ガーデン至近の廃墟地区で、定期の巡回駆除任務に就いていたときのことです。移動用のキャバリア――単なるオフロード対応の四輪自動車ですが、士気の向上もかねてこう呼んでいました――の助手席、前後二台のうちの二台目に私は乗っていました。前を行くキャバリアの脇で強烈に何かが光ってその車体が持ち上がったと思った次の瞬間、私たちの車も吹き飛ばされていました。爆発です。
その瞬間考えたのは「HUGEの狙撃を受けたの!?」ということでした。HUGEは遠距離から攻撃してくる手段として、マギレーザー、いわゆる熱線を備えている個体がいますが、そのときはそういった個体の強襲を受けたと思ったんです。急いで逆さまになった車から脱出しなければなりません。周囲の監視を怠っていたはずもありませんが、奇襲を受けたのは事実でした。
リリィは強固な防御結界を持っています。訓練を積んだ目で気づくことができないような遠くからの攻撃であれば、距離による減衰で威力は相当に下がっており、直撃しても少しは耐えられるはずでした。
実際に、爆発の瞬間、私は防御結界に何かの破片が衝突するのを感じましたが、五体満足で脱出することができました。同じキャバリアに乗っていた仲間も続々と這い出してきて、爆発によって巻き上げられた砂埃でほとんど視界がきかないなか、声を掛け合います。
「前はどうなった!? 見えた人はいる!?」
「吹き飛ばされるのは見ました! 多分ウチらのキャバリアの向いてる先に転がってるハズです!」
「焦げ臭いよ! 燃えてるのかも!」
こうして攻撃を受けた以上、HUGEの群れがやってくることは確定的でした。一刻も早くあちらのメンバーと合流しなくてはいけません。そうして前の車両に駆け寄った私たちが見たのは、穴だらけの車体が激しく炎上している光景でした。
何もかもがあっという間でした。キャバリアの燃料に引火したのか、車体全体から
異変に引きつけられてやってくるHUGEの群れから辛くも生き延び、ガーデンに戻ったのは夜明けも間近の頃でした。回収されたキャバリアの調査報告書には、キャバリアは「四人の乗員ごと完全に焼き尽くされていた」と書かれました。たったそれだけ。調査も何もありません。回収されたのは、元がなんだったかもわからない、真っ黒で小さな四つの塊。
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ガーデンの国定守備範囲には、ほとんどの場合HUGEの出没し易い廃墟地区が含まれています。陥落指定地域か、そこに隣接した地域の一部に対して、意図的にエリアディフェンスを解くことでケイブの出現をそこに集中させるためです。廃墟地区ですから、当然火器もあらゆる物が使用可能でしたし、防衛軍の協力が得られるようなときは遠距離からの砲撃で全てを片付けることもありました。
HUGEネストからのケイブによる侵攻は、エリアディフェンスによって妨害することができます。かといって、全ての土地をエリアディフェンスで覆ってしまえば、ケイブを通過してネスト外に排出されるはずのHUGEが際限なくたまり続けてしまいます。一定以上のHUGEを蓄えたネストは蜂の
ガーデンから近く、増援も撤退も思いのままである廃墟地区は、新人リリィの育成場として最適です。長年にわたって間引きのための環境を整えてきたそこは、探知機器と監視機器が水も漏らさぬ隙間で配置され、あらゆる情報が瞬時に得られる場所に仕上がっていました。命と命のやりとりを除けば、シミュレーターでの再現環境の方がよほど厳しいと思った記憶があります。
私たちが現役だった頃は、新たに結成されたレギオンには、まず廃墟地区の定期巡回任務が割り当てられることになっていました。シミュレーター試験に合格したレギオンが、ある程度の安全を担保された戦場に送り出されて実戦経験を積むのです。いわば外征へ出る前の仮免許といったところでしょうか。
