしたい?」

「やだよ気色悪ィ」

 一瞬で返される手の平に、思わず笑ってしまう。

 と、そこに。

 

「――馬車を止めろ」

 

 スゥにしては珍しい大声が、馬の足と皆の口を止めた。

 

「……まだ『ゾーイの狙撃』の射程範囲までは、少しあるよね?」

「そっちじゃない。迂闊だった。塩のにおいでかき消されていた」

「なにが?」

「薬のにおい。正確には薬の元となった消毒、止血、解熱効果のある薬草のにおい。これは10や20じゃない。少なくとも100はいるぞ」

 

 そんなことをいわれても、見渡す限りなにもない平野が続くのみで動物の1匹もいない。

 

「マナナ、見える?」

「いいえ、見えません」

 透過が可能なマナナにも見えず。

 

「ふむ。つまり、目に見えぬ100名以上の『負傷者』がいると?」

「そうだ。今向こうからゆっくりと1人近付いて来ている。お前の正面50メートルほどの位置だ」

「面白い。総員ここで待機。我が攻撃を『当てる』までは、一切の手出し無用」

 クラプトンは御者台から下り、なにもない真正面へと歩き出す。

 そうしてしばらく歩を進めてから、大きく息を吸い声を張り上げる。

 

「我はアイミアのルーナが騎士、クラプトン! 何用か、ユーティライネン!」

 

 今この状況で負傷者を抱えて隠れる必要のあるやつら。

 たしかに、全ての条件が当てはまる。

 

「……なぜ、気付けた?」

 すう、と滲み出るように男が現れる。

 上下レザーできめっきめな、ギーラを少し若くしたような顔立ちの、どう見ても血縁者と思しき金髪の兄ちゃんだ。

 

「血のにおい。死のにおい。隠し切れるものではない。特に、この我にはな」

 ちっとも気づいてなかったのにフカしまくるクラプトン。

 実際この状況で、大したものだと思う。

 

 いつの間にやら周囲には、きめっきめな上下レザーの連中が溢れ返っていた。

 そのほとんどが一目でわかる怪我人だったが、どいつもこいつも、やる気だけは満ち溢れているようでなんか目付きがやばい。もれなくガン決まってる。

 

「……ビリー・ユーティライネン。この群れの頭だ」

「ほう。頭目が単身前に出るか」

「アレの前じゃ、数なんて意味ねぇだろうが」

 ビリーが彼方で吹き荒れる『嵐』を見やる。

「アレはお前の仕業だな?」

「左様。我らは公爵の首を獲りに来た。邪魔立てする輩にかける慈悲はない」

 

 

 

「……なんでクラプトンはダラダラ喋ってんだ? ユーティライネンの残党なんか、さっさとやっちまえばいいだろーが」

 おれには薄っすらとクラプトンの狙いがわかった。

 なら今ここで、おれが確認すべきなのは。

「ルーナは今すぐ、ユーティライネンを皆殺しにしたい?」

 おれの問いに、ルーナはしばし考えてから、

「あいつ、ユーティライネンを『使う』つもりなのか?」

「たぶんそう。だってあいつらの『透明化』はマナナにも見えないんだよ? ならきっと、同型のゾーイにも見えない筈」

 

 

 

「ユーティライネン。貴様らは何故ここにいる? よもや我らを待ち構えていた訳ではあるまい?」

「……兄貴の敵討ちだ。あの最強の兄貴を殺れる奴なんて、(エルダー)貴種(ノーブル)か代理人くらいだ。だからそいつらを()りに来た」

「ほう。貴様ら、死兵か。生きて帰る心算(つもり)は微塵もないと見える」

「だったら、なんだ? どうせ死ぬならオレたちは戦って、前進して死ぬ。我らユーティライネン、狩られるものに非ず。我らは群狼、狩人なり」

 

 

 

「おい犯人。どうやらおまえに用があったみてーだぞ」

「マナナ。そのお喋りなお嬢さんの口を()けなくしてやれ」

「うっす」

 そうして差し出された甘々でうまうまなドリンクに、ルーナの口は塞がれた。

 これでユーティライネン(彼ら)が真実に辿り着くことは、未来永劫なくなった。

 などというしょーもない寸劇は置いておいて。

 

「けどあいつら、よく逃げれたよね。ばっちり準備してたジーキングさん(善意の第3者による完全攻略本譲渡済み)と公爵の連合軍から逃げ切るとか、普通ムリだよね?」

「そりゃムリっすよ。あの本がエグすぎます」

「なら、やっぱりあの『透明化』のおかげかな?」

「それもあるでしょうけど、1番の理由はスプーキィの反乱じゃないすか? いきなり本拠地が血まみれになったら現場は大混乱でしょうし、逃げる隙の1つや2つは生まれるかと」

 

 そんなおれたちの雑談の向こうで、しばらく睨み合っていたクラプトンとビリー・ユーティライネンに動きがあった。

 口火を切ったのはクラプトン。

 

 

 

「……ふむ。ならば1番槍、くれてやろうか?」

「オレたちを使おうってか?」

「こちらとしては西都に『あれ』を撃ち込めば終わるが、それでは主らが納得すまい」

洒落臭(しゃらくせ)えこといってんじゃねえ。テメェら『アイミア』が、んなこと気にするタマかよ」

「流石に100を超える死兵を無下には出来ぬよ」

「ついさっき、あっさり100ほど殺っておいて、白々しいんだよ」

 

 

 

 2人の緊迫したやり取りが続く中、甘々でうまうまなドリンクを飲み終えたルーナがいった。

「……あと1歩足りねーな。あのビリー、ちゃんと出されたエサのにおいを嗅いでやがる。思ったより用心深い。釣り上げるにはあと1歩、エサのうま味が足りてない」

「へえ、意外ね。ルーナなら『アイミア狩りに参加してたカスどもを今すぐ殺せ!』って、ノリノリでいうと思ってた」

 もうそろそろ、マナナの余計な言――アクティブな発言に慣れてきたおれがいる。

 叔母上未踏の境地に、おれは至りつつある。

 

「あのなあ……。いーかマナナ、あいつらはもう死んでるんだよ。この先なにがどうなろうとも、あいつらが生き残る未来は絶対にない。わかるか?」

 ジーキングに慈悲などないだろうし、トップ(ギーラ)は本になって本隊は壊滅。さらには、これから連中がやろうとしていることがどれだけうまくいったところで、代理人には勝てないだろう。

 たしかに、ルーナのいう通りである。

「そんな、もう死んでる死体どもをちょっと使うだけで、おまえらやあたしの安全が手に入るんだぞ? そんなの、やるに決まってんだろ。カスどものバッチイ屍骸なんて触りたくねーけど、それくらいはやるよ。できるよ。あたしだって成長してる。ナメんな」

「ごめん。認識が古かった。凄いねルーナ! カッコイイよ!」

 にっこりマナナのガチな『陽の気』に当てられたルーナが「お、おう」みたいになってる。

 

 マナナとほぼ同じことを考えていたおれも、なんだか居たたまれない気持ちでいっぱいになってる。

 

 そうかルーナ、もうお前は、ちょっとお(つむ)があれなクレイジーキッズじゃないんだな。ごめん、おれもお前のことを侮っていたみたいだ。成長期ナメてた。

 

 おれはカラオケルーム端の収納を開け紙とペンを取り出し、さらさらと文字を書く。

 今は言葉よりも、行動でルーナの成長に応えよう。その背を押そう。

 

「なにやってんの?」

「あと1歩足りないを埋める、ユーティライネンが絶対に欲しがるエサを準備してる」

 

 平野部にてやくざ貴種(ノーブル)たちが全滅したなら、絶対にそうなる筈。

 そしてユーティライネンに、これをどうにかする手段はない筈。

 やつらが本懐を果たす為には、絶対にこれは無視できない筈。

 

「文字で書いたって……ああそっか、クラプトンに『見せて』情報を渡すのか。いーよ、どれどれ」

 ざっと概要は話したが、さすがに詳細まではカットしていたのでそこをはっきりと。

 なにをどのタイミングで使うかは現場の流れ次第だと思うので、要点だけを箇条書きに。

 あと余計な懸念があればノイズになるだろうから、それも心配ないよと解消して……はい、できた!

 

 

『城への四方の大門はスプーキィが破壊済み。近衛に内通者4名あり。東西南北の跳ね橋を下ろすことが可能。タイミングは夜明けが望ましい。本件でルーナがゴネる心配なし』

 

 

「おい最後の。おまえもあたしのこと、アホだと思ってたな?」

 あ、やべ、バレた。

 

 

 

※※※ 6日目、夜 ※※※

 

 

 

「それで、開始ギリギリになって予定が大幅変更になったと」

 

 西都の一等地にある、シィスが経営するすけべなお店。その別館1階にあるラウンジで、この館の主(今日の年齢は17歳)がため息まじりにいった。

 

 まあ気持ちはわかる。土壇場で急に予定変更とかされてしまうと「これまでの準備が全部ムダじゃん」となり「テメェ勝手なことすんなぶっ殺すぞ!」のコンボへと派生してしまう。それは本当によくわかるのだが……。

 

「ごめんねシィス。けど今回の場合は、変更っていうより改善といった方が良い次元の話でさ」

 

 プランのチェンジではなく、アップグレード。

 

「なにせ、予想されていた『ゾーイの射程範囲』に入っても誰の心臓も破裂しなかった。わたしたちはもちろん、ユーティライネンも全員無事だった。つまり、最大の脅威を無効化できた」

 

 この事実だけで、お釣りがじゃらじゃらくるレベルだ。

 

 

「しかし、よく向こうは信じてくれたな。こっちが本当に跳ね橋を下ろすかどうかなんざ、何の確証もない与太話みたいなモンなのによ」

 ラウンジのソファに浅く腰かけたミゲルが(もっと)もなことをいう。

 

「そこに関してはクラプトンの功績が大きいと思う。あいつには他人を『信じさせる』才能……というか熱量? みたいなものがある。最終的には向こうの腕っ節自慢と上半身裸で殴り合いをして『届いたか、我が想い!』とかいって、なんかいい感じにまとめてた」

「相変わらず、狂ってんなあ……」

 おれもそう思うが、多少イカれてようがなんだろうが、本気の熱量は『伝わる』という事実をまざまざと見せつけられた。

 

「アマリリス。もう1度聞くけど、ルーナはユーティライネンに対して『強制』は使わなかったのよね?」

 シィスの確認におれは頷いた。

「うん。使わなかった。持続時間がはっきりしないし、なにより『それありき』になっちゃうと、きっとおかしなことになるだろうから」

「そう。わかっているのなら、いいわ」

 これに関しては、おれとクラプトンで意見が一致した。

 使うべき時は躊躇いなく使うが、それ以外の方法がある場合は、できる限り最後の手段にするべきだと。

 

「我々ビイグッドとしては、その『透明化』――ミラージュだったか? そちらの方が気になる。ぜひ仔細を知っておきたい」

 マナナと入れ代わりのタイミングでここへ来たロニーが、興味津々(しんしん)に聞いてくる。

 これまで常に監視がついていたビイグッド一派だったが、このたび晴れて監視役の買収に成功したらしく、どうにか最後の打ち合わせには参加できた。

 

「クラプトンとスゥがいうには、2つの合わせ技らしい。誰か個人の『透明になる力』と、ユーティライネン一派が持つ『1を皆で共有する力』が組み合わさって、異常なまでの広範囲と高クオリティを両立させてるんじゃないかって」

「……なんと。戦闘時における連携以外にも、そんな運用が可能ならば……ユーティライネンには無限の拡張性があるということになる。これ見よがしに乱用していた『共有連携』は用途を固定化させる思考誘導だったという訳か」

 

 そんな凄いやつらも、攻略本(全部教えてくれるよ!)を持った軍勢相手には手も足も出なかった。ぼっこぼこのずたぼろにされた。

 一体どこの邪悪なファ〇通がそんな攻略本を出版したんだ。まったく、酷いことをするやつもいたものだ。

 

「その『ミラージュ』とかいう格好良い名前はどっから出てきたんだ?」

「普通にマナナが『凄いっすねこれなんていうんすか?』って聞いたらしい」

「……敵の只中で敵の機密に言及するとか、1歩間違えれば殺し合いになるんじゃね?」

「ルーナとクラプトンがどうにか頑張ったみたい」

「あー、そうか。2人は連中の前に姿を見せちゃダメか」 

「そりゃね。ぱっと見で『仇の(エルダー)貴種(ノーブル)だ!』って判断されかねないわたしとスゥは基本車内で待機だったからね。幸いにも、その場には居なくて済んだ。けどその件以降はマナナも留守番組に追加された」

「……最高にマナナらしいエピソードだな。いや誤解のないようにいっておくが、あいつ、やくざ組織の前線要員としては超優秀なんだぜ?」

 

 そのフォローは果たして彼女にとってプラスになるのだろうか?

