【完結】もう恋人だと思っているエイシンフラッシュVSそんなことは微塵も考えていないトレーナーVSダークライ   作:かむくら

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 いつもここすきありがとうございます。
 最近文字数が増えて仕方ないです。今回も少し増えました。


誠実を祈るエイシンフラッシュ

 何度季節が巡り、何度想いを募らせただろう。

 

 始まりは遥か彼方(かなた)へ。道のりは遥か此方(こなた)へ。足元に続く跡はひどく不恰好で、それでもたしかに輝いている。整ってなどいない、乱れたまま。それが何より美しい。

 

 軌跡の意味と、奇跡の価値。幾重にも積み重なった思い出を、朽ちないように仕舞い込む。いつかそんな日もあったと笑えるように。

 

 そうやって、ずっと走ってきた。果てしない場所を目指して、走って、走って、走って、走って────

 

 果てしないだけの場所で、一体何が見つかったというのだろう。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……ふむ」

 

 寒空。豊穣の秋は過ぎ去り、針のような冷たい風が肌を刺す十二月。

 

 一人の少女が悩んでいた。空は季節外れの紫陽花のように青く澄み切っているというのに、少女の思考は靄がかかったように不明瞭な煩雑さに霞んでいた。悩む彼女の名はエイシンフラッシュといった。エイシンフラッシュは教室の一角にいた。時刻は放課後であった。

 

 十二月は陰暦で師走という。元は僧侶があちこちの家で仏事を行うために(せわ)しく走り回っていたことを由来としているのだが、転じて年末の慌ただしさそのものを象徴する言葉のようにも扱われるようになった。

 トレセン学園もそれは例外ではなく、学期末・年度末であるが故にトレーナーも教員も事務に追われていて、さらにはそこに年末の有マ記念を筆頭とするG1レースに関わる業務も入ってくるために、たしかに一年で最も忙しい時期と言っても過言ではないのである。

 

 エイシンフラッシュもその一人であった。有マ記念の出走権を争うファン投票の結果からも、前年度の成績からも、何事もなければ出走するのは確定と言っていい。そのために大詰めとなるトレーニングにも力が入り、その分忙しなくなるのは当然なのだが────彼女を悩ませているのはそのような理由ではなかった。

 

「どうしましょうか」

 

 顎に手を当て思案する。唸る中で、一度彼女が目を移したのは、教室の壁に貼られたカレンダーだった。

 十二月といえば、一年の最後の月であったり有マ記念であったりと様々な催し事があるものだが、やはりその中で馴染みが深いものといえば、当然とある行事が思い浮かぶというものだろう。

 即ち────

 

「トレーナーさんに贈るクリスマスプレゼントは、何にすれば……」

 

 12月25日、クリスマスのことについてであった。

 

 ドイツにおいてクリスマスというイベントは年に一度行われる最大のイベントである。21世紀現在において信仰心らしいものはそこまで強固に残ってはいなくとも、ドイツとは元々キリスト教を土台とする国であることから、それに紐づけられるクリスマスは国民全体として何よりも盛り上がるものだ。

 クリスマスの準備期間である『アドベント』、ドイツの全国各地で開かれる『クリスマスマーケット』など、その独自の風習は数多い。何週間も前から準備をし、(きた)るべきクリスマス本番に備える。ドイツのクリスマスとはそういうものだ。

 

 当然エイシンフラッシュもその例に違わず何週間も前から準備を重ね、事実昨年のクリスマスは一人でクリスマスツリーから料理まで全てを一人で用意した。モミの木を仕入れ、ガチョウを買い、さらにはトレーナー用のアドベントカレンダーまでもを自作した。

 アドベントカレンダーは当時三か月も前から準備していたもので、毎日トレーナーからお菓子の報告を聞くことを楽しみにしていたことを、エイシンフラッシュはたしかに覚えていた。

 

「お菓子はありきたりですし……」

 

 なので今年もと思っていたのだが、六月の雨の降る日にトレーナーが言った「今年は君と一緒に開けたいんだよ」という言葉により自作することはなかった。あの日トレーナーと二人で訪れたチョコレートショップで注文したアドベントカレンダーを、二人で一緒に開ける。現在は十二月の第二週。それも中程まで差し掛かっていた。

