初めて陥落指定地域の補給に従事したとき。ガンシップから降りたって衝撃だったのは、広場の片隅に死体が転がっていたこと。埋葬もされずにただ放置されているそれは、いつもの戦いとは違うことを否応なく実感させたわ。広場を確保するための戦闘が行われているというのにその音も聞こえないくらいに。
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普段の陥落指定地域はとても静かなんです。風の音、木の葉の擦れ合う音、遠くのギガント級の足音……たったそれだけ。
大きな音を立てればたちまちヒュージが集まってきてしまうから。
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あたしは陥落指定地域の出身さ。ガーデンに保護されて外の世界へ出たときは驚いたもんだ。なんせ誰かを出し抜かなくてもうまい飯と温かい寝床にありつけるんだ。立派な教育も受けたけど、言葉遣いだけはついぞ直らなかったねぇ。
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国はプロパガンダの一環で、陥落指定地域にも居残って奪還のために粘っている人間がいると言っていたけれど、それは真実のごく一部でしかありません。陥落指定地域に住んでいた人間の実態は、大半が食い詰めものか表社会で法を犯していられなくなった犯罪者ばかり。国の警察権の及ばない無法地帯。文明というものが存在しない世界ではヒュージよりもずっと、人間の方が大きな脅威でした。
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ある種のブラックマーケットさ。陥落指定地域には行政機関がないからね。取り締まりも存在しないんだ。なんにもない、公的にはあらゆる物資が不足しているはずのところだったが、出すものを出せれば何でも手に入った。おかげであたしもだいぶ稼がせてもらったよ。
そんな場所だから域外から後ろ暗い品物がどんどん集まってくるんだ。あたしはメイカーズの未発表試作チャームなんてものも見つけたことがあるよ。売ってたヤツはすぐに強面に連れていかれちまって買えなかったがね。そんな場所じゃ「キレイな」現金は貴重で、基本は物々交換だからね……。
あそこには何でもあったよ。物も、活気も、一応の平和も……。ないものといったら秩序とエリアディフェンスくらいのものだったさ!
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食べるものがほとんどないの。畑を作ればヒュージにあらされ、収穫を迎えたと思ったら泥棒にあう。頼みの綱の国からの補給は、配っているガンシップのところまでたどり着くのが簡単なことじゃない。私はリジェネレーターを持っていたから、たまに手足を切り落としてはタンパク源にしていたわ。両親はおそらくどこかの研究所の職員だったのでしょうけれど、詳しくは知らない。でも、強化スキルを持った子供があんなところに突然湧き出すわけは無いから、私には聞かせられない理由があったのでしょうね。
私がまだ9歳だったとき、2人とも病気で死んでしまった……。私は陥落指定地域を出ようとしたところをガーデンに保護されたの。
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陥落指定地域への補給任務の時は私物を懐に潜ませて持ち込むんです。嗜好品は不足しがちらしく、なかなか高く引き取ってもらえましたよ。欲しいものがあれば、物々交換か現金払いで手に入れることもできました。私はたまに情報を買っていましたね……。
このくらいの小遣い稼ぎは皆やっていましたし、黙認されていました。
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陥落指定地域には法がないからね。建前上は国の法律が適用される、なんてなっているけど取り締まる人間がいないんだ。誰も法律なんぞ守っちゃいなかったよ。
そんな場所で頼れるのは単純な暴力が一番さ。知恵も暴力も持ち合わせないガキができることといったらケチな盗みくらいのものだった。あたしが面倒見てた場所にもそうやって生きてる孤児が大勢いたよ。
ヤクザ者も分かったもんでね。女の子には優しくしておいて囲い込もうとするんだよ。もしかしたらリリィとしての才能があるかもしれないってね。最悪でも客を取らせれば赤字にはならないって目算もあったろうよ。