 悩むおれに構わずロニーが続ける。

 

「なら今向こうは、馬車ごと丸々『ミラージュ』の中にいるのか?」

「そう。クラプトンが『ゲスト』として認められたから、特例として中に入れた。イメージとしては大きな傘だとか」

 ただその中に入った為、マナナによる狙撃も不可能になった。

 向こうから見えないということは、こちらからも見えないのだ。

 

「マナナなら『ちょっと自分だけ出て殺ってきます』とかいいそうなモンだが」

「基本ミラージュは、オンかオフしかないんだって。だからマナナだけがちょっと出るとかはムリみたい。どうしてもやるなら、ユーティライネンを皆殺しにする覚悟がいる」

「……得たチャンスと失ったチャンス。判断に悩むところだが……まあ遠距離攻撃に対して接近できるのは、やっぱ理屈抜きにプラスか」

「クラプトンもそう判断したみたい」

「あなたたち、なんだか感覚が麻痺しているみたいだけれど、普通に考えて100を超える死兵とか、とんでもない脅威なのよ? ルーナの安全の為にも、回避できる争いは避けるのがベターよ」

 

 そんなわけで今は、周りに合わせたゆっくりなペースで西都(ここ)へ向かっている最中である。

 

「その傘の大きさ――ユーティライネンの残党は、どの程度の数が逃げ延びていたんだ?」

「マナナが確認できただけで416名。けど『傘が1つとは限らない』っていうのがクラプトンとスゥの見解。なにせ見えないし、連中は極限まで音や痕跡を消す訓練を積んでる上に、完璧な集団行動ができる。向こうに見せるつもりがなければ、まず発見できない」

「……その規模を全部隠せるとか、やべえな」

 

 そう、やべえのだ。

 

「もし夜が明けても城の跳ね橋が下りなかったら、その全員とわたしたち5人との戦いが始まっちゃうから――死ぬ気で跳ね橋、下ろしてね」

 さらにいうなら、ユーティライネンには代理人とカチ合って貰うという大役もあるので、四方の跳ね橋を下ろすのは二重の意味でマストなのだ。

 

「大丈夫よ。きっとミゲルならやってくれるわ」

「いや、俺はあくまでフォローだからな? 主役は近衛のスパイ4人だからな? つーか四方に散らばる4人の手助けとか、お前ら、俺は1人なのわかってる?」

「なに、城内へ回された警備班は全てこちらの勢力下だ。最大限協力してくれる。やってやれないことはない……筈だ」

「それに、まだあちこちにスプーキィの撒いた血が残っているから、その配下である4人には『強力なブースト』が掛かっている状態なの。きっとなんとかなる……筈よ」

「ふわっとしてんなあ。まあやるけど」

 

 そうして最後の打ち合わせは滞りなく終了し、各自はそれぞれ所定の場所へと向かった。

 ただその中でおれだけは、とくにこれといってここから先の予定がなかった。

 

 実際のところ、さっきの最終報告を終えた時点で、この影分身(おれ)の役割はもう全て果たし終えている。

 ここから先は情報を共有するヒマなどないだろうし、ならばもうこの影分身はすぱっと解除して『向こう』に専念した方がいいだろう。

 

 ……とは思いつつも、そこでにゅっと顔を覗かせるおれ特有の貧乏性。

 まだなにかに使えるんじゃない? 勿体なくない?

 そう思い他の皆にも聞いてみたが、とくにこれといって有効な活用案はなし。

 走り回るにはスペックが低すぎてお荷物になるし、杭が撃てたところで、そもそも攻撃する必要がないように立ち回るのが『城内班』の大前提だ。そっちにおれの出る幕は一切なかった。

 

『ま、好きにしたらいいんじゃね? そういう「遊び」みたいなのが意外と(はま)る時もあるしな。それに都合が悪くなれば「解除」でばっくれたらいいんだから、ある意味お気楽にやりたい放題できるぜ?』

 

 こいつには影分身をマスターさせてはいけないと強く確信したミゲルのアドバイスに従い、とにかくおれは動いてみることにした。

 

 とはいえおれも(めん)が割れているので最低限の変装くらいは必要か。

 ちょうどスゥに押しつけられた帽子があったのでそれを被り、帽子の中に髪を全て入れる。長い髪が消えるだけで随分と印象は変わる筈。

 こうして折り畳むように入れ入れして……はい完成! 続いて鏡チェックよし! いいねいいね、結構まじで別人に見える。よし、じゃあ出発! と別館のドアを押し開けようとしたところで、なぜか向こうから引かれ勝手に開くドア。素早く押し入って来る燕尾服の男たち。すぽっとおれの頭に被せられる謎の袋。真っ暗になる視界。拘束される手足。横向く身体。わずかな揺れと共に響く足音。袋ごしに感じる外の風。うん、間違いない。今おれは運ばれている。いや、より正確にいうなら拉致(らち)られてる。こう、正面から押し入って来た燕尾服――近衛たちに、がっつりと拉致(らち)られている。

 

 

 いやいや待て待て! なんでお前ら、ここで急に強硬策に出るんだよ!? 意味不明すぎるだろ!?

 

 

 とはいえこの身は影分身。解除すれば、いつでも『逃げられる』ので、実は結構余裕があったりもする。なのでむしろ、やることが向こうから来てくれたとポジティブに捉えることにした。

 

 ――やっぱり代理人の指示?

 

 と口を開こうとしたが、なぜか声が出ない。

 頭から謎袋を被せられただけで、べつに猿ぐつわを噛まされているわけでもないのだが……どうやっても声は出せなかった。

 

 被害者の叫び声を遮断するマジカル拉致グッズを常備してるとか、近衛というより暗部とか凶手とかいった方がよさそうな連中だなおい。

 

 そんなことを思いつつ、しばらく無抵抗のまま運ばれるに任せていると……どこかにそっと置かれた。続いてぎぎぎと響く重い音。空気の流れが止まり、身をよじれば肩や足が当たることから、なにか箱のようなものにでも入れられたのか?

 当然、答えはない。

 そうしてまたしばらくキャリー。

 周囲のぼんやりした音から、たぶん数人がかりで『横になったおれが収まる細長い箱(仮)』を運んでいると思われるが……おいちゃんとまっすぐをキープしろよ、なんかめっちゃ傾いてるんだけど!?

 しかしそのまま傾いて傾いて、端に寄ったしょんぼり弁当みたいになったところで到着。

 がたん、と重い物が動く音に続いて、頭から被せられていた『謎袋』が取られた。

 真っ黒だった視界が開ける。

 

「……やあゾーイ。しばらくぶりだね」

 

 拘束され細長い箱に収納されたおれを見下ろすゾーイに、精一杯の虚勢を、可能な限り軽やかに。

 

「ええ、3日ぶりですねぇ。状況、ご理解されてます?」

「いきなり拉致されて、拘束されて、箱詰めにされてる。ひどい話だ。……なにかいうことは?」

「お帽子、ステキですよぉ。とてもよくお似合いです」

 

 せっかくの変装も、ピンポイントで拉致されたら意味なかったね。

 

「なにもしてないのにこの扱い。さすがにタダでは済まないよ?」

「大丈夫ですよぉ。アマリリスさまが何らかの『敵対的意志』をもってここに来たことは、ちゃぁんとわかってますから」

「……なぜ、そうも一方的な断言を?」

「やっぱり知らないんですねぇ。じゃあ教えてあげませんよ。当然じゃないですかぁ」

 

 わかってはいたが、お世辞にも友好的とはいえない雰囲気である。

 おれは密かに、拷問とかが始まったら瞬時にばっくれようと『解除』の準備を整えた。

 

「べつに痛めつけたりするつもりはありませんよぉ。ただ『お守り』になって貰おうと思いまして」

「……どゆこと?」

「平野部を死の世界に変えた『アレ』が、ここでも炸裂しない為のお守りです。あなたごとやる可能性も否定できませんが、できる限りのことはしておこうかと」

 

 ああ、そうなるのか。

 こっちとしても、あんなもんを町中でぶっ放すわけにはいかないんだが……まあ知らんよな、そんな事情とか。

 

「用が済んだら、この棺桶(かんおけ)ごと燃やす予定?」

 見たら1発でわかった。

 今おれが寝てるこれ、どう見ても棺桶だわ。

 

「あなたに危害を加えることはジジイから禁止されてますのでぇ。あとそれ棺桶じゃなくて『グスタフの安眠』っていう古代遺物(ロストロギア)ですよぉ」

 ジジイって、代理人のことだよな?

 なんであいつが、おれを守るような命令を?

 ていうかジジイ呼ばわりなの? もっとこうカリスマリーダーみたいな感じかと思ってたんだけど。

「それに入っている限りなにもできませんから、大人しくしててくださいねえ」

 そういってゾーイが、どうみても棺桶でしかない『グスタフの安眠』の蓋を閉じようとしたので、

「あ! 待って待って! せめてここがどこかくらいは教えてよ!」

 ぎ、ぎ、ぎ、と重い音を響かせながら細くなっていく光の隙間から。

「……前に一緒に来た監視塔ですよ」

 

 おれは今ゴールにいると、教えてくれた。

 

 ごごん、と重々しい音と共に閉まる蓋。真っ暗になる視界。

 いくら夜目が利いても、すぐ近くの蓋の裏側しか見えない。

 反射的に『闇の手』でぶっ飛ばしたくなるのをぐっと堪える。

 無意味に暴れたり、ここを脱出したりすることに、大した意味はない。

 そもそも逃げたければ、この影分身(おれ)を『解除』すればいいだけだ。

 

 

 ――『グスタフの安眠』っていう古代遺物(ロストロギア)ですよぉ。

 ――それに入っている限りなにもできませんから。

 

 

 ゾーイの物言いから、なんらかの対策は講じているのだろうが……まあものは試しと一瞬だけ『向こう』へ行ってみると――普通に行けた。

 

 うん一安心。

 

 とはいえこの状況、どうしたもんかなあと悩んでいると。

 

 

 かちゃん、と。

 

 

 音がした。

 聞き覚えのある音だ。

 最も近いのは、自販機に硬貨を投入した時の音だろうか。

 だが当然、ここには自販機などなかった。

 しかしコインを投入する物はあった。

 ワンコインで120秒だけ『見れる』ようになるそれ。

 ゾーイの魔眼と組み合わせることで、超射程の心臓破裂狙撃を可能とするそれ。

 おれたちがどうにか掻い潜ろうと必死になっていたそれ。

 

 いや待てよ、これって……。

 

 慌てて始めたカウントが131になったところで『がしゃこん』と120秒が経過し望遠鏡が見えなくなった音が響いた。結構ズレてた。自分の感覚だけで正確にカウントするのは無理かもしれない。

 

 そしてまた、かちゃんと再度コインを投入し、1、2、3秒で再び視界が開ける。

 そうだ。そうだった。コインを投入してからの3秒が妙に長かったのをよく覚えている。

 

 つまり、この音を聞けば。

 そして、正確にカウントを刻めば。

 

 ゾーイが望遠鏡を使用不能になる3秒間が、わかる。

 一方的にマナナが勝てる3秒間が来るタイミングが、わかる。

 確実に『勝てる』筋道が、見えた。

 

 

 

※※※ 当日、未明 ※※※

 

 

 

「――というわけで拉致(らち)られたけど、ゾーイが望遠鏡を使えなくなる3秒間を把握する方法を手に入れた」

 

 いよいよ夜明け――見張り塔突入まであと数時間となった暗黒カラオケルーム内。

 こいつは大金星だぜ! とうっきうきで伝えた対ゾーイの切り札はしかし、ふーんそーなんだーと軽く流された。

 

「え? なにその関心の低さ、おかしくない?」

「いや、カンシンもなにも、それめっちゃ微妙じゃない?」

 闇トランプを用いた七並べっぽいゲームをしながら、ルーナが声だけで返事する。

 

「まあそっすねー。ていうかアマリリスさま、さらっと拉致(らち)られてるのマズいですって。殺されたりしたらどうするんすか? さっさと解除した方がよくないすか?」

 同じく闇トランプ片手のマナナ。

 

「たしかに、無用な危険は避けるべきだ」

 最後の1枚を場に出し勝ち抜けたスゥが、ちらりとこちらを見る。

 

「……あれ? 思ったより評判悪い?」

 おれ的には最高の切り札ゲットだぜ! なつもりだったのだが。

 

「いいや、評判云々ではなく、そも前提が違う」

 このスローペースなら御者台にいなくてもいいだろ、と闇トランプに参加しているクラプトンが、なぜか得意気にいう。

 

「9代目は『このままでは勝てない』という前提でことを進めている。対してレディとサンチャゴは『このまま行けば勝てる』と考えている。双方のズレは、そこに起因している」

 

「え? マナナ、そうなの?」

 このまま最後までとか、行けるわけないじゃん。

「え? アマリリスさまこそ、ここから引っくり返されると思ってるんすか?」

 

 いや、引っくり返すもなにも。

 

「今のこの安全って、ユーティライネンの都合ひとつで消えちゃうよね? 目的も違う、仲間でも契約関係でも友人でもないやつらとか、絶対にどこかの時点で『こちらの望みとは異なる行動』を取るに決まってるじゃん。現にこっちだって、向こうを使い捨てる気満々だし」

「そりゃまあそうっすけど……今回の場合、最悪でも城の跳ね橋が下りるまでは行けますよね? あそこまで接近しちゃえば、あとはどうとでもなりません?」

「まーそうだよな。もしユーティライネンが襲いかかって来たとしても『動くな』で止まるだろうし、全力でダッシュすればすぐ城内に入れるし」

 

 まあ確かにその通りではあるのだ。

 この2人には、実際にそれができるだけのスペックがある。

 普通なら、きっとそれで決着がつく。

 

 向こうが、敵が、こちらの想定を超えて来ない限りは。

 

「……クラプトンも『このまま行けば勝てる』派?」

「笑止。全てが思い通りに行くというのなら、とうの昔に『闇の薔薇』は大陸全土を制覇しておるわ」

 いいね。きれっきれの正論だ。

 事実から得る学びは重いよね。

 

「ならクラプトンも、なにか用意してたりする?」

「ふむ。そろそろ良い頃合か。よろしい、今こそ我が当初から考えていたプランを説明しよう」

 

 そういってクラプトンは『当初から考えていたプラン』とやらを披露した。

 なるほど、たしかにクラプトンとルーナが行動を開始した当初には、スゥやユーティライネンがこの場にいる想定などなかった。見張り塔を目指す話など影も形もなかった。

 だが使える。

 今でもなおそのプランは使える。

 いやむしろ賑やかしやサポートが増えた分、より確実になったとすらいえる。

 

「え? やだよ、そんなの。したくない」

 

 当然のようにルーナが拒否する。

 だがおれの中ではもうほぼ決まりだ。

 なにせ。

 

「いいやルーナ。やろう。やればほぼ確実に勝てる」

「そんなことしなくても勝てるって」

「向こうもそう思うだろうから、このプランには価値がある」

「おまえ、他人事だと思って好き勝手いってるだろ?」

「だったらここで、ルーナと意見をぶつけることはしない。他人事なら適当に話を合わせてお終いだよ。どうでもいいからね」

 

 だが今は、今回は違う。

 

「わたしは、ルーナを勝たせたい。その為にできることは全部やるべきだと思ってる。もしこれが無駄な空振りに終わったとしても、どの道ルーナは勝てる。だからその場合は最後に『思ったより相手がヌルかったね』って笑うだけでいい」

 なんなら「やっぱりいらなかったじゃねーか!」と(なじ)られてもいい。その程度、リスクとカウントするには安すぎる。

「けどもしこれをやらずに失敗したら、絶対に『やっとけばよかった』ってなると思う。ならやろう。やった方がいい。向こうはホームでこっちはアウェイなんだ。基本、どう頑張っても不利なんだ。やりすぎくらいやって、ようやく五分だとわたしは考えてる」

 

 代理人――マット・フレデリクセンはもちろん、その指揮下にある近衛たちも本気だ。

 本気のやつらの全身全霊は、容易くこちらの想定を超えてくる。

 

「いや、けどほら、なんか病気とかになったらイヤだし……」

「そこは心配無用。基本的に夜の母(ナイト・マム)は病に罹ることはない。気にせず行くといい」

 う、と言葉に詰まったルーナは、しばし悩むような素振りを見せてから……ああもう! と大きな声を出した。

「わかったよ、やるよ! やればいいんだろ!」

「よろしい。その出来ることを惜しまぬ姿勢、ゆめ忘れぬように。では具体的な経路だが――」

 そうして懐からいつかの紙束を取り出したクラプトンを横目におれは考える。

 

 本当に、これで全部か?

