邪神さまがみてる   作:原 太

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9.2 ネーブル畑でつかまえてⅠ

 

 

 彼女の時間はポンポン飛ぶ。

 

 瞬きひとつで次の日になったり、かと思えば急に1年前になったり。

 

 その日、ふと気づいた彼女は見晴らしの良い場所にいた。

 旧市街が一望できる、高い塔のような建築物の最上階だ。

 

 はて? どうして自分はこんなところにいるのだろう?

 ええと、自分はたしか……。

 いつもなら忘我へと続く筈だったそれが、この日はなぜかするりと繋がった。

 

 隊長。

 そうだ、隊長だ。

 ワタシは隊を率いるリーダーだ。

 

 連鎖的に引きずり出される『特別行動隊』の名。そこに所属する部下たちの、隊員たちの名。

 

 

 そう、最初は名前だった。

 

 

 顔はわかるが名前が出てこない。

 そんなことが頻発した。

 イヤですねえ。ワタシも歳ですかねえ。いや隊長まだ20代じゃん。

 そう笑い飛ばせるラインは、すぐに超えた。

 

 ある日、作戦内容がすっぽりと抜け落ちた。

 ターゲットを殺害する為、隊を率いて建物内に突入した次の瞬間、突然頭が真っ白になった。

 なんらかの攻性干渉を受けたと瞬時に判断した副隊長(バンビ)の機転により、作戦自体はどうにか完遂できたが……さすがにこれはおかしいとなり、急遽精密検査が行われることとなった。

 

 

「脳にとても深刻な異常が起きていると思われます。3つ持ち(トリプルホルダー)というのも負荷の原因でしょうが、なによりその内の1つである『多重身体』がよくない。アレは脳へのダメージを蓄積させる、もはや生産中止となった廃棄型番(ロストナンバー)――」

 

 

 知っている内容を長々とペラ回す専門家先生の演説を一言でまとめると、打つ手なし。

 いまだ脳に対してポジティブな効果をもたらす治療技術は確立されていないらしく、伝家の宝刀「しばらく安静にして様子を見ましょう」が処方される運びとなった。

 

 そして当然の如く、時間経過と共に悪化した。

 

 ある日、魔女との約束をすっぽかした。……どう考えても冗談で済む話ではない。そもそも彼女の性格上、そういったことは絶対にしない。つまりは、時間の認識ができなくなっていた。

 ある日、トイレに行こうとしたが辿りつけなかった。場所の認識ができなくなった。

 ある日、行動隊メンバーの顔と名前がわからなくなった。人の認識がほぼできなくなった。

 すぐに彼女は1人で日常生活を送ることができなくなった。

 

 そんな状態の彼女が、特別行動隊という殺し屋集団内で『処分』されていないのには当然、理由があった。 

 

「おはよーございまーす隊長! いや正確には元隊長っすけど、やっぱりわたし的には隊長は隊長っていうか、今さらネーブルさんとか呼ぶの、なんかヘンな感じしません?」

 

 人望。その一言に尽きた。

 彼女を慕っていた部下が、甲斐甲斐しくその世話を焼いていた。

 

「今マナナは隊長――ネーブルさんの分も2倍働くことで周囲を黙らせてます。正直、見てられません」

 

 彼女の時間はポンポン飛ぶ。

 だから次の瞬間には目の前に別の誰かがいることもままある。

 ええと、さっきのはバンビで、今目の前にいるのは……。

 

「違うよ隊長、ノエミだよ。あのね隊長、よく聞いて? 私もマナナと同じ。隊長のことは大好き。隊長にはいっぱい助けてもらったし、隊長がいなきゃわたしもマナナもとっくに死んでた。すっごい感謝してるし、この恩はずっと忘れない。もう隊長は忘れちゃったかもしれないけど、私たちはずっとずっと覚えてる。……だからね隊長。もうマナナを開放してあげて欲しいの。このままじゃ、たぶん次かその次でマナナは死んじゃう。私はマナナに生きてて欲しい。隊長よりマナナが好き。だからね、私のことはいっぱい恨んでいいから――マナナまで道連れにするのは、やめて」

 

 彼女は決して馬鹿ではない。

 たとえ色々と抜け落ちてしまっても、()()()()()()思考能力自体は健在だった。

 だから次にふと気づいた時、彼女は迷わず行動した。

 ノエミとなにを話しどう答えたのか、薄っすらとしか覚えていなかったが……自分がすべきことだけは、はっきりとわかっていた。

 

 いつものように上役たる魔女に直接『繋ごう』としたが、これは直に会って伝えるべきだと思い直し、そっと部屋を抜け出す。

 勝手に彼女が徘徊しないよう、あちこち封止めして固定されていたが、まともな状態の彼女にとってこんなもの封鎖でもなんでもなかった。

 むしろ、こんなもので封鎖足り得る普段の自分を思い、より一層決意は固まった。

 

 

 知っている筈なのにさっぱりわからない旧市街の路地を、ただ魔女のいるであろう方へと進む。

 彼女が最初に手に入れた力である『通話』は有効範囲こそ微妙なものの、その範囲内にいる通話対象の位置を把握することができる。

 

 なので、今魔女がいるであろうその小洒落た酒場へと真っ直ぐ辿り着くことができた。

 

 店内に踏み入ろうとする彼女を阻む黒服たちを反射のままに殴り倒す。もっとスマートに行ける方法があるような気もしたが……いくら考えても具体的なやり方が出てこないので、これで行くことにした。無手かつ裸足だったが、この程度の相手に得物は不要だ。進む。殴る。進む。へし折る。進む。叩きつける。進む。砕く。進む進む進む。

 

 そうして、店内の奥まったボックス席へと辿り着いた彼女へ向けて、

 

 

「あら? ネーブルじゃない。どうしたの? こんなところまで来て?」

 

 

 いつものように魔女が微笑む。

 この顔は忘れたくとも忘れられない。

 相変わらず、おぞましくも美しい。

 

「……この浮浪者はそちらの身内か? 一体なんのつ」

 

 魔女の正面に座っていた、しかめっ面の男の顎から上が弾け飛んだ。

 ピンと指を弾いた仕草のまま、魔女が告げる。

 

「――お前程度が、私の兵を侮辱するな。身の程知らずめが」

 

 そうしてふう、とひとつ溜息を吐いてから、

 

「しょうがないわね。全部殺しなさい。時計の針を進めるの。わかるわね?」

 

 その言葉に、魔女の周囲にいた側仕えたちが一斉に散った。

 誰も彼もどこかで見たような顔だったが、もう彼女には思い出せなかった。

 

「それで? ネーブルあなた、私になにか用があったのではなくて?」

 

 忘れるより早く、彼女はいった。

 

 ――ワタシを、処分してください。

 

「……それが、あなたの望みなの?」

 

