邪神さまがみてる   作:原 太

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11 ブーゲンビリアの咲く頃に

 

 

 旧離宮で行われた、姉さまとの(やばい話のみで構成された)お茶会の帰り道。

 

「グリゼルダちゃん関連の書類が準備できてますので、こちらへどうぞ」

 

 とプルメリアに案内されたのは法務部のオフィスっぽい部屋。

 そこでにこやかにスタンバイしていた担当官のおじさんのサポートを受けつつ、グリゼルダは諸々の書類作成に取りかかることに――めっちゃ面倒そうな顔をしていたが構わず押し込んだ――なった。

 

 おれも立会人として、隣で同じ説明を受ける。

 準備された書面を見るに、どうやらグリゼルダにはおれの『専属護衛』としての立場が用意されているらしい。

 元々、特別行動隊は書類上は存在しない部隊だ。なのでそこに所属するグリゼルダも同じく書類上は存在しない幽霊もどきだったが……この度晴れて実体を得たというわけだ。

 

 これは純粋に喜ぶべきことだと思う。

 

「よくわかりませんが、アマリリスさまがそういうなら」

 

 当のグリゼルダはあまりピンときていないようだったが、日本的にいうと10代の娘に社会保険や国民健康保険の話をするようなものだから……まあこんなもんか。

 

「ちょっと一息入れましょう。良い茶葉とそれに合うお茶請けをいくつか用意しましたので、お好きなものをどうぞ」

 にこやかおじさんの気遣いが冴え渡る。

 規約やら規則やら宣誓文やらを読み上げる時間が続き、こちらの集中が切れる1歩手前で挟まれるティーブレイク。

 プルメリアが用意した銀のトレイに並べられた、色とりどりの甘味たち。

 ……こんなの夜に食べたら太りそう、とはいわないでおいた。

 

「じゃあ真ん中のやつを」

 おれはこういう時、1番茶色い物を選ぶようにしてる。

 全世界共通で、茶色い食べ物は大体美味いという謎の法則があるからだ。

「グリゼルダちゃんはどれがいいですか? 私のおすすめはこの焼き菓子ですよ」

「……えっと、じゃあ、全部で」

「ううん、グリゼルダちゃんって、意外と図太いですよねえ」

 

 そんな小休止の合間にふと目に入った書類に記された、なんだかラブホみたいな響きの『人類国家、イルミナルグランデ』の名。

 沈黙を埋める雑談がてら話を振ってみれば、担当官のおじさんはにこやかに答えてくれた。

 

「実は、こっそりと国交があったりしますよ。向こうのトップが友好的ですし、べつに戦争状態にあるわけでもないですからね」

「え? けど魔王(ゲオルギウス)たちは攻め込もうとしてたよね?」

「長い海路を大軍が渡る。史上初の試みです。きっと不幸な事故の3つや4つ、起きたに違いありません。そも、長い海上生活に耐え得る種族の方が少ないのです。そこをちょっと後押ししてやれば……」

 

 そういやそうだった。

 ここって、叔母上(ローゼガルド)が育まれるような毒の坩堝だった。

 

「こっちは反対の立場だったの?」

「取ったところで維持できない地を叩いて、何になります? 敵でもない相手に対して、巨額の出征費用を投じてまでして、そんなことをする意味が?」

「無意味どころか、マイナスが大きすぎるね」

「どうしてもやるというなら、それを上回る『動機』が必要なのですが……かの魔王殿の掲げる思想は、我らを動かすには及びませんでした」

 

 魔王(ゲオルギウス)の掲げる思想。

 そのスローガンは『我らが人である為の闘争』とかなんとか。

 

 ちなみに、ここで使われる(ヒト)という言葉は、おれの知るヒト科ヒト属とかいうあれではなく、いわば覇権生物に与えられる称号のようなものらしい。

 

「なんで『闇精霊』には魔王(ゲオルギウス)のスローガンが刺さらなかったの?」

「実はその議論は、既に300年ほど前に決着しているのです」

 おじさんの話を要約すると。

 

 

 それってさ、べつに誰かの承認が必要な話じゃなくね? つか本気で自分を家畜扱いする卑屈な奴とかいねーよな? みんな自分がメインだと思うのは当たり前だよな? よし! じゃあ我も人彼も人な! でファイナルアンサーとなったらしい。

 

 

「なんというか、他種族との間に、とてつもない温度差を感じるね」

「おそらくは、被支配の経験が有るか無いかの差でしょうね。それぞれの起源に加え、さらに昨今では魔王殿の提唱する『既に我らは人を超えた()()である』という『超越論』の台頭により、人類を――」

「あのー、その話、長くなります? グリゼルダちゃんが寝ちゃいそうなんで、書類の作成だけでも先に済ませちゃいませんか?」

 そういわれてしまえば、返す言葉がない。

 既に侵攻計画はご破算になったあとなので、どうでもいいっちゃどうでもいい話なのだ。

 

 実際に半分寝てたグリゼルダを起こして、残りの書類に一通りサインをしてはい完成。

 こうしてグリゼルダは、旧王家がばっちり認めたおれの専属護衛となった。

 

「……これって、今までとなにが変わるんですか?」

「グリゼルダちゃんは、アマリリス様の側に(はべ)る権利を得たんです。ヒルデガルド様と現国王以外は、何人(なんぴと)もグリゼルダちゃんの同行を阻むことはできません。言葉や実力でそれをしようとする輩は『アマリリス様から護衛を引き離そうとしている不審者』として実力の行使が認められます。さくっとやっちゃっていいです」

「は、はい。それは得意なので、がんばります」

「うん。かなり本気で期待してる」

 

