―――放課後―――
「それでは、これより編入生・志葉薫を歓迎する決闘を始めるヨ!二人とも用意はいいかイ?」
「はい」
「もちろんだ!」
現在川神学園のグラウンドの中央では、ルーを立会人とした薫とクリスの決闘が行われようとしていた。
周りには帰宅途中の生徒や、部活の準備をしていた生徒たちが観客として集まっている。
大和たち2-Fの面々もその中に入って決闘の開始を待っていると、後ろから声をかけられた。
「大和さん、何かあったんですか?」
「クリ吉が決闘するっぽいぜ?」
「相手の人見たことないなぁ。編入生かな」
ファミリーの後輩である由紀江が、友人の大和田伊予と共に来ていた。当然松風も一緒だ。
大和は由紀江からの質問に答える。
「あの子、今日編入してきた志葉薫さん。侍の家系らしくて、クリスが大喜びで決闘を申し込んだんだ」
「侍…確かに、あの方からは強い気を感じますね」
由紀江には侍と聞いて喜ぶクリスの姿は簡単に想像できた。そして彼女の目から見ても、薫は相当強いらしい。
「あれ~?こういう時に真っ先に現れそうなモモ先輩はいないんかい?」
「昼休みに『今日は学校終わったらカワイコちゃんたちと街に繰り出すんだ♪』ってメールが来たから、もう行っちまったんだろう」
戦闘大好きな百代がこの場にいないことに対する松風の疑問も、大和によって解決した。
もしもこの場に百代がいれば、興味津々で観戦していただろう。
「薫殿、武器はやはり日本刀か?レプリカを用意するが…」
「ああ、心配はいらない。慣れたものを使わせてもらう」
既にクリスは教室に飾ってあったレイピアのレプリカを持っているが、薫は武器を持たずにグラウンドに来ていた。
侍ならば日本刀だろうと思い、レプリカを勧めるが薫はやんわりと断る。
やがて、薫の後ろに朝にも見た黒子の一人が現れた。
黒子は薫の傍に跪き、その手に持っている武器を献上する。
クリスを始め、その場にいる大半の人間が首を傾げた。
薫が受け取ったものは確かに刀のようだが、見たこともない形状をしていたのだ。
日本刀に比べて厚みがあり、一部が金色の刀身。
鍔は黒いディスク型で、その上には角ばったすり鉢のようなパーツがついていて、鏡になっているその表面にはディスクに描かれた志葉家の家紋が映っている。
世間一般に知られる日本刀のイメージからは若干離れたものだった。
「これは『シンケンマル』といってな。志葉家で代々用いられてきた刀だ。訓練用に刃を潰してあるから、斬れる心配はない」
「ほ~。本物の侍はそんな刀を使うのか」
「違うからなークリス。それが普通じゃないからなー」
クリスが首を傾げていることに気づいた薫が説明した。
危うくそれが普通なのだと勘違いしそうになったクリスに、大和は遠距離ツッコミをかます。
説明を終えた薫はシンケンマルを両手で握り、クリスに切っ先を向ける。
「さて…始めようか」
その瞬間、薫の“気”が一変した。
「…っ!!」
「ムゥ…!!」
それは、目の前にいるクリスが言葉を失い、ルーが唸るほどの変化。
穏やかでありながらも力強かったさっきまでとは違う。
刀のように鋭く研ぎ澄まされた“気”を放つ薫の姿は、正に死線を越えてきた本物の侍のようだった。
未だかつて会ったことのない強い気配に、クリスの体が震える。
しかし、同時にクリスは笑みを浮かべ、レイピアのレプリカを鞘から引き抜く。
「クリスティアーネ・フリードリヒ!いざ、正々堂々勝負!」
「志葉薫…参る!」
侍と騎士が互いに名乗り、武器を構える。
観客たちが息を呑んで見守る中、立会人のルーが片手を振り上げ――
「それでは、始メッ!!」
決闘の開始を宣言した。
その直後、クリスが動く。
「はぁああああ!!」
レイピアをまっすぐに構え、薫に向けて高速で突貫する。
シンケンマルを構えた薫の気を正面から受けたクリスは、薫の底知れぬ強さを感じ取っていた。
薫の力は、今の自分を遥かに超えている。戦闘が長引けば、こちらが不利になるのは確実。
そう考えたクリスが導き出した打倒策は、『一撃必殺』だ。
彼女が得意とするレイピアは、刺突を目的とした剣。
全身の力を瞬発力に変えて、敵を貫き倒すべくクリスが駆ける。
元々、クリスは大和のように策を巡らす人間ではない。相手との実力差が歴然ならば、自分の持てる力の全てを一撃に込めて叩き込むしかない。
全速力で突っ込むクリスは、瞬く間に薫との間合いを詰めた。
対して、薫はその場から動いていない。
決まったか。
武芸者である一子と京、由紀江、普段から百代の攻撃で動体視力を鍛えられている大和がそう思った瞬間、薫が動いた。
