邪神さまがみてる   作:原 太

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12 永遠(とわ)に勇ましく

 

 

 目を開けると、窓から差し込む西日が部屋をオレンジに染めていた。

 たしかベッドに入ったのが昼すぎくらいだったから……寝てたのは3、4時間くらいか。

 

 いやいや、全然足りないって。最低でもその倍は欲しい。

 おれはそのまま流れるように2度寝を決め込もうとしたが、どうしてか異常なまでの空腹感があり、ちっとも眠れそうになかった。

 しぶしぶベッドから下り隣の部屋を覗くと、まだグリゼルダは眠っている。

 ……どうせレストラン(食堂)に行くだけだし、起こさないでおくか。

 

 静かに支度を整え階段へ向かう。

 

 するとそこにはグリゼルダの影分身がいた。

 あのぼんやりとしたシルエットから察するに、おそらくはステルス仕様。きっとおれ以外には見えない。

 それが4階の詰所へと至る曲がり角の壁に背を預け、立てた片膝を抱えるようにして座り込んでいる。

 想定としては、詰所にいるくっそ人相の悪いナイスガイたちが『音もなく皆殺し』にされた場合に備えての配置。ターナさんから怖い話を聞いたあとだ、用心を重ねるのは悪いことじゃない。

 ただグリステ分身(グリゼルダのステルス影分身)は両目を閉じてうつむいていた。……どう見ても寝てる。

 

 いや、寝てたらダメじゃね?

 

 そう思いつつも、静かにその横を通り抜けようとすると……ぱちっとグリステ分身が目を開けた。と同時にグリゼルダの部屋から、一瞬で本人が飛び出して来た。

 

「――起こしてくださいよ! ゴエイなんですから置いてかないでくださいよぅ!」

 

 自力で起きるという発想が微塵もないその精神、おれにはちょうどいい。

 じゃなくて、やっぱりこれって影分身を用いた監視システムだったのね。

 

()()出しっ放しで、ぐっすり寝れるの?」

「ええと、8割ってところです」

 

 あ、思ったより休めるのね。

 一瞬パクろうかとも思ったが……人の気配で起きる訓練に100%のダメージフィードバック率。おれが真似するにはハードルが高すぎた。

 

「けど、ここまで長時間睡眠なら、もう誤差みたいなものですね。すっきりばっちりです」

 んん? 長時間?

「たった3、4時間で?」

「……? いえ、アマリリスさまがベッドに入ってから27時間が経過してますよ」

 時計が1回りして、日付が1つ進んでいた。

 なにそれ怖い。

 というか、さすがにおかしいだろ。いくらなんでも寝すぎだ。

 

「……なにか、いつもとは違う、変わったことはなかった?」

「ええと、ターナさんが1度様子を見に来ました」

 ターナさんチェックの結果は異常なしで、結論としては「気が済むまで寝かせて差し上げろ」だったそうだ。

 

「あと、昨日も今日も『猫』を1匹も見ませんでした」

 

 たしかにおれが起きた時、周囲に猫の姿はなかった。夕暮れとなり猫たちがやって来る時間になったというのに、なぜか1匹もいなかった。猫踏んじゃった防止の為「ベッドに乗るだけ」という定員を決めてからは連日ソールドアウトの超満員だったのに、ここに来て突然のゼロ。

 なぜ? と疑問に思うおれの足下に、ごろんと猫が巻きついた。

 

 なんだ、来てるじゃん。

 なのに、1匹もいなかった。

 おれが長時間、意識を失うように眠っていたベッドの上には1匹もいなかった。

 まるで、そこで()()()かのように。

 

「猫がいなかったのは最上階(ここ)だけ?」

「はい。下や外には普通にいました」

 

 ……これもしかして、また猫チャージ(サンキューキャッツ)が発生してたんじゃね? おれのリクエスト通り、サイレントスリープモードでこっそりと。

 知らない内におれ、めちゃくちゃ消耗して危険な状態になってたんじゃね?

 

 正直、思い当たるフシはある。

 

 というかどう考えてもひとつしかない。

 そう。

 週1というアホみたいにタイトなスパンで始まった『第2回、ピラミッドさんによる強制人助け弾丸ツアー(推定難易度マストダイ)』だ。

 

 前回(ヨハンの時)はこれといっておれに負担はなかったが、今回は違ったということか?

 向こうのおれが死んだから? それとも状況が悪くなった? ピラミッドさんになにかあった?

 

「……とりあえず、レストラン(食堂)に行こっか」

「はあい」

 考えたところで答えが出る話でもないので、さくっとスキップ。

 腹が減りすぎてそれどころじゃない、という現実に背を蹴られ、足早に4階の詰所を通り過ぎる。

 べつに襲撃されたわけでもなく全員ばっちり健在な、禁欲3ヶ月目のシリアルキラーみたいな顔したナイスガイたちに挨拶し階段を下りる。いやホント人相以外はとても穏やかでいい人たちなんだよ、まじで。

 

「あのさグリゼルダ。もしまた同じようなことがあったら、食事に行く時はわたしも起こしてね。そこは気にしなくていいから」

 すきっ腹に下り階段は効く。

 そもそもシンプルに、超空腹状態で目が覚めるのは嫌だ。

 

「いえ、その、ボクも今すごいお腹が減ってます」

「え? グリゼルダも27時間寝てたの?」

「はい。ターナさんが来た時以外はずっと」

「……よく寝れるね?」

 いくら若さブーストがあるとはいえ、それでも凄くね?

「ええと『ボクたち』の操作には脳を酷使するらしくて、その冷却と修復に睡眠というかたちを取るそうです」

「え? 急に怖い話やめて? なにそれ大丈夫なの?」

「これまで問題はありませんでしたけど……」

 さらに詳しく聞こうとしたところで階段が終わり3階に到着。

 と同時に、本日はオフなバイトお姉さんたちの詰所から声がかかる。

 

「あ! オハヨーアマリリスさま! もう起きていいの?」「こらリリ、そういう言い方しないの」「なんで?」「前の所のくそばばあ思い出すから」「しらねー」「知らないってー」「一緒にすんなー」「あーいるいる。なんかねちゃとしたやつ」

 

 基本ここの皆は一気にどばっと喋る。

 解読のコツは後半をスルーすることだ。

 

「おはようリリカにみんな。なんだか心配させちゃったみたいだね。けど実際、ただ寝てただけだからさ」

「もしかして、寝溜めとかするタイプ?」「いっぱい寝れる若さが羨ましい」「そう? いけるっしょ?」「おめーわたしよか年上だろ」「なぁにいってるかわぁかぁんなぁい」「うわきっつ」

「そうそう。それそれ、そんな感じ」

 

 さらっと話が流れたが、無理に掘り返すつもりはない。

 グリゼルダの構造的な弱点、あるいは欠点かもしれない話を、わざわざ広める必要はないしね。

 

「ねアマリリスさま。ばあちゃんが話あるっていってたから、1度顔見せてあげてよ」

「ターナは自室?」

「ううん、食堂。ヒルデガルドさまのつかいでヨランダが来たところだから、ちょうどいいタイミングなんじゃないかな」

 

 

 

※※※

 

 

 

「ふーん。そんなにやべえの? そのアイルトンとかいうおっさん」

 

 ターナさんの話を聞いたヨランダが、お洒落なサラダとパンのセットをつまみながら気のない返事をする。

 正直ヨランダは、豚キムチ定食とかをご飯大盛りで行くタイプだと思っていたが……実際はかなりの小食で、油っこいものが苦手らしい。

 ちなみにターナさんはいつも通り日替わりの定食を注文している。

 なんでも、迷う時間が無駄に思えてしまうとか。

 

 

「少なくとも、おまえなんざイチコロだよ。射程に入った瞬間、殺られて終わる」

「ふーん。けどそんなヤツ、結構あちこちにいっぱい居るよな? べつに大したことなくね?」

 

 ここはレストラン(食堂)の最奥、行き止まりに3つだけある個室の1つ。

 おれとターナさん専用のVIPルーム『1番個室』内。

 間取りとしては、ほどよい大きさの長テーブルを挟み、向き合うように腰かけるスタンダードなファミレス空間。ただし、ソファの質や調度品等にはそれなりに金をかけているのがわかる、絶妙に居心地の良い部屋だ。

 

 今ここで会話しているのはヨランダとターナさんのみ。

 同じテーブル上で、ただ黙々と飯を食うマシーンと化しているおれとグリゼルダには、当然ながら言葉を発することはできない。空腹とは最高のスパイスであり、今おれたちの人生で1番ホットなのは目の前の肉を最短ルートで口に放り込むというシンプルなカーニバルだ。

 

 ……空気を読んだ2人は、おれたちに話を振ることなく、聞いていればわかるように話題を進めてくれている。

 君らのそういうところ、まじで好き。

 どっかのピラミッドの外道捨て駒ムーブでささくれ立った心がみるみる癒される。

 あと飯が超美味い。

 

 

「……おまえにもわかる様にいうと『フレデリクセン一族』だよ。奴の名はアイルトン・フレデリクセン。最初の侵蝕深度(フェーズ)7にして、元大英雄サマだ」

 がたっとヨランダが立ち上がる。

「そんな奴が大量殺人犯とかくそやべえじゃねーか! なにやってんだよお婆! 飯食う前にさっさと殺りに行くぞ!」

「バカいってんじゃないよ。ただ『奇跡の生還』を果たしただけの奴を、一体どんな理由で殺ろうってんだい? なまじ実績がある大物な上、公的には軍事裁判中に被疑者死亡でケリがついてる。今出てる罪状はない」

 

 あー、そうなっちゃうのか。

 現状、旧市街(ここ)でトップの座についたターナさんが「とくに理由はないけど殺します!」とかやっちゃうと「あ、今度からはそれもアリなんだ」となり、なけなしのルールや秩序がぐちゃみそになっちゃうと。

 

「それは……あれだよほら! 抜刀隊の4人を殺った犯人ってことにすれば」

 などという外道プランをさくっと提示するヨランダ。

 

 ……例の『悪霊ちゃん』あたりから薄々そんな気はしてたが、ヨランダって身内を守る為なら手段を選ばないよな。

 一瞬で、ありとあらゆるNGがなくなるというか。

 

 

「話にならない。論外だ」

 ターナさんが静かに切って捨てる。

「まず手管が違う。アイルトンは『消失』なんて使えない。それに旧市街(ここ)じゃあ、外から来たネズミを始末するのは『悪い事』じゃない。どこぞの法は咎めるだろうが、旧市街(ここ)の住人は誰も咎めやしない」

「それくらい知ってるよ。けど」

()()は無い。あの魔女ですら、そこだけは遵守し続けた。どんなに無理筋だろうが必ず建前は用意した。その理屈は通らないよ」

 

 あ、理屈さえ通れば『有り』なプランなんだ。

 うーん、最高に魔女の巫女してるなあ。

 

「じゃあどうしろってんだよ? 放っておけってか?」

「いいや。遅かれ早かれ、必ずアイルトンは殺しを始める。あれこれ屁理屈をこねようとも、結局やることは()()さ。あれはそういった凶賊だ」

「よし、なら良い事思いついた。要は理由さえあればいいんだろ? じゃあ、あたし――」

 

 この流れはまずいと思ったおれは、クールタイムを差し込むことにした。

 

「あのさ、さっきからいってる『フレデリクセン一族』ってなに? どんなやつらなの?」

「あ、そっか。アマリリスさま、まだその辺とか知らないですよね」

「うん、初耳」

「実はもう普通に会ってたりしますよ」

「なにそれ気になる。詳しく」

 

 わかりました、じゃあ詳しくいきますね。

 と前置きしてから、ヨランダは仕事用のキメ声を繰り出した。

 

 

「フレデリクセン一族とは、元は金銭と引き換えに『武力や安全』を提供するある種の傭兵のような集団でした。一族とはいっても血縁の有無はさほど重要ではなく、同じ流派の同門だという仲間意識こそが、彼らを一族足らしめていました」

「同じ流派? 拳法とかそういうの?」

「それも含めた総合武術です。無手から各種武器まで幅広く網羅した独自の武術を代々継承し、生まれた時から鍛錬を開始する彼らの実力は他の追随を許さなかったそうです。フレデリクセンを味方につけた方が勝つ、などと公然と言われていた時代もあったらしいですよ」

 

 気分1つで全部引っくり返せるレベルの超暴力集団とか、心底かかわりたくないな。

 

「その起源としては、別大陸から渡って来たとか、粛清を生き延びた貴人の系譜だとかイロイロいわれてますが……どれも『箔付け』のフカしっぽいんで話半分でいいと思います」

 

 そんな俗っぽいはったりをかますということは。

 

「意外としょうもないやつらだったり?」

「いえ。その実力は本物です」

「強化措置が一般化した今でも?」

「はい。むしろ中核になってますね。かつての王国時代、当時の王家がフレデリクセンの一派を取り込みました。その結果、現代のネグロニア軍の新兵は入隊と同時に、万人向けに調整されたその『流派』を叩き込まれます。今は汎用近接格闘術って呼ばれて、基礎教練の1つになってます」

「なにそれ凄い」

「でしょ? 元になった流派の名前もめっちゃカッコイイんですよ!」

 この喰いつき。テンション感。どうやらヨランダはフレデリクセン一族を推しているようだ。

「へえ。なんていうの?」

 

上網走改伝流兵法(かみあみばしりかいでんりゅうひょうほう)。王国時代の最高機密。いわゆる御留流ってやつでした」

 

 うわなにそれくっそカッケエ!