 こうして、公的汎用暴力装置グリゼルダちゃんが爆誕し、担当官のおじさんとプルメリアによる謎の拍手によってささやかに祝福された。

 

「ではアマリリス様、最後にこちらをどうぞ」

 

 担当官のおじさんが指輪でも入ってそうなサイズの豪華な小箱を差し出す。

 ここで躊躇うのは無作法だなと、ささっと受け取りオープン。

 すると中には、ボタンサイズの旧王家の印が刻まれた黒光りするバッジが。

 

「何時如何なる時であろうとも、ご自由にここへの出入りを保証する印です。たとえヒルデガルド様が不在であろうとも、私かそれに順ずる者は必ず詰めておりますので、全くの無駄足になることはないかと」

 

 ほほう、ちゃんと囲い込みにくるのね。

 いいね、こういうわかり易いの大好き。

 

「ありがとう。必要な時には使わせて貰うよ」

「ええ、何時でもお待ちしておりますので」

 

 そうして終始にこやかなまま用件は済み、グッバイまたねーと退室する。

 

 薄暗い廊下に出て、これでもうあとは帰るだけだな、と思ったところでプルメリアが振り返った。

「アマリリス様、お腹空いてませんか? 頭を使うとお腹が減ると思って、夜食の準備だけはしておいたのですが」

 

 ありがたい申し出だったが、おれは辞退することにした。

 正直、これ以上こちらの『内』を見せるべきではないと思った。

 さっきの担当官のおじさんの存在が、おれの警戒レベルをぎゅんぎゅん上げていた。

 

 べつに、なにかをされたわけではない。

 むしろ彼とのやり取りは終始快適だった。

 そう、あの担当官のおじさんは、いきなりぽっと出て来てローゼガルドをバラした意味不明の推定邪神(下請け)を相手に、円滑にコミュニケーションを取ってみせた。

 さらに、煩雑な公式書類の説明や手続きをしていた筈なのに、イラついたり嫌になったりすることなく、なぜかポジティブな気持ちを維持したまま退室できてしまった。

 

 ……こんなの、どう考えても、対人対応力がカンストしてるガチなスペシャリストの仕事である。

 きっとあのおじさんは、日本にも稀にいた、1を見て10を察してそこから30を得るタイプのやつだ。

 さっきのやり取りだけで、一体どれだけこちらのことを掴み理解し()()()できたのか、おれの頭では想像すらつかない。

 ただこれ以上『内』を見透かされ「こいつならどうとでもなる」と結論付けられてしまうのはまずい。

 

 もしそうなると、やるしかなくなってしまう。

 

 黙っていいようにされるつもりはないので、勝ち目の有無にかかわらず、やるしかなくなってしまう。

 だからおれは、さっさとケツをまくって逃げることにした。

 

 いくらボディの性能やピラミッドパワーが凄かったとしても、おれ自身はしょぼいという事実を忘れてはいけない。

 履かされた下駄の高さを、自分の身長だとカン違いするのは、あまりにも恥ずかしい。

 

 

「あ」

「あ」

 

 

 そんなことを考えていたせいか、曲がり角を曲がったところで鉢合わせたそいつに対し、とっさに言葉が出てこなかった。

 

「あら、A&Jのお三方。あれから、アリーオ様にはお会いできましたか?」

「ええプルメリアさん。おかげさまで、どうにか」

 プルメリアの声に答えたのは、そいつの隣にいた見知らぬ青年。

 

 ……どちらさま?

 

 A&Jのお三方とはいっても、おれの知っているいつもの3人ではなかった。

 ミゲルの代わりに、若手の営業マンみたいな、きっと現代日本ならツーブロックだったに違いない活発そうな青年がいた。

 ノエミの代わりに、一見清楚な感じの、しかしどこか引っかかる妙な雰囲気をまとった若い女性がいた。

 そしてなぜか、おれが最も警戒する彼女だけは据え置きだった。

 

「……こんばんは、マナナ。今日はミゲルとノエミは一緒じゃないんだね」

「……こんばんは、アマリリスさま。2人はA&Jの本社に出張っすよ」

 え? まじで?

「ノエミが、マナナ以外と2人っきりで? なんかめっちゃ嫌がりそうなイメージがあるけど」

 第2特殊更生保養院(ヨハンのところ)へ行った時の様子からして、どうにも不安になる話だ。

「今回はノエミから言い出したんすよ。A&Jの本社に行くなら自分も行きたい。確認したいことがあるって」

 

 ノエミが確認したいこと? A&Jの本社で? マナナと別行動までして?

 なにそれめっちゃ気になる。

 ……が、今ここで長話をするわけにはいかない。今ここにはグリゼルダがいる。

 

 そう、グリゼルダとマナナの間には易々とは埋まらない溝――いや、断絶がある。

 グリゼルダが殺した特別行動隊の隊員バンビはマナナの友達だった。

 一応、理屈と利害でマナナを押さえ込むことには成功したが……まだ不発弾の火種はくすぶったままだ。

 全部が全部、理屈通りに動くことはまずない。人の死が絡むと、とくにそうだ。

 なのでおれは、とにかく不発弾から火種を遠ざけようと早々に話を切り上げ「そんじゃまたねー」と3人の横を通り過ぎようとしたところで……がしっと、腕が掴まれた。

 おれではない。グリゼルダの腕だ。

 

 いやマナナお前、この場でそれはダメだろ!?