 もうできることは、残ってないか?

 今可能な限りの準備はやりつくしたか?

 

 そうしてぼんやりとカラオケルーム内を眺めていたおれの視界にふと入ったそれ。

 ルーナが脱いだ服が雑に何枚も重ねて置かれ、1番上にはマナナが被っていた帽子が乗せられているそれ。

 服や帽子を除けると、重量級かつダークメタリックなそれが姿を見せる。

 ギラつくボディに巻き付くゴン(ぶと)なシルエット。

 最初の方にちょろっと使って以降ほとんど出番がなかった必殺の超ギミック――電動ウインチ君とワイヤー先輩だ。

 

「なあクラプトン。これってもう、使ってないの?」

「ああ、それはな、()()()()レディの鍛錬には使えなんだ。当てれば『絶対に死ぬ』は破格すぎる故、成長の階段を腐らせるおそれがあった」

 まあ変に自惚(うぬぼれ)れちゃっても困るもんね。

「じゃあこれ、もう消していい?」

 再装填。巻き取るタイミング。残す人員。ここから先で使うには問題が多すぎる。

「構わぬが、消して如何する?」

「当然、次の『再現』を準備する」

 

 ……とはいったものの、具体的にはなにをどうするか、ぱっと出て来ない。

 なので聞いてみる。

 

「マナナはさ、ここから先はどういう展開になると思う?」

「うーん、そうっすねえ……たぶんアマリリスさまのいう通り、城の四方の跳ね橋が下りた時点でユーティライネンは好き勝手に動き始めると思います。けど理由がないんで、こっちに襲い掛かってくることはないと思います」

 

 ルーナの予想よりも向こうが理性的なパターンだな。

 

「連中は『1を皆で共有する力』があるんすよね? ならいざ四方の跳ね橋が下りて突入開始! ってなると『透明化』じゃなくて、もっと戦闘向きの能力に切り替えると思うんすよね。敵の居城に殴り込むまで肉薄したら、もう透明である利点とか特にないんで」

 

 ロニーのいってた『無限の拡張性』とかいうやつか。

 最悪、ギーラの『消失』を全員標準装備とかもできちゃうわけか。

 ……これ、ギーラが健在だったら、くそやばかったんじゃね?

 

「そうして『透明化』が解除されると、当然ゾーイはいきなり目視できるようになった敵の大軍を慌てて捕捉(ロック)します。まだ跳ね橋は角度的に『見える』んすよね?」

「うん。実際に東門からこっちに歩いて来るマナナは見えてた。跳ね橋を渡り切って、少し城内へ入るともう角度的に望遠鏡で追うのは無理だったけど」

 

 基本『観光望遠鏡』は、そんなに急角度で足下を見れるようには設計されていない。当たり前の話だが、あくまで遠くを見る為の道具なのだ。

 

「ならゾーイは、城内を防衛する味方の負担を少しでも減らそうと、とにかく連打して敵の数を減らすと思います。そこをわたしが『燃やし』ます。向こうの頭に『逆に狙撃される』という可能性がない以上、これは確実に決まるかと」

 

 つまりユーティライネンは(おとり)か。

 

 たしかにこの展開だと『ゾーイが望遠鏡を使用不能になる3秒間』がわかったところで大した意味はない。

 そんなことしなくても、普通に横っ面を殴って勝てる。

 必死にユーティライネンの大軍を潰している最中のゾーイが、なんか凄い直感でマナナに気づけたとしても……絶対にマナナの方が速い。

 向こうがなにかする前に、ずどんだ。

 

 

 そこで、てぃん、ときた。

 つまりこれは狙撃対決。

 ぱっと思い出す、スナイパー対スナイパーがメインの戦争映画。

 同志諸君サイドが主人公陣営の珍しい作品。

 お偉いさんの名前が付けられた都市を死守するくっそ男前な羊飼いと、ワリと外道だけど最期がやたらと格好いい敵のイケオジとの対決を描いた、基本じっとしてる狙撃手がメインの、ある意味珍しいエンタメ作品。

 

「なんすか、そのニッチなやつは? 誰向けなんすかそれ?」

 

 ひたすらに格好いいボルトアクションライフルというイケメン武器(ウェポン)を知らないマナナには、きっとこの魅力は伝わるまい。

 おれは早々に説明を諦めた。

 

「……あれ? けどこれ、実際にやろうと思うと……」

 状況は合致するが、有効に使える場面(シーン)が思い浮かばない。

「あの、サポートしようとしてくれるのはありがたいんすけど、現状でもう十分といいますか、別にこれ以上欲しいものがないといいますか」

 

 うーん、本人もこういってるし、これは路線を変えるべきか?

 

 電動ウインチ君とワイヤー先輩をバラしたことで置き場のなくなったルーナの服を畳みつつそんなことを考えていると……つば付きの帽子(マナナ変装用)だけが、ぽつんと最後に残った。

 あ、これどうしよ? 帽子を無理に畳んでつばに変な折り目とかついても……などとしょーもないことを考えるおれへと不意に訪れる、気づき。

 

 つば付きの帽子。

 マナナが被って来たつば付きの帽子。

 ワリと外道だけど最期がやたらと格好いい敵側のイケオジがラストシーンで被っていたのと似たようなタイプの――つば付きの帽子。

 あ、これいけるわ。

 マナナとゾーイはライフルじゃなくて魔眼で撃ち合うから、これはまじで逆転の一手になり得るわ。

 

「――よしマナナ。とりあえず、この帽子はずっと被っておいて」

「いいですけど、被ったらどうなるんすか?」

「マナナがゾーイに完全敗北して、もうあとは死ぬだけってなった時、一気に逆転できる」

「……いやなんでわたしが負ける前提なんすか?」

「だって普通にいけば勝てるんだから、手を加えるとしたら『普通にいかなかった場合』でしょ、どう考えても」

 

 そこでマナナは真面目な顔をして。

 

「なんでアマリリスさまは、そこまでゾーイにこだわるんすか?」

 

 なんでってお前、そんなの……。

 これまで頭の中にふわっとあった懸念を、危機感を、言語化する。

 

「代理人がどれだけ強くても、近衛にまだ知らない凄いやつがいても、ルーナの『強制』を受ければそれまでだ。声が届けば無力化できる」

 クラプトンのような例外は『こっちにはいない』らしいので除外する。

「だから問題は声の届かないやつ。声の届かない『遠く』から一方的にルーナを殺せるやつになる。つまりゾーイは、現状ただ1人の『ルーナを殺し得る最悪の敵』なんだ」

 もし他にいたとしても『一斉放送』でまとめて無力化できる。

 しかしゾーイとは、絶対にカチ合うことが確定している。

 なにせゾーイは『一斉放送』の発信元である見張り塔に陣取っているのだ。ゾーイの排除は絶対に避けては通れない。

 

「わたしは、ゾーイが最後で最大の敵だと考えている。ここでの勝ち負けが、そのまま全体の勝敗に直結する。だからやれることは全部やる。勝つ為に、負けない為に、是非マナナも力を貸して欲しい」

 

 

 

※※※ 当日、夜明け前 ※※※

 

 

 

 西都への侵入は音もなく行われた。

 元々の外出禁止令と、いまだその影響が色濃く残るスプーキィによる無差別攻撃の影響も相まってか、夜明け前の西都には誰一人として出歩いている者の姿はなかった。

 

 がしかし、今この西都の大通りを始めとするあらゆる街路には、ほぼ途切れる隙間がない頻度で人の波が流れている。

 ただ、見えず、立てる音が最小限で、誰一人として無駄口を叩かないだけで、おそらくは軍勢と呼ぶに相応しい規模の数が、こうしている今も淀みなく着々と行進し続けている。

 

 

「これ、お互いの姿は見えてるのかな?」

 ちなみにおれにはさっぱり見えてない。

「そりゃ見えてなきゃこの動きは無理っすよ。客人(ゲスト)になった外法には、ほんのりと見えてるらしいっすよ?」

「あ、やっぱりそうなんだ。実はどうやって周りのペースに合わせてるのか、ちょっと不思議だった」

 

 そこで、かちゃん、と音がしたので、手元に置いてあるバケツを2つ連結したようなサイズ感のくそでか『闇砂時計』を引っくり返す。全ての黒い砂が落ち切れば123秒で、ご丁寧にも最初は3秒、以降は10秒ごとに白線でメモリと数字が刻まれている。

 製作者のクラプトン曰く『闇の薔薇の教育や拷問の現場でよく使われる定番グッズ』らしい。

 

「それ、片耳だけが『向こうの音』を聞いてるんすか?」

「そうだよ。前に1度ルーナが体験させてくれてさ。あれをパク――参考にした」

 

 そうして黒い砂が全て落ちると同時に『がしゃこん』と120秒が経過し望遠鏡が見えなくなった音が聞こえる。

 よし、引っくり返すタイミングは掴んだ。もうばっちりだ。

 そしてまた、かちゃん、とコインの投入音がしたので『闇砂時計』を引っくり返す。

 

「いらないと思うんすけどねー。それも()()も」

 いってマナナが、被っている帽子のつばをべしっと叩く。

 やはり自分の失敗を前提とした準備は、面白くないのだろう。

 おれはノータイムで話を逸らす。

 

「市街地で近衛は襲って来ないみたいだね」

 窓を少しだけ開けてみるが、外はほぼ無音。荒事や戦闘の騒音はなし。

 静かに、しかし一定の速度で着実に事態は進行している。

 おれたちの乗る『カスタムルーナ号』も周囲の速度に合わせ、早歩き程度の速度で進み続けていた。

 

「……たぶん向こうは『何らかの手段』で多数の()()()()敵の存在を察知していると思います。さすがにここまで無反応なのは、そうでもなければ説明がつきません。普通、もっと警邏(けいら)がいますよ。ユーティライネン討伐にスプーキィの反乱と、見回りを絶やす方がおかしいレベルの異常事態が連続してますから」

「まあそうだね」

「ですが、わかってはいても敵の規模が不明なので、無闇に打って出るわけには行きません。普通に考えたら篭城です。幸いにも近くにユーティライネン討伐の連合軍がいます。緊急時の連絡方法くらいは用意しているでしょうから、少しの間だけ耐えれば敵を挟み撃ちにできます。襲って来ないんじゃなくて、襲う理由が、無理をする理由が、ないんです」

 

 マナナお前さぁ。

 ドンパチ系の話になるとめっちゃ細かいところにまで頭が回るのに……なんで普段はああなの? 悲しきモンスターなの?

 

 などと余計なことはいわず、うんうん、と頷いている内に、いよいよ城が近づいて来た。

 

「お? ユーティライネンが散開しましたね。やっぱり東西南北の4方にそれぞれ戦力を均等に配分するみたいっすね」

 開けた窓から外を眺めてマナナがいう。

「わかるの?」

「数が数なんで、完全に音を消すのは無理っすからね。呼吸、衣擦れ、こぼれた足音。そういうのを聞けば、大まかな流れくらいはどうにか」

 

 そうしておれたちの乗る『カスタムルーナ号』はそのままゆるゆると進み、かつて東門があった付近で停車した。不自然に空いている前方のスペースには、ユーティライネンの皆さんが待機しているのだろう。

「これ、わたしらは最後尾ですね。邪魔すんな黙ってみてろ、って感じっすかね?」

「思ったよりもいいやつらだね、ユーティライネン」

「向こうは冷遇してるつもりなのが面白いっすよね」

 

 スプーキィによって『溶かされた』元東門の向こうには、同じくスプーキィが降らせた血の雨によって真っ赤に染まった元ドブ川――じゃなくて、川と呼んでも差し支えない規模の馬鹿でかい堀に湛えられた大量の水(赤)が、どろりと行く手を阻んでいる。

 

 予想通り、跳ね橋は上げられていた。

 

「これ、泳いで渡るのは無理だよね?」

「ムリっすね。元々汚かった水質が、スプーキィの『血の雨』が追加されてガチの毒になってます。水質の問題を無視しても、この距離を着衣水泳して、対岸に着いたらそのまま取っ掛かりなしのロッククライミング。しかも大軍だから数珠繋ぎ。石とか熱湯とか上から落とされるだけで、ほぼ全員死ぬんじゃないっすかね」

 

 うん、無理だね。

 というか堀の防御力がエグすぎるね。

 さらにいうなら、

 

「予想ならもうちょい、堀の水、ましだったんだけどなあ……」

「あ、もしかしてスプーキィの『血の雨』のこと忘れてました?」

「うん。普通にドブ川だと思ってた」

「それ、本人にはいわない方がいいっすよ。たぶんガチ切れしますから」

 

 マナナの貴重なアドバイスを真摯に受け止めつつ、おれは明けそうで明けない夜の境を見つめる。

 朝日が昇るまで、あとほんの少し。

 

 

「これ、跳ね橋が下りなかったらどうしよ?」

「大丈夫っすよ。もし近衛スパイ組の4人が失敗しても、最悪ミゲルさま1人で全部下ろせますから」

「さすがにそれは無理じゃない?」

「できますよ、ミゲルさまなら」

 即答である。

「……そんなに凄いの? ミゲルって」

 強いのはわかる。ただおれには、富士山とエベレストの違いはわからない。どちらも「凄ーい高ーい!」としか思えない。

「ええ、凄いっすよ。わたしも初めて見た時はびっくりしましたからね。魔女(ローゼガルド)さまを、正面から殴り殺せる生き物が存在するとか、正直A&Jをナメてました」

 ただまあ、魔女(ローゼガルド)さまが正面からの殴り合いに付き合うことなんて絶対にないんすけどねー、とマナナがおどけたところで、

 