 トレーナー室に置いたアドベントカレンダーを、毎日彼と顔を合わせて最初に開封する。土日は会わない日もあるため、金曜日と月曜日は一つ多く開ける。入っているお菓子は一個であるから毎日交互に食べていき、どんなものだったか感想を伝える。

 

 エイシンフラッシュは子供の頃に両親から貰ったアドベントカレンダーを思い出した。ケーキ屋の娘として、好きな相手に自作の菓子を食べてもらえないことは少し寂しくもあるが、こうして自分の知らない中身を明かしていく体験も、また中々に楽しいものだと思っていた。もう一度カレンダーを見る。この日はエイシンフラッシュが菓子を食べる日であった。

 

「となると、お菓子以外のものを……」

 

 クリスマスの準備自体は進めている。昨年と同じくエイシンフラッシュが独自のルートで手に入れたモミの木と食材を練習や学校生活の合間に加工し、あと少しまで迫ったクリスマス当日にちょうど完成するように計画を進めている最中だ。

 あるときそれを見たトレーナーが手伝いを申し出たことがあったが、彼女はそれを「貴方先日倒れましたよね」と一言で切り捨てた。ただでさえ年末の諸々で多忙となっている彼にこれ以上の負担を強いることはできない。そう思ってきっぱりと断ったのは記憶に新しい出来事である。

 

 さて、何はともあれクリスマスプレゼントである。今年はアドベントカレンダーを自作しない分心持ちに余裕があった。なので、既にかなり前からクリスマスカタログを覗いていたのだが────

 

「……決まりませんね」

 

 結局どれだけ時間をかけても、心からそれだと信じられるようなアイデアは浮かばなかった。トレーナーなら何を贈っても喜ぶとは思ったし、実際彼は贈り物がどのようなものであっても満面の笑顔で喜んでくれるであろうことは確信しているが、それはそれとして日頃の感謝と恋心を余すところなく伝えたいと思うのもまた事実である。

 

 クリスマス当日までそれほど時間が残されているわけではない。画期的なアイデアが思いついても実現不可能な残り時間であったら意味がない。そう思ってさらに頭を悩ませようとした、その時のことである。

 

「お、珍しいヤツが残ってんな」

 

 聞き慣れた声がした。聞き間違えようのない声がした。教室の扉の方へ目を向ける。途端、視界に入る真っ白な芦毛。その人物の周りだけ空間が切り取られているかのような、奇妙な異質感。さながら雑然としたキャンバスに白い絵の具を叩きつけたかのようなモノが、そこにはいた。

 

「何してんだフラッシュ。考える人のモノマネか?」

 

 ゴールドシップ。破天荒な彼女が、放課後の教室に君臨した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「なるほど、事情はわかったぜ。つまりは今から〝沈黙の塔〟に行こうぜって話だな」

「全く違います」

 

 破天荒な不沈艦は言っていることも破天荒だった。腕を組んで自信満々にエイシンフラッシュの前の椅子に座ったゴールドシップが、先程まで悩んでいた事情を本人から聞かされての開口一番がこれだ。それは違うとも言いたくなるというものだろう。

 なお、〝沈黙の塔〟とはイランの観光名所の一つで、ゾロアスター教徒が鳥葬を(おこな)ってきた施設の名前である。

 

 何も関係がないでしょう、とエイシンフラッシュは言った。そもそもゴールドシップは本当に話を聞いていたのだろうか。彼女が眼前の椅子に座ったときは相談に乗ってくれるのかと淡い期待を抱いたのだが、何故そこから〝沈黙の塔〟に派生したのかは一切理解できなかった。

 もしかしたら相談する相手を間違えたのかもしれない。後悔先に立たず。エイシンフラッシュの頭にそんな(ことわざ)(よぎ)った。

 

「……ファルコンさんやジョーダンさんに聞いた方がよかったのかもしれません」

「まあ待てよ。ちょっとはアタシの話も聞いていけって」

 

 席を立とうとしたエイシンフラッシュだったが、その腕をゴールドシップに掴まれた。見れば、当の芦毛の彼女は満面の笑みでこちらを見上げている。どうしたものかとわずかな逡巡をした後、諦めて再び席に着いた。こういうときのゴールドシップには抵抗するだけ無駄だと知っていたためである。

 