 なんだかおれも段々フレデリクセンのファンになってきた!

 

「わたしが会ったことのある『フレデリクセン』って誰?」

「ハウザー・フレデリクセン。最高にカッケエハウさんですよ!」

「おお! まじで!?」「まじですよ!」

 

 イエイと謎のハイタッチ!

 2人ともノリとフィーリングでしか動いてないので、これといって意味はない。

 

「あ、じゃあさ、アイルトン・フレデリクセンって、本気でくそやべえ化物なんじゃ?」

「だとしても今のハウさんなら楽勝ですよ!」

 

 いやハウザーにやらせるんかい。

 反射的に出そうになったつっ込みを、水と一緒に飲み込む。

 ……正直、解決策としては悪くないと思ったからだ。

 がしかし、そこへ。

 

「ああ、おまえは知らないか」

 

 ターナさんが冷や水を浴びせる。

 

「ハウザーの奴は前に1度、アイルトンにこっぴどくやられてるよ。侵蝕深度(フェーズ)5が実用化されて、いよいよ『英雄』も過去のものか、なんていわれてた頃に公式戦でボッコボコにされてね。思えばあれが、時代の節目ってやつだったのかもしれないねえ」

「は? そんなんどうせ侵蝕深度(フェーズ)差に任せたゴリ押しだろ? 今のハウさんがそんなアホに負けるわけねーだろが。1発で即死だって」

「どうだかねえ。弟子だ教え子だって上から見てた奴に()された時のあいつは、それこそ死んだみたいな顔してたけどねえ」

「今なら死ぬのは向こうだ」

「アイルトンの方が20は若いのにかい?」

「まだ若いのに可哀想だな」

「……おまえねえ」

「あん? なんだよお婆」

 

 ヨランダがあっちあちに過熱している。

 プルメリアもそうだったが、近しいやつからはめっちゃ慕われてるよなハウザー。

 

「あのねえヨランダ。ただ喧嘩が強いだけのジジイに、勝手に夢見てあれこれおっ被せてんじゃないよ。さすがに気の毒だ」

 

 なにおう! という顔したヨランダが口を開くより早く、個室のドアがノックされた。

 

「……なんだい?」

「いえ、オーナーではなく、グリゼルダに来客がありまして」

「え? ボクですか?」

 おれに嫌いな苦味系野菜を押しつける代わりに、おれの苦手なハッカク系パクチーなクセ強食材を引き受ける闇取引をしていたグリゼルダがびくっとする。

 

「あ。アンジー、ですか?」

 そういや、いつでも来いとかいってたっけ。

「そう名乗っている、筆談でやり取りをする、20前後の黒髪の女だ」

 どうやら本人っぽいな。

 

「グリゼルダ」

 

 ターナさんが名を呼んで、次の本命の準備を整える。

 

 

「このタイミングで、アマリリス様の近習であるおまえに接触してくるそいつは『白』かい?」

 

 

 まあ普通に考えると怪しいよな。

 当然、グリゼルダもそれくらいは考えていたようで、

 

「……一連の件と、無関係ではないと思います」

 え? 黒なの?

「その心は?」

「アンジーは剣士を育てる『里』から追放されてます。たぶんそこは抜刀隊と縁のある場所だと思います」

 

 一瞬スパイか? とも思ったが、追放されてるならむしろ敵対してる感じか?

 

「おまえは、どう見ている?」

「あ、アンジーの性格的に、降伏とか投降だと思ってます。あ、いや、仲間じゃないかもだし密告? とにかく、そっちじゃないかなと」

「……そういう奴かい?」

「はい。そういう奴です」

 

 基本、自分を第1に考えるやつ。まあいってみれば、どこにでもいる普通のやつだ。

 

「わざわざ娼館(ここ)へ呼びつけたのは偶然かい?」

「は、はい。けど最初からアンジーは『こっちにつく』つもりだったと思います。ええとつまり、自供? 自首? とにかく向こうから出頭して来たんですから、ちょっとくらいアレなことをやってても、大目に見てあげて欲しいなって」

 

 やらかしてるのは確定なのかよ。

 グリゼルダのアンジーに対する評価や信頼が低すぎてびびる。

 

「グリゼルダお前、そいつに借金でもあんのか?」

「いえ、むしろボクが3万貸してます」

「……なんでお前、そんな奴と友達(ダチ)やってんの?」

「ヨランダの友達は、みんな完璧に正しい善人ですか?」

「あー、たしかに気色悪ィな、そんな奴」

「アンジーは楽で好きです」

 

 んん? ちょっと待てよ。

 そんなグリゼルダと、とても上手くやって行けてるおれは……いや違うそうじゃない。きっとここは感謝を述べるところだ。サンキュー! グリゼルダ!

 

 

「アマリリス様。如何なさいますか?」

 ターナさんの問いで、皆の視線がおれに集まる。

「まずは話を聞いてみよう。なにをするにも、それからだ」

 玉虫色にびかびか光るおれ。

 いやだって、他に答えようとかないじゃん。

 

「よし、なら決まりだ。グリゼルダ。隣の『2番個室』を使いな」

 いってターナさんが、隣の2番個室と接している壁に手を這わせる。

 すると、ぱっと一瞬で壁が消えた。

 いや、これは消えたのではない。手を伸ばせば硬い感触がある。壁は変わらずそこにある。

 そう、これは――マジックミラーだ!

 

「は? お婆なんだよこれ!? こんなの知らないんだけど!?」

「おまえが出て行った後に改装工事をしてね。どこぞからカルミネが調達してきた古代遺物(ロストロギア)だそうだ」

 

 今おれたちの目の前――透明の壁ごしに丸見えの『2番個室』内では、慌しく動くスタッフたちがテーブルを拭く等の軽い掃除をしたり割れて武器になりそうな花瓶等を撤去したりと、急ピッチで場を整えていた。

 が、急ぐあまり、テーブルを拭くスタッフの手の小指が「がすっ」と壁をこすった。

 うわ。あれ地味に痛いんだよな。

 現に指をぶつけたスタッフが「痛ッ! ギリ我慢できるくらい痛ッ!」と絶妙なリアクションを見せている。

 

「……なあお婆。なんでこれ、向こうの声聞こえてんの?」

「言ったろ。古代遺物(ロストロギア)だって」

「おいカミナ! 大丈夫か!」

 ヨランダが大きな声を出すも、2番個室内のスタッフはノーリアクション。聞こえていない。

「つまり、こっちからは見えて聞こえんのに、向こうからは見えないし聞こえないのか」

 マジックミラーVER3.0って感じだな。無駄に進化してやがる。

「悪趣味だろう? きっとこれをつくった奴は、捻じ曲がった変態か拷問官さ」

 

 いやたぶん、取調室とかまともな場面でも使われてたとは思うよ。

 ……まあその100倍はすけべ目的で使われただろうけどな!

 

 などとしょーもないことを考えている内に、真面目な顔したグリゼルダが「それじゃ行ってきます」と席を立った。

 そこに「待てよ」とかかる声。

 

「いいかグリゼルダ。もし向こうがお前に攻撃を仕掛けたら、問答無用で踏み込んでぶちのめすからな」

 遠回しに、そうならないよう振舞えと告げるヨランダ。

「……わかりました。けど、そんなことにはなりませんよ」

 そういってグリゼルダは隣の2番個室へと向かった。

 入れ代わるように、掃除をしていたスタッフがアンジーを呼びに走る。

 

 そうして空いたわずかな待ち時間に、ヨランダが「あ」と声を上げた。

「アマリリス様。これから来るアンジーって、喋れないんですよね?」

「うん。グリゼルダには、腕に文字を書いたり手振りで伝えてた」

「じゃあここであたしらが見てても、どんなやり取りしてるかわからないんじゃ」

「あ」

 やっべ、その通りじゃん。

「ちょっとあたし、紙取ってきます」

「馬鹿、部屋から出るな。もうそこまで来てるよ」

 3人でばたばたしてる内にノックされる2番個室のドア。

 グリゼルダが「どうぞ」と返事し入室するアンジー。

 

 数日前に見たのと同じ、いかにも『清楚です』といわんばかりの黒髪おさげに、童――純朴な青少年を殺しそうな、さほど露出はないがどこか意図的ななにかがにじみ出る服装。

 

 そんな彼女が後ろ手にぱたんとドアを閉め、2番個室内にはグリゼルダとアンジーの2人きりになった。

 

 

 瞬間。

 

 

「やっほーグリちゃん、おひさー。てほどでもないか、2日ぶりかー」

「え?」

「ああ~いいリアクション。それが見たかった。どう? わたしの声? イメージより高い? 低い?」

「え? ……ええっ!?」

「はいはい、つめてつめて」

 

 いってグリゼルダの向かいではなく隣に座るアンジー。

 

「いやー、個室用意してくれて助かったよ。グリちゃんとは普通にお喋りしたかったけど、わたしが喋れるってのは秘密にしときたかったからねー」

「な、なんで喋れるの? ずっとあんなに苦労して」

「なんか寝て起きたら治っててさあ。今考えると、たぶんあの黒い猫だったのかなって思うけど、正直よくわかんないや」

 

 治る。

 黒い猫。

 無制限大放出。

 おれの中で繋がっていく、心当たりのあるワードの数々。

 

「な、治ったって、その、後遺症とかもなく? ぜんぶ完璧に?」

「ウソみたいだよね。正直まだ半分疑ってる」

 

 やっべ、どこでなにを()()()かなんて、一々全部覚えてない。

 なのでおれが『暗証番号』を設定するまでに、なにかしらが『採用』されていても不思議ではない。

 というか、身体謎カスタムが横行するネグロニアで、それでも喋れなかったアンジーの喉や声帯を治すなんて、たぶんキャッツ以外には不可能だよな。

 

 

「アマリリス様」

 

 ターナさんの呼びかけに、気持ちびくっとするおれ。

 

「どうやら、大当たりのようです」

 

 

 

※※※

 

 

 

 さくっと踏み込んだ。

 

 とはいえ、いきなり『魔女の巫女』が登場するのは威圧感が凄すぎるので、おれとヨランダの2人だけで行った。

 おまたせー、みたいなノリと勢いで、隣り合って座る2人の向かいに並んで腰を下ろす。

 

 おれたちの姿を見たアンジーは一目でわかるレベルで驚きアワアワしていたが、それでも武器を手に取る等の『攻撃の意思』を見せることはなかった。

 

 表向きはともかく、芯の部分では冷静。根底にあるのは理性。

 確信を得たおれは、それを言葉にする。

 

「グリゼルダに明かせば、わたしに伝わることくらい織り込み済みだったろ? なら無駄な2度手間はカットしよう。そっちとしても、早い方がいいんじゃない?」

「あ、ハイ。それはたしかに」

 

 ちょうどそのタイミングで4人分の飲み物がやって来る。

 おれは頼んだ覚えがないのでターナさんの手配だろう。スタッフさんが配膳する間、なぜか皆無言になる。これはどの世界でも同じらしい。

 そしてスタッフさんが退室し、各人の前に飲み物がセットされて準備完了。

 

「じゃ、始めようか」

 

 なにが「じゃ」なのかおれにもさっぱりわからないが、最高のドヤ顔と勢いで押し通る。ターナさんのアシストのおかげで「細かいことはいいから始めようぜ!」みたいな空気ができ上がる。

 こちらの盗み聞きをあやふやにし、さらに場の主導権をも握るその手腕、さすが長年魔女の巫女をやってるだけはある。

 それら全てを「おれの差配ですけどなにか?」みたいな顔してドヤりつつ、グリゼルダに目を向ける。回せ。お前が場を回せ。

 

「あ、ええと、こっちの赤髪で女中服なのがヨランダ。ボクのセンパイ」

「現当主ヒルデガルド様の専属をやってる。よろしくな」

「あ、ハイ」

「こちらがアマリリスさま。たぶんアンジーは、アマリリスさまに用があったんだよね?」

「あ、ハイ。じゃなくてイエ、その」

 

 しどろもどろになってこそいるが、わかる。

 こいつは、ちっともおれにびびってない。

 今はただ、これから伝える事柄を組み立てるのに慎重になっているだけ、って感じか。

 

「ストップ、アンジー。ローゼガルドさまにいってた、難しい呪文みたいな挨拶はいらないよ。そんなのメンドくさいって思われるだけ。どうせ死ぬ時は死ぬんだから、1番伝えやすい言葉がいいと思うよ」

 アンジーでも緊張するんだね、と半笑いのグリゼルダ。

「うっさい笑うな。こっちはなんの準備もないってのに」

「ボクにいおうとしてた内容を、そのままいえばいいよ」

 

 そこでアンジーが、ちらりと上目遣いでおれを見た。

 伺いを立てるような目。

 

「グリゼルダのいう通りにしていい。それで君が不利になることは1つもないと約束しよう」

 

 日本人でこれを真に受けるやつはいないけど、まあ外国人なら大丈夫だろ。

 

「はい。では、仰せの通りに」

 深々と一礼するアンジー。

 

 

「そもそもアンジーさ、なんで喋れるようになったのを隠すの?」

 まずそこがわからないとグリゼルダ。

「だって、喋れるってバレたら今までみたいにニコニコしてオートでやり過ごすのができなくなるじゃん。そんなのメンドいよ。やりたくないよ。ちょっと腫れ物的な感じでチヤホヤされてたいよ。無口系儚げ美女キャラを捨てたくないよ。現場でモメても『まあ喋れないからね』って、ごちゃごちゃ抜かすアホをいきなりぶった斬ってもなんかオッケーな感じになる今のポジを手放したくないしさあ」

 

 あ、なるほど。お前そういう感じね。

 

「す、すみませんアマリリスさま。基本的にこのチンピラ、こんな感じのどうしようもない奴なんです」

 

 いや、なんとなく気持ちはわかる。

 

「そりゃ怖いよな。いきなりポンと渡されて、いつまた没収されるかわからないものなんて、頼りにする気にはなれないよな。ちゃんと大丈夫って確定するまでは『無いもの』として、これまで通りに過ごした方が無難だよな」

 

 しばしの間。

 

「……これが知られたら、たぶん持って行かれると思います。お前には勿体ない、分不相応だっていうのを綺麗で正しい言葉で(くる)んで、結局は全部持って行かれるって思うんです。少なくとも、ここに居るような人はみんなそう考えちゃうんです。もちろん、わたしだって」

 

 ……んん? そのいい方からすると。

 

「他にも、同じような人たちがいるの?」

「はい」

「数は?」

「正確なところはわかりません。基本的にみんな、自分が『そう』だということは隠していますので」

 

 んん? どういうことだ?

