邪神さまがみてる   作:原 太

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今さらいうことではないかもしれませんが「12.1」のように小数点がついているサブタイは、アマリリス以外の視点であることを示しています。


12.1 大権・この劇的なるもの

 

 

「――つかまえた」

 

 声は聞こえない。

 だが唇の動きで、そういったのがわかった。

 

 不可解である。

 全身真っ白な、仕立ては良いが品は無い正装に身を包んだ少女の視線の先にいるのはお母様。

 護衛の壁に守られたお母様には指一本触れることすらかなうまい。かの『特別行動隊』を想定した最高峰の護衛チームは変わらず健在で、その防御が破られた様子はない。

 なのに「つかまえた」とは?

 

 

 ――ィァォロゥ。

 

 

 なにかが聞こえた気がした。

 聞きなれない、聞き取れない音の連なりが耳をすり抜けると同時に、お母様がべきり、とへし折れた。

 続けて2度、3度と折れ曲がり、その収納スペースの拡小により行き場をなくした内臓が圧力により外へと飛び出し――ああこれは、なにが起きているのかちっともわからないが、もうお母様が助からないことだけはわかった。

 

 彼女は背を向け、全速力で駆け出した。

 

 お母様が死ぬのはべつに良い。

 高々1度死んだ程度でどうにかなる御人ではない。

 よって気にするだけ無駄であり、一々そんなことに時間を割くのはむしろ叱責の対象となる愚行だろう。

 

 だから彼女が駆け出したのは、惨たらしく『圧縮』される母の様に恐怖を覚えたからではなく、ここにいれば次は自分だという現実的な理由からだった。

 

 お母様の多層防壁には『飛来(ひらい)』に対する拒絶がある。ゆえにあれを抜くには直接的な接触が必須。

 そこに、先の「つかまえた」という言葉。

 おそらく今のは深異相の多重身体。見えない映し身。

 

 当然対策はしていた。波による観測は0.5秒ごとに絶えず続けられていた。

 しかしそれを、完璧にすり抜けた。

 つまり事実上、こちらから察知する方法はないということだ。

 

 さらに。

 

 通常なら殴る蹴るの肉弾戦しかできない筈の多重身体(それ)が、まるで当然のように最高峰の多層防壁を一瞬で貫いた。

 おそらくは、なんらかの術行使が可能。

 触れたら終わり。察知もできない。

 そんな馬鹿な話など聞いたこともないが、しかし今実際に見た。

 だからなにをするにも、まずは距離を取る必要、

 

 彼女はずしゃり、と地を滑る。

 裏庭の手入れされた芝生の上なので痛みこそなかったが、反射的に見た右足首から先がなくなっていた。

 続けて流れた視線の先には、低く伏せた陸軍野戦着に身を包んだ凶手の姿。

 見た顔だ。

 振り切ったと思っていたが、どうやら潜伏して機を窺っていたらしい。

 正体を知った者を生かしておくつもりはない、ということか。

 振り抜いた白鞘の刀をひるがえし、返す一刀で彼女の首を取ろうと凶手が迫る。

 

「お嬢様!」

 

 護衛たちが彼女の襟を掴み引き寄せ、代わりに前へと出るが、続けて起きるのは()()同じ繰り返し。

 こちらの攻撃は当たらず、向こうの刃だけが面白いように当たる。

 いや、護衛たちの突きや矢や殴打も、そのいくらかは凶手に当たりはするのだが……どうしてかその全てが『右手』に集中する。それでは死なない。痛いだろうが死にはしない。そのくせ向こうの一刀は全て急所を裂いていく。結果として1人がこちらを斬り続ける。人数が減り続ける。まるで(あらかじ)めそう定められた舞台であるかのように。

 

「ははっ。おっかしーよね。ホントに右手にしか当たらないとか!」

 

 ヒントをくれる。

 彼女の眼前まで迫った凶手が、高揚のままに聞いてもいないことを教えてくれる。

 有り難い。

 つまり()()は、この凶手の力ではない。

 今この場でこんな真似ができるのはただ1人。

 これは良いことを聞いた。

 返礼を兼ねた嫌がらせとして、大声で名を呼んでやろうとした彼女の喉が切り裂かれる。

 

 彼女に母のような不死性はない。

 

 だからもうこれはどうしようもない。

 だから彼女は、できる限り『見』に努めることにした。

 もうそれしかできないのだから、できることをできる限りやる。

 

「サリアデール様!」

 

 必死に彼女を助けようとする護衛や使用人たちが、次々と斬り伏せられていく。

 ああなるほど、一息で首を落とさず切るに止めたのはこの為か。自分は誘蛾灯。意識を割く撒き餌。悪辣だが有効な手口だ。誰も彼もが浮き足立っている。まだ助かるかもという希望を捨てきれず、きっと平時の半分もその実力を発揮できていない。つまり向こうは、彼女を餌に()()()を処理している。

 

 最悪のケースだった。

 

 彼女と母を仕留めても撤退しないことから読み取れる向こうの作戦目標は――ネグロニア内のファルネウスの一掃。

 

 

 もうここから得られる情報はないと見切りをつけた彼女は母を見る。

 すると丁度、すっかり小さななにか――あれはおそらく本か? にされた母の上へ、ぼちゃりと脈打つ心臓が落ちるところだった。

 

 

 ――あ。

 

 

 この瞬間、母の不死性は失われた。

 心臓を別の何処かに隠すことで『命の芯』は無事だという大前提が崩れ去った。

 正直、いまだに意味不明の理屈ではあるが、間違いなく大魔術といっても差し支えない理外の秘儀がたった今無効化された。

 

 その偶然ではありえないピンポイントな『仕留め方』を見た彼女はひとつの結論へと至る。

 各種のヒントに加え、因果を見るファルネウスだからこそ辿りつけた解。

 アマリリスという存在の行使する力の本質。

 

 因果の操作。

 

 結論ありきの辻褄合わせ。

 現実を望む結果に沿うかたちへと歪ませる、まるで絶対の脚本が存在する舞台、その具現化。

 おそらくは、やられる前に()()しかない類の存在。

 

 駄目ですわね、これは。

 

 戦いになった時点でほぼ勝ち目はなくなる。向こうがその認識になった時点で『舞台』は整えられる。演者の結末に一切の自由はない。さらに、味方が傷つくことに躊躇いもない。遠慮も加減もない。きっとこの『舞台』に感情はない。

 

 これは、戦ってはいけない。

 

 いやそもそも、戦う必要はなかった。

 お母様が「ローズさんを片付けていい気になっているのかしら」などといって妙な大物ムーブをかまさなければ、衝突を回避できる材料はあった。

 そこにさらに、内部からの裏切りも相まって、

 

 

「こらアンジー。済んだならトドメを刺してあげなよ。長く苦しめるのは、かわいそうだよ」

 

 

 そういって、くすんだ金髪のくせっ毛ショートヘアが可愛いもう1人の娘が、彼女の頭部をがしっと掴み――ぐりごきっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああ! 痛っったあああぁぁてめぇあぁああぁァァーーーうぶがぼ!!」 

 

 喉奥からせり上がる自身の吐瀉物に溺れ、彼女はがばっと飛び起きた。

 慌てて気道を確保すると同時に、考え得る限り最悪の『限界を超えて捻られた』首の痛みと、切断された右足首の激痛にのたうつこと数分。

 

 何度も何度も手探りで、首と右足の先が()()()()()()()()()のを確認し「首をごきっとされるより足切断の方が痛いんだ」などと冷静に考えられる余裕が生まれた頃、ようやく彼女は視界を取り戻した。

 

 見慣れた自室の天井。

 いつものベッドの上。

 自身の汗と吐瀉物で汚れた豪奢なベッドの上。

 

 そこで不意に脳裏をよぎる、解体、圧縮されるお母様。最低最悪なグロテスク・ショー。

 反射的にまたこみ上げる悪心(おしん)

 

 いっそ開き直って全部吐き切ってから、シーツのまだ綺麗な部分で口元を拭い、彼女はふらつく足でベッドから下りた。

 が、まだ右足の先を『ない』と認識している頭が上手く姿勢を制御できず、そのままずるべしゃっと転んだ。

 つられて連鎖的に、捻じ切られた首のことを思い出した脳髄が『自身の死』を認識してしまう。そのまま2度と目覚めることのない眠りへと落ちそうになった彼女は、慌てて枕元に常備している錠剤を口へ放り込み噛み砕いた。

 

 

 ――違う!

 わたくしは死んでない!

 わたくしは死んでない!!

 わたくしは死んでなんかない!!!

 

 

 さらに限界を超えて急上昇する心拍数と熱。異常な発汗。吸えない上に吐けない息。それでもどうにか咳の合間に呼吸の真似事を繰り返すことしばらく。

 

 ……どうにか山場は越えた。

 相変わらず、最悪だった。

 

 きっと自分は、あと1、2回も()()をすると本当に死んでしまうという確信があった。

 こんなことを100回近くも繰り返しているにもかかわらず、まだ正気と元気を保てているお母様はやはりおかしいと心底から思った。

 普通なら「どうしてウチの子じゃなくてお前が!」となりそうな一族の重鎮たちが、なぜ諸手を上げて大歓迎してくれたのか、今ならよくわかる。誰もが我が子に『こんなもの』をおっ被せたいなどとは思うまい。やつらは知っていたのだ。ファルネウスの大権というものが、実は単なる懲罰の類でしかないことを。特権や優遇などいらないからお前が代われ! と歴代の当主たちが延々と日記に書き連ねてきたことを!

 

 しばらく1人でじたばたして、ようやく彼女は落ち着きを取り戻した。

 そうだ。

 自分は見た。聞いた。知った。

 なにをどう喚こうが、もう事は始まってしまった。

 ならば、行動しなくては。

 

 身支度の為に、いつものようにお側付きの使用人――リーゼを呼ぶことはできない。

 裏切り者の手は、思いのほか長く深く伸びているのはもう知っている。

 そう、知っているのだ。

 これこそが、ファルネウス(大権)が最強たる所以(ゆえん)

 

 それを生かす為に必要なのは、ひとえに速さ。

 

 通常なら1時間ほどかかる準備を120秒で済ませる。

 これから大権を担うあなたには絶対に必要だから、と極秘裏に母に叩き込まれていた、淑女というより戦地の騎士の作法。

 

 すぽっと被ってファスナーを閉めるだけのドレスもどきに、髪は縛ってウィッグ(かつら)で誤魔化す。金にものをいわせた超時短グッズをフル活用した上での、要点だけを押さえた最低限のメイク。

 素早く支度を整えた彼女は、迷うことなく隠し通路を開き駆け込む。

 母の寝室に直通の、まさにこの為につくられた経路である。

 出口側にある本棚を蹴飛ばし、起こす手間と状況の説明を省略する。

 派手に本棚が倒れても埃ひとつ立たないほどに清掃が行き届いた、しかし妙にごちゃっとした母の寝室。その最奥。

 天蓋付きの、正直ちょっと少女趣味が過ぎるんじゃないかと思わなくもないベッドの中から、ナイトキャップを被ったままの淑女が顔を覗かせた。

 

 

 堕ちぬ綺羅星。不敗の標。最後には必ず勝つ、最も強い存在。

 それすなわち、彼女の母にして、偉大なる()()大権でもあるファルネウスの長――ブーゲンビリアその人である。

 

 

()()()()のね?」

「はい」

 

 さすがお母様。話が早い。

 

「……まだ焦点が合っていないわね。今がいつで、ベッドに入るまでなにをしていたか、ゆっくりと述べなさい」

 

 ベッドサイドに腰かけ「ここに座れ」と、隣をぽんぽん叩いて示す母。

 彼女は黙って従う。

 こと大権において史上最高の教師の金言だ。

 1つも零してなるものか。

 

「ええと、今は夜で、ベッドに入る昼過ぎまでは……お母様と分家のアホなおば様の尻拭いに夜通し奔走してましたわ。次は行方不明になって頂きましょう、と話したのを覚えています」

「ええそうね。今はそこ。サリーが見たものは、まだなにひとつ実際には起きていない夢でしかないわ。お分かり?」

「はい」

「日付けを探っては駄目。アレが()()の出来事なのか数字で理解しようとすれば、頭がひび割れてしまうの。平均して3回目には砕け散るから『まだどうにかなる』という事実だけを意識なさい。難しく考えないように」

「はい」

「あなたなら、特別な努力なしで出来るわ。ただいつものようにするだけでいいの」

「今わたくしをアホだと仰いました?」

「少しルーズなくらいでないと、耐えられないの。これは間違いなく才能よ?」

 

 それだと、100回近く()()ができているお母様はくそドアホウになってしまうのでは?

