彼女たちの対ヒュージ戦争   作:Hakaristi

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子供だった時のことから話しましょうか

 陥落指定地域の孤児がどんな暮らしをしているか知っている? スリ、かっぱらい、ほんの小さなパンくずひとつを巡って殺し合いにだってなった。

 あそこでは何の庇護もない子供が生きていくのは至難の業だったの。大人たちだって余裕があるわけじゃない。使えそうにないと思われた子供は容赦なく切り捨てられたわ。

そんな子供たちのグループがいくつもあって、いつもいつも争っていた。休戦するのはだいたい月に一度。白衣の奴らがやってくる時だけだった。

 そう、当時は単に白衣の奴らって呼んでいたの。彼らは一度だって名乗る事なんてなかったし、文字を読めるほど学のある子は私の仲間にはいなかったから。

 友好的とは言い切れない呼び方だけれど、彼らが来るのを皆楽しみにしていたわ。彼らは来るたびにお腹一杯になるまで食べ物をくれたし、帰る前には2、3日は食べられるだけの食べ物を持たせてくれた。甘いものなんてその時しか食べられないから、男女の関係なく指折り数えて待っていたの。

 ひもじい思いから解放してくれるなら、注射の一本や二本は何でもなかったわ。運がいいと彼らに連れて行ってもらえて、天国みたいなところに行けるんだ、なんて噂も何度も聞いた。まさか自分がその運の良い人間になるなんて思わなかったけれど。

 ゲヘナはいいところよ……。実験は怪我をする事もあって、あまり好きではなかったけれど、何の反抗する術もなくただ殴られているよりは100倍もマシよ。怪我をするときは私がミスをした時だけだもの。私にはチャームがあって、それは相手を仕留めるのに十分な威力がある。もう誰かの気晴らしに殴られることに怯えることはないと思うと世界が輝いて見えた……。

 他にも、お腹いっぱいのご飯は食べられるし、屋根のあるところで暖かくてやわらかな布団にくるまって眠れる。明日の朝目が覚めたら身ぐるみ剥がされていないかどうかを心配しないで眠れるの! 戦術を理解するため、と言って教育までしてくれた。今では国から年金までもらってる。こんなに幸せなことってあるのかしら。

 

 

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 リリィを名実ともに人であると定義した「ヒトの定義に関する条約」ですが、この条約の批准は我が国の行政において何ら大きな影響は与えませんでした。あれはリリィ派閥と反リリィ派閥、お互いが政治的な利益のために批准したものだからです。

 リリィ閥はリリィの権利を守るために前進したと派閥内外でアピールできますし、反リリィ閥は「ほとんどヒト」の実験を好き勝手できるようになったわけです。ヒュージなどという遺伝子汚染の塊が跋扈しているわけで、「ヒト」の定義がはっきりと定まった以上、その定義からこぼれた存在は人権の強力な保護は受けられませんから。

 

 

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 リリィになるときにサインした書類の量を覚えていますか? そうです、百科事典ほどの厚さがあったあの書類です。ローティーン、下手をすれば一桁年齢の子供のうち、どれだけが理解してサインしているんでしょうね。

 負傷時の治療についての説明及び同意書類なんて、これにサインすることは無制限に自分の体を弄り回してもいいと事前に同意することになるのですから。

 

 

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 我が国では長らく対ヒュージ戦争の美名の下に人権が抑制されてきました。ええ、人権が、です。いわゆるリリィ閥の方は「リリィの権利を守れ」とおっしゃいますが、真に守られるべきはそもそも全ての人の権利なのです。

 リリィの方たちはその麗しい容姿と命懸けの立場から同情されやすい位置にいますが、福祉を必要としている方はリリィ以外にも数多くいます。

 私は元リリィとして「裏切り者」などと揶揄されることもありますが、きっといつか、皆が分かってくれると信じています。

 

 

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 陥落指定地域出身のリリィ? ああ、何度か一緒に戦ったことがあるよ。ゲヘナの実験でヒュージとやり合うときにたまに混じってた。これでも人並みに仲間とコミュニケーションは取ってたからね。ブリーフィング中に雑談で出身地の話題を振るのさ。答えられないやつは大抵陥落指定地域の出身だった。言いたがらないんじゃない。答えられないのさ。彼女たちは出身地なんて概念がないんだ。

 

 