 

 ――朝日が、その顔を覗かせた。

 

 

 曖昧な薄闇に陽が差し込む。

 同時に巻き起こる、風。

 一瞬だけ遅れて響き渡る、どごん! という轟音。

 天と地が震えるような衝撃に、馬車の窓がびりびりと振動する。

 超特大の質量――馬鹿でかい、もはや伊達とはったりに全振りしてるという他ない跳ね橋が、一息で強引に下ろされていた。

 

 成功だ。

 予定通り、夜明けと同時に跳ね橋は下ろされた。

 薄闇に反射した超視界で確認すると、どうやら東西南北4方全ての跳ね橋がほぼ同時に下ろされたようだった。

 

 会話をしながらも引っくり返し続けていた『闇砂時計』を見る。

 ゾーイが『観光望遠鏡』を使用不能になるまで、残りおよそ60秒。

 

 そこで一斉に上がる雄叫び。

 思わず窓を閉めたくなるような音量の、優に100を超えるであろう、気合のこもった雄叫びの大合唱。

 同時に現れる、跳ね橋を埋め尽くす人の波。レザーの黒い光沢が彩る人の濁流。全ユーティライネンがその姿を(あら)わにした。

 

 ――どうやら向こうには、とんでもない飛び道具があるらしい。自分達はそれを警戒している。

 

 という内容は伝えていたが、やはりマナナのいう通り、多少の『損害』よりも士気と勢いで押し切る方を選んだようだった。もとより死兵の彼らとしては当然の選択なのだろう。

 

 マナナが窓を全開にし、身を乗り出す。

 

 なんにせよ、状況は始まった。

 あらかじめこちらの立てていた予想に近いかたちで幕を開けた。

 ならばもうあとは――とくにおれには、やることがない。

 そう。まじでない。

 順当にいけばユーティライネンを1人でも多く潰そうとするゾーイを、横からしゅぼっとマナナが燃やしてお終いなので、どこにもおれの出る幕はないのだ。

 

 かといってなにもしないのもあれなので、ユーティライネンの数でもカウントしてみようと薄闇に反射させた視界を駆使してみると……10の10でおお凄い、各方位にそれぞれ200人以上いるぞこれ。まじで『傘』はもう1つあったんだ。

 

 などとしている内に、砂時計は残り50秒に。

 

「どうマナナ? ゾーイ、燃えた?」

「いやなんすかあいつ! 常に動き回って捕捉(ロック)できないんすけど!」

 

 は? 常に動き回るって、あの監視塔の部屋で?

 

「ゾーイは備え付けのごつい望遠鏡、覗いてないの?」

「なんかごついのに目を当てたまま、ぐるぐる走り回ってるんすよ!? なんか途中で止まったり逆回転したり――ああくそっ! なんで急にしゃがむのよ!?」

 

 は? 走り回ってる? なんで?

 

 意味がわからないまま、砂時計は残り45秒に。

 

 さらにわからないのが、ゾーイはまだ1発も『打って』はいないという事実。

 突撃を開始したユーティライネンの大軍は、すでに跳ね橋の中間地点を越えた。

 それは目の前の東側だけではない。他の3方でも、ほぼ同じペースで進攻している。

 

 なのにまだ、誰1人として倒れていない。心臓が破裂していない。なぜかゾーイは『打って』いない。

 とっくに捕捉(ロック)はできている筈なのに、なぜ打たない?

 事故やトラブルではない。ゾーイは元気に動き回っている。なら、普通に考えるならば。

 ……まだ、準備が完了していないから?

 

 浮かぶ回答例。あり得る可能性。おれは知っている。既にどこかの天才が出したその答えを、ただの知識として知っている。そう、今回の場合は――多数を照準する際の、最高効率。最適解。

 

「よし止まった! ()った!」

 

 きっとゾーイが止まったのは、木槌を振り下ろす為だ。

 振り下ろすということは、捕捉(ロック)が完了したということだ。

 こちらから見えるということは、向こうからも見えている。

 つまりタイミング的にはほぼ同時。

 心臓に杭を打ち込まれると、間違いなく即死する。

 だが人は火だるまになったとて、即死はしない。

 もしマナナの発火が、術者(マナナ)の死亡と同時に消える類のものだったなら。

 

 負ける。一方的に。

 

「マナナ! 引っ込め!」

 

 いいながら全力でマナナの身体を引っ張る。

 斜めを向いた視界に映る砂時計の残りは40秒。

 

 空間が砕ける音が、した。

 同時に流れ、回る視界。

 わけもわからず転倒して、後頭部を強打し――たけどふかふか絨毯のおかげでほぼノーダメージ。

 ただ仰向けに倒れたおかげで、よく見えた。

 もうすっかり見慣れた、暗黒カラオケルームの天井が……砕け散っていた。

 外からの衝撃に屋根ごとぶち破られ、明け方の薄闇が満ちる空と直通になっていた。

 

 だから、さして反射させることもなく、すんなりと確認できた。

 

 跳ね橋へと殺到していたユーティライネンのおよそ7割が、倒れていた。

 誰も彼も自身の血の海に沈んでおり、当然ながら動く者はない。

 死因は見なくてもわかる。いうまでもない、心臓破裂だ。

 それがここ東側だけでなく、西でも南でも北でも、全く同じことが全箇所で同時に起きていた。

 

 つまりこれは、効率化。

 100を殺るのに、いちいち100回も木槌を振り下ろしてはいられない。

 多勢を相手取る為の、手順の短縮。

 ゾーイの辿り着いた最適解。

 そう、おれの知っている言葉でいうのなら。

 

 

 ――複数同時照準(マルチロックオン)

 

 

 だろうか。

 

 

 ……うん、サボらないで、手を抜かないで、よかった。

 ……いや、というか、ダメだろこんなん。バランスブレイカーどころの話じゃねーだろ、アホじゃねーのまじでさあ! なんでお前だけ超殲滅兵器みたいなムーブしてんだよ? それ本当は観光地の賑やかしグッズなんだぞ!? なんでそれがこんなガチな兵器になってんだよおかしいだろ!?

 

「……アマリリスさま、生きてます?」

「……うん、なんとか」

 

 そう、生きている。まだ死んでない。

 たぶんおれたちの分は、暗黒カラオケルームが受けてくれた。

 ミゲル風にいうなら、まだツキに見放されてはいない。

 いや、どちらかといえば、どうしようもないくらいにラッキーだ。

 本来ならこれが、キロ単位の遠距離からバンバン飛んで来るのだ。

 そう考えるとおれたちは、間違いなく考え得る限りの最適解を連発している。

 そうだ、あともう少しだ。あとほんの1歩だ。

 

 泣き言を噛み砕き、飲み込む。

 こちらはこちらで、できる限りをやるしかない。

 とりあえず寝たままで、死んだフリ作戦をしながら声をかける。

 

「マナナ、複数同時照準だ」

 つまり囮作戦は無意味。囮と一緒にまとめて打ち抜かれる。

「わたしの『発火』は、わたしの意識と連動してます」

 端的に伝えられる必要な情報。

 つまりマナナが死ねば消える。

 相討ちは実質敗北。

 なら狙うは、向こうの止まる3秒間。

 2人同時にちらりと見る。

 砂時計の残りは20秒。

 あと20秒、あれにマナナが殺されなければ、いける。

 

 そこでもう1度衝撃。

 おそらくは、残り3割のユーティライネンとの同時照準。2度目を打つことから、ゾーイはこちらの生存を把握している。死んだフリは通じないのか!

 

 今度は壁際へと叩きつけられる。しかしマナナが引っ張った闇クッションのおかげで快適な壁ドンを実現できた。

 ただ暗黒カラオケルームの右壁が、跡形もなく砕け散った。ルーナの服やクラプトンの私物がぼろぼろとこぼれ落ちてゆく。

 

 ――15。

 

「――クラプトン! あとどれだけ持つ!?」

「次で最後だ!」

「今12!」

「待たず仕留める!」

 

 いうと同時に急発進する。跳ね橋へ向け駆け出す。

 暗黒カラオケルームこそ半壊しているものの、その他全てはいまだ健在。ならば当然、ムチを入れれば馬(もどき)は走る。

 いやなに前進してんだよ! と声に出しそうになったが、ぐっと飲み込む。

 そうだ。目的としては間違ってない。死ぬほど嫌だけど正解ではある。

 

 ――10。

 

 がががん!

 という、まるで同じ箇所を連続でぶん殴られるような衝撃と共に、とうとう暗黒カラオケルームが瓦解する。

 車体が崩れ、車輪が脱輪し、ちらりと見えた4頭の馬もどきの心臓が同時に破裂し、さらに当然の結果として、御者台にいたクラプトンの心臓もまた破裂した。

 

「……ははっ、ふは、はは、ハハハハハハ――!」

 

 大笑。

 そして唐突に、秘儀は開陳される。

 

 

 原理としては、4代目伝承大魔術(塩の杭)と同じ。

 あれは、左手薬指だった。

 

 5代目伝承大魔術(これ)は、心臓だった。

 

 

(まわ)れ」

 

 

 はっきりとした発声。求めに応じ、渦を巻き始める目視できないなにか。

 こうして心臓が破裂した後も口が()けているという事実から浮き彫りになる特異性。

 さっぱり理屈はわからないが、クラプトンは心臓が破裂しても死なないらしい。

 いやそもそも、心臓の破壊を前提とした秘術があるということは、最初からそれは想定済みなわけで……ダメだ、もうこの時点で意味がわからない。

 

 

(まわ)れ、(まわ)れ」

 

 

 しかしおれの理解があろうがなかろうが、関係なく陣は回る。

 目視できない『なにか』にこびり付いた闇が、さも当然のように現実を回し始める。

 濃密すぎる闇となにかの混合物が、訊いてもいない情報が、勝手に渦を巻き始める。

 

 それは、絶対に己からは手を出さなかった、盟主としてはあり得ないほどに温厚だった彼女の法則。

 自ら他を傷つけるなど言語道断。ただし、それでも一方的にこちらを傷つけてくる輩には――同じ傷を与えてやれ。一族郎党縁者全てに与えてやれ。際限など設けなくて良い。慈愛と惰弱を間違えてはならぬ。だから回れ、

 

 

(まわ)れ、(まわ)れ――反痕陣(ばんこんじん)!」

 

 

 受けた恩を後進へと回すが如く、注がれた愛を次へと与えるかのように。

 この痛み、この傷、この損壊、全て全て、お前と、お前の縁ある全てに、(まわ)れ、(まわ)れ、(まわ)れ――!

 

 目蓋の上でうごめく闇に、視線が吸い上げられる。

 雲の高さに、雲でないものが居座っている。

 大小無数の円を組み合わせた、噛み合わずに回り続ける歯車。

 あまりの規模の大きさに、おれの視界に映るのはごく一部でしかないが……うごめくなにかの集合体が、それぞれ相反する方向へ回転し続けている。

 

 おそらくあれが、反痕陣(ばんこんじん)

 

 自身が受けた傷を返すという、4代目伝承大魔術(塩の杭)に比べれば随分と大人しく感じる5代目伝承大魔術。

 ただ特筆すべきはその規模。

 今回の場合、当の本人であるゾーイはもちろん、その仲間たる城内にいる全ての者、その暮らしを支える西都の住人、果てはゾーイと同郷であるという理由で、西イルミナルグランデに在住する全ての者にまで及ぶ、もはや偏執的としかいいようのない広大な効果範囲。むせ返るような憎悪と執着、その発露。

 

 ちなみに、クラプトンがねじ込んだ例外は、おれとルーナとスゥのみ。

 それ以外の全ては、先のクラプトンと同じく、ことごとく()()()()()する。

 

 そう、唯一の課題であった殺傷力の低さも、心臓が潰れても死なぬ身を実現することで解決済み。なぜそんな発想に至るのか理解できない、つっ込みどころしかない攻撃力アップ方法に彼女生来の偏執狂的性質。

 それら全てが今ここで結実し、(まわ)り、(まわ)り、(まわ)って、飽和する。

 最も温厚で最も加減を知らなかった偏愛の第5代目盟主、その置き土産。

 因果逆流の、いや、因果逆流を悪用した大量虐殺大儀式、反痕陣(ばんこんじん)

 その地獄の蓋が弾ける刹那、クラプトンは足下に空いた黒い穴にすぽっと落ちた。

 

 あれは――ピラミッドさんの強制お帰りホールだ!

 

 ナイスだピラミッドさん!

 つーかクラプトンお前、ノリとフィーリングでなにかまそうとしてんだよ!?

 屍の山にルーナとスゥの2人だけ残してもしょうがないだろ!?

 せめてシィスとビイグッドくらいはセーフにしとけよ!?