 

「無駄話はここまでよ。なにを見たのか、聞かせて頂戴」

「はい。お母様がぐちゃみそにされますわ」

 

 努めて冗談めかしていう。

 そうでもしないと、今にも叫び出してしまいそうだった。

 

「え? 誰がそんなことを?」

「今流行(はやり)のアマリリス様です」

「……は? なぜ私が? 本気で心当たりがないのだけれど?」

「ジャコモの勇み足――いいえ、裏切りですわ。印も複製されているようで、書類上はお母様の命令で殺人と誘拐と違法な人体実験が行われていることに」

「まあ酷い。一体どこで?」

「旧市街で」

「まあ豪気。御当主(ヒルデガルド)時の人(アマリリス)に真正面から喧嘩を売るなんて、お馬鹿ね」

「はい。おバカとしかいいようがございませんわ」

 

 

 当然ながらファルネウスも、旧市街に向け無数の間諜を放っている。

 内部の裏切りにより、一部の情報は隠蔽されていたようだが……それでも最低限の状況は把握している。

 

 だからもし『サンプル』が欲しいならば、わざわざ乱暴で非合法な手段に訴える必要などない。

 貴種らしく堂々と、ただ真正面から対象者を『召し抱えれば』良いだけの話だ。

 金と住処と身分。

 向こうが持っていないものは明確なのだから、これは取り引きというより、もはや答え合わせの類である。

 

 ちなみに最近この館では、庭師見習いが2人増えた。

 長年の不摂生で健康面に不安がある彼らは、各種検査に対して非常に協力的かつ意欲的だ。

 

 

「けれどその程度、当然ジャコモも理解しているでしょうから……大方、御当主(ヒルデガルド)との対立に私たちを巻き込みたい、といったところかしら」

 

 ジャコモは政治に長けるが戦はできない。

 政争で追い落とし命を奪うことは得意だが、暴力はからっきしなのだ。

 

「あとたしか、母方の家系が『剣の里』出身だった筈だから……血筋の怨恨もありそうね」

 

 だからといって、お母様の名を騙って良い理由にはならない。

 

「ねえサリー。向こうの『襲撃部隊』に英雄殿、ハウザーさんはいた?」

「はい。あの御老体の正面突破を誰も阻止できませんでしたわ。ラウ先生は15秒で撲殺されました」

 

 ラウ・ザ・バレル陸軍武術師範。

 今この屋敷が抱える『表向き』の最大戦力。

 ……くその役にも立ちませんでしたわね。

 

「ハウザーさんが動く以上、その襲撃は御当主(ヒルデガルド)の正式な命令だと思っていいわ。ジャコモのお馬鹿、ローズさんが消えた好機しか見えてない。ホント、どうしようもないお馬鹿」

「どういうことですの?」

「もっと視野を広く持つ必要があるの。思い出してサリー。プロジェクト・ナイトマムの目的はなに?」

 いきなり飛び出す最高機密に、慌てて彼女は記憶を辿る。

「……『災厄』の収束、あるいは根絶」

「ええ、その通り。今大陸(ここ)で、最も成果を期待されている課題の1つよ」

 

 

 

 夜の母計画(プロジェクト・ナイト・マム)

 百年単位で準備してきた『対災厄用の大仕掛け』を革命軍によって台無しにされた当時の王家が、半分キレながらもどうにか絞り出した次なる一手。

 

 伝説の夜の母(ナイト・マム)の複製をつくり、その特性を最大限活用し、全く別のアプローチから『災厄』の弱体化、および根絶を目指すという第2案。書類上の正式名称はロ号災厄対策。

 

 そうして生まれた、ダリアガルデとローゼガルドの姉妹。

 いくつかの欠陥を抱えた、試作型夜の母(プロト・ナイト・マム)たち。

 

 

 

「ですが実際は、ダリアガルデ様もローゼガルド様も、全く関係ないことばかりしていましたよね? 大貴族と戦争して潰したとか、強化施術を革新したとか、派手なお話は沢山聞きましたけれど」

「まあ、お世辞にも『制御できていた』とはいえないでしょうねえ」

 

 だけどね、と母は続ける。

 

「少なくともダリアさんの方は()()()()やっていたみたいよ? なにせ、自分の娘を『第2災厄になる娘』とお友達になるようセッティングしていたみたいですし」

「……え?」

「いくら辺境とはいえ、村を含む地域全体を丸ごと買い上げて『舞台』を整えるだなんて、相変わらずというかなんというか」

 

 いや。それはおかしい。不可能だ。

 

「あのお母様。災厄がどこに生まれるかは完全にランダムで、予測不可能と聞いていますが」

「あるじゃない。私たち以外にも『先のことがわかる』お家が、最低でもあと2つ」

 

 リードロックとウィンチェスター。

 しかし双方共に、もはや消滅した筈。

 

「……まあそれは今どうでもいいの。重要なのは御当主(ヒルデガルド)の災厄鎮圧に対するモチベーションは最大値(MAX)だということよ。お友達を助ける、いいえ、迎えに行く、かしら? どちらにせよ自発的に、心底から、全身全霊で取り掛かることでしょうね。ホント鮮やかで見事なお手並み。()()れするわ。私、昔からダリアさんのこういうところ、大嫌い」

 

 彼女は反射的に口をつぐむ。

 かの姉妹と母との間に、決してポジティブではないなにかしらがあるのは確実なので、無駄に藪を(つつ)くような真似はしない。

 

 意図的に話題を区切る沈黙を挟んでから、彼女は母に訪ねた。

 

「なぜ今、そのお話を?」

 

 御当主様の第2災厄鎮圧に対するモチベーションの高さは、今回の件とは無関係だと思うのだが……。

 

「考えてもごらんなさい。ここで私たちが死ねば本島(アルネリア)の連中が黙ってはいないわ。どう考えても、最低最悪の、泥沼が生温く思える次元の、常軌を逸した追求と報復の嵐が巻き起こるわ」

 

 たしかにあの面々ならば……そうなるか。

 

「その程度、御当主(ヒルデガルド)は百も承知よ。けど、やったの。彼女はやるの。どうしてかしら? 性質としては無用な混乱を嫌う彼女が、どうしてそんな暴挙に?」

 

 ここまでに母が提示した情報――旧王家現当主ヒルデガルドは、きっと第2災厄の鎮圧に人生を賭けている――だけでは、繋がりそうで繋がらない。

 

 

「ヒントをあげる。現在ネグロニア陸軍は『頭目を失った各種族の暴発』に備えて、準戦闘態勢で全軍所定の配置についているの。特に東部方面には『四つ腕どもに攻勢の予兆あり』とかで戦力の7割があてられているのですって」

 

 唐突に始まる軍事機密の開示に、彼女は1歩置いていかれる。

 

「私の情報網にはそんな『予兆』なんてちっとも掛からなかったわ。むしろ跡目争いで内戦が勃発している真っ最中だった。他国へ侵攻する余裕なんて今の多腕(アスラ)にはない。だからきっとこれは、御当主(ヒルデガルド)が掌握している第1軍と第2軍を総動員する為の方便でしょうね」

 

 そこで母は1度、言葉を区切ってから、

 

「一体、なんの為にそんなことを? 全軍の7割にも及ぶ大戦力を、一体なにとぶつけるつもりなのかしら?」

 

 ここでようやく、彼女は気づいた。

 東部の果ての辺境にある、寂れた田舎の小さな村。第2災厄発生の地、ロザリアヒル。

 病的なまでの封鎖の向こうで、なぜか10年以上にわたり謎の沈黙を守り続けている、この世に顕現した異界。

 つまりお母様の意図するところは。

 

「第2災厄が活性化すると仰るのですか? このタイミングで?」

「それ以外にないのよ。あの合理性を重んじる御当主(ヒルデガルド)が、()()()()()()()()()()()()()()()()ファルネウス(私たち)を排除する理由なんて」

 

 雑。

 その言葉に、彼女はひどく納得した。

 

「いうなれば『人生を賭けた大一番がすぐそこに迫っているから、邪魔をするなら消えろ』といったところかしら」

 

 だがそれでは、後に起きるであろう大混乱をどう収めるというのか。

 

「しかもあの子、この思い切りの良さから見て、自分の命を『使い切る』ことを前提にプランを組んでいる節があるわね。もしかしたらネグロニアという『場』を使い潰す心算(つもり)かも知れないわ。消えて無くなるなら後の混乱なんて気にする必要はない。凄い行動力ね。ホント、嫌なところばかり母親にそっくり」

 

 彼女は戦慄する。

 ジャコモ――アホンダラのくそぼけが余計なことをしてくれたタイミングが、余りにも最低最悪すぎる。

 

「つまりねサリー、こういうことよ。あのローズさんをも食い破った怪物が、交渉や警告を全部すっ飛ばして一気にこちらを殺しに来るの。ちゃんと私を『殺し切れる』アマリリス様まで駆り出して、誰も残さない決意でやって来るの」

 

 その母の物言いに、彼女は引っかかりを覚える。

 

「きっと英雄殿やアマリリス様の他にも、こちらが『絶対に勝てない戦力』が用意されていたのでしょう?」

「え、ええはい。近衛の実行部隊と、元特別行動隊の隊員と、行方不明になっていた前隊長と、それから最も危険――」

 

 そこで彼女は慌てて言葉を濁した。

 

「……この存在については、知らない方が良いと思います。知っているだけで、お母様の身に累が及ぶかも知れません」

「まあ恐ろしい。そんなものまで動員するなんて、実は御当主(ヒルデガルド)、内心では激怒しているのかしら」

 

 たしかに、いつもの御当主様なら『あれ』の存在を威圧や脅迫に使うだろう。

 あれの名には、それだけの『効力』がある。

 しかし今回は、トドメの実行戦力として使った。

 

「……あら?」

 

 その事実に、またもや彼女は引っかかりを覚える。

 本当に、そうだろうか?

 この認識は、現状とかみ合っていないのでは?

 

「サリー。なにか気になることがあるなら言いなさい。私たちの直感は、仕舞い込むには惜しい財貨よ」

 

 いわれて彼女は、うまく言語化できないそれを、とにかく言葉にしてみる。

 

 

「ええと、その、お母様、今わたくしたちは、御当主様から『警告』を受けた際と同じ状況になっていませんか? いうなれば『こんなに凄く恐ろしい戦力で確実にぶっ殺すぞ』と突きつけられているというか、そうして対応を迫られているといいますか」

 

 

 彼女の要領を得ない物言いに、母は驚いたように目を見開いた。

 

「……あらやだ、その通りじゃない。駄目ね、歳を取ると頭が固くなってしまうみたい。サリアデール。あなたは今この瞬間から『ファルネウスの次期当主』を名乗りなさい」

 

 一体なにが評価されたのか、彼女にはピンと来なかったが……とりあえず「わかりましたわ!」と返事した。

 そんな彼女を見て「やっぱりよくわかってないみたいね」と母は苦笑した。

 

 

「あなたの感じた通り、これが『警告』なのよ。大権保有者を()()()()()()時点で、大権は効力を発揮するわ。それを理解した上で、こちらに行動を迫っているの。戦力では勝てないぞ、誰も残さないぞ、さあどうする? って。……まるでローズさんみたいね」

 あの姉妹の悪いところばかり学んでホント嫌になっちゃうわ、と母は溜息まじりにいう。

「こんなの、こちらの取れる選択肢は降――和平の道しかないじゃないの」

 

 ここで降伏といわないのは、さすがお母様だ。……ではなくて。

 

「なぜ御当主様がファルネウス(わたくしたち)の『大権の仕様』をご存知なのですか? これを知るのは一部の親類だけの筈」

「ローズさんにはバレていたわ。あの『死なずの法』をパク――拝借した際に感付かれてしまった節があったの。それ以降、ぴたりと殺しに来なくなったから、やればやるだけ手の内が暴かれると見切りをつけたのね、きっと」

「しかしもうローゼガルド様はいませんわ」

「そう。だからローズさんの残した資料は全て御当主(ヒルデガルド)の手に渡ったと考えられるわね。几帳面なローズさんのことだもの、きっと文字資料として残していた筈よ」

 

 ここは母を責める場面ではなく、むしろあの魔女に幾度殺されようとも決して折れず、逆にその秘儀を模倣したド根性を称えるべきところだろう。

 

 

「ここまで言えば、ファルネウスの次期当主としての初仕事がなにか、わかるわね?」

「ええ。命乞――ではなくて、和平の使者、ですわね」

「そうよ。ジャコモ(お馬鹿)の切り捨てに……こちらの不始末で発生した損害の補填として、東部の利権はもう全部渡しても構わないわ」

 