しかし、意図的にHUGEが出現しやすい環境を作成し、狩り場として運用しているからといって、実戦は実戦です。外征へ出るための登竜門として、ギガント級相当のHUGE討伐が課題となっているように、強力なHUGEが出現することもままありました。年に数人は命を散らしましたし、それに倍する人数が再起不能になってガーデンを去ります。
私たちの時代は、その程度の損害で済んでいた分、後の世代よりも恵まれていました。長年の間に、限定された戦場に適応したのは人類側だけではありませんでした。HUGEもまた、生存競争を勝ち抜くべく変化していました。私たちがそのことに気づかなかった代償を払わされたのは顔も知らない後輩たちでした。
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私たちが一番毛嫌いしていたHUGEが、IED (Independent Explosive Dwarf)タイプ。直訳すれば「独立して爆発する小人」になるこいつらが、最初に報告されたのは北米の……どこだったか。とにかく国際的な報告が初めてあったのは北米からだった。
でも、私たちが初めてそいつに遭遇したのは、報告が掲載される二ヶ月も前だった。初めて見る種類のHUGEは戦訓共有のために報告義務があるのだけど、交戦した私たちは人事不省の入院中でそれどころではなかったから。
自爆するタイプのHUGEは以前から存在が確認されていた。でも、それらは大型種に寄生する超小型種といった物で、大型種の遠距離攻撃手段が増えた程度の認識しかなかった。テニスボール大のHUGEが、こちらを追尾してきて爆発するのは確かに厄介だけれど、その大きさ故に攻撃力も防御力も高くない。つまり、防御結界の内側に入り込まれる前に撃ち落とすか叩き切るかしてしまえばよかった。そのくらいの爆発であれば防御結界で楽に防げるから。
IEDタイプの嫌らしいのは、スモール級の大きさを持ちながら、完全に待ち伏せに特化しているところ。皮膚装甲板が隠密に長けていて、マギの放射も背景に紛れるほどしかない。それまでの自爆タイプと違って、大型種の体の一部ではなく、独立した個体だから、風景に違和感を抱くのも簡単じゃない。
それでいて、生き物が近づけば大爆発を起こして周囲を殺傷する。テニスボール大の極小HUGEによる自爆は防げても、スモール級クラスになればもう無理だ。移動力が低いから、移動中を叩くことができればまだなんとかなるのだけど、あいつらの厄介さったらない。
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なんの酔狂でHUGEに小さな者 (Dwarf)なんて名前が付いているのか教えてあげよう。あれは祈りなんだよ。大型種の体躯で自爆なんてされたら、その威力は想像を絶するものになるだろう。だから名前をつけて封じ込める。自爆をするのは小さな個体だけだ、とね。
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いつもの定期巡回任務。気を抜いていい任務ではないけれど、どうしたって外征よりは緊張感も少なくなります。でもひとたび事態が起これば、いつもより少しだけ緩んでいたかもしれない分、反動は大きいものでした。
足下から突き上げるような大きな衝撃、同時に視界を埋め尽くすまばゆい光。そんな中でもはっきりと、助手席に座っていた彼女へと、吸い込まれるように飛んでいく小さな鉄片が見えたような気がしました。
あの子のきれいな黒髪はみんなの憧れの的でした。つやつやと輝く、烏の濡れ羽色の、真っ直ぐ伸びて腰まである長い黒髪です。彼女が動くたびにふわりと動く髪からは、まるでさらさらと音が聞こえるような、そんな素敵な髪でした。
当人も自慢に思っていて、髪の手入れはとてもしっかりとやっているようでした。あの髪に憧れて、髪を伸ばし始めたリリィは私だけではありません。手入れのコツなども聞いて、同じことを自分でもやってみても、彼女のような髪にはなれませんでした。