「要するにオメーはプレゼントで悩んでるワケだろ? だったらアタシがどんなプレゼントを贈ったかとか気になんじゃねーのか?」

「たしかに、他者の体験談から学ぶのも一理ありますね」

「だろ。だったらまずはゴルシちゃんのありがてークリスマスのお話を聞いていってくれよ」

 

 ゴールドシップの言うことには、少なくともエイシンフラッシュが聞く限りは筋が通っているように思えた。

 自分一人で考えてもわからない。ならば他人がどのようにしてそのシチュエーションを乗り越えたのかを参考にする。先達の経験に学ぶのは、たしかに最も効率的な勉強法である。

 では、思う存分参考にさせてもらおう。そう考えてエイシンフラッシュはゴールドシップの話に耳を傾けた。

 

「まずはアタシがモミの木を持ってトレーナー寮の天井にドリルで穴を空けた時の話だが────」

「待ってください」

 

 訂正。何一つ参考にならなさそうだった。

 過去を懐かしむようにして始まったその話を中断する。話を途中で切られたゴールドシップは不満げに「なんだよー」と抗議していたが、抗議したいのはこちらである。少なくともエイシンフラッシュは今の一幕だけでゴールドシップに相談したことを間違いだったと確信していた。

 

「何が不満なんだよオメーはよお」

「不満というわけではありません。ただ規模が普通ではないと思っているだけです」

「いいじゃねーか普通じゃなくても。デッケーことしてナンボだろうが」

「限度がありますよ」

 

 トレーナー寮の天井に大穴を空けてモミの木を持ち込むのは、恐らく一般の基準に照らし合わせれば『普通』の限度を著しく飛び越えているだろう。当然、エイシンフラッシュにはそれがわかる程度の常識が備わっている。彼女が渡したいと考えるクリスマスプレゼントはそういったものではない。

 もっと普通に、日頃の感謝が伝わるように。エイシンフラッシュの願うものは、端的に言ってしまえばそれだけである。それだけのことを悩んでいる。

 

「じゃあ聞くけどよ」

 

 その悩みの隙間に入り込むように、ゴールドシップは言葉を発した。

 

「普通のプレゼントってなんだ?」

「……それ、は」

 

 エイシンフラッシュは答えを返せなかった。返せるはずもなかった。それがわからないから、今こうして悩んでいるのだ。

 

「フラッシュはなんでプレゼントに悩んでるんだ?」

 

 なんで。何故。そう聞かれると、何故だろう、と答えに窮する。

 それは勿論、いいプレゼントが思い浮かばないから。あまり大きいものでも困るだろう。普段使いできないものでも棚の肥やしになるだけだろう。消え物がいいと言うが、それでは普段お菓子を作っているのと変わりはない。そうやって次から次へと浮かぶ案を切り捨てていって、何も残らなかったから、こうして他の誰かに聞いてまで名案を探すのだ。

 

 では、その根源は何か。そう考えてみれば、答えは見つかった。

 

「……私は、クリスマスプレゼントを贈ったことがないんです」

 

 それは、かつて故郷にいたときからそうだった。

 ドイツでもクリスマスに贈り物をする文化は存在する。日本と同じく、多くは親から子へ、大人から子供へというもので、当時まだ『贈られる側』でしかなかったエイシンフラッシュには、世話になっている誰かにプレゼントを贈るという選択肢は存在しなかった。

 

 そして昨年。トレーナーと過ごしたクリスマスでも、エイシンフラッシュはプレゼントを用意しなかった。トレーナーからは手作りのリースを受け取ったが、彼女はパーティーの用意をして当日を迎えただけで、形に残るような何かを考えはしなかったのである。

 トレーナーに(たず)ねれば、きっとパーティーそのものが贈り物として価値があったと言うのだろう。まだエイシンフラッシュは学生なのだから、そんな彼女から贈り物を受け取ろうなんて考えてもいなかったはずだ。彼の人柄を考えればそう言うはずだと、エイシンフラッシュは確信していた。

 だが、たしかにそこに空白はあった。彼から受け取ったものと交換するはずの何かが、そこには無かったのである。

 

 これがエイシンフラッシュを悩ませていたものの正体だ。クリスマスプレゼントを考えるという初めての体験をするには、彼女にはまだ前提となる経験が不足していたのである。

 

 それに、もう一つ。

 彼女が贈り物を決められない理由が、もう一つある。

 

