彼女たちの対ヒュージ戦争   作:Hakaristi

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青空を取り戻す日

 

 あなたは高度1万メートルから降下装備無しで放り出されたことはある? レギオンメンバーが自分を残して全滅したことは? 楽にしてくれと懇願(こんがん)してくる親友の頭を撃ち抜いたことは? ……そう、よかったわ。私は乗っていたガンシップが撃墜されたことがあるの。陥落指定地域の奥、富士五湖のあたりで。

 あなたも知ってのとおり、富士山に突然出現した悪名高い「富士山防空ネスト」の仕業よ。驚異的な射程を誇る熱線を武器に、本州上空の制空権を人類から奪った恐るべき敵。私たちはその最初の犠牲者だったわ。

 

 鎌倉から北陸……、金沢へ外征に行く途中だった……。

 飛行型ヒュージの最大到達高度はおよそ高度6,000メートル。熱線の射程を過大に見積もっても高度1万メートルを飛べば確実に安全、と言うのが当時の常識よ。当然だけど、私の乗っていたガンシップもそれ以上の高度を飛んでいたわ。

 突然轟音が鳴って……今でも憶えているわ。私の二つ三つ右の席、機首側に座っていた先輩が光の中に消えたのよ。彼女は文字通り「蒸発」したわ。ちょうどそちらを向いていた私は一部始終を目撃したの。一瞬、というには長いけど、何が起こったかはっきりと理解するには短すぎる時間をかけて、彼女は足先から少しずつ消えていったわ。

 

 私は突然の事態に混乱していたけれど、普段から叩き込まれた厳しい訓練は正直だった。隣に立てかけてあったチャームをひっつかんで絶対に離さないように両手で抱え込んだの。

 破局はすぐにやってきたわ。機体の構造の四分の一を失ったガンシップは、少しスピンしたかと思うと中央から真っ二つになってそのまま地面に真っ逆さまに落ちていった。百合ヶ丘のガンシップはキャビン二つを支持材で繋ぐ構造だったから、いったんバランスが崩れると支持材に過剰な負荷がかかって急激に破断してしまったのね。

 

 きりもみしながら落ちていくキャビンの中はものすごい遠心力がかかっていて、指一本動かすことができなかったわ。抱えたチャームも恐ろしく重くなっていて、危うくヒュージではなくてチャームに殺されるところだった。信じられる? リリィの力でも持ち上がらないくらいにチャームが重かったのよ?

 地面に叩き付けられるのをただ指をくわえて待っているだけの、永遠に長く感じられた数十秒の後、感じたことがないくらいの衝撃が襲ってきて私は気絶したわ。

 

 私が助かったのは純粋に幸運だったからよ。私の座っていた側と逆からキャビンが着地したおかげで、多少なりとも衝撃が緩和されたこと。シャルルマーニュをもっていたこと。そして何よりリジェネレーターを付与されていたこと。いくつかの幸運が重なって私は生き延びたの。気絶から目が覚めて、出血で真っ赤に染まりながらも傷一つないキレイな身体だと分かったとき、一瞬、そう、ほんの一瞬だけ強化リリィだったことに感謝したわ。強化スキルを持っていたことに感謝したのは後にも先にも、人生であの一度きりよ。その感謝もあっという間に呪いに変わった……。

 

 気絶していた時間はそんなに長くはなかった。少なくともまだ息のある仲間がいたわ。私はガンシップの残骸(ざんがい)の下敷きになっている仲間を見つけて駆け寄ったの。仰向けで……下半身が下敷きになって血だらけだったけれど、確かにまだ浅く息をしていた……。私は彼女に声をかけたわ。「今助けるから!」って。返事はなかった……。彼女の口が動いたような気もしたけど、かまっているような余裕はなかったわ……。

 必死の思いで力を振り絞って彼女にのしかかっていた残骸を持ち上げた。これで彼女は助かる、他の皆も助ける、そして生きて帰るんだ、なんて考えていたわ。でも、投げ捨てた残骸から彼女の方に目をやって絶望した。彼女の腰から下が見るも無惨な状態になっていたの。止血どころじゃない、完全にぐちゃぐちゃで……。

