もはや数えることすらしなくなるくらい繰り返してきた戦い。
今回は私の勝ちであった。
目の前から消えゆく彼の姿も見慣れたものだ。
あちら側には女神が付いていて、彼が敗北した際には彼を時空間移動させる。
私に勝たせるために転移させ、復活させてまた送り込んでくるのだ。
では彼が私に勝った場合どうなるのかというと、私が過去に戻ることになる。これはなんてことない、そう運命付けられたものだから。
私と彼は永遠に戦い続ける。そういう運命なのだと思っていた。
あの日までは。
彼に勝ち、いつも通り彼が倒れ伏し、消えていく間際。
いつもと違う感覚が身体を震わせた。
奴か?いや、それはないだろう。彼と私はまだ戦いを演じているのだから。
ならば、この感覚は一体何だというのだろう。
違和感が拭い去れないまま、数日が過ぎた。
彼は、来ない。
いつもなら前よりも力をつけて、私の前に立つというのに。
もしかして、情けないことに配下の誰かにやられたか?
それならそれで、またここにやってくるだろう。
また数日が過ぎた。
彼は、依然として来ない。
自分でもイライラとしているのがわかる。
今日も力を入れすぎて食器を壊してしまった。
また数日。何の知らせも来ないままだ。
そろそろ私の我慢も限界だ。
食事の時に知らず知らずのうちに握りつぶしていたフォークも十を超えた。
こんなことは今までになかった。
私を苛つかせるというのが彼の戦法だというのなら、それならそれでいい。
攻撃に苛立ちを乗せて叩きのめすだけでいい。
だが、もしそうでないというのなら。
一体何があったのかを知っておかないと気が済まない。
……そろそろ様子を見に行ってみようと思う。
どういうことだ。
彼の、私の元へ来るまでの道程を全て探ってみたが、どこにもいない。
生まれ故郷、旅の最中で知り合った連中のところ、他にも多くの場所。
彼が生きているのは、感覚でわかる。だが生存は知れてもその場所が感知できない。
……これまでにないことだ。細かい場所などはわからなくても、大凡の居場所は感知できていたというのに、今はそれができない。
「あいつ」が何か勇者を消した? いや、今のあいつは勇者がいて何とか、というところだ。
それなら彼に何かがあったと考えるべきか。時間からして、最後に彼が転移されてから。
思えばあの時、妙な感覚を覚えたことを思い出す。
……あまりやりたくないが、あの彼の転移の瞬間に何があったのかを見に行く。
倒れ伏し、消えゆく彼。「あいつ」の力による転移。
その最中に一瞬だが、異質な歪みが発生した。そして彼はそれに飲み込まれたのが見えた。
……なるほど、死闘の直後の私では違和感を感知するのが精いっぱいだったわけだ。
それくらいに一瞬の出来事だった。
だが、今の私は完全回復を終えたパーフェクトな私。一瞬とはいえ、解析もできた。
しかし、そんなことがあるのか。
「こことは異なる世界、か」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おはよう、いい朝だね」
「…………」
もっしゃもっしゃと寝ぼけ眼をこすりながらパンを食べる私の前に座るは、自称勇者のアルフさん。
何が楽しいのか知らんが、にっこにこしてらっしゃる。
『おい貴様、挨拶は生活の基本と教わらなかったか?』
「…………」
そしての状態を知ってか知らずか、辛辣な言葉をかけてくるのが剣である。
聖剣を自称していて、アークという名前らしいが、今の俺にはどうでもいいことである。
喋る剣をおもむろに握り、ガスコンロへ。
『おい、聴いているのか貴さ……待て待て待て何をする気だ!?』
「……根性焼き」
『明らかに焼こうとしている場所が、焼いていい場所ではない上に、そもそも焼こうとするな!』
「うるさい黙れ口を塞げ、焼くだけでなく溶かすぞ?」
「躊躇なく本気のトーンで言ってるけど、それ俺の剣だからね?」
「知らん」
『おい主早く助けろ! 我が取り返しのつかないことになりかねん!』
「すまん、それ主に使うの俺だから、柄の部分を炙ろうとするのはやめてくれないかなあ!?」
アルフさんが割と本気のトーンになってきてるので、ここらでやめることにする。
おかげで眠気も若干なくなったし。
「もし眠気がほぼ取れてなかったらどうなっていたというんだ……」
「役目がうちの食材を切るになるくらいだから気にする必要ないな」
「え、俺この先丸腰になる可能性あったの!?」
『そこも確かに大事ではあるが、我への心配をもっとしてくれないか!?』
何やら勇者と剣が言い争うとかいうシュールな光景を横目にしつつ、朝の準備を済ませていく。
今日は休日。つまりは休みである。
予定は私一人なら特になかったのである。一人なら。
「こっちの世界の仕事はなんとなくではあるけど、知識は得ることができたからね。何とかなるだろうさ」
『ふん、本当に不本意ではあるが見知らぬ世界に一人で放り出すのも気が引ける。我も手伝ってやろう』
この二人の仕事先……バイト先を見つけることが今日のミッションである。
アークは何やら偉そうなことを言っているが、虚空にしまわれた状態で付いていくだけになるのだろう。