「私は、トレーナーさんが何を欲しがっているのかわかりません」

 

 彼が、何か欲しいものがあると普段から言っている人間ならば、果たしてどれだけ楽だっただろうか。

 思えば、エイシンフラッシュはトレーナーが好きなものを知らなかった。趣味と呼ばれるものがどんなものかを知らなかった。そういったものがあるのかどうかすら、何も知らなかった。

 

 例えば釣りが趣味の人間なら、新しいロッドやルアーを贈れば喜んでくれるだろう。油絵が趣味の人間なら、新しい絵の具や筆を贈れば喜んでくれるだろう。そういった単純な話ではない。3年以上一緒にいるのに、何も知らない好きなヒト。そんな相手に贈り物をするのが、果たしてどれだけ難しいことだろうか。

 

「……ま、そういうことだよな」

 

 ぽつりぽつりと(こぼ)されるエイシンフラッシュの言葉を聞いて、ゴールドシップはそう呟いた。そこに茶化すような色はなかった。

 

「そんな健気なフラッシュちゃんに、ゴルシちゃんから質問だぜ」

「なんでしょうか」

「クリスマスプレゼントの起源って知ってっか?」

 

 突然投げられたその言葉に、エイシンフラッシュは質問の意図を図りかねた。果たしてそれに何の意味があるのだろうと疑問にさえ思った。しかし、ゴールドシップがこういったときに無意味なことをしないウマ娘だということもまた、よく知っていた。

 

「〝東方の三博士〟」

「そ。ま、それがわかってりゃあ充分だろ」

 

 言って、ゴールドシップは席を立った。既に言うべきことは言った、とでも言いたげな顔だった。

 

「あと、最後にひとつだけ。結局、最後に決めるのはオメーの気持ちだぜ」

 

 言うが早いか、エイシンフラッシュからの返しの言葉を待つこともなくゴールドシップは教室から出ていった。

 

 彼女は何故、見透かしたようにここに現れたのだろう。全て分かったような顔をして、エイシンフラッシュの悩みの種の在処(ありか)を突き止めてしまったのだろう。考えれば考えるほど、ゴールドシップというウマ娘の底が知れなくなってくる。ある意味では恐ろしく、またある意味では頼もしい。

 

 〝東方の三博士〟。何故ゴールドシップがその名を出させたのかは分からない。分からないが、それを考える意味はあるはずだ。そしてそこに、エイシンフラッシュの求める答えもきっとある。彼女はそう確信していた。

 

 ひとまずトレーナー室へ向かおう。そう思い鞄に手をかけた、その時である。

 

「ごめんフラッシュさん! さっきあのバカこっちに来なかった!?」

 

 怒りの形相で廊下から現れたトーセンジョーダンを見て、もしかしてただ彼女から逃げてこの辺りを駆け回っていただけなんじゃないかと、エイシンフラッシュは察してしまった。

 

「ゴルシさんなら、先程あちらへ」

 

 なお、しっかり逃げた方向は教えた。

 

「ありがとー!」

 

 エイシンフラッシュの指し示した方向に再び駆け出すトーセンジョーダンを見送り、遠くなっていくその背中を眺めながら、帰り支度を再開する。

 あの二人はいつも変わらない。初めて知り合った時からずっとあの調子で、仲が良いのか悪いのか、常に追いかけ回されている姿ばかりを見る。

 きっとずっとあの調子のままなのだろう。何年経っても二人の関係は『悪友』とでも言うべきもので、それはこの先の未来でも────

 

「……なるほど。そういうことですか」

 

 エイシンフラッシュはゴールドシップの質問の真意を理解した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 クリスマスに雪は降らなかった。身体の芯まで透き通るような寒さだけがどこまでも広がっていて、世間はこの特別な一日を祝福するかのように浮き足立っていた。

 トレセン学園でも、敷地内の彼方此方(あちらこちら)でお祭り騒ぎのように様々なウマ娘や職員が楽しむ姿が見られる。その様子をとあるトレーナー室の窓から見下ろしながら、男は言った。それはエイシンフラッシュのトレーナーであった。

 

「どうしてクリスマスってこんなにワクワクするんだろうね。もうそういう歳でもないのに」

 

 トレーナーもまた、この聖なる日に心躍らせる一人であった。既に成人を迎えてから数年が経っており、家族からプレゼントを受け取らなくなって久しいが、それでも子供の頃サンタクロースを心待ちにしていたあの日のような感慨は、未だ胸の中から抜けきっていなかった。

