彼女たちの対ヒュージ戦争   作:Hakaristi

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 彼女たちは帰ってきた。誰かの娘であり、姉であり、妹であり、恋人だった。彼女たちを迎える家族は喜んだ。盛大に祝って、騒いで、喜びとともに受け入れた。
 違和感があっても、最初のうちは彼女たちが生きて帰ってきた喜びの方が大きかった。違和感が大きくなるのに比例して、喜びは薄れていった。彼女たちはいつまでたってもリリィのままだった。
 現役時代と同じように、指示を出すときは命令口調だった。その指示も、根拠や理由を提示することはほとんどなかった。混乱する戦場ではそのようなことにかまける時間はなかったし、指示から逆算できない者は生き延びることができなかったからだ。職場でも家庭でも軋轢が絶えなかった。
 彼女たちは、明日生きているか分からないのに、なぜ今、全力を出さないのか理解できなかった。昨日まで下品な冗談を叩き合っていた戦友が今日はバラバラの肉片になっていることなど日常茶飯事のはずだった。自分の仕事が終わらないうちに死んでしまったらどうするのか。物事を完璧にこなさない人間に苦言を呈しては煙たがられた。毎日家中をピカピカに磨いて、家族にもそれを要求した。
 職を転々とし、最後には家族にまで疎まれた。「あなたは誰なの。あの子はいったいどこへいってしまったの」

 十代の大部分を戦場で過ごした彼女たちにとって、一般社会こそが異常であり、戦場こそが日常だった。



故郷の空

 私がガーデンに入学したのは3歳の頃。私は幼稚舎からの、いわゆる「生え抜き」だったわ。もう顔も思い出せない家族と、最後にきちんと会話したのは入学式の日。「これからあなたはここで暮らすのよ」母が私の頭を撫でながらそう言っていた。私は母の腕の中で温もりを感じながら(お母さんは何を言っているんだろう)と不思議に思って聞いたわ「お母さんも一緒じゃないの?」母は何か言いかけて……、少しだけ寂しそうな表情を浮かべて……。顔も思い出せないのに、寂しそうな表情だったなんて記憶だけは覚えている。不思議ね。

 

 入学してからしばらくは毎日泣きわめいてばかりいたわ。たった三歳の幼児が親から引き離されて集団生活だもの。周りもみんな同じだったわ。でも一週間、二週間と経つうちに子供でも理解するの。もうここでやっていくしかないって。

 諦めてしまえば、ガーデンというのはそれなりに住みやすい環境だったわ。三食きちんと栄養を考えられた物が出てくるし、規則正しい生活もできる。文字通り「一緒に住んでいる」から、仲の良い友達と遅くまで遊ぶこともできる。小さかった頃は、時間が来たからまた明日、なんてことはお話の中にしかない物だと思っていたわ。遊ぶ時間は決められていても、そのあとご飯を食べたり、お風呂へ入ったりするのは一緒だったし、もっと言えば寝る部屋も一緒だったから、「また明日」なんて言葉は、寝床に潜ってからでさえほとんど使ったことがなかったの。

 

 それでも最初のうちは実家が恋しくなって枕を濡らしたりもしたけれど、家族と過ごした時間が人生に占める割合が低くなるにつれてどうでもよくなっていったわ。たった三年しか生きていない幼児のまともな記憶なんて精々一年分くらいしかないでしょう? 人生で一番多く接触した大人はあっという間にガーデンの教導官になったし、故郷にいたはずの友達の名前すら思い出さなくなったわ。

 

 家族だって同じよ。当時は交通網が寸断されていてまともに行き来ができるような状況ではなかったから、親がはるばる会いに来ることもできない。入学のためには輸送機を飛ばしてくれたガーデンも、土日のたびに全校生徒一人一人のために飛ばすなんてことはさすがに無理だわ。長い休みを作っても帰省出来るわけでもなし、かと言って子供だけで放っておく訳にもいかない、教育のための時間だって足りていないのだから、というごもっともな理由で初等部卒業までは長期休暇もなかったから、家族に会うなんて夢のまた夢だった。

