九鬼財閥極東本部の占領と、川神院襲撃騒動から約二週間が過ぎた。
外道に操られていたマープルには当時の記憶がなく、九鬼財閥内における彼女の処遇は保留の状態となっている。
清楚は数日休んだ後に学園に復帰し、項羽と一日交代で過ごしている。
ちなみに項羽が義経たちに傷つけたことを謝罪したところ、義経たちは彼女を咎めず、クローン組の新たな仲間として迎え入れていた。
そして、現在は川神学園が夏休みに突入して最初の金曜日。
風間ファミリー全員+薫の十人が、再び川神駅前に集合していた。
「よっしゃあ!姫さんの街巡りin七浜、今度こそスタートだぜ!!」
「「「イエェェェェイ!!」」」
「如何なる時でも元気だな、彼らは…」
「まあ、夏休みだしね」
テンション高めで叫ぶ一部のメンバーを眺める薫と大和。
本来予定されていた七浜巡りは、当日に川神院襲撃騒動が起きたために行けず、学園の定期考査が終わり全員が集まれるこの日まで延期となっていた。
薫は以前の街巡りのように、大和や一部のメンバーだけでいいのではないかと考えたが、ファミリーの面々はどうしても全員で参加したかったらしい。
薫としても、それは嬉しいことではあるが。
「さて、じゃあ出発…」
「薫様ー!!お待ちくだされー!!」
「あれ?何か前回もこんな展開が…」
駅に入ろうとした一同は、後ろから聞こえた聞き覚えのある声に立ち止った。
卓也の言う通りデジャヴを感じつつ振り向くと、想像の通り丹波がこちらに向かって来ていた。
「おいおいジイさん。俺様たちはこれから薫ちゃんと遊びに行くんだぜ?何の用だよ?」
「あ!もしかして、姫様が心配だからワシも行くのじゃ!って言うんじゃ!?」
「いくらなんでも過保護すぎるだろ。クリスの親父さんじゃあるまいし」
「何を言うんですかモモ先輩。お父様はそこまで過保護では…」
「箱根に行った時、部隊引き連れて監視してたのは誰だったっけな~」
「あ、あの皆さん。丹波さんを無視して話し込むのは失礼かと…」
岳人の不平不満から始まった『過保護な保護者談義』は由紀江の指摘によって止まった。
無視された丹波も何か物申したそうにしていたが、薫がいることを思い出し冷静さを取り戻す。
「心配するな。わしは同行するつもりはない。ただ、薫様にお伝えせねばならんことがあるのだ」
「伝えること?だったら電話でいいんじゃ?」
「重要なことなのだ。薫様、よろしいですか?」
「うむ…皆、少々時間をもらってもいいか?」
「んー、電車が来るまで時間はあるから大丈夫だよ」
了承を得た薫は大和たちから少し離れた場所で、丹波からの報告を聞く。
「
「そうか…逆神ムクロについてはどうだ?何か分かったか?」
「本家にある文献を調べておりますが、未だそのような外道の情報は見つかっておりません」
「奴は長い間封印されていたと言っていた。こちらの世界にはあまり姿を見せていなかったのかもしれん」
例の騒動の後、薫は新たに現れた外道・逆神ムクロについての調査を丹波に命じていた。
丹波の言う日下部とは、志葉本家で現当主に仕えている家老・日下部彦馬のことであり、外道衆の隙間の出入りを感知するスキマセンサーを用いて外道衆の動きを探りながら、過去に出現したアヤカシに関する文献の調査を合同で行っていたのだ。
「より古い文献を探れば、何か見つかるやもしれません」
「…うむ。引き続き頼む」
そう命じる薫は、苦い表情を浮かべていた。
しかしそれは、有力な情報が見つかっていない現状に対する歯がゆさだけではないと、長年仕えてきた丹波は彼女が思い悩んでいることに気づく。
「薫様。ご報告は以上にございます。ご学友の下へお戻りください」
「しかし…」
「侍である自分が彼らと共にいてもよいのか、そうお考えなのですな?」
「…うむ」
丹波の問いに、薫は頷いた。
シンケンジャーの使命は、外道衆からこの世を守るために戦うこと。
まして薫は、その中心に立つ志葉家の人間である。
外道衆が再び動き出しているというのに、友人たちと共に過ごしていてもいいのだろうか。
それが、今まで薫が抱えて来た悩みである。
俯く彼女に、丹波は優しく微笑みながら言った。
「良いのですよ。薫様は彼らと共にいて良いのです」
「しかし…」
「以前の薫様であれば、何の迷いもなく彼らから身を引かれたはずです。しかし、あなたはお悩みになっておられる。それは普通の日常を過ごしたいと言うご自身の願いを実現されたからでしょう」
「だが、私は志葉家の…」
