彼女たちの対ヒュージ戦争   作:Hakaristi

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戦争の間ずっと微笑んでいたわ

 

 

 

 憶えているわ。町へ出かけたときです。急に警報が鳴ってヒュージがケイブから出てきました。居合わせた私は避難誘導にあたる防衛軍に協力しようと近づいていったら、そこの指揮官が言ったんです。

「お嬢さん。早く逃げなさい! ヒュージがすぐそこまで来ているぞ」

 私は自分の背丈より長いチャームを持っていました。チャームをもらったとき思ったものです。『この丈くらいまで大きくなるのはいつだろう』って。そんな大きなチャームが目に入らなかったはずがありません。私をリリィとして、戦力として見ていなかったんです。せいいっぱい大きな声で言い返しました。

「エレンスゲ女学院所属のリリィです! 避難誘導に協力します!」

 それでもダメだったわ。だから私はエレンスゲのリリィらしく振る舞うことにしたんです。人を脅したのは初めてだったけれど、我ながらうまくいきました。

 

 

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 外征から誰も帰ってこないことがあったの。食堂のおばちゃんたちに頼んでテーブルを埋め尽くすほどのご馳走を作ってもらっていたのに、まるまる余っているんです……。

 

 

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 リリィの負傷の中で多いのが創傷、裂傷、打撲、骨折、そして重度のやけど。衛生レギオンに所属していた私は大抵の外傷処置を経験したわ。ヒュージの攻撃と味方の銃火が飛び交う中での処置。

 

 AZのリリィが負傷したときが一番やっかいなの。大抵ヒュージに近いところで動けなくなっているから速やかに回収しないといけない。リリィ自身の体重と、マギが抜けて本来の重量を取り戻したチャームを担いで安全な場所まで戻るのが最初の役目。自分の体重の2倍にもなる大荷物を抱えて、ヒュージの猛攻を避けながら後方まで駆け戻ったわ。仲間の援護はあるけれど、いつだって最後は神頼みだった。

 

 今はもうあんなことはできないわ……。昔だって途中で足がすくまないのが不思議だった……。

 

 

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 防衛軍の人たちはいつも暗い顔をしていたわ。私を抱きしめて泣きながら謝るの。「僕たちがふがいないばかりに君たちのような子供を戦争に駆り出すことになってすまない」って。

 彼はチャームも使えないのに他人をかばうようなことをして死んでしまった。ほんとうにバカな人……。かばわれた側の気も知らないで。

 

 

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 心臓の側に一つ。肺の中に3つ。お腹の中にも1つ。取り切れなかった何かの破片よ。私の体の中にまだ残っているの……。

 

 

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 飛行型ヒュージのやっかいさったらありませんでした。戦闘機が掃討してくれるはずなんですが、どうしても取りこぼしが出ます。目の前で輸送車が突然炎上する。そういうことはよくありました。大抵、それは飛行型ヒュージの攻撃。燃えさかる輸送車のハッチをこじ開けて中から人を引っ張り出しました。

 燃える人を外に放り出して、次の人を回収しに燃えている輸送車へ戻るんです。火の中に入っていくんです。そして生きている人よりも死んでしまった人はずっと重いんです。

 

 

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 どこでもよかった。奴らをこの世から消し去ることができれば。あたしは幸運だったよ。スキラー数値が足りていてガーデンに入学できたんだ。家族を殺した憎いヒュージどもを根絶やしにできるうれしさといったら。

 

 

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 故郷を捨てて逃げる避難民の悲惨さと言ったらありません。飛行型のヒュージはとてもとても低く飛んで、車列を端から攻撃していったわ。まるで私たちを嬲るかのように。

 護衛のリリィがチャームを撃ちかけるのだけど、ヒュージは意にも介さないの。近くの林まで必死で走って落ち葉の中に飛び込む。しばらくのあいだ、自分が生きているかどうかも分からなかったわ。

 呼び集める声に惹かれて輸送車のところへ戻ると無事な車は一台もなかった。リリィは血だらけで、チャームを杖にしてやっと立っているようなありさま。あたりには燃料の燃える匂いと肉の焼ける……食欲をそそる……吐き気のするような匂いが立ちこめている……。

 私たちは歩いたわ。ようやく安全な地域までたどり着いたときには、出発したときの半分も人がいなかった。

 

 

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 戦争の間ずっと微笑んでいたわ。私たちはできるだけ微笑んでいなければならない。リリィは周りを明るくしなければならないって。ガーデンで一番最初に教導官から教わったのはそのこと。「君たちは人類の希望だ。希望が暗い顔をしていて一般市民が明るい気持ちを抱けると思うか? だから君たちはいつも笑顔を浮かべていなければならない。守るべき人、一人一人に笑顔を振りまきなさい。笑顔は愛情になる。愛情が希望となり、絶望を退け、命をまもり、生き抜く力を与えてくれる」

