真剣で姫に恋しなさい!   作:常磐

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色々難しい回でした…。




第十五幕 姫義経陰謀<ひめと よしつねと いんぼう>

 

 

―――川神学園 屋上―――

 

 

川神学園体育祭が終了し、太陽が西へと沈んでいく頃。

夕日が辺りを照らす中、屋上のベンチに座っている少女がいた。

 

 

「…はぁ。負けてしまった…」

 

 

義経である。

最後の競技である騎馬合戦が終わってから、義経はずっと落ち込んでいた。

F組とS組は総合得点で接戦を繰り広げていたが、最後の敗北が原因でF組に軍配が上がった。

チーム戦だったとはいえ、薫の旗を斬ることの出来なかった義経は自分のせいで負けたのだと感じていたのだ。

 

 

「義経は…『源義経』なのに…」

 

 

義経が落ち込んでいる最大の原因はそこにあった。

偉人のクローンである自分は、周囲の模範となるべく、優秀でなければならない。

実際、義経は川神学園に来て以来、何人もの相手との決闘を全て勝利で納めてきた。

そうして自分が勝つ姿を見せれば、周りの人は自分もああなりたい、あいつに勝ちたいと思い切磋琢磨していく。

それが武士道プランの目的であり自分の役目なのだと、義経は考えていた。

しかし、自分は今日負けてしまった。

武士道プランが始まってから初めての敗北だった。

 

 

「…はぁ」

 

 

改めてそれを考えてしまい、義経はまたも溜め息をつく。

弁慶や、ツンな態度を取りながらも内心では義経を心配している与一からは気にするなと励まされたものの、責任感の強い義経は簡単に気持ちを切り替えることが出来ずにいた。

 

そんな時、屋上の出入り口が開かれる音が聞こえた。

義経が俯いていた顔を上げると――

 

 

「義経、ここにいたか」

 

「薫さん…?」

 

 

出入り口に立っていたのは薫だった。

てっきり弁慶が探しに来たのかと思っていた義経は、思いがけない人物の登場に驚いていた。

 

 

「隣、いいだろうか?」

 

「う…うん、どうぞ」

 

 

ベンチの傍まで来た薫は、義経の許可を得て隣に座った。

 

 

「こんなところに一人でどうした?弁慶たちが心配していたぞ」

 

「うぅ…」

 

 

やはり心配させていたかと、義経は申し訳ない気分になった。

 

 

「なんというか…義経は今の義経が情けないんだ」

 

「敗北したからか?」

 

「…うん」

 

 

図星を突かれ再び俯きながら答える義経。

薫はやはりか、といった顔になる。

 

 

「敗北や失敗など、誰しもが経験することだろう?たった一度の敗北、そこまで気に病むことはない」

 

「…いや。義経は、一度だって負けちゃいけなかったんだ」

 

「…『源義経』だからか?」

 

「…そうだ!その通りだ!」

 

 

薫の指摘はまたも的中した。

義経はベンチから立ち上がり、それまで抑え込んでいた感情を吐き出すように声を上げる。

 

 

「義経は、『源義経』なんだ!英雄として、みんなの模範にならなきゃいけないんだ!だから、どんな勝負でも勝たなきゃ…!」

 

 

薫に向き直る義経だったが、そこで彼女の言葉が止まった。

ベンチに座り、自分を見つめる薫の表情が、ひどく悲しそうに見えたからだ。

戸惑う義経に対して、薫は静かに言葉を放った。

 

 

「気負うな、義経」

 

「で…でも…」

 

「今のお前は使命感に囚われすぎている。英雄ではない自分に意味はないとさえ考えている…違うか?」

 

 

問われ、義経はその通りだと思った。

義経は弁慶や与一、清楚と一緒に自然豊かな島で育った。

鍛錬を積み、自分たちが何者なのか、英雄としてどうあるべきなのかを教わった。

真面目な義経ならば、使命感を抱くのも当然だろう。

 

 

「だって…義経は『源義経』で…」

 

「履き違えるな。お前はあくまでクローンなのだ。歴史に名を残した『源義経』とは違うのだぞ」

 

 

薫の発言は正しかった。

いくら同じ遺伝子から生み出されたとしても、クローンは本人と全く同じ存在にはなれない。

ましてや、今ここにいる義経はかつての『源義経』とは生きる時代も生き方も違っているのだ。

偉人として振る舞えと言われたところで、同じようになれるはずもない。

 

 

「でも…じゃあ、義経は…」

 

 

言葉が続かず、義経はその場にへたり込んでしまった。

自分の全てを否定されてしまったような気分だった。

 