「薫様はもう志葉家の当主ではございません。外道衆との戦いは現当主と侍たちにお任せください」
学校へ通いたい、と薫が初めて言った時、丹波は反対していた。
志葉家の姫である薫が庶民と同じように生活することが納得出来なかった…と言うのは建前で、実際は自分の手を離れようとする薫のことが心配だったのだが。
しかし、川神学園で大和たち風間ファミリーや学生たちと過ごす薫の姿を見守る内に、丹波の心境に変化が生じていく。
このまま薫には外道衆との戦いに関わることなく、平穏な日々を送ってほしい。
それが今の丹波の思いであった。
「姫は、どうか薫様のお望みのままに」
そう言い残し、丹波は去って行った。
遠ざかる家老の背を見送る薫の顔は晴れなかった。
侍であれば外道衆との戦いに専念するべきだが、薫は今の日常を手放したくなかった。
外道衆の総大将、血祭ドウコクを倒すことの出来る『封印の文字』を会得し、長きにわたり続いたシンケンジャーと外道衆の戦いに終止符を打つ。
亡き父からその使命を継いだ薫は人から隠されながら育ち、死に物狂いで修行してきた。
傍には丹波や黒子たちがいたが、使命を果たせるのは自分一人という考えが薫の心に孤独感を芽生えさせる。
薫が自分の本心を隠して修行に励むほど、寂しさは強くなっていた。
だから薫は、羨ましく思ったのだ。
隠れ生きる自分に代わり戦っていた、影武者と侍たちが。
殿と家臣という立場の違いはあっても、彼らは確かな絆で結ばれていた。
外道衆との戦いが終わり再び人里離れた家に帰った後、薫の心の中で絆への憧れが日に日に強くなった。
強い絆で結ばれた友や仲間と、平和な日常を過ごしたい。
だから薫は、川神学園の門を潜った。
百代との激突や外道によるマープルの反乱と言った事件はあったが、薫はこれまでの学園生活の中で多くの友人を得た。
その全てを手放すことを薫は恐れている。
修行していた頃は耐えることが出来ていたのに。
「私は…弱くなったのか…?」
自問しても、答えは出るはずもない。
溜め息をついて、薫は大和たちの下へ向かった。
「あ、薫が戻って来たわ」
「あれ?でも何か顔暗くねぇか?」」
「悩みか?お姉さんが何でも相談に乗ってやるぞ?」
「…いや、何でもない。待たせてすまなかった。では行こうか」
薫は皆の気遣いに笑顔で返し、出発を促した。
風間ファミリーはそれに応じて改札を通り抜けていく。
(無理のある笑顔だったな…)
大和は内心そう考えながらも、皆に続いた。
電車に揺られること十数分。七浜に到着した。
午前中はショッピングの予定だが、都会に遊びに来るのが初めてな薫は右も左も分からないため、ファミリーの面々が勧めるままに店を回る。
ショッピングの後は昼食のために七浜中華街へ移動。
食通である
ちょうど食事時ということもあり中華街は混雑していたが、予め店に電話し人数分の席を確保していたため並ぶことなく店に入ることが出来た。
風間ファミリーの軍師に抜かりはなく、薫は生まれて初めての本格的な中華料理を楽しんだ。
腹を満たした一同は、七浜名物のテーマパークへとやって来た。
ここで夜まで遊ぶ予定だ。まずは何に乗るかと皆が悩む中、岳人が声を上げる。
「薫ちゃん。あそこのお化け屋敷行こうぜ」
「お化け屋敷?」
「いきなり恐ろしい提案するなガクト!!」
言われた薫よりも、百代の方が過剰反応を示した。
武神と呼ばれる百代だが、お化けは大の苦手であった。
薫がお化け屋敷の趣旨を京から聞く中、岳人は頭の中である計画を練っていた。
(薫ちゃん強ぇけど、モモ先輩みたくお化け嫌いかもしれねぇからな。怖がる薫ちゃんに「怖いなら、飛び込んで来てもいいんだぜ?」と腕を広げる。すると薫ちゃんは涙目で俺様の胸に…グへへ)
(…確実にゲスいこと考えてやがる)
鼻の下を伸ばしてへらへらと笑う岳人の思考を読むことは、大和にとっては造作もないことだった。
岳人から「武神なのに怖いんすか~?」と挑発された百代も含め、全員でお化け屋敷に入った。
薄暗い空間の中、そこかしこにある妖怪の人形や荒れ果てた墓場のセットが恐怖心を煽る。
前方からは先に入っていた入場者たちの悲鳴が響いてくる。
いつでも計画を実行出来るよう、岳人は薫の様子を見ていたが――
「ウオオオオオオオ!!」
「ほう。この幽霊は人形ではなく人なのか。手の込んだ化粧だな」
「薫さん。そのリアクションは下手なお祓いより効くよ。(係員のショック的な意味で)」
(微塵もビビッてねぇえええ!!!)