 

 と慌てて()()に入ったが、掴んだのはマナナではなかった。

 マナナと男性営業マン(仮)は、既におれたちとは反対方向へと歩き出している。

 グリゼルダの腕を掴んだのは、もう1人の女性。

 黒髪ロングをおさげにした、いかにも「清楚です」といわんばかりの外見。

 しかしなぜだか、大学のサークルにでも入ろうものなら確実に人間関係をクラッシュさせそうな、どこかねちょっとした印象を受ける、幸は薄そうだが綺麗な顔立ちの彼女が――グリゼルダの腕を掴んだままにっこりと笑った。

 

「……うん。アンジーも無事でよかった」

 どうやら暴力的な展開ではないらしい。

 おれは密かに準備していた諸々をそっと解除した。

 

 続いて彼女――アンジーは、掴んだグリゼルダの腕に指を滑らせてから、片手をぐるりと回して外へ流すジェスチャーをする。

「そうだね。そうしよう。ボクは今ターナさんの所にいるから、いつでも来て」

 その言葉にひとつ頷いて、アンジーはマナナと男性営業マン(仮)が待っている方へ向け「ごめーん」な手振りをしながら去って行った。

 

 ……今のやり取りから察するに。

 

「彼女、喋れないの?」

「はい。聞こえはするのですが、発声ができません」

 先導するプルメリアの後ろを歩きつつ、ひそひそ話を続ける。

「お友達?」

「……ボクはそう思ってます。アンジーはボクの担当だったんです。以前のボクでもちゃんと接してくれた、根は優しい人です」

 根は、という表現に引っかかりを覚えつつも、

「彼女はなんて?」

「話したいことがあるらしくて」

 そりゃあるよね、積もる話。

 そうだ。どうせなら。

「アンジーが訪ねて来たら、わたしもその場に同席していい?」

「いいですけど、べつに面白い話とかはないと思いますよ?」

「いいのいいの。仲良くなりたいだけだから」

 マナナという不和の種がある組織との伝手(つて)なんて、多ければ多いほど良い。

「もう1人いた彼は?」

「エルダ商会マネーロンダリング部門のミロです。闇々(やみやみ)詐欺で捕まって、さくっと処刑されるところをローゼガルドさまに拾われた『特赦(とくしゃ)組』です。ちゃんと話のできる、普通の悪党ですね」

 

 やっべ、闇々(やみやみ)詐欺のインパクトが強すぎて、他の内容が全然頭に入ってこない。

 つーか、さくっと処刑とか、キャッチーな名前に反してガチの重罪だな闇々(やみやみ)詐欺。

 

「じゃあもしかして、アンジーも同じパターンだったり?」

「はい。アンジーは元脱走兵で、追っ手の捕縛部隊を()()()()()()()()全員無力化しましたが……最後は特別行動隊の『前』隊長が派遣され、捕らえられました」

「なんでそんな武闘派が、特別行動隊(実働隊)じゃなくてエルダ商会(裏方)に?」

「わかりません。ローゼガルドさまの判断で、そうなったとしか」

 

 前線に立たせたくないが、手元には置いておきたい。

 ……なにか特別な事情でもあったのか?

 

 などと考えている内に、正面出入り口――番兵が立っている扉まで戻って来た。

 おれとグリゼルダはそっと口を閉じる。

 プルメリアはともかく、他の連中に聞かせる話ではない。

 

 りんりん、とプルメリアが小さなベルを2度鳴らすと、向こうにいる番兵が扉を開ける。

 無言のまま、ゆっくりと開いた扉を抜ける際にちらりと確認すると……さも当然のように、左手の番兵さん(来た時は右手だった推定ローゼガルド派)が、さっきとは別の人になっていた。

 

 わー、仕事がはやーい。

 さくっと処分されてるー。

 めっちゃおっかなーい。

 

 やはりここは気軽に来る場所ではないと、おれは改めて理解した。

 

 帰りの馬車の御者台にはレミ君ではなく、やたらと渋い爺さんとおじさんの2人が座っていた。当然のように1人1頭ずつ『黒馬』を出しており、しかもそれがしれっとレミ君の倍くらいのデカさだったので思わず2度見してしまう。……なにあれ? 世紀末覇者が乗ってた黒〇と同サイズくらいあるんだけど。

 

 プルメリアに「どうぞ」と促され、行きと同じ黒塗り防弾やくざ馬車へと乗り込む。

 今回は外ではなくおれの隣にグリゼルダが座り、音もなく出発進行。

 またあの長い道程(みちのり)を行くのかあ、と若干うんざりしていたおれに向け、なぜかハイテンションなプルメリアが声を弾ませた。

 

「凄いですよアマリリス様! ゲルトのおじいちゃんが御者台に座ってますよ!」

「あの爺さんが御者台に座ってると、特別なの?」

「とんでもなく特別ですよ! もう現役は引退したから現場には出ないって言い張って、国王の要請すら全部拒否してる人ですよ?」

「ふうん。凄い爺さんなんだ」

「確かな腕と実績がある本物ですね。影による『馬術』を次の段階へと押し上げた張本人で、その技能は非公式ながら準国宝認定されてます」

 なにそれ本気で凄い。けど、

「なにがどう凄いのかは、正直よくわからないな。揺れも全然なくてスムーズだとは思うけど」

 しかしそれは、レミ君にだってできていたことだ。

「あー、やっぱりそう思っちゃいますよねえ。ちなみにゲルトおじいちゃんの隣に座ってるのは息子のゲラルトさんです。この方は現役で最優と目されるトップの『騎手』ですね」

 ふーん。要するに夢のオールスターなわけね。

「グリゼルダは、なにか違いとかわかる?」

 乗車してから妙に静かだったグリゼルダに振ってみると。

「……い、いえ、その、ちょっと意味が、……なにが起きてるのか、わからないです」

 なぜか落ち着きなく、窓の外をきょろきょろと見渡している。

 おれもつられて見て……そこでようやく気づけた。

 窓の外が、ごちゃっとしている。ゴミゴミとしている。ちっとも整理されていない。雑多極まる猥雑な感じでとっ散らかっている。これは――どう見ても旧市街だ。

 

