とあるオタク女の受難(ゴブリンスレイヤー編)。 作:SUN'S
───あの出来事を忘れる事は無い。
ただひたすら互いの肉体を叩き付け、相手の動きを封じるために振り落とされ、空気を切り裂いて歪な音を奏でる無数の触手、それを避けもせず真っ向から受け止めるように咬み千切る。
最初はちょっと変わった人だと思った。ごく最近まで普通の人だと思っていた。けれど、それは私の勝手な思い込みで、彼女は邪神の血族と呼ばれる異形の種族で、今は荒れ狂う邪神の如く肢体を振り回し、
私もゴブリンスレイヤーさんも何も出来ず、森人弓手さんも鉱人導士さんも蜥蜴僧侶さんも動かず、二匹の怪物と死闘を繰り返す彼女を見ている。それはまるで、なにかに憑依されたかのように、なんだか私まで意識が朦朧としているような…。
「あいつの雑嚢を拾ってきた」
その言葉には驚きを隠せなかった。あの恐ろしい戦いの最中、彼女の脱ぎ捨てた衣服と雑嚢を拾ってくるなど私には無理だ。そう心の中で思ってしまったけれど、だからと言って一人で戦っている彼女を放っておけないのも本当の事だ。
「少し手伝って貰うぞ」
そう言ってゴブリンスレイヤーさんは彼女の雑嚢から液体の入ったガラス瓶を取り出した瞬間、柱の後ろで何かを呟いていた筈の鉱人導士さんが「なんじゃあ、戦を肴に酒盛りか!!」と嬉しそうに蜥蜴僧侶さんと森人弓手さんの手を引っ張りながら駆け寄ってきた。
流石に仲間の戦っている姿を見ながらお酒を飲むのは悪いことですよ、とゴブリンスレイヤーさんに言えば「いや、この薬を使えばアイツの負担も多少は減る筈だ」と短く最低限の事だけ言って私達にてガラス瓶を渡してくる。
これって何の薬なんですか?と聞けば「知らん」という言葉が返ってきた。いつもゴブリンスレイヤーさんは言葉足らずだと思っていましたけど、なにか分からない薬を飲ませようとするのは流石に酷すぎです!
「かみきり丸、こいつぁ魔法薬か?」
「ほぉ、それは興味深いですな」
「そういうの後で良いから少し黙ってなさい。オルクボルク、私は何をすれば良いわけ?」
「……縄を使って、この印を描け」
なにかを手伝おうとゴブリンスレイヤーさんの近くに寄れば「……お前は俺と一緒に来い」と言われ、少しだけ胸の辺りが熱くなった。ただの言葉なのに、なんだかとても嬉しく思えてしまった。
「恐らくチャンスは一度きりだ」
中央の広場で縺れ合いながら戦っている彼女を指差し、これを失敗すれば終わるとゴブリンスレイヤーさんは端的に伝えてくる。そうだとしても何もせず、彼女の勝利を願うだけで終わりたくない。
「終わったわよ、オルクボルクっ!」
「儂らも縄の準備は出来たぞ!」
「次は何をすれば良いので?」
ゴブリンスレイヤーさんは三人の言葉を聞き流しながら「俺の言葉を続けるように言ってくれ。あまり好きではないが、ある意味では最大の攻撃だ」と話す。ゴブリンスレイヤーさんが、そんな魔法を使えるなんて私は知りませんでした。
「焼けつけ、苦痛の烙印よ」
「「「「焼けつけ、苦痛の烙印よ」」」」
「地を穿つ魔、地を揺らす魔」
「「「「地を穿つ魔、地を揺らす魔」」」」
「赤き印、其は何ぞ」
「「「「赤き印、其は何ぞ」」」」
ゆっくりと森人弓手さん達が設置した縄に赤みが帯びていくのが見える。いったい、どんな魔法なのだろうかと思いながら指を構える。
「シュド=メルの赤い印」
「「「「シュド=メルの赤い印」」」」
その言葉を言い終えた瞬間、赤く染まっていた縄は歪な炸裂音を出しながら弾け飛び、見たこともない怪物の幻影と共に二匹の化け物を呑み込んで、地中深くへと消えてしまった。
「やはり、呪文と言うのは効率が悪い」
あれは、なんだったのでしょうか……。