ところで、バイトをしようと思うなら大体のところで履歴書が必要となる。住所やら口座やらも必要となるのだが、異世界からやってきたこの二人には当然ない。
そのはずだったのだが。
「住所に口座? 俺の持ち物で証明できそうなものなんて……ん?」
『なんだ相棒……そんなもの持っていたか?』
「いや、持ってなかったはずなんだけど……これ、何かわかるかい?袋を漁ってたら出てきたんだけど」
「いや、そちらの持ち物なのに私がわかるはず……え?これ健康保険証にこっちは銀行のカード?しかもこっちのと全く同じやつだし……ええ?」
『どうした?我にわかるように説明しろ』
「いや、記載されてる住所が私の家になってるし、銀行口座も私と同じ会社のだし……使えるのか?」
「じゃあ仕事を始めるのに必要なものを買いにいくついでに、それらが本当に使えるのか確かめに行くのがいいかもしれないね」
「……仕方ないな」
そんなやり取りが昨晩行われていたのである。
いや、向こう出身の人の持ち物からこっちの世界の保険証や銀行のカードが出てくるなんておかしいだろ? ご丁寧にきちんと名前まで印字されてるし。
まあ、こちらで用意するとかよりは断然都合がいいので、文句はない。
おかげでスムーズに異世界人がこちらで生活できるようになってるし。
「さて、私もそろそろ出かけなきゃだ……あ?」
服を着替えたところで、地響きとともに何かが爆発したような音が聞こえてきた。
同時にガラスが突き破られたような感覚が身体を突き抜ける。
「……今のは」
アルフさんも何かを感じたようで、表情が険しい。
ということは、俺の気のせいではなかったということか。
「アルフさんは元の予定通りに動いてください」
「……ということは、気づいたのかい?」
「ええ、私が様子を見てくるんで」
「場所はわかるのかい?」
「まあ、なんとなく感じます。土地勘は俺の方がありますし」
「それはそうだけど……」
「アルフさんは今日の面接の方を心配したほうがいいんじゃないですか? 面と向かっていきなり、自分が勇者とか言い始めないか心配なんですが」
「さすがにしないからね!?」
「気に入らないからってアークを突き付けたりも」
「しないよ!?」
「いや、アークが勝手にしないかが心配で」
『貴様は我を本当になんだと思っている!?』
いや、気の短い摩訶不思議なしゃべる剣だなあとしか思ってないが。
まあそれはさておき、何があったかを見に行くだけだ。
ここまでよくあるお話のようなことが起きていたりするが、そんな同じようにお話にあるような危険な目に遭うなんてことは起きないだろう。
「まあ大丈夫でしょう。そんな危険なことが起きるとは思わないですし」
「だが……」
『こいつがいいと言っているんだからいいのではないか? 我たちは止めた。これで何かあってもこいつの責任だ』
うわ、剣が冷たい。その通りではあるけど。
さて、一応これでやることも決まったし、さっそく見に行ってみますか。
「そういえば元々出かける予定だったみたいだけど、どこに行くつもりだったんだい?」
「コンビニに菓子を買いに」
こないだ買った分は自分用しか想定していなかったからすぐになくなってしまったんだよな、勇者が割と遠慮なく食べてたから。
いや遠慮せずに食べてくれといったのは俺だから、文句を言うのは違うんだけど。
アルフさんと一緒に家を出る。アルフさんは面接に、俺は彼とは真逆の方向へ歩き出した。
周りを見ると、急ぎ足だったり駆け足の人がある地点に向かっているのがわかる。
「裏山、か」
近くの小学校の裏にある山。普段ならほぼ人が立ち寄ることがないその場所に、人が集まっていくのが見えた。これはもうさっきの轟音があそこからというので確定でいいだろう。
……俺もあそこからと最初から思っていたから本当に都合がよかった。
周りと同じくらいの速度の駆け足で整備された道を走る。人のざわめきと気配が強くなる。
……ああ、俺の好きな話の展開だと、こういうのって超常の何かしらが落ちてきててパニックになるか、主人公以外にはただの穴にしか見えてないけど、主人公にはその原因が見えてる、というどちらかがあるんだよな。
「現実はクソ」というありがたい
別に誰かに話すようなことでもないのだから思考くらいは好きにさせてもらっても良いだろう。別に誰に迷惑をかけてるわけでもないのだから。
そんなことを考えながら駆け足をしていると、道から外れたところに人だかりが見えた。ふもとからは少し距離のあるところだったからか、思ったよりは人が少ない。
近づくにつれ、どうやら穴があるだけで落ちてきたものが見当たらないとか、宇宙人が降ってきたのでは、いやいや隕石が落ちた衝撃で砕け散ったのではと、様々な憶測が飛び交うのが聞こえてきた。
個人的には宇宙人が来たというのに期待したい。
そう思いつつ、現場を一目見ようと人をかき分け、穴を覗きこむ。
「…………!?」
深さはそれほどなく、よくゲームとかである隕石を想像するならばだいぶ規模の小さめのものになる大きさだった。小石ほどではないにせよ、大騒ぎするような大きさでもない。
問題はそこではなかった。
「……ぐぅ……」
その中心でぐったりとしている明らかに人ではない何かがいるのに、周りが何もないかのように騒ぎ立てているという「異常」が起きていたのだから。