真剣で姫に恋しなさい!   作:常磐

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第八幕 荒武神怒姫<あれるぶしん いかるひめ>

 

 

―――川神市巡りから六日後の金曜日―――

 

 

風間ファミリーはいつもの様にそろって登校していた。

いや、正確にはいつもとは違う点が二つある。

まず一つ目は、編入して以来一緒に登校してきた薫がこの場にいないこと。

彼女は今日初めてクラスの日直当番となったため、早めに島津寮を出ていた。

大和たちの協力もあって、このわずかな期間にすっかり学園にも順応しており、段々と女子高生らしくなってきた。

 

それに対して、二つ目の違いはファミリーにとって悪いことだった。

百代のテンションが低く、少々機嫌も悪そうだった。

先週の土曜日に薫に勝負を断られて以来、ずっとこの調子である。

今週に入ってからはまだ挑戦者も現れておらず、戦えないことで不満を抱えているのだろう。

登校時に薫と会っても少し距離を置くようになっていて、両者の空気は重く、ファミリーたちもなんとかこの状況を打開したかった。

ムッとしながら前を歩く百代に聞こえないように、ファミリーは小声で話す。

 

 

「こんな状況がずっと続いてたら超刺激的スクールデイズが送れないぜ」

 

「ネタセリフを使うタイミングではありませんよ松風」

 

「お姉様が心配だわ。薫はなんで勝負を受けてくれないのかしら」

 

「やっぱり、モモ先輩が強すぎて、勝てる見込みがないからかな?」

 

「それは違うと思うよ?私の目から見ても、薫の実力はモモ先輩と同じで壁を越えるレベルだと思う」

 

「マジかよ?姫さんそんなに強いのか?」

 

「うむ。実際に戦った自分には分かる。きっと何か深い理由があるんだ」

 

「おい舎弟兼軍師!どうにかなんないのかよ!」

 

「…せめて挑戦者が現れてくれれば、戦闘欲求を少しは緩和できるかもな。問題はそれだけの実力者が現れるかだけど…ん?」

 

 

話していると大和は前にいる百代が立ち止まっていることに気づいた。

何事かと思って前方を見ると、そこには黒いローブで全身を隠した人物が立っていた。

 

 

「まさか…挑戦者!?」

 

「ローブで顔は見えませんが、凄い闘気です!かなりの手練れかと!」

 

「やった!ナイスタイミング!」

 

 

由紀江がローブの人物の気配から、その実力がかなり高いことを見破った。

これで百代の機嫌が少しは直るかもしれない。

ファミリーたちが希望を見出す中、ローブの人物が言った。

 

 

「紅い瞳、黒の長髪…。武神、川神百代とお見受けする」

 

「…ああ、私が百代だ。あんたは?」

 

 

低い声を発するその人物は、男のようだ。

ローブの男は百代の期待のこもった質問に答える。

 

 

「私は武神に挑み、その力を確かめるべく参った。川神百代、あなたに決闘を申し入れる」

 

「……ッ!!」

 

 

しかめっ面だった百代の顔が、歓喜一色に塗り替えられる。

ようやく挑戦者が来た。それもかなりの手練れ。

百代はすぐさま拳を構える。

 

 

「よし!では早速…」

 

「待て。戦うのは今ではない」

 

「何!?」

 

 

ローブの男は手をかざし、百代を制止してきた。

百代としては早く戦いたくてウズウズしていたが、ローブの男は構わず続ける。

 

 

「これから学園に行くのだろう?今負傷して学業に悪影響を及ぼすわけにはいかん」

 

「…それはつまり、私に怪我をさせる自信があると言いたいのか?」

 

「万が一、ということもある。それにそれだけ強気でなければ、武神に挑むなど出来まい?」

 

「くっ…クククッ!」

 

 

百代は笑った。笑ってしまった。

実力もあれば度胸もある。こんな相手を逃す手はない。

ここで戦闘を強行すれば、勝負を拒否される可能性もある。

それだけは、嫌だ。

 

 

「分かった。じゃあ放課後に多馬川で…どうだ?」

 

「承知した。では、また後ほど」

 

 

その言葉を最後に、ローブの男は消えるようにその場を去った。

探知してみるが既に付近に気配は感じられない。

隠しているのか、それとも探知出来ない場所まで一気に移動したのか。

いずれにしても、あの男が強いことに変わりはない。

 

 

「フフフ…やっと面白くなってきたなぁ…」

 

 

百代の背後にいるファミリーは、今彼女が浮かべている危険な笑みに気づかなかった。

 

 

 

 

―――放課後 2-F教室―――

 