 

 飾り付けられた壁に、煌びやかな装飾の数々。トレーナー室の隅には約2メートルほどあるクリスマスツリーが鎮座していて、その頂点には黄金色(こがねいろ)の星が輝いている。あとは暖炉と煙突さえあれば完璧だというほどに、その部屋は(きた)るべき聖夜を祝福する準備が整っていた。

 

 アドベントカレンダーの残りもあと一つ。最後の包みを開けて、いよいよ本格的なクリスマスが始まる。トレーナーはエイシンフラッシュの到来を待っていた。誰よりも浮き足立っているのは、ともすればこの男なのではないかと思えるほどだった。心の中でまだかまだかと反復しながら、トレーナー室の中を忙しなく歩き回る。

 

「まだかな……」

 

 呟くと同時、扉が開いた。顔を向けると、そこにはエイシンフラッシュがいた。手には大量の料理が抱えられていた。

 

「メリークリスマス、フラッシュ」

「はい。“Frohe Weihnachten”、トレーナーさん」

 

 クリスマスツリーの仄かな木の香りを纏いながら、彼らはそう告げた。互いに祝福の言葉を交わして部屋に入り、料理を置いて、アドベントカレンダーの前に立つ。最後のチョコレート菓子を取り出して二つに折り、それぞれを頬張った。最後は二人で一緒に食べようというのが、彼らの小さな取り決めであった。

 

「……さて、これで」

「そうですね。クリスマスの始まりです」

 

 25日に及ぶアドベントは終わり、この瞬間から聖なる日が始まる。少なくとも、彼らの間ではそうだった。二人で共有する特別な日の始まりを、エイシンフラッシュは何より価値あるものだと感じていた。

 

「今年のクリスマスパーティーのスケジュールは?」

「食事をしながらお喋りをします」

「なるほど。去年と同じだね」

 

 一年前と同じシンプルなスケジュールがエイシンフラッシュから告げられる。

 クリスマスツリーから料理から、その全てを自作した彼女だが、その実これ以上に何かを用意しているわけではない。

 トレセン学園でクリスマスマーケットのような豪勢な祭典が催されているわけでもなければ、特別なゲストを呼んでいるわけでもない。前年のこの日はトレーナーが呼んだスマートファルコンを始めとするエイシンフラッシュの知り合いを多く集めたが、現在それらの影はトレーナー室の外には見受けられない。

 

 つまるところ、このトレーナー室にいるのは、彼と彼女の二人だけであった。おそらくは今日の間、ずっと。

 

「ドイツのクリスマスは大切な人と過ごすものです」

 

 彼女の祖国において、クリスマスとは日本以上に特別なものとして扱われる。

 家族とともに過ごす。それがドイツにおける、一般的なクリスマスの在り方。それは無論エイシンフラッシュにとってもその通りで、事実彼女は日本に来るまで、クリスマスの一日を家族と過ごさない年はなかった。

 

 ジュニア級、クラシック級とレースを重ねる中で、いつの間にかクリスマスを大切に過ごすこともできなくなっていた。心の余裕と時間の余裕の消失。そして何より────家族が隣にいないという、孤独。

 

「去年、トレーナーさんにはお話ししましたよね。一緒に過ごす人もいないと思っていた、と」

 

 彼女流の静かなクリスマス。ドイツにおいてクリスマスが大切なのは誰にとっても同じことで、故にその日、ドイツではほとんどの店は休業となる。街からは喧騒が消え、住宅の窓に明かりが灯る。それが日本との大きく違う点だろう。

 そんな全く違う文化圏で、家族以外の人と一緒にいても、祖国にいる愛する両親のことを思い出して寂しくなるだけ。完璧な〝エイシンフラッシュ〟が心の隅に追いやった、脆弱な少女が顔を出して、瞳に涙が滲むだけ。そう考えて、彼女は日本でクリスマスを祝うことをやめた。

 

 だが、去年は違った。

 日本のわいわいガヤガヤクリスマス、とスマートファルコンは言った。家族とともに夜闇の静けさに浸るのではない、友人たちとの楽しい一日。かつての自分であれば考えられなかったようなそんな日を、エイシンフラッシュは楽しんでいた。