 ――はい。これ以上、迷惑をかけたくありません。

 

「そう。わかったわ」

 

 立ち上がった魔女が、彼女を見据える。

 身長は圧倒的に彼女の方が高いのに、なぜかいつも見下ろされていると錯覚してしまうその目が、じっと彼女を捉える。

 

「おやすみなさい、ネーブル。良い夢を」

 

 そして背を向け去って行く。

 

「――カルミネ。できる限り苦痛のない方法で、望みを叶えてあげなさい」

「はっ」

 

 

 こうして、彼女の物語は終わりを迎えた。

 

 

 ……筈だったのだが、カルミネの「どうせ処分するなら最後にひと稼ぎして貰おう」というくっそしょうもない小遣い稼ぎの為、彼女はさくっとこじらせたド変態に売っ払われた。

 ニッチなニーズに底はない。

 余計なことをしないようにと最後に投与された薬の後押しもあり、もう彼女が彼女でいられる時間はほぼゼロとなっていた。

 

 

 ただその日はなぜか調子が良く、ぼんやりと意識が続いていた。

 旧市街で1番高い塔のような建築物の最上階。抜けるような青空が最も近い場所。

 ああそういえばそんなこんなでここにいるのか、と奇跡的に現状を把握した彼女はしかし、なぜかちっとも動く気になれなかった。

 不自然なまでに、ここから出る、という考えが思い浮かばなかった。

 まるで、誰かに()()されたかのように。

 

 ただ窓の外をぼーっと眺めていた彼女。

 その視界に、おかしなものが入り込んだ。

 

 男だ。

 

 彼女の目はとても良く「わたしの望遠鏡より見えるとかなんすかそれ」と誰かにいわれたレベルの視力が、真昼の青空に浮かぶ黒い異物をつぶさに観察する。

 

 派手な刺繍の入ったローブ姿の男。

 そいつはなぜか、旧市街で1番高い筈のここよりもさらに高い位置にいた。

 両手を前方に伸ばした姿勢で全身を水平にしたまま、どうしてか前進していた。

 

 つまり、飛んでいた。

 

 あり得ない光景だった。

 もう彼女には細かい理屈はわからなかったが、それでもあれがとんでもない『離れ業』なのはわかった。

 あれができてしまえば、なんというかその、色々と常識や前提が崩れ去ってしまうというか大変なことになるような気がする。

 

 

 そんな『離れ業』が、青空ごと断たれた。

 

 

 地上から伸びた黒い断裂――おそらくは矢のような細長い棒状のもの――が青い空を引き裂きつつ、下方から男を貫かんと飛来した。

 この遠間で見てあの速さ。おそらく当人からは閃光に等しい一瞬のできごとに違いない。

 しかし男はそれをぎりぎりでかわした。

 ……いや違う。男も反応できていなかった。あれは避けたというより()()()といった方が正確か。

 

 そこで彼女はようやく気づく。

 男の後に、もう1人いた。

 

 黒い断裂を引き起こした張本人。青い空に映える真っ白な上下。雑に両手足を放り出した体勢のまま落下しつつあるそれ。

 風で乱れる長い黒髪の隙間から覗く、あの魔女を幼くしたような、どこか人形じみた顔立ち。

 あの高さだ。きっと3秒後には落下死する。どう見ても助かる余地はない。

 にもかかわらず、その表情には微塵の恐怖もない。

 そこにあるのはひとつだけ。

 彼女の目が吸い寄せられる。

 

 薄くたたえた笑み。

 引き算しかない目。

 小気味よく踊る唇。

 

 

 ――お前はここで、死ね。

 

 

 空を裂き、どこまでも上昇して行くかと思われた黒い断裂が折れ曲がる。

 強引に引き寄せられるようにして、今度こそ男に命中する。

 きりもみ回転しつつ落下する男。

 

 超常が、さらなる超常によって撃ち墜とされた。

 

 しかし男も()(もの)、どうやら辛うじて直撃は避けたようだったが……きっと落ちた先の追撃で、あいつは死ぬだろう。

 

 もう視界からは消えてしまったが、そんなことくらい見なくともわかる。

 すでに白日の下、これでもかと明確に勝敗は示された。ならあとは退屈な『詰め』が待っているのみ――と、そこで時間切れ。

 

 いつものように彼女の頭はぼんやりとし始める。

 まるで、抗い難い強烈な眠気に襲われるかのよう。

 彼女は窓にへばりつき、黒く断たれたままの青空を見る。

 いまだ空を裂いた黒い傷跡は残り続けている。

 まるで前借りされた夜のような闇色のそれを「キレイだなあ」と思い眺めつつ……いつしか彼女は眠りに落ちた。

 

 

 そうしてそのまま日が暮れた後。

 どこからか黒い猫がやって来て、そっと彼女の側で丸くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして彼女は目覚めた。

 外はまだ仄暗い、夜明け前。

 理想的な早起きともいえる時間帯。

 それはもうすっきりばっちり、頭の隅から隅まで冴え渡った完璧な目覚めだった。

 

 そう。

 ほぼ全ての記憶はちゃんとあるし、全部自由に思い出せる。

 ただ……ここ1年の、ここに来てからの記憶だけはどうにもあやふやなところがある。

 とはいえ、およそ体感で9割方は大丈夫だ。

 

 例えば、今いるこの白い塔のような建物は、旧市街でも指折りの富豪であるペニーと名乗る男の拠点の1つだし、今彼女が身につけているストリッパーと神職を足して2で割ったような布切れの名称は「俺のベストNO24 ホーリーペニー夜の懺悔室」だ。本人がいってたので間違いない。

 

 ……いい歳したおっさんの全力のハジケっぷりになんともいえない気持ちになりつつも、とりあえず彼女は起き上がり全身の状態を確認する。

 

 機能の障害は一切なし。全身問題なく稼動する。ただ『武器職人ウーゴ』作の長期契約品は消えていた。おそらくは除隊認定された時点で解約されたのだろう。

 

 まあないものはない。それはもうしょうがない。

 

 ステゴロに備えて、突きや蹴りを3セットほど繰り返す。

 キレは微妙。随分と無駄な脂肪が増えている。最低限のトレーニングは続けてたとはいえ、場所も時間も限られていた。しかも最近は『計画』とやらもどんどん先細りとなり、もはやただ私的に使()()()()()時間がほとんどになっていた。

 

 

 ま、いいですけどね。

 

 

 おかげで命は繋げた。だからこの『奇跡』を授かることができた。

 彼女は足取り軽く下へ続く階段に向かった。

 

 この最上階(5F)は彼女専用のフロアだ。本来なら4つの部屋に区切られているところを、全ての壁を取っ払い大きなワンフロアにしている。たとえどこにいようと一目で彼女の所在を把握できるよう、トイレの壁まで取っ払っているのだ。

