邪神さまがみてる   作:原 太

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1.1 よくやった

 

 

「降臨せよ! 今此処に! 彼の再来は! 今此処に!」

 

 

 魔王(ゲオルギウス)による詠唱が終わる。

 しびれるような大声の残響がゆっくりと消え行く。

 さあ何が起きるのか――いや、どんなものがやってくるのかと、場の期待がにわかに高まり、誰もが開幕を待ち望む。

 歪なピラミッドもどきの中腹あたりで、上から見えぬよう片膝立ちに隠れている為、直接玉座を見ることはできない。

 それがまた想像をかきたて、ある種の演出のような作用をもたらす。

 

 5秒。

 10秒。

 30秒。

 

 失伝した外法とされる召喚術など早々お目にかかれるものではない。

 なので、これがこうなれば良で、こうなら駄目、という判断基準がわからない。

 目の前の静寂がどういった意味を持つのか。良しなのか、悪しなのか。

 

「おいクラプトン。これはどういった状況か?」

 

 なので老人は、その答えを知っているであろう外法(専門家)に尋ねた。

 

「……わからん。ただ前回――テトラブロックの際は、もっとこう暴風が吹き荒れ、すべてが乱れた。魔力も、空気も、虫も、血も、糞尿も。何もかもが」

 

 予想外のまともな返答に思わず隣を振り向くと、外法(クラプトン)は身を低くしたまま『眼』を飛ばしていた。

 比喩ではない。

 己の右眼球を抉り、2分割したそれを上空へと浮かべていたのだ。……おそらくは即席の物見だろう。

 

「こちらにも見えるように出来るか?」

 

 こいつの行動に驚いていてはキリがない。老人はもうその域にはない。

 

「……爺。貴様のその厚かましさだけは、余も見習うべきか」

 

 いって外法(クラプトン)は目の前の黒壁に手印を切る。

 すると2つの窓が開き、それぞれが見た光景が映し出された。

 プライドの高い彼は『出来るか』と問われ『出来ぬ』と返すことはない。

 存外、扱い易い男なのだ。

 

「ふむ。これは……失敗、なのか? あの魔王(ゲオルギウス)が」

 周囲はもちろん、器にも動きはなし。虚ろに脱力したままだ。

「或いは、微塵の揺らぎも起きぬほど完璧に成功したか」

 こうして眼まで抉っているのだ。後者の確信があるに違いない。などと老人が考えている内に外法(クラプトン)の右目は再生していた。

 

「この術、毎回眼球を使い潰すのか?」

「いいや。本来は使い魔や水晶を使う。ただ今回は……(かゆ)かったのだ」

 

 会話はできても相互理解はできない。いつも通りの外法(クラプトン)だ。

 

 

 そこで唐突に、むせた。

 これまでただ玉座に設置されているだけだった器が、けほけほとむせた。見た目通りの、幼子特有のどこか音階の高い咳だ。

 そうしてひとしきり咳を出し切った後……ゆっくりとその目蓋が開かれようとする。

 魔王(ゲオルギウス)が片膝をつく。

 すでに罠は閉じている。何をしなくとも事は成る。

 つまりは、時間稼ぎの始まりだ。

 

 

「おはよう御座います。宵の昏星。温かい泥。お目にかかれて恐悦至極に――」

 

 

 長々とゆったりとした口上を述べている間に40秒が経過した。

 召喚の詠唱が終わると同時に魔王(ゲオルギウス)はアルバコアを起動させている。

 つまり、この時点で灰になっていないという事は、今玉座に座すあれは前回までの猛者(いけにえ)たちよりも強靭だという証左に他ならない。

 ならない筈、なのだが……。

 

 それにしては、あまりにも、何も感じない。

 

 如何に無力な器だろうと、そこへ押し込められる『中身』は力に満ちているというのが計画の大前提だ。 

 しかし、こうして実際に降ろした今、頂の玉座からは……全く、微塵も、何も感じられないのだ。

 失敗例のひとつとして、押し込んだ時点で器が耐えきれず自壊する可能性も危惧していた。

 だが現実には。

 溢れ出る膨大な魔力も。

 消え行く生贄の生命のゆらぎも。

 強大な理外の何かが降臨したという圧迫感も。

 異様な存在が必ず持つ、本能に訴えかける恐怖に似た危機感も。

 何ひとつないのだ。

 果たして……邪神と呼ばれる埒外の存在が、今本当に玉座(あそこ)に居るのだろうか。

 

 

「――まずはご安心を。ここには貴方様の敵はおりませぬ」

 

 

 最大の敵(ゲオルギウス)が喜劇のような台詞を吐く。隣の外法(クラプトン)が堪らず吹き出すことで窓の視界がぶれる。即席の分際で、不意の反射にすら連動する精度の高さ。これだからこいつは侮れない。

 

「…………」

 

 玉座から返答はなし。構わない。時間はこちらの味方だ。

 

「私は貴方様の味方です。……いえ、味方などと畏れ多い。(しもべ)とご理解いただければ」

 

 長い沈黙の後、不意に玉座の器が立ち上がろうとして――できなかった。

 

 魔王(ゲオルギウス)の拘束は有効。

 この事実に老人は安堵する。

 

 

「――で? 用件は何だ?」

 

 