 

「む?あれは…」

 

 

帰りのSHRと教室掃除の後、日誌を書いていた薫は、窓の向こうに玄関を飛び出して駆けていく人影を見つけた。

間違えようもなく、百代だ。

あんなに急いで一体どこへ行こうというのか、薫が疑問に思っていると、掃除のために残っていた大和と一子が教える。

 

 

「姉さん、これから決闘するんだよ」

 

「今朝登校してる時に挑戦者が現れたの。薫は先に行ってたから知らないだろうけどね」

 

「…何だと!?」

 

 

二人から百代が決闘すると聞き、薫は席から立ち上がった。

 

 

「え…薫さん?」

 

「どこだ?百代はどこで戦う!?」

 

 

薫は焦ったように大和たちに問う。

大和たちとしては、百代の欲求不満が少しは解消されると喜んでいたため、薫がなぜここまで鬼気迫る表情をしているのか分からなかった。

対して薫は、危機感を抱いていた。

今週に入ってから百代は大分おとなしかったが、それでも戦いとなれば何があるか分からない。

薫は決闘の場所が多馬川であることを聞くと、日誌の提出を同じく今日の日直である熊飼満に頼み、足早に教室を出た。

大和たち風間ファミリーは、途中で由紀江と合流しながらその後を追った。

 

 

 

 

 

―――多馬川―――

 

 

既に百代と挑戦者の決闘は始まっていた。

挑戦者は今朝と変わらずローブ姿のまま、百代と互角の攻防を繰り広げている。

 

 

「ハハハッ!強いなお前!どんな顔をしてるのか見てみたいぞ!」

 

「こちらにも事情があるのだ。川神院を通さずに挑んだ時点で察してもらいたい!」

 

 

挑戦者は素性を明かすつもりはないらしい。

頭を覆うフードの下には黒一色の仮面をつけており、顔も完全に隠している。

 

 

「なら、力尽くで見てやる!」

 

 

百代は挑戦者の仮面に向けて正拳突きを放つ。

高速の拳はフードを掠めたが、なんとか回避した挑戦者は百代の懐に飛び込んだ。

 

挑戦者の気が込められた掌底が、百代の腹に命中する。

 

 

「ぐっ…!」

 

「受けよ!発勁!!」

 

 

腹に押し当てられた掌から、凄まじい気の力が放たれた。

その衝撃に耐えられなかった百代は吹き飛ばされ、多馬川に叩き落された。

 

 

「我が最強の一撃…これで沈まぬなら…!!」

 

 

発勁は挑戦者の必殺技であり、例えルー師範代であろうと直撃を受ければ立ち上がれなくなるほどの威力を有している。

彼が川の様子を見ていると、突然水面が爆発したかのように飛沫が上がった。

その真上には、楽しそうに笑う百代が飛び上がっていた。

 

 

「ハハハハハ!!面白い!本当に面白いぞお前!!」

 

 

自分を川に叩き落すほどの敵に会えたことが、嬉しくてたまらないようだ。

大笑いする彼女の腹は、服こそ破れているが体には一切の傷がなかった。

 

 

「瞬間回復…ここまでとは!」

 

「さぁ、反撃の時間だァ!!」

 

 

百代の圧倒的な強さの所以である瞬間回復によって、百代は腹の傷を治癒していた。

空中からまるで空を蹴るように飛んで再び挑戦者の前に立つ。

そのスピードは、挑戦者の目でも追えないほどだった。

 

 

「くらえ!川神流、無双正拳突き!!」

 

 

必殺の一撃は、今度こそ挑戦者の顔に打ち込まれた。

挑戦者の体は土手に叩きつけられる。

 

 

「さぁ、お次は…」

 

「待て!…私の負けだ」

 

「何だと!?」

 

 

追撃しようとした百代を、挑戦者が止めた。

正拳突きによって砕かれた仮面の下には、左目の辺りに大きな傷を負った挑戦者の顔があった。

挑戦者はその傷を誰にも見せないという誓いを立てており、仮面もそのために付けていたものだ。

 

 

「私は、己の誓いに反してしまった。これ以上は戦えん」

 

「……」

 

 

元より挑戦者の目的は、武神と呼ばれる百代の力を確かめることだった。

自分の誓いに反してまで戦い続けるつもりはなく、挑戦者は百代に礼をして去ろうとする。

 

しかし――

 

 

 

「知ったことかァ!!」

 

 

 

百代は既に戦意を失った挑戦者に対して、容赦なく拳を叩き込んだ。

 

 

「ぐあぁ!?」

 

「ここまでやっておいて、途中で投げ出すな!まだ私は満足していない!!」

 