 

 つまりここは、彼女の為に用意された居住スペース兼トレーニングルーム兼プレイルーム兼監視、監禁部屋である。

 ……あらためて思うとワリとクソみたいな場所だったので、微塵の遠慮もなく乱暴にドアを蹴り破った。

 

 監禁部屋とはいっても、物々しい鉄格子や強固な錠があるわけではない。

 ただ「この最上階から出るな」と命じられていただけだ。

 それが今や、するりと出れた。

 なに1つ引っかかることも、忌避感に足を取られることもなく、さらりと扉の外へ出てそのまま普通に階下へと向かえている。

 

 

 やはり、力としては弱い。

 通常の状態ならば、問題にならない。

 

 

 彼女はとくに気負うでもなく、自然な動作で4階へと足を踏み入れる。

 間取りとしては(5F)と同じ。ただしこちらは壁を撤去せず、ちゃんと4つの部屋に区切られたままだ。左右2つずつの部屋があり、その真ん中を細い廊下が繋いでいる。

 

 反応がある部屋は3つ。数はそれぞれ4、6、4の計14。

 誰も廊下に出て来ないことから、どうやらまだ寝ているようだった。

 

 

 結構派手に蹴り破ったんですけどねえ。

 

 

 少々拍子抜けした彼女だったが、この程度の錬度ならもうスルーでいいかと割り切った。

 たしかまともな服は1階の倉庫にあった筈。ならまずはそこを目指そうと進む彼女の目の前で、がちゃりと右手前のドアが開く。

 べつに寝ていたわけではなかった。ただ純粋に行動が遅いだけだった。上での物音を聞き、散々ぐずぐずしてからようやく部屋から顔を覗かせた男と、ばっちり目が合った。

 

 

「……あん? 誰だよ最後のヤツ。コス着せたままじゃねーかよ。ちゃんと片付けろって、またペニーさんにドヤされ……」

 

 

 彼女は構わず歩を進める。

 正直、あれこれと好き勝手やってくれたクソ野郎の1人ではあるのだが……まあどうでもいいといえばどうでもよかったからだ。

 

「……は? え?」

 

 半目だった男が、眼前を素通りする彼女を2度見した。

 ゆっくりとすれ違いざまに告げる。

 

「邪魔をしないなら、見逃してあげます」

 

「いやおまっ、なんで、つか待てやおいコラ!」

 

 せっかくの厚意を無視し、彼女の肩を掴もうと手を伸ばす男。

 残念ながら、1番楽なパターンは消えた。

 こちらを止めようと手を出してくるのなら、敵として処理する他ない。

 迫る手を掴んで、引いて、背後へ回り頚部をがちっと極める。彼女との身長差で男の足が浮く。

 とそこで、さらに奥の部屋のドアが、がちゃりと開いた。

 中から出てきた男にばっちり目撃される。

 どうやら全体的に行動が遅いだけで、怠惰なわけではないらしい。

 

 ……とりあえず彼女は、そのまま今絞めているやつの首をへし折り捨てた。

 

「て、テメェ! やりやがったなァ!」

 

 2人目の男が彼女に向け飛び出す。

 

 こんな早朝の起き抜けにもかかわらず、なにか考えるより早く「やっちまえ」となるのはある意味優秀ではある。

 ただ、なぜ侵蝕深度(フェーズ)7に立ち向かおうと思うのか。

 どうして、特別行動隊の隊長をやっていた者に敵うと思えるのか。

 とくに自分は、汎用近接格闘術でマスタークラスまで行った数少ない1人だというのに。

 

 カウンター、と呼べるほどのぎりぎり感はない。

 ただ単純にでかい方が手足は長く、体重もあり、さらには侵蝕深度(フェーズ)も上。

 当然のように彼女の蹴りの方が先に当たり、当然のように男は壁に叩きつけられ、当然のようにそのまま半回転しつつ放たれた回し蹴りと壁との間に挟まれた男の頭部は砕け散った。

 

 なにもおかしなことなどない、当然の結果。

 この当然を覆すには。

 

「素手じゃダメだ! 武器もってこい武器!」

「お、おう!」

 

 奥の部屋――今蹴り潰した男の部屋――にいた残りがわらわらと狭い廊下に出て来て行く手を塞ぐ。

 

 しかし今度はつっ込んで来ない。おそらくは武器が来るまでの待ち時間。彼女は『たぶんムダだろうなー』とは思いつつも、2番目に楽な提案をしてみる。

 

「ワタシの情報は知っている筈ですよねえ? 侵蝕深度(フェーズ)7ですよ? 特別行動隊の元隊長ですよ? 本気で、どうにかできると思ってます?」

「おいこいつ、普通に喋ってやがるぞ!」

「やべえ、やべえって! 誰かエレファント呼んで来い!」

「わ、わかった!」

 

 最後尾の1人が、背後にある下り階段へと走る。

 

「皆で彼の後を追うなら、放っておいてあげますよ。正直、あなた達が生きてようが死んでようがどっちでもいいです」

「ああん!? 肉人形風情がなに偉そうにほざいてんオ゛グゥェ」

 

 なんか詰め寄って来たので、両手で頭部を掴みごきっとした。

 ダメだこりゃ。話が通じない。

 彼女はさくっと対話を諦めた。

 そもそも、殺す理由もないが生かしておく理由もない連中だ。

 やるというなら、皆殺しだ。

 

「どけ! 道を開けろ!」

 

 ちょうどそこに、待ち望んでいた『武器』がやって来た。

 ムダな気合と共に駆け寄り、刀剣による大上段からの振り下ろしで彼女を断たんと迫る長髪の男。

 ええとたしか、元抜刀隊の脱走兵で名前は……忘れたけどまあ大した問題ではない。

 

「イイエエエエヤァァアァァ!!」

 

 とてもうるさい。音が反響するような狭い廊下だ。剣を横には振れない。ならせめて大人しく突けばいいものを、これも己を大きく見せようという一種の見栄(みえ)なのだろうか。

 彼女は1歩前へ出る。

 身体の構造上、必ず先に出る肘を押さえ、絡めて極めて、へし折り奪う。

 よし、武器確保。

 続いて奪った刀を滑らせ、無手になった敵の首筋に切れ目を入れてから襟首を掴む。まだ少し暴れたので脇腹を2回刺して大人しくさせる。

 よし、盾確保。

 

 と同時に、残りの敵に向けて『盾』を構えたまま突進する。

 成人1人程度の重量なら、彼女の恵まれた体格と侵蝕深度(フェーズ)7の出力のおかげで難なく持ち運べる。

 