 どうせ第2災厄が活性化すると、東部全域は使い物にならなくなる。

 死ぬ土地の利権に価値はない上、もう手は出さないという宣言にもなる。

 実にお母様らしい、無駄のない一手である。

 

 だが。

 

 もし御当主様が『最も確実な選択肢』を取るならば。

 

 

「お母様。わたくしに鳳仙花(ほうせんか)の制御権を」

「……サリアデール。御当主(ヒルデガルド)には、勝って貰う必要があるの。第2災厄とは全てを呑み込む、文字通りの『災厄』なのよ。ここで御当主(ヒルデガルド)を潰すことに、なに1つメリットはないの。むしろ世界を滅ぼしかねない愚行ですらあるわ」

「兄様や愚弟も、それぞれ尽力している筈では?」

「最も危険な1番槍を、御当主(ヒルデガルド)は進んで引き受けてくれるというのよ? これがどれほどの『利』か、わからないあなたじゃないわよね?」

 

 彼女とて、その程度はわかっている。

 だが。

 

「黙れ死ね、といわれた時、ただうつむくだけの愚物を、きっとヒルデガルド様はお許しにはなりませんわ。同じ席に座るには、同じだけの覚悟と実行力がなければ論外だと、わたくしはお母様から教わりました」

 

「まあ生意気。素晴らしいわ。よくわかっているじゃない」

 

 そういって母は彼女を優しく抱きしめた。

 

「けど忘れないでサリー。あなたが見たのは『とてもよく出来た予知夢』でしかないの。全く知らない事柄が出てきて、そのがそのまま事実だったりするけれど、それは天眼やオラクルと呼ばれてきたものが寄り集まっただけに過ぎないわ」

「はい」

「もう聞き飽きたでしょうけど、何度だって言うわね。私たちに『過去へ戻る』なんて大それたことはできない。きっとそんなことができるのは神様だけ。自身をそうだと錯覚して、死地へと飛び込んで(むくろ)を晒した歴代当主たちの話は、ちゃんと覚えているわね?」

「ええ、もちろんですわ」

「夢と現実を混同しては駄目。私たちは死んだらお終いなの。だから私は必死になってローズさんから『死なずの法』をもぎ取ったの。あなたが成人したら、ちゃんと教えて上げるから、それまで決して無茶をしては駄目よ。いいわね?」

「はい。お母様」

 

 彼女は完璧なまでに理性的な返事をした。

 それを聞いた母は、ようやく彼女から手を離してくれた。

 母に嘘をついた後ろめたさを、彼女は笑顔で覆い隠した。

 

 

 

※※※

 

 

 

 そこから彼女は、可能な限り迅速に動いた。

 隠し通路を引き返し自室へと戻り、すぐさまお側付きの使用人を呼ぶ。

 

「リーゼ。すぐに旧離宮へと発ちます。ぐずぐず足を引くなら、来なくていいわ」

 

 次いで彼女は『絶対に大丈夫な』血縁だけで構成された直衛を引き連れ足早に車庫へと向かい、

 

「専用車はダメ。今日はこれで行くわ。リーゼ、準備して」

 

 いつもの馬車よりもランクの下がる安物の量産品――『LⅢモデル』の車体へと、乗車する馬車を変更させた。

 

 これは、ささやかな意趣返し。

 彼女の記憶にある、連中が乗っていた馬車と同じ車種。

 狙い通りにいくかなんてわからない。ただいつも大権はギリギリのタイミングでやってくる。だからきっと、ほぼ同時な筈。十分に見込みはある。

 

 そうして、彼女が急遽変更させた『LⅢモデル』の馬車に乗り込み旧離宮へと出発。

 車内には彼女の他に、お側付きの使用人リーゼと直衛が2人の計4人。

 和平の使者としての訪問なので、ぞろぞろと大人数では行けない。護衛はたった2人だけ。防備の薄い、狙い時。

 

 静かに馬車に揺られつつ、しばし窓ごしに外を眺める。

 窓の外からの圧力により時折ガラスが微かに振動する。

 風が出てきた。建物の隙間を通る夜風は、満遍なく新市街を縦断する。素晴らしい。

 思わぬ追い風に機嫌を良くした彼女は、そろそろ頃合かと口を開いた。

 

「ねえリーゼ」

「はい」

「ちゃんと伝えた?」

「なにをでしょうか?」

 いつも通りに返すリーゼ。やはりプロの技を見抜くのはムリだなと彼女は感心した。

 

「僅かな護衛だけを連れて急にお嬢様が旧離宮へ向かいました。バレたかもしれませんって、ジャコモのおバカに。あ、返事はしなくていいわ。無意味だから」

 

 リアクションはなし。強すぎる。普通なら濡れ衣でも、もう少しは慌てるでしょうに。

 

「ねえリーゼ。こっちに付かない? わたくし、あなたのことは嫌いじゃないの」

「……お嬢様は、なにか誤解をされています」

 残念。向こうは嫌いだったみたい。

「そ。じゃあ降りなさい」

 彼女の言葉に続き、馬車が減速を始める。同じくらいの速度でゆっくりという。

 

「停車して5秒経っても降りなければ、殺せ」

 彼女の言葉に、直衛の2人が静かに体勢を整える。そこに「なぜ」や「まさか」といった疑問はない。2人は大権を知っている。さらにいうなら、彼女の言葉から大まかな事情は透けて見える。

 リーゼは停車すると同時に素早く車内から出て行った。

 そしてまた馬車が発進する。

 

「……行かせてよかったのか?」

 彼女の父方の遠縁に当たる巨漢の直衛トールが、今からでも殺れるぞと暗にいう。

「まだ射程の範囲内。ただ一言、撃てというだけで終わるよ?」

 彼女の母方の遠縁に当たる直衛の狙撃手ネネが、標的から目を離さず淡々と告げる。

 

 気安い相手だけになった空間で、彼女はふうと息を吐いて背もたれに深く沈んだ。

 

「ありがとう。けどいいの。最悪の場合、ちゃんと使い道は用意してあるから」

「通信系の隠し弾を持ってたら、厄介なことになるかも?」

 ネネの杞憂に、すでに知っていることを話す。

「リーゼが隠し持っているのは『魔眼』系統よ。見た者に凄く微弱な、防壁にも引っかからないような(ごく)軽度の『高揚』をもたらすの」

「なんだそりゃ? 意味があるのか?」

「どっちでもいいわね、となった時に、ほぼ確実に『攻撃的な方の選択肢』へ誘導することができるのよ。おかげでお母様が強気になっちゃって、大変なことに」

 

 そんな『大変なこと』など実際には起きていないのだが、直衛の2人は余計な口を挟まない。

 

「あ、次の角を左に。そう、エルダ商会の3号店へ向かって。そこでもう1度、馬車を変えるわ」

「……たぶんもう、閉店してると思うよ?」

「無理にでもこじ開けて。その代わり料金は3倍で」

「わかった。やってみよう」

 

 とはいえ向こうからすれば、ファルネウスは最大級の太客。

 多少の無理程度は容易(たやす)く通り、ささっと今乗っている『LⅢモデル』を処分し、その場で乗車が可能なクラシックモデルを新たに購入し乗り換えた。そして再び旧離宮へと向け出発する。

 

「……これはつまりアレか? リーゼが()()()情報をもとに来るであろう刺客をかわした、ということか?」

「いいえ。押し付けたの。お母様をぐちゃみそにした実行犯に対する、ささやかな報復ね。成功率はたぶん5割くらい」

「俺がやることは?」

「もし予定が狂ってこっちに来たら、いつも通り守って」

「よしきた。いつも通り、鉄壁に守り切ってみせよう」

 

 このトールの役割は単純明快。

 馬鹿でかい大盾を出して、ただ死ぬ気で壁になる。

 実にシンプルだが、ゆえに彼をどうにかしないことには、彼女には傷一つ付けることができない。

 そして彼は全ファルネウス中で2番目の、お母様に次ぐタフさを誇る。

 つまり、まともな生き物としては最も頑丈なのだ。

 

「すごい自信だけどさ、向こうだって硬い大盾対策の1つや2つ、用意して来るんじゃないかなあ?」

 リーゼにより、こちらの情報は筒抜け。だからきっと酷いことになる。

 そんなネネの杞憂に、彼女はただ事実を告げる。

「問題ないわ。すぐに動かせるのは『抜刀隊』くらいでしょうから、ネネにとっては単なる(まと)よ」

 

 このネネの役割は単純明快。

 敵の手が彼女に届くよりも早く、全てを撃ち抜く。

 それを実現する、常軌を逸した射程距離と照準能力に連射性能。そこに乗せられる一撃必倒の殺傷力。およそ狙撃型の理想値といって良いハイスペック。

 しかし膨大なコストと安定性の著しい欠如により、軍での正式採用は見送られた廃棄型番(ロストナンバー)

 概念式集光レンズ()()

 ファルネウスの財力と『血縁の身内である』という精神安定剤があって初めて運用が可能となる、リスクにまみれた、しかし全てを射抜く大権の弓番。

 

「……そう上手くいくかなあ? きっと向こうは動き回るだろうし、なんか刀とか持ってるだろうし、くさそうだし、昔の価値観を捨てられないみたいだし」

 またいつものよくわからないネガティブが始まった。

 が、そこで。

 

「いよいよとなれば、私が」

 それまで一言も喋らなかった御者が口を開いた。

 御者(彼ら)が戦えるのを知っているのは直衛だけ。役割という先入観を用いた伏兵に対応できる者はまずいない。

 しかも今日の担当は『濡れた右手』のアレッキア。

 母が手配した、ファルネウスで最も殺しに長けた男である。

 

「聞いての通りだから外しても大丈夫。いい? 何度だっていうわよ。そもそも近接戦しかできない時点で、ネネにとって『敵』ではなくて『(まと)』でしかないわ」

「で、でもあいつら絶対、剣で切ったり弾いたりすると思うんだ! こうしゅぴんすぱっとかいって、なんかナルっとしたキモくてしなやかな動きでカキンカキンって!」

「どうしてもダメそうだったら、目をつぶって適当に乱射なさい。きっと誰も残らないから」

「それ流れ弾で、いっぱい死にそうだが」

「ええ。許せないわね、抜刀隊」

 

 一息間があってから。

 

「ああ。許せないな、抜刀隊」

「うん。許せないね、抜刀隊」

 

 大まかな方針は決定した。

 

 

 

※※※

 

 

 

 どうやら、5割の賭けには勝てたらしい。

 結局、想定していた襲撃は一切なく旧離宮に到着した。

 

 こちらをいぶかしむ正門の番兵に『8号案件』――大権由来の緊急事態――だと告げると、すぐさま開門し奥へと通される。

 御者とネネは馬車に残し、彼女はトールを引き連れ旧離宮へと入った。どんな馬鹿でも一目でたじろぐ、ゴツくて強そうな大男の威圧感には千金の価値があると彼女は正しく理解している。現に今も彼女の姿を認めたどこかで見た顔の中年男性が、なにやら片手を上げつつ話しかけてこようとしたが……トールの一睨みでくるりと方向転換した。

 こういった、本番前に気力や体力を削る雑事をスキップできるのは実に有り難い。

 

「お付の方は、こちらに」

 

 離宮の奥、応接室の前で、トールは専用の控え室へと案内された。

 原則、大権の内容は機密扱いなので、当然といえば当然の措置である。余人が聞いて良い内容ではない。

 とはいえ実際のところ、身内には普通に聞かせていたりするのだが。

 

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」

「ん」

 

 そんな余所行きの言葉に見送られ、彼女は1人応接室へ。

 もとより、他の面々は露払い。

 今回の最も重要な場面では、彼女1人だということは最初からわかっていた。

 出来得る限りの準備はした。腹も括った。大丈夫、勝ち筋はある。

 だがもし、いよいよとなれば……。

 

 そうして飾り気のない応接室のシンプルなソファに腰かけ待つこと数分。

 予想よりも随分と早く応接室のドアが外から開き……旧王家現当主ヒルデガルドがその姿を見せた。

 

 対外用の礼服に、浮きすぎないレベルで鮮やかに結い上げられた髪。全体のバランスを保ちつつも、見る者に鋭い印象を与えるメイク。どれも平時に(たしな)むものではないし、彼女が来てからの短時間で用意するのも不可能だ。さらに今日の御当主様の予定に会見や会談は1つもなかった筈。

 

 つまりは、待ち構えていた。

 その事実を、こちらに見せつけている。

 彼女は一瞬だけ、こちらも相応に時間をかけて『武装』すべきだったかと後悔しそうになったが……悠長にそんなことをしていたら、きっと今頃ジャコモに捕らえられていた。

 

 わたくしは今、最高の理想値を叩き出し続けている。なにも失敗はない。

 

 そう強く思うと同時に、彼女は口火を切った。

 

「ファルネウス次期当主、サリアデールにございます。この度は急な訪問――」

 

 まずは己が次代の大権であると正式に名乗る。この前提がなければ、そもそもの話が進まない。

 続けて定型の挨拶へと移り、これまた定型通りに着席をすすめられ、さあここからだと彼女が密かに気合を入れたところで、

 

 こんこん、と。

 

 窓がノックされた。

 

 ……窓?