 そこで初めて器が喋った。

 外見に違わず子供の声だ。

 しかし、気付けば裸で拘束されていたというのにも関わらず、慌てるでもなくこちらの目的を問うて来るその態度は――間違っても幼子のそれではなかった。

 老人は確信する。

 色々と腑に落ちない点はあるものの、器に『何か』を降ろすことには成功している、と。

 

「用件、などと仰って下さいますな。宿願にございます。貴方様の。我々の」

「答える気はないと」

 

 もう向こうは拘束されていることに気がついている。

 魔王(ゲオルギウス)の丁重な態度が上辺だけだと理解している。

 

「これは失敬をば。抽象を語るは我が悪癖にて。何卒ご容赦を」

「ふうん。……それで?」

 

 だというのに、暢気に話を続けているこいつは馬鹿なのだろうか。

 あるいは……そう思わせるが術中か。

 

 疑心に駆られた老人が些細な変化も見逃すまいと眼を細めたところで、

 

 足元が揺れた。

 横にではない。縦にだ。

 最初に大きくひとつ。続いて1秒に2回のペースで規則正しく正確に。微弱ながらも下から突き上げるような脈拍じみた振動が、継続的に足の裏を叩き続けている。

 

 これは……起動したアルバコアが次の状態に移行したと見るべきだろう。

 

「クラプトン。お主は玉座から、何らかの力を感じとれるか?」

「いいや。何も」

「ならば備えよ。次に動きがあらば」

「うろたえるな爺。予定通りではないか。あれは動力としての役割をきちんと果たしている。違うか?」

 

 違わない。その通りだ。現に動いている以上、何らかの動力が供給されているのは間違いあるまい。だから問題はそこではない。問題なのは、脅威と認識すべきなのは。

 

 その動力を、こちらが欠片も認識できていない事実だ。

 

 老人からして大したものだと認めざるを得ないほどの魔力量を誇った生贄どもが、その全てを捧げても反応ひとつ引き出せなかったアルバコアから、こうも露骨な反応を引き出す超出力の正体が全く不明だというのは――どう考えてもまずい。

 

 しかし他の連中の様子を見ても、誰も彼も危機感のない様子で、まるで見世物でも眺めるかのようにただ成り行きを見守っているのみなのだ。

 

 響き渡る魔王(ゲオルギウス)の無意味な演説。

 時計の砂は落ち続ける。誰に対しても平等に。

 

 最初老人は、時間は味方だと考えていた。

 しかし、今は少し違う。

 味方だとして、それは果たして、どちらの。

 万全の準備を整えていたこちらか。目覚めたばかりのあちらか。

 

 すべてを台無しにする覚悟と共に、老人が一歩踏み出そうとしたその時。

 

 

 異次元の魔力を感知した。

 量、極めて膨大。

 質、不明。

 

 

 生物としての本能が、なかば強制的に発生源へと注意を向ける。見ろ。眼を逸らすな。注視してすぐさま命を守る行動に移れと、危機感が首を引っ張る。

 

 その先にいたのは小娘(ヒルデガルド)

 アルバコアの中心にある、頂上玉座までの階段部に向けて掌をかざし――誰もいない無人のそこへ、老人ですらはっきりと判別できない『何らかの攻撃手段』を射出していた。

 

 飛翔する弾頭のような性質からして、おそらくは魔力と何かの混合物。

 集束点に殺到するように、何の前触れもなく5方向同時に射出されたことから、現状で瞬時に形成に使用できる要素――空間に満ちている『闇』と断定。

 ここで舌打ちひとつ。

 なにが『魔力を濾過するフィルターとして使うのが精々』だ。

 十全に使いこなしているではないか。

 

 思考と同速で身体が動く。

 

 おおよその魔力量と密度と長年のカンから『あれが成れば己の死すらもあり得る』と判断。

 直撃はせずとも着弾の余波だけで、十二分に致命傷となるだけの威力が認められた。

 

 おそらく基点周囲4名は助からぬ。

 

 瞬時に出た被害予測から、それらの障害物(被害者)を防護壁の一部と考え、あらかじめ仕込んでおいた『甲羅』の安全装置(セーフティ)を解除する。

 そうしていざ起動させようと――吐いた息が止まる。

 

 何の前触れもなく唐突に、全てが消失していた。

 

 

「…………は?」

 

 

 わけがわからない。

 死を覚悟するレベルの攻撃が、一切の余波や残響を残すことなく、瞬時に消失。

 現実的にあり得るとすれば、

 

「………幻術の類、だったのか?」

「いいや、違うとも。射線上にあった余の『眼』が全て轢き潰された。あれは現実に『在った』ことだとも」

 

 何がおかしいのか、半笑いの外法(クラプトン)の声が耳に障る。

 時計の砂は落ち続ける。

 

「お望みとあらばお答えしましょうぞ、我が主よ!」

 

 今の騒動を察知しているであろう魔王(ゲオルギウス)が、構わず演説を続けた。

 まあ妥当ではある。今の攻撃はヒルデガルドによるものであり、現状器は何もしていないし出来ていない。当初の予定は何ひとつ崩れてはいない。

 ただ、魔女(ローゼガルド)の人形でしかないと思っていた小娘(ヒルデガルド)が、実は己をも殺し得る力を隠していた事実が明らかになっただけだ。

 