外征に出かけた先では、お風呂などという文明からは何日も切り離されることも少なくありません。驚いたのは、彼女はそんなときでも髪の手入れを欠かすことがないんです。前日の戦闘で、私たちと一緒に砂埃や泥、汗、HUGEの気持ちの悪い体液などにまみれていたはずなのに、朝になると、不思議といつものきれいな髪に戻っていました。私たちにも水の不要なシャンプーなどが支給されていたのですが、水が不要とは言っても拭き取るための清潔なタオルは必要で、使い勝手はあまり良くないものでした。戦場で清潔なタオルなどがあれば、洗髪よりも止血など、優先する使い道がありますから。
一度、不思議に思って彼女に聞いてみたことがあります。
「どうやってあの忌々しい汚れを何とかしているの?」
「それはね、防御結界を応用するの。防御結界は私たちの体を起点に発現するでしょう? 髪の毛の周りにごく薄く展開して、少しずつ領域を押し広げていくのよ。そうするとあら不思議! 髪の毛の表面に付いていた汚れが全部防御結界にこそぎ取られてきれいになるの!」
これはいいことを聞いたぞ、と私は早速髪の毛を防御結界で覆う練習を始めました。普段は全身を覆うように規模で球状に展開している防御結界を髪の毛に沿わせて発現させるなんて、すごい精度がいる技術だわ。これができるようになればマギコントロールも上達するでしょうし、一石二鳥だね、なんて考えながら。
ネタばらしをされたのは一週間後でした。同じレギオンに所属していたお姉さまが午後も遅い時間、練習に励んでいた私に近寄ってきて言ったんです。
「君、騙されてるよ」
髪の毛から防御結界を展開する技術は全くのウソでした。なんと、戦場でのお手入れ方法を聞かれたらこう言って煙に巻き、いつ騙されたと気付くかで賭けをするのだとか。私の時は、お姉さまと黒髪の彼女が一週間経っても気付かないことに賭け、それが一番長い期間だったのでネタばらしの次第になったようで。ちなみに、普通は一日二日で気付くらしいです。優秀な子ならその場で気付くとか。
理屈を言われればそうなのですが、髪の毛は死んだ細胞の集まりですから、そもそもマギを通すことはできません。マギ概論の初歩で習うような基本的なことを忘れていた私は、お姉さまから補習という名前の豪華フルコースをご馳走されることになりました。かわいい妹を賭けの対象にするなんてそれでも姉ですか、という抗議は受け入れられませんでした。
ウソを教えた当人には、お詫びとしてその髪を撫でさせてもらいました。普段だったら絶対に言い出せない、けれど一度やってみたかったことです。
素晴らしい見た目の彼女の髪は、さわり心地も格別のものでした。最上級の
「はい。おしまい」
だらしない笑顔を晒しながら無心で髪を撫で続けていた私を我に返らせたのは、彼女の優しい声でした。時計を見ると三十分ほど経っているようで、びっくりしました。体感では五分と経っていないはずだったのですから。
「もしかして、実はレアスキルが魅了だったりする?」
思わずそんな冗談が出るくらい、素晴らしい時間でした。見た目だけでなく手触りまで最高だなんて。
「よく言われるけれど、体質と努力の
では戦場でのお手入れはどうしているのでしょう? 支給品のドライシャンプーなんて、とても使い物にならないのに。
「実は、父が開発した商品を実地試験名目で持ち込んでいるの。まだ発売前のものだから、あげられないわ。ごめんなさいね」
そう言って彼女が見せてくれたのは、よくありそうなシャンプーシートでした。なんでも、性能は折り紙付きですが、色々と技術が使われているせいで、なかなか世に出せる価格にならないのだとか。素晴らしい性能を知っていても、使う気の起きない値段を聞かされた私は納得しました。
そんな日常がずっと続くと思っていました。リリィの寿命なんて他人事。自分たちだけは特別なんだと。
その日は私たちが定期巡回駆除任務へ出る番でした。忘れもしない、あの日。風もなく、朝から
廃墟地区には、IEDタイプのHUGEが擬態するための瓦礫が大量にあります。長年のあいだ、手入れもされずに放っておかれた建造物は風化し、今日はこちら、明日はあちら、というように崩壊しては瓦礫を増やしていました。