 

「すまない。責めるつもりはないのだが…」

 

 

薫はそう言いながら、義経を落ち着かせるように優しく頭をなでる。

 

 

「義経。使命を果たそうとするお前の姿勢は立派だ。しかし、それを『英雄として為さねばならない』という思いが枷となってしまっている。それではお前自身を苦しめるだけだ」

 

「…薫さんも、苦しんだことがあるのか?」

 

「なぜそう思う?」

 

「薫さんの言葉には、重みというか、説得力のようなものを感じたから…」

 

 

恐る恐る訊いてきた義経の問いに薫は答えた。

 

 

「かつての私は、たった一つの使命のために生きていた。志葉家に生まれた自分だけがそれを果たせると信じてな…だが結局、私は失敗した」

 

「え…?」

 

「死に物狂いで修行を積み、家臣たちに辛い思いをさせてまで為そうとしたのに…私は、一人では何も果たせなかったのだ。滑稽な話だろう?」

 

 

自嘲するように語る薫だったが、義経は彼女の表情から深い悲しみと後悔を感じ取っていた。

 

 

「それで、薫さんの使命はどうなったんだ?」

 

「私の後を継ぐ者と、家臣たちに全てを託した。彼らは、私に成し遂げられなかったことをやってくれた」

 

 

義経には薫の背負っていた使命がどんなものかは分からない。

だが薫の話を聞いているだけで、それが彼女にとってどれだけ重いものだったか、彼女がその失敗をどれだけ悔やんでいるかを理解することはできた。

薫は自分の家臣に辛い思いをさせたと言っていた。

義経もまた、弁慶や与一に心配させてしまっている。

今のままでは、いずれ自分も薫のように苦しむことになるのだろうか。

そう考える義経に、薫は再び優しく語り掛ける。

 

 

「義経、お前の失敗はまだ挽回することが出来る。たった一度の敗北で、お前の全てが無に帰すことはない」

 

「そう…かな?」

 

「そうだとも。失敗は誰しもが経験することだ。重要なのは、それをお前自身がどう捉えるかだ」

 

「義経が、どう捉えるか…」

 

「そうだ。過去の英雄『源義経』ではない。今この時を生きるお前自身が、お前らしく考えればよいのだ」

 

 

自分らしく、という言葉を受けて義経は自分以外のクローンたちを思い出す。

弁慶は義経を主としているが、日常的に義経を弄ってくるし、基本的に川神水片手にだらけている。

与一は中二病を患ってよく意味の分からない発言をするし、義経の言うことを滅多に聞いてくれない。

どっちも歴史上の偉人のイメージからは程遠い。

清楚に至っては誰のクローンなのかさえ知らされていないため、基本的には好きなように振る舞っている。

改めて考えてみれば、英雄であることにこだわっているのは義経だけだった。

 

 

「…そうか」

 

 

『過去の偉人から学ぶ』ことが武士道プランのコンセプトだが、クローンでしかない自分たちは過去の偉人そのものではないし、そのものにはなれない。

ならば、そもそもこのコンセプトは最初から成立していないと言える。

つまり――

 

 

「英雄である必要なんて、最初からなかったんだ。今を生きる皆と切磋琢磨する。それこそが、義経たちにとって大切なことなんだ!」

 

「…答えは出たか?」

 

「うん、決めた!義経は、義経としてこれからも頑張る!」

 

 

元気よく立ち上がって宣言する義経の顔は、悩みなど一切存在しない晴れやかな笑顔だった。

 

 

「薫さんのおかげで、とっても清々しい気分だ!ありがとう!」

 

「礼はいい。それより、早く弁慶たちの所へ行った方がいいのではないか?」

 

「あ、そうだ!大分心配かけてしまった!」

 

 

義経は屋上の出入り口に向かって駆け出した。

扉の前に着いたところで立ち止まり、薫に振り向く。

 

 

「薫さん!」

 

「何だ?」

 

「義経には、薫さんがどんな使命を背負っていたのかは分からない。でも、もしこれから辛いことがあったら、義経に言って欲しい!義経は、薫さんの力になりたい!」

 

 

薫をまっすぐに見つめながら、義経は強くそう言った。

薫は少し驚いて、そして笑みを浮かべながら答えた。

 

 

「ああ、その時が来たら頼らせてもらおう」

 

「うん!いつでも言ってくれ!それじゃあ!」

 

 

義経は笑顔で手を振りながら扉をくぐっていった。

手を振り返しながら見送った薫は、義経の姿が見えなくなったのを確認し――

 

 

「…さて」

 

 