 

もはや狂気すら感じられる瞳で挑戦者を睨みながら、百代は拳をぶつけ続ける。

まだ足りない。もっと戦いたい。

手練れである挑戦者への期待が、そしてこの決闘が、今まで百代を繋ぎとめていた枷を破壊し、戦闘欲求を暴走させてしまったのだ。

 

 

「くはっ…」

 

「オラァ!!」

 

 

百代の突き上げた拳が、挑戦者を土手の上に吹き飛ばした。

連打を受け、既に挑戦者の体はボロボロだったが、百代は尚も続けようと土手を上がる。

 

 

「どうした?そんなものじゃないだろう?もっと戦って…?」

 

 

土手を上がりきった百代は、そこに新たな人物を見つけた。

 

薫だ。

彼女は道に倒れ伏す挑戦者を庇うように立ち、百代を睨みつけている。

百代がふと視線を横に向ければ、そこには風間ファミリーのメンバーが集まっている。

叩きのめされた挑戦者の姿を見て、全員目を見開いていた。

 

 

「お前たちも来てたのか。で、薫ちゃんはそこで何をしてるんだ?」

 

「……」

 

 

薫は沈黙したまま、百代を睨み続ける。

 

 

「邪魔しないでくれよ。せっかく満足のいく戦いが出来てるんだ。戦ってくれない薫ちゃんには…」

 

「……かった」

 

「ん?何だって?」

 

「私が、甘かった…」

 

 

薫は、百代が挑戦者の発勁を受けて川に落ちるのを多馬大橋の上から見た。

その直後に百代が川から飛び上がり挑戦者を殴り飛ばした様子も、降参したはずの挑戦者に百代が攻撃を続ける様子もだ。

 

百代が理性を保っている内は大丈夫だと思っていた。

薫が戦うことで百代が暴走することを危惧し、勝負を断ってきた。

しかし、結果的にそれは起こってしまった。

 

 

「最初から、私が勝負を受けていればよかったのだ。そうしていれば、こんな…」

 

 

薫が戦っていれば、今背後で倒れている挑戦者がここまでやられることもなかったはずだ。

自分の犯した判断ミスが、他者を傷つけてしまった。

それが悔しくて悲しくて、何より薫はそんなミスをしてしまった自分が腹立たしくて仕方がなかった。

薫と百代が睨み合っていると、そこに鉄心が現れた。

 

 

「一体何事じゃ?」

 

 

百代が挑戦者を叩きのめした時の気の乱れを感じ取って、駆けつけたらしい。

鉄心は未だ気の乱れている百代と睨み合う薫、そして薫の背後に倒れるローブ姿の挑戦者を見て、状況を察した。

 

 

「モモ!お前何ということを…」

 

「鉄心殿。申し訳ありませんが、私と百代との決闘の場を設けてはいただけませんか?」

 

「何じゃと!?」

 

「…ほう?」

 

 

百代を問い詰めようとした鉄心に、薫がそう尋ねた。

鉄心や風間ファミリーが驚く中、百代は笑みを浮かべながら薫を見ている。

 

 

「しかし、これは川神院内での問題じゃ。薫ちゃんには…」

 

「孫であり弟子である彼女への制裁を、師である鉄心殿が下さねばならぬことは分かります。しかし、ここは私に任せていただきたいのです」

 

 

薫は握り締めていた左手を開くと、そこにシンケンマルを出現させた。

驚く風間ファミリーには構わず、薫はその切っ先を百代に向ける。

 

 

「この者には、身内からの仕置きだけでは足りません。一度、心を完全に折ってやらねば」

 

「私を折る…か。いいなぁ。やっとやる気になってくれたのか」

 

 

薫の怒りに満ちた目で睨まれても、百代は笑みを崩さなかった。

薫の決意は本物だ。それを感じ取った鉄心は――

 

 

「日取りはどうする?」

 

「いつでも構いません」

 

「私は今からでもいいが…」

 

「お前には今から説教じゃバカモン」

 

 

反省の色の見えない百代にため息をつきながら、鉄心は宣言した。

 

 

「では明日の正午、川神院にて両者の決闘を執り行うぞい!」

 

 

 

 

次回、姫と武神、ついに相対す。

 

 

 

 




百代、暴走するの巻。

今回登場した挑戦者は何かしらの特撮作品にちなんだゲストキャラにしたかったのですが、結局は完全なオリキャラとなりました。
暴走した百代にフルボッコされる役なので、例え公式でネタ扱いされているキャラでも選ぶのが忍びなかったもので。

次回は薫VS百代。
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