 

 彼女が疑問に思うより早く「失礼」と御当主様が窓際へ向かう。

 そして薄くガラス戸を開けると、にゅ、と黒いなにかが滑り込んできた。

 濡れたような黒羽に見覚えのあるシルエット――(からす)だ。

 

 鴉は御当主様の腕に止まり、幾度かくちばしをはくはくさせた後、再び闇夜へ飛び去って行った。

 

「……たしか鴉は昼行性だったと記憶しておりますが」

 直裁には問わず、ふんわりと。

「ほう、よく知っているな。今のは鴉のかたちを模しているだけの、全くの別物だ」

 彼女とは逆に、直球な答えがくる。

「あれはウィッチクラフトと呼ばれる、原初の魔術と呼ばれるものの1つだ」

「……初耳ですわ」

 そんなものの存在も、そんなものを御当主様が(たしな)むという話も聞いたことがない。

「だろうな。世には出していない話だ。なにせ、第1災厄鎮圧の際に得た技術だからな。どうにも外聞がよろしくない」

 

 第1災厄鎮圧。

 旧王家現当主ヒルデガルドが叩き出した、最も輝かしい戦果。

 試作型夜の母(プロト・ナイト・マム)であるダリアガルデの死去により、誰もが頓挫したと思っていた『ロ号災厄対策』の継続を世に知らしめた、いまだ詳細が伏せられたままの偉業。

 

「そのようなお話を、わたくしに聞かせてもよろしいので?」

「構わぬよ。退屈だと言うのなら止めておくが」

「とても興味深いですわ」

 

 前座としては面白い。

 彼女はさらに訊ねる。

 

「その『原初の魔術』は、わたくしたちの常識を覆し得るものでしたか?」

「いいや。その大半は私たちの常識に『入ることができなかった』無用の長物ばかりだったよ。淘汰の際に削られたもの。非効率的なもの。劣るもの。進歩の(いしずえ)となったもの。それらを『原初の魔術』と呼ぶのは、あながち的外れでもなかったがな」

 

 当たり前の話である。

 技術は進歩を続ける。ゆえに最新のものが最も強い。

 シンプルな道理だ。

 

「ですが『大半は』と付くからには、全てが児戯だったわけではないのでは?」

「左様。先の鴉などはまあ使えなくもない。だがそもそもの前提として『攻撃』の術が1つもないのが論外だった。害意や悪意に対して、余りにも無防備すぎた」

 

 非暴力主義。あるいは性善説。もしくは「特別な自分たちなら大丈夫」という妄信だろうか。まあいずれにせよ。

 

原初の魔術(ウィッチクラフト)の担い手たちは、随分と夢見がちな方々だったようですわね」

「それが彼らの美徳だった。美しい夢だ。否定はせぬよ」

 

 いって薄く()んだ御当主様が、彼女の正面のソファに腰を下ろした。

 そして相変わらずの、つい背筋が寒くなるようなその美貌を一直線に彼女へと向けた。

 

「だが夢はいつか必ず覚める。森深くの隠れ里でひっそりと暮らす彼らのもとに、破壊者どもがやって来た。自分たち以外の『超常』を根こそぎ破壊し、我らこそ新たな支配者だと声高に謳う()()に酔った暴徒どもだ」

 

 狂奔の暴徒。

 革命軍。

 いや、時期的には政府軍と名乗っていた頃か。

 

一溜(ひとた)まりもなかったそうだ。今で言う侵蝕深度(フェーズ)6相当の力を持った、殺しを躊躇わない賊の群れだ。彼らではどうしようもなかった。さらによくないことに、里の女は遺伝的に皆美形でとても魅力的だった。当然ながら、狂った獣どもに理性などなかった」

 

 本当にロクでもないことばかりする〇△□〇たちですわね。

 危うく出そうになった汚い言葉を、慌てて彼女は飲み込んだ。

 

「男たちの犠牲の上でどうにか逃げ延びたのは僅かな女と子供のみ。しかもその殆どは重傷を負っており、おそらく明日までは持たない。だから()()がれた。明日よ来てくれるなと。これ以上自分から、なに1つ奪ってくれるなと」

 

 ()がれ、願ったからといって、そんなことが実際に起きるわけがない。

 だが起きた。その通りになった。なぜなら。

 

「その逃げ延びた女子供の1人が、第1災厄だったのですね」

「そうだ。彼女は災厄としての全てを、たった2つの事柄に注ぎ込んだ。明日よ来るな。誰も死ぬな」

 

 それは、なんというか。

 

「望外の幸運、でしたわね。野心も支配欲も攻撃性もなく、ただ小さなコミュニティの維持のみを求める。土地の占有以外、本当に無害だなんて」

 

 もし第1災厄が外へ向け解き放たれていたら……物理的な暴力に特化した『政府軍』ではどうしようもなかった。拡散を止める術がなかった。現に彼らは80年の長きにわたり、一地方との連絡が完全に途絶していた事実に気づくことすらできなかった。

 

「であろう? 微塵も笑えぬ笑い話だ。つい先程、我々が『夢見がち』と笑った世間知らずどもの美徳のおかげで、まだこの大陸は存在しているのだ。まるで、出来の悪い寓話よな」

 

 彼女は言葉の意味を噛み砕き、1つ進める。

 

()()で大陸丸ごとならば、()()はどれ程の規模だと予想されていまして?」

 

 答えは即来た。

 

「全世界」

「第2災厄は、一体なにをの」

 

 音もなく、それはやって来た。

 

 白、黒、茶、ブチ、茶トラ、サバトラ、短毛、長毛、ありとあらゆる種類が色とりどりに。

 ドアも壁もお構いなしにすり抜け、優雅に気ままにゆっくりと、無音のままで賑やかに。

 

 

 なんの脈絡もなく唐突に、猫たちによる大行進が始まった。

 その舞台は床だけにとどまらない。壁も天井も、まるで当然のようにしゃなりしゃなりと練り歩く。

 横向きで、あるいは逆さ向きで、しかし毛並みは一切乱れず()まし顔のまま、あくまで優雅に気取りつつ、ただ物理法則だけが息を潜める。

 

 秒を待たずして、応接室は異界と化した。

 

 

 知らず彼女は息を呑む。

 一体どこに、これだけの数が隠れ潜んでいたのか。

 思うと同時に理解する。最初からいた。ずっと変わらずそこにいた。

 きっと彼女の生まれる遥か昔から、ずっとずっとここにいた。

 吹けば消えるようなどこかの誰かの美しくか細い祈りを決して零しはしないぞとただただじっと、

 

「――サリアデール嬢」

 

 御当主様の声に引き戻される。

 いつの間にかソファをよじ登り、彼女の手元に白猫が来ていた。

 つい反射的に撫でようと伸ばした手が……す、とすり抜ける。

 報告で聞いた通り、触れない。干渉できない。この世のものでないなにか。推定、彼の存在の下仕え。であると同時に己が領土に立てる旗。

 

「あまり直視し過ぎるな。ファルネウスの『見』には毒やも知れん」

 

 いって御当主様は、自身の膝上に()()()()()()白猫を「今は話し中だ」と()()()()、そっとカーペットの上へ下ろした。

 

 ……そう、持ち上げたのだ。

 人体でいう両脇の下に手を入れ、びよーんと伸びた足先からそっと着地させた。

 つまりこれは、

 

「……それに、(さわ)れますの?」

 

 御当主様は答えず、ただ黙ったまま手近な猫を撫でる。

 たわみ揺れる猫の毛並みとヒゲ。

 触れている。間違いなく。

 干渉している。未知の現象に。

 向こうにとってこれは、すでに異界の不条理ではなく新たな常識と化しつつある。

 まだこちらは、スタートラインにすら立っていないというのに。

 

「ちょうど本人が来たのだ。興味があるなら聞いてみるといい」

 

 そうだ。

 先触れが来たということは本人が――母の仇(アマリリス)が、無事にここまでやって来たということだ。

 

 

 ――やはり型落ち品(抜刀隊)では届きませんでしたか。

 

 

 まあそうそう楽はできないかと彼女は切り替える。

 1秒前の衝撃をなかったことにできるのは、母も認める彼女の長所だ。

 

 

「到着したのは、今噂のアマリリス様でございましょうか?」

 

 

 まさか『死んでくれたらラッキー! と思い刺客を押しつけました!』などというわけにもいかないので、すっとぼける。

 

「ふむ。さほど驚きが無いな。やはり、知っていたか」

「まさか! よもや袋叩きにされてしまうのではと、内心震えが止まりませんわ」

 

 あながちデタラメでもない。

 証拠こそ残していないが、因果を繰る相手に果たしてどこまで意味があるやら。

 

「ならば振る舞いには注意を払え。前回はこうも派手ではなかった。どうやらアレは今、ひどく荒ぶっておるようだ」

 

 ……大丈夫。証拠はない。彼女は再度繰り返した。

 

 

 こんこんこんこん。

 

 

 扉を叩く音が妙に大きく響いた。

 ちゃんとノックはするという確かな理性を感じさせる行動に、彼女は少しだけ安堵する。

 

「入れ」

 

 御当主様の声に続いて入室する、長い黒髪の少女。色のない顔で温度のない視線をぐるりと巡らせてから、猫背気味のまま室内へと1歩踏み出す。進む先にいた猫たちが一斉に停止し道を開ける。その一糸乱れぬ動きを見た彼女は儀仗兵を連想した。やはり完全な統制下にある。配下を一瞥することもなく、さも当然のように左右に割れた猫の道を歩く『それ』に向け彼女は最も自信のある角度で微笑みかけた。彼女は先に殴りかかるタイプなのだ。

 

 すると『それ』も、にっこりと微笑み返してきた。

 どうやら向こうも、殴り返すタイプらしい。

 

「おはよう、アマリリス。少し早かったな」

「おはよう姉さま。近衛が頑張ってくれたんだ」

 

 その(かんばせ)は、やはり御当主様にとても似ている。姉妹といわれても納得するしかないレベルだが……ただ決定的に違うのはその服装。

 黒いジャケットとパンツに赤いシャツとループタイを合わせた、どう見てもやくざ者が好みそうな、余り品のないスタイル。()()()()()白の喪服もそうだったが、そもそもが男装であり少女のする格好ではない。あれの中身は見た目通りの少女ではないと、最初から隠すつもりすらないということか。

 

 笑顔の裏で静かに観察を続ける彼女の視界に入る、続くもう1人の姿。

 

 

 ――なぜお前が、ここにいますの?

 

 

 目立たないことを是としているのではなかったのか?

 なにを表に出て来ているのか? 本当に隠れ潜むつもりはあるのか?

 

 

「紹介しよう。こちらはサリアデール嬢。まだ非公式ではあるが、ファルネウスの次期当主だ」

 

 あ、ちょっと、そんな不審者の前で貴族家の最高機密を!