 たまに親から手紙が届くのだけれど、幼児が文章に込められた気持ちなんて汲み取れるはずもなくて、やっと平仮名が書けるようになった程度では返事だって覚束なかった。電話だって何を喋っていいのか分からなかったから、こちらから掛けた記憶はほとんどないわ。いつも受けるばかり。

 

 そんな塩梅だったから、家族が全員亡くなった、と聞かされた時も、特に何の感慨も湧かなかったわ。もうすぐ初等部を卒業する時期だったけど、たまに会うだけの他人の訃報を聞いたのとたいして変わらない気持ちだった。周囲は気を遣って、お悔やみの言葉なんか言ってくれるのだけど、私は「そんなに大騒ぎするようなことなの?」なんて思っていて。ソーシャルワーカーさんと相談して、学費は父の生命保険で賄うことが出来る目処が立っていて、このままリリィを続けていれば、少なくとも成人までは何の心配もいらなそうだったから。

 

 結局のところ、何年かに一度しか会わなかった父も母も兄妹も、私の中では"家族”というラベルで分類されていた人間だったというだけのことよ。

 何年かに一度、なけなしの貯金を叩いて工面した旅費で会いに来た家族と過ごすひと晩はどこかぎこちなかった。もちろん、私のために精一杯のことをしてくれていて、それに対して感謝の気持ちはあって、頑張って「理想の家族」として過ごそうとはしていたわ。私は「家族思いの模範的なリリィの卵」という役をこなしていたし、あちらの側もそれぞれ理想の父、理想の母、理想の兄、理想の妹の役をこなしているみたいだった。

 でもそれはやっぱり仮初めの物で、あらゆるやりとりが磨りガラス越しに行われているような、奇妙な感覚を拭うことは最後まで出来なかったわ。血のつながりがあるとは言え、何年も離ればなれになっていた人間同士が再会してすぐさま深い関係を築けるわけもないの。距離感が分からない。適切な話題が分からない。詳しい人となりも分からない。たったひと晩だけだから、と自分を押し殺して、当たり障りのない会話をする。

 

 幼い頃から家族と離れて暮らしていた私にとって、”家族”はもう、本音をぶつけ合って話をする仲ではなかった。赤の他人同然だったの。

 

 

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 色々あったけれど、五体満足で無事に卒業して、6年ぶりに田舎へ帰った。親がお祝いに宴会をしようって言うから楽しみにしていたんだ。当時はまだ食糧事情も厳しい時代で、リリィだってそんなにいい物を食べられていたわけじゃないから楽しみにしていた。

 並んでいたメニューはカレー、ハンバーグ、フライドポテト、ピザ、唐揚げなんか。もちろんどれもおいしかった。よくこのご時世にこれだけのものを集められたと感心したくらい。でも少し子供っぽいメニューだな、と思って聞いたんだ。おいしいし、量もあってすごく満足しているけど、このメニューに決めた理由はなに? 両親は困ったように顔を見合わせてから言った。

 

「おまえの好物が分からなかったんだよ。でも、昔はこれが好きだっただろう?」

 

 離れていた時間の長さを実感したのはあれが最初だった。

 

 

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 リリィにとって、家族とはガーデンで一緒に暮らす同級生のことであり、故郷とはガーデンのことです。全国から優秀なリリィをかき集めているはずの強豪ガーデンにどうして地域純血主義者という思想が芽生えるか分かりますか? 割合で言えばその強豪ガーデンの存在している地域出身のリリィは圧倒的少数者なのに?