もちろん、廃墟地区を丸ごと片付け、更地にしてHUGEの隠れ潜む隙をなくそうという意見がなかったわけではありません。しかしながら、町、まるまる一つ分の瓦礫です。撤去するだけでも、国家に予算を組んでもらわなくては行けないほどの量があることは明白でした。一体全体、そのようなお金がどこから湧いて出てくるのか。莫大な金額がかかるであろう廃墟地区の整備を行うくらいなら、後方のインフラを充実させるべきだという声は、ガーデン内からすら挙がっていました。
路肩の瓦礫がHUGEかもしれない。今にも爆発して、それを合図に群れで襲いかかってくるかもしれない。おや、あそこの瓦礫はこの前の巡回ではなかったはず。念のために撃ち抜いておこう。ただの瓦礫だった。今度はHUGEだった。そんなことを繰り返しながら進みます。
最初にやられたのは、車列の先頭を走っていた遠隔操作の無人車両でした。HUGEの伏撃は単純に振動や音、視覚的要素などで行われているらしく、隊列の先頭が被害に遭うことがほとんどです。そのため、先頭を捨て駒とすることで被害を局限する方法がとられていました。
でも、その暑い日は運が悪かったのかもしれません。先頭車両を襲った爆発の直後、残骸を避けようとハンドルを切ったその先でまた、爆発が起きました。HUGEの考えることなんてわかりません。単純に近距離で二体が自爆することで被害を大きくしようと考えたのか、陣取った位置が偶然近かったのか。
私たちの乗っていた車両は三メートルも飛び上がりました。空中を少し泳いだ後、地面に叩き付けられて、エンジン周りから火が噴き出します。
脳震盪でしょうか、ふわふわと揺れる視界のなかで、私のすぐ前に座っていたリリィから血が噴き出しています。まるで現実味がなく、水の中で揺蕩っているようです。横を見ると、お姉さまが見たこともないような焦った顔で何か叫んでいましたが、何も聞こえません。かろうじて、早く逃げろと叫んでいることは想像できたので、助手席から負傷者を引きずり出すと、急いでその場を離れました。燃えさかる車両はやけどするほど熱いはずですが、私にはそのとき、何故か日差しの方が熱く感じました。
少し離れたところに横たえた彼女の体は全身血塗れでした。恐らく高速の破片がいくつも体を貫いたのでしょう。彼女を担いでいた背中は、汗とは違うべっとりとした感触がまだ残っています。
「どうして頭が痛いの?」
体のそこかしこに空いた穴から大量に出血しながらも、彼女は意識を取り戻したようでした。
「頭が割れるようにいたいの」
これがガーデンの一室での会話だったら私はこう答えていたでしょう。「そりゃあ痛いでしょ。頭が割れてるからね」大怪我をして今にも死にかけているリリィに対してはそんな冗談は言えません。
「頭を強く打ったの! 安静にしないと」
気休めの言葉しか出てこない自分の口を恨みつつ、なんとか止血を試みようと必死でした。周囲からは既に射撃音が聞こえ始めています。爆発に引き寄せられて集まってきたHUGEたちが、後続の車両に乗っていたメンバーと交戦し始めているようでした。
「どうして私の手に血が付いているの?」
おもむろに手を目の前にかざした彼女が言いました。
「車から引きずり出すときに引っかけたの。喋らないで」
傷という傷に止血剤を詰め込む作業をしながら彼女を諫めました。でも、そんな私を少し眺めてから、彼女は全てを悟ったような目をして、私に向かって喋りかけました。
「私の髪を、一把でいいからずっと持っていて。そうすればあなたと一緒にいられるから。鋏はどこかにないかしら……CHARMでも、いいわ……」
私はもう何も言えませんでした。
彼女の自慢だった豊かな黒髪の半分は、頭皮ごとIEDの破片がどこかへ持っていってしまっていました。残る半分も炎に炙られ、まるでパンチパーマのようなありさまでした。つやつやと輝くまっすぐな黒髪は、痕跡すらありませんでした。