岳人の心に彼自身の絶叫が木霊する。
既に中間地点を過ぎているが、薫は墓場から突如出現した幽霊に恐怖するどころか、幽霊役の男性に施されたメイクに興味を示していた。
後ろでは幽霊に驚いた百代がエネルギー波を放とうとしたのを、一子たちが必死に押さえ込んでいる。こちらに関しては完全に予想通りだった。
そのまま出口までたどり着いたが、結局薫は一度も驚かず、先のメイクや精巧なセットの作りに関心していた。明らかに楽しみ方を間違えている。
(ま、まだ諦めるな俺様!今度はジェットコースターだ!)
岳人は気を取り直し、プランBに移行した。
人生初のジェットコースターでふらつく薫に、「俺様は何ともねぇぜ!」と頼りがいのある姿を見せる自分の未来を妄想する。
「…グへへ」
(…懲りない奴)
再び下心満載な笑みを浮かべる岳人に呆れる大和であった。
岳人はテーマパークで最もハードなジェットコースターを選ぶ。
そして、コースターを降りた薫は――
「辛そうだが大丈夫か大和?この乗り物は何かの修行なのか?」
「うぷっ…まぁ、確かに修行にはなるかも(酔いに耐える的な意味で)」
(ど…どういうことだってばよ…)
軽く酔った大和の背中を優しくさすっていた。
他には卓也も気分が悪そうだったが、それ以外の面々は楽しめたようだ。
悉く計画が失敗に終わり、意気消沈する岳人。
薫のリアクションについては、今までのアトラクションをさほど怖く感じなかったというのもそうだが、そもそも彼女は『恐怖やスリルを楽しむ』という発想を持ち合わせてはいなかった。
外道衆との命懸けの戦いを経験して来た彼女にとって、それらの感情は『楽しむ』のではなく『打ち勝つ』ものだからだ。
その後は各々行きたいアトラクションが違うため、大和たちはグループを二つに分けることにした。
翔一、岳人、百代、一子の四人は『絶叫系を楽しみたい班』。
薫、大和、京、クリス、卓也、由紀江の六人は『絶叫系以外に行きたい班』である。
ゲームコーナーにて、景品のぬいぐるみを狙って奮闘するクリスを中心とした女子勢を、大和はやや離れた位置から見ていた。
「どうしたの大和?」
「モロか。ちょっと薫さんが気になってな」
「薫さん?そういえば電車に乗る前、暗い顔してたよね」
七浜に来てから、大和はずっと薫のことが気になっていた。
川神駅では深く追求しなかったが、機会を見て話を聞きたいと考えていたのだ。
「モロ。悪いんだけど京たちを頼めるか?この後のこともあるし、今のうちに話をしておきたいんだ」
「いいけど、薫さんと二人っきりで?京はついて行きそうだけど」
「手はある」
大和はテーマパークのパンフレットを卓也に渡し、地図を見せながら作戦を伝える。
納得した卓也は、ゲームを終えた薫がトイレに行ったタイミングで京に声をかけた。
「京。向こうの売店で『期間限定!激辛ポップコーン』を売ってるらしいよ」
「ホント?辛い物好きとしては見過ごせないんだ!」
話に食いついた京は、卓也と一緒に売店へ向かった。
「クリスとまゆっちも行ってきな」
「しかし、薫殿がまだ…」
「俺が残ってるよ。あとで合流するからさ」
「分かりました。では、先に行っていますね」
「そのまま二人でデートって寸法かい?」
「ち、違いますがな!」
二人になるという意味ではあながち間違いではなかったが、大和は松風の言葉を否定する。
クリスとまゆっちは京たちを追ってゲームコーナーから出て行った。
少し待つと、薫がトイレから出て来る。
「大和一人か?京たちは?」
「向こうの売店行ったよ。京が好きそうな物があったからさ」
「そうか。では私たちも…」
「あ、薫さん。あれ乗らない?」
大和が指さした先では、このテーマパークの目玉である大観覧車が回っていた。
二人で話すには最適な場所だ。
「いいのか?京たちを追わなくても」
「ちょっとくらい別行動しても大丈夫だって。上からの眺めが良くて、オススメだよ」
それなりに長い列に並びはしたが、二人は問題なく観覧車に乗り込み、向かい合わせに座った。
ゴンドラが上がるにつれ、ガラスの向こうに広がっていく大都会の光景を眺め、薫は感嘆の声を上げる。
「確かに良い眺めだ」
「どう薫さん?今日は楽しめてる?」
「もちろんだ。買い物も料理もこの遊園地も、私の経験したことのないものばかりだ」