徐にベンチから立ち上がり、ある方向を黙視した。

その方向には一見誰もいないようだったが――

 

 

「いい加減出てきたらどうだ…丹波?」

 

 

薫が呼びかけると、無人のはずの空間に丹波が姿を現した。

物陰から出てきたというわけではない。

人が隠れる物など一切ない開けた場所に突然現れたのだ。

普通の人間なら仰天するところだろうが、そのトリックに気づいている薫は呆れたように言った。

 

 

「全く…モヂカラで姿を消してまで盗み聞ぎとはどういうつもりだ?」

 

 

丹波は今まで、『隠』のモヂカラで自身の姿を気配ごと隠していたのだ。

薫が学園や寮でちゃんと過ごせているかを影ながら見守りたいが為に、丹波が修行の末に習得したモヂカラである。

もっとも習得出来たのはつい最近で、使用するのは今回が初だが。

薫に咎められた丹波は重苦しい表情で口を開いた。

 

 

「姫。恐れながら、一つ申し上げたいことがございます」

 

「何だ?」

 

「かつて、姫がお一人で志葉家の使命を果たせなかったことは、残念ながら事実でございます」

 

「……」

 

 

沈黙する薫に、丹波は続けた。

 

 

「しかし、姫の後を継いだ者たち…十九代目ご当主と侍たちがドウコクを討ち取ることが出来たのは、他ならぬ姫のお力添えがあったればこそ。それをどうかお忘れなきよう…」

 

「丹波…」

 

 

薫が背負っていた志葉家の使命。

それは志葉家の者だけが習得出来る『封印の文字』によって、外道衆の総大将である血祭ドウコクを倒すことだった。

しかし、薫の封印の文字はドウコクを倒すことが出来ず、薫はドウコクの反撃を受けて深手を負った。

 

死んだ父の意志を継ぎ、封印の文字を習得するべく修行を積んだ。

表舞台に出ることの出来なかった自分に代わって戦っていた影武者や、その影武者と強い絆を結んでいた侍たちを引き離してしまったが、それでも彼らはこの世を守るために自分に力を貸してくれた。

しかし、それでも使命を果たせなかった。

例えそれが、封印の文字を使った時、既にドウコクが封印を受け付けない体になっていたためだったとしても。

 

自分の全てを費やして手に入れた力が通用しなかったのだ。

その時、薫は計り知れないほどの絶望を味わったはずだ。

 

だが、薫は絶望に負けはしなかった。

重傷の身でありながらドウコクの打倒策として、自身のモヂカラを込めた秘伝ディスクを造り上げ、侍たちに後を託した。

この秘伝ディスクが、ドウコクの二つの命のうち一つを打ち破ったのだ。

 

薫は丹波が伝えようとしたことを理解した。

 

薫の力があったからこそ侍たちは勝利した。

薫の修行の日々は決して無駄ではなかったのだ。

だからもう、過去を悔やみ、自分を責めないでほしい、と。

 

 

「…すまんな。気を遣わせてしまった」

 

「滅相もございません…!」

 

 

度が過ぎることはあれど、昔から自分を支えてくれる従者に礼を言う薫。

恐れ多くなったのか、丹波はその場に座して深く頭を下げた。

 

 

「ああ、だが『隠』のモヂカラは今後禁止だ」

 

「何ですとぉ!?」

 

 

西に沈む太陽に照らされる屋上に、丹波の悲痛な叫びと、薫の笑い声が響いたそうな。

 

 

 

 

―――夜 九鬼財閥極東本部―――

 

 

「義経が負けたかい…」

 

 

九鬼本部の一室にて、イスに座っている一人の老婆がポツリとつぶやいた。

 

彼女の名はマープル。

九鬼従者部隊の序列二位にして、様々な知識を持つと言われる通称『星の図書館』。

武士道プランの提唱者であり、義経たちクローンの生みの親と言える。

 

彼女は今、川神学園体育祭に関する報告書に目を通していた。

そこにはクローンたちが参加した競技の結果が記されており、マープルは最後の騎馬合戦の項目を読んでいた。

義経が騎手を務めた2-Sが、同学年の成績最低クラスである2-Fに敗北。

偉人のクローンがFクラスに敗北するという衝撃的な結果ではあるが、マープルがそれ以上に驚いたのは、その後の義経の様子についてだった。

 

報告書によれば、敗北した直後の義経はひどく落ち込んでいたが、夕方には復活しており、むしろ体育祭の最中よりも元気だったという。

責任感の強い義経ならばしばらく落ち込み続け、最悪武士道プランに支障をきたすのではないかと思われたが、それは杞憂に終わった。

 