 そう。

 まだ乗車して3分くらいしか経っていないのに、なぜかもうバカでかい筈の新市街を抜けていた。道程(みちのり)の半分が、既に終わっていたのだ。

 

「……プルメリア。これ、どゆこと?」

 早すぎる。

 だがそんな超スピードで疾走しているわけでもない。窓の外を流れる景色は、とくに速くも遅くもない。常に平均的なペースを刻み続けている。

 

「原理はいまだに不明です。距離が縮んでいるのか、時間がカットされているのか、あるいはそれ以外か。仮説は無数にあれど確証は得られていません。ただ『馬術』による走行技能が一定の閾値(いきち)を超えると、目的地まで()()()()ようになります。ゲルトのおじいちゃんはその最高峰です。なんでも、ただ『進む』という行為の極致だとか」

 

 ……色々とつっ込みたい気持ちをぐっと堪え、まずはこれを。

 

「なんでそんな『とんでもない秘匿技術』の担い手がここに? どう考えても、わたしの送迎に使っていい存在じゃないよね?」

「ゲルトのおじいちゃんはレミ君の祖父で、ゲラルトさんはレミ君のお父さんで近衛のトップです」

 ああ、そういう。

「レミ君、生まれは本当に超エリートなんだね」

「3男だから、馬鹿なことをしでかした孫だから死んでもいい、とはなりませんからね、やっぱり」

 そりゃそうだ。立場上そう振舞うしかなくても、内心まではそうとは限らない。当たり前の話だ。

「きっと今夜の『一部反逆者の粛清』とレミ君にはなんの関係もなかった、ということになります。なかったことにお礼をいうことはできません。だから言葉以外の全てで、アマリリス様に感謝を伝えているのだと思います」

「うーん、やったら殺るつもりだったから、そう感謝されても微妙なんだけどなあ」

「殺っても死にませんでしたから、セーフですよセーフ」

「そ、そうですよアマリリスさま。現に死んでないんで、セーフですよセーフ」

「……うん、いわれてみるとたしかにセーフだわ!」

 倫理観ゆるキャラどもに背を押されたおれは、レアな相手に恩を売れてラッキーとポジティブに捉えることにした。

 

「あ、着いたみたいですよ」

 いわれて初めて、停車していることに気がついた。

 いつの間に停まったのか、今自分がどこにいるのか、どうにもはっきりとしない。なぜか感覚が曖昧だ。

 

 しかし窓の外にどどんとおっ建っているのは、もはや見慣れたどすけべ神殿。無駄に豪華でホーリーな雰囲気の我がホーム。こんな建物ほかにない。間違いない。本当に到着している。行きは数時間かかった道程(みちのり)が、たった10分で済んでしまった。

 

「……これ、イロイロと常識がひっくり返りませんか?」

「厳しい条件に高いコストっていう枷が大きすぎて、そうそう使えないんです。今のところは、こうしてお客様を驚かせるアトラクションとして使うのが1番有用だったりするんですよねえ」

 

 ……ソータイセーリロンなんてちっとも理解していないおれは「うん! 早くていいね!」でさくっと流すことにした。

 まあ『魔法』やら『影分身』やら『再現』なんかが飛び交ってる時点で今さらだよね!

 

「次はもっと、ゆっくりとお話しましょうねー」

 

 最敬礼のまま微動だにしない2人の男とにこにこなプルメリアに見送られ、おれたちは娼館(ホーム)へと帰った。

 時刻は草木も眠る丑三(うしみつ)時。

 まだ店が閉まるまでは少しあるが、客足は引き始める頃。

 やたらと荘厳な神殿内を半裸のねーちゃんたちと色とりどりの猫たちがうろちょろするこの光景は、基本目に良いものしかないのでずっと見ていられる。

 

 と思ったが、なぜか今夜は半裸のねーちゃんの隣には必ず客のおじさんや兄ちゃんや爺さんがセットでいた。

 どうやら、店の外まで腕を組んでお見送りする謎サービスを実施中のようだった。

 

「アマリリスさま。受付にターナさんがいます。予定にはなかった配置です。なにがあったのか聞いてみましょう」

 ターナさんが受付にいること自体はそう珍しくもない。

 なんでも、帰る客の顔というのは誤魔化しの効かない答案用紙のようなものらしく、定期的な『答え合わせ』は店のクオリティを維持するのに必須だとか。

 

 だが今夜は、金貸したちの会合に出席していた筈。

 思ったより早く終わったのか、なにかトラブルでもあったか。

 

「ただいま、ターナ。隣いい?」

「おかえりなさいませアマリリス様。もちろんですとも。ささ、狭い場所ですがどうぞ」

 入り口横にある、デザイン的にはホテル等でよくある受付カウンターの中に入る。

 手が足りない時は男衆が詰めることもあるので、スペース自体は大きくゆとりを持った設計となっており、おれたち3人くらいなら余裕で入れる。

 

「会合、早く終わったの?」

「いいえ。殺しがありました。堅気ではない、鍛えられた男の死体が4つ、あがりました」

 あ、なんか血生臭い滑り出し。

「……それは、旧市街(ここ)でも注目を集めるような、特別な死体だったんですか?」

「ネグロニア陸軍だよ、グリゼルダ。それも真っ当なやつじゃあない。あんたの古巣と同じ、汚れ仕事専門の裏方さ」

 

 そんなやつらが4人、死体になっていたと。

 だがまあ、いっちゃなんだが。

 