 

 そして、何よりも────

 

「貴方がいるから、私は日本で過ごすクリスマスも素晴らしいものだと思えたのです」

 

 家族のように大切なヒトが、そこにいたから。

 彼への礼も兼ねて、素晴らしいクリスマスにしよう。そう思って準備をして、迎えた当日に。

 

 ────〝フラッシュの幸せを祈って〟

 

 あの日、そう告げた彼は手作りのリースを差し出した。かつてエイシンフラッシュの父から贈られたような綺麗なものではない、初心者的で、不恰好で、少し雑なようにも見える贈り物(Geschenk)

 店に出したら値段が付くような代物ではない。ともすればそこらの菓子にも負けるようなものでしかない。決して上手とは言えない、手作りらしさの拭えないモノ。

 

 それでも。値段なんか付かなくても。トレーナーがエイシンフラッシュのために自作したというそのリースには、たしかに想いが込められていたのだ。願いが込められていたのだ。素晴らしい一日に、素晴らしい贈り物を。これからもエイシンフラッシュが幸せでありますように。

 

「貴方から受け取ったものを、私なりに返す。クリスマスというこの日に、私の祈りを貴方に届ける。……それがきっと、私にとってのクリスマスプレゼントの意味なんです」

 

 これまで誰かにクリスマスの贈り物などしたことがない。そんな彼女が精一杯に考えた意味がそれだった。

 他ならぬ貴方のために。これまでずっと支えてくれた貴方のために。それ以外に考える必要などなかったのだ。それさえあれば、幸せを祈ることができるのだから。

 

「なので私は、感謝と祈りを贈ります」

 

 言って、エイシンフラッシュが取り出したのは、一輪の花だった。まるで雪のような、純白の花だった。

 

「〝プリザーブドフラワー〟。ご存知ですか?」

「いや、初めて聞いた。それが、この花の名前?」

「いいえ、この花の名前は別にあります。プリザーブドフラワーというのは加工されたモノの名前です。花の色素を抜いて、保存液と染色液で状態を保つ。そのように作られた枯れない花をプリザーブドフラワーと呼びます」

 

 エイシンフラッシュの言葉には、さながら薄氷を踏み砕くような、奇妙な感慨が混ざっていた。

 プリザーブドフラワー。枯れない花。染色液と彼女は言ったが、その手に握られる白い花には、まるで何かを染めたような跡は無いように見えた。

 

「……自分で作ったんです。この花は」

「君が?」

「はい。貴方も去年はそうだったでしょう」

「まあ、そうだね」

「ですから、私もそれに報いるべきだと思ったんです。手作りの祈りには、同じように応えるべきだと思ったんです」

 

 本日から少し前、あのゴールドシップとの語らいの日。

 プレゼントを決めても、時間がそれほど多くあるわけではなかった。自作するのに時間がかかりすぎるものは候補から外れ、材料を入手するのが困難なものも実現可能性を考えれば除外される。そうして最適なものを探していって、そしてゴールドシップの言った『クリスマスプレゼントの起源』のことも考えて、エイシンフラッシュはその答えにたどり着いた。

 

「トレーナーさんは〝賢者の贈り物〟という物語を知っていますか?」

 

 〝賢者の贈り物〟。

 アメリカの小説家オー・ヘンリーの手になる短編小説。ジムとデラという貧しい夫婦による贈り物をめぐるすれ違いを(えが)いた、ヘンリーの代表作である。

 クリスマスの前日、夫に贈り物をしようとしたデラは、彼の持つ祖父と父から受け継いだという金の懐中時計に合うチェーンを買うために、誇りでもある自身の美しい髪を切り落として売ってしまう。そのお金で彼女はチェーンを買うが、同じく妻に鼈甲(べっこう)の櫛を贈ろうとしていた夫のジムは、その費用のために大切にしていた懐中時計を質に入れてしまっていた。

 

 現代においてもクリスマス劇として人気の高いこの結末は、トレーナーとしてもよく知るところであった。しかし、何故エイシンフラッシュが今その作品の名前を出したのかまでは理解が及ばなかった。

 

「その中にこのような文章があります。『ご承知のように、秣桶(かいばおけ)のなかの〝みどりご〟に贈りものを持ってきた東方の賢者たちは、賢明な人たちだった────すばらしく懸命な人たちだった