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 購買部が連れてくる被験者はガーデンに属していないフリーのリリィが大半だったのよ。こちらとしても、ガーデンの学業の合間を縫って実験を進めるのは大変だから、研究所附属の教育施設に居てくれるのはありがたかったわ。

 一度、購買部に尋ねたら、戸籍も身寄りもない子供を引き取って契約しているって言うでしょう? 私、感心してしまって。ゲヘナも慈善事業に手を出すことがあるんだなんて。所属しておいて何だけれど、その時までは利益だけを追求する血も涙もない営利企業かと思っていたの。

 被験者に契約書を見せてもらったことがあるけど、さすがはゲヘナ法務部だったわ。きちんとしたもので、終身年金が出るオプションまでついていた。私の現役時代の条件よりもずっといいものよ。

 

 

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 子供だった時のことから話しましょうか。私は陥落指定地域出身の孤児だったけど比較的恵まれていたわ。両親が亡くなったのは10歳の時。暮らしていた部落がヒュージに襲われて、、、。よくある話よ。両親はうまく子供を逃しましたが、死にました。それだけの話。住んでいたバラックも粉々になって、どうしようかと途方に暮れていたら、昨日まで優しかった部落の皆が出て行けって言うの。

 10歳の子供にひどいと思わない? 彼らも生きるのに必死だったのでしょうけど、それにしたって直接言うことはないと思うわ。

 とにかくお気に入りのぬいぐるみと、缶詰と水筒ひとつだけで追い出された。しばらく森の中を歩いて行った。日が暮れて、、、歩き疲れて木の下で横になると涙が出てきたわ。それまでは一滴も出なかったのにね。

 あたりをさまよっていたら偶然拾われたの。リーダーだったと思うけど「お前運がいいな」って言っていたわ。ちょうどゲヘナの来る日で、私はそのまま陥落指定地域に別れを告げた。名前も聞けなかったあのリーダーには今でも感謝している。

 ゲヘナ所属になってからすぐ、チャームを与えられてリリィになったの。初めのうち、チャームは重たくて、やっと担いで持ち歩くようなありさまだった。振り回して戦うなんてとても考えられなかった! 実験の時はいつも物陰に隠れて……終わるまで息を殺していた……。見つからないように……。何ヶ月かすると、筋肉がついたのか重さにも慣れてヒュージを狩る側に回るようになった……。

 私と同じ頃に連れてこられたリリィもいたわ。最初の3ヶ月で半分に減って、次の3ヶ月でまた半分になった。そのあたりでようやく彼女たちの名前を知って仲良くなった。今となってはもう何の意味もないことだけど。

 毎日の投薬と検査、座学に実技。たまの出撃。やっていたことはガーデンとほとんど同じよ。あんなに恐ろしかったヒュージだっていつの間にか慣れてしまった。

 市街地の真ん中でラージ級と一対一で戦ったこともあったわ。とにかく再生力の高い個体で手こずった。手足を切り飛ばしてもすぐに生えてくるし、頭を吹き飛ばしたときすらすぐさま起き上がってきた。どうやって生き延びたか? 頭を働かせたのよ。ヒュージの再生はいつも無事な部分を起点に行われる。なら全身を同時に潰せば効果があるんじゃないかって気づいたの。

 どうやって実行するかはすぐに決めたわ。ビルを倒壊させて下敷きにしてやったの。その辺に転がっているマディックの死体を漁って爆薬を集めて。5,6人分の爆薬をビルの柱に仕掛けて回った。それだけでは当然足りないから、崩れてこないことを祈りながらチャームで柱を叩き折った。

 後は自分を囮にして誘導。いい位置に来たところで手足をもいでダルマにする。計算も何もあった物じゃない爆発でうまいことビルが崩れてくれた。たぶん再生にマギを回して防御がおろそかになっていたんでしょう。ビルの下敷きになったラージ級は端から見ても虫の息だった。

 あとは瓦礫に埋もれたヒュージを滅多刺しにするだけだったわ。すさまじい砂埃で呼吸もままならないなか、ひたすらヒュージを殺し続けた。

 そんな生活を10年間。その研究所で無事にリリィを引退できたのは前後3年で私だけだった。引退したときに受け取ったのは毎月食べて行くぐらいはできる年金と、しばらくは遊んで暮らせるくらいの一時金よ。そのお金で大学に通って……。

 

 

 

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