「よくあることじゃないの?」

「魔女と軍部の関係は良好でした。あの性悪の心根は腐り切っていましたが、間違いなく『国士』ではありましたので」

 

 ……叔母上がいなくなったことで、これまであったルールが崩壊してるっぽいな。

 

「ええと、つまり、敵ではなかった筈の軍が勝手になにかをしていて、誰かがそれを阻止した……ということですか?」

「まあそんなトコだろうね。おっ死んでた4人の所属はネグロニア陸軍抜刀隊。かつてのエリートにして今や『型落ち品』として冷遇される、もう後がない連中さ」

 ううむ。そんな連中が一体どんな目的で……などと考えるおれに、グリゼルダが模範解答をくれる。

「普通に考えて、狙いはアマリリスさまですよね?」

「まあわざわざこの時期にちょっかいをかけてくるんだ。それ以外ないだろうね」

 

 え? まじで?

 

「兵隊が動くには命令が必要ですよね? 誰の命令かわかりますか?」

「ちょうど今夜の会合に軍部と懇意にしてる奴がいてね。抜刀隊の指揮系統のトップの『飼い主』が誰か、聞き出しておいた」

「……誰ですか? 近くなら、ちょっとボクが行ってきます」

 がたっと腰を浮かせるグリゼルダを「こいつはちょいと準備が要るから落ち着きな」とターナさんが諌める。

「……あなたでも、準備が必要な相手ですか?」

 業腹なことにねえ、とこぼしてから、ターナさんはその名を告げた。

 

「――ブーゲンビリア。現存する最後の『大権』であり、あの性悪(ローゼガルド)と同年代に生まれておきながら今日まで無事に生き延び、さらには勢力の拡大にまで成功している生粋の怪物だよ。ファルネウスっていう、どでかい貴族家の現当主でもある」

 

 なんか凄そうなのが出てきたよおい。

 しかも『大権』とか、どう考えても超強そうなスーパーパワーっぽいワードまで飛び出して――んん? なんかその『大権』って言葉、どこかで聞いたことがあるような……?

 あれはええと、そうだ、女の声じゃない。たしか男の声で、どこかこうチャラそうな感じの……。

 

 

 

 ――元々ウチは腕っ節の家系じゃねえ。一芸特化の極北『大権』だ。それもばあちゃんの代で完全に消え失せた。今の俺は不屈の精神をもった単なる美形でしかねえ。女にモテる夜の騎士(ナイト)以外の称号はもうない。

 

 

 

 そうだヨハンだ!

 あの難攻不落の第2特殊更生保養院を、軽く脱走がてら島ごと泥の底に沈めた(客観的に見ればそうなる)、アルネリア貴族上等な超無法者(スーパーアウトロー)にして、かの『黒蛇』を全殺しにしたガチでやべえヨハンさん(おれとノエミにはアリバイがあるので、客観的な評価はまじでそうなる)がいってたやつだ!

 

「……なんか消えたとか聞いたことがあるんだけど、その『大権』って、なんなの?」

「おや、お耳が早うございますね。一応特級の国家機密なのですが、ご存知でしたか」

「名前くらいしか知らないから、詳しく聞かせて」

 

 おれのリクエストに、ええもちろんですとも、とターナさんは即答してくれる。

 

「特定の『血の色』――ある特殊な力のことを『大権』と呼びます。大権の生まれた血筋は3代先まで国からの厚遇が約束されます。これは一度大権の発露した血筋には、続いて大権が生まれる可能性が高いからです」

 逆にいえば。

「必ずしも、下の世代が大権を持って生まれてくるわけではない?」

「左様です。ある程度の法則性は発見されておりますが、不意に途切れたり、思いもしない場所で急に発生したりと、完全な制御には至っておりません。代々『大権』を排出し続ける名家(ファルネウス)には、後天的に発現させる(すべ)が伝わっているなどといわれておりますが……あの王家が接収しない以上、眉唾(まゆつば)の類でしょうな」

 

 つまり、ヨハンの家系には新しい大権が生まれなかったのか。

 それでもどうにか権力の座に喰い込んでいた『ばあちゃん』が亡くなって……後ろ盾をなくしたヨハンはああなった。

 ……うん。まあ、あいつなら、立派な無法者(アウトロー)として力強く第2の人生を歩んでいけるよ、きっと。

 

「それで結局さ、大権ってどんな力なの?」

 とくにもったいぶるでもなく、さらりとターナさんは教えてくれた。

 

「――先見(さきみ)。未来を見る力。正確には、見た未来を『変える』力。()()()()とは次元の違う、まさに『大権』と呼ぶに相応しい力です」

 おおう。未来改変とか。

「できるの? そんなこと?」

「私には認識できませんが、既に()()()()()そうです」

「……なにかわかりやすい例とかある?」

 

 ちょうど良いのがございますよ、とターナさんがノータイムで返し、続ける。

 いつも話すたびに思うが、基本この人は返事が超速い。

 

「本来なら、王族も貴族も全て、100年以上も前に根絶やしとなっていたそうですよ」

 これはピンときた。

「革命軍の蜂起によって?」

「はい。当時は3つあった『大権』が、口をそろえて『絶対に勝てないから逃げろ』と進言したおかげで即時撤退が決まったとか」

 

 うわこれ本物だわ。

 絶対の支配者だった当時の王侯貴族が、ぽっと出の革命軍とかいう非戦闘員の集団を相手に、即決即断でなにもかもを放り出して逃げの一手を打つとか……普通に考えたら『あり得ない』行動である。