「はてさて、ヒルデガルド嬢は一体『何』を狙ったのであろうな? 実は『闇』を攻撃に転用できるなどという極上の伏せ札を晒してまで、一体『何』を討とうとしたのであろうなぁ? そしてそれを完全に無効化せしめた『恐るべき何か』は、一体どこの誰なのだろうなあ!」

 

 げらげらと笑う外法(クラプトン)が、己が秘儀を開陳する。

 こいつはもうやる気だ。ただしたくなったからする。これはこういう生物だ。

 

「知れた事。玉座におるあやつよ」

 動機は違えどすることは同じ。

 なので老人は止めるでもなく、共に段差を飛び上がった。

 

 

 

 そこで、眼が合った。

 

 

 

 何故かこちらを振り返っていた魔王(ゲオルギウス)と、真正面から眼が合った。

 最初は『余計な事をするな』という無言の牽制かとも思ったが、すぐに違うと気付く。

 

 魔王(ゲオルギウス)の顔は驚愕に歪んでいた。

 この男がこんな顔をするのは見た事がなかった。よもや見る機会があろうとは考えもしなかった。

 

 そして驚愕を張り付けたままの魔王(ゲオルギウス)が、まとわりつく虫を払うような仕草で黒波の一撃を放つ。待てと思うがそんな暇はない。直進する老人と外法(クラプトン)を迎え撃ち呑みこまんとするそれを、

 

「ぬおおおおおお!」

 

 受け身も考えず身を投げ出し、とにかくかわす。何せ魔王の一撃だ。受ける事を考えてはいけない。

 

「あ、あああああ!」

 

 階段方面に飛んだ外法(クラプトン)が勢いのまま転がり落ちて行く。

 気にせず立ち上がった老人は、そこからしばらくの間、ただ突っ立つだけの木偶と化してしまう。

 何が起こっているのか、わからなかったのだ。

 ほんとうに、ほんとうにわからなかったのだ。

 だから何をしたらいいのか……ぽっかりと空白が生まれてしまったのだ。

 

 

 

「……キ、キサマ、ナニをし」

 

 魔王(ゲオルギウス)の体が折り畳まれる。

 武の極地にある獣と真正面から打ち合い、あまつさえ勝利せしめるその破格の肉体が。

 何も異常など見当たらないというのに、勝手に、自動的に折れ曲がりへし折れ飛び出し。

 そんな風には出来ていないのだから、当然あちこち台無しにしつつ。

 小さく、小さく、圧縮されていく。

 

「キィエエエエエエエェェェグッ!」

 

 そうしてついにその頭部が。

 おおよそ全ての魔術に最上の適性をみせ、魔術公の名を冠する老人をも凌駕する魔力量と才覚を有し、さらには他を統べるに必要な知識と経験を過不足なく備えたその根源が。

 そのまま巻き込まれ、潰れた。

 

 折り畳まれて四角くなった『それ』が、さらに薄く切り分けられていく。

 切断はしない。根元で繋がったまま、ただただ薄く切り分けられていく。

 

 死ぬのはわかる。

 いつか死ぬ。いつか絶対に死ぬ。

 だがこれはわからない。

 こうはならない。なるまい。なってたまるか。

 

 一連の過程で削ぎ落とされた臓物の海に『それ』が落ちる。

 まるでもがき苦しむかのように血の海を這い回ると、いつしか『それ』はどす黒い赤色に染まっていた。

 

 そこでようやく老人は『それ』が何の形を模しているのかに気付いた。

 生物の肉で『それ』をつくる発想の気色悪さに、純粋な嫌悪を覚える。

 理解不能の海に、一粒だけ見慣れたモノを混ぜる手法に吐き気がする。

 

 表紙の上にぼちゃり、と脈打つ心臓が落ち、染み込むように沈んでいく。

 その様から、あれはまだ生きているのかもしれないという、最上級におぞましい事実が読み取れてしまった。

 

 本。

 本だ。

 魔王(ゲオルギウス)が本にされた。

 それでもまだ、きっと、生きている。

 いや、生かされている。

 

 かつて行われた獣との一騎討ちの際、心臓を貫かれても大笑していたあの魔王(ゲオルギウス)が。

 どうやったら殺せるのか、いまだ誰も答えを出せていないあの不死身の魔王(ゲオルギウス)が。

 

 

 あの様で、生かされて、いるのだ。

 

 

 本が、飛ぶ。

 玉座へ向かい飛んで行き、まるで当然のように手に収まる。

 そうしてぱらりと表紙が捲くられ読書が始まる。

 痛くなるような沈黙の中、頁を捲くる音だけが響く。

 

 何をしている? 何が起こっている?