 

 答えはリリィ自身がガーデンを故郷と思っているからです。いわゆる「生え抜き」、特に初等課程以前からガーデンに所属しているリリィはその傾向が強くなります。家族と十分な関係を築き上げる前に引き離され、全寮制のガーデンに閉じ込められるのですから。

 あなたの生まれが関西だったとしましょう。九州でも、沖縄でもいいです。でも生まれてすぐに北海道へ引っ越して、そのまま育って大人になった。このときあなたはどこを故郷とするか。生まれた地、というだけで決めるのか、長年親しんだ家族も友人もいる場所を故郷と思うのか。自明でしょう。

 

 

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リリィは大きく二つに分けられる。一つはHUGEに故郷や家族を焼かれたヤツ。もう一つはそもそも焼かれるような大切な物を持っていなかったヤツ。

 

 

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 幼稚舎から高等部卒業までの15年間。およそ記憶にある全ての人生はリリィとして生きてきました。泣いたり、笑ったり、失敗したり、何かを成したり。そういったこと全てが「リリィ」という単語で象徴されていました。

 

 でも引退してからは違います。リリィでなくなった私は、何をよりどころとして生きていくのか分からなくなりました。私からリリィを取り上げたら何が残るのでしょうか? ガーデンでしか通用しない常識や資格、一般社会ではほとんど活用することもないマギに関する知識。友人はリリィしかいませんでしたし、外の世界の常識や、世間一般のことなんか何も分からない。リリィという道を選んだ以上、統計に従えば卒業する前に死んでいる確率の方が圧倒的に高いわけで、将来の夢なんて真面目に考えたこともありませんでした。

 生きていくための就職活動で聞かれました。特技は? HUGEを殺すことです。では、趣味は? HUGEを殺すことです。アルバイトで何とか食いつなぐしかありませんでした。

 

 リリィでなくなった私は何者でもありませんでした。からっぽでつまらない人間。私の15年間は一体何だったんでしょうか?

 

 

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 これまで苦難を乗り越えてきたのだから、これからの人生は君たちの好きなように生きることができるはずだ。たった数人になってしまった同期と一緒に、卒業式で聞いた言葉です。確かに道理から言えばそうなのでしょう。でも、どうしてもそんな生活には馴染めませんでした。

 

 物騒な兵器を持ち歩かなくていい。戦闘哨戒も、夜間の当直もない。大量の報告書や申請書に追われることもない。過酷な訓練で生理が止まることもない。休日には一日中ベッドの上で寝転がりながらスナック菓子をつまんだりしてもいい。毎日ふかふかの寝床で寝ることもできるし、蛇口を捻れば温かいお湯が好きなだけ使える。

 

 現役の間にはあんなに恋しかった「普通の」生活も、手に入れてしまえば途端に色褪せた物になりました。

 朝起きて、職場へ行って、毎日毎日代わり映えのしない仕事を八時間。帰ってくれば家事をして、就寝時間までの幾ばくかの時間をくだらない娯楽に当てて寝る。刺激のない、つまらない生活です。

 

 人間関係も同じでした。仕事や生活でダラダラと中身のない時間を共有したとしても、築かれる関係はそれに比例して締まりのない、つまらないものでしかありませんでした。お互いに命を預け合い、一緒に苦難を乗り越えた。そんな経験もないのに、親しい顔をして近付いてくる"家族"という関係が心底苦手でした。あなたたちに何が分かるの、と怒鳴ってしまったことも一度や二度ではありません。 

 

 

 リリィは文字通り、仲間に命を預けるんです。例えばわたしは前衛を担当することがほとんどでした。接敵中の前衛の仕事は、乱暴に言ってしまえば敵集団に混乱を引き起すことです。地を埋め尽くすほどにも感じるHUGEの群れの直中に飛び込み、とにかく目の前の敵を打ち倒します。周囲のHUGEは当然わたしを殺すために襲いかかってきます。目の前の敵に斬りかかっているときに背後から襲われたら? 後衛の仲間が守ってくれます。

 左からはスモール級が突進してくる。右のミドル級が鋭い触腕を伸ばしてくる。正面のラージ級が熱線を撃ちかけてくる。どうするか。

 ラージ級の照準を狂わせるための射撃が飛ぶ。ミドル級を斬りつけながら倒れ込んで熱線を躱す。スモール級は重ねて飛んできた弾丸に貫かれて絶命する。起き上がりざまにCHARMを下から上に振り抜いて、ミドル級を真っ二つにする。

 四方八方を敵に囲まれている状況でも、背後を気にしている余裕はありません。振り返って後ろを気にしている瞬間に熱線が飛んでくるかもしれないから。信じて任せるんです。背中を守ってくれる後衛を。彼女たちも私を信頼している。