 

「復活の要因は…志葉薫か」

 

 

2-Fの騎手であり、義経の旗を斬った女生徒。

事前に得た極秘情報によれば、百代との決闘に勝利し、力に溺れていた彼女を更生させたという。

なぜそんな実力者が成績最低クラスにいるのかと言えば、本人がこれまで学校に通った経験がないから。

しかし生活態度は極めて良好で、教師陣や学生たちからの評判もいいと言う。

ちなみに、割と頻繁に彼女を影から見守る老人の姿が目撃されているが、どうやら保護者らしい。

 

 

「こんな優秀な若者がもっといればねぇ…」

 

 

マープルは世界的な不況の最中にある現代社会とその原因である現代人を憂いていた。

義経たちのような過去の偉人のクローンを生み出し、武士道プランを提唱したのもそのためだ。

武士道プランは『偉人のクローンとの切磋琢磨によって優秀な人材を育てる計画』として世間に知られているが、それは表向きの話。

マープルの思い描く真の武士道プランは、『過去の偉人による現代の支配』である。

(マープルから見て)堕落した現代人を偉人に導かせるというのだ。

この事実はクローンたちには知らされていない。

知っているのはマープルの他数人の従者と、九鬼家総帥である帝だけである。

その帝も、やりたければ好きにしていいなどと、武士道プランを密かに進めることを容認している。

 

とは言え、マープルもすぐにプランを始動しようとは思っていない。

クローンの一人でありこのプランの要である葉桜清楚は、その身に秘めた力の大きさから25歳までは正体を隠す予定である。

 

 

「ん?」

 

 

マープルが読み終えた報告書をまとめている時だった。

ふと部屋の本棚に目を向けると、中段に並べられている本のうち、中央あたりの二冊の隙間に()()が見えた。

その何かを確かめようと、マープルは席を立ち本棚に歩み寄る。

そして、本棚の前に立った時。

本の隙間から、紫の光が漏れだした。

 

 

「なん…!?」

 

 

その紫の光を浴びた瞬間、マープルの意識は途絶えた。

 

 

 

数分後、序列42位の従者である桐山鯉はマープルの部屋を訪れた。

扉をノックしても返事がなく、部屋の中に声をかけてから扉を開く。

すると、入口側に背を向けて本棚の前に佇むマープルの姿を見つけた。

 

 

「マープル、いらっしゃったのですか?本棚の前で何を…」

 

「桐山ボーイ。丁度いいところに来たね」

 

 

桐山が言い切る前に、マープルが抑揚のない声を上げた。

マープルは桐山に背を向けたまま言う。

 

 

「義経たちを呼びな。四人全員だよ」

 

「全員ですか?こんな時間になぜ…?」

 

()()()武士道プランを始めるよ」

 

「な…!?」

 

 

桐山は、マープルの発言に衝撃を受けた。

基本的に笑顔を絶やさない彼の顔がゆがむ。

 

 

「お、お待ちください!プランの開始にはまだ…」

 

「あたしがやると言ってるんだ。さっさと義経たちを呼びな」

 

 

聞く耳持たぬ、といった風に命令するマープル。

 

この時、背を向けられていた桐山は気づかなかった。

マープルの瞳が、妖しく紫色に染まっていたことに。

 

 

 

 

 

―――???――― 

 

 

マープルが桐山に命令しているのと同時。

部屋の本棚に並ぶ本の隙間を通して、二人の様子を異界から覗き見る者がいた。

 

 

「武士道プラン…余興には丁度よさそうね」 

 

 

その者の背後には、巨大な一つ目のような頭部を持った怪物の姿があった。

しかし、怪物はまるで人形のように微動だにせず、その場に佇んでいるのみである。

 

 

「さぁ人間たち、存分に争いなさい。そして私を楽しませて…クヒヒヒッ」

 

 

その不気味な笑い声は、血のような紅に染まった異界に響き渡った。

 

 





薫はドウコクに敗れた後、目覚めてすぐに丈瑠を呼んで
打開策を話していました。
ドウコクが攻めてくるのは分かっていたので休む暇がなかったとはいえ、
封印の文字が効かなかったのはかなりショックだったはずです。
それを押し殺してこの世を守るために頑張っていたのだと考えると、
薫もまた志葉家当主の名に恥じない強さの持ち主だと分かります。

その辺り、同じ「生まれながらに使命を与えられた者」である義経と結び付けられないかと
思い書いていたのですが…かなり大変でした(苦笑)。

そして、最後に今後の伏線を張ってみたり。
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