 などと内心激しくつっ込みながらも、おれの身体は地を滑る。

 馬が走り出してから暗黒カラオケルームが崩壊したので、その勢いのまま投げ出され、今もごろごろと転がっている真っ最中なのだ。

 

 腹筋運動をする時のように両手で後頭部を守ってはいるが……全身もれなく、めっちゃ痛い。

 しかしそんな中、同じくごろごろとおれの隣で転がるくそでか『闇砂時計』が、重力ガン無視で最後の一粒の砂を落とす。

 

「――ゼロッ!」

 

 マナナがどんな状態でも聞こえるように、できる限りのでかい声で叫ぶ。

 直後、馬車の残骸の中から聞こえる無機質な声。

 

「燃えろ」

 

 腹這いのまま望遠鏡を覗いたマナナが、完璧にゾーイを捉えた。

 光とほぼ等速で走るなにか。

 おれには見えないが、間違いなく今ゾーイが燃えた。

 

 ただ、誤算があったとすれば。

 

 たしかにこの数秒間、ゾーイは『観光用望遠鏡』を使用不能にこそなったが……決して、ものが見えなくなったわけではない。

 突如火に包まれたゾーイは、ただ狼狽(うろた)えるのではなく、瞬時に反撃に出た。

 

 

 ――わたしたちの視線には独特の波長が混ざります。それを感知できなければ、同型との選抜試験で生き残るのはまず無理です。

 

 

 きっとこの土壇場で、ゾーイはできた。

 できなきゃ死ぬから、きっと全力で必死になって、どうにかやってみせた。

 大まかにだろうが、マナナの、敵手の位置を特定してみせた。

 

 見張り塔頂上から跳ね橋までは、決して裸眼で見えない距離ではない。

 ただそれでも、とてもじゃないが顔の判別なんてできないし、馬車の残骸に紛れるマナナを正確に見分けることなど不可能だ。

 だから、おおよその位置へ打ち込んだ。

 対象を人物ではなく空間へと固定し、ありったけの数を打ち込んだ。

 

 手動照準。あるいは感覚による手打ち。

 実用化――最適化が成される過程で削られたであろう、命中精度が論外な、いわば無駄な機能。不要なリソース。オミットされたあそび。

 だからマナナの頭には欠片もなかった、完全な心理的死角からの反撃。

 

 当然、命中率は論外といわれる極低レベルではあるが、狭い範囲に対して打たれた『釘』の数は10や20ではない。その正確な数はおれにはわからないが……その内の2本が、マナナに直撃した。

 腹這いのまま望遠鏡を覗くということは、一番前に出る最も面積の大きな部位は顔だ。

 そこに2本、片目に1本ずつ、ゾーイの『釘』による打ち込みが突き刺さった。

 

 よりにもよって目が潰された。

 この時点で、ここからゾーイに有効打を与える方法はなくなった。

 さらにいうなら、いざという時の為にマナナが被っていた帽子も、単なるお洒落アイテムになってしまった。

 

 最悪のケースだ。事前の準備が全部、向こうのパワーと根性でぶち破られた。

 ……どうしよこれ、まじで。

 おれはもういっそ、叔母上の、

 

 

「――ナメてんじゃねえぞ! こちとら、最新式なんだよ!!」

 

 

 がばっとマナナが顔を上げる。

 がしかし、やはりその両目は潰されており、どう見ても機能していない。

 

 にもかかわらず。

 

 どうしてか、一気に温度が上昇した。

 唐突な熱源の登場に、ほんの数瞬だけ大気が歪む。

 もうマナナは見えていない筈なのに、爆発的に上昇し続ける出力。

 その収束する先は、ゾーイの陣取る見張り塔。

 見えていないマナナが、目標を捕捉(ロック)しているという矛盾。

 

 そこで不意に思い出す、マナナの識別名(コード)

 ()()()集光レンズ2型。

 その名に反してマナナはこれまで、目という実物が存在する『レンズ』しか使用していなかった。

 

 しかし、こうして先に結論を見てしまうと、逆算してその仕組みが理解できてしまう。

 ネグロニアの研究の意図が、ロクでもなさが、これでもかという程理解できてしまう。

 

 端的にいうと。

 

 2つの『目』は補助輪であり、制御装置。

 外してからが、機能の断絶によるリミッター解除が成されてからが、概念式集光レンズの本領発揮。

 ただ基本的に自壊しちゃうレベルの、ワリと洒落にならない超高出力が出ちゃうから取り扱いには注意してね!

 あと眼球はいくらでも治せるからバンバン潰して大丈夫だよ!

 最高の切り札として、クールに活用してくれよな!

 

 ……こんなコンセプトの代物を研究、量産しているのだから、まじで笑えない。

 

 なのに今マナナはにっこにこで、その超高出力を全力全開でぶん回しており――あ、これ本当にダメだ。このままじゃ確実に見張り塔自体が『蒸発』するわこれ!

 

「――ストップだマナナ! それ以上はまずい!」

 

 だがそこは安定のマナナ。

 初対面のおれを道連れに、勝てないグリゼルダへと特攻をかまそうとしたやつである。

 つまりは、熱くなると見境(みさかい)がなくなる。

 そして今彼女は、最高にホットだ。

 

 

 止まらない。

 

 

 え? まじで? こんなしょうもないフレンドリーファイアで終わるの? だって今あそこには、

 そんな最低な結末を迎える刹那、マナナは足下――正確には腹這いになった腹下――に空いた黒い穴にすぽっと落ちた。

 

 あれは――ピラミッドさんの強制お帰りホールだ!

 

 ナイスだピラミッドさん!

 つーかマナナお前、ノリとフィーリングでなにかまそうとしてんだよ!?

 ちょっとだけ叔母上の気持ちがわかったわ!

 最悪なタイミングで制御不能になる超火力とか、どんな敵よりもやべーじゃねーか!

 

 などと内心激しくつっ込みながらも今おれは、跳ね橋の最初の方で寝転がってびくんびくんしてる。

 超視界を駆使してクラプトンやマナナの様子をずっと追っていたせいで、おれ自身の受け身が疎かになっていた。さらに途中で叫んだのがまずかった。もろもろの衝撃が、めっちゃ内臓にどすんときてる。

 痛すぎて、動けない。

 

 まあ動けたところで、意味があるかはあやしい。

 

 なにせ次ゾーイに打たれたら、おれの心臓は破裂する。回避や防御の方法は……とくになにも思いつかない。

 

 そこで響く、かちゃん、というコインの投入音。

 

 ここまで随分と間があった。

 おそらくゾーイも無事ではない。マナナの発火は確実にゾーイを燃やした。

 それでもなお動くあいつは、間違いなく『ガン決まり勢』の一員なのだろう。

 結局のところ、あいつのパワーと精神力に、こちらの準備は全て蹴散らされた。

 その上これから最後の仕上げとして、おれの心臓までぶち抜かれようとしている。

 

 ……うん、(しゃく)だな。

 

 やせ我慢を総動員して立ち上がる。

 せめてびびらせてやろう。

 後ろで棺桶にぶち込まれている筈のおれが、なぜかここにもいるという一発芸で、ちょっとくらいは驚かせてやろう。

 ここまで向こうは大忙しだったから、一々個人の顔なんて確認する暇はなかった筈。

 きっとこれは上手く行く。

 なんなら笑いかけてみようか。

 あは。

 

 そうして、くっそしょぼい嫌がらせしかできない、しょうもないおれの稼いだ最後の1秒で。

 

 

「――動くな。じっとしてろ」

 

 

 辿り着いた。滑り込みだ。

 向こうのおれの耳に、声が聞こえた。

 ごつい棺桶ごしにも聞こえる特殊な声。相手に逆らえぬ『強制』を押し付ける夜の母の声。

 

 ようやくルーナが、見張り塔最上部へと辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 当初クラプトンは『公爵の殺害』を勝利の条件とした。

 元より多勢に無勢。敵の頭を狙うは常道である。

 

 なら問題は、如何にして敵首領の下まで辿り着くか?

 幸いにも手に入った資料と城の見取り図。詳細に記された敵本拠地の全容。その底に沈む勝つ為の道。

 

「堀の水を循環させる機構を逆に辿れば、城内へ侵入できる」

「いや、年単位で使われてねーんだぞ? 絶対にどっか壊れてるだろうし、なんか詰まってんだろ」

「その為に『球』を教えた。あれの収縮と消滅は水中でこそ真価を発揮する」

 

 ただどう転ぼうが絶対に水死する長距離潜行を可能とするには、いくつか道理を覆す必要があった。

 クラプトンが目を付けたのは『海の貴種(ノーブル)』ケイブレス。

 

「その大将ともなれば、雑魚どもの水鉄砲などとは次元の違う『フィールドの変更』に至る公算が大だった。結果は……まあ及第点といったところだが、十分実用には耐え得ると判断した」

 

 カリスタ・ケイブレスの血を飲んだルーナは『めっちゃ素潜(すもぐ)りができる』ようになった。

 あ、これ、まじで行けるじゃん。

 

「当初の予定とは目的地こそ変わったが、内部への潜入には問題なく使える」

「そうだね。元々の予定じゃ、ゾーイを突破して向かうって流れだったけど……そうやって無視しちゃえば、ゾーイが勝とうが負けようが関係ない。どちらにせよルーナは辿り着ける」

 

 途中をショートカットするだけで、見張り塔の警備を担当しているビイグッドや、既に見張り塔の最上部に『かくれんぼのおまじない』を用いてスタンバイしているシィスからのサポートはそのまま使える。

 

「着水ポイントまではスゥ、主にエスコートを頼みたい。花弁となって運べば、誰にも気取られず潜入を開始できる」

「……いいけど、防御はどうする? ここに居る連中は、誰も防御なんてできないだろうに」

「なに、殺すだけなら、手管(てくだ)は幾らでもある」

「というか、わたしが『燃やして』終わりだから、防御はいらないすよ」

「おい待ておまえら! その堀の水、2年くらい溜めっぱなしなんだろ? どう考えても汚いよな? 腐ってるよな?」

「心配は無用。レディならできる。我が保証しよう」

「え? やだよ、そんなの。したくない」

 

 当然のようにルーナは拒否したが、どうにか説得に成功し、西都に入ると同時にルーナとスゥはこっそりと出発した。

 

 

 

 そうして今、ようやくルーナは見張り塔の最上部に到着し、ぎりぎりでおれの心臓は破裂せずに済んだ。

 

 よし、なんとかなった。

 ……今はとにかく一休みしよう。正直もう立ってるのもつらい。

 おれは足を引きずるようにして、いつもの暗黒カラオケルームへと戻った。

 

 ……が、そこにはもう、壊れたちっぽけな馬車の残骸があるだけだった。

 そういやそうだった。何度か見てたのに、すっかり頭から抜け落ちていた。

 まだ『指輪』は起動したままだったが、クラプトンの『見果てぬ夢』だというあの謎空間は、やはり本人がいなければ成立しないのだろう。

 

 おれは転がっていた闇クッションの砂埃を払い、かろうじて残っている幌部分の残骸の下でばふっと横になる。

 

 狭く、静かで、誰もいない。……もう、終わったのだ。

 たった数日間いただけなのに、謎の寂しさのようなものを感じるのだから不思議だ。

 

 そこで片耳から、ごごん、という重い棺桶の蓋が動く音がした。

 どうやらルーナは影分身(向こうのおれ)を解放しようとしているらしい。

 ここにいても、しばらくは寝てるだけなので……そっと両目を閉じる。

 とくに意味はないが、指輪は起動したままにしておいた。

 

 

 

※※※

 

 

 

 見張り塔で箱詰めにされている影分身(子機)で、ばちっと目を開ける。

 すると目の前にはルーナがいて、おれの拘束を解いている真っ最中だった。

 

「おー、来たか。ケガは?」

 棺桶の中で上体を起こし、自由になった手足を軽く動かしてみる。

「全身くっそ痛い。あとルーナ、ドブくさい」

「おまえがやれっつったんだろーが!」

 ドブくさい身体でがばっと抱きついてくる。

 こいつ! 嫌がらせに躊躇いがないな!

 

「……クラプトンは?」

 おれは一瞬言葉に詰まる。

 ううむ、なんといったものか。

「急に反応が消えた。なんか最後ワケわかんないこといってたし……やっぱり、死んだの?」

 あ、なんか凄い深刻な感じに。

「違う違う! むしろ心臓潰されても元気いっぱいだったよあいつ」

「じゃあなんで反応が消えるんだよ!」

 

 ありのままを告げる、勇気。

 

「クラプトンとマナナは一足先に帰った」

「なんだそっか、よかった。てっきり死んじゃったのかと……」

 そこで1度、ん? となり、

「は? 帰った? なんだよそれ? 意味わかんねーぞおい!?」

 肩を掴まれ、がくがくされる。

「無事なんだな!? 生きてんだな!?」

「生きてるから! ちゃんと話すから!」

 まあルーナになら話してもいいか。

「ちょっと長くなるけど――」

「ルーナ、こっちに来て。もうすぐ準備ができるわ」

 

 声に振り向くと、かぱっと開いた壁から伸びた、レコーディングスタジオにありそうな超高級マイクっぽいなにかをぐにぐにしている不老の(エルダー)貴種(ノーブル)(20)がいた。

「シィス。うまくいったみたいだね。ケガとかしてない?」

「問題ないわ。狙撃中は誤射を防ぐ為、部屋にはゾーイ1人だけだったから」

 シィスは『かくれんぼのおまじない』であらかじめ見張り塔の最上部に潜み、ルーナが来たら内側から入り口の鍵を開ける係りだった。

 

「ほらルーナ。すぐ始めれるように、高さの調節をしておきましょう」

 まあ見た通り、あのマイクっぽいやつに向けて喋るんだろうな。

「ルーナ。まずはやるべきことを済ませよう。話は結構長くなるから、そのあとでゆっくりしよう」

「……わーったよ」

 

 そこで、ぐにぐにしてたマイクっぽいなにかが「解除できました、ゆっくりどうぞ」という声と同時に、にゅーんと伸びる。

 しれっとアシスタントのようなポジションにいるのは、ロニーを始めとしたビイグッドの皆さん。

 開けた壁の中に半身をつっ込んでなにやら作業をしたり、ごちゃっとした配線ケーブルらしきものを繋いだりまとめたりしている。

 

「もう来てるの、早すぎない?」

「まあ、ここの警備担当だからな」

 作業の片手間のロニーが半笑いで返す。

「実際、邪魔になったのは近衛の3人だけだったな。みんな『寝てろ』っていったら即寝したけど」

「ビイグッド、大活躍じゃん」

「……まあ、そーだな」

 雑魚。雑兵。そう呼ばれる数だけの肉の盾が味方になるだけで、こうもハードルが下がる。

 ……うん。現場の兵隊さんにはいっぱい優しくして、いっぱい恩を売っておこう。

 まじで死活問題だわこれ。

 

「ルーナ早く! いつ邪魔が入るかわからないのよ、急いで!」

「わかってる!」

 シィスに急かされたルーナがおれを解放する。

「あとでちゃんと話、聞かせろよ」

 うん、と頷きながらルーナの手を取り身を起こす。

 

 そこで、目に入った。

 

 片膝立ちで、片手に持った人形(ひとかた)を今まさに打ち付けんとする途中で固まっているゾーイの姿が目に入った。

 

「いや、拘束くらいしようよ」

「どうせ動けねーし、もう死ぬよ」

 

 ルーナの言葉の意味は、よく見ればすぐわかった。

 

 ゾーイの全身はもれなく焼け焦げており、わずかに見える手は酷く爛れている。

 きっと服の中も同じだと思われるが、どうにか『目』だけは守ったのだろう。頭部は比較的軽傷のようだが、それでも全身の火傷(やけど)している範囲が広すぎる。

 これはどう考えても……致命傷だ。

 

 おれはマナナの『発火』では即死はしないと、攻撃面ではゾーイに劣ると、そう考えていた。

 だが違った。

 これは、どこか一ヶ所にでも、ほんのわずかにでも火が付けば、そこから延焼して確実に対象を焼き殺す。

 急所を打たなければ殺せないゾーイとは比べ物にならない確殺性。

 なるほど、たしかにマナナは最新型だ。

 敵を殺すという悪意が、殺意が、ケタ違いに研ぎ澄まされている。

 

 おれは一瞬だけ、つまらないことを口走りそうになったが……さすがに止めておいた。

 自分と仲間を殺しにきて、しかもきっとまだ諦めていないギラついた瞳をした相手に慈悲をかけるほど、頭お花畑にはなれない。

 

 ただ目は逸らすまいと、じっと見ていたおれの視線の先で。

 ゾーイの目蓋の上を、一筋の汗が伝った。

 そしてそのまま落下する汗の粒を、おれとゾーイがそれぞれ目で追う。

 ぴちょん、と床に落ちる汗の粒。

 驚きに見開かれるゾーイの目。

 

 まずい、と思った。

 

 今ゾーイは理解した。今自分が動けないのは、決して物理的な作用によるものではないと。

 そしてまだ手元には、おれを捕捉(ロック)して打ち下ろす予定だった人形があると。

 

 おれは、本気のやつを侮らない。甘く見ない。なぜなら、おれは弱いからだ。

 しかしこの場にいるおれ以外の『どうにかできるやつ』――夜の母(ナイト・マム)(エルダー)貴種(ノーブル)は、間違いなく強者だった。なのでもうゾーイにできることはないと()()()()しまっている。

 しかしおれは知っている。心底から本気のやつは、ここからさらに1歩、力強くこちらの命へと踏み込んでくることを。

 

 おれが『白い杭』を形成するより速く、ゾーイの目と鼻と口から血が溢れた。

 手段はわからない。しかし今ゾーイは自害した。なんらかの方法で自分自身を殺した。

 最悪だ。こいつ、ちゃんと理解して、一瞬の躊躇いもなく最適解を実行しやがった!