 危うく出そうになった言葉を、どうにか飲み込む。

 さすがに御当主様による紹介を遮るわけにはいかない。そもそも知られたくなければ名乗るな、という話でもある。

 

「直裁にいうと、ブーゲンビリア殿のご息女で、次代の『大権』を担いし者だ」

 

 まずい。これはまずいですわ。

 ここに来て初めて、彼女は本気で焦った。

 

 

 いかに御当主様やアマリリス様が凄かろうが偉大だろうが、実は今それはどうでもいい。今回の彼女の来訪にはとくに関係ない。

 この2人は『王家』という枠組みの中にある。

 だからファルネウス代表として『()びを入れに来た』彼女との間で、ほぼ100パーセントの確率で対話が成立する。それが彼女の望む結果になるかはまた別の話だが、少なくとも話し合いのテーブルには必ず着いてくれる。

 

 

 しかし、こいつは違う。

 

 

 目的。泣き所。デッドライン。その全てが不明。

 しかし大権により、彼女の殺害に一切の躊躇いがないことだけは判明している。

 さらに厄介なことに、こいつには貴族や王家の威光が微塵も通用しない。

 なので、次の瞬間には「じゃあ殺すね」などといってスパっと首を切られる可能性が普通にある。

 こいつなら、それができるし、やる。

 

 

 ――上等ですわ。やられる前に、やってやりますわ。

 

 

 後手に回ったところで活路はない。そう悟った彼女は1歩前に出る。

 ここでイモを引くようでは、ファルネウスの頭は務まらない。

 慎重と怯懦(きょうだ)を履き違え、相手に成否を託すような無様は晒さない。

 

「お待ちなさい」

 

 たかが伝説ごときが、好き勝手できると思うなよ。

 沸き立つ内面を浮かび上がらせることなく、あくまで優雅に。しかし目にはありったけの力を込めて。

 

「――どうして、貴女がここに?」

 真っ直ぐに対象を見据えて、殺す気で問う。

 1度殺された相手だ。それくらい簡単にできる。

 

「あ、いえ、その、アマリリス様にムリヤリ」

「そういったことを訊いているのではありません。わたくしが問うているのは、貴女の目的です。この、かつてない程の緊張下にある今のネグロニアで、一体貴女はなにをなさるおつもりなのですか?」

 

 全員の視線が集まる。しかし制止の声はない。彼女は続ける。

 

「平時ならばまだわかります。情報収集、敵情視察といったところでしょう。しかし、こうも状況が逼迫(ひっぱく)したならば、本来の貴女ならすぐに雲隠れする筈です。ローゼガルド様亡き今、もはや貴女を留める存在は皆無。なのに今も居残っているのはなぜ? 極度に面倒を嫌うと評判の貴女が、そうまでして一体なにをなさるおつもりで?」

 

 彼女としては『御当主様! きっとこいつはなにか企んでますわ! だって正体隠してコソコソする理由なんてそれしかないから!』とぶっ叩いて、ホコリが出たところを3人掛かりで排除しちまおうという寸法だ。

 一見、勢いだけのアホなプランに思えるが……こいつは叩けば叩くだけやべえ情報(ホコリ)が出てくるのが確定しているので、成算は十分にある。

 

「……えっと、誰かとカン違いしてません? わたしはアンジーというただのしがない」

 

 畳みかける。

 

 

 

「いいえ。わたくしは今、貴女に――原初の夜の母(ナイト・マム)である、ニニィ・マルレーン様に話しかけておりますの。勘違いや間違いなどではありませんわ」

 

 

 

 彼女は素早く全員の顔を見渡す。

 

 御当主様は――微塵の動揺もなし。これは、知っていましたわね。

 

 アマリリス様は――誰? という疑問符を浮かべている。これは、そもそもの前提をまだ知りませんわね。

 

 ニニィ様は――あ、まず、これ死んだかもしれませんわ。彼女はこっそり準備を整えつつ、努めて強気にいい放つ。

 

 

「よろしくてよ。抜きなさいな。抜刀している間だけ『ニニィ様』が出てくるのでしょう? 存じ上げておりますわ」

 

 

 罠である。

 宮中(ここ)で武器を抜いた時点で、問答無用で殺されても文句はいえなくなる。

 つまり、予定通り3対1で排除できる。

 

「……えっと、サリアデール様、でしたっけ? いってることが無茶苦茶ですよ。正直、なにをいっているのか」

「わたくしが『大権』と聞いてもなおその反応……やはり、知識は共有していないのですね。まあそれをしてしまえば、若い心や感性を圧死させてしまいますものね。たしか『ボクは人形遊びをするような歳じゃない』でしたか? それとも昔から()()()()に憧れがあったのも影響しているのでしょうか?」

 

 大権で得た情報を開示する。

 話した覚えのない、自分しか知り得ない内心への言及は、他ならぬ当人に対して問答無用の説得力を持つ。

 

 

 一瞬の沈黙の後。

 

 

「抜刀を許可しよう」

 御当主様が告げた。

 

 ――やはり、乗ってきましたわね。

 

 彼女は1つステージが進んだことを確信する。

 御当主様が真っ直ぐニニィ様を見据える。

 

「今回は貴女に触れるつもりはなかった。リスクの方が大きいと判断したからだ。しかし、重大な懸念点であることもまた事実だった」

 

 ニニィ様はなにもいわない。

 御当主様はゆっくりと諭すように続ける。

 

「こちらに敵対の意志はない。ただ邪魔をされたくない。その『邪魔』の定義について、すり合わせをしよう。内容によっては協力も譲歩も可能だと考えている」

 

 ニニィ様は返事をせず、ただじっと佇んでいる。

 

 彼女としては、ここで始まるのは望むところだ。

 3対1で不安要素を潰せる破格の条件を逃す手はない。

 暴力は選択肢の1つ。好も悪もない。

 

 

「――立ち話もなんだから、まずは座ろう。ほら、そっち」

 

 

 膠着(こうちゃく)を破ったのはアマリリス様。

 いうと同時に自身はささっと御当主様の隣へ腰かけ、いまだ動きを見せないニニィ様を見上げる。

 

 

「わたしは君を知らない。だから、話そう」

 

 

 いって「座れよ」と、目の前を指し示す。

 その先――ソファの半分を占領し寝転がっていた猫たちがしゅばばっと席を空ける。

 

 猫に席を譲られる、というのがおかしかったのか、ニニィ様はかすかに笑みを滲ませながら席に着いた。

 御当主様の隣に座ったアマリリス様の正面……つまりは彼女の隣だ。

 長椅子タイプのソファなので、少し詰めれば2人くらいは余裕なのだが、

 

 

 ――これわたくし、なにかあったら真っ先に死ぬ位置ですわね。

 

 

 なにせ肩と肩が触れ合わんばかりの至近距離だ。

 大権で見た剣技を思い返すに、どう足掻いたところでこちらの首が落ちる方が速い。

 

 

 ……もしやこれは、刺客の押し付けに対する返礼なのかしら?

 

 

 などと彼女が内心冷や汗をかいている間にも状況は進む。

 

 

「どうぞ」

 

 

 ずい、と。

 ニニィ様が、いつの間にか手にしていた『白鞘の刀』を突き出した。

 納刀したままで自身は鞘を掴み、柄だけをアマリリス様へ向け「お前が抜け」と促す。

 

「刀を鞘から抜くと、その『ニニィさん』になるの?」

「はい」

「なんでそんな仕組みに?」

「……本当にまずい時以外は頼るな、とかなんとか」

「なんか保護者みたいだね」

 

 一瞬の躊躇いもなくアマリリス様によって引き抜かれる刀身。

 やはり微塵も恐れていない。

 

 

「……あれ? べつに見た目が変わったりはしないんだ?」

「なんだよそれ」

「あ、声は一緒だけど他は全然違うね」

こっち(ボク)の方がカワイイだろ?」

あっち(アンジー)もいいそうなんだよね、そういうの」

「余計なところばかり似てくるんだよ」

 

 たしかに、発声方法、ニュアンス、口調、その全てが違う。

 

「あ、ちょっと待って、これ意外と重っ」

 抜き身の刀を持て余したアマリリス様は少し迷ってから……そのまま御当主様へ渡した。

 小揺るぎもせずに片手で受け取った御当主様は、即席で台座型の刀掛けを形成し、その上へそっと刀身を立て掛けた。

 その一連の流れにどうしてか、彼女は違和感を覚えた。

 喉の奥に刺さった魚の小骨のようなそれは、続く2人の会話を聞く内に流れて消えた。

 

「最初にさ、1番大事なこと、聞いていい?」

「いってみなよ」

「アンジーは隠れ蓑のダミー人格?」

「妹だよ。2度とそんな言い方をするな。次は許さない」

「わかった。2度といわない。じゃあ今もアンジーは聞いてるの?」

「さっきから『逃げろ逃げろ』ってうるさいよ。ボクが止めてなきゃ、今頃そこの窓ぶち破って飛んでる」

「へえ。支配権、奪えるんだ?」

「あくまで『主』はアンジだから、ちょっとだけね。というかキミ、なんか詳しすぎない? もしかして昔やってた?」

「やってないやってない。けど話だけはいっぱい聞いてさ。嘘っぽいのから本物まで、それはもう沢山」

 

 

 ダミー人格? 聞いてる? 支配権?

 正直、彼女は全く話について行けなかった。

 罪人や狂人のたわ言ではなく、本当に1つの身体に『2人いる』など、自分でいってても意味不明な内容である。

 しかしアマリリス様の口振りは、まるで『よくある話だよね』とでもいわんばかりだ。

 

 全く知らない、異界の常識を前提に進む会話。

 なるほど、人外同士が同じライン上に立っているのは、ある意味道理ともいえるのか。

 

 

「ふーん。その『聞いた話』じゃさ、彼や彼女たちは最後どうなってた?」

「自分より強い存在が『入って来た』パターンだと、打ち倒したり、負けて食われたりしてた。なんか絶対ケンカしてたな。どっちかが消滅する本気のやつ」

「そりゃ雑に乗り込むだけじゃそうなるよ。侵略者、あるいは寄生虫だってね」

「ニニィは違うの?」

「当然だろ? ボクはまず『助ける』ところから入る」

 

 助ける為に必要なものは……窮地(ピンチ)

 

「……病人? いや、怪我人?」

「いいや。死産の赤子だ」

 

 

 そういえばそうだった。

 このニニィという原初の夜の母(ナイト・マム)は、倫理的な逸脱が原因でかつて追放された輩だった。

 

 

「もちろん父親やそれに相当する者に許可は取るよ? 今ならまだ『どうにかできる』けど、どうする? って。ちょっとばかしステキな同居人ができる上に、1度完全に死んでしまっているから多少の不具合が出る可能性はあるけど、それでもやるかい? って」

 

 まるで物語に出てくる『魔』そのものだ。

 きっとそこで「否」といえる父親はいない。

 

「……え? 自分で営業して回ってるの? 産婆とかしながら?」

 

 いわれてみればたしかに、随分と地道な活動だった。

 

「違う違うしないしない。その産婆を取り纏めて運用してるの。都市部からちょっと離れるだけで、出産環境のクオリティは信じられないレベルまでガタ落ちするからね。需要は無限にある。赤子を包む『赤布』って聞いたことない? 我ながらシンボリックなアイコンを用意できたと思ってるんだけど」

 

 

 当然彼女は知っている。

 都市部から遠く離れた地方や辺境を中心に活動する、地元民からは『赤布()』と呼ばれ一定の支持を得ている、()()()()()()()に存在する民間の慈善団体。

 そのモットーは『全ての出生を祝福する』というもの。

 危険思想や悪意が一切確認できない、純粋な善性によってのみ運営されている、ある種の修験者たちが寄り集まった非営利団体。

 

 

「わざわざ組織をつくったの?」

「全ての出生は祝福されるべきだろ?」

「まあ、たしかに」

 

 なんだ話せるじゃないか、とニニィ様の声が弾む。

 

「最初は()()()()()()()()()()逸材を発掘する為だったけど……ちょっと現状がヒド過ぎて頭に来ちゃってさ、なんか思ってた100倍くらい頑張っちゃったんだ」

「それ、大変だったんじゃない?」

「そりゃもう大変だったさ! 誰も彼も灰を用いた殺菌を『汚い』とかいって受け入れないしさあ! おまえらのいう『清潔な布』の方が1000倍は雑菌まみれだっつーの!」

 

 

 一般には知られていない話だが。

 この『赤布』の活動により、ネグロニアの人口増加は支えられているという事実がある。

 だからごく一部の『総体』を見る貴族階級の中には『赤布』に出資しようとする者も存在するのだが……今日まで、その全てが拒否されている。

 

 曰く「金銭を受け取ってしまえば、あなたの望まない命は祝福できなくなってしまう」とのこと。

 実に高尚である。

 

 しかし『赤布』がニニィ様による組織だというのなら、その意味はがらっと変わってくる。

 

 

「まあまあ落ち着いて。もうクリアした課題なんだろ?」

「とても時間はかかったけどね。その間に、一体どれだけ取りこぼしたことか――」

 

 またなにやら愚痴のようなものが始まりそうだったが……アマリリス様がやや強引に話を戻した。

 

「さっきいってたあれ『ボクの血に()()できたら』ってやつ。その適応ができたら、今のアンジーみたいに『2人1組』になるの?」

「そうだよ。もういじり過ぎて殆ど原形とか残ってないけど……分類でいうと騎士の任命(アコレード)になるね。拡大量産に舵を切ったキミたちとは逆のベクトル。すなわち縮小合一。はからずも背中合わせになるのが面白いよね」

 

 昔からその存在は予想されていたが、一向に実体が掴めなかった、ニニィ・マルレーンの騎士。

 ……まさか同一化し、自身の増殖じみたことを行っているなど、果たして誰が予想できようか。

 

 