 が、衝突の手前で掴んでいた襟首ごとシャツが破けた。安くペラい生地は成人1人の体重に耐えられない。支えを失った『盾』が廊下に転がる――より早く、走るそのままの勢いで蹴り飛ばす。正面の1人に激突し共に廊下の埃を掃除する。辛うじてかわしたもう1人には奪った刀を投擲。

 

 そしてだん、と。

 

 彼女は足を止めることなく跳躍。

 正面に転がる、まだ息をしている頭部の上に着地。

 感触から結果を確認する必要はなかったので、刀を投げた方を見る。

 腹に刺さり、うずくまっていた。

 あれは苦しい上、長引くやつだ。

 彼女はすぱんと首から上を蹴り抜いてやった。

 

 刀を回収し血を払う。

 動くものはなし。

 よし、クリア。

 

 

 廊下が片付いたので、次は最初の男が出て来た部屋へと踏み込む。反応の数は3。どれも等間隔で壁際に散っている。おそらくはまだベッドの上。

 

 

「……あん?」

「……え、血?」

 

 きっと先のムダにうるさい雄叫びは、仲間を起こす警鐘の意味もあったのだろうが……叩き起こされた瞬間に即戦闘可能な手練(てだ)れなら、こんなところで(くすぶ)ってはいない。

 ただ起きているだけで、なんの準備もできていない。

 おそらく、この階で最も『まとも』だったのは、さっき盾にしたあいつだったのだろう。

 

 まだ半分寝ている、最もドアの近くにいた男の喉を刀で突く。すぐさま引き抜き次へ行こうとするも、筋を噛んでしまったのか抜けない。彼女はぱっと柄から手を離し、慌ててベッドから下りようとする2人目の顔を右手で鷲づかみ、勢いのまま枕へと押しつける。

 

 ぼすっ。

 柔らかい枕に後頭部をぶつけてもダメージにはならない。

 しかしこれは攻撃だ。

 彼女の保有する3つの内の1つ。

 その試運転だ。

 

 もがく抵抗ごと押し潰し――1、2、3までカウントしたところで最後の1人が彼女の背に襲いかかる。得物は使わず蹴りを選択することから、体術に覚えがあるのだろう。美しいフォームから放たれる正確な蹴り。どこに来るかが明確なので、残る左手を添えて足首を掴み取る。

 

 4。

 

 そこで、枕に押しつけた男の顔に『五指を含む手の平で触れて』から5秒が経過する。

 専門家であるかつての部下(ギャロ)は0.8秒で発動可能だったが、彼女の場合は5.0秒もかかってしまう。

 

 5。

 

 音もなく、ただ静かに。

 

 枕に押しつけられていた頭部が、削り取られるように『消失』した。

 これまた専門家のように一瞬で全てが『消失』するのではなく、まるで波が押し寄せるかのように端から順を追って伝播しながら消える。向こうからすれば『なます切り』にされるような感覚らしい。

 いやむしろグロさとエグさが増してるだろ、といったかつての部下(ギャロ)の言葉通り、これは単純な劣化ではなく演出の強化と取ることもできる。

 

 なのでちゃんと余さず使う。位置をずらし、ばっちり視線が通るようにしておく。

 残された首の先から、送り先のなくなった血液が吹き上がり薄汚れたシーツを真っ赤に染めていく。

 一部始終を見た、彼女に足首を掴まれている男の顔に恐怖がよぎる。

 彼女は血まみれの右手で3本指を立てる。ゆっくりと1本下ろし2。残りの秒数を可視化してやる。さらにゆっくりと1。

 男は弾かれるように飛び上がり、残る右足で彼女の延髄を狙う。

 

 来るとわかっているタイミングで来るとわかっている場所に来る攻撃は、どちらかというともう演舞といった方がいい。

 

 がしっと掴み、男の両足をホールドした彼女はそのまま遠心力を用いてぐるぐると回転を始める。

 この段階で5秒が経過したが『消失』は起きない。足首はただ『掴んだ』だけ。見せ札による誘引。連発はひどく疲れるし、頼り切りになるとむしろ弱くなる。

 

 十分に勢いがついたらタイミングよく手を離す。

 放り投げられた男が窓を突き破り外へと落下していく。

 この高さ(4F)を頭から落下するのだ。確認は不要だろう。

 

 

 さしたる苦労もなく1つ目の部屋を片付けた彼女は、刀だけを回収しそのまま次の部屋へ。

 この階で反応があるのはここが最後。数は4。ただし、その内2つはドアを開けたすぐ先で立ち止まっている。

 

 おそらくは待ち伏せ。

 ここに来てようやく、対応らしい対応が始まった。

 彼女は廊下に転がる、まだ取っ手(上着)がある『盾』を持ち上げる。

 

 ゆっくりとドアを開け、すっと盾だけを差し出せば、待ち伏せ2人の手が止まる。

 全力で踏み込み、刀で近い方を突く。勢い余って貫いてしまう。蹴り飛ばし抜く。残る1人が思い出したように得物を振り下ろすが、基本に忠実に盾で受けてから突く。

 

 隊員たちからは「いやそれ普通に引くわ」と不評だったが、やはり屋内や閉所において()()は抜群に強い。向こうが心理的に攻撃を躊躇うのもナイスだ。

 

 ただ、明確な弱点があるとすれば。

 

「――走れ! 逃げろ!」

 

 さすがに重量物を抱えているので、逃げを打つ相手には追いつけない。

 残る2人が迷うことなく武器を捨てて向かう先では、室内の壁が一部崩れ隣の部屋と繋がっていた。

 

 彼女もまた重量物(刀と盾)を捨て、入ったドアから部屋の外へ走る。

 するとちょうど同じタイミングで、先の部屋から2人の男がもつれるように飛び出したところだった。

 

 

 そうだ。どうせなら。

 

 

 背後から朝日が昇り、窓越しの陽光を受けた自身の影が長く伸びるのを見た彼女は、思いついた改善案を試してみることにした。

 

 細く細く絞り出すように、長く伸びた影の先からずるりと多重身体――闇で構成された写し身を立ち上がらせる。

 下への階段と、そこに向かう2人の男との間に立ちはだかる位置取りだ。

 

「「あ?」」

 

 理解できないものを見た、という反応をする2人。

 立ちはだかった写し身は、人の形こそしているが、それだけだった。

 彼女と同じ身長で同じ長さの手足があり、直立している真っ黒な影。

 顔も髪も服も色もない、しかし殴る蹴るに必要な手足の指先だけはちゃんとある、極限までムダを削ぎ落とした闇色の人形(ひとかた)

 

 つまりはコストカット。脳への負荷の軽減。

 1度壊れ全て抜け落ちてしまった彼女だからこそできる、極限まで自身を削ぎ落とすという『既に1度やったこと』の再現。

 