 同じ疑問を、グリゼルダが口にする。

 

「なんで隠してるのに、いるってわかるの?」

「探知できる奴がいるんだよ。私には神の恩寵がわかる、とかいって片っ端から声をかけて、なんか胡散臭い『自分が代表のグループ』をつくろうとしてる奴がいるの」

 

 あ、やっぱりそういうやつが出てくるのね。

 代弁者的なポジを確保して、一定の権力を得ようとするやつ。

 

「探知って、そんなことができんのか? フカしじゃなくて本当に?」

「わたしにもピンポイントで声かけてきたから、探知できるのは本当だと思う。けど集団をつくるのは、たぶんあいつにはムリ」

「なんだ、ムカつく奴だったのか?」

「うーん、なんというか、単純にしょぼい。ローゼガルドさまの超劣化版って感じ。同じ系統の格上を知ってると、妙にシラけるっていうか」

 

 おお! 叔母上の負の遺産がポジティブに作用するの、初めて見たなおい。

 

旧市街(ここ)じゃそんな奴、すぐにぶっ殺されるだろ」

「それが都合の良い(デコイ)として、一定の支持を得ちゃってるみたいでさ。なにかあった時、真っ先に死んで危機をしらせる『鉱山のカナリア』っていうの? そんな感じで」

 

 おおう。エグイような自業自得のような。

 

「それ、アンジーが捻じ曲がってるからそう見えてるだけじゃない?」

「いやいやそんなことないって。だってほとんどみんな覆面とかで顔隠してるんだよ? 名前も名乗らないし、そんなの『都合が悪くなったら逃げます』っていってるようなもんじゃん」

 

 匿名で顔を隠すってのは、まあそういうことだよな。

 

「そんな信用ならない奴らが、最低でもたぶん10人はいると思う」

 あれ? なんか少なくね?

 てっきり、もっといるものだと。

 

「……あたしは昨日、風邪で寝込んだ奴の見舞いに行った。治る奴と治らない奴の『違い』はなんだ?」

 それそれ。おれもそれが気になる。

 

 アンジーは一瞬だけ悩むような素振りを見せてから、

「それはもうわかってる。一般生活に支障をきたすレベルの病人だけが治ってる。わたしみたいにどうにかやって行けてたのは例外で、他は大体『ただもう死ぬのを待ってた』みたいなヒドイ状態だったみたい」

 

 そんな状態から一発全快とか、やっぱりキャッツ、ぱねえな。

 

「……たしかにお婆から聞いた2人も、そんな感じだったな」

 アイルトン・フレデリクセンに特別行動隊の前隊長。

 まだ目撃情報はないけどやっぱりこれ、前隊長の方も『治って』るよな絶対。

 

「そんな状態なのに旧市街の陰に隠れるしかない奴らなんて、どう考えてもまともじゃないでしょ? 基本的に犯罪者かどっかおかしい奴らだってわたしは思ってる」

「あ、たしかにアンジーも罪人(逃亡兵)枠だね」

「え? グリちゃん、なんで背中から刺してくるの? 今その暴力いる?」

 

 ふむふむ。大まかな状況はわかった。

 ただわからないのは。

 

 

「どうしてアンジーはここへ?」

 

 

 今の旧市街の状況から考えて、その『謎の快復~黒猫を添えて~』とか、絶対におれがメインで関わってるやつじゃん。そんなの誰でも一瞬でわかる。

 

 つまり向こうからすればおれは、いきなり謎のヒーリング(無法の極み)をバラまいた意味不明の存在だ。

 下手に刺激したら、それこそなにが起きるかわからない。

 

 なのにお前、なんで来てるんだよ?

 

 おれの問いに、姿勢を正し真顔になったアンジーがはっきりといった。 

 

 

「わたしが、生き残る為です」

 

 

 うん、さっぱりわからん。

 ただ事前にそれっぽいキーワードは入手している。

 

「……抜刀隊か? 君の生まれ故郷に関係あるとか」

 

 おれの指摘に、アンジーが嫌そうな顔してうなずく。

 

「はい。5日ほど前から『治った』メンバーが何者かに連れ去られる事件が起き始めました。おそらくは『治った』仕組みの解明が目的だと思われます」

 

 なにそれ、普通に解剖とかされてそう。

 そもそも誘拐する時点で、非人道的な臭いがぷんぷんだ。

 

「……それ、どう考えても『探知者』が手引きしてるだろ」

 

 ヨランダの指摘に、アンジーが嫌そうな顔してうなずく。

 まあ皆自分が『そう』だということを隠しているのだから、それを知っているやつの手引きがなければターゲットを特定できないよな。

 

「たぶん、あの詐欺師が陸軍や抜刀隊に取り入る為に、サンプルを提供してるんだと思う」

 

 いくら秘密にしようとしても、内側から裏切りのセールスマンが出たらどうしようもない。

 都合の良い(まと)として利用しようとした相手が、想像以上の毒物だった。

 きっとこれは、そういう話。

 

「けど向こうも自分が疑われることくらいわかってる。だから小細工しやがってさあ!」

 そこでアンジーは立ち上がり、

「アマリリス様。わたしに敵対や攻撃の意思は一切ありません。ですが、ここからの説明には現物をお見せするのが1番だと愚考致します故、武具の顕現のご裁可を頂きたく」

「いいよ」

 同じ空間にグリゼルダがいる以上、おれは絶対に安全だ。

 なのでこんな、ノータイムで即答だってできる。

 びびっていると思われて得になることは、ひとつもあるまい。

 

「失礼致します」

 

 そういってアンジーが差し出した両手の上に、音もなくすう、と白木の鞘が現れる。

 

 木製の、なにひとつ装飾も塗装もない鞘。

 同じ材質で、つるりと繋がる(つか)

 (つば)のない木刀のようなシルエット。

 これはたしか白鞘(しらさや)と呼ばれる保管用のやつで、実戦で使う物ではなかった筈。

 なぜかやくざ映画ではこれで戦うのがデフォになっていた、わかり易くいうと『ドス』のロングバージョン。

 

 つまりは(かたな)

 日本刀だ。

 

「祖先伝来の継承品です。わたしは祖父より引き継ぎました。御存知かもしれませんが、これは戦う為の『刀』ではありません。これを得物として使うのは我が家系だけで、わたしが最後の1人です」

 

 剣士を育てる里で、戦いには使えない『刀』を代々継承している家系。

 なにかネガティブな意味があるのは、ほぼ確実だよな。

 

「戦う為の刀じゃない、というのは『実物』の話だろ? 闇で再現する武器には、あまり関係ないんじゃ?」

「はい。(りき)んでも柄は壊れませんし、鞘が2つに割れることもありません。ただ、もはやこれを使うのは、()()()()()なのがとてもマズいんです」

 

 問題なのは機能ではなく、オンリーワンだという事実。

 

 

「なあアンジー。これってガチもんの、正規の手順でやる『錬成(れんせい)』だよな?」

「……まあねー。御当主の専属なだけあって、ヨランダは物知りだね」

「見ればわかるって。クオリティが凄え。闇色じゃなくてちゃんと木の色で、しかも木目(もくめ)まで完璧に再現されてる。あたしらの『簡易版』とは出来が違う」

 触れないぎりぎりまで顔を近づけ観察していたヨランダが、まるで本物みたいだ、と呟く。

 

「そういえば、侵蝕深度(フェーズ)5以上がつくる武器って、みんな黒一色だったよね」

 親衛隊の剣もミゲルのクロスボウも真っ黒だった。

「あれは、この技の『簡易版』なんですよ。見た目とか細部を省略する代わりに、誰でも簡単に使えるようにしたやつなんです」

「100点中75点になるけど、万人が使えるって感じ?」

「いえ、本当に見た目と細部だけの差しかないんで、実際の使用感でいうなら100点中95点はあります」

 

 それは凄いけど、酷いな。

 正規の手順でやる『錬成(れんせい)』とやらの意義が、ほぼなくなってしまっている。

 

「これができるってことはアンジー、お前は抜刀隊の連中と同郷ってことだよな?」

「うん。最悪なことにね。だからあいつらは、もう『白鞘』を実戦で使うのがあたしだけだって知ってんの」

 

 もはやアンジーだけが使う刀。

 その刀を見れば、彼女だとわかるシンボル。

 なんとも簡単に悪用できそうな事実。

 実際に可能なのか、確認してみる。

 

 

「たしか『簡易版』の方は、最初についた手癖の矯正はほぼ不可能だって聞いたけど……正規の手順でやる『錬成(れんせい)』も同じ?」

「はい。同じです。しかもわたしのように代々継承しているパターンだと、木目の位置や間隔まで完全に固定されています」

 

 得物の変更は不可能と。

 なら次は。

 

「アンジーの古里って、各家庭に『実物の刀』があったりする?」

「はい。あります。精度を高める為の見本として、どの家にも絶対にあります」

「なら当然、保管用の『白鞘』もあるよね?」

「はい。やはり湿気は大敵ですので」

 つまり、アンジーの古里の者なら簡単に白鞘の刀は用意できると。

 

 なんとなく流れが見えてきた。

 なので答え合わせをしてみる。

 

「今旧市街(ここ)で暗躍してる誘拐犯の正体は抜刀隊?」

「はい。わたしの生まれた里が主力の部隊です」

「もしかしてアンジー、里の連中に恨まれてる?」

「とても強く、逆恨みされています」

 

 本当に逆恨みかはともかく、怨恨(えんこん)はありと。

 

「最近あった、嫌なニュースは?」

「最悪なことに、誘拐犯の1人が『白鞘のままの刀』を振るう覆面女だったという情報が入ってきました。瀕死の重傷を負いながらも逃げ延びた被害者からの貴重な証言で、数少ない犯人の手掛かりです」

 

 うん。そんなことだと思った。

 

「ええと、一応確認するけど、アンジー、やってないよね?」

 グリゼルダからの信用がゼロすぎてびびる。

 いや違うか。

 この確認は必須か。

 

「やってない。わたしなら、逃すようなヘマはしない」

「余計な部分は省いて、みんなに正直に話してみれば? 里の者なら同じ実物を用意できるって」

「内と外で連携されたら、どうしようもない。証拠や事実なんていくらでもつくれる」

 

 まあその通りだろう。

 つまりもう、趨勢は決まった後。

 きっとそう遠くない内にアンジーは仲間を売った『犯人』として吊るし上げられるのだろう。

 向こうのいう、向こうの用意した、動かぬ証拠(笑)と共に。

 

「ならもういっそ、そのくそったれの『詐欺師』を問答無用でやっちまえばいいんじゃね?」

 ヨランダが最高に冴えた解決方法を提示する。

 実際、最も詐欺師が困るアクションではある。

 

「それがさあ。いつも詐欺師のクソ女に張り付いてる『ボディーガード』みたいな奴がいてさー。そいつがまたヤバそうなの」

「へえ。特別行動隊(ボクたち)を知ってるアンジーが、そう思うの?」

「うん。あれはたぶん、まともにやり合っちゃダメだと思う」

 そんな野生の怪物がにょきっと生えてくるの、まじで止めて欲しい。

「しかも日和見の観客気取ってる連中の中にも2、3人くらいヤバそうなのがいてさ。変に先制攻撃とかして全員が敵に回っちゃうと、もう絶対に死んじゃう感じなんだよねえ」

 

 うん、強硬策がダメなのはよくわかった。

 

「ならA&J、お前のボスのミゲル様に出張って貰えよ。あの方、たぶんこういうのめちゃくちゃ強いと思うぞ」

「今はノエミと本社へ出張中。残ってる主要メンバーはエルダ商会の面子とマナナだけ。事務屋の皆は論外だし、正直マナナとは微妙な感じだし」

 

 グリゼルダとマナナの関係が、そのまま友人であるアンジーにも影響してるのね。

 それを本人の目の前で明言しないところに、最低限の気遣いを感じるな。

 

「それで最後の伝手(つて)、グリゼルダを頼って来たってワケか」

「……半分正解」

「もう半分は?」

「残念だけど、諦めようかなって」

「なにをだ?」

「声を」

「あん? どういうことだ?」

「敵が半分になる。命には代えられない」

 