 息を吸っているのに苦しい。

 息を吐いているはずなのに下腹が膨らむ。

 そこでようやく老人は、自分が満足に呼吸すら出来ていないことに気付いた。

 嫌でも自覚する。

 鼻の先までどっぷりと恐怖に呑まれていた。

 

 しかし、そうして余人が恐怖にすくむ傍らで、何よりも早く行動に移る者がいた。

 

 俊英。英傑。勇者。

 誰よりもその称号に相応しき最高の戦士たる『獣』である。

 

 ばん。

 

 と力強く地を蹴る音に全ての木偶の眼が引き寄せられる。

 獣がいた中腹から一気に頂上玉座より高くまで飛び上がる図抜けた跳躍。

 躍動する全身を完璧に制御し、全質量を十全に乗せ振り下ろす戦斧へと込める技量。

 

 その美しさすら感じさせる一連の光景に、恐れを知らぬ覇気に満ちた精神に、こいつには敵わない、と心底から納得させられてしまう。

 魔王(ゲオルギウス)にこそ一歩譲れど、やはり獣は別格である。ものが違う。

 

 それは、この場に居る全員の総意であり、混乱と動揺が支配する今となっては、ある種のよすがですらあった。

 

 器が本から顔を上げる。

 遅い。今さらもう何をしても間に合うものか。

 

 獣の戦斧が玉座ごと器を打ち砕かんと、

 す、と読んでいた本が差し出される。

 振り下ろされる戦斧と、小さな子供の頭部との間に、本が挟まれる。

 馬鹿げている。防御と呼ぶことすらおこがましい。

 そんな、ただ怯えて咄嗟に手を突き出しただけにしか見えない動きだというのに。

 

 本を斬り裂く半ばで、獣の全てが停止した。

 

 

「ギィィエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェ!」

 

 

 聞き慣れない、というより初めて聞く魔王(ゲオルギウス)の絶叫が響き渡る。

 吐き気を催す、実にあ奴らしい、ドブのような魔力が爆散する。

 反撃だ。あれはきっと魔王(ゲオルギウス)の最後の一撃だ。

 ただその向かう先は。

 

 

「……たわけ。相手が違うぞ、ゲオル」

 

 

 静かで落ち着いた獣の声はそこで途切れた。

 当然だ。

 灰になった頭部が崩れ落ちてしまえば、続きなど言えよう筈もない。

 同じように、赤黒い本もまた、白い灰となり散って行く。

 そこから先は一瞬だった。

 残された獣の巨体が全て灰となり飛散する。

 おかげで辺り一面は白くけぶり、ろくに見えやしない。

 

 がしかし、知っている。老人は知っている。見覚えがある。

 この白い灰となって散る様を知っているし見た事がある。

 かつて行われた3度のアルバコア起動実験。

 その被験者の末路と、寸分違わず同じなのである。

 

 つまりあの2人は、魔王(ゲオルギウス)とそれに次ぐ獣は、余すことなくその全てをアルバコアに吸い尽くされたということになる。

 

 だが何故。

 

 当然ながら、あの2人は頂上玉座に接続などしていない。

 度重なる検証の結果、雑に命を奪ったところで無意味であり、所定の場所に接続しなければ『補充』には至らないと結論は出ている。

 

 なのにどうして今2人は生贄たちと同じ末路を迎えたのか。

 前3回と此度の違いは何か。

 

 答えはすぐ出る。

 アルバコアの完全起動による機能の強化。

 図らずも検証は済んでしまった。

 今ここで死ねば、動力として根こそぎ吸われる。

 

 

「おい爺。何を呆けておるか。煙幕が晴れる前にやるぞ」

 外法(クラプトン)の一言で現実に引き戻される。

 いつの間に戻って来たのか、という言葉を呑み込み、要るものだけを返す。

「あいわかった。背後は任せよ」

 お前が盾になれ。

「余の防御の薄さを知っての狼藉か。貴様の『盾』は破れまい」

 いやお前がなれ。

「破れたともさ。魔王(ゲオルギウス)には」

「それはさぞ腕が鳴ろう。しかと見届けようぞ」

 などと言外に押し付けあっていると、老人のすぐ手前に着弾した。

 

 小刀ほどの大きさの何かが、僅かな風切り音と共に突き刺さった。

 

 予備動作、魔力反応ともに一切なし。

 残留物からその正体を探ろうにも、着弾したと同時に霧散。

 だがちらりと目に映った黒い何かは、つい先ほど小娘(ヒルデガルド)が見せたものに酷似していた。

 

「盾で防げ。余が撃ち抜く」

 

 無駄口を叩く暇が惜しい。一歩前へ出た老人が既に励起状態だった『甲羅』を展開する。

 

「違う。皆を回収だ。数の利をくれてやるな!」

 

 つい先ほど小娘(ヒルデガルド)が見せたものに酷似している時点で、十中八九『闇』を用いた攻撃だ。しかし今回は魔力反応なし。つまりは混ぜ物が一切なしのそれが、今も其処彼処に溢れ返っているあれら全てが、そのまま攻撃手段足り得るのだ。……足り得てしまうのだ。

 

 それを理解した老人は、視界の上方が()()()時点で攻撃を諦めた。

 

 一息遅れて理解した外法(クラプトン)が各人に手を伸ばす。

 果ての見えない天井から、病的な数の黒い何かが降り注ぐ。

 

 仕掛けようとした鼻先。心と身体の重心が前方へとつんのめった刹那。

 回避が出来ないのではなく、しようと思っていないから、起こらない。

 

 高速で伸びる『無数の白い手』の意図に気付いた何名かは自らそれを掴み、気付きつつも他の助けを恥と断じた幾名かは振り払った。

 

 引き寄せられる。

 

 手を取った者たちが範囲内に入ったのを確認した老人は、全てを遮断すべく『甲羅』を閉じた。わだかまる恐怖が後押しとなり、此処に理想的な断絶を成し遂げる。

 回収したのは5名。外に残るを選んだのは3名。

 