 

「ごぶ」

 

 ゾーイの喉奥から溢れ出す血。

 その中に混じる1本の釘が口外へと飛び出す瞬間に、上下の歯でがちっと噛み締めキープした。

 こいつは今、死に際の一瞬だけ夜の母(ナイト・マム)の命に抗った。

 しかしそこが限界。それだけで十分。あとは倒れるだけ。

 結局は自分自身で己を縛っていたのだから、その大本を絶ってしまえば、あとは物理法則に従って『倒れる』だけだ。

 そう。

 そのまま口で釘をくわえてキープし、尖った先端から人形の心臓部に向かって倒れるだけで――事は成る。

 木槌で釘を打つのと、同じ結果に辿りつける。

 

 ゾーイの視線の先にはおれとルーナ。

 複数同時照準(マルチロックオン)はきっとまだ生きてる。

 たとえ死んでも、絶対におれたちが死ぬまでは維持するに違いない。そこに関してはなぜか確信がある。

 

 杭の射出は間に合わない。ほとんど明けた残滓のような夜の闇はあまりにも薄く、鈍い。ルーナとシィスは、いきなり自害したゾーイに対し『なんだこいつ?』と疑惑の目を向けたところだ。なにが起きようとしているのか、把握できてない。

 

 ゾーイが釘をくわえたまま、人形に向けて倒れ込む。

 きっとあの人形を持つ右手は、釘をくわえる口は、死んでも緩めない、離さない。

 

 まずい。

 まずいまずいまずい。

 できることがない。

 いや、正確にはいくらでもあるのだが、それをする時間がない。

 ゾーイを止める術が、ない。

 ピラミッドさん曰く『戻るだけ』なおれと違い、ルーナは心臓が破裂すると死ぬ。

 よりにもよって、ピンポイントな弱点を突かれて、死ぬ。

 せっかくここまで来たのに、死ぬ。

 

 つまりおれは、あと1歩、ぎりぎりの瀬戸際で。

 

 腕力や魔法や魔眼などにではなく、本気のやつの心底からの執念に、ただただその思いの強さに……負けたのだ。

 

 

 ゾーイが倒れる。

 だが、おれに打てる手はなく、もうあとは死、

 

 

 ――マナナがゾーイに完全敗北して、もうあとは死ぬだけってなった時、一気に逆転できる。

 

 

 まだ、おれの手にある指輪は起動したままで。

 まだ、『再現』は生きている。続いている。

 そしてこの影分身(おれ)は帽子を被ったままだ。

 マナナが被っていたのと同じタイプの、つば付きの帽子。

 

 行けるか? 通るか?

 

 考えるより先に手が動く。

 おれが、マナナが勝つ為に用意した再現。

 

 

 

 それは、スナイパーとスナイパーの対決をメインに描いた、ワリと珍しい戦争映画のラストシーン。

 主人公であるくっそイケメンな元羊飼いスナイパーは、物語のラスト、宿敵として対峙してきた敵役(かたきやく)のイケオジスナイパーに勝利する。完全に裏を()き、その無防備な頭部に狙いをつけるが……それに気づいたイケオジは、ゆっくりと被っていた帽子を取り、主人公へと目を向ける。

 そう、無様にびびったり焦ったりせず、洒落た『脱帽』をかましてくるのだ。

 まあそのあと普通に脳天をぶち抜かれるのだが、やられても格が落ちない、その見事なイケオジっぷりは見る者に強烈な印象を与えた。

 

 

 

 これをマナナがやったのならば。

 配役としては敵役(かたきやく)のマナナが、ゆっくりと帽子を『脱ぎ終わる』までは、ゾーイは打てない。なぜなら、そういう再現だから。打ちたくても絶対に打てない。

 その間、マナナはゾーイを見放題なので、好きなだけ燃やせる。勝てる。

 これは、そういった意図で用意された再現だ。

 

 ならそれを、おれがやれば?

 

 おれは見ただけで燃やせたりはしないので、攻撃的な要素はない。

 ただ当然の展開として、ゾーイはおれを見る。あの場面(シーン)は1対1だったので、ゾーイはおれ()()を見る。

 隣にいるルーナになんて目もくれず、おれだけを捕捉する(見る)……筈だ。

 

 

 ゆっくりと帽子を取る。

 折り畳んで中に仕舞われていた髪が、しゅるりと広がる。

 実際、こいつ(ゾーイ)は凄いやつだと思う。

 あそこまで準備しても、全て打ち破られた。

 普通ならもう勝負はついてるのに、そこからさらに引っくり返された。

 だからこの所作に嘘偽りはない。

 場の進行に、一切の澱みはない。

 

 ぐるり、と。

 

 ゾーイが見た。

 おれ()()を、見た。

 

 よし! 通った!

 

 ゾーイのくわえた釘の先端が、人形の胸部に触れた瞬間。

 

 うん、ゾーイには脱帽。

 ただまあそれはそれとして。

 心臓破裂とか、めっちゃ痛そうで絶対に嫌なので、おれはさぱっと影分身を解除した。

 

 

 

※※※

 

 

 

 闇クッションの上でばちっと目を開ける。

 ここはかろうじて残っている馬車の残骸。その幌部分の下。

 無人で無音な、もう終わった跡地。

 

 ……よし、どうにか『解除』は間に合ったようだ。

 

 おれの胸部に激烈な痛みが走ったりは――そこでどすんと衝撃!

 ああくそやっぱダメか! 痛ッ! イダダダダダダダダダッ!!

 

 と思ったが痛くない。

 よく見れば、闇クッションが消えていた。

 完全に夜が明けたことで、維持ができなくなったのだろう。

 さっきのは、クッション分の高さからどすんと落ちた衝撃だった。

 

 1人で極上のリアクションを披露していたおれが『誰も見てなくてよかった』とスタイリッシュに立ち上がったところで、

 

 

『――とりあえず、公爵に忠誠を誓う奴は全員、今すぐ、その場で、舌噛んで死ね。それ以外の奴らは(ひざまず)け。この『放送』が終わるまでずっとだ。あ、病人と怪我人とその世話する奴は除外で。それと、強盗と強姦してる奴も、今すぐその場で舌噛んで死ね』

 

 

 なんだか超ファンキーな、夜の母(ナイト・マム)からの布告が聞こえた。

 うん、この物言い、間違いなくルーナだ。

 よかった、無事だった。

 というか今のが西側全土に流れるとか、ちょっとロックが過ぎるよな。

 

 馬車の残骸から出て、そんなロックンロールキングダムの夜明けを眺めていたおれの耳に入る、極上の響き。

 

 

 ――お疲れ様でした。アマリリス。

 

 

 うん? このか細く透き通っていて、けれども確かな芯の強さがそこはかとなく感じられ、しかしある意味浮世離れした透明感ゆえに、童謡や民謡を歌えばなぜか怖くなってしまうような澄んだ声は――ピラミッドさんだ!

 

 ……え? まじで? こんな直接話しかけてくるの?

 

 ――今ここでは『読め』ませんので、伝えたいことは声に出してください。

 

 ほほう。そいつは一安心だ。

「こうやって話しかけてくるの、初めてのパターンじゃない?」

 

 ――どうしても、あなたに行ってもらいたい場所がありますので、無理を押しています。

 

 それほど大事な用件だと。

 一瞬だけ拒否することも考えたが……これは間違いなくピラミッドさんを知れるチャンスでもあったので、おれは即答した。

「いいよ。どこ?」

 

 ――そのまま城内へ。道はその都度指示します。

 

 おれはいわれるがままに、無数に転がるユーティライネンの遺体の隙間を縫うようにして跳ね橋を渡り、城内へと入った。

 ちょうどそのタイミングで、

 

 

『私はビイグッドが総領、ロニー・ビイグッドだ。親愛なる西イルミナルグランデの諸君に、現状の説明を始めたく思う』

 

 

 今度はルーナではなくロニーが語り始める。

 これは予定通りだ。

 いきなり命令されて従って、では意味がわからない。

 だからこれは、その説明。

 まずは夜の母(ナイト・マム)の力を『かまして』わからせてからの、現状の説明。……という名の布告。

 

 ちなみにロニーの作った大量のスピーチ原稿にはおれも目を通したが、普通によくできていた。……扇動者(アジテーター)的な意味で。

 

『そう。公爵は間違いなく英雄だった。……病を得る、その時までは』

 

 ロニーの演説の趣旨は、いってみればアンチ公爵さげさげ、アップあげあげ夜の母(ナイト・マム)で、その公爵勢力を打倒したから今こうして勝利宣言をしてます! 新たなイルミナルグランデの夜明け万歳!! といったものだ。

 あとしれっと夜の母(ナイト・マム)の後見人として、(エルダー)貴種(ノーブル)シィス&スゥの名前を出しておくことも忘れないのが、こいつ本当に『わかってる』やつだと思う。

 

 ――その奥を右折して、突き当りを左手へ。

 

 演説の間もピラミッドさんの指示は続いており、おれは1人、城内の奥深くへと歩を進めていた。

 その道中には、ルーナの『強制』により跪いている人々がいたが、意外にも舌を噛み切っている遺体は1つもなかった。

 なんなら、燕尾服を着た近衛ですら普通に跪いていた。

 いやお前ら、公爵に忠誠誓ってなかったんかい。

 

 ――今の近衛は、マット・フレデリクセンの人徳()()で成立していますからね。

 

「いや、普通に心読んでるじゃん」

 

 ――あなたはすぐ顔に出ますから、わかり易いのですよ。あと演説放送(これ)、うるさいので切っておきますね。

 

 なんだよお前、めっちゃ喋るじゃん。

 

 ――もう節約してどうにかなる段階は、過ぎてしまいましたからね。

 

 本当に顔だけを見て対応してくるのがガチで怖かったので、言葉に出すよう心がける。

「節約って、なにを?」

 

 ――あなたたちでいう生命力。エネルギー。能量。そういったものです。

 

「それを使いすぎて、今あなたは、終わりかけてるってこと?」

 多少ケチったところで、もう変わらない。

 そう判断を下すのは、本当に終わりが確定した時だ。

 

 ――クラプトンが余計な『遊び』をしたおかげで、幾度か想定外の介入をせざるを得ませんでした。

 

「あ、結構苦労してたんだ」

 

 ――終いにはクラプトンばかりかマナナまで。あの規模の因果と熱量を含めた強制送還で、デッドラインを割ってしまいました。

 

「なんかその、ごめん」

 

 ――アマリリスのせいではありません。むしろ、よくやってくれました。

 

「けどあなたは、黙って終わるタイプではないとわたしは思ってる。この向かう先に『現状を打開できるなにか』があるんじゃない?」

 

 ――うふ。

 

 ここで笑うだけで、なにも明言しない。

 やはりこいつには、怖いタイプの知性がある。

 こうしておれに直接話しかけて来たのが、単なるセンチメンタルなやけっぱちだとはどうしても思えない。

 

 今回のイルミナルグランデ。

 普通に考えて、ルーナに勝ち目なんてなかった。

 けどこいつは、おれとマナナとミゲルとクラプトンの4人を送り込むだけで、この結末へと導いた。

 そう、()()()

 

 ルーナの生存と同時に自動的にこちらに加わるビイグッドをはじめ、同じく自動的に味方になる(エルダー)貴種(ノーブル)。こちらも自動的に命を賭けて付け入る隙を作ってくれた(エルダー)貴種(ノーブル)スプーキィ。ルーナに勝利の為の切符をくれるケイブレス。一目でクラプトンを気に入るオーベルのゲーリック。公爵勢力を引きつけてくれるばかりか、喉元まで案内してくれるユーティライネン。彼らを弱体化させるジーキング。その切っ掛けである、これまた最初からおれに興味津々だったギーラ。

 ぱっと思いつくだけで、なんだか連鎖的に繋がりそうな出来事がいくつも出てくる。

 

 ……だがこんな雑多な要素を、結局はその人次第のランダム要素の塊みたいなものをコントロール、ないしは利用して望む結果に導くなどということが、本当に可能なのだろうか?