薫にとって、今日の街巡りは何もかもが新鮮だった。
笑顔で答える薫に、大和は少し安心した。
「そうか。それなら良かった」
「どうかしたか?」
「いや、今朝の薫さんちょっと暗い顔してたからさ」
「!…そうだったか?」
「うん。すぐに笑顔になってたけど、ちょっと無理してるように見えたんだ」
「…大和は、よく見ているのだな」
薫としては、皆に心配をかけないように隠していたつもりだったのだ。
それを見抜いた大和の観察眼を素直に賞賛した。
「何か、悩み事?」
「うむ。だが、これは私自身が答えを出さねばならないことだ。話すことは出来ない」
「そっか…」
「すまないな。気を遣ってくれたというのに」
薫は申し訳なく思った。
今薫が抱えている悩みを打ち明けようとすると、シンケンジャーや外道衆のことも話さなければならなくなる。
無関係な大和には決して話すわけにはいかなかった。
「いや、いいんだ。でも、これだけは言わせてくれ」
薫の正面に座る大和は、真っ直ぐに薫を見ながら言う。
「薫さんが何を悩んでいるのか俺には分からないし、下手に首を突っ込むべきではないかもしれない。でももし一人で悩んで、どうしても答えが見つからなかった時は、俺や皆を頼ってほしいんだ」
「大和たちを…?」
「まぁ、姉さんは女の子にベタベタするし、ワン子はあんまり頭よくないし、京は他人に冷たい。まゆっちは松風と喋るし、クリスは融通きかないところあるし、キャップは気分屋だし、ガクトはスケベな筋肉バカで、モロは暗めのオタク。俺もせこいこと考えたりするけどさ…」
「でも皆、『仲間』のためなら
「…仲間?私が?」
大和の告げた『仲間』という言葉に驚く薫。
彼は、自分を仲間の一人だと考えてくれているのか。
固まる薫に、大和は続けた。
「実は今夜、薫さんを秘密基地に招くことになってるんだ」
「…いいのか?今日は金曜集会の日だろう?」
「うん。だからその集会で、薫さんを風間ファミリーに誘うんだよ。それが今日の秘密のメインイベントなんだ」
元々、基地に招いた後にキャップが薫を誘い、薫が承諾すればそのまま基地でパーティーをする計画だったという。
キャップの役目奪っちまったな~、と大和は頭を掻きながら言った。
「しかし、本当にいいのか?聞いた話では、クリスや由紀江を誘った時は…」
「あれはクリスとまゆっちにちょっと問題があっただけさ。現に今は皆仲良くやってるだろ?それに、期末考査の後に臨時集会を開いて薫さんのこと話したら、皆賛成してたよ」
「皆が…」
クリスや由紀江を誘うことに最初は否定的だった京や卓也でさえ、薫を仲間に入れることを歓迎していたという。
「ああ。で、薫さんはどうかな?俺たちのファミリーに…仲間になってくれるか?」
「…っ」
大和から告げられる、仲間への誘いの言葉。
それを聞いた直後、薫の瞳に涙が光った。
「え、え!?薫さん、なんで泣いてんの!?」
「す、すまない…うぅっ」
自分は、彼らと共にいても良いのか。
ムクロとの戦いから続いた悩みに、大和と風間ファミリーの皆が答えをくれた。
良いか悪いかではない。
自分は、彼らと共にいたい。心の底から彼らの仲間になりたいと思っている。
朝、丹波が言ったように、自分の望むままにしようと、涙をぬぐった薫は顔を上げる。
「…ありがとう、大和。喜んで、その誘いを受けよう」
薫の晴れやかな笑顔に、大和はしばし見とれてしまうのだった。
その夜、大和によってサプライズではなくなってしまったが、薫の歓迎パーティーは予定通りに行われた。
夏休み最初の金曜日。
この日、風間ファミリーに十人目の仲間が加わったのだった。
真剣で私に恋しなさい! 第一部 ~『真剣』と書いて『マジ』と読む~
まずはこれにて。
次回、第二部へと続きます。
ファミリーが増えるよ!やったね!
…というのはさておき、薫が風間ファミリーに加わりました。
本来は百代との決闘が終わった次の回あたりで加え、第一部は十二幕くらいで終わらせようと考えていたのですが、体育祭や義経たちクローン組との絡みも入れたいと考えている内に気づけば二十幕まで延長していました。
第一幕を投稿してから約一年。ようやくここまで来ました。
相変わらずの不定期更新ですが、第二部もよろしくお願いいたします。
では、また次回。