「その『適応できる』赤ん坊が、ちゃんと健康に生まれたらどうするの?」

「ボクの血を許容できるキャパがある時点で、通常の栄養ではまず足りない。どうしても死産になってしまう。だからつくったんだ。ボクの為に生まれて来てくれる、誰にも祝福されずに旅立って行く、まだ見ぬ家族()たちを拾い上げる仕組みを」

 

 実に勝手な物言いである。

 だがきっとアンジーという娘は、ニニィ様のことを本当の姉のように慕っているに違いない。

 ずっと側にいる、生まれる『前』から味方でいてくれる存在を、嫌いになんてなれるわけがない。

 

 

「……もしかしてさ。ニニィのいう『妹』って、アンジー以外にもめっちゃ数がいたりする?」

「おや? 意外と頭が固いな。もっと柔軟に、フラットに考えてみなよ」

 

 アマリリス様は一呼吸間を置いてから、もう1度いい直した。

 

「……もしかして、ニニィのいう『妹』ってさ、腕が4本あったり、下半身が馬だったり、背中に羽が生えてたり、ちょっとトカゲっぽい娘もいたりする?」

「――いいねいいね! 命の価値が横並びだ! どれも特別視してない! 等しく宝か等しくゴミだ! 宝であって欲しいなあ!」

 

 途端に上機嫌となるニニィ様。

 

「よしいいよ! 質問に答えよう。トカゲっぽいのは()()いない。()()卵生には対応できていないんだ。数は最近1人死んじゃったから7人だね。アンジ以外にはあと6人さ」

 

 どばっと流し込まれるやべえ新情報の奔流に、またもや彼女は置いて行かれる。

 え? それってつまり、他種族でも同じことができるということで……。

 

 

「なあアマリリス。その最近死んだ1人は地下で死んだんだ。ここから遠い遠い場所にある、深い深い地の底で、全身串刺しの穴だらけになって、遺体も残らずに」

 

 

 ニニィ様の発言にアマリリス様は「あ、やっべ」という顔になった。

 

「どこかで聞いた話だとは思わない? なーんか覚えがあるような気がしない? ヒントはそう、黒いピラミッドがあったりする場所さ」

 

 アマリリス様の目が泳ぐ。

 仔細は不明だが、どうやらこれはアマリリス様にとって不都合な話のようで、

 

 

「――戯言を」

 

 

 流れを両断する、御当主様の声。

 それまで黙って聞き役に徹していた御当主様が、ここで初めて口を開いた。

 

 

「あの地下祭壇()にいた『戦闘用躯体』は、肉とそれ以外を組み合わせた部品の集合体。今ここにいるアンジとは似ても似つかぬ物体、つまりは使い捨ての兵器。……余り我が妹をからかってくれるな、()()()()

「うわー、そういうこといっちゃう? キミ気づいてる? ローズそっくりだよ?」

「……驚いたな。あの叔母上が、たとえ冗談だとしても『お母様』などと言うとは」

 

 自身の複製を『子』と認識するか否か。

 普通の感覚では難しいだろうが。

 

「全ての出生を祝福するボクとしては、否定はできないんだよねえ。けど、なにをどうこねくり回したらああも邪悪になるのかは、今でもわからないままだよ」

 

 赤子の死に(たか)る時点で、彼女からすれば、どっちもどっちである。

 

「叔母上とは、協力関係にあったのか?」

「そんな良いモノじゃなかっ……いや、詳細は黙秘するよ。ローズが死んだら、口をつぐむ約束になってる」

 

 明言こそしないが、そもそも『ローズ』呼びな時点で半ば答えているも同然である。

 ……ただどうにも、公正で美しい関係ではなかったようだが。

 

「ならば、いまだここに残り続けている理由も、答えられぬか?」

「いいや。べつに隠すようなことじゃない」

「では改めて問おう。ニニィ。貴女の目的はなんだ? それはこちらが協力できることか?」

 

 

 彼女の予想では、協力は無理だ。

 いや、正確にはするつもりがない。

 大一番を控えた今の御当主様が「よし協力しよう」となり、そちらに人員や労力を割くことなど有り得ない。

 だからこれは、如何にしてニニィ様を説得する(黙らせる)かという話であると彼女は考えて、

 

 

「――古い友人との約束を、果たしに来た」

「具体的には?」

介錯(かいしゃく)

 

 

 ああ嫌だと、彼女は思う。

 

 たとえこの世の全てが否定しても、御当主様だけはこの用件を否定することはない。

 なにせ、己が人生を賭してやろうとしていることと『同じ』内容だ。

 なにを要求するつもりかは知らないが、よほどの無理難題でない限り、きっとそれは通る。

 

 怪物のくせして、暴力以外にも長けているのは、始末に負えない。

 

 

「ふむ。そちらの要求は?」

「しばらくアマリリスに同行させて」

「いいだろう。こちらの要求は、わかっているな?」

「ああ。存分に第2災厄に取り掛かってくれ。ボクとしてもアレが溢れ出るのは困る。邪魔はしないよ。なんなら手助けしたっていい」

「不要だ。なにもせぬのが、最大の手助けだ」

「つれないなあ」

 

 互いに最初から争うつもりはなかったのだろう。とんとん拍子で話は纏まる。

 

「え? なんでわたしに同行?」

 ただ当事者だけが置いてきぼりだったようで、アマリリス様だけが不思議そうだ。

 

「アマリリスも見ただろ? あの白い蛇。間違いなくカラマゾフだ。あいつはもうキミに狙いを定めた。必ず、また来る」

「え? また来るの? 結構痛い目見たと思うんだけど」

「だから今度は一切の油断なく、全力で決めに来る筈だよ」

「……友達だったら、もう来るなっていってくれない?」

「言葉が通じる段階は、もうとっくの昔に過ぎてる」

「……お宅訪問して、2人で解決してくれない?」

「本気で潜伏するあいつを探し出すのはとても難しい。頑張ってはみたけど、ボクにはムリだった」

 

 アマリリス様は一瞬だけ心底嫌そうな顔をした後、また無表情に戻って続けた。

 

「そのカラマゾフさん? どんな人なの?」

「カテゴリー的にはたぶんもう『人』じゃない。この大陸じゃ、ボクの次に長生きしてる」

「……実力的にはどんな感じ?」

「闇の薔薇を追放された元『導師(どうし)』――つまり新たな盟主や副首領に『眩しい闇』のノウハウを伝授し続けるのが役割の、永世称号を授けられた最高位の術師さ」

 

 あの集団を追放される時点で、もうお察しな御仁ですわね。

 

「副首領……イグナシオの師匠ってこと?」

「そうともいえるね。けど自分が思うほど特別扱いはされていなかった」

「いけると思って、調子に乗りすぎた?」

「まさにそれ。で『仕置き追放』の際に、盟主クラプトンと副首領イグナシオ両名により打ち倒され『癒えぬ病芽』を埋め込まれた。ゆっくりと長く苦しみながら罪を贖いつつ死ね、っていう沙汰だね」

 

 アマリリス様がなにかに気付き、うんざりしたようにいう。

 

「……もしかしてそのカラマゾフさん、その後こっそりと旧市街に潜伏してた?」

「そういう噂はあったね」

「……もしかしてそのカラマゾフさん、最近、急に元気になった?」

「突然アンジが『治った』時、最初に危惧したのはそれだった。もし無差別なら、あいつにも同じことが起きてるんじゃないかって」

「あ、そっか。それで探しに行って『同じように治った連中』と出会ったのか。ずっと引っかかってたんだよ。今のエルダ商会は大忙しだろうに、なんでアンジーは『陰に隠れてる』やつらと知り合う機会があったんだろって」

「ま、あまり良い出会いではなかったけどね」

 

 言葉とは裏腹に、どこかニニィ様は楽しげだ。

 

「おかげでアンジは得体の知れない邪神の下に単身乗り込むハメになって、さらにはこんな所に――」

 

 そこで不意にニニィ様が彼女を見た。笑みが消える。

 

「そういやおまえ、ファルネウスってたしかあの『詐欺師』どもの飼い主だよね? なんでここにいるの?」

 

 来た。

 正直なところ、そろそろ強引にでもこちらの話を切り出してやろうと機会を窺っていた彼女としては、絶好のパスだ。

 

「おまえントコの(もん)がさあ、ウチのアンジをハメて殺そうとしてるんだけど?」

 

 裏切り者(ジャコモ)の手下がしたことなんて、彼女は一切関知していない。

 だがそのまま口にしたところで火に油。

 なので彼女は薄く笑んで「それはそれは、ご迷惑をおかけ致しましたわ」というに止めた。

 

「ふうん。非は認めるんだ。いいよ。話してごらんよ」

 

 嫌な反応だった。

 感情的な言葉なら、まだコントロールする余地はあったのだが……これでは事実くらいしか述べることができない。

 どうにもスカされたような心地になりつつも、彼女はことの説明(言い訳)を始めた。

 下手(したて)に出すぎず卑屈にならず、かといって無駄にふんぞり返るわけでもなく、さりげなく1つまみの御免なさいをさっとまぶつつも「こちらも勝手なことをされてムカついてますわ」という弱火の怒りでコトコト煮込むように語って聞かせる。

 

 

 まあ要するに、絶妙なバランスで構成された、辛うじて体面を保った無条件降伏である。

 

 

「こちらの不備によって生じた損害の補填として、ファルネウスが所有する『東側の利権』を譲渡する用意があります」

 

 簡易的とはいえ、書面の準備もしてある。

 そもそも、こういった場で騙すほど落ちぶれてはいないが……それを向こうが信じるかはまたべつの話だ。

 

「……あのさ、なんでキミら、いきなり全力で降参してるの? フツー貴族って、もっとこうしょーもないポーズとか」

 

 言葉の途中でニニィ様が「あ」と閃いた顔をする。

 

「そうか大権! 複合集積系オラクル! さてはおまえら、負けるのを知ってるな?」

 

 彼女は薄く微笑むだけ。

 これは御当主様との話だ。

 通りすがりの怪物に、余計なことを教えてやる必要はない。

 

「いや、ボクのことを知ってたんだから……そうか『体験型』か! 初対面なのに妙に攻撃的だと思ったら、さてはおまえ、ボクに殺されたな?」

 

 ああ嫌だと、彼女は思う。

 怪物のくせして、豊富な知識を駆使して正しく結論に辿りつく頭があるなど、いよいよ始末に負えない。

 

 もうこれ以上情報をやるのは危険だと悟った彼女は、さっさと話を進めることにした。

 

 

「こちらに、その旨を記した書面がございます。御確認を」

「いや、不要だ」

 

 あら、思いのほか信用されてますわね。

 彼女は、どうにかポジティブに取ろうとしたが、

 

 

「ファルネウスは排除する。下の制御ができていない勢力など、不穏分子以外のなにものでもない」

 

 

 ――ああ。

 

 内心彼女は嘆息する。

 

 

「幸い、問題なく()()()()()()()()()()も済んだ。サリアデール嬢。帰ってブーゲンビリア殿に伝えよ。思う様抵抗なさいませ、と」

 

 

 正直、この可能性は考えていた。

 なぜなら――もし彼女が御当主様の立場だったなら。

 

 

 絶対に、皆殺しにするからだ。

 

 

「……考え直しては、頂けませんか?」

「サリアデール嬢ならば、ファルネウスを放置するか?」

 

 

 考えるまでもない。

 己が人生を賭けた大一番に、したり顔で茶々(ちゃちゃ)を入れてくる連中を見逃すなど絶対に、

 

「しませんわね」

「ほう。承知の上でなお来たか」

 

 

 べつに承知していたわけではない。

 もしかしたら、2割か3割くらいの確率でお母様の思惑通りに上手く話が纏まる可能性もあるとは思っていた。

 ただまあ、残念ながらそうはならなかった。

 本当に残念なことに、流血は不可避となってしまった。

 

 ならば仕方ないと彼女は切り替える。

 1秒前の衝撃をなかったことにできるのは、母も認める彼女の長所だ。

 

 

「ええ。御当主様なら或いはと。ですので、手土産を準備して参りましたわ」

 

 

 業腹(ごうはら)だが認めよう。

 大陸にいるファルネウスは、もう助からない。

 だから変わる。

 ここから先は目的が、ルールが変わる。

 組織の支部(自分たち)の壊滅は避けられない、となったなら後は。

 

 

 如何にして大将を本島(アルネリア)へ逃がすか、という、命を燃料とした撤退戦が始まるのみだ。

 

 

 ――では、始めましょうか。

 

 

 彼女は静かに口火を切る。

 

 

鳳仙花(ほうせんか)と、わたくしたちは呼んでおります」

 

 