 もしそんなことができるのなら、それは。

 

 ――着きました。その奥を抜ければ、あとは1本道です。

 

 そうして案内されたのは、いつかの『城内防衛命令、最終防衛地点』という名の軟禁場所だった大広間。

 たしかこの奥にあるのは、公爵閣下のプライベートスペース。

 ならば当然、この有事にここを守護するのはこの男だろう。

 だからこいつがここにいるのはわかる。驚くには値しない。

 ただ。

 

「……まさか、お前が跪いてるとは思わなかったよ」

 

 代理人――マット・フレデリクセンは奥へと続く扉の前で膝をついていた。

 てっきりこの男は、舌を噛み切って遺体となっているとばかり思っていた。

 

 

「――何用か?」

 

 

 おれの姿を認めたマットが、鋭く問う。

 ここまで誰も話しかけて来なかったので忘れていたが、そういえばルーナは一言も『喋るな』とはいってなかった。

 

「今一度問う。――何用か?」

 

 おれは悩む。

 ここでの返答次第じゃこいつ、なんか最後の力を振り絞って動き出しそうなんだよな……。

 そこでピラミッドさんが囁いた。おれはそれを採用した。

 

「告げに来た」

「何を?」

「眠るべき時に眠れなかった先達に、おやすみを」

「……知っていると、いうのか?」

「わたしなら彼を眠らせることができる。これ以上、晩節を汚すのは見ていられない。もうこれは、誰にとっても悲劇でしかない。その最たるは、彼自身だ」

 そんなおれの、実はなんも理解してないけど表面上はきめっきめの台詞を聞いたマットは、静かに目を伏せた。

 

 ――よし通った!

 

 マットの気が変わらない内に、さっさと先へ行こうとしたが……どうしても1つだけ、気になることがあった。

 

「どうして、最初からわたしをマークしていたんだ?」

 怪しいっちゃ怪しかったが、あの厳重な監視っぷりは、相当な確信がなければできない筈。

「……本当にわからぬのか?」

「だから聞いてる」

「……そうか。もう彼女は、人の姿をしていないのだな」

「彼女? 誰の話をしている?」

「その(かんばせ)。ニニィと瓜二つ――いいや、生き写しといってもいい。今さら縁者を送り込んでくるのだ、警戒するなという方が無理がある」

 

 ニニィ。

 ニニィ・マルレーン。初代夜の母(ナイト・マム)

 その顔が、この旧王家フェイスにそっくりであると。

 てことは当然、姉さまや叔母上ともそっくりなわけで……つまり、どういうことだ? いや、今はそれよりも。

 

「だったらなぜ、殺さなかった?」

 どう考えても最悪の不穏分子じゃん、そんなやつ。

「……経験則だ」

「どゆこと?」

「かつてニニィがエルリンクとこの地より去った際、まだ若造だった私は『保護』を目的とした追跡隊の一員だった」

 あ、見た目通り長生きしてるのね。

「ニニィは微塵も躊躇うことなく、我ら追跡隊を皆殺しにしようとした。それを止めたのはエルリンクだった」

夜の母(ナイト・マム)って、基本そんな感じなんだね」

 そこで初めてマットは、口の端だけで笑った。

「今回、エルリンクとしてやって来た貴方を排除してしまえば、最悪の場合、止めてくれる存在がいなくなってしまうやもしれん。西都(ここ)を死の都にするのは、避けたかった」

 

 こいつ凄いな。

 経験則だけで、見事に正解を引き当ててやがる。

 もしおれがさくっと死んでたら、絶対にルーナは『塩の嵐』を西都にぶちかましてた。

 

 ――もしかしたら彼は心のどこかで、あなたに期待していたのかもしれませんね。

 

 動けないマットを素通りし、そのさらに奥へと向かう途中、ピラミッドさんがいった。

 

「それは通らないよ。もし本当にそうなら、他にいくらでもやりようはあった」

 

 ――彼の身で、上位よりの命に逆らうことは不可能です。現に今も動けていない。

 

「……随分と肩を持つね?」

 

 ――着きました。この先です。

 

 ピラミッドさんが、一目見ればわかるごつい扉の前でわざわざそんなことを告げる。

 こいつ、露骨に話逸らしやがったな。

 

「あらためて確認するけど、用があるのは公爵閣下でいいんだよね?」

 

 ――ええ。そうです。

 

「あとこの扉、普通に鍵がかかってるんだけど、どうしよう?」

 

 ――そもそもこれは見た目通りの扉ではありません。今消しましたので、行きましょう。

 

 ひとつ瞬きをすると、扉は消えていた。

 んん? 今のって、さすがに不自然だよな?

 多少の疑問を引きずりながら、おれは部屋の中へと入った。

 

 そこはいかにもな謁見の間だった。

 広いスペースに立ち並ぶ柱にぴかぴかの床。その最奥にかけられたよくわからん赤くでかい垂れ幕。その真下には、細かい階段のようになっている中段までのピラミッドもどきの上に設置されたいかにもな玉座。そこにででんと座する1人の男。

 年の頃は40~50代。ゆるくウェーブのかかった長髪に、黒い礼服と黒いマント。それらを内からぶち破りそうなごついガタイ。座ってあのサイズ感なら、立てば絶対に2メートルはある。そんな、誰が見ても一目で「あ、ヴァンパイアロードだ!」といいたくなるような、いかにもなイケオジが、おれが来るのを待ち構えていた。

 

 ――前へ。目的地はあの奥です。

 

 え? めっちゃこっち見てるけど大丈夫なの?

 とは思いつつも、まあピラミッドパワーがあるなら行けるだろ、と構わずゴーの精神でおれは行った。

 

 そんなおれを真正面から見据えたイケオジが、(いかめ)しい表情のまま重々しく口を開く。

 

「必ずしも泥棒が悪いとはお地蔵さんも言わなかった。天カスまみれの油より、ジャイアントコーンの回収に漕ぎ出すことが幸せの秩序です。横浜心中だってそうです! 毒蛇たちのギターに合わせてブギーを吹き出す生ゴミのもたらす優しさは圧巻で、まるでガンバってるコントラバスのポルノかのような振りをした豪華絢爛田舎トマトは曇り空に向かって凱旋し、さりとてお前の膀胱からは常に作文が届き続ける! さあ! 今こそコンド」

 

 ――うるさいホロですね。消えなさい。

 

 ぱっと消えるイケオジ。

 やべえ。つっ込みどころが多すぎて、どこからつっ込んでいいのかわからない。

 えーと、とりあえずは。

 

「……今のは?」

 

 ――ほぼ、あなたの考えている通りです。

 

「映像だけの、投射ってこと?」

 

 ――もっと高度なものです。触れば感触もあり、殴れば相手は傷つきます。そういった信号を対象の脳に直接送ることで、リアリティの底上げをするものです。

 

「それが、公爵?」

 

 ――基本的に外部との接触には、あれを使っていたのだと思います。

 

「けど、どう考えても狂って――バグってたよね?」

 

 ――奥へ。きっとそこにあります。確認してみましょう。

 

 まあ、ここであれこれいってても始まらないのは事実か。

 玉座の横手から、さらに奥へ。

 そうしてさらにいくつかの部屋を抜けた先にあったのは寝室。

 目を引くのはでかい天蓋付きの立派なベッド。四隅に柱があるタイプで、白いカーテンにより中の様子はわからない。

 

「なにか危険はある?」

 

 ――ありません。

 

 ピラミッドパワーに背を押されたおれは、躊躇うことなくしゃっとカーテンを開け、その中を見た。

 

 枕の位置にある紫のクッション。

 その上に安置されている、黒い正六面体(キューブ)

 

「これが、公爵?」

 

 ――その大本です。

 

「……もしかして、お仲間?」

 

 ――まさか。比べるのもおこがましい世代差がありますよ。

 

 あ、世代の差ってことは基本『同じ系統』ではあるのね。

 たぶんこれも、古代遺物(ロストロギア)ってやつの一種だよな。

 

「わたしの知ってる言葉でいうと、AIとか人工知能とか、そういうの?」

 

 ――それは差別用語に当たり、あなたの知っている言葉でいうと『お前のママより良かったぜ』レベルの侮辱になりますので、使用しない方が良いでしょう。

 

 この返しからして、もうほとんど超AIって次元に達しているようではあるが……その中でもさらに『比べるのもおこがましい差』があると。

 

 なら、もしかしてさっきのおれは、猿を指差して「お仲間?」って聞いてくるやつと同じだったのか?

 

「あー、べつにバカにする意図はなくて」

 

 ――驚きです。よもやこの末期状態で、わたしの処理速度の50倍をマークするとは。

 

 いやお前の方が下なんかい!

 などと思いつつも、口には出さない。

 顔から読まれる前に話題を変える。

 

「なんでバグってたのかな?」

 

 ――経年劣化でしょうね。どうやら、千年以上の稼動時間は想定されていなかったようです。

 

「ふうん。じゃあ、こいつをどうすれば――あなたは延命できるんだ?」

 これまでの情報を足し引きすると、ここに来た目的はそれしかないだろう。

 

 ――手で直接、触れてください。

 

 躊躇うことなく触れる。

 たぶん事態は秒を争う。

 段々とピラミッドさんの声は小さくなっており、今ではもうほとんど聞こえないまでになっていた。

 

 そうして触れてから浮かぶ疑問。

 どうしておれは一瞬も悩むことなく、こいつを助けたんだ?

 こいつの消滅は、おれが自由を手に入れる必須条件じゃなかったのか?

 どうせまた次も、誰かを「助けろ」とかいって、どこかやばいところに放り込まれるに決まっているのに。

 

 

 ――ありがとう。アマリリス。これでわたしは。

 

 

 まだ、世界を救える。

 

 そんな、まるで聖人みたいな言葉を残して、ピラミッドさんの声は完全に消えた。

 おれが触れていた公爵キューブは徐々に色を失い、萎れ、干からび、最後は(ちり)となって消えた。

 

 ……どう考えても、捕食とか吸収とか、そういったアクションで根こそぎいったよなこれ。

 

 なにかを喰らい、活動するエネルギーを得る。

 

 禍々しいと取るべきか。

 人間くさいと安堵するべきか。

 

 まあ基本、腹が満ちたなら大抵どうにかなる。

 だからたぶんピラミッドさんは力尽き消滅したわけではなく、先を見据えた省エネスリープモードにでも入ったのだろう。

 

 

 なんにせよ、公爵は消えた。

 これでようやく、本当に終わったのだ。

 

 ピラミッドさんのことも知れた……といえば知れたが、そもそも初見の時点で喋るピラミッドだったのだ。そんなもん、どう考えても謎の超テクノロジーの産物なのは明らかで、実は今回新たに明らかになった事実はとくになかったりする。

 うん、だと思ってた。

 というのが正直な感想か。

 

 ただ向こうから自分の情報を開示してきたことには、きっと前向きな意味がある筈。

 

 などと思いつつも、若干そわそわしながら「来るか? いよいよ来るか?」と待ち構えていた『強制お帰りホール』は……どうやらまだ来ないようだった。

 まあ最後にもう1度ルーナの様子を見れると、ポジティブに捉えることにした。

 

 またあの長い道のりを戻るのはしんどかったので、公爵のプライベート空間にあった本棚をスライドさせると現れた細道を進んでみれば……予想通り、城の裏手へと出た。

 まあ貴人の部屋にはあるよね、こういう抜け道的なの。

 おれは一際目立つランドマーク、見張り塔へ向けて歩き出した。

 

 

『そう。此度のこれは兆しだ! 停滞していた我等が再び一丸となり動き出す、その切っ掛けとなる――』

 

 

 ピラミッドさんがいなくなったからか、またロニーの演説が聞こえるようになっていた。

 途中までしか原稿は読んでなかったので、もうおれの知らないパートに突入しているが……相変わらず楽しそうでなによりだ。

 

「おーい! アマリリスー!」

 

 呼ぶ声に目を凝らすと、見張り塔からルーナが手を振りながら走って来るところだった。

 うお速っ! なにそのスピード感。

「あれ? なんでこっちから来るってわかった?」

「やること、なくて、ヒマだったから、望遠鏡、見てたら、みつけた」

 超スピードで走って来たルーナの息は上がっている。

「べつにそんな、慌てて来なくても」

「あたしは! おまえが、生きてるか、わかんなくて、でも絶対生きてるって」

「そっか。心配してくれてありがとね。大丈夫だったよ」

 

 

『たしかに、失ったものは大きい。だが得たものは、さらに大きい!』

 

 

 これ、誰かと話す時はロニーめっちゃうるさいな。などと思いつつ、ルーナが息を整えるのを待つ。

 

「さっきシィスが『公爵が消えたから、あと1800秒で放送が切れる』とかいい出してさ。……アマリリスが公爵、やったのか?」

「うん。あいつは、チリになって消えたよ」

「おっし! ざまあ!」

 最高の笑顔を見せるルーナ。

 なにかが死んだリアクションじゃなきゃ100点だったんだけどなあ……。

 

 

『――夜明けだ。これは、我々人類の夜明けなのだ。今まさに暗雲は払われ、新たなる――』

 

 

 んん?

 なんか今、気になるワードが混じってたような。

 

「じゃあアマリリス、あれは? 最後にクラプトンがいってたやつ!」

「それさっきも思ったんだけどさ、直に通話とかできたの?」

「あたしだってびっくりしたよ。いきなり聞こえるし、できるなら最初から教えろよって思ったし」

 そんな『秘匿しておくと決めた筈の技術』を使ってまでして。

「クラプトンは、なんていったの?」

 

「おまえら4人が、ご」

 

 そのルーナの言葉と同時に。

 

 

 かぱっと、足下が開いた。

 

 

 両開きの落とし穴のように、かぱっと開いたその中へ、おれは落ちた。

 

 まじか! このタイミングで来るのか!

 

 これはあれだ、ピラミッドさんの。

 

 

 

 どぷん、と。

 

 

 

 沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうだな。わたしの知る、最強の戦士を称える歌に、こんな一節がある」

 2人の視線がおれに集まる。

「頭からっぽの方が、夢詰め込める」

「それじゃグリゼルダちゃんがバカみたいじゃないですか」

 

 お前あれな! 仕事の話以外はあんまりしない方がいいやつな!

 

「……プルメリア。それは違うと思います。今アマリリスさまがいったのは、思考能力がないって意味のからっぽじゃなくて、蓄積がない方のからっぽだと思うので、ボクの知能には言及してないです」

「ああ、そういう……」

 

 そこで途切れる会話。

 え? なんでおれが滑ったみたいな空気になってるの?

