勇者。
一般的には勇気ある者のことをそう呼び、創作物の中では世界の敵と戦う者を呼称することもある。現実では馬鹿な行いを躊躇いなく実行する者、或いはした者を皮肉を込めてそう呼ぶこともあるが。
私は今、自宅前で行き倒れていた男の口から自分が勇者であるということを聞いたわけであるのだが、ここでどういう反応をするのが良いか幾つか選択肢を出してみよう。
①警察に電話
②病院に電話
③刺す
いやいや③はまずいだろ、と思い直す。
ただの頭が可哀想なお方なだけなのかもしれないのに、そこに取り返しのつかない物理ダメージを与えるのは酷というものではないだろうか。
「…なぜ俺はそんな温かな目で見られてるんだ?」
気にしないでください。ちょっと勝手な設定を付け足した上にヤバめな行動を考えただけなので。
しかし、そうなると本当に勇者と証明できるようなものって何かあるのだろうか。これまで触れてきたゲームやアニメから思い返してみる。
「そうだ、勇者専用の呪文とか装備とかあるんじゃ」
よくある勇者の剣だったり。全体完全回復魔法だったり雷属性の呪文とか。装備とは違うが、手の甲に三角形三つが浮かび上がってたりしないだろうか。
…正直異世界の民というのがわかる、こちらでは非現実的な事象を展開してもらえれば良いというのは敢えて言わないでおくことにしよう。
「…呪文…魔法…いや、それなら装備を見せた方が…。……………。」
何やらアルフさんはぶつぶつ呟いたかと思うと、目を瞑り始めた。
「…そうだな、それがいいか」
しばらくしてからまた一言呟くと、アルフさんは立ち上がった。
「アーク」
更に一言。それだけで。
『…あークソ、わざわざ我を呼び出すとは面倒な…』
この場に第三者の声が聞こえ始めた。えっ、何?
キョロキョロしてると、アルフさんがクスッと笑った。
「予想はしてたけど、聞こえてるみたいだ」
『みたいだな』
「いや冷静に話してますけど、うちにアルフさんと僕以外いないはずなんですが」
ちょっと右手の準備運動を始めておくことにした。
「えっと、多分聞こえてるであろう声はコイツだ」
指し示されたのは、いつの間にかアルフさんの手に収められている剣だった。
……………。
「あ、手品師兼腹話術師の方ですか?」
「どうしよう、変な方向に勘違いされ始めたんだけど」
『我を見てではなく、我を出したことと我が話してることに注目されたか』
「次はあれですか、その剣とコントでもする感じです?」
「いや、しないけど!?」
『そもそもそれなら最初から勇者などと言わぬわ』
「すごい気になるんで、一旦その剣と距離取ってもらってから話してもらっていいです?」
同時に別々のこと話してたんだけど。どういう技術を使ってるのかを確かめるべく、アマゾンの奥地…は遠すぎるからこの場で確かめさせてもらおう。
『一体、どういう状況なんだこれは』
「俺に聞かないでくれ…」
アルフさんが凄い疲れた顔をしているが、腹話術ってやっぱりそれだけ気を張るのかなあ。
「ほえー、凄いですねえ」
『うん? まあ聖剣と言われていたこともあるぐらいだからな』
「え、これって本物の剣なんですか?」
『貴様、疑っておるのか!?』
いや疑うも何も、鞘に入ったままなのに確かめようもないんだが。
「持ったりしても大丈夫です?」
「ああ、まあ大丈夫かな。俺以外には抜けないし」
『貴様、気安く我に触れることを許可するでない』
後半は何か呟いていたが、大事なことならわかるように言ってくれるだろうから気にしないでいいだろう、と結論づけ、自称聖剣を手に取ってみる。
「ほーん、割と重いんですねえ」
「そりゃ、剣だからね」
「鞘のせいかと思ってたけど、実際どうなんだろ」
抜身の剣って、創作とかだとありがちだけど実際どんなものかはよく知らないから気にはなる。
「よいしょ、と。へぇ…こんな感じか」
「え?」
『な!?』
アルフさんと剣が同時に声を上げたんだがどうしたんだろう。
あとやっぱり剣の声は剣自体から聞こえて来るから腹話術では無さそうだ。何かしらの仕掛けがあるのだろうか。気になって夜しか眠れない。
あと、先ほど持った時に割と重みを感じた割には、鞘から抜いた後はそこまで重く感じなかった。鞘の方が重かったのだろうか。
「おい待て。え? どういうこと!?」
『それは我が聞きたいんだが!?』
「…ん?」
何故か一人と一本が滅茶苦茶狼狽えてるんだが、どうしたというんだ。
「いやどうしたもこうしたも、それが勇者の剣ってことは話したよな?」
「いや、今初めて聞きましたけど」
豪奢な剣だとは思ったけど、まさかの代物だった。