 意図して笑みをつくる。

 人の記憶に残るのは最初と最後だ。

 みじめな(つら)を晒すわけにはいかない。

 

「分類上は『自身の血の改変』になります。血液が体外に出た瞬間に気化し強力な毒性を帯びるようになるというもので、主に『敵中で危機にある際の礼法』として用いられて参りました。傷1つ付けようものなら貴様ら全員道連れだ、というささやかなる貴婦人の矜持ですわね」

 

 この説明は必要だ。

 やるならやるで作法というものがある。

 だから途中で首を刎ねられないよう、血が体外に出るとまずいぞ、という事実を最初に周知しておく。

 

 誰も動かないのを確認してから、彼女は次へ進む。

 

 

「まず曽祖父(ひいおじい)様により、毒性の強化が成されました。確実に自身も死ぬようになりましたが、不発よりはましだろうと採用され、小さな村程度なら丸ごと呑み込める殲滅力を手に入れましたわ。大叔母(おおおば)が『実際にやった』詳細なデータが残っており、とうの昔に机上の空論ではないという実証も済んでおります。無論、表には出ていない話ですが」

 

 実はもっと陰惨な『実証データ』も残ってはいるのだが、あそこまで行くと逆に嘘臭くなってしまうので伏せておく。

 

「次にお婆様が、施術の対象を自身以外にまで拡張することに成功しました。同意も説明も覚悟も必要なく、容易く他人に『鳳仙花(ほうせんか)』をかけることが可能となったのです。さらに驚くべきことに、五感で感じ取れる予兆は一切なく、それに気づくことはまず不可能という破格の隠密性も兼ね備えておりました。要は裏切り者を処するのが、とても簡単になったというわけですわね」

 

 お婆様は稀代の天才だった。

 自決用の隠し毒が、無限の使い道を秘めた武器へと昇華された。

 

「そして最後にお母様(ブーゲンビリア)が、遠隔爆破の機能を追加しました。これまで最大の問題だった『起動の際に対象をどうやって傷付けるか?』に対する完璧な回答ですわね。むしろ強力すぎて『鳳仙花(ほうせんか)』本来の意義が失われているのでは? と一族内で議論が巻き起こる程に、これは劇的な革新でしたわ」

 

 しかし結果として、爆破により毒散布の範囲が桁違いに広がった為『コンセプトにブレなし!』となり丸く収まった。

 

 ……自分でいうのもなんだが、本当に狂った一族だと思う。

 いや、貴族家など何処も似たようなものかと彼女は思い直し、本題に戻った。

 

「当然ながらトップシークレットですが、()()()()()()()()にはこの『鳳仙花(ほうせんか)』が仕込まれておりますの。今回の対象(裏切り者)であるジャコモ一派も例外ではありません。その数およそ53」

 

 小さな村を壊滅させるモノが53個。

 それでも分量としては新市街の一角を汚染する程度だろうが、それが爆破により広範囲に散布される上に、

 

「折りしも今宵は風が強いので、ほどよく全体に行き渡るかと。完全に都市の機能は麻痺するでしょうね」

 

 毒を撒くにはもってこいの夜だ。

 

 

「そして最後の仕上げとして――」

 

 

 彼女は自身のこめかみを人差し指でとんとんと示す。

 

「ここにも1つ。54個目を。これは毒性の強度と規模の拡大を限界まで詰め込んだ特別製にしておきましたわ」

 

 確実にこの旧離宮全体が呑み込まれるように。

 

 貴女様がそうなさるようにわたくしも。

 誰1人として、残さない。

 

 

「……それは、ブーゲンビリア殿の指示か?」

 御当主様の問いに、ありのままを答える。

 

「いいえ。ブーゲンビリア様はこの『交渉』が上手く運ぶと確信されておりますわ。あの御方の念頭には常にローゼガルド様があります。ですので自然と、御当主様もその延長線上だと捉えておいでのようでしたわ」

 

 ローゼガルド様は、たしかに苛烈で無慈悲な御方ではあったが……同じ王族や貴族――貴種に対しては妙に寛容なところがあった。

 それは決して慈悲などではなく自身の価値を保証する為だ。

 

 だからもし今回の相手がローゼガルド様だったなら、間違いなくこの交渉は通っていた。

 

 

「だが、サリアデール嬢は違ったと」

「ええ、違いましたわ。実はわたくし、ローゼガルド様とは直接の面識がございませんの」

 

 おそらくは、母が守ってくれていたのだろう。

 おかげで、魔女の影に目を覆われずに済んだ。

 当然のように「そりゃ勝てるのがわかっているなら、やりますわよね」と思い至ることができた。

 

「ふむ。羨ましい限りだな」

 

 母との認識の差にはすぐ気づいたが、あえて指摘することはしなかった。

 したところで、他に有効な手段もなかった。

 心底から本気の者を止めるには、最低でも同等の熱量(本気)が必要だ。

 

「それで? 如何する?」

「ブーゲンビリア様の思うが通りに、致しませんか? 誰も損をしない、まこと良い話だと存じますわ」

 

 母の顔を立てて、最後にもう1度だけ訊く。

 

「子を先に逝かせるなど、ブーゲンビリア殿はさぞ悔やまれような」

 

 

 ――ああ。

 

 内心彼女は嘆息する。

 

 ここで是か非か以外の言葉を吐く時点で。

 こいつは。

 このボケは。

 

 彼女は最後の理性を振り絞り、このボ――御当主様の浅く薄い母への理解を訂正する。

 

 

「たとえ悔やまれようとも、それでもいつか必ず立ち上がり、最後には勝利しますわ。御存知ないのですか? あの御方はわたくしの母であり、ファルネウスの長にして、かの魔女殿すらも匙を投げた不屈の英雄――ブーゲンビリア様なのですよ」

 

 

 その英雄を、こいつは。

 わたくしの敬愛するお母様を。家族を。家来を。さらにはわたくし自身も。

 約束だか迎えに行くだか駆け引きだかリスク管理だか知らんが。

 まるで雑事かのように、さくっと(バラ)す決定をしくさった分際で……。

 

 彼女の言葉が乱れていく。

 品がないから止めろと母に矯正されたお国言葉(西アルネリア訛り)が、どうせもう終いやしええんちゃうかと顔を覗かせる。

 

 

 ……あのなあ。

 お前(ヒルデガルド)も、お前(アマリリス)も、お前(ニニィ)も!

 なに自分だけは殺されへんとか、スカみたいなカン違いさらしとんねん。

 アホか。

 生かしとくワケ、ないやろが。

 

 

 思えば、(はらわた)が煮えくり返るあまり嘔吐した経験など人生で初めてだった。

 度を過ぎた怒りはなぜか己を冷静にするのだという奇妙な経験もまた初めてのことだった。

 

 

 

「――御当主様」

 

 

 

 そう。

 つまり彼女は。

 自室のベッドで目覚めたその瞬間からすでに。

 

 どうしようもない程に、激怒していたのだ。

 

 舐めた真似をしてくれた連中を、誰1人として生かしておくつもりなんてなかった。

 しかし敬愛する母から『次期当主』の大役を仰せつかった以上、それを放り出すわけにはいかない。

 だから仕事はちゃんとする。その隙間にやることもやる。

 まあ結局は、どれもこれも上手くは行かなかったのだが……最後さえ良ければ全て良しである。

 

 仕上げとして、ずっといいたかったことを、いう。

 

 

「――あんた、こっちのこと、舐めすぎや」

 

 

 人の記憶に残るのは最初と最後。

 

 

「取るに足らんと舐め腐った、ファルネウス(ウチら)積み重ね(歴史)で」

 

 

 なので彼女は、最も自信のある角度で最も美しい笑顔をみせつける。

 

 

「死ねや。支配者気取りの、クソダボども」

 

 

 引き絞り、解き放つ。

 全種、開花。

 

 

 

 ――咲き誇れ、鳳仙花(ほうせんか)

 

 

 

 彼女はそっと、目を閉じる。

 まずは最も発信源に近い彼女が。

 次いで各地に散るジャコモ一派――もとい人のかたちをした台座が弾け飛び、毒の霧雨が空高く噴き上がる。

 

 予想される被害規模は、現在どれだけの数のジャコモ一派が屋外に出ているかで変動する。

 上半身が跡形もなく破裂し、成人1人分の全血液が毒霧となり派手に散布され、強い夜風で街全体に巡ることを加味すれば……5、6人ほど外に出ていれば、とりあえず都市機能を麻痺させることくらいはできる筈だ。彼女と母の動きで右往左往しているであろう今夜なら、容易く条件は満たしていることだろう。

 

 これは保険である。

 

 鳳仙花(ほうせんか)の毒は、においとして鼻で嗅いだ時点で死に至るレベルで強力だが、もしかするとこの部屋にいる3人は生き延びるかもしれない。

 

 例えそうなったとしても、この『首都ネグロニア』が機能不全に陥るような緊急事態になれば、軍は全ての活動を停止せざるを得なくなる。

 鳳仙花(ほうせんか)の毒は、高々1月や2月で除去できるような生易しいものではない。

 

 つまり、御当主様が強行しようとしていた『ロ号災厄対策』は頓挫する。

 

 なら後は、彼女の弟が参画している『ハ号災厄対策』――はなんだかダメそうなので、兄様が主導している『ニ号災厄対策』辺りがどうにかしてくれる筈だ。

 

 お母様は息子たちの負うリスクを減らし、なんだったらこのまま出番なく計画が凍結されるのが最上と考えているらしかったが……彼女からすれば『お前らだけサボるな。そっちも死ぬ気で働け』というのが本音だ。

 

 要するに、彼女の行った意趣返しとは。

 

 

 こちらを殺して計画を実行しようとした御当主様に対し、同じ事をしてやる。

 

 

 すると大将(お母様)が逃げれる大混乱()をつくれる上に、気軽にこちらを滅ぼそうとする怪物どもに1発()()()()やれる。上手く運べば一緒に連れてすら行ける。最良ではないが悪くもない。

 弟のような頭脳も兄のような武勇もない、ただ大権を持っただけの凡人である彼女には、この程度が精一杯だった。

 

 ただそれでも、最低限の意地は通せたと思う。

 

 ――などと考える今に、ふと彼女は疑問を覚える。

 

 ……いくらなんでも、長すぎる。

 破裂するのが、遅すぎる。

 

 

 どういうことだと、彼女は閉じていた目を開ける。

 

 すると、どこか慌てたような顔をしていた御当主様が彼女の視線に気づき、素早くその表情を消した。

 

 あ、これ、本気で焦ってたやつですわね。

 どうやら1秒前の衝撃をなかったことにできるのは、彼女の専売ではないらしい。まあいってみれば王侯貴族の嗜みでもあるのか。

 

 明らかにこちらを上回るリカバリー速度と再構築のクオリティを誇る完璧なまでの余裕に満ちた表情で、御当主様がいう。

 

 

「……なぜ急にブーゲンビリア殿が『遠隔爆破』などという、それまでとは一線を画すほどに悪辣で殺傷力の高い外道じみた技を追加できたと思う?」

 

 

 そこでようやく彼女は気づいた。

 今自分は、鳳仙花(ほうせんか)の『遠隔爆破』を無効化されたのだと。

 

 

「私が最初に取り掛かったのは、叔母上が私の仲間や協力者に仕込んでいるであろう『とある悪趣味な処刑方法』の解除、および無効化だった。これができねば何も始まらぬからな。寝る間も惜しんで死ぬ気で研究したとも。それこそ、咄嗟の即興でも反射的に解除できるほど身体の芯に染み付くまで徹底的にな」

 

 つまりそれは。

 

「学習と適応だと、叔母上は評していたよ。それがブーゲンビリア殿の核であると。まさにその通りよな。ここまでの精度の模倣――いや、これはもはや複製と呼べる域だ。()(ほぐ)す手順まで、丸きりそのままなど」

 

 お母様、遠隔爆破までローゼガルド様からパク――拝借していたのですね。

 

 彼女は1つステージが進んだことを理解する。

 要するにここからは、彼女による54の個別手動爆破と御当主様の解除による速さ比べ、もしくは、彼女の死亡までにどれだけ起爆できるかの追いかけっこ、

 

「叔母上が匙を投げるわけだ。これはとてもではないが、付き合いきれん」

 

 いって御当主様が軽く両手を上げた。

 

「わかった。先の条件を全て呑もう。書面をここに。確認する」

 

 これをいわれてしまうと、次期当主としての役割が復活してしまう。

 すっきりぶっ殺して気分爽快! 兄弟よ後は頼んだ! とはいかなくなってしまう。

 無論彼女とて、進んで死にたいわけではない。

 なのでアリといえば大アリな話なのだが……。

 