 彼女は確かな手応えを感じる。

 この『軽さ』ならおそらく、以前の3割程度まで負荷は低減されている。

 10割の運用でも20年はやって行けた。

 なら単純計算で、これなら3倍の60年はもつ筈だ。

 

 また同じことを繰り返すのはまっぴらゴメンな彼女としては、文句なしの出来栄えだった。

 なら次は、この『コストカット版』でどこまでできるかの試験。

 

 とそこで、一瞬だけ呆けた2人の男が素早く持ち直すと同時に行動した。

 狭い廊下いっぱいに立ち塞がる『コストカット版』を突破しようと、2人同時に横並びで突進する。

 瞬時に逃げを選択したことといい判断が速い。

 腰を落とし迎え撃つ。

 あえて彼女は手を出さない。純粋な出力テスト。

 

 その結果は――まあ及第点。

 

 がしっと2対1で組み合ったまま微動だにしない。

 侵蝕深度(フェーズ)差を考えるなら、蹴散らすくらいはできる筈だが……あ、そうか! 胸や尻を始めとした各所の肉付きがなく均一だから、重心を含めたバランスが狂っているのだ。これではロクに力を乗せることすらできやしない。

 

 やっぱりその場の思いつきなんて穴だらけだなあ、と内心で苦笑いを浮かべたところで、組み合ってから――それぞれ左右の手の平が相手に触れてから――5秒が経過した。

 

 

 

 これは彼女の切り札が1つ。

 どれも専門家には及ばない複数持ち(彼女)が得た、唯一の独自性。

 これまで見た者は1人残らず消えている、写し身による『消失』の行使。

 その試運転。

 

 

 

 音もなく、ただ静かに。

 

 それぞれ相手の背中に回していた手の平を中心とした一定範囲が、削り取られるように消失した。手触りからしておよそ15センチ四方といったところか。

 やはり出力は落ちている。シンプルなスケールダウン。

 

 しかしまあ、普通は背中を15センチ四方も抉られたら大体致命傷なので「そこそこ使えるでしょう」と彼女は判断した。

 

 組み合った2つの脈拍が完全に停止したのを確認してから、彼女はコストカット版を(ほど)いた。支えを失った2つが小汚い廊下に転がる。

 

 これでもうこの階に反応はなし。残敵は存在しない。ただ1人は下へ増援を呼びに行ったので、きっと今頃はあれこれと準備を整えて、

 

「……あら?」

 

 下の階の反応が徐々に散って行く。

 これは……誰も彼もが一目散に逃げ出しているのか。

 

 まあ考えてみれば、命を捨ててまで彼女を止めようとする忠義などペニーの手下どもにはないだろう。

 ならこうなるのは必然か。

 

 なんとも煮え切らないオチだったが、楽ができるのなら文句はない。

 彼女は手近にあった小奇麗なズタ袋に、死体から回収した現金と4階にあった金目の物を片っ端から放り込んだ。彼女は妙な遠慮をするタイプではない。貰えるモノはばっちりと回収しておく。

 同じ調子で3階、2階と回収しつつ1階へと下りて来た彼女を、

 

 

「よう。遅かったな」

 

 

 異様な男が出迎えた。

 首から上、顔の位置にあるのは黒光りする光沢。

 切れ目の奥から覗く瞳。どこか誇張された悪ふざけのような、絶叫する顔を模したようなデザイン。

 

「……1つだけ残っていると思えば、あなたでしたか」

 

 こいつはいつも、首から上を皮のマスクですっぽりと覆っている。

 その素顔を見た者はいない。全裸になってもマスクだけは脱がないので彼女も知らない。

 

 知っているのは、エレファントと名乗っていることと『他者を操る』力を持っていることと、ペニーの腹心である、という3点のみ。

 

 

「ちょうど良かったです。あなたには、用がありましたので」

 追跡する手間が省けた。

 

「なんだ、随分と冷静じゃないか。アホどもは『皆殺しにされる!』とかいってパニックだったのに」

「向こうから手を出してきたから殺っただけですよ。ワタシとしては、どっちでもよかった」

「ふーん? この1年ほど、ずっと好き勝手やられっぱなしだったのに? なんだお前、慈愛に満ちた聖女サマだったのか?」

「まさか」

 

 いって彼女は歩を進める。

 

 1階はオーナーの趣味によりバーとレストランを半分ずつ足したスペースとなっている。

 まず彼女が向かったのは、厨房の裏手にある倉庫。たしかこの辺りに……あった。まだ計画とやらに真剣だった頃に着せられていた、軍からの横流し品である標準訓練着だ。

 

 素早く着替えて戻ると、予想通りエレファントは同じ席に座ったままだった。

 

「お待たせしました」

 そのままエレファントの正面の席に座る。テーブルを挟んで向かい合う。一瞬だけ彼の動きが止まったが、

「なんだ、着替えちまったのか」

 

 乗ってきた。

 こいつにとって言葉は武器だ。

 差し出されると、当然手に取る。

 

「あの格好で真面目な話とか、アホみたいじゃないですか」

「俺は好きだったけどな、ペニーの旦那のアホみたいな趣味」

 

 切った張ったはいつでもできる。

 なら、まだなにも始まっていない今にしかできないことからやるべきだ。

 

 例えばそう――勧誘とか。

 

 

「そうですねえ……ワタシも『NO12 ピンクストロベリー』あたりは好きでしたよ。自分じゃ絶対に選ばないセンス過ぎて、1周回ってウケました」

 

 空白が挟まる。

 顔を覆うマスクのせいで、視線も表情も一切見えないのが思ったよりやりにくい。

 

「……驚いたなおい。お前マジで怒りとか復讐心とかは一切ないってのか? ()でイカれてたってことか?」

「まあ失礼な。あなたも『ユートピア小隊』のことは知っているでしょうに」

「いや、知らない」

 

 彼女は少しだけ迷ってから……あえて、自分が覚えていない範囲を教えてやることにした。

 

 

「なんですか、そのお(とぼ)けは? 昨日までのワタシに『話せ』と命じたら、それこそなんでも話したでしょう? 情報の抜き取りとか、普通最初にやりますよね?」

 

 特別行動隊の元隊長である彼女から、情報を抜かないわけがなかった。

 しかしなぜか、それ関連の記憶だけがない。

 おそらくは、エレファントの力に関係したなんらかの作用だとは思うのだが……。

 

 

「やったさ。けどなにも答えなかった。お前はなにも覚えてなかった。だから答えられなかった」

「なるほどなるほど、昨日までのワタシなら、まあたしかにそうでしょうねえ。……けど」

 

 直感。

 ウソだ。

 今こいつはウソをついた。

 全部ではない。覚えていないものは答えられない。きっとそれは本当だ。

 なら、忘れられないものは?

 最低最悪のインパクトを誇る、正真正銘の狂気の沙汰は?