そういう野良リリィが使うチャームはその辺で拾ってきた廃棄品をニコイチ、サンコイチで作ったポンコツさ。マギクリスタルコアは死体から剥ぎ取ったヤツを使ってたみたいだね。運がよければ選別落ちの横流し品や正規品を使ってるリリィもいたよ。「市場」を警備していたのはそんなリリィたちさ……。
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戦闘捜索救難で大変なのは陥落指定地域の奥の方で救援要請があったとき。ヒュージがリリィを殺す前にってのはもちろんだけど、現地の野蛮人よりも先にリリィの身柄を確保しなけりゃならない。そういう案件は『お嬢様』方でなくて私たちにお鉢が回ってくることが多かった。
法律を守らない野蛮人と交渉するにはわかりやすい暴力がいるんだ。例えば精鋭でならした空挺リリィとかね。怪我をして動けないリリィや、心根の優しいお嬢様じゃお話にならない。
リリィの身柄を押さえられて何がマズいって、保護の『お礼』の額が跳ね上がるんだよ。現地協力者への謝礼も予算が決まってるから、あんまり使いすぎるとあちこちからつつかれる羽目になる。上はそれがいやだったみたいだね。
身柄はあちらが確保してるから言いなりで払わなきゃリリィが帰ってこれないし、支払が済んでもそいつの使ってたチャームやらの装備品は一切返ってこない。100%の確率で「輸送中にヒュージに襲われて紛失」するんだ。
野蛮人どもより先にリリィを確保できれば話は早い。私たち救援部隊がきちんと『お話』してやれば奴らも素直に手伝ってくれるんだ。お礼はしたよ? きちんとした額でね。
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私がアーセナルとして一番の経験を積んだのは陥落指定地域です。怪我をして動けなくなっていたときに助けていただいた方に、チャームの修理を依頼されたことがきっかけでした。その方は周辺のまとめ役のようなことをなさっているらしく、部下のリリィが使うチャームが破損ばかりで困っているとおっしゃっていました。
陥落指定地域では日々の物資にも事欠く有様ですので、チャーム部品の入手にも相当に苦労なされていたようです。正規品のパーツを入手することができなかったのでしょう、稼働しているチャームも共食い整備を行ってだましだまし使っているようでした。パーツ取り用の廃棄品と言って見せられた廃棄チャームの山も古い型の物が多く、管理も乱雑でした。
とにかく稼働チャームを増やさないことにはじり貧だったんです。なんと、動くチャームの数よりもリリィの数の方が多いんですよ! 陥落指定地域に物資がないというのは本当のようでした。
動くチャームを増やすために、完全に壊れてしまっているチャームは思い切って鋳融かして、部品の材料にしました。ある程度の砂型で鋳込んで、汎用機で削り出します。強度的には満足のいく物ではありませんでしたが、存在しない理想のチャームよりも、すぐに使うことのできる劣悪なチャームの方が求められていました。
表面処理やルーンの刻印など、普段はガーデンの整った設備で行っていることを前線で行うことが、これほど大変だとは思いませんでした。野戦整備とはここまで過酷なものなのかと驚いた記憶があります。どうしても精度が出ない部品はマギメタルの使用を諦めて、より切削性に優れた汎用材に置き換えたりもしました。性能は下がってしまいますが、動かないよりは何倍もいい、と現地のリリィが言ってくださいました。
稼働試験中にヒュージが襲ってきたことがありました。幸いにして怪我人などは出ませんでしたが、工房が半壊してしまって大変でした。工房に保管しておいた愛用のチャームも、ヒュージが持って行ってしまったのかなくなってしまって途方に暮れたことを覚えています。チャームの破損はともかく、紛失となると書かなければいけない書類が山のようにありますので、頭が痛くなりそうでした。工房が崩れたおかげで制服もどこかへいってしまいましたし、ほんとうに踏んだり蹴ったりでした。
廃棄チャームの山が何機かの使えるチャームになった頃、ようやくガーデンからの迎えが来ました。私は作業着のツナギを着ていましたし、外での作業が多かったことで日にも焼けていて、迎えに来てくれた友人は最初のうち私が誰だか分からなかったようです。
結局所属は分かりませんでしたが、あそこにいたリリィたちは私が色々と教えてあげてチャームを整備してあげたらずいぶん喜んでくれました。陥落指定地域で、制服もなくってバラバラの格好をしていても、それでも頑張っているガーデンがある。そんな彼女たちの姿に心打たれて、私は決意を新たにしました。