 

 射撃に全集中している後衛は、常に前衛の周囲の状況を把握しなければいけません。前衛の死角になる位置にHUGEが居る。排除。CHARMを振りかぶるタイミングで物陰から新たな敵。前衛に近付かれる前に蜂の巣にする。ラージ級にとどめを刺そうとしている前衛を狙うHUGEが多数。脅威が大きそうな順に狙撃。前衛が囲まれた。ミドル級は対処できそうなので無視する。ラージ級の足場を崩して熱線を逸らす。体当たりを目論むスモール級を排除する。

 めまぐるしく移り変わる戦場で、後衛のリリィは状況を俯瞰しながら前衛の状況を把握して支援し続けます。当然ながら、遠方を注視すれば、それだけ自分の近くへの注意がおろそかになります。でも、前衛が敵陣で暴れ続けていれば、中衛が討ち漏らしを排除してくれていれば、HUGEはそちらに注力して後衛のところまではやってこない。やってこないからこそ、普段の訓練でも後衛の技能を伸ばすことに集中することができる。

 

 そして、戦場で最も忙しいのは中衛です。前衛の仕事が敵にダメージを与えること、後衛の仕事が前衛を支援することならば、中衛の仕事はそれら全てに加えて全体指揮が加わります。

 いかに優秀な前衛であったとしても、一匹のHUGEも背後へ通さないのは不可能です。いくらHUGEの注意を引きつけても、数が多くなれば、必ず後方へ突破を図る個体が出てきます。そのような個体が後衛を脅かせばたちまち前衛への支援が途切れ、全滅まで一直線でしょう。そうならないために、前衛が討ち漏らした敵を排除するのが中衛の役目の一つです。後衛ほどではないにしろ前衛の支援をしたり、ピンポイントで前に出て、前衛の負担を減らしたり。でも、中衛の役目の第一は、全体の指揮です。

 特に複数の前衛に対して複数の後衛が支援に当たっているときに顕著ですが、個々の後衛がどの前衛に対して支援するのかは難しい問題です。後方から観測しているとは言っても、視野の中心は自ずと今支援している前衛に固定されるでしょう。前衛を「どのように」支援するかは後衛自身の判断で行いますが、「どの」前衛を支援するかは、中衛の司令塔が行います。前衛が突出しすぎていると思えば下がるような指示をだしたり、敵陣突破のタイミング、それに合わせた火力の集中、時には特定のHUGEを排除しろというようなマイクロマネジメントなど、中衛のタスクは多岐にわたります。

 だから、その全てを十全にこなせる、という仲間からの信頼がなければ誰も指示になど従ってはくれません。基本的な行動ならばそれなりのリリィであれば誰でもこなせるでしょう。でも、指揮を執るとなれば話は別です。この人の指揮ならば従って行動して仮に命を散らしたとしても後悔はしない。中衛、特に司令塔には、仲間にそう感じせるような度量が求められました。

 

 前衛が全力で戦うためには後衛の支援が必要不可欠です。後衛が十全の支援攻撃を行うためには前衛の活躍がいる、中衛の的確な指示がいる。中衛が指揮をするためには個々の戦闘にだけかまけていることはできず、前衛後衛に敵の数を減らしてもらう必要がある。お互いがお互いの役割を完全にこなしている、自分がどう行動するかを相手が理解してくれているから、自分の役割だけに意識を集中させることができる。

 

 敗色の濃い難敵相手に、知恵を絞り、持てる技術の全てを駆使し、勇気を振り絞って、それでもなお絶体絶命の窮地を、仲間とともに生き抜いた、あの瞬間の気持ちは言葉にできません。汗、泥、血、涙、色々な液体でドロドロに汚れた仲間の顔が輝いて見えました。きっと彼女たちから見たわたしも同じだったでしょう。わたしたちは生きている。それを共有する戦友がいる。一日中戦い続けて、もう一歩だって動けないと思っていた体で、自然と互いに抱き合って叫んでいました。「いきてる!」

 

 

 何よりも濃い、幸せな時間でした。

 

 

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