「ええと、御当主様はそれでよろしいので?」

「宜しいもなにも、私もそちらも()()()()()()()()()()。多少言葉の乱れはあったかもしれんが、慣れておらぬ者のちょっとした失敗をあげつらう程狭量な輩はここにはおらぬ。ファルネウスの歴史も学べた、中々にユニークな時間だったと受け取っている」

 

 ならば彼女に是非はないので、恭しく親書を差し出す。

 

 そこで、それまでじっと黙っていたアマリリス様が席を立った。

 

「話もまとまったみたいだし、わたしはヨランダの方に行ってくるね」

「あ、ズルっ! ボクも」

「いやいや、ニニィは居なきゃ。また帰る時には迎えに来るからさ」

 

 いって大量の猫をニニィ様の膝上に送り込んで動きを封じたアマリリス様が、

 

「そうだ。サリアデールさん、猫は好き?」

 

 部屋から出る直前で、彼女を振り返った。

 

「……ええ。本島(アルネリア)の屋敷には、猫専用の部屋がありますわ」

「ならさ、この()が、貴女について行ってもいいっていってるんだけど、どうする?」

 いうと同時に、最初に彼女の手元に来た白猫が、あの時と全く同じ場所にいた。

 ただ1つ違うのは、今度はそっと伸ばした手が……そのまますり抜けることはなく、ふぁさぁとその毛並みに触れたことだ。

 

「友達に、自慢できるよ」

 

 それはもう、とんでもなくできるだろう。

 正直、とても欲しい。

 

「餌はなにを?」

「いらない。ただし夜にしか会えない」

「まあ素敵」

「よかった。仲良くしてあげてね」

 

 それだけいってアマリリス様は退室して行った。

 プレゼントを贈られたのか、監視要員をつけられたのか。

 ただ彼の存在から特別な『贈り物』を貰ったという事実には、大きな意味があるように思えた。

 

 

「では残りの課題について取り決めよう。ジャコモ一派53名と陸軍所属抜刀隊の処遇についてだ。書面上では『ファルネウスの長の証たる印を無断で複製、使用した逆徒の一味』として扱われるようだが」

「ならそんなの、ホウセンカとやらでまとめてボンってしちゃえばいいじゃん。どうせもう起爆の方法もわかってるんだろ?」

「この首都を地獄にするつもりはない」

「じゃ密閉された地下でやればいいじゃん。旧市街の下に『闇の根』が広がってるの、知ってるよね? さっきの感じからして、ローズみたいに『高さ制限の安全装置』とかつけてないんだろ? つか模倣するなら細部までちゃんとしろよなー。そこは雑に済ませちゃダメだろ」

 

 闇の根。

 かつての遺構を再利用した『魔術結社闇の薔薇』の地下拠点。

 証拠こそ残っていないが、おそらくはローゼガルド様の息がかかった非合法な実験場の1つ。

 

「かの遺構は広大かつ複雑に入り組んでおり、その全容を把握している者などいないと聞きますが」

 そんなもの、使いようがないのでは?

 

「ここにいるよ、全容を把握してる者。図面は全部頭に入ってる。アレの設計にはボクも噛んでてさ、空気より軽い『あれやこれや』が地上へ流出するとまずいから、結構手間暇かけたんだよね」

「なんだ、随分と積極的ではないか」

抜刀隊(あいつら)、まだアンジを恨んでるみたいだからね。慈悲を逆恨みするようなバカは、ここでやっとかなきゃ」

「そうか。ならまずはその図面とやらを――」

 

 それからしばし内容を詰め、とても酷い話が成立した。

 

 しかし実際のところ鳳仙花(ほうせんか)は『アルネリア特定禁止術条例』にバチバチに抵触している為、本島(アルネリア)に撤退する前に処分しておく必要があった。

 

 処分の方法は2つ。

 

 仕掛けた時と同じく、直に対面しての回収。

 もしくは『開花』やその他要因による対象の血流の完全停止。まあ要するに死亡だ。

 

 今さら裏切り者とその一派の面々に、わざわざ危険を冒してまで対面してやるつもりはない。

 そこにニニィ様の事情と御当主様の『こちらの人員を割きたくない』という引き算が加わり、トントン拍子で話は纏まった。

 

 お母様の――ファルネウスの長のみが所有を許される印を勝手に複製した時点で派閥丸ごと根切り案件なので、おそらくは誰からも反対意見は出ないだろう。

 

 

 つまりは、丸く収まった。

 ファルネウスの次期当主としての初仕事、完了である。

 

 

「ふむ。こんなところか。他になにか疑問や問題点はあるか?」

「うん。疑問じゃないけど聞きたいことが2つある」

 

 ニニィ様が台座型の刀掛けへと手を伸ばし、白鞘の刀を取る。

 そして「まずは1つ目」といって彼女を見やる。

 

 

「お嬢さんさあ、先を見たんだろ? ならアイルトン・フレデリクセンはどうなった? たぶん1番アンジが死にやすいのは、こいつなんだよね」

 

 ……アイルトン・フレデリクセン?

 無論彼女とてその名前は知っている。稀代の大量殺人犯だ。

 しかし。

 

「一切出てきませんでしたわね。彼が今回の件に関係しているのも、今初めて知りましたわ」

「なら最後までは生き残れないのか。いいね。奴の死因は本筋とは無関係なところにある。勝手に退場してくれる」

「あ! 貴女! 大権にタダ乗りしましたわね!」

「そっちのヒステリーで死にかけたんだ。これくらいサービスしてもいいだろ?」

 

 もはや品行方正な次期当主である彼女としては、ぐぬぬとならざるを得ない。

 

「そんな顔するなよ。きっとすぐにヒルデガルドが笑顔にしてくれる」

「……どういう意味だ?」

 

 ニニィ様が手にした刀の切っ先で自身を指して、

 

「ボクは妹たちのシステムを、そこのお嬢さんは一族秘伝の残虐兵器を、それぞれ披露するハメになった。けどキミ(ヒルデガルド)だけはなにも晒していない。これはフェアじゃない。キミもなにか1コ見せろよ。互いの秘密を握り合おうぜ」

 

 めちゃくちゃな理屈である。

 しかし妙な説得力に満ちてもいる。

 御当主様の伏せ札とか、正直とても興味がある。

 

「……いいだろう」

 

 てっきり拒否すると思ってた御当主様が意外な返事をする。

 そして静かに立ち上がり。

 

 微塵の躊躇いもなく、それを披露した。

 

 彼女は言葉を失う。

 ニニィ様が爆笑する。

 

「アハッ! ハハハハハッ!! キミそれ! そうか! 本気で『勝とう』と思えばそうなるのか!」

 

 きっとこれは『対第2災厄戦』における切り札。

 かの災厄を知り、しかしそれでも本気で勝利を目指した者がだけが辿り着く最適解……の筈。

 

「キミ凄いな!? そこまで把握してるの? ボクですら深部までは行けないってのに」

「忘れたか? 私はそこにいた当事者だぞ。これは()()()だ」

 

 おそらくこれは、ダリアガルデ様の置き土産。

 最初に『解』を見せ、そこに向かい努力せよという、どこまでも非情な課題に対する回答。

 

「うんうん、とてもいいものを――人の可能性を再確認できた。ボクはすっかりキミのことが好きになっちゃったよ、ヒルデガルド」

 

 そうか、と気のない返事をする御当主様に「やっぱりつれないなあ」と軽く返すニニィ様。

 

 

「それじゃ、そろそろボクは行くね。キミが勝利したあとで、きっとまた会えると信じているよ」

 

 

 いつの間にか手にしていた鞘の中に刀身を押し込み、まるで柏手(かしわで)を打つようにカチンと水平に納刀した。

 

 と同時に、ニニィ様は弾かれたように立ち上がり、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように出入り口のドアへと飛びついた。

 

「あ、あの! わたしとお姉ちゃんは、ちょっと似てるだけの別人というか、タメ口きいたり失礼なこといってたのは全部お姉ちゃんなので、もしその辺で見かけたりしても、声とかかけないでくれると嬉しいです!」

 

 そう早口でくっそ失礼なことをまくし立て、音もなく風のように出て行った。

 

 

 ……もしどこかで偶然見かけたなら、まるでマブダチかのように親しげに肩でも組んで、山ほどいる敵を少しでも押しつけてやろうと彼女は決意した。

 

 

「サリアデール嬢は、なにか聞いておきたい事はあるか? これが最後になるやもしれん。遠慮は不要だ」

 

 急にそんなことをいわれても困る。

 なので「ございませんわ」と口にしようとした彼女の脳裏にふと浮かんだ、中断されたままだった質問。

 アマリリス様の先触れたちの登場により、宙に浮いたまま消えてしまったそれ。

 

「では1つだけ。第1災厄の願いは『明日よ来るな』『誰も死ぬな』だったとお伺いしました。では第2災厄の願いとは、一体何だったのですか?」

 

 御当主様は即答した。

 

 

「ぜんぶ壊れろ、だ」

 

 

 彼女は母と共に、一刻も早く本島(アルネリア)へ退避することを決意した。

 

 

 







TIPS:その偶然ではありえないピンポイントな『仕留め方』

もちろん偶然ではない。
元来『死なずの法』は魔王(ゲオルギウス)が編み出した秘術の1つだったが、確実に殺した筈の彼が蘇生する一部始終を見たローゼガルドによって解析、再構成され、ぱくっとパクられた。
自分のやり易いよう闇アレンジしつつ簡略化したのが(あだ)となり、ブーゲンビリアに根性ラーニングされ、本編へと至る。
つまり、根本の理はどれも同じなので、同じ方法での根絶が可能となる。

確実にぶつかることになるであろう破格の怪物どもに対抗できるよう、なにもかもが足りない中でどうにか絞り出された、みすぼらしい銀の刃。



TIPS:貴族たちから見た大陸

もう大陸(ここ)には『守るべき民』などいない。かつての所領も今は国の管理下にある。なので名実共に、本当に存在しない。そもそも彼らの基盤はアルネリアにあり、その意味を正しく理解している者の数は驚くほど少ない。

大陸(ここ)は最前線。大陸(ここ)は係争地。大陸(ここ)は実験場。



TIPS:ファルネウス

血の気が多く『暴力の庭』と揶揄される西アルネリアにおいて最大勢力を誇る貴族家。
現代日本の感覚でいうなら『広域指定暴力団ファルネウス組』とでも呼ぶべき集団で、傘下に多数の分家や分派、さらには外部参入の外様(とざま)組を従える一大勢力。

最前線である大陸には、直衛を除き基本『失ってもいい』連中を引き連れやって来ている。
消耗が激しい最前線の人的クオリティと統制のバランスは、とても難しい問題である。



TIPS:ブーゲンビリア

宿敵であるローゼガルドの訃報を聞いてから、やや燃え尽き症候群気味になっていた。
ばっちりその隙を突かれ、ジャコモにノーフューチャーなスタンドプレーをかまされる。
もう自分たちの時代は終わったのかしら、と少し弱気になり、娘を次期当主として簡単な『初めてのおつかい』へ送り出した。

それでも仕事はしなきゃね、と屋敷に残るジャコモ派の面々に「死か服従か」の個別面談(物理)を実施し、即答しなかった半数は首だけとなった。残った半数にジャコモの下へ『プレゼント(ボーリング玉サイズの生モノ×人数分)』を届けさせ、それでも戻って来た者だけに挽回のチャンスを与えると言い放つ、基本的にかかわっちゃダメなタイプの先見系クレイジーマジカルやくざ。

人格の破綻した試作型夜の母(プロト・ナイト・マム)を相手に最後まで生き残ってみせた、本物の強者。
敵に似てしまったのか、元来そういった性質だったのか、もはや誰にもわからない。



TIPS:サリアデール

母の背を見て育った、次代の先見系クレイジーマジカル若頭(わかがしら)
意気揚々と帰宅し、ドヤ顔で母に成果を報告したら、かなりガチな説教をされた。
結論として再教育が必要だと言い渡され、その日の内にアルネリアへと強制送還された。

ほぼ全ての親類に「若い頃のブーゲンビリアに瓜二つだ」と口をそろえていわれる、まさに大権を継ぐに相応しい存在。
2人いる兄弟は間違いなく天才の類だが、まともすぎて大権には耐えられない。



TIPS:ジャコモ

ローゼガルドと直にやり合ったことのない者は、ヒルデガルドを「操り人形」だと揶揄する。
ローゼガルドと直にやり合ったことのある者は、ヒルデガルドを「長年アレの側にいてもなお生き残る異常な存在」と警戒する。

当然彼は、魔女とやり合ったことなどなかった。


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