 

 あは。

 

 

 その言葉に、思わず笑ってしまう。

 

 つまり進退(きわ)まったこいつは、全ての前提をぶち壊しに来たのだ。

 

 抜刀隊や詐欺師やボディーガードやその他の連中やら色々とごちゃついているらしいが、全ての根っこにあるのは『治った』という事実。

 

「アマリリス様」

 

 おれの名を呼んだアンジーが席を立ち、床に両膝をつけて頭を下げつつ口を開く。

 

「アマリリス様の御力で()()を見た者が、外部から敵を招き入れております。これは正に恩を仇で返す所業。汗顔(かんがん)の至りではありますが、我ら下賤(げせん)には過ぎた(たまわ)り物だったようです」

 

 意訳すると「おめーが『恵んで(治して)』やったやつが外患誘致してるよ! 恩を仇で返されたね! むかつくね! こうなった以上さっさと『没収』した方がいいよ! 自分だけ許してとはいわねーから、皆まとめてさくっとやっちゃって!」といったところか。

 

 そう。

 こいつは、謎ヒーリングをもたらした大元たるおれに『取り消してくれ』と要請しに来たのだ。

 そうすれば『治った』連中はまた無力な病人へと戻り、敵勢力は今の半分になる。アンジーは再び喋れなくなるが、死にはしない。活路は開ける。

 

 

「あは」

 

 

 つい声に出してしまう。

 

 笑っちゃうくらいに手段を選ばない、他の一切を顧みない、どこまでも自分本位な、いってみればおれと同じタイプのやつ。

 自分を守る為の努力を、一切の手抜き無く全力で、誰になにを思われようが完遂できるやつ。

 世間的に見れば外道の類なのだろうが、とても理解できるし納得もできる、どうしても嫌いにはなれない、いわばおれの同類(お仲間)

 

 

「もちろん、抜刀隊の方はわたしで始末をつけます。数が多いので一息にとは行きませんが、1月ほどお時間を頂ければ、必ずや」

 

 ヨランダとグリゼルダはなにもいわず、黙っておれの方を見ている。

 おそらくは、おれの判断待ちなのだろう。

 というかそもそも、謎ヒーリングの件とか知らないだろうし、コメントのしようがないともいえる。

 

 

 正直、おれとしては……くっそやばい緊急事態だ。

 

 

 なにより、既にネグロニア陸軍とかいう、どう考えても激やばな組織に把握されているのが致命的すぎる。

 向こうはもうとっくに、おれが(正確にはキャッツなのだが)ネグロニア医学の限界を超えて『治せる』と知っているのが、まじでどうしようもない。

 

 そんな便利な存在、放っておくわけがない。

 

 既に非合法な工作員を送り込んで『原理の解明』に乗り出していることからも、関心の高さと力の入れ具合が見て取れる。

 

 もうこの時点で、事態はおれの手を離れている。

 後手に回ったどころじゃない。

 知った時には、とっくの昔に終わっていたレベルだ。

 

 だから。

 

 いっそ、本当に手放すことにした。

 

 

「まずはアンジー、席に戻ろう。話はわかった」

 そうして向かい合ってから、できるだけ軽い調子でいう。

 

「いくつか誤解があるみたいだから、まずはそれを話そう」

 

 ありのままを告げる、勇気。

 

「実は皆が『治った』やつさ、それ、わたしが意図してやったことじゃないんだ」

 

 反応はなし。

 構わず続ける。

 

「知っているとは思うけど、つい最近、致命傷を負ってさ。その時のわたしの『悪あがき』に巻き込まれたのだと思う」

「ええと、ご存知、なかったのですか?」

 

 アンジーの問いに、率直に答える。

 

「ああ。今君にいわれて初めて知った」

 

 ここで嘘をひとつまみ。

 

「そもそも普通なら、破裂するからね。耐えられるようには出来てないんだ。あれはそう易々と手を伸ばしていいものじゃないんだよ」

 これは今おれが考えた設定だが、ここはいった者勝ちだ。

「まさか都合よく『治って』いるなんて思わなかった。面白い偶然だったね。万分の一もないんじゃないかな、こんなレアなケースは」

 

 渾身の「再現性はないよ」アピールをかましておく。

 

「だからねアンジー。わたしに治った者たちから『取り上げる』なんて真似はできないんだよ。きっかけは確かにわたしだが、君たちはたまたま運よく『勝手に治った』だけで、それはわたしの制御下にない」

 

 これも嘘だ。

 ぶっちゃけ、キャッツにパスワードを添えて「全員元に戻して」とお願いすれば『没収』は可能だと思う。

 けどそんなことをすれば、軍の偉いおじさんがますますいきり立ってしまう。

 だから、これは事故で再現性はありません!

 の1本で行くしかない。

 

「このことは、他の皆にも教えてあげて欲しい。いつ『没収』されるのかと怯え続けるのは、つらいだろうしさ」

 

 そこでちらりと覗く下心。

 ……ちょっとくらいはいいよね。

 

「あ、けど大元のわたしが死んじゃうと、たぶん全部消えてなくなるから……どこかでわたしがピンチに陥ってたら、その時は助けてねって伝えといて」

「は。お言葉、承りました」

 

 名も無きボディガード(実利によりモチベーションMAX)たち、ゲットだぜ!

 

 よし、ならあとは。

 

「ヨランダさ、ここまではどうやって来たの?」

「え? 普通に馬車ですけど」

「それって、3人追加で乗れる?」

「ええ、乗れます」

「今日って姉さま、旧離宮にいる日?」

「はい。1日中書類仕事の日ですので」

「じゃあすぐに行こう。この件を報告して、政治的にがりがり圧力かけて陸軍を止めてもらおう」

 

 ここでおれたちが個人で頑張っても、軍隊などという大規模な組織が相手ではどうしようもない。

 やるなら土台から崩さなくては無意味だ。

 こういう時の為に、おれは姉さまの妹の地位を得たといっても過言ではない。

 使えるものは使う。躊躇いも遠慮もなしだ。

 

「いつでも来いって『証』もあるし、事前の予約なしでも問題なく通れる。たぶんこれ以上遅れたら本当に取り返しがつかなくなるから、できるだけ急ごう」

「え? もしかして、わたしも行くんですか?」

「アンジーが主役だろ。むしろこっちがサブだよ」

「ええー」

 

 そうしてばたばたと準備を始める傍らで、ふと気づく。

 

 一足飛びで上にかけ合って、前提から崩し、既にでき上がっている盤面を台無しにする。

 

 今おれのやろうとしてることって、ここに来たアンジーと同じだよな。

 うーん。

 まじで同類だわこれ。

 

 そこで、引っかかる。

 

 仮にそうだとして、逆算して考えるならば。

 本当にアンジー(こいつ)が、おれの同類だとしたら。

 

 おれにとってのキャッツやピラミッドさんのような『伏せ札』が、アンジー(こいつ)にもあるのではないだろうか?

 自分を守る最後の『切り札』を、誰にも知らせることなくひっそりと抱えているのではないだろうか?

 それこそ、全てを引っくり返せる、特大のやつを。

 

 そうでもなければ、()()()()のような臆病な小心者は、得体の知れない邪神もどきの前に単身乗り込むなんて絶対にできない。

 向こうの機嫌ひとつで死ぬ場所になんて、()()()()は絶対に行かない。

 だがアンジーは来た。

 どうにかできるという確信があったから、おれと同類のこいつはここへ来た。来れた。

 

「ね、アンジーさ」

 

 弾みでいいかけて、止める。

 問われて切り札を晒すようなマヌケは、旧市街(ここ)じゃとっくに死んでるよな。

 さらにいうなら、()()を探ろうとするやつを、()()()()は絶対に味方だとは認めない。

 

「……夕飯、食べた? ここから先は食べるタイミングとかないだろうから、まだならここで済ませときなよ」

「え? いいんですか?」

 おれではなくヨランダが答える。

「そうだな。どうせ御者の2人も呼び戻さなきゃだし、即出発とは行かないからな。腹が減ってて良い事なんてないから、ちゃんと食っとけ」

 

 ……んん?

 

「御者の2人? は今どこに?」

 おれの問いに、ヨランダは上を指して、

「今日は時間があったんで(おご)ってやりました。あいつらみたいに元気があり余ってるの、ラミ姐とミア姐は大好物ですし」

 ラミとミア……ああ、あのあらあらうふふ系の肉食獣たちか。

 

「グリゼルダ、ついて来い。あいつら呼びに行くぞ」

 がたっと席を立つヨランダ。

「え? 今行くと気まずいんじゃ……」

「ばっかお前、こっちはちゃんとした仕事の用件で行くんだ。文句いわれる筋合いはないし、やっぱ素っ裸で腰振ってんのって笑えるんだよ」

「あ、悪趣味ですよ」

「お前あいつらとは初対面だろ? 一気に仲良くなれるぞ。なにせそいつの本質が見える」

「わ。なんか深い話に」

 などといいつつ2人は出て行った。

 

 おれは知っている。

 実はグリゼルダは店のお姉さんのクソみたいな下ネタにもきゃっきゃできるタイプのやつだと。

 つまりは内心のりのりだ。

 

「あ、注文いいですか?」

 ドリンクのおかわりを持ってきたスタッフをアンジーがつかまえる。

「この『夢の贅――松――』をひとつ。あハイ、温かい方で」

 

 こいつっ! タダ飯だと思って1番高いグランドメニューを!

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 すっかり日も落ちた娼館前の大通り。

 いつかの真正面ベタ付け黒塗りやくざ馬車(旧王家の紋入り)とは違い、ちゃんとすみっこに停めてあった馬車の前で、若い兄ちゃん2人がオラついた――じゃなくて元気な声を出した。

 

「オレ、ピーノっていいます! こっちは弟のピーオ! あんま頭は良くねっすけど、速さだけはバッチリなんでヨロシクお願いします!」「まっす!」

 

 ヨランダに紹介された、いかにも「元気あり余ってます!」といった感じの、向こう見ずで馬力のありそうな若手の御者2人。

 ヨランダによって途中で強制終了させられた上に、初対面の女の子(グリゼルダ)にスイングしてるところを晒されたであろうフラストレーションを微塵も感じさせないその明るさは純粋に素晴らしいと思う。

 

「うん、よろしくね」

 

 余計なことはいわず、にこやかに挨拶を返し、車内へと乗り込む。

 その途中、小声でヨランダに「プルメリアの時はこんなのなかったよ?」というと「命預ける相手の顔と名前くらいは知っとかなきゃでしょ」と返ってきた。

 まあ正論ではある。

プルメリア(あいつ)はその辺の感覚がバカになってるんです。べつに手抜きしてたとかそういうわけじゃないんで、誤解しないでやってください」

 

 わかったと頷きつつ、向かい合うように設置された長椅子の奥へと詰める。おれの隣にヨランダ、正面にグリゼルダ、1番遠い対角線上にアンジーと、それぞれ腰かける。

 車内の基本的なつくりは以前に乗った黒塗り防弾やくざ馬車と同じだったが、装飾や細部がさりげなく省略、簡略化されており、どことなくリーズナブルな感じになっていた。

 

 ……まあそれでも、旧王家の紋が入った馬車と似てる時点で高級品だよな、たぶん。

 

 全員が乗り込み、出入り口のドアが閉められるその直前に――ひょいとグリステ分身(グリゼルダのステルス影分身)が馬車の屋根上へと身を躍らせたが、なにもいわないでおいた。

 

 グリゼルダ(こいつ)のこういう、当然のように最悪を想定するところは大好きだ。

 

 音もなく出発進行。

 またあの長い道程(みちのり)を行くのかあ、とうんざりしそうになったが……もしやと思い聞いてみる。

 

「御者の2人の着てたあの服って、近衛のやつだよね?」

 レミ君や時を駆けるイケおじたちが着ていたのと同じ、黒を基調とした乗馬服っぽい上下。

「ええ。あいつらも草原出身で近衛所属ですよ。まだ『王家の紋付き』は任せて貰えないってボヤいてましたけど、若手の中では1番うまくて速い有望株ですね」

「じゃあ『距離の短縮』ができたりは?」

「さすがにしませんね。あれは行くところまで行きついた極致です。ただこいつら、純粋に速いですから、かかる時間は半分以下ですよ」

「たしかに、凄く速いです」

 グリゼルダがどこか嫌そうにいう。

 ちらりと窓の外を覗き込んでみる。

 とっくに外は闇で満ちている。視界は超クリアだ。

 

 まるで当然のように馬車をひく影分身の黒馬。

 早回しのように流れ去って行く窓の外の景色。

 なのに車内の揺れはほぼゼロだという不思議。

 

 なにこれ凄い。

 控え目に見ても、バイクのフルスロットルかと思うくらいのスピードが出てる。

 屋根上のグリステ分身が、逃走車両にしがみつく筋肉系アクションスターみたいになってる。そりゃ嫌そうな声も出るわ。

 

「これ危なくない? 事故ったりしない?」

 車線も信号機もないのに、このスピードはまずくね?