「ともかく、それは俺の世界では勇者の剣と言われてて…。コイツに「勇者」として認められなければ鞘から抜けないようになってるはずなんだが」
「あ、そうなのアーク?」
『さらっと馴れ馴れしく呼ぶな! だが、そこのポンコツ勇者の言うことは間違いない。我にはそういう呪いがかかってるのもあるが、我自身が力を貸そうと思わなければ余計に出来ないはずだ』
「ほーん」
『無遠慮に振るな!わざわざしないでもよかろう!』
この機会を逃したら、二度と振れないかもしれないじゃないか。
そう思いつつも怒られたので大人しくやめる。
…なんで剣の言うことを素直に聞いてるんだろうとふと思ったが気にしたらダメな気がした。
「とりあえず話を戻して、これはとりあえずアルフさんの世界の剣ということで良いんでしたっけ」
「ああ、勇者の剣ということに一応なってる」
『一応!? 我、一応伝承とかあるんだが!?』
「他には何かあるんですか? とりあえずたかだか剣を出したくらいじゃこの業界では難しいんで…」
とりあえず適当なことを言ってからかっておく。もしかしたらもっと凄いのが見れるかもしれないし。
「え、この世界ってそんなに無から物を出すのが当たり前なのか…?」
『いや、相棒。そんなことはないと思うぞ。現にコイツがさっきからニヤニヤしている』
何か剣の方が騒いでる気がするがとりあえず放置。
(自称)勇者のアルフさんがこの世界で生きていけるかどうかの瀬戸際なんだから仕方ない。
「といっても、もうここで証明できそうなものがないんだよな…」
「ほほう、なるほど…」
『おい貴様、相棒はこの場所を荒らさないためにこう言っているんだ。わかれ。わかってくれ』
「まあ理由はどうあれ、これ以上証明できるものがないと」
「まあ、向こうでは噂とかアークの存在で知られていたからなあ…」
ま、そろそろ良いか。
「ん、とりあえずは他の世界の方ってのは理解しました」
「え?」
「いやだって、あんな剣を急に出されたし、剣から出てる声も機械を通してる感じがないですし」
『おい貴様、さっき剣を出す程度では厳しいだとか何とか言ってたではないか』
「え? ああ、手品師ならそのくらいのことは割とやってるのを見るからなあ」
あの人たち、鳩とか平気で出すけどどうやって出してるんだろうな。あと餌だとか、どこで飼っているのかとか、何羽くらい飼ってるのかとかがいつも気になって仕方ない。
『我らのさっきまでの心労はなんだったんだ…』
「ま、まあ良かったんじゃないかな…?」
すごくアレフさんが疲れた表情をしていたけど、まあ俺のせいだよね。ごめんね、と心の中で謝りながら、剣…アークだっけ?を再び手に取ってみる。
「ほーん、やっぱりマジモンの剣なんだなあ」
『おい貴様、さっきから言っておるが、軽々しく我に触るな』
「あ、はい。すいません…アークユベリアさん」
『どこから出てきたその名前!? アークブリンガーが我の正式な名称だ』
「うわ、カッケェ。本当にそんな名前の剣があるんだ」
『あるから我がここにいるんだがな』
「勇者の剣という感じではない名前だけどな、固有名詞っぽくないし」
『貴様ァ!』
実際ゲームくらいでしか聞いたことないぞ、アークブリンガーって。
かの騎士王の剣だったり竜殺しだったりだったら納得できた、気もしないこともない。
「珍しいな、アークがここまで誰かと話すなんて」
「ほーん、そないなんですか」
「うん、かつてパーティを組んでた時にはほぼ話さなかったからね」
『話す必要がなかったからだ』
「本人はこう言ってるけど、実際はアークと話せるのが俺以外だと一人だけだったからなんだけどね」
「あっ……」
『なんだ、その可哀想なものを見るような目は。おい、その生暖かい視線をやめろ!』
なるほど、可哀想な奴だったんだな……。
「んで、まあとりあえずアルフさんが勇者ってのはわかったわけですが、ここからどうするかってところなんですよねえ」
「まあ、なんとかするしかないな。ここで生活させてもらうにしても資金はいるし」
『そうだな、ところでこやつを叩き斬ればすべて解決すると思わんか?』
「アルフさん、ご存じじゃないかもしれませんが、この世界では銃刀法違反というものがありましてね? 剣とかそういった武器の類は堂々と持ってると罪に問われるわけですよ」
「ふんふん」
「なので、そこの思考も口も悪い自称勇者の剣さんは売り払うのが最善かと」
『おい貴様! 我を体よく追い出そうとするな!』
「ちっ」
『貴様舌打ちしただろう!』
「……仲良いねえ」
「まあ、そうかもしれませんね」
『どこをどう見たらそうなる!?』
とりあえず、同居人が一人と一本増えることになった。