「あっぶなー。前フリとか一切なしであれかよー。あ、これブツね」

 どさくさに紛れくすねたのか、死職人(異常者)がぽいと黒い杭を投げ捨てる。地に溶けるようにして消滅。次いで、杭を掴んでいた腕と思しき部位を切断、地に落ちたそれをじっと観察する。 

「腐食加工ごと掴んだ部分の肉が根こそぎダメになってる。女王、これって呪?」

「そうさな。つい先ほどヒルデガルドが見せてくれた『アレ』と酷似した呪じゃな」

「……混ぜ物がない分、こっちの方が高純度よ。それをこうも軽々しく連発されると、嫌になるわ本当」

「……貴様は無関係だと?」

「あのね邪眼王。先週、うちの城下で刀を使った殺人事件があったの。犯人はアナタの関係者かしら? 無意味な問いで時間を浪費する前に、生き延びる方法を出しなさい」

「よく言った。吐いた唾は飲めぬぞ」

「順番じゃ。まずはアレ。後ぁ好きに殺り合え」

 宿儺(すくな)の正論が場を戻す。

「キッドマンの狙撃は期待できるかしら?」

「ダメだろうねー。引っ張られてる間に暗視倍率最大でぐるっと見渡したんだけどさ、視認できる範囲全部に『黒い杭』が降ってた。射程圏内に居ただろうから、どうしようもないさ」

 

 外法(クラプトン)の手を払った3人については誰も触れなかった。

 死職人(異常者)の戦闘用躯体が物理的にも魔術的にも最高峰の耐久度を誇っているのは周知の事実だ。

 それが触れただけで駄目になるものが雨と降り注いでいるのだから、もはや論じるまでもなかった。

 

「――ふは」

 

 そこで周囲の景色に変化があった。

 甲羅の内側からは外の様子が良く見える。

 これまで、土砂降りの雨のような黒杭がぶつかり砕けるのみだった所に、大きな黒い何かが叩きつけられる、という攻撃が追加されたのだ。

 

「ふはは! なるほど! 次は余というわけか! 己の手の内を見せる必要などなく、こちらの物真似だけで十分だと!」

 

 それは先ほど外法(クラプトン)が皆を引き寄せた『手』だった。

 色こそ白から黒へと変わっているが、それが甲羅を取り囲み、張り手やら拳打やらで絶え間なく叩き続けているのだ。

 

「気に入らねェな」

 邪眼王のつぶやきに、老人は危うさを覚える。

「あの野郎『脅し』に入ってやがる。破れねえってわかってんだろうに、わかりやすくぶん殴ってこっちをビビらせにきてやがる。気に入らねェ。腹の底から気に入らねェ……!」

 老人としては逆だった。歓迎すべき余分だった。

 脅しをかける、などという迂遠な回り道は、もはや理屈抜きで殺りに行くつもりの老人からすれば隙でしかない。

 それを素直に喜べない邪眼王に、ひとつ苦言でも呈そうとしたところで。

 

 唐突に、全ての攻撃が止んだ。

 そして。

 

 

「なあ、ここらで止めにせんか?」

 

 

 落ち着いた子供の声が、静まり返った闇に溶けた。

 その内容は咀嚼するまでもない。

 

「……ね、爺様。これってアリかな?」

「このまま続けるよりかは、余程」

 

 当たり前の話だが、老人は戦士と呼ばれる類の人種ではない。

 研究者。或いは統治者あたりが適切だろうか。

 つまり、目的を果たす為なら、大抵の毒は笑って飲み干せるのだ。

 

 

「お前らが何をしようとしていたかは知っている。だが、それを考えたやつはもう消えた」

 

 

 消した、ではなく『消えた』という。

 角を取る言葉選び。確かに交渉の意思が感じ取れる。

 

「私は魔術公に一任するわ」

「当初の目的は、もう破綻しちゃってるしねー」

「どうでもええ。なんぞ捏ねた所で、生くるか死ぬるか、どっちかじゃ」

「……」

 明確な反対や徹底抗戦の声はない。

 

 

「なら、それでいい。付き添い連中までどうこうするつもりはない」

 

 

 何より切実な事情として『甲羅』の展開時間には制限があった。

 だが老人には、秘奥が一つの弱点を喧伝するつもりなどない。

 

 

「もう一度いう。ここらで止めにしないか?」

 

 

 老人の心は決まった。

 なら後はどう事を運ぶか――と考えるよりも早く『甲羅』の外へと進む背が目に入った。

 

「開けろ、爺。俺が行く」

「待て邪眼王。お主は交渉事には向いておらん」

 

 返事は刀による一閃だった。

 音もなく『甲羅』が消え去る。

 ほぼ無敵と自負している『甲羅』のもう一つの弱点『内からはひどく脆い』が暴露されてしまった。

「貴様! 勝手な真似を」

「――――」

 制止しようとした老人の声に被せるようにして、邪眼王が何かをいった。

 老人には聞き取れない、しかし力に満ちた言葉だった。

 

「――――」

 素早く流れるような所作で納刀した邪眼王が、どこか妙な歩幅と足踏みを交えつつ、ゆったりと歩を進めながら続きを紡ぐ。

 音は聞こえるが意味は入って来ない言葉の羅列。

 だが魔術公と評される老人には見当がついていた。

 これは何らかの詠唱であり、しかし魔導百般に通じた己ですら未知のもの――おそらくは、彼の一族が秘奥にあたる何か。

 