 いくら大通りとはいえ、わりと近くに歩行者がいるんだけど。

 

「普通の奴は旧離宮の馬車には近づきません。ぶつかって来るのはまあ刺客なんで、事故じゃなくて反撃になりますから大丈夫ですよ」

 

 どうやら、歩行者の安全などという概念はないらしい。

 おれは搦め手でいくことにした。

 

「ぶつかったりしたら、御者の2人も無事では済まないんじゃ?」

「死ななきゃ治せますから、ま、大丈夫ですよ」

 

 あんなに鬱陶しかった交通ルールを恋しく思う日が来るとは夢にも思わなかった。

 

「けどこの馬車、LⅢモデルだよね? めちゃくちゃ高いけど普通に販売されてるから、外から見ただけじゃ旧離宮から来たってわからなくない?」

 意外な知識を披露するアンジー。

 なんでも、エルダ商会で扱う売れ筋商品のひとつらしい。

 

「この辺で高級モデルを所持してるのは、ほんの一部の金持ちや有力者だけだ。どれもやばいのばっかだから、そもそも仕掛けてくるバカはいないって」

 まるで前フリ(フラグ)のような不吉なことをいうヨランダ。

「この馬車、防刃とか対衝撃加工とか一切してないです。防御面に不安があります」

 グリゼルダが、さらに不吉を補強する。

「まあ速度重視の軽量モデルだからねー。それでも最低基準は満たしてるけど、基本的に襲撃されたら速度で逃げ切れってコンセプトだね」

 

 いやお前らさ、言霊(ことだま)って知ってる? まあ知らないよなあ。

 

 おれは流れを変えようと、窓枠に立てかけてあったそれを手に取ってみる。

 

「この本なに? 誰かの私物?」

 

 パラパラと流し見すると「1-1 整列の方法」「1-2 前進」「1-3 全体止まれ」「1-6 右向け右」等々、なんだか大昔の体育の教科書みたいなことが書いてあった。

 

「あー、それ教本ですね。新兵用の最初のやつです」

 ヨランダが御者台へと繋がる小窓を開け、

「おいこの教本、お前らのか?」

「あ、悪ィ、出しっぱなしだった? 長が『読んどけ』ってうるさくてよぉ」

「あのなお前ら、乗るのがあたしだけだって油断してるからこんな――」

 

 さらにパラパラと進めると、ネグロニア軍の輝かしい歴史! みたいな章が始まり、そこには偉いおじさんのモノクロ写真が並び「このイケオジはこんな風にバズったんだぜ」という武勇伝自慢が繰り広げられていた。

 

「あっ!」

 

 狂奔(レイジ)さんの努力の結果、印刷と写真の初歩は既に実用化されていると知っていたおれに驚きはない。

 だから今のびっくりはおれではなく、

 

「どうしたのアンジー?」

「1つ前のページに戻ってください!」

 ぺらりと戻る。

 そこにあったのは、往年のアクションスターのように逞しくハンサムな青年の顔。

 その説明欄には『最初の侵蝕深度(フェーズ)7にして西方山岳部平定の英雄、アイルトン・フレデリクセン』と記されていた。

 

「やっぱりそうだ。もっと老けてヒゲもじゃになってたけど、この無駄にカッコイイ顔は間違いないです」

「なにが?」

「詐欺師のクソ女にずっと張り付いてるボディーガード、こいつですよ! なんかやばそうだとは思ってたけど、西方平定とか本物の化物じゃないですか怖っ! 手出さないでよかったー!」

 

 え? まじで?

「え? まじで?」

 声に出したのはヨランダ。

 

「なんでそんな凄いおじさんが、詐欺師を護ってるの?」

 当然の疑問を口に出したのはグリゼルダ。

 

「……実はわたしさ、ボディーガードのおじさんに『詐欺師なんかについてても先はないから、こっちにつかない? エルダ商会はビッグだよ?』って勧誘したの」

「わ。自分から死にに行くスタイル」

「アンジーお前凄いな。初手からいきなり命賭けてる。オッズも不明なのに」

 知ってたらいわなかったよ! と野次に返してから、アンジーは続けた。

 

「そしたら『お前には、王宮の奥に閉じこもるあのジジイを引きずり出せるのか?』とかいわれてさ。もう王宮なんてどこにもないのに、なにいってんの? って感じで意味不明だったの」

「……一部の反王家の連中は、離宮とか新旧とか関係なく、王族関連の建物を雑にまとめて王宮っていいやがるな」

 

 詳細は不明だが、なんとなくアイルトンさんとは相容れない気がするな。

 

「でさ、わかんなかったから聞いてみたの。そのジジイは誰で、引きずり出してどうするの? って」

「……教えてくれたの?」

「いえ、普通に無視されました。けど押せばいけそうだったのでガンガンいきました」

「お前、強すぎんだろ。聞いてるこっちが怖ぇよ」

「アンジーって自分の可愛いさを過信しがちだよね。実際はその半分だと思った方がいいよ」

「けど実際にいけたから。結局おじさん、教えてくれたから」

 

 だから過信じゃなくて実際は半分どころか倍なんだよなあ! とひとしきりイキり散らしてから、アンジーは続けた。

 

 

「ハウザーを、今度こそ五分の条件で殺すんだって。誰にも文句をいわせない、完膚なきまでの勝利を手にすることで我が(いさおし)を不動のものにするんだって、いってた」

 

 

 ……んん?

 たしかターナさんの話じゃ、ボコボコにされて負けたのはハウザーの方だったよな?

 なんで勝った方が『今度こそリベンジだ!』みたいになってんの?

 

「よくわかんねーけど、そのアイルトンは放っておいても勝手に自殺してくれるってことか?」

 相変わらずヨランダのハウザーに対する信頼値はカンストしているようだった。

 

 と、そこで。

 

 

「――アマリリスさま。来ました。後方、2つです」

 

 

 グリゼルダの声音が変わった。

 窓の外の闇を反射させて確認すると、たしかに馬車の後方20メートルほどの人ごみにまぎれ蠢く2つの人影があった。

 そう、人影。

 己の足で走っている、一目でそうだとわかる人の姿。

 バイクのフルスロットルくらいのスピードで走るこの馬車に対し、ノンストップで人の間を通り抜けながら徐々に距離を詰めて来る、どう考えてもおれの知っている人間の限界を突破しているその速度。正直意味がわからないが、やべえやつなことだけはわかる。

 

 暴力のにおいを嗅ぎ取った周囲の人々が、クモの子を散らすように退避していく。その様子を見た、馬車の進行方向の先にいる人の波もまたささっと引いていく。完璧かつ迅速な避難。できなきゃ巻き込まれて死ぬから、今生きてるやつは皆できる。淘汰の結果としての高錬度。予期せぬ事故の可能性をゼロにしてくれるのはありがたい。なら残るは2人だけ。人気(ひとけ)が引き2つの人影が孤立したことで、その姿がはっきりと浮かび上がる。

 

 おそらくは男が2人。

 

 両名共に同じ格好をしており、あのふくらはぎでぎゅっと絞られたズボンがなんだか忍者っぽい黒の上下は……いつかマリアンジェラやグリゼルダが着ていた『夜戦着』だ。

 さらに2人は首もとまでを隠す目出し帽のような覆面をしており、どう見ても『顔を隠す必要があることをしに来た』不審者としか思えない。

 

 

「アンジー、こっちこい。お前も見ろ」

 少しだけ開けた窓の隙間から、手の平サイズの鏡を覗かせるヨランダ。

 それを横から覗き込むアンジー。

 

「うげ。あれ、抜刀隊だよ」

「間違いないか?」

「うん。あの、一切の重量物を持たずにただ速度を出すことのみを目的とした走法は『飛び足』って呼ばれる里特有の技術だよ。他じゃ見たことない」

 

 おれの知ってる言葉でいうなら、陸上競技のアスリートの走り方だ。

 背筋を伸ばし、大きく腕を振り太腿ごと足を運ぶ、短距離ランナーがよくやってた走法。

 普通なら10秒くらいで息切れする、速度全振りの疾走。

 それが、少なくともおれが見始めてから30秒は続いてる。

 そしてまだ衰える気配はない。

 

「グリゼルダ。いけるか?」

「はい」

「使うか? 中身をかければ、たぶん死ぬ」

 ヨランダの手にはティーポッド(()()を増やした大サイズ)が。

「いえ。存在がバレるまでは、このままで」

 

 まるでグリステ分身(グリゼルダのステルス影分身)が馬車の屋根上にいるのを知っているかのようなやり取りだが……そういやヨランダも、おれが『足した』影響でステルスが見えるんだったか。

 

「あの、一応いっておくけど、わたしスパイとかじゃないからね? 売ったりしてないからね? ほら、お財布ぺらっぺらだよ?」

「いまさらンなこといわねえよ。お前はここまで詰められた時、手当たり次第に斬りまくれ。アマリリス様を護れ」

 

 いってヨランダが、すぱんと御者台へと続く小窓を全開にして、

 

「敵襲だ! 死んでも止めるな! 走り続けろ! ビビるんじゃねーぞいいな!」

「マジで!? わかった! 前から来た奴はどーする!?」

「全部敵だ。()き殺せ!」

「おっしゃあ! ひき殺すぜ~!」「うっしゃあ! こいやボケどもがあ~!」

 

 車両前方の治安悪化と同時に、走行中にもかかわらずうっすらと開かれる馬車の出入り口。すかさずひらりと、鉄棒の逆上がりの要領で屋根上へと身を躍らせる追加のグリステ分身が1つ、2つ。

 これで今、馬車の屋根上にスタンバイしているグリステ分身は3体になった。

 なにをするつもりかは知らないが、きっとエグくてヒドいことに違いない。

 

「これ、わたしも黒杭とか撃った方がいい? (しつ)が悪いから致命傷になるかは怪しいけど」

「いえ、万が一があります。アマリリス様が乗っていると教えてやるのは止めておきましょう」

 ヨランダ、緊急事態なのにめっちゃ冷静。

「なんか慣れてるね」

 おかげでおれも冷静でいられる。

「ヒルデ様、結構敵が多いんですよ。襲われてもプルメリアがいるからなんとかなるんですけど、やっぱ損傷は少ない方がいいですから」

 ああ、トライアンドエラーの果てに得た経験値なのね。

 死なないけど痛いらしいもんね、プルメリアの()()

 

 

 

 ――私が居る限り、絶対に、死にません。首が折れても、切断されても、絶対に死にません。これは幾度もの実践を経て証明された、事実です。

 

 

 

「……リアルゾンビアタック(そんなこと)ばかりやってると、おかしくならない?」

「ロイとヴィンセントあたりは手遅れですね。もう戦いというより『引き算』になっちゃってます」

 などという本当にあった怖い話を聞いている内に、とうとう後ろの2人が馬車へと追いついた。

 彼我の距離、およそ1メートル。

 2人同時にぐっと身を沈め、跳躍。

 勢いのまま車体に手をかけようとしたところで――グリステ分身が動いた。

 

 2人の男が跳ぶと同時に2体がジャンプ。

 それぞれが空中で1つずつ男の頭部をキャッチ。

 そしてそのまま、ラグビーボールをトライするかのように全体重をかけながら地面へとダイブ。

 屋根上から下へと飛び下りるのに巻き込むかたち。

 わかり易く一言でいうと――無理心中、というやつだ。

 

 馬車の屋根上およそ2メートル弱の高さから、推定時速60~70キロは出てそうな状況で、グリゼルダの全体重を乗せ頭部から地面に激突。

 小難しい理屈を考えるまでもない。

 

 即死だ。

 

 現に今そうなった。

 細く脆い首はもちろん、頑丈な頭蓋骨すらもガラスのように砕けた。

 当然、一緒に落下したグリゼルダも無事では済まないが……あれは影分身だ。

 

 ルーキーのおれとは違い、影分身界の大先輩であるグリゼルダは、あらかじめ備えてさえいればダメージフィードバック率を調整できる。

 なので今も「あ、痛っ!」くらいで済んでる。

 

 あらためて思う。

 影分身が、強すぎる。

 ガチな戦闘要員が使うだけでもズルいのに、追加でステルス機能まであるとか無法すぎる。さらにグリゼルダはそれを複数同時に運用できるという、まじでお前やりすぎだよ、としかいいようのない超スペックっぷりである。

 

 だからつい考えてしまう。

 そんなに都合の良い話があるのだろうか?

 なにか、相応のデメリットがあるのではないだろうか?