 情報が出そろった今ならば『絶対に勝てない』と客観的に判断できるが、当時をリアルタイムで生きている者に、その決断はまず無理だろう。

 これまでは『当時の王家すげー』と思っていたが、それが『大権』を活用した結果だというのなら……うん、ばっちり破滅の未来を回避してるな。

 

 ガチで未来変えてるわこれ。

 

「……それなら、おかしくないですか?」

 グリゼルダが、澄んだ声でいった。

「ほう。なにがだい?」

「だって、アマリリスさまにちょっかいをかけてくるやつなんて、絶対にボクやターナさんが殺しますよね? なにがなんでも、必ず、仕留めますよね? それはもう『絶対に訪れる未来』ですよね?」

「ほう。グリゼルダあんた、わかってるじゃあないか」

 

 あ、なんか急に怖いこといい出した。

 

「じゃあそのブーゲンビリアさまは、自身の死を覚悟の上で行動してるんですか?」

「あれはそういうタイプじゃない。あれは病的なまでに臆病で慎重な性質(たち)だ。だから今日まであの魔女を前にして生き延びることができた」

「ローゼガルドさまが死んだから、強気になった?」

「いいや。あれはむしろ『魔女を殺せる存在が台頭した』と、より一層慎重になる奴だ。無理はしない。最後まで生き残った奴が勝ちってのが向こうの基本理念だ」

「……なら、やっぱりおかしいです。現状とかみ合いません」

「だからちょいと準備がいるんだよ。殺しに行くのは、その『おかしさ』の正体が判明してからだ。殺すのはいいが、人違いはよくない。わかるね?」

 はい、と返事したものの、どこか不満そうなグリゼルダをぐりぐりしておいた。

 ()り固まる前に、ほぐしておかなきゃね。

 

「それに、まずかかるべきは直近の問題からだ。抜刀隊の4人を殺した下手人。こいつがどうにもくさい」

「……も、目撃者が?」

 おれのぐりぐりにきゃっきゃしてたグリゼルダが、慌てて真面目な顔をつくる。

 

「いいや。信じ難いことに1人もいない。上にも下にも誰かしらが寝泊りしてるような旧市街(ここ)で、誰の目にも映ることなく、4人組で活動している侵蝕深度(フェーズ)6の暗部どもを纏めて一息に皆殺し。……こりゃ骨が折れる仕事だよ。やったのは尋常な手合いじゃない」

 

 え? 死体になってた連中、侵蝕深度(フェーズ)6だったの?

 

「目撃者は消されたのでは?」

「付近を根城にしてる奴は全員無事だった。ただ、見た者だけがいない。いっそ、消されてた方がわかり易かったくらいさ」

 

 軍属の侵蝕深度(フェーズ)6チームをまとめて殺っちまえる、正体不明のインビジブルサイレントモンスターが旧市街(ここ)のどこかにいるらしいと。

 ……ちょっとしたホラーだな、うん。

 

「死体に、なにか特徴はありましたか?」

「一部が『消失』してたね。骨も関節も筋肉もお構いなしに、そこだけ『くり抜いた』かのようにごっそりと消えていた。グリゼルダ、心当たりは?」

「……隊に2人、似たようなことのできる隊員がいました。1人は……たぶん1年くらい前に処分されて、もう1人はつい先日、エルダ商会本館の自室で弾け飛んだと聞きました」

「ふむ。手管の詳細は?」

「五指を含む手の平で一定時間以上触れると効果が発動します。発動までの時間は最短で0.8秒。効果範囲は最大で対象の全身。そっくりそのまま全部『消せ』ます。出力の調整次第では『抉り取る』ことも可能です」

 

 そこで初めてターナさんが黙った。

 なのでおれが聞いてみる。

 

「隊の中に、同じ『血の色』を持ったやつが2人いたの?」

「いえ、最大限に『消失』を使いこなせる専門家はギャロだけで、もう1人の隊長はフルスペックの6割くらいが限度で……あ、こっちは処分された()()隊長でして、3つの『血の色』を使い分けれる3種混合型(トリプルホルダー)だったんです」

 

 こいつグリゼルダ! 気になる新情報を一気にどばっと出しやがる!

 なんだよ3種混合型(トリプルホルダー)って? それに前の隊長? なんで隊長格が処分されてんの?

 

 おれが口を開くより速く、ターナさんがいった。

 

「その()()隊長とやら、まだ生きているかも知れない」

「え? けど、ローゼガルドさまが処分を決めて」

「実際にあれこれ手配するのはカルミネの仕事だった。あいつが『弾け飛んで』から色々なことがわかってね。どうやらあいつは、小細工の天才だったらしい。隠れてしょうもない小遣い稼ぎを手広くやっていたみたいで、その収入源のひとつが、表に出せない『不用品』の横流しさ」

 

 つまり、ローゼガルドが『処分』を決めた、前の隊長を売っ払ったと?

 ……いや、さすがにそれは無理じゃない? 物じゃないんだしさ。抵抗するでしょ、どう考えても。だって3種混合型(トリプルホルダー)だよ?