 その場にへたり込んでしまった私に彼女が言ったの。かすれて……聞こえるか聞こえないかの小さな声で……。

 

 リリィの生命力は時に残酷だわ。一般人が即死するような怪我を負ってもまだ生きていることができる。普段はありがたいこの力もあのときばかりは恨めしかった。

 下半身がなくなっている彼女を連れて行くことはできない、でもこのまま置いていっては、そう遠くないうちにやってくるヒュージに生きたまま貪り食われてしまう。そんな恐怖を彼女に味あわせたくはなかった。

 私がチャームを射撃モードに変形する間、彼女は目線だけでこちらを見ていたわ……。下半身をすりつぶされるなんて、激痛が走っているはずなのにうめき声一つ漏らさなかった。私はこれから行うことに怯えて手が震えて、いつもなら目をつむっていてもできる簡単な変形に何度も失敗したわ。

 グングニルの銃口を彼女の額にあてがって……彼女はもう目を閉じていて、そして少しだけ微笑んでいた……。

 

 体中に飛び散った血と脳漿(のうしょう)にまみれて、私は泣きそうだった。レギオンメンバーというのはガーデンで一番多く同じ時間を過ごす仲間なのだから。自分の手で親しい友人を介錯するというのがどんなに辛いことか。さっきまで笑い合っていた記憶との温度差で気が狂いそうだったわ。

 他の仲間が生きていることを確認しようと歩き回って……見つかるのは遺体だけ……。ガーデンの教育は優秀だったわ。「自分以外のレギオンメンバーが戦死した場合」なんて極限状況を想定したマニュアルまであるんですもの。

 遺体を埋めている暇はなかった……。遺体の髪の毛を一房、認識票の片割れ、彼女たちのマギクリスタルコア。遺品と呼べるものを最低限だけ回収して、持てるだけの消耗品を拾い集めてバックパックに詰め込んだわ。よしんば反対側のキャビンのメンバーに生き残りがいたとしても、ここから徒歩で脱出しなければいけないことは予想できたから。

 4人分の遺体を一カ所に集めて燃やしたわ。持って行けない弾薬を分解して燃料代わりにするの。初めてマニュアルを読んだときはこんな状況があるものか、と思って、本当に実践するなんて考えてもみなかった……。

 

 もう一つのキャビンはすぐに見つかったわ。ガンシップのエンジンがキャビンと一緒に落下したおかげで、盛大に煙が上がっていたの。そのせいであたりは焼けただれてひどいありさまだったわ。

 もう慣れっこになってしまった肉の焼ける臭い。誰も生きていないことは一目で分かった。ガンシップの残骸は高温で焼けただれて、拗くれて真っ黒な、奇妙なオブジェになっていたわ。

 高温に晒されたマギクリスタルコアが爆発したのでしょうね。遺体……というよりも炭を纏った骨くずと呼ぶほうが正しいような何かを、ようやく8人分集めたわ。どの遺体もどうしようもないくらい原形をとどめていなかったから、かろうじて見つけた頭のようななにかだけだった。パイロットもあわせて8人分の遺体から下顎を回収して……。

 認識票は高温に晒されて融けてしまったみたいで見つからなかったの。髪の毛やマギクリスタルコアなんて言わずもがな……。

 

 遠く、富士山に強烈な光が灯るのを見て、とにかく背を向けて逆方向に進んだわ。私が落ちたのは甲州陥落指定地域の真ん中で……。人里に出るまで2週間歩いた……。ヒュージから隠れ潜みながらの2週間よ。

 一週間もすると食糧も尽きて、ヒュージを仕留めて炙って食べたわ。生きるか死ぬかの時でなければとても口にできないようなひどい味だった。ヒュージが何を食べて丸々と肥え太っているのかは考えないようにしながら、とにかくお腹を満たしたわ……。

 

 

 なんとかガーデンに戻ったら、着替えもできないまま有無を言わさず保健室に連行されたの。引きずられていく途中ですれ違うクラスメートたちがみんな、幽霊でも見たような顔をするのがなんだかおかしくって。