 

 

「――次! 前方から2来ます!」

 グリゼルダの声に、全開のままの御者台へと繋がる小窓の向こうから、

 

「おっし見えた! このままぶっ飛ばす!」「気合入れろよ兄貴! 首にがつんとくるぞ!」

 

 進行方向の少し先。

 割れる人の波からにじみ出るように現れる人影。先の2人と同じく顔を隠した夜戦着姿。2人ともすでにトップスピードに突入しており、その足を緩める様子はない。このまま正面衝突すれば死ぬのは向こう。重量のケタが違う。これは覆らない。にもかかわらずつっ込んで来るからにはなにか用意がある筈。

 先頭を走る2頭の黒馬がそれぞれ頭突きをかます為に頭を下げ。

 秒を待たずして、接触。

 

 予想していた衝撃はない。

 

 代わりに披露される、おれと御者の2人のみが観客の一幕。

 まず(はい)りは肩から。

 頭を下げ背中と一直線になった黒馬のたてがみを撫でるように手を伸ばし、まずは肩から入った。

 

 やっている動きとしては前回り受け身の亜種。

 ただしそれを行うのは畳やマットの上ではなく迫り来る馬の背の上。

 しかもそれを全力疾走から一切の減速なくシームレスに行うという、もはや曲芸としかいいようのない気の触れた半自殺行為。

 それを左右の黒馬それぞれに1人ずつかかり、同じタイミングでやった。

 

 当然そんな馬鹿げたことができる筈もなく、左側の男は身を起こす際にバランスを崩しそのまま落馬した。

 

 しかし、右側の男はやってみせた。

 

 自身に向かって突っ込んで来る黒馬の背の上で半回転し、起き上がると同時に腕を振るう。

 

 

 いや、なんだよその動きおかしいだろ。どこの(スーパー)雑技団だよ? お前らそれもう剣士じゃなくて忍者だろ。

 

 

 そんなおれのつっ込みを他所に、男が振るう右腕に追いつくようにして現れる刀。

 鉄の白銀ではなく、なぜか鈍い金色――まるで月のように輝くの刀身を持つ一振りの刀。

 

 まずっ、これ、御者の2人が死ぬ。

 

「まずっ、あれ月輪(がちりん)! みんな伏せて!」

 小窓を覗き込んでいたアンジーが叫んだ。

 反応する間もなくグリゼルダに押し倒されるおれ。

 そっちは抵抗することなく、もう全部任せることにした。

 今まずいのは。

 おれがどうにかしなければならないのは。

 

 

 一閃。

 

 

 ずれて上からになった視点が、なにが起きたかを教えてくれる。

 なるほど、月の色をした刀身が超高速で振り抜かれると、その軌跡が輪になるのか。それで『月輪(がちりん)』と。

 いや違うそうじゃない。謎の風流に浸っている場合ではない。

 あのLLサイズ物干し竿のような、馬鹿みたいに長い刀が振り抜かれたということは。

 その範囲内にあったものは全てすぱっと斬られたということで。

 

 

「お?」「あ?」

 

 

 つまりは、馬車の屋根部分と御者2人の首が、すぱっと斬り落とされていた。

 

 なにか考えるより早く指輪を起動。

 ここで馬車が止まると、たぶん終わる。

 きっと他にもいるであろう(スーパー)雑技団所属のメンバーたちがなだれ込んで来て、よってたかってざく斬りにされる未来がはっきりくっきり見える。おれにとって1番の大敵はこういったフィジカルモンスターだ。こいつらと接触する機会をつくってはいけない。

 

 だから。

 馬車を止めてはいけない。

 

 だから。

 御者の2人を、どうにか助け――るのはもう無理だとしても、せめて旧離宮までは走り続けてもらわないとまじで困る!

 

 

 理想的な対処は、ついさっき話題に出た。

 プルメリアが持つという死ななくなる力。

 最高の模範解答はすでに提示されている。

 

 

 だから。

 だから。

 落とし込め。

 首が斬られても動き続ける、アホみたいな世界(映画)へ。

 ジャンル的にはホラー、スプラッター、いや違う、コメディだ。どうせなら笑えるやつがいい。後味がよくて「うん、面白かった」で終れるのがいい。

 

 ばきっと割れる。

 しばしの間、常識にはへし折れてもらう。

 

 再現するのは状況(シチュエーション)

 同じものが同じようにあるのだから、当然同じことが起きる。

 なにも不思議はない。なにもおかしなことはない。ないったらない。

 たとえこの世の全てが否定しても、おれだけはそう信じろ。信じた。

 

 いける。大丈夫だ。あの映画は好きだった。主用人物が軒並みカスしかいないのに、なぜか凄く良い後味で終るあの作品ならきっといい感じにいけるに違いない。そうだ。元ネタでは全身バラバラになっても醜い争いをしてた。なら首くらい余裕だろ。うん余裕だわ。あいつらポジティブで明るいしいけるわこれ。

 

 掴んだ手応えを握り締め、引き寄せ、叫ぶ。

 

 

「――ピーノ! ピーオッ! 落とすな! キャッチしろ!!」

 

 

 自分のでも相手のでもいい。

 とにかく落とすな。なくすな。 

 頭部(それ)がなければ、場は成立しない!

 

 

 永遠にも思える一瞬の後。

 

 

「と、とった! 捕りました!」「セーフ! ぎりセーフ!」

 

 

 返事がきた。

 

 

 あは。

 

 

 思わず笑いがこぼれる。

 成功だ。

 今あいつらは、首だけで喋った。気道とか肺活量などという正しい常識はどこぞへ引っ込んだ。

 悲劇的な死は、アホみたいなコメディ(映画)へと落とし込まれた。

 なら後はこっちだ。

 

 上体を起こす。

 グリゼルダに仰向けに押し倒されてから、ただそのままぼーっとしていただけに見える数秒の間に、状況はひとつ進んでいた。

 

 すっかりオープンカーになった車体のふちに手を掛け、こちらに踏み込もうとしている目出し帽のような覆面をした男。

 その唯一露出している目は見開かれ、手を掛けたところで動きは止まり固まっていた。

 

 その目は一直線におれを見て……あれはたぶん、驚いている。

 

 いや、なんでお前がびっくりしてるんだよ?

 奇妙な空白は、1秒を待たずして破られる。

 

 

「――死ね」

 ヨランダが男に向けティーポッド(大)の中身をぶちまけた。

 今の彼女に迷いはない。

 仲間への攻撃に対するカウンター。次の被害の事前阻止。

 条件は全てクリア。

 ここに即興にして最新の『呪』は成立し、命じられた通りに過不足なく作用する。

 顔に黒い水を浴びた男が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。車体の外へと転げ落ちる。

 車輪に踏まれたのか、ごごんと一瞬、車体の片方だけが少し浮き上がった。

 

「ヨランダ。こっちにも」

「ほいよ」

 

 ヨランダからティーポッド(大)を受け取ったグリゼルダが、車体の外へ向け雑に中身を撒いた。

 するとまた車体がごごんと一瞬、さっきとは逆サイドに浮き上がった。またもや車輪がなにかを踏んだ。

 

 あ、なるほど。最初に落馬したやつが、そのままがんばって車体に張り付いてたのね。

 ……やってることが、素でアクションスターじみてるな抜刀隊。

 

 だがまあなんにせよ、

 

「これで一段落かな?」

「いえ、すぐに次が来ると思います。たぶん、上から」

 

 まあオープンカー状態で出入り自由だもんね。

 なら。

 

「なにか飛んで来たら、対処お願いね」

 ゆっくりと起き上がる。

 いくら身長の低いおれでも、このオープンカー状態で立ち上がれば顔くらいは外に出る。

 

 あの覆面男は驚いていた。

 おれの顔を真っ直ぐに見つめたまま硬直していた。

 きっと言葉にするなら「なんでお前がここに?」といったところか。

 そう。

 連中が襲った馬車の中には、おれなんて()()()()だった。だから驚いた。

 でなければ、刺客があの状況で動きを止めるわけがない。

 つまり、本当にアホみたいな話になるが。

 

「右前方の屋根上、います」

 

 グリゼルダの声に従い、そちらを見る。

 あ、本当にいた。

 上から飛び乗ろうと、ばっちりスタンバイしてる。

 

 そんな覆面姿のシャイな彼へ、にっこりと微笑みかける。

 向かい風に暴れる髪を押さえつけて、よく見せてやる。

 この(つら)を見ろ。

 この馬車に乗っているのはおれだ。

 お前らのこの襲撃は、

 

 

 完全に人違い――いや、馬車違いだから。

 

 

 おれの姿を認めたシャイな彼が、細く甲高い音の鳴る笛を吹いた。

 

「囲んでた連中、全員撤退して行くね。というか退却の合図、まだこれなんだ」

「……まじで人違いだったのかよ。ふざけすぎだろ」

「ちょっとボク、行ってきましょうか?」

 

 いまだ怒りが冷めやらぬヨランダとグリゼルダに、とりあえず元の席に座るよう促す。

 ヘイヘイ落ち着け落ち着け。

 

「今無理をする必要はない。向こうの素状は割れてる。この襲撃の分を取り立てるのは、あとでゆっくりやろう。今はとにかく、姉さまに会うのが最優先だ」

 

 ケンカやだ!

 権力でリンチしたい!

 などと、微妙に情けないことをいったところで。

 

 

 

 それと、目が合った。

 

 

 

 位置としてはおれの右斜め上。

 そう、上だ。

 馬車の角に巻きつき、にょろりとこちらへ伸びるその姿。

 

 蛇だ。

 全長1メートルくらいの、バカでかくはないが決して小さくもない、真っ白でひょろ長い蛇の顔が、おれの顔のすぐ隣にあった。

 

 一目見てすぐにわかる。

 これ、影分身だ。

 

 続いて訪れる、理解。

 こいつ、正気じゃない。

 

 空を飛びたいという願い。広大な草原において必須の足であり兄弟でもあるもう1人の自分。どちらもわかる。真似はできないが共感もできる。

 

 だがこれは無理だ。理解も共感も一切できない。

 蛇には、頭以外は背骨しかない。

 なぜ、肩や腰の骨をなくして、背骨だけで地を這いたいと思うのか?

 仮に思ったとしても、なにをどうこねくり回せば、実際にそれをやろうとなるのか?

 肩と腰の骨を砕き、使用不能にし、這い進む訓練をする。足し算ではなく引き算。同一になるとは、同一であるとはそういうことだ。少なくとも完全に感覚を掴むまではそうする必要がある。その期間が1年なのか10年なのかは定かではないが、もうこの時点で正気の沙汰じゃない。

 

 さらに。

 

 他の皆には、この白蛇が見えていない。つまりは完全ステルス仕様。

 

 さらに。

 

 この蛇の影分身、なんか白くて(まぶ)しい。闇を用いた技術のくせに、矛盾するかのように(まばゆ)い。

 つまりこれは『眩しい闇』――姉さまの植物園でちらっと見た、今のおれにとっては全く未知の高等技術。

 つまりこいつは、おれよりも闇の扱いに長けた、真性の異常者。

 そんなやつが『自己』だと認識する白蛇の顔が、目が、牙が、すぐそこに。

 

 動けない。

 正直びびってしまい、息を吸うこともできない。当然のようにむき出しになっている毒牙。

 もし、これに噛まれたりし、

 

 

 ――むんずっと、掴まれた。

 

 

 白い蛇の頭のすぐ後ろ――おそらくは(くび)と思われる部分が、一瞬の躊躇いもなく鷲掴みにされた。

 そうだ。

 おれ以外にもステルスが見える者はいた。

 

「――ヨランダ!」

「アマリリス様、下がって!」

 やだ超カッコイイ。

 

 (くび)を掴まれた蛇が、慌てたようにその胴体をヨランダの腕に巻きつける。

 構わずヨランダが叫ぶ。

 

「グリゼルダ、それ固定しろ! アンジー、上蓋を取れ! ほら速く!」

「あ、はい!」「う、うん!」

 おれの正面に座っているグリゼルダが、まだ持ったままだったティーポッド(大)を両足の太ももの間に挟み、さらに両手で固定する。

 アンジーがその上蓋をかぱっとオープン。

 

 それを確認したヨランダは、大きく振りかぶって、

 

「こそこそしてんじゃねーぞ! ボケがッ!!」

 

 蛇の(くび)を握り締めた拳ごとぶん殴るように、がぼんとポッドの中に満ちる黒い水へと沈めた。

 瞬間、白蛇のステルスが解除される。ステルス(こそこそ)できなくなる。まじで? それ『成立』するの? 驚くおれに続く声。

「わ。蛇」「げ、蛇!」

 腕に巻きつく蛇の胴体部分をティーポッドの中へと押し込みつつ、ヨランダが指示を飛ばす。

「アンジー、3、2、1で手ェ離すから同時で蓋閉めろ!」

 

 たぶん、ティーポッドの中に閉じ込めようとしてるんだろうけど。

 

「いや待って待って! どう見てもはみ出してるって!」

「いいから! いくぞ、3! 2!」

「ええー!? ムリだと思うけどなあ!」

 

 言葉とは裏腹に、カウント1と同時に最高のタイミングで上蓋を叩きつけるアンジー。サイズ違いのブレスレットを力任せに外すように、すぽんと巻きつく蛇から腕を抜くヨランダ。

 がちん、と閉じられる上蓋。いや、挟まった蛇の胴体()、蓋は閉じ切っていない。ティーポッドから白い蛇の下半分が外に出ている状態だ。

 

「やっぱダメじゃん!」

 全然ダメじゃん!

 アンジーの声とおれの思いが重なる。

 

「ばっかお前これでいいんだよ! 押せアンジー! 押しまくれ! このままぶった切って殺すぞ!」

 あ、最初から水責め系ギロチンとして使うつもりだったのね。

 ティーポッドを処刑道具として使うその発想、おれにはなかった!