 

「――――」

 

 

 それが今、開かれた。

 

 闇が敷き詰められた広大な地下空間。

 それがぽろぽろと()()()()()()いく。

 徐々にではなく全箇所同時進行で、一息に剥がれ落ちていく。

 落ちた裏から出てきたそれが、新たな表面と成り代わる。

 上は青空に。下は土に。横は広大な屋敷の縁側に。

 地下空間のすべてが、まったく別のものへと成り代わる。

 

 そうして瞬きを終える頃には。

 暗闇に満ちていた地下空間は、晴れた昼下がりの庭先になっていた。

 風が頬を撫で、鳥の囀りが耳朶をくすぐる。

 日差しが目を焼き、かすかな木の香りが鼻をつく。

 慌てて老人は辺りを見渡す。

 そこにあるのは青い空。四方から押し寄せるようなただただ広大な快晴の蒼。

 どこにも闇などありはしない。

 

「ほほう」

 

 この現象自体に、さほど驚きはない。

 規模こそ大きいが、先程まで老人が展開していた『甲羅』と原理は同じだ。

 界の遮断による(のり)の占有。

 自身の魔力か、外付けの何かを用いるか。その差が最たるものか。

 この景色を見るに、以前いった『下賜された庭』というのはこれの事なのだろう。

 概念の継承による魔力と手順の大幅カット。邪眼の一族がかの邪神より賜った無形の黄金。

 

 邪眼王(クソガキ)め、存外やりおる。

 老人は率直に賛辞を送る。

 躊躇う事なく鬼札を切ったことで。

 魔力はなく、ただ闇のみを武器としていた『あれ』から、唯一の武器を取り上げることに成功したのだ。

 

 もはや『あれ』に出来ることなどない。

 とは思いつつも、念には念をと老人も動き出そうとした所に、

 

 

「――下ァにィィィ!!」

 

 

 邪眼王の大音声が響き渡った。

 

 瞬間、踏み出そうと上げた足よりも早く老人の額が地に叩きつけられた。

 全体重をかけた頭部への衝撃は、鈍器で殴られると同等のダメージを老人に与える。

 激痛と脳震盪で使い物にならない『第一』を閉じ、主幹機能を『第二』へと移行させる。

 そうしてすぐさま起き上がろうとした所で、一切の身動きが取れない事を悟る。

 身体の機能は生きている。

 脳髄とのラインも健在。

 しかし魔術行使は不可。

 やり方はわかるのだが『どうしたら良いのか』がわからない。

 膝を折り畳み、両手と額を地につけた体勢からの動き方がわからない。

 出来ない。許されない。

 平伏する以外の一切を許さない。

 

 おそらくはこれが、彼奴の敷く(のり)

 絶対者の侍従だった頃に刻まれた、代々継承される魂の轍。

 かつての栄華の、限定的な再現。

 それを、こうも惜しげもなく披露したのは……もしかしたら、先程の小娘(ヒルデガルド)に対する意趣返しもあったのかも知れない。

 

「平伏せぬか」

 

 垂れた頭に邪眼王の声が降り注ぐ。

 いささか屈辱的ではあったが、この程度、老人からすれば毒とも呼べぬ些事だ。

 

「ふむ。成程」

 

 こつこつと、ピラミッドの階段を上る足音が続く。

 それ以外の物音が一切ないことから、他の皆も同じ状態にあるらしい。

 いや邪眼王の言葉によると、玉座の『あれ』は例外のようだが。

 

「しかし動けぬか」

 

 なら悠長に歩かずさっさと走り寄って斬れ。

 そう叫ぼうとしたが声にはならない。相変わらず、平伏する以外は許されない。則に反することはできない。我も彼も彼女も。……ともすると、彼奴自身も。

 

 もしこれが『かつての栄華の再現』なのだとしたら、絶対者側の行動には王者の余裕が求められる。それが足枷となっている可能性も……あり得る。

 

 そして大方において足枷とは、付け入る隙となるのだ。

 

 例えば今このように。

 

 ゆったりと王者の余裕をもって進められるその歩み。何かをするには十分な時間を生み出すその行程が終わるよりも先に。

 

 ぼたり。

 一滴だけ落ちる。

 粘度の高い、大きく黒い雫が落ちる。

 どうしてか、その様が老人にもはっきりと見えた。

 最初の1が通ってしまえば、後はもう一瞬だった。

 

 青空が割れて濁り染まり滴り塗り替えられる。

 瓦は崩れ屋根が剥がれ柱がへし折れ腐り泥に沈む。

 濁流と化した泥が庭園を埋め尽くしそして。

 いつかのどこかの貴き箱庭は、薄暗い地下空間へと回帰した。

 

 そうして、吐き気を催すほどに濃密な闇が戻ってくる。

 仔細は不明だが、邪眼王が術比べに敗北したことだけは明らかだった。

 

 ――ふざけるな。

 

 ただ敗北するだけなら良かった。

 邪眼王の秘奥が『あれ』に敗北を喫したところで老人には痛くも痒くもない。

 しかし敗北の余波たる最悪の置き土産は、その後のすべてを決定付けてしまった。

 

 ――こんなところで。

 