 でも、そんな顔をするのも当然だったわ。後で知ったのだけど、ガーデンとしての私たちの葬儀がつい前日に行われたばかりだったんですって。私たちのお墓も、もう共同墓地に作られていて……。自分のお墓に花を供える人間は多くはないでしょうね。冗談で花を飾った後で、墓石を蹴り倒してしまおうかと考えたけど、やめておいたわ……。そのときはどうせすぐ必要になると思ったの……。

 

 保健室で精密検査を受けさせられた後、私は3日間の静養を言い渡されたわ。危うく出撃まで禁止されるところだった。リジェネレーターがあるから身体にはどこにも異常がないことなんてわかりきっているのに。校医をにらみつけながら、無言でテーブルに遺品を置いてやったわ。左の端から右の端まで、ゆっくりと丁寧に。髪の毛を一房ずつ、奥歯のかけらが何個か。

 私はどうしても行かなければいけなかったの。検査の待ち時間に読んだ新聞で見出しを見つけたから。

 

「富士山防空ネスト攻略作戦」

 

 レギオンの仲間たちの(かたき)をとらなければいけないと思ったわ。絶対に。

 

 

 

 あなたも知っているでしょうけれど、「防空ネスト」の出現は日本の対ヒュージ戦略を根本から瓦解させかねない事態だったわ。富士山の中腹に陣取ったネストは、その長射程熱線で本州東側の上空を支配したの。突然現れたそのネストは、初日だけで100機近い航空機を撃墜した、と資料に書いてあったわ。

 200キロ近い射程を持つ熱線を5分に1回撃ってくるヒュージなんて誰も想定したことがなかった。ヒュージの熱線はせいぜいが目視距離圏内の射程しかない、というのが常識だった時代よ。そのせいで対応も後手に回ってしまっていたの。羽田、成田、中部……、関ヶ原よりも東の空港は全て「防空ネスト」の射程圏内だったし、各ガーデンの発着場も完全に頭を抑えられていたわ。

 

 当時の対ヒュージ戦略は、地方ガーデンがネストから出現するヒュージを抑えつつ、外征派遣されたレギオンがネストそのものを叩く、という機動打撃を基本としていたの。そのために、ガンシップによる迅速な機動ができなくなることは地方がそのままヒュージに飲み込まれることを意味していたわ。外征レギオンがネストを叩く、というのは理想であって、現実には増援を受けてもヒュージの攻勢を退けるだけで手一杯ということも多くて。地方ガーデンはそもそもリリィの絶対数が足りていなくて、常に戦力が不足気味だったから、首都圏からの増援を素早く受けられないとなればそのまま押し切られる可能性が高かったの。

 

 たった一ヶ月で討伐作戦を実行に移してのけた防衛省は本当に優秀だと思うわ。あれだけの物量を一ヶ月で、それも物流が麻痺した状態で集めてのけたのだから。でも、相当無理はしていたと聞いているわ。作戦の打ち合わせに出かけたレギオンの隊長たちが口を揃えて言っていたもの。「担当の官僚がやつれていてあまりにも哀れで、作戦にケチをつけるどころではなかった」って。

 月の労働時間が500時間を超えたと虚ろな目で愚痴っている所に遭遇したと主張するリリィもいる始末で、絶対に官僚にだけはならないでおこうと思ったものよ。

 

 

 私の帰還した時にはもう、空路を封鎖された影響がガーデンにも出始めていたわ。ヒュージの出没に備えて護衛のリリィが欠かせない陸路や、そもそもヒュージの主たる活動圏の海路に比べて、空路は高高度まで上がってしまえば安全だったから、当時はあらゆる補給が空路に依存していたの。それを突然封じられてご覧なさい。混乱は大変なものだったわ。

 優先的に物資が供給されるガーデンでさえ手に入らないものがあったり、一部の都市では食料が配給制に切り替わったところもあったそうよ。

 もちろん、そんな状態に長く耐えることはできないわ。政府は「防空ネスト」による航空封鎖に国家が耐えられるのは1ヶ月半と見込んでいたようね。

 