 聞いてしまった事実をなかったことにしたくなるような、今も続く、国家規模のどでかいクソの塊は?

 

 向こうにとって最悪なケースを想定してカマをかける。

 

 

「当時かかわっていた最大の案件『ハ号災厄対策』について喋った記憶は、ちゃんとありますよ」

 

 3秒、沈黙。

 

「……あんなもん聞かされて、どうしろってんだよ。終焉の獣だ? 完全に狂ってるじゃねえか、あんなの、ムリに決まってる」

 

 大当たり。

 彼女は言葉を組み立てる。

 

「まだここが()()()()()()ということは、あなたとペニーは誰にも話さなかったのでしょう? なら大丈夫。このまま()()()()()()()()()が皆黙っていれば、なにも起こりません。軍の特殊部隊も、貴族や王族直下の暗殺者も、誰も来やしませんよ」

「いいや、お前は話す。操り人形として使()()()()恨みはそう簡単に消えやしない」

「それ、最初にどうでもいいって言ったじゃないですか。どれだけ気にしてるんですか。というか、こっちがいいって言ってるのに、そっちがぐだぐだ言うのおかしくないです?」

 

 返事はなし。

 

 ううん、少しビビらせすぎたか。

 彼女はゆっくりと席を立ち、グラスと酒ビンが整列するバーカウンターへと向かう。

 段々とわかってきた。

 今エレファント(こいつ)には、さほど余裕がない。

 あまり詰めすぎると、言葉が尽きて行動するしかなくなってしまう。

 なので。

 

 

「特殊通信実験小隊、という少々特殊な部隊がありました」

 

 

 破裂する前に緩める。

 まずは思い込みを正すところから。

 

「文字通り、希少な血の色である『通話』を発現させた強化兵を最大限に有効活用、運用しようという目的で設立された実験部隊ですね。まあさくっとバラしちゃいますと、ワタシはここの最年少メンバーでした」

 

 グラスを2つ用意し、1番度数の高い酒をそれぞれ半分ほど注ぐ。

 

「要となる『通話』の仕組みはシンプルで、術者が己と対象となる人物を『繋げ』ば2者間で自由に通話ができる、といったものでした。しかもなんと声に出さず頭の中で通話ができる優れものです」

 

 片手で1つずつグラスを持ち席へと戻る。

 

「ただ当然ながら、課題もありました。他者と『繋げる』その具体的な方法です」

 

 片方のグラスをエレファントの前に押し出し「なんだと思います?」と水を向ける。

 即返ってくる「さあ?」という気のない返事。

 毒を警戒してか、グラスには手をつけない。

 まあ予想通りではあったので、彼女はぐいぐいっと2つとも飲み干してから答えをいう。

 

「性行為ですよ。した相手と『接続』します」

「酔っ払ってんのか? 飲み屋のおっさんの下ネタじゃねえんだぞ」

「本当なんだからしょうがないじゃないですか」

 

 

 まあいってみれば、希少な血の色である『通話』の持ち主たる張本人――ちょっとあれだが抜群に綺麗なお姉さんだった中尉殿――の趣味全開である。

 彼女(中尉)は間違いなく善人で、気配りができて、優しくて、愛に満ちて、イカれてた。

 常識外の精神には常識外の能力が宿るという俗説を、戯言と一蹴できない実例である。

 

 

「じゃあなんだ、その『特殊通信実験小隊』とやらは、ただ格好良い名前をつけただけのヤリモク乱交集団ってことか?」

「まあお下品。大体合ってますけど。ただ、軍は本気でした」

「……どう考えてもロクな結果にならねえだろ、そんなもん」

「当時の軍部もそう思い、徹底的に環境を整えました。性病や妊娠対策はもちろん、各人の性格や適性も厳選し、さらにまだ矯正が可能な年少者には『そういうのは悪いことじゃない』という思想教育も施し、トラブルの原因となり得る要素を可能な限り排除しました」

「……そこまでいくと、怖ぇな」

「本気とはそういうものですよ」

 

 さらに、小隊メンバーの選定には必須となる前提条件があった。

 それは――男女を問わず、モテるやつであること。

 大体問題を起こすのはこじらせたモテないダサいやつでしょ、という中尉殿の持論が採用されたかたちだ。

 

「なんか鼻につく集団だなおい。美男美女サマばっかってか?」

「大半はそうでもありませんでしたよ。ちょっとくらい隙がある方がモテるんだとか。ただみんな『この人の側にいたい』と自然と思わせるような、そんな魅力を持った人たちばかりでした。当然、乱暴なことや他人の嫌がることをするような人はいません。そんなことをするやつは、モテませんからね」

「やっぱ鼻につくなァおい」

「ちなみにワタシは『美貌部門』ではなく『スタイル部門』でしたよ。昔から他人より色々と大きかったですから」

 

 それは彼女にとって、紛れもない自信の1つだ。

 

「ふーん。で、理想郷(ユートピア)小隊ってか。……寒い当てこすりだな」

実現不可能な夢物語(ユートピア)小隊。という意味もあったでしょうね」

 

 まあ普通に考えて、こんなコンセプトの集団は遠からず破綻するだろう。誰もが内心ではそう思っていた。

 しかしこの『特殊通信実験小隊』は、予想外にうまくいった。

 ……いきすぎてしまった。

 

 

「……まあ、なんとなく言いたいことはわかった。そんなトコ出身のお前からしたら、今さらちょいとやられたくらい別にどうでもいいってことか?」

「は? よくないですよ。なんですかあの、う〇〇を用いたプレイは? 意味不明すぎますって。なんであれで興奮できるんです? もっと太く! ハーベスト! とかなんなんですかあのコールは?」

「俺じゃねえ」

「顔は覚えてますから、あいつらだけは殺します。ただまあそれ以外は誤差みたいなもんです」

「そうか。誤差か」

 

 

 エレファントから、幾分か警戒の色が薄れた。

 それなりに回り道をしたが、そろそろ本題に入っても大丈夫だと彼女は判断した。

 

 

「……ねえ、エレファント。あなた、ワタシの下につきませんか?」

「あ? 下だぁ?」

「はい。部下です」

「……なにをさせようってんだ?」

 

 予想より反発がない。

 意外と前のめりなのか、ハナから微塵も応じる気がないか。

 

「これまでと同じですよ。昨日までのワタシと同じような症状の者に命じるんです。飯を食え、トイレで用を足せ、風呂に入れ、大人しくベッドで寝ろ、身体が鈍ってはいけないから筋トレをしろ、髪を切るからじっとしてろ、ムダ毛処理をしろ、掃除しろ、とかその辺りの、ワタシに言ってたのと同じ内容を」

「ンなことしてどうする?」

「治す方法が確立されるまで命を繋ぎます。普通は一般生活ができなくなった時点で、もう長くはないです。よほどの金持ち以外、すぐに死にます」

 