 かの『庭』が消滅し場が元に戻ったとはいえ、異なる則の下にあった身体が全てを取り戻すには、いくらかの時を要するのだ。

 何もできなかったこちらと自ら打ち破ったあちら。

 当然、先に動けるようになるのは――。 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 カン高く濁った、全身全霊を絞り出すような『あれ』の絶叫が響き渡る。

 背筋が凍る。

 老人はまだ動けない。

 

 しかし辛うじて取り戻した首より上だけの自由を駆使して、どうにか状況を確認しようとしたその先で。

 

 どうしてか既に立ち上がり、真っ黒な日傘を差した小娘(ヒルデガルド)と眼が合った。

 にこりと微笑まれる。

 あの魔女(ローゼガルド)にそっくりだった。

 

 

「お、ち、ろおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああ!!!!」

 

 

 天井付近はおろか、空間全体の闇がざわめく。皮膚の内側がひりつくのは錯覚だと思いたい。どうやら『あれ』は本気で全てを振り絞り、次で確実に終わらせるつもりらしい。

 

 だというのに、老人は、動けない。

 

 小娘(ヒルデガルド)が片手で日傘を持ったまま、もう片方の空いた手を中空へ突き入れ、裂く。そうして中から取り出した何かを塗布し固定し組み立て――何をしようとしているのか察しはついたが、実際にそんな真似が可能だとは、この目で見た今でも信じ難かった。

 独力による――しかも素手による『空間を越えた道』の開通と固定。

 あの魔王(ゲオルギウス)ですら『現実的ではない』と高価な魔導具を使い潰す方へと研究をシフトさせた絵空事。

 それを今目の前で。

 

 老人は小娘――いや、ヒルデガルドという、全く未知の何かをここで初めて認識した。

 

 降り注ぐ。

 病的な数が密集することで質量を得た、まるで天井が落ちて来るかのような、夜空の全てが落ちて来るかのような杭の群れが降り注ぐ。

 

 ここでようやく老人は自由を取り戻す。

 仕込みは邪眼王によって破壊された。もはや『甲羅』を展開する暇はない。

 肉体的にはひ弱な部類に入る老人には、もう生き残る目はない。

 

 どこからだ。

 一体どこからが、闇精霊(やつら)の――いいや、魔女(ローゼガルド)の筋書きだったのか。

 もはや知る由もないが、少なくとも此度の結果として闇精霊(やつら)以外の勢力はそろって頭を失い迷走、弱体化することだろう。

 結果として、メリットがないと消極的だった侵攻作戦も自然消滅するはずだ。

 

 少し考えただけでも2つ。

 

 国力の保持とかつての権威復興の足掛かり、といったところか。

 実に魔女(ローゼガルド)らしい、視野の狭さと卑しさだ。

 

 

 ――すべてが思いのままでは、癪よな。

 

 

 すべきことを定めた老人は、何よりも優先して平伏す宿儺(すくな)の身を自由にすべく行動した。

 彼に(くすぶ)る魔力淀みを吹き飛ばし、防護の秘術を重ねがけし、命を燃やし限界を超える禁呪すら付与してやる。

 そこで時間は尽きた。

 

 進んで痛みを味わう趣味はなかったので、痛覚はカットした。

 視界が回り、身体が踊り、呼吸が止まる。全身が痙攣する。

 そうしてもう出来ることがなくなってしまえば、あとは益体もない考えが浮かんでは消えるのみだった。

 幼年期から青年期。磨き上げた魔導の天稟。たった一度だけ振り向いてくれたあの娘。だがそれら全てを押し退けて、

 

 

 ――そういえば父上には、終ぞお褒めの言葉は頂けなんだ。

 

 

 遥か昔に見送ったというのに、何故か今さらそんなことを思った。

 厳格を絵に描いたような、低くしわがれた叱責の声は今も耳朶にへばり付いている。

 ああ本当に益体もないことを。

 

 そう自嘲する老人の視界にそれは飛び込んで来た。

 

 死んだように脱力したまま宙を飛ぶ子供。

 いや、あれは飛ぶというより『放り投げられた半死体』といった方が的確か。

 どうやら宿儺(すくな)の奴は仕留め損なったらしい。

 だがまあ、あのまま頭から落ちれば、あの細っこい首はへし折れ事は成ろう。

 

 その様を見届けようと、着地点付近に眼をやり――閃いた。

 なぜ『あれ』が宙を飛んでいるのか、どこを目指したのか、その答え。

 

 制御不能な存在が内にいる場合の帰結として訪れる破滅。

 そこに至るまでの苦悩。

 

 それら全てをくれてやろうと、最後の残りカスを余さず使い潰す。

 止めて、捻って、放り込んだ。

 使い潰したのだから当然、終わった。

 一切の余韻なく、ばきりと速やかに終わった。

 

 ただ最後に。

 

 

 

 ――よくやった。

 

 

 

 記憶通りの、厳格を絵に描いたような、低くしわがれた声で、誰かが褒めてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

「おうい! 誰ぞ生きとる者はおるか!?」

 

 アルバコアの頂上玉座。

 その脇に座り込んだ宿儺(すくな)の呼びかけが闇に木霊し消えて行く。

 そこら中に飛散している白い灰のせいで視界は最悪だ。

 

「首級は獲ったぞ! もう大丈夫じゃ! 誰ぞ、生きとるか!?」

 

 これまでの経緯から、ここで死ねば灰になる、という事実を宿儺(すくな)は知っている。

 ならばこの量の灰を生み出すには――生き残りが居るかは微妙なところか。

 