 

「その()()隊長は女だったんじゃないか?」

「は、はい。そうです」

「男好きしそうな、商品価値のある(なり)をしていたかい?」

「た、たしかに、ぼん、きゅっ、ばん! な感じでしたけど」

「ふむ。なら調べてみる価値は」

「あ、違います。それはないです。今回の犯人が前隊長っていうのはないです。絶対に」

 

 グリゼルダにしては珍しい、一切の迷いがない断言。

 

「なぜ言い切れる?」

「……病気、だったんです。どんどん全てのことを忘れていく、頭の病気。まだ20代だったのに、ボケたおじいちゃんみたいにあれこれわからなくなっていって……しばらくすると、ひとりでトイレもできなくなって、それでもマナナだけはずっと諦めなくて、けど最後は自分からローゼガルドさまに『処分してください』って言いに行ったらしくて」

 

 聞き覚えのある症状だ。

 たしか……若年性認知症、だったか。

 そうだ思い出した。アルツハイマー型認知症が最も有名な、脳の病気が主な原因とされる、おれの知る限り()()()()

 

「たしかに、仮に物好きな変態のトコで生きてたとしても……無理だね、それじゃあ」

「はい。ですので、把握していない『同型』がいる可能性の方が現実的だと思います」

「要は、指を1本でも取っちまえば不全にできるんだろう?」

「ええ。ですので、もし本当に『同型』がいたなら、手甲等で手の防御を固めていると――」

 

 それからしばらく『消失』対策を共有し合ってから、その場はお開きとなった。

 

「あ、そうだ。ターナさ」

 

 最後におれは、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

 

「なんで今夜急に『腕を組んでお見送り』企画とか始めたの? なにかの記念日?」

「いえ、先にも申しました通り、殺しがありましたからね。昂ぶった下手人が、勢いのまま客に紛れて御身を狙うやもしれませんでしたので」

 

 ……んん? どうにも回答になっていないような?

 

「あの、ここには、一見(いちげん)の客はいない筈じゃ……?」

「いいかいグリゼルダ。人には裏の顔の2つや3つ、必ずあるもんだよ」

 

 それはそうだが、なぜその事実が腕組んでお見送りサービスに?

 

「あ、そうか。人1人分のウェイト。重石、なんですね?」

「ああ。女1人ぶら下げたまま殺しができるやつなんて、そうそう居やしないからね。部屋を出る前からくっ付けてる」

「おじさんたちも嬉しそうですし、いいことずくめですね」

「だろう」

 はははと爽やかな笑いに包まれる2人。

 

 いや、ちっとも笑えねえって。

 

「最悪の場合、店のお姉さんが危ないんじゃ?」

「その程度、どの娘もハナから織り込み済みですので、どうかお気遣いなく」

 

 ……薄々思ってたけど、この店ってちょっと変だよね。

 まあおれが来る前から『魔女の巫女』の本拠地だったわけだし、これくらいキマってなきゃやって行けなかったのかもしれないけど。

 

「それに、私がここに、2階の見下ろしにリリカがいますので、余程の相手でもない限り十分間に合います」

 

 ここでおれがいうべきは。

 

「なら大丈夫だね。ターナとリリカがいれば安心だ。頼りにしてる」

「は」

 

 余計な言葉は呑み込んで、ただ相手を肯定しその自尊心を満たす方向へ。

 そもそも素人のおれにいえることなんてない。

 ならばせめて、いつかどこかでおれがされて嫌だったことの逆を心掛けておけば、まあ大丈夫だろう。

 

 

 そうして、最上階(4F)の自室に戻ったおれは「いやー今日は色々あって疲れたなー」とそのまま眠ってしまいたかったが……そうもいかない。

 

 なにせ『第2回、強制人助けピラミッドツアー』が始まってしまったのだ。

 

 前回と同じなら、どうせまた夜明けくらいに『向こう』からどすんと落ちて来る筈だ。

 それと同時に『向こう』での記憶が、これまた前回と同じく、一気に脳内インストールされるに違いない。

 あの『知らない記憶がいきなり生えてくる』感覚で叩き起こされるのはまじでびびる。

 

 だから今回は、待ち構えてやることにした。

 

 万が一に備えグリゼルダにも付き合って貰い、さあ来いや! と準備万端で今か今かと待ち構えていたが……なぜか来ない。どすんと上から落ちて来ない。夜が明け猫たちが消え、おれとグリゼルダによるベストキャットコンテスト(セクシー部門)が決勝戦でまさかの時間切れとなっても、それでもまだどすんと落ちては来なかった。

 

 え? まじで? とか、いやいやそんな、などと思いつつも昼までねばってみたところで……結果は同じ。なにも起きない。

 

 さすがにここまでくると、認めるしかなかった。

 もうこれ以上待ったところで時間の無駄だろう。

 そう。

 きっと昨夜の『第2回、強制人助けピラミッドツアー』は……失敗した。

 拉致られて、また前回のような危険極まる鉄火場に放り込まれたであろう『向こうのおれ』は――そこで、死んだ。

 

 あのピラミッド、加減を間違いやがった。

 こっちのことを、叩けば叩くだけ増えるビスケットかなにかだとカン違いしていたのだろうか?

 いやおれとか普通に、ワリと簡単に死ぬって。

 過酷な環境に放り込めば、死にたくない精神を発揮してどうにかするだろうとか……都合のいい夢見すぎだって。普通は死ぬから。

 

 痛くも痒くもないので怒りこそないが、なんともいえない冷めた心地になってしまう。

 

 

「……ええと、これから、どうします?」

「昼食を食べて、風呂入って寝よう」

「はあい」

 

 

 だからとくに引きずることもなく、さぱっと切り替えた。

 べつにピラミッド(あいつ)の企みが失敗したところで、知ったこっちゃないや。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもは無人の昼下がりの娼館前に、今日は歩哨が立っていた。

 彼が率直にオーナーに会いに来たと告げれば、どうぞと中へ通された。

 話が早いのは結構だが「ゴキブリ様」などと敬称をつけるのは阿呆みたいだから止めておけ、とだけはいっておいた。

 

「……おまえが店に来るとは、珍しいこともあるもんだねえ」

 こんな時間にもかかわらず受付にいたオーナーが、薄笑いを浮かべながら続ける。

「開店は日が落ちてからだよ。出直してきな」

「こんな年寄り相手にバカいってんじゃねえよ。客なワケねェだろが」

 悪ふざけをする女神に、付き合う気はないと返す。

 