 ヒュージネストを正面突破してネストの(あるじ)たる大型ヒュージを討伐するなんて頭の悪い作戦誰が考えたのかしらね。ガーデンと防衛軍が全面的に協力し合うというのも本当に珍しい話だったし、政治的な何かがあった、もしくはそれだけ危機感が大きかったと言うことでしょう。

 作戦自体は理にかなっていたわ。人類が敵の防空ユニットを破壊する戦術として100年以上考え続けてたどり着いた答えを反映していたし、ネストに対していかに接近するかという大前提もクリアしていた。

 話を聞かされたリリィはだいぶん不満があったようだけど。

 誰だって3週間で10キロメートルもトンネルを掘れ、と言われたら嫌な顔もするわ。ましてや、いくらリリィが力持ちだからといって人力でやれだなんて。

 

 囮航空機と砲弾の雨でネストの防空能力を飽和させ、その隙にリリィが坑道戦術で近寄ってネストに襲撃をかける。言うだけなら容易いけれど、実行するのは大変だったわ。

 

 レギオンの仲間たちの(かたき)をとる! と意気込んで、御殿場の工事現場に着いたときは唖然(あぜん)としたものよ。大型車両はネストからの狙撃を受ける可能性がある、という理由でバスもなかったから、小田原からは徒歩で移動するハメになったの。そもそも陥落指定地域だったから鉄道もなかったわ。それでも御殿場のあたりだけは大急ぎでヒュージを駆除したのか、トンネルの入り口につくまで一度もヒュージには会わなかったわ。すれ違ったのは歩荷(ぼっか)のまねごとをしているリリィばっかり! あの作戦、最前線は物資の補給まで人力だったのよ!

 

 トンネルの工事現場で受付を済ませて受け取ったのは工事用のヘルメット一個とスコップが一本。ガーデンの制服に黄色のヘルメットをつけて、スコップを持った姿は異様にミスマッチでね。手洗い場の鏡に映った自分を見て思わず笑ってしまったわ。後から到着したリリィたちも大笑いしながら写真を撮っていたものよ。実際の所、ガーデンの制服は戦闘向けではあっても、土木作業には向いていなかったから、2,3日も過ごしたリリィは知り合いのアーセナルから作業服を借りていたのよ。

 日本中のリリィが集まっているんじゃないかというくらい大勢のリリィがいたわ。私のいた百合ヶ丘を始め、メルクリウス、御台場、シエルリント、甲斐聖山、他にもたくさん……。

 

 私たちは毎日毎日泥と土にまみれて働いたわ。リリィを引退した後は土木会社に就職が有利かもしれない、なんて冗談を言い合いながら。自己アピールに、『毎日ツルハシを振るって時速20メートルでトンネルを掘りました』と書けば即戦力で採用間違いなし! というのが定番ジョークだったくらい。「時速○○メートル」の部分には前日のシフトで掘った長さが入ったわ。この数字が少ないと、周りから「不採用!」ってヤジが飛ぶの。

 チャーム仕様のツルハシで朝から晩まで……いえ、1時間交代24時間稼働で掘削(くっさく)作業。掘削シフトの後は、掘り返した土を背負子(しょいこ)に山ほど詰めて往復する。そんな生活をしばらく続けて、ようやく、ようやく作戦の始動時刻になったわ。

 

 地下から飛び出して、そこはヒュージの群れの真ん中で……。驚いているヒュージと目が合った、アレは絶対驚いている反応だったって主張するリリィが後々まで何人もいたわ。皆でヒュージを切り伏せて、防衛軍の支援射撃の移動にあわせて前進するの。砲弾は半分以上が迎撃されてしまっていたけど、ヒュージが上を向いている間、地上では好き勝手に暴れることができたわ。あの長射程の熱線を至近距離で受けては、いくらリリィでも危なかったでしょうから、無制限に支援してもらえることを心の底から感謝した。おかげでネストを好き放題に蹂躙することができて。

 ネストを支配していた特型ギガント級にマギスフィアを叩き込むとき、私にフィニッシュをまかせてくれたの……。皆本当にやさしかった……。

 

 

 

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