 こうして彼女は『治った』のだ。

 決して可能性はゼロではない筈。

 

「脳に負荷かけすぎて廃人になるやつなんざ、そうそういねえだろ」

「少なくとも特別行動隊に2人います」

 

 多重身体持ちであるノエミとグリゼルダ。

 方向性としてはスケールダウンのノエミはまだ余裕があるだろうが、多数展開が前提のグリゼルダはまずい。

 

「特別行動隊のメンバーなら、もう死んでやがるよ」

「いいえ。それこそ20や30を同時展開などという、死を前提とした無茶でもしない限りまだ生きてます」

「そうじゃない。物理的に破裂して死んだそうだぜ。さらにはあの魔女もくたばったとか」

「そうですか。また後で確認しておきますね」

 

 まだ味方ではない――実質敵のいうことを真に受けるほど、彼女の頭はお花畑ではない。

 

「なんだ? ウソだと思ってんのか? これは本当の」

「――やはりあなたの力は『普通の状態』の者には効かないみたいですね。そうして()()()通るようになるのですか?」

「話逸らしてんじゃねえ。テメぇのボスは死んで、特別行動隊も全滅したんだよ」

「ならあなたを生かしておく理由がなくなっちゃいますけど」

 

 ノエミとグリゼルダがもう死んでいるのなら、こいつに用はない。今すぐ頭を潰して良いとなる。

 

「……いや、何人かは生き残ったらしい」

「全滅したって言いましたよね?」

「実は、ちょっと盛った」

 

 思わず笑ってしまう。

 こういう愛嬌があるやつは、なるべく殺したくない。しかも代えがきかない独自性まであるとなればなおさらだ。

 

 彼女はさらにもう1歩踏み込む。

 

 

「……あのねエレファント。実は特別行動隊にもいたんです。あなたと同系統の、他人の意識に介入する希少な『血の色』を持った子が」

「へえ。まじかよ」

「まじですよ。けどその子はあなたとは少し違い、他人をコントロールしようとは思わなかった。ただ『忘れてくれ』と望んだんです」

 

 顔全体をマスクで覆った男はなにもいわない。

 

「その子は……たぶんなんらかの病気の一種だったと思うのですが、顔に少々目立つ特徴が出てしまっていて、それを心底から忌み嫌っていました。そのせいで酷い目に遭ったことも多々あったらしく」

「――醜いバケモノっつってリンチされたりするんだろ。聞き飽きた、クソみたいな話だ」

「……ええ。ですからその子は己の身を守るために、相手の記憶を消す術を身につけたそうです。攻撃される理由――自分の顔に関する記憶を消したのです」

 

 常に皮のマスクで顔を隠し、全裸になっても決してそれだけは脱がない、きっと誰にも顔を見せたくないであろう彼が、静かな声で訊いた。

 

「そいつ、普段はどうしてたんだ?」

 

 一瞬、あの子の秘密を勝手に話していいものかと彼女は躊躇ったが……きっとこの世の全てが笑ったとしても、こいつだけはあの子を笑わないと思ったので良しとした。

 

「高出力と限界突破によるゴリ押しですね。その子は2つ持ち(ダブルホルダー)だったんです」

「は? 1人に2つとか、そんなのあり得んのか?」

 

 今目の前に『3つ持ち』がいますよ、とはいわないでおいた。

 放流されたドロップアウト組と本職組の常識には、いくつかの隔たりがある。

 

「虚像を見せることで現実を欺く力。ミラージュと呼ぶそうです。それを『自身の顔』というごく限られた範囲のみに適応するオリジナルの特化型に調整し、さらには自然な表情の変化にも対応してみせた上に、それを1人での就寝時以外は常時展開し続ける。……常軌を逸した技巧と努力と執念と高出力の組み合わさった、絶技の極致です」

 

「……なんつーか、凄ぇな。いや、その労力を他に回せばそいつ、もっと凄かったんじゃねえの?」

 

 どうやらエレファントは、女の美に対する執着を知らないようだった。

 

「そうですね。総出力ではワタシよりも上でしょうね」

 

 しかし今ここはそれを教えてやる場ではない。彼女は構わず本題に入った。

 

「そんな馬鹿げた出力を誇るあの子は、あなたの同型上位互換といえる存在です。ワタシはあの子の手管や長所や短所を知っています。だからねエレファント。今もコツコツと下準備を続けているあなたの『切り札』はワタシには通用しませんよ。対処法が、既にあるんです」

 

 こいつは最初から、席に着いて彼女を待ち構えていた。

 これ見よがしに対面に空の椅子を置き、どう見ても「座れよ」と促していた。

 まあ普通に考えてそんなの、自分が『勝つ』為の下準備に決まってる。

 妙に会話に積極的なところを見るに、きっと長く喋れば喋るほど有利になる類のやつなのだろう。

 

「これは『チャージ型』に分類されるやつですね。特定のプロセスを経れば経るほど出力がプラスされていく、古式ゆかしい魔法の儀式。1発逆転といえば聞こえの良い、そんなものに頼らざるを得ない時点で負けの常道ど真ん中の持続性のないその場しのぎ」

 

「へえ。そうなのかよ。――それで?」

 

「もうカテゴライズされるほどに情報の蓄積があるんです。とっくにタネは割れてます。やめておきなさい。犬死です」

「特別行動隊に2人、俺の力が必要なやつらがいるんじゃなかったか?」

「人質ごと殺すのが特別行動隊(わたしたち)です。そこに()()はありません。ナメた夢は見ない方がいい。牙を剥いた『敵』は必ず――」

 

 

 と、そこで不意に消えた。

 外へ逃げて、バラバラと遠ざかって行くペニーの手下たちの反応が消えた。……死んだ。

 1つではない。

 全く別々の方向で、3つ同時に消えたのだ。

 

 なにが起きた? 

 疑問に思うと同時に、さらに追加で3つが消える。

 消失点は先と同じ。

 仔細は不明だが、事実だけを受け取る。

 おそらく、そこに辿り着けばペニーの手下は死ぬ。

 

 なぜ? を埋める仮説を瞬時に組み立てる。

 その答えを知っているのは。

 

「――緊急事態です。正直に答えなさいエレファント。ワタシの他にもいたのですか?」

「あん? なにがだよ?」

「あなたたちが目論んでいたアホな計画――『傀儡兵』とかいう絵空事の候補者です」

 

 傀儡兵。

 一言でいってしまえば、頭の壊れた達人をエレファントの力で思うがままに操って、絶対服従の超強い兵士として使おう! という寝言である。

 

「絵空事ってお前……ペニーの旦那には実戦経験なんてないんだ。金持ちの道楽ってやつは、まあそんなもんだろ」

 

 別の用途じゃ大活躍だったし全体の満足度はバカ高かった、などと余計なことをいっている内に、さらに3つの反応が停止した。

 逃げている真っ最中のやつが足を止める理由はない。だからこれは、止まったのではなく()()()()()

 

「今、逃げたペニーの手下どもが、それぞれ全く別の3方向から次々と殺られてます」

「待て、なぜそんなことがわかる?」

「株分けですよ。ワタシは中尉殿から『通話』を譲渡された1人です」

「……まじかよ」

「まじですよ。もう全員『接続』は済んでますので位置はわかります。ほら! 次はあなたの番です、質問に答えなさい!」

 

 止まった反応は消えない。生きている。生かされている。なんの為に?