「いけるの!?」

「こいつ、身体は柔い! いける! グリゼルダもちゃんと支えてろよ!」

「は、はい!」

 

 アンジーがキープし続けるティーポッドの上蓋を、ヨランダが体重をかけて押し込むように叩きまくる。白い蛇の下半分がびったんびったん暴れる。ヨランダが椅子の上に立ち上がり、全体重をかけるようにして踏みつけまくる。白蛇の抵抗が弱くなってくる。ヨランダがジャンプし、とどめとばかりに踏みつける。がん、と上蓋が完全に閉じて、ぼとっと白蛇の下半分が千切れて落ちた。どろりと溶けて、眩しい闇は夜の露と散った。

 

 わっと歓声が上がる車内。ちなみに1番うるさいのはおれだ。

 いやこれはしょうがない。否が応でもテンションが上がる。

 だって、あまりにもヨランダが最高すぎる。

 

 実際のところ、あのステルススネーク(推定毒持ち)は、簡単におれたちを皆殺しにできるポテンシャルの持ち主だった。

 あいつがその気になるだけで、おれを含めたほとんどの者は殺られたに違いない。

 それをここでどうにかできたのは、まじで最高としかいいようが――いや待てよ。

 

「グリゼルダ。さっきの蛇の『本人』は、まだ生きてるよね?」

 ダメージフィードバック率が100%じゃない限りそうなる。

「は、はい、おそらくは。反動は受けていると思いますけど」

 そこんとこどうなの? とヨランダに集まる視線。

「あー、たしかに手傷は負わせたけど、殺っちゃいない。しくじったな。くたばれって言っておけば、ここで殺れてたのに」

 

 いや、100点ではなくとも、間違いなく99点ではあった。

「それでも最高のはたらきだ。もうあいつはステルス(透明)にはなれないんだよね?」

「はい。確実に『芯』まで入った手応えがありました。それは間違いないです」

 これヨランダ、搦め手に対しては超強いかも。

「……アレの最も恐ろしい仕事は、暗殺に偵察、情報収集だったと思います。それを不全にできたのは大きいです」

 基本辛口のグリゼルダもにっこにこのベタ褒めだ。

 対照的に、浮かない顔をしているのはアンジー。

 

「どうかした? なにか気になることでも?」

「あ、ハイ。なんでこの馬車、まだ動いてるのかなって」

 あ、そういや忘れてた。

「斬られた高さ的に、御者2人の首は屋根と一緒に飛んでる筈なんですけど……」

 うーん、これは言葉で説明するより、見てもらった方が早いか。

 おれは御者台へ向け声をかける。

「ヘイ、ピーノ! パス!」

 オープンカー状態なので、当然会話は聞こえている。たぶんこいつなら。

「ヘイ、アマリリスさま! パスパース!」

 予想通り、ピーノの頭部が喋りながら飛んで来た。

 しかし成人の頭部は予想の10倍は重く、とてもじゃないがキャッチできず、そのまま馬車の外へとかっ飛んで行くところを辛うじてグリステ分身がキャッチしてくれた。

 やっべ、ノリとフィーリングで大惨事になるところだった。

 

「見ての通りだよ。プルメリアの話を参考に、わたしなりに再現してみた」

「いやー、まじで死んだかと思ったぜー」

 グリゼルダが隣に置いた、首だけのピーノが普通に喋る。

 ちなみに首から下は、今も御者台で仕事を続けている。

 

「……いやアマリリス様、さすがにこれを再現とかいうの、ムリがありますって。プルメリア(あいつ)のは常識の延長であって、これはもう意味不明すぎて、笑い話っていうか、笑うしかないっていうか」

「ハッハー! ヨランダ、びびってるー? 意外と繊細だもんなァ」

 喋る生首にいらっとしたヨランダが、

「なあピーノ、ノドが渇いたろ? ちょうど『蛇の頭入りのおいしい水』ができたてホヤホヤだから1杯やれよ。遠慮すんなって」

「は? やだよそんなん、いらねーって!」

 うるさい生首を黙らせようと、蛇エキス配合のティーポッドを近づけると。

 

 

 しゅぽんと。

 

 

 注ぎ口から、細長い白蛇が飛び出した。

 

 

 まだ、そこにいた。

 これ見よがしに下半分を『消滅させた』のは、偽装だった。

 しかもサイズが可変だった。

 細いティーポッドの注ぎ口から出れるレベルまで細くなっていた。

 だが全長は千切れて短くなったまま。

 ダメージは入っている。確実に。

 

 しかしそれでもこいつは、ただじっと待ち続けた。

 おそらくは、もう()()()()()()()()こいつが唯一できる『正面突破』のタイミングを、自身にとって毒でしかない黒い水の底で、息を止めてただじっと待ち続けた。

 

 理性と忍耐。瞬時に偽装を行える実戦の経験値。

 こいつは、本気で危険だ。

 

 おれにそう確信させる、細くなった白蛇の行き先。

 

 しゅぽんと飛び出した後の終着点。

 目の前にあった「て」のかたちに開いた口の中。

 ピーノの喉奥へと、飛び込んだ。

 

 

 通常ならこれは、対象の『中』に入るという恐るべき即死の一手なのだろう。

 いや、もしかすると、死ぬより酷いなにかが準備されている可能性すらある。

 だが今こいつが飛び込んだのは。

 

 「うごっ」

 

 喉の奥に体当たりされたピーノの頭部がふっ飛ぶ。

 ごろりと転がった首の断面から、勢いよく白蛇が飛び出す。

 そしてそのまま歯をガジガジしながら、頭から馬車の扉へとぶち当たる白蛇。

 

 ……まあ首から下がないとか、予想外もいいところだよな。

 つーか今の動き、どう見ても内臓食い破ってずたぼろにしてたよね?

 やっぱこいつ、生かしておいちゃダメだわこれ、まじで怖すぎるって!

 

「完全に、死に絶えろ」

 

 いってヨランダが撒いた黒い水がかかるより早く、ふっと白蛇は消えた。

 影分身が解除されたのだ。

 

「グリゼルダ、追えるか?」

「ゴメン、ヨランダ。ボクは探知とかできない」

「気にすんな、あたしもだ」

 

 つまり追跡も追撃も不可能。

 やるだけやってさっさと消えるこの使用法、実際されるとまじで最悪だな!

 

 

「ピーノ、無事か?」

「ああ。頭だけじゃなけりゃ死んでた」

「うわあ。ラリった悪夢みたいな会話」

 

 アンジーの言葉に、ちょっとだけ笑ってしまう。

 ヨランダの視線を受け、一瞬でポーカーフェイスに戻るおれ。

 

「アマリリス様。この『再現』で首は繋がりますか?」

 いやいや、ブラックジョーク満載のコメディ作品に、そんな感動の奇跡とかないって。

 喉元まで出かかった言葉を慌てて飲み込む。

 仲間を想い、大真面目なトーンで聞いてくるヨランダに、とてもじゃないがそんなことはいえない。かといって嘘もつけない。

 

「……元は、永遠を求めた者たちに降りかかる『対価』を巡る、ある種の寓話だ。最後は、永遠を拒絶した男が天寿を全うすることで1人勝ちするんだ」

 こうしてあらすじだけを並べるとくっそシリアスなのに、ちゃんとコメディ作品なのが凄いよね。

「だからこの『再現』において、死は否定されない。わたしにできるのは、現状をキープするだけだよ」

 ムリです、の一言をもったいぶっていうだけで、なんだか凄く深いことをいってるように聞こえる不思議。

 

「……こいつらを死なせないでくれて、ありがとうございます」

 自分の為100パーセントでやったおれとしては、黙ってにっこりすることしかできない。光が眩しい。とける。

 

「ならあとは、できるだけやってみます」

 ヨランダは喋る生首を持ち上げ、

「綺麗な切り口。ほとんど潰れてないし、血も体液の流出も全部止まって……いやこれ、時間が止まってんのか? 触れても濡れないし……ならこれ、繋げばいけんのか?」

 マジカル心霊手術の担い手であるヨランダが「あ、やめてなんか凄い恥ずい!」と訴える生首を無視し、状態の確認を始める。

 

 邪魔をしてはいけないと思ったおれは、うわそれ触るの? みたいな顔してるアンジーに、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

 

「さっきの『蛇』のやつは、抜刀隊じゃないんだよね?」

「あ、ハイ、違います。抜刀隊は『刀』を使うことに囚われてます。目的を成す為の道具が主になってるというか……いまさら別の生き方を選べるなら、ここまで落ちぶれてないと思います」

 

 闇に隠れて人さらい。

 どうしようもないくらい落ちぶれてるね、うん。

 

「けど凄いことしてなかった? たしか『月輪(がちりん)』だっけ? あれって結局なんだったの?」

「あれは刀自体が特別製なんです」

「アンジーの白鞘みたいに?」

「はい。セノー家に代々伝わる月の魔剣『月輪(がちりん)』です。普通に使う分にはなにも斬れない、ただ薄くて長いだけのナマクラなんですけど、ぶつかる対象のスピードが速ければ速いほど斬れ味が増すという『交差』の魔剣――いわゆる妖刀の類です」

 

 魔剣とか妖刀を錬成(れんせい)できるの、凄くね?

 

「……抜刀隊、普通に強くない? めっちゃ動けるし、なんで『型落ち』とかいわれてるの?」

「うーんそうですねー。抜刀隊の隊員30人と、グリちゃんとノエミとマナナが10人ずつ。どっちが欲しいですか? コストは大差なくて、抜刀隊は選民意識がとても強くて他を見下してて、生まれと育ちがセットになってるから矯正は不可能です」

「うん、型落ち品だね」

 能力も使い易さも好感度も、なにひとつ勝ってるポイントがねえや。

 

 

 

※※※

 

 

 

「――で、アホ面さらして得意気にいうの『待てよおい。俺たちがお別れ会をやってやるよ暗慈(あんじ)』って。こう、にちゃあって笑いながら」

「うわキモっ!」

「センスねえなあ。全てがダセえ」

 

 疾走する、ワイルドオープンカー状態な馬車の中。

 ヨランダに続き、兄と交代したピーオ(弟生首)がシンプルな感想をいった。

 

 いくらこの馬車が速いとはいえ、旧離宮まで一瞬というわけにはいかない。

 なので到着までの間に、アンジーが里の連中に恨まれる原因となった悲しき事件(彼女の自己申告)を、主観ましまし、ヘイトばかましで語るのを皆で聞いていた。

 

「け、けどアンジー、大ピンチじゃない? さっきくらったしびれ薬、まだ抜けてないよね?」

「そう。向こうもそう思ってた。だからもう勝ったと思い込んでる。向こうは多勢、こっちは動けない美少女1人。しかも声は出せない。こんな山奥に人通りなんてない。さあ、向こうが次に取る行動とは?」

 

 次代の頭領候補から脱落したアンジーは、祖父の病死をきっかけに里を出た。

 もうそこにいる理由が、完全になくなったからだ。

 しかし山中にて待ち伏せる見知った顔たちが――というのがここまでのあらすじだ。

 

「ええと、あとはトドメを刺すだけなんだから、刀を抜いて斬りかかって来た、じゃないの?」

「残念はずれー。けどグリちゃんはそのピュアな気持ちをずっと忘れないでね。ヒントはもっとゲスい」

「あ、わかった! 全員チ〇コを出したんだ! イキったカスが次にすることなんて、それっきゃねえ!」

 首だけのピーオ(弟)が自信満々にいう。……こいつ自分以外は女しかいない空間ですげーな。

「うん正解! けどピーオ君、ここで正解するのはきっとマイナスの方が大きいから、次からは気をつけようね!」

 

 まさかの正解にびびる。

 同じ里で育った仲間に迷わずそれとか、まじで出て行った方がいい場所だったみたいだな。

 

「けどアンジーお前、実際は動けたんだろ?」

「うん、それも正解。つまりね、向こうから勝手に急所をむき出しにしてくれたんだよねー。狙うはここだぞって」

 

 あ、グロ展開注意のアラートが。

 

「だけどそこでわたしは気づいた。ここでこいつらを皆殺しにしちゃうと、里から本気の追っ手が来るって。いくら殺していいカスとはいえ、次代を担う10人以上を皆殺しにしちゃうと、里もメンツにかけて追って来るなって」

「わあ。当時から小賢しいねアンジー」「よせやい、照れんだろ」

 

 力と力の応酬は五分だ。……お前ら本当に友達なんだよな?

 

「そんなわけで、わたしは高度なバランス感覚を求められたの。さあ、ここでわたしが出した答えとは?」

「まあ、普通に考えたら去勢だよな」

 ヨランダの普通はエッジが効いてる。

「それも考えたけど、ちょっとやりすぎかなって。だからもう少し優しくしといた」

「……具体的には?」

 おそるおそる聞いたおれに、アンジーは端的に答えた。

「ツインヘッド・ドラゴン」

 ……んん?

「通常は、シングルヘッド・ドラゴンじゃん? それをこう、縦にパカっと割ってツインヘッドに」

「……全員?」

「うん。その場に居た12人全員。スパっと倍の24にした」

 

 どっと爆笑に包まれる車内。

 おれとピーオだけが真顔だった。

 

「ははっ! それ出血多量で死ぬだろ!」

「そこはほら! 一応剣の里だから止血のイロハはちゃんと押さえてて、みんな内股になって止血帯巻きつけてんの!」

「ツインヘッドに?」

「そうツインヘッドに! シングルになあれって願いを込めて!」

 もうひと笑い起きる車内。

 君ら、人の心とかないんか?