薫は横向きに構えたシンケンマルを、迫りくるレイピアの下に滑り込ませる。
まっすぐに進むレイピアは、潜り込んだシンケンマルの刀身によって軌道を上に逸らされてしまう。
薫はそのまま一歩踏み出し、突っ込んでくるクリスの腹にレイピアから離したシンケンマルを食い込ませる。
「ぐぅ…!!」
全ての力を前進に使っていたクリスは即座の回避行動がとれず、薫のカウンターをもろに受けてしまう。
「はあっ!」
そのまま、薫はシンケンマルを振り抜いた。
あまりにも強力な一撃に耐えきれず、クリスは倒れ伏した。
「そこまデ!勝者、志葉薫!」
ルーが決闘終了を宣言した。
普段なら歓声が上がるところだが、観客たちは完全に沈黙している。
クリスは五月に編入した際に、一子と激闘を繰り広げたばかりだった。
そのクリスが、たった一撃で崩れ落ちたのだ。
しかも、クリスの動きを目で追えなかった生徒たちにとっては本当に一瞬の出来事で、気が付いたらクリスが倒れていたという状況について行けずに混乱している。
「お見事!お見事でしたぞ姫!!」
そんな静まり返った空間に響き渡る声が一つ。
観客たちの中から出てきた丹波が、姫に駆け寄ってきた。
2-Fの面々は『また出た…』と思いながら顔を歪めた。
また空気の読めない発言をするのでは、と言う彼らの疑念は残念ながら的中する。
「見たかドイツの小娘!これが姫の実力である!貴様ごときが姫に勝とうなどと、千年早いわ!」
堂々と勝負したクリスへの侮辱の言葉に、観客たちはみな顔をしかめる。
一子は文句を言うために一歩踏み出すが、すぐに止まった。
「…丹波」
「ひぃぃ!!」
もはや視線だけで相手を殺せるのではと思えるほどに冷たい目をした薫がいたからだ。
朝から何度も咎めているのに全く懲りない丹波に、我慢の限界が来たのだろうか。
恐怖のあまり、丹波は情けない声を上げて腰を抜かす。
「正々堂々と真剣勝負をした相手に、随分な物言いだな」
「お…お許しを…」
「フリードリヒに謝らんか、たわけ」
薫は傍に来た黒子にシンケンマルを預け、丹波を置いてクリスのもとへ向かう。
クリスの傍にはマルギッテが来ており、クリスを助け起こしている。
「フリードリヒ。丹波がまたしても無礼な真似をしてしまった。すまない」
「…いや、自分が負けたのは事実だ」
マルギッテの肩を借り、攻撃を受けた腹を押さえながらクリスが言った。
「凄まじい一撃だった。最初に気を感じた時かなり強いと思っていたが、ここまでとは」
「あの威力は、ほとんどフリードリヒの力によるものだがな」
「え?」
薫の言ったことが、一瞬理解できなかった。
自分の力によるとは、どういうことだ?
「あの時、私はシンケンマルを腹に当たる位置に
猛スピードで走る車が静止している壁に激突した時、車には『壁に向かって前進する力』とほぼ同等の力が自分に向かって働く。
先ほどの攻撃も同じで、クリスの突進が強力だったからこそ、シンケンマルからクリスの体へ凄まじい衝撃が返って来た。
カウンターは、敵の攻撃の勢いを利用した技なのである。
「そうか…まさか自分の力をこんな形で実感するとはな」
未だ腹に残る痛みを感じながら、クリスは苦笑した。
自分の力で自分を倒すことになるとは、思ってもみなかったのだ。
しかし、敗北の要因は自分だけではない。
レイピアの軌道や突進のスピードを完全に見切り、的確な防御とカウンターを決めた薫の実力は相当なものだ。
強者と戦えたことを喜びながら、クリスはマルギッテから離れ、薫に右手を差し出す。
「自分の完敗だ。薫殿、いずれまた勝負を受けてくれるか?」
「無論。いつでも相手をしよう、フリードリヒ」
いずれ再戦することを快く受け入れ、薫はクリスと握手を交わす。
すると、クリスは笑顔で言った。
「自分のことはクリスと呼んでくれ。歓迎の決闘は終わった。もう自分たちは友だ」
「…!」
クリスの言葉に驚く薫。
友。
かつて人里離れた地で修行に明け暮れていた時、自分には無縁だと思っていたもの。
この世を守るために戦う。それだけが自分の存在理由だったから。
しかし、目の前にいる彼女は、自分を友と呼んでくれる。
それが、無性に嬉しかった。
「む?どうした?」
反応がなく、首を傾げるクリスに、薫も笑顔で答える。
「いや、何でもない。よろしく頼むぞ、クリス」
改めて固く手を握り合う二人に、観客たちから拍手が送られた。
クリスファンの皆さん、ごめんなさい。
一撃で終わらせてしまいました。
今作での薫は、壁を越えた強さの持ち主です。
外道衆という怪物たちと戦うために修行してきたのですから、人間のレベルを超えていても
不思議はないと思いまして。