 決まってる。聞き出す為だ。知る為だ。全ての元凶たるクソカスの居場所を吐かせようと尋問、あるいは拷問している真っ最中だから、まだ死んでない。

 

「……3人だ。お前以外に3人いる。待遇はほぼ一緒だ。ああそうだよなクソ。お前が『治った』んだ。他の3人も『治った』としても、べつにおかしくはねえよなそりゃ」

「殺しと移動が異常に速い。その3人の素状は?」

「知ってるだろうが、ペニーの旦那は大金持ちだ。アホみたいに大金を払えば、大体『本物』が手に入っちまう」

「堅気じゃないのはわかってます。詳細を」

 

 そこで、停止していた3つの反応が同時に消えた。用が済んだのでさくっと殺られた。

 きっと当然のように、ペニーの手下は元凶たるクソカス(エレファント)の居場所を吐いたことだろう。

 旧市街で最も背の高いこの『白い塔』は、どこにいても1発で見つけられる。迷う心配はない。

 

「あーたしか……山岳の民のなんちゃらって部族の戦士と、辺境の暗殺教団『人寄形(ひとよりかた)』の元ドールナンバーいくつかと、没落して売っ払われたなんたらとかいう武闘派貴族のお嬢さんだったか。まあとにかく、全員いい女だった」

「なんでそんな、本気の脅威度を誇る連中が都合よく手に入るんですか」

 

 全員いい女でうまいこと脳がダメになってるガチの戦闘要員。

 バイヤーの目利きが、あまりにも天才的すぎる。

 

「金額がある一定のレベルを超えると、ウソの挟まる余地がなくなる。どんどんクリーンで誠実な世界になっていくんだよ。意味わかんねーけど、なぜかそうなる」

 

 などといっている間にも、どんどん反応は消え続けている。

 手際が良すぎる。ペニー傘下のチンピラとはものが違う。きっとこれは全滅する。

 まるで円が収縮するように消え続ける反応の収束点はここ。今彼女がいるここだ。

 

「エレファント。まもなく3人がここへ、あなたを殺しに来ます。今すぐに選びなさい。ワタシの下につくなら、守ってあげます」

「……嫌だといったら?」

()対1で、()って(たか)って、あなたは(バラ)されます」

 

 

 そこで、時間切れ。

 予想の倍、速かった。

 

 

 正面のドアが外から蹴破られ、窓をブチ破りつつなにかが突入し、天井を砕きながら誰かが落ちて来た。

 

 

 それぞれ3対6つの目が、一斉にこちらを見た。

 

 

 







TIPS:闇でつくる武器

強化兵の原則として、1人がつくれる武器は1種類。
多重身体(影分身)はカテゴリ上『武器』に分類されるので、これの使い手は基本的に闇で形成する武器を手に取ることはできない。
他にも武器を形成できない特性が多々ある上、やはり安心と信頼の大きさから『実物主義』の者や、あえて実物を持つことをフェイクとする者がいたりもするので、武器形成の可否で相手の強弱を判断することはできない。



TIPS:ペニーの手下の元抜刀隊の脱走兵

実は侵蝕深度(フェーズ)5の実力者。
実物の刀に追従する影の刃『二重静』という魔剣の使い手。
追従する影の刃は突くも斬るも自由自在で、いわば局所的な影分身じみた必殺の剣。
かわしても続く影の刃で斬られ、受けてもまた貫かれる理不尽殺法。
しかし剣を振らせてもらえず、その技が披露されることはなかった。

抜刀隊総員に共通する、構造的弱点である。



TIPS:なぜか、それ関連の記憶だけがない

洒落にならないくっそやばい話を聞いてしまったペニーとエレファントは、その事実を『なかったこと』にした。
万が一、億が一に備えて、ネーブルに対し朝、昼、晩の1日3回『秘密の開示に関連した、どうでもいい複雑な命令』を継続して行うことで、情報の過多による『森の中に木を隠そう』の原理でもみ消を図った。びびっちゃいたが、お気に入りを処分するほどではなかったのだ。
3ヶ月ほどが経ち「さすがにもう大丈夫だよ旦那」とエレファントが太鼓判を押した日の夜、2人は記憶が飛ぶほどの深酒をしてこの件に区切りつけた。

知らない方がいいことも、この世にはある。



TIPS:ユートピア小隊

大方の予想に反し、大成功を収めた実験部隊。
心と身体で完璧なまでに繋がった中尉を始めとする各隊員たちの絆は、もはや戦友を越えて家族と呼べる域に達していた。
ゆえに、家族の『これからの処遇』を憂えた中尉は蜂起を決意。
当時の軍中枢をたった1小隊のみで完璧に制圧し、72時間にわたりそれを維持し続けた。
完璧な連携が個の力量(フェーズ)差を凌駕し勝利するという、まさに当時の軍が目指した理想の体現をもって成し遂げられたクーデター。
ネグロニア陸軍史上、最大最悪の汚点として、なかったことになった3日間。



TIPS:ユートピアの落とし子

中枢を占拠後、物量で圧殺されるまでの72時間の間に、これまで中尉が『繋いだ』各陣営高官16名を用いた『音と振動を最大限活用した16パターンの殺害方法』を1つ1つ丁寧な解説付きで実演し、強制的に『繋ぐ』ことのリスクと対象を簡単に殺害できるという事実を徹底的に周知した。
この講義の聴衆(小隊メンバーと関係を持ち接続済みだった者)は推定500名以上いたとされるが、名乗り出ない者が多数だった為、実数の詳細は今なお不明である。
最後は年長、年中組と呼ばれていた隊の3分の2が『共振』を用いた自爆を行い、突入部隊の7割の脳と自身の脳をローストした。

年少組と呼ばれる残り3分の1が投降し、ネグロニア史上最悪のクーデター事件は終息へと向かったのだが、

「残された子供たちの処遇は、よく考えてくださいね。みんな、ワタシより才能のある子たちばかりですから」

自爆の際、なぜか『繋いでいない』者にまではっきりと聞こえた中尉の遺言により、残された年少組――ユートピアの落とし子たちの存在は、さらなる混迷の火種となった。


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