 

「長旅を想定してたからさ、保存のきく塩と唐辛子をたくさん持ってて、そこでわたし、閃いたの」

 

 アカン。鬼や。

 人のやることやない。

 この背筋が寒くなる、本当にあったグロい話がつらくなってきたおれは、さっさと切り上げようと口を開いた。

 

「なんで連中は、これまで手出しして来なかったの? 正直それ、殺すより恨まれそうだけど」

 顔と名前と喋れないという特徴。きっとすぐに所在の特定はできた筈だ。

「そりゃローゼガルドさまが怖かったからですよ。1度わたしの身柄をよこせって手紙が来たらしいけど、子供だけが死ぬ毒を送り返したら、もう2度と来なかったそうです」

 叔母上、邪悪すぎてもはやカリスマ性すら感じるな。

 

 けど、そうか。

 やはり今回の『これ』も、急に叔母上が消えたことによる余波の1つなのか。

 

 全部が全部おれのせいだとは思わないが、知らねえ、おれじゃねえ! というには当事者すぎるんだよなあ。

 

 

「ヨランダ、見えたぞ! まだ当番はおっちゃん達のままだ!」

 御者台からの声にヨランダが立ち上がる。

「おっし! なら話が早い! ベタ付けで停めろ!」

 

 滑り込むように旧離宮の前へ停車する馬車。

 襲撃中もその後も、1度たりとも足を止めることなく常にトップスピードだったおかげで、めちゃくちゃ早く着いた。

 ……首を刎ねられても走り続けたピーノとピーオって、実は凄いやつらなのかも。

 

「おっちゃん、急患だ! すぐにプルメリアを呼んで!」

 馬車から飛び出したヨランダが叫ぶ。

「わかった。数は?」

 番兵のイケオジが、冷静かつ迅速に返す。

「2人。ピーノとピーオ。両名とも首が切断されたからできるだけ早く丁寧に繋ぐ。タイムリミットは夜明けまで。いいたいことはわかる。うしろを見て。それからダッシュだ。ほらよーいドン!」

 両手で掴んだ頭部を天高く掲げる2人を見たイケオジが「えらいこっちゃあ!」とダッシュする。ぐだぐだいわずに即行動できるあのおじさん、結構ガチで凄いな。

 

「じゃあオレらは、ここで失礼します」

 

 扉を開け、おれたちを車外へとエスコートした2人が、こちらに向き直る。

 フルフェイスのヘルメットを脱いだライダーみたいに自分の頭部を小脇に抱えつつ、胸元に水平にした拳を当てる。

 近衛の敬礼ですよ、と小声でアンジーが教えてくれた。

 

 これから、ヨランダとプルメリアによる『首を繋げる大心霊手術』が行われるそうだが……当然ながら誰もやったことのない施術なので、どれだけ時間がかかるか、どこまでやればいいのか、できたところで本当に生存が可能なのか、その全てが不透明だ。

 まあ原作的に、繋がればそれでしれっといけそうな気もするが……実際のところはおれにもわからない。

 だからとにかく、おれの『再現』が消える夜明けまでに、可能な限りやってみるそうだ。

 

「なあグリちゃん。もしオレが死んだら、今夜娼館で見たことは墓場まで持っていってくれよな」

 弟の方、ピーオがいった。

「べつにいいけど……ああやってプロペラみたいに回転するのは、ヘンなところに負荷がかかって危ないからもう止めた方がいいよ」

 

 こいつグリゼルダ、秒でバラしやがった。

 ……まあそんな情報、後生大事に抱えたくないわな。

 

「アマリリス様。ただマヌケにくたばる筈だったオレたちにチャンスをくれて、ありがとうございました。またお会いする機会があれば、なんかオゴらせてください」

「2人分の全財産なんで、そこそこいーモンいけると思います!」

「……うん。期待してるね」

 

 なんだよお前ら。そんなこといわれたら、つい助けたくなっちゃうだろ。

 

 

 正直、頭の片隅では、お前が急に行くっていい出したからこんなことになったんだろ! と思われてる気がしてた。

 それが、奢ってくれるときたか。

 こういう、他責思考が一切ないやつらっていいよな。

 ただでさえ数が少ないのに、2人も減ったら嫌だな。

 

 

 ――3.14159265。おれをここまで無事に送り届けた功労者2人に、1度だけ恩賞を。

 

 

「うわあ! ホントに動いてるなんですかそれ!? ピーノくん、これ何本かわかりますか? あ、胸ばっかり見るのはいつも通りなんですね。ちゃんと思考はそのままとか、血の巡りもなしで一体どうやって――」

 小走りにやって来たプルメリアが、喋る生首を見てひとしきりはしゃいでから、思い出したかのようにおれへと向き直った。

 

「ようこそおいでくださいました、アマリリス様。今ヒルデガルド様は来客対応中ですが、構わず行っちゃってください」

 第1応接室ですよ、と場所を伝えるプルメリア。

 

「え? そういうのって、終わるの待った方がよくない? べつに待つよ、それくらい」

 アポなしで来たおれが悪いし、それくらいの分別はあるって。

 

「いえ、ヒルデガルド様の指示ですから、気にせずどかっと乱入しちゃってください。あと『なるたけ見せつけてやれ』との伝言もありますので、むしろ色々やって、がんがんびびらせてやりましょう!」

 

 ……んん?

 びびらせる? その『来客』って、味方じゃないのか? 

 

「とはいえ『ご友人』ではありますので、荒っぽいのはナシですよ」

 おれの顔を見たプルメリアが、そっと付け足す。

 

 敵ではないが、びびらせてイニチアシブは握りたい相手。

 そんな『来客』に対応中の姉さまから「見せつけろ」とのお達し。

 

 ……なんだかこれ、レミ君の時と同じパターンくさいな。

 いや、具体的な指示があるだけ、前よりもずっと親切ではあるか。

 

 たぶん向こうは向こうで、すでになにかが始まってて、今おれはそこにキャストとして組み込まれた。

 詳細は一切不明。しかし最高権力者のゴーサインはある。

 うん。ならこれ、やらない理由がないじゃん。

 

 

 とりあえずおれはノリとフィーリングで、このビッグウェーブに乗っかることにした。

 

 

「見せつけて、びびらせて、荒っぽくなくて、あとなにかリクエストはある?」

 今なら、ちょっとした恐怖体験が無料(タダ)でついてくるけど。

「あ、なんかこれ以上足したらやりすぎっぽいので、その3つで行きましょう」

 いやいや、やりすぎかどうかは相手次第で――ってそうだ、

「結局誰が来てるの?」

「サリアデール様ですよ」

 誰?

 

「プルメリアこっちだ急げ! 部屋確保できた!」

「あ、はーい! それじゃアマリリス様、失礼しますね」

 ばたばたと慌しく、喋る生首と共に旧離宮の奥へと消えて行くプルメリア。一息遅れてその後を追う首なしボディたち。ひどい絵面(えづら)だ。当たり前のように頭部のない男が2人並んでダッシュしている。どう見てもホラーだ。現に奥の方からは絶えず誰かの悲鳴が聞こえてくる。ちょうどいい。開始の合図として使ってやろう。見せつけてかつ荒っぽいのはナシ、となれば、まあこれしかないのでささっといこう。

 

 

 ――3.14159265。今宵だけ、この旧離宮中を無意味に歩き回って。姉さま、ヨランダ、プルメリアにはフレンドリーな感じで。

 

 

 思いがけず連続使用となってしまったが、こんなしょーもない使い方ならまあセーフだろ。

 そんな、誰に対してかわからない言い訳の後、どわっと現れる猫たち。

 優雅に縦横無尽に、扉も壁もお構いなしに通り抜けキャットウォークする色とりどりの猫たち。

 

 いいねいいね。なにも知らないやつがこれを見たら絶対にびびる。

 

 まあ実際は、触れもしない、ゴーグルなしのVRウォーキングキャッツでしかないんだけど、視覚効果って大きいからね。

 

 にこやかおじさんに貰った『フリーパス』を提示しながら中に入り、猫の流れに沿って歩く。

 ヨランダたちが消えた先とは逆の流れ、たぶんこっちが今姉さまのいる場所だ。

 

 グリゼルダもアンジーも終始無言のままおれに続く。

 いいね。ここでべらべら喋っちゃうと台無しになるのをちゃんとわかってる。

 誰かの視線を軽視していない。もう『舞台』は始まっているという自覚がある。

 

 そのまま進むことしばらく。

 通り抜けずに、複数の猫がカリカリと爪を研いでいるドアを発見。

 国際基準の4回ノックをしてみると「入れ」という姉さまの声が。

 自然な動作でグリゼルダと一緒に扉の外で控えようとするアンジーの手を取り入室。

 なんでそんなことすんの? という顔を全力でスルー。

 お前だけサボれると思うな。むしろお前がメインだ。

 

 室内の間取りは、ぱっと見でそうだとわかる応接室。

 対談用のソファがテーブルを挟んで設置してあるのがメインで、通常との違いがあるとすれば「金がかかってます!」というアピールの大小くらいか。

 

 当主スタイルのぱりっとした服装にきめっきめのメイクをかました余所行きな姉さまが、薄く微笑みながら真っ直ぐにおれを見て、

 

「おはよう、アマリリス。少し早かったな」

 

 完全におれのアドリブで来たのに、まるで100年前から約束してたみたいにいう。

 見習いたい、そのタフなマインド。

 

「おはよう姉さま。近衛が頑張ってくれたんだ」

 

 そうか、とだけ答えた姉さまは、目の前に腰かけるずいぶんと若い――おそらくはグリゼルダやノエミと同世代と思われる――ともすればまだ幼さすら残るお嬢さんに目をやり、

 

「紹介しよう。こちらはサリアデール嬢。まだ非公式ではあるが、ファルネウスの次期当主だ」

 

 ファルネウス?

 最近どっかで聞いた気がするけど、ええと、なんだったっけ……?

 

「直裁にいうと、ブーゲンビリア殿のご息女で、次代の『大権』を担いし者だ」

 

 あ、そうそうそれそれ。ファルネウスさん()のブーゲンビリア様。たしか叔母上と同年代に生まれながらも今日まで生き残った、今回の敵の親玉の名前だ。

 で、そちらのお嬢さんはその娘で、ブーゲンビリア様とやらの次の『大権』で、つまりは超重要人物なわけで……。

 

 

 ……まじで?

 

 こんなところでなにしてんの?

 

 

 







TIPS:ネグロニア大陸に渡ったフレデリクセン一族

(やらかした)エルリンクが大移動(逃亡)の際に企てた一計。自衛力確保の為の施策。

「過去の資料によると、これより向かう大陸には、つくったはいいものの扱いに困った『改種兵員ユニット』が大量に放置されたままらしい。そう、お手元の資料4ページから28ページまでにある、腕が4本あったり下半身が馬だったり蛇だったりするとてもユニークな存在だ。我々と同等の知能を持った怪物、あるいは超人を相手にその実力、試してみたくはないか? まあいくら君たちといえども、ほとんど何もできずに死んじゃうだろうから、個人的には止めておいた方がいいとは思うが」

そんな口車に乗った彼らにとって新大陸は、地獄の修羅がうごめく試練の地だった。



TIPS:アマリリスを1人残し、御者2人を呼びに行ったヨランダ

当然、罠である。
最強の護衛を監視役に残し、敵ではなさそうだがまだなにかありそうなアンジーとアマリリスを2人きりにすることで、向こうのアクションを誘った。

後にヨランダは「もしもがあったらどうするつもりだったのか」とガチ目に怒られ、さらに『夢の贅――松――』のアホみたいな代金をばっちり徴収された。



TIPS:あの日魔女の館にいなかったヒルデガルド派の残り3名。アメジスト、ヴィンセント、ロイの現在

それぞれ対外業務から帰って来ると、職場である『魔女の館』がどえらいことになっていた。
馴染みの『渡し守の一族』に確認したところ、逃げ延びた者はいないらしい。
なんか勝手にくそばばあ(ローゼガルド)がくたばってたラッキー!

化物どもの謎儀式に参加していた主――ヒルデガルドは、きっとネグロニア本国へと向かう筈。たぶんプルメリアは死んでないだろうなあ、とは思いつつも、回収は不可能と判断した3人は最短ルートでネグロニアへ。
彼らの進むルート上には『各種族の長が没した宿業の地』があり、そこは今まさに、かの遺物を巡り血で血を洗う争奪戦が繰り広げられている真っ最中だった。

なにも知らない3人と、長の敵討ちに燃える他全種族との、命をかけた鬼ごっこが今始まる。



TIPS:ネグロニア陸軍抜刀隊、セノー第1分隊

全員が月の魔剣『月輪(がちりん)』の担い手である精鋭たち。
分隊長である14代目『是清(これきよ)』を筆頭に、交差の魔剣の特性を最大限生かすべく、連携しての高速機動戦闘を得意とする最も速く最も身軽な斬り込み隊。

左右から2つの『月輪(がちりん)』をぶつけることで、理論上、全ての物質を切断可能とする合一の秘剣『(まどか)』をもって敵戦力の一網打尽を狙うも、(アマリリスから見て)左手に配置された隊員のイージーミスで不発に終わった。
しかしそもそも馬車違いだった為、仮に成功していたとしても結果は変わらなかったと思われる。

グリゼルダとヨランダの迎撃により全滅。

第1分隊が全滅した後に撤退した第2分隊は、その帰路の途中で消息を絶った。
彼らは内ゲバの余力で、闘争をしている。



TIPS:3.14159265の使用頻度

実はアマリリスは、本編外でも1度だけこれを使用している。
それは、娼館に住むとなった当日、他の誰の為でなく自分の為100%で使った。

「この娼館のお姉さんたちが、性病に罹らないように」

元々オーナーの入念な予防策により罹患のリスクは限りなく低かったので、まだ誰も気づいてはいない。
ただもうすぐ届く、不運にも遠方の療養地で静養中だった()()()()()()()()()()()()同僚の全快をしらせる手紙により、それは周知の事実となるだろう。

偽りの神殿の偽りの巫女たちが、この世の誰よりも真摯に神を(いただ)く時、そこに真贋の差はあるのだろうか。


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