 

 かちんときたおれは、どうにかこの場を笑いの渦に叩き込んでやろうと、密かに画策を始める。

 

 

 ――そこでがしっと。

 

 

 突然グリゼルダが、後ろからおれの両肩を掴んだ。

 これはもしや。

 

「……今、危なかった?」

「はい。()()()()()()でした」

 

 これは、あらかじめ決めておいた符丁。

 おれは、ピラミッドさんによって『次の現場』に送り込まれたとしても、いつどのタイミングでそれが始まったかを自覚できない。

 だがその瞬間をグリゼルダが見ていれば、彼女だけはそれを知覚できる可能性が高い。

 

 だからそれを示す合言葉を決めておいた。

 抜け落ちそう、がそれだ。

 

「グリゼルダちゃん。さすがに離宮の床は抜け落ちませんよ。半年に1回のメンテナンスは欠かしてませんし、そもそもローゼガルドさまの癇癪にも耐え切るカチカチっぷりですから」

 プルメリアが、またなんともいえない微妙なことをいう。

 いやお前、なんで離宮の床サイドに立つんだよ?

 

 即座に軌道修正。

 

 今この旧離宮内には無数の監視の目がある。当然、盗み聞きもされているだろうから。

 

「違う違うプルメリア。今のはただ寂しくなったグリゼルダが甘えて来ただけだから」

「え」

「あ、そうでしたか。なら私はグリゼルダちゃんの後ろにつきますね」

「え」

 いってグリゼルダの後ろへ回り、ぎゅっと抱きしめるプルメリア。

「え」

 ……こいつ、姉さまの専属をやってるだけはあるな。

 おれがなにかを『隠した』のを察して、すぐさま乗ってきた。

 

「どう? グリゼルダ、落ち着いた? それともやっぱり、ギャラリーが邪魔?」

 いうと同時に、これまであった視線が一気に消えてなくなった。

「わ。凄い逃げ足」

「ううん、ヒルデガルド様が放置している時点で、敵意や害意はない筈なんですけどねえ」

「あれ? そうなの?」

 てっきりガチな敵かと思っていたが……いわれてみると、たしかにその通りだな。

「きっとみんな、怖かったんですよ」

 ささっとグリゼルダから離れ元の位置に戻るプルメリア。

「わ。意外とビジネスライク」

「本当に寂しくなったら、いつでも抱きしめてあげますよ」

「い、いえ。結構です」

「グリゼルダちゃん、結構言いますよねぇ」

「それだけプルメリアが気に入られたってことだよ」

 これは本当だ。基本人見知りのグリゼルダが、今日会ったばかりのプルメリアに対し妙に気安い。

「それは嬉しいですね。グリゼルダちゃんは、私のどこを好きになってくれたんですか?」

 

 おれはハンドサインを送る。

 乳と答えろ、と。

 グリゼルダは拒否する。

 さすがにそれはないです、と。

 まあおれとしては、照れて黙るのを阻止した時点で目的は達成してるのでオッケーだ。

 

 そんなおれの小賢しさに背を押されたグリゼルダが、口を開く。

 

「ええと、……殺しても死なないところ、かな」

「まだ胸の方がマシでしたねえ……」

 なんでお前、こっちのハンドサイン理解してるんだよ。

 

 

 

※※※

 

 

 

 その後おれたちは、グリゼルダに関する諸々の契約書等が用意できたというので、プルメリアの案内で別室へと移動していた。

 なんでもここは、契約や誓約を司る法務部のようなところらしく、姉さまはちゃんとおれとの約束通りに『正式な書面』を準備してくれたらしい。

 

 担当官のおじさんが懇切丁寧に説明をしてくれるが、正直騙そうと思えばいくらでも騙せる。当然おれにネグロニアの法律に関する知識なんてないから正誤の判断自体ができないし、そもそも知識があったところで本気の専門家に敵うわけがない。

 だからこれは結局、おれとグリゼルダが姉さまを信用するか否かという話になる。

 

 当然、答えはイエス。

 

 ただ物事に絶対はない。

 だから万が一の場合は。

 

 この場で、そんな内心を表に出すことはマイナスでしかないので、にこやかにうんうんと頷きながら話を聞く。

 長く小難しい話の途中で1度小休止があり、その時ふと目に入った書類があった。

 担当官のおじさんがいうには、ここにある資料はさほど重要度が高いものではないので、好きに見ても構わないらしい。

 おれはその資料のタイトルを、あらためて見る。

 

 

『人類国家、イルミナルグランデについて』

 

 

 ……なんかラブホみたいな名前だなあ、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱちりと目が開く。

 そのあり得ない目覚めに最も驚いたのは、他ならぬ彼女自身だった。

 自害用の『直打(じかう)ち』は彼女の心臓を破壊し、間違いなく即死へと至った筈。

 なのに、なぜ?

 そこで彼女は、口元が濡れていることに気づいた。

 反射的に拭うと、そこには真っ赤な血。どうしてか自分のものではないと確信できる、真っ赤な血。

 

「おー、起きたか」

 

 上から彼女を覗き込むのは、まだ少女といった年頃の女の子。ブロンドの髪に母親そっくりの勝ち気な目。アイミアの次代にして史上2人目の夜の母(ナイト・マム)。誰もが死んだものとして数から除外していた存在――ルーナだ。

 

「手短に説明するとな、おまえらは負けた。公爵は死んで、近衛は全員あたしの制御下だ」

 

 公爵が――あの怪物が、死んだ?

 すぐさま彼女はその真偽を判断すべく、対象の心臓を捕捉(ロック)した。

 脈拍のペースは正常。微塵の揺れもなし。少なくとも嘘はついてない。

 彼女のこの『嘘発見法』を欺くのはまず無理だ。生物である以上、脈拍を消すことは絶対にできない。

 ……意図的にそれを操作し、悪ふざけ半分にこちらをからかってくる『黒髪の狂人』のことは思い出さないようにする。ああいった振り切れた例外に囚われてはダメだ。

 

「おい、あたしのいうことが聞こえてねーのか? ……ああ、まだ喋れないのか。じゃあ、もうちょい追加するから、じっとしてろよ」

 差し出された手首が薄く切られる。滴り落ちる血が、直に彼女の口内へと入る。まるでそうするのが当然のように、喉の奥へと流れて行く。

 

「こぼすなよ。死にたてホヤホヤならまだ叩き起こせる、ありがてー夜の母(ナイト・マム)の血だ。本当なら薄めたりするとかいってたけど……まあクラプトンもいけたし、おまえもいけるだろ」

 

 ダメだった。いけなかった。2度ほど破裂して、その度に叩き起こされて、いい加減にしろと心臓をぶち抜いてやろうとしたところでようやく安定した。

 そうして声を取り戻した彼女は問う。お前はなにがしたいのか? わざわざ拷問する為にこんなことを?

 

「いや違う。今のはワリと本気の事故だ。あたしはおまえをスカウトしたくて、こうして起こしたんだ。おまえ、あたしの下についてみる気はねーか?」

 

 彼女は鼻で笑う。一々そんなこといわなくても、命じればいいだろ、と。

 

「それじゃ公爵と一緒じゃねーか。だからおまえには使わない」

 じゃあ、お前に従う理由はないな。

「だから作る。もしこの話を呑むなら、1つだけ望みを叶えてやる。けど、どうしても嫌だってんなら無理にとはいわねーよ。そのまま死ね。痛くはしない。また眠るだけ」

 

 彼女は慎重に言葉を選ぶ。

 なぜ、自分なのか?

 

「これまで見た中で1番、おまえは強かった」

 叶える望みに、制限はあるか?

「あたしに可能な限り、ない」

 

 彼女が考える前に、言葉が口をついて出た。

 

「マット・フレデリクセンを、あの皆の英雄(バカなじじい)を、どうか、助けてください」

 

 いつも損ばかりをして、誰も彼もに嫌われて、ただただ磨り減っていく一方のアタシの英雄(バカなじじい)を、どうか、どうか。

 

「……あたしのママは殺っておいて、そっちは助けろってか?」

 捕捉(ロック)した対象の心臓が早鐘を打つ。激怒している。どうしようもない程に。

 

 

「――いいよ。助けてやる。できる限り、おまえの望むかたちで」

 脈拍が落ち着く。乱れもない。本当に、そうするつもりだ。

 感情を、合理で塗り潰した。

 

 彼女は内心、イヤだなあと思う。

 

 夜の母(ナイト・マム)とかいう化物の中身が合理性の怪物だなんて、どう考えてもイヤすぎる。せめてどちらかにしろよと思う。

 

「よろしくな、我が騎士ゾーイ。きっとおまえとは、長い付き合いになる」

 

 

 







TIPS:マット・フレデリクセンの人脈と情報網

マット・フレデリクセンの下には連日『ニニィ(アマリリス)』の目撃情報が相次いで寄せられた(個人所有のアンティーク経由で)。
その全てが元『追跡隊』のメンバーからの報せだったので、誤報や誤認の可能性は限りなく低いと判断(表に出ていないルーナの顔なんてほとんど誰も知らないので、お供Aとしか認識されない)。

また、本人にそっくりだが、よく見れば微妙に違い、話してみれば別人とわかる『縁者』が正面から乗り込んで来たことで……ニニィが来ているという疑惑は確信へと変わる。

2代目を始末したことで、虎の尾を踏んでしまったか。

彼とその配下である近衛は、かつての伝説との対峙を覚悟する。
彼女の気性からして、最後は自身の手で決着をつけに来る筈。
決戦の場と定められた大広間では、考え得る限りの準備を整えた。
おかげで見張り塔の守りは最低限となった。

ルーナの衝動的な行動は、自身の存在を完璧なまでに隠匿した。
湧き上がる不安を密かに増幅させた存在がいたことは、誰も知らない。



TIPS:ニムとロッド

ドミノの騎士。半夜の母(ナイト・マム)であるドミノの血を受けた、全てが高水準でこれといった欠点のない万能の人殺し。つまりはアイミアの英雄。
ただドミノ最大の特徴である『強制』を完全に使いこなすことはできず、その対象は自身のみ。
己を『そう』だと心底から本気で思い込むことにより、物理法則を超越した怪物と化す。
それぞれの『そう』なる為のキーワードは、
「俺は絶対に無敵だ」
「私はヘルメスの蝶」



TIPS:男弁(おとこべん)

一時期のジャパニーズ・マフィアン・クライムムービーにおける標準共通言語。
とある地方の方言に似ているような気もするが、節々に微妙な差異が認められる架空言語。
古めかしくガラの悪い言葉、というキーワードがアマリリスの脳内翻訳フィルターを通過した結果、これが出力された。



TIPS:暗黒カラオケルーム

かつて救えなかった幼子の最期の願い「甘い果物をお腹いっぱい食べたい」を実現する為に編み出された最新の外法。闇の薔薇第8代盟主クラプトンが後世に託すと決めた、いまだ未完成で名前のない8代目伝承大魔術。
その作用が本人の適性に微塵も合致していない為、範囲も狭く強度も論外レベルで変換効率も最悪と、あちこちボロボロのガタガタなのだが、幾度砕けようとも次の日にはしれっと復活する不屈の業。
作中では伝来の指輪による裏技と夜の母(ナイト・マム)からの供給を全て注ぎ込むことで強引に駆動させ続けており、彼にとっては又とない試験の場でもあった。

もし完成すれば、この世から『飢え』の概念を根絶するという破格の特大外法。
ただし、絶対に完成することはない。

誰も自覚していない副次効果として。
これの仔細を知った者は、余程の異常者でない限り、クラプトンを嫌いになれなくなる。

意図せずして人心を捻じ曲げる、新機軸の外法にして無種族合一体(グランレギオン)の礎。



TIPS:ゾーイ

星読みの一族に生まれた呪子(のろいご)
両親を含めた全ての者に死を望まれ、幼き彼女はそれを受け入れ納得した。

ただ1人。刺し違えて殺せと命じられた敵だけは、激怒していた。欠片も納得していなかった。貴様ら許さんと、地を踏み締めた。それは、まるで流れ星だった。

0.2秒後。視線に拳をぶつけることで無効化する神技が披露され、
1.3秒後。逃走を開始していた全ての大人たちの頭蓋は砕け散り、
2.8秒後。もう大丈夫だと抱きしめられ、たった3秒で彼女は救われた。

星の見えぬ星読みが、生まれて初めて見たその流星は、今も目に焼きついて、離れない。



TIPS:シィス

不老の(エルダー)貴種(ノーブル)
理外の『おまじない』を操る代償に『他者へ危害を加えることができない』という制約を課せられている、直接的な戦闘能力を持たない存在。
襲い来る暴漢に対する反撃もできないので、普段は子供や老婆といった性的な欲求の対象とならない姿でいるよう心がけている。本編中では、ちょっと気合を入れてイケてる姿を初対面勢に見せつけていた。

実は重度のショ〇コンで、ギーラ・ユーティライネン君(6)の性癖をべこべこに歪ませた張本人。彼が本になったあの日は、万が一鉢合わせた場合に備えて老婆の姿でいた。
自身の血統メンバーは全員美少年で、不老のショ〇による逆ハーレムが各地に点在する。
現代的な価値観でいうなら、殺しておいた方がいい存在。



TIPS:カーリー・スゥ

花の(エルダー)貴種(ノーブル)
初代夜の母(ナイト・マム)ニニィがつくった最初の作品。
死にかけの子供と自身(ニニィ)の血と植物を混ぜ混ぜした結果生まれた、当時のイルミナルグランデでも倫理的にアウト判定を下された超問題作。分類上は初代夜の母(ナイト・マム)の血統に属する為、最上位の個体性能を誇るつよつよプラント。

植生の異なる別大陸では生きていけないだろうと、親と慕っていたニニィにはイルミナルグランデ残留を命じられた。けど相変わらずニニィのことは好きなので、ニニィに瓜二つのアマリリスのいうことは基本全部聞く。ニニィの後継であるルーナにもかなり甘い。

ニニィが去ってから公爵に捕獲されるまでの30年間、これでもかというほど荒れに荒れまくり、イルミナルグランデの南側30%を植物の王国に作り替えるという伝説的な暴れっぷりをみせた。
その埒外の力は一部の者たちからは羨望の的であり、ルーナは彼女の大ファン。

半分は植物の倫理で動く為、暴力の行使や殺しに一切の躊躇いがない。
また本能的に全てを植物(自身)で満たしたいという欲求を常に抱えている。
人類の安寧を願うなら、殺しておいた方がいい存在。



TIPS:人類

覇権生物に与えられる称号。
あるいは、いつかの劣等感が残した傷跡。


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