「いやいや、大丈夫だってゴキちゃん! 昨日はゴキちゃんよりも年上のおじいちゃんが普通にジル姐を指名してたし! (ねや)の詳細なんか誰も聞かないから、恥ずかしがることないって!」

「……ありがとよ嬢ちゃん。まあそん時は、見て見ぬフリで頼まァ」

 オーナーの隣から飛んできた謎のフォローを流し、彼は真面目な顔をつくる。

 

「なんだい、悪いしらせかい?」

「場所を……変えなくても、まあいいか」

 

 真昼間の開店すらしていない娼館内は、寒々しいまでにがらんとしている。

 誰かに聞かれる心配はあるまい。

 

「お? もしかして、4つエグったオバケの正体、わかった?」

「いいや嬢ちゃん、2匹目さ」

「2匹目ぇ?」

 嬢ちゃんと呼ぶには大きすぎる白い娘が大袈裟に反応する。

「能書きはいい。結論を言いな」

 相変わらず話し甲斐のない女神である。

 彼は端的に告げた。

 

「アイルトンが目撃された。五体満足で、しっかりと自分の足で歩いていたそうだ」

 

 一息、間があってから。

「……見た奴が、素面だったという確認は?」

「もちろんしてる。酒も薬もやってねえ素面の3人が、そろって『見た』そうだ。護国の盾修友会(うち)の中でもまだ若い奴らだから、全員同時にボケるなんてことはねえだろうさ」

 

「んー? そのアイルトン? 有名人なの?」

「悪名だけどなァ。30代以上の奴なら、大体みんな知ってる」

 

 稀代の大量殺人犯として、その名はあまりにも有名だ。

 

「療養先の病院から抜け出して、どこぞでのたれ死んだんじゃなかったのかい?」

「そう判断するしかない状況だったからな。すぐに捜索も打ち切られた」

 

 病の進行状況からして、もはやまともな活動は不可能。既に脅威足り得ず。さらに治療の中断により余命幾許(いくばく)もなし。

 なのでこれは、自身の死体を隠すのが目的の、ある種のプライドに基づいた自殺。

 そう結論付けられた。

 

「それが今さらになって、ぴんぴんしてると来たもんだ。まったく、一体何年前の話だと思ってんだよ?」

 

 まさに『2匹目のオバケ』としかいいようがない、わけのわからない話である。

 

「……たしかあいつには妙な信奉者が一定数いたね。なら面倒を見る奴がいてもおかしくはないが……さすがに、国家が匙を投げた()()()()を治せるとは――」

 そこで女神は、つい最近似たような話を聞いたねえ、と呟いた。

 

「あのさ、結局そのアイルちゃん? って、なんなの?」

 

 なにやら考え込む女神に代わって、彼が答える。

 どうしても、声に滲む嫌悪感を消し去ることはできなかった。

 

 

「――アイルトン・フレデリクセン。やりすぎてみんなから爪弾きにされた、軍の教本にも載ってる『元』大英雄さまだよ」

 

 

 







TIPS:にこやかな担当官のおじさん

どこにどうやって座るか? 視線はどこにどれだけの時間、どれだけの割合で向けられるのか? 瞬きは? 話題ごとの振り分けは? 用意された菓子はどれをどれだけ取るのか? はたまた口にはしないか?
全ての行動で相手を測る、独自のプロファイリングを構築している対人ガチ勢の怖いおじさん。

今回の最重要調査項目は、対象に『前回と同じ』思想が有るかどうか。



TIPS:左手の番兵さん(来た時は右手だったローゼガルド派の人)

べつに殺害されたわけではなく、急な命令によって移動しただけだった。
彼は仲間の強硬策には賛同せず、しかし現当主に鞍替えするでもない、実に中途半端などっちつかずのコウモリだった。故に処するまでもないと判断され命拾いした。
後日、湿地方面に転属となるが、排斥ではなく温情の類であると理解していたので大人しく従った。

じめっとした新天地は寝苦しかったが、もう魔女の夢を見ることはなかった。



TIPS:『向こう』のアマリリスは今なにしてる?

ビイグッドの『跳躍』によるショートカットの後、西都へ向かう粗雑な馬車内の劣悪な環境によりお尻スクランブルしてる。



TIPS:ネグロニア陸軍抜刀隊

かつて「無手無(むてな)し」「敵無し」「勝てる者無し」と謳われた最大の剣術一派が母体となっている()エリート部隊。
彼らのお家芸である『闇を用いた得物の生成』はシンプルながらも強力で、重くかさ張る武器を携帯することなく身軽に動け、必要に応じていつでも好きな時に十全な状態の武具を『手に取れる』のは計り知れないアドバンテージだった。

しかし時が経つにつれ解析と研究が進み……その強くシンプルで誰にでも使える汎用性の高さから、とある研究者に目を付けられ、彼らのお家芸は侵蝕深度(フェーズ)5の基本機能の1つとして組み込まれてしまった(当時は技能を保護、保障する法律はなく、また時の大剣豪が「できるものならやってみろ青瓢箪」と公的な場で啖呵(たんか)を切ってしまった為、とんとん拍子で実装された)。

そうして侵蝕深度(フェーズ)5以上なら誰でも当然にできることが唯一の特徴となってしまった彼らは『型落ち品』と軽んじられるようになり、それまでの傲慢のツケを払うかのように、坂道を転がり始めた。

侵蝕深度(フェーズ)5開発の中核にいた研究者。事の発端ともいえるその人物の背後にいたパトロンの名はダリアガルデ。
つまりは現当主の母であり、これを因縁という。


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