「余は健在ぞ」

 

 白い煙の中から外法(クラプトン)が現れる。しかし階段を上る足取りはいささか怪しく、無傷というわけではなさそうだった。

 

「おう、無事やったか。他には?」

「おらん。が、死体の確認が出来ぬから、死んだのか逃げおおせたかは不明だ」

「まあ、無理じゃろなあ」

「うむ、無理だろうなあ」

 

 当たると駄目なら当たらなければ良い。

 それさえはっきりしていたなら、この場に居た面子ならいくらでもやりようはあったのだが……。

 邪眼王の置き土産が、余りにも最悪最低過ぎた。

 

「まったくあんの若造、今日一番の働きを、向こう側でやりおってからに」

「ふは、大戦果よな。己も含め5天墜しとは、真に天晴れよ」

 

 ふたりして少し笑った。笑うしかなかった。

 

「……なんにせよ、やれ華の13天なんぞ言われとっても、結局残ったんはお前さん1人だけか。締まらんオチやのぉ」

「……? 何を言っておる? 余は正直限界ぞ? 今はこれ、滅茶苦茶やせ我慢してるだけで、あと10分ぐらいで死ぬぞ?」

「なんじゃ、そっちもかい」

 宿儺(すくな)の方とて致命傷こそ避けたが、それでも、貰ってはいけないものを貰い過ぎていた。

 

「……それならお主もやるか?」

 いって外法(クラプトン)は懐から盃を取り出した。

「おお、酒でも持っとるんか?」

「余は下戸だ。それに今は酒に逃げるより、生きる方へと前進する局面だろうに」

 

 思いの他まともな事をいいながら、外法(クラプトン)が玉座にわだかまる()()を掬い取る。

 

「……()()が何か、わかっとるんか?」

「邪神の残骸。今余達を蝕み殺そうとしている呪の根源。毒の原液」

 解体した邪神の肉体は、しばらくすると黒い泥のようなおぞましい『何か』に変質していた。

「いや、なんでそれを盃で掬って口に入れるいう話になるんじゃ」

 なみなみと『何か』で満たされた盃を掲げ、外法(クラプトン)は謳う。

「理屈で言うなら『へぐい』の一種になるか。口にすることで同じものになり、蛇は己の毒では死なぬ」

 

 一本筋が通っているようにも聞こえるが、やはりこいつは頭がおかしい。

 しかし。

 

「それに何より、残りの時間を何もせず惨めったらしい諦めの果てに浪費するなど絶対にあってはならぬ惰弱。心が死んだらお終いよ。肉体はそれに追従する。故に余は踏破したぞ、最初の諦めを。なら後は続くのみよ、この我が身が! 敗者の置き土産など、さらなる飛躍の糧としてくれるわ! 我は外法! 理外の泥なぞ、なにするものぞ!」

 

 衝撃があった。

 すっかり諦めていた己と。

 微塵も諦めていなかった外法(クラプトン)

 

 どちらが強で。どちらが弱か。……考えるまでもない。

 

 宿儺(すくな)は己の不明を恥じた。

 そして、このぎりぎりの局面で新たな強さを誇示してみせた勇士には、相応の礼をもって応じるべきだった。

 

五分(ごぶ)じゃ」

「んん?」

「五分の盃じゃ。異存あるか」

「……くれると言うなら貰っておくが」

「よし。ではこの後、わしらは義兄弟じゃ」

「……んん? いやまあ、血が多い分には、構わんか」

 

 そうして盃に盛られた黒い泥のような『何か』を回し飲みする。

 まさに毒の原液といった不味さと激痛が喉を抉り、腹の底で大暴れを始める。

 

「ぐ、グぐグ……で、この後、どうする?」

 泣き言を吐き出す無様はもう晒さない。するなら先の話だ。

「そうさな、余としては続けたいと思う」

「つ、続けるて、此度の大侵攻をか?」

「うむ。頭を失った軍勢は全て無傷で残っておる。さらに、これより我らは人知を超えた魔人の頂へと至る。やってやれん事はなかろうて」

 

 魔人の頂とやらに至るか、はたまた死か。

 その言葉が決して()()()の類ではないと、今宿儺(すくな)の全身を駆け巡っているおぞましく暴力的な何かが、聞いてもいない答えを叩きつけてくる。

 

 ――上等じゃ。

 

「そう、じゃの。やってやれん事は、なか」

 

 ――死んでたまるか。やったらあ。

 

 腹を決め、前進を始めた宿儺(すくな)を止められるものなどない。

 だが今はそれよりも。

 

「な、なんでおま、そ、そない平気なんじゃ」

「ん? お主も飲むか? 痛み止め」

「……それ、ありか?」

 外法(クラプトン)は両手を天高く掲げ、

 

「聖痕だ! いと有難し! この痛みは聖なる試練であるぞ! ……本当に、そう思うか?」

 

 首だけでこちらを振り向いた。

 

「……阿呆ぬかせ。その手の病気は嫌いじゃ」

 諧謔(かいぎゃく)と怒り。

 根っこの一端が垣間見えた。

 なかなかどうして、悪くなかった。

 

「うむ。なら選べ兄弟。苺味か、葡萄味か」

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜。

 幾多の王が墜ち。

 2柱の使徒が生まれた。

 

 

 

 

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