 

 教導官の言った通り、逃げ遅れた民間人を元気づけるのに私たちが明るく振る舞う以上の特効薬はありませんでした。全力で走れば逃げ切れるかもしれないというときに最後のひと雫まで力を振り絞らせるのは私たちの笑顔だったわ。半分くらいの人たちは助からないかもしれない、と思いながら、笑顔で言うんです。「私たちがヒュージを止めますから向こうのシェルターまで走ってください。決して振り返らず全力で駆け込んで」って。もちろんそんなときに怒る人たちもいたわ。腹を立てたり、こちらを罵ってきたりするの。でも私たちは決して言い返さなかった。ただ時間の許す限り微笑んで、後は行動するだけでした。誰もが不安で怯えていただけ……。最後にはみな、ちゃんと指示に従ってくれました。

 

 きっと私は戦争のあいだに一生分の笑顔を使ってしまったのね。近頃はもう、何をしていても悲しい気持ちしか湧いてこないわ。

 

 

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 陥落指定地域の奪還作戦で戦死した人たちは皆、その場で一度仮埋葬されるんです。作戦終了後に掘り起こして、改めて埋葬します。規則はそうなっていました。

 

 そのとき死んでしまったのは私のルームメイトでした。ガーデンに入学して右も左も分からない私に優しくしてくれた彼女。1年待って、やっと同じ部屋になれたばかりでした。

 陥落指定地域の奪還作戦のなかで、ヒュージの逆襲が始まりました。まず襲われたのは指令部でした。地中を通ってヒュージが強襲をかけてきました。通信は大混乱して、多くのレギオンが連絡も取れないまま前線で孤立しました。私たちのレギオンも撤退が遅れて……。もうすぐ日が暮れる、そんなときでした。私たちが野営できる場所を探して歩いていた時です。そこをヒュージに襲われました。それは一瞬のこと。ヒュージの熱線が彼女の胸の真ん中を貫いたのです。

 

 戦闘が終わって……集合して……。変わり果てた彼女を抱きしめました。何か形見だけ回収して、遺体はその場に埋めます。座標を記録しておくだけです。すぐに改葬できるならそれでも我慢できました。でも奪還作戦は失敗でした。次にここに戻ってこられるのはいつになるか分かりません。彼女をその場に埋葬させたくなかったんです。もう一晩だけ一緒にいたいと。彼女のそばに座って……決して忘れないように……眺めて……話しかけたりしました。

 

 朝になって……私は彼女を連れて帰ることにしました。ガーデンに。数百キロ離れたところです。一番近い安全な地域まで30キロはあります。ヒュージのうようよしている30キロ。みな私が悲しみのあまり狂ったのだと思いました。「しっかりしなさい。寝ていないのでしょう? 少し休まなければ」そんなことありません。

 

 レギオンメンバーを一人一人説得して回りました。そしてとうとうレギオンの隊長、私のシュッツエンゲル以外を説得しました。お姉さまにも初めは拒絶されました。「あなたは悲しみで気がおかしくなっているの。いつだって多くのリリィがその地に埋葬されてきた。ガーデンにも家にもお墓の下が空っぽのリリィは多くいるわ……」

 出発の時間まで説得を続けました。

「お姉さまがお望みなら跪いて拝みます。必要なら私が囮になってヒュージを引きつけます」

「気持ちは分かるわ。でも、彼女はもう亡くなっているの。遺体を抱えたままで移動することがどんなに危険か、分からないあなたではないでしょう」

「私には家族がいません。家も家族もヒュージに焼かれて無くなりました。写真も残っていません。何も残っていないんです。彼女は空っぽだった私を救ってくれた人です。彼女を連れて帰れたら、お墓なりとも残ります。今度は私が彼女を助ける番です」

 お姉さまは悲しげな……難しそうな顔をしていた……。年をとった今なら少しだけわかるわ。お姉さまは私の気持ちを最大限酌み取ろうとしてくれていた。レギオンの隊長として、メンバーを生還させる重圧と戦いながら。

「お姉さま……隊長! あなたは救われたことがおありですか? あたしは友人を葬るんじゃありません、憧れを、恩を、光を葬るんです」

 答えはありません。

「それなら私は一人でいきます。無事にたどり着けないとしても、彼女をここに置いていってまで生きる意味なんてありません」

 私のシュッツエンゲルは長いこと考えて……そして私を抱きしめてくれた。

 

 硬くなってしまった彼女の遺体を担ぎ上げて走りました。襲ってくる無数のヒュージはレギオンの仲間たちが追い払ってくれました。ようやく陥落指定地域を抜けた頃には皆、満身創痍で。集結地点にたどり着くなり気を失ってしまいました。

 

 彼女は今も、海の見える小高い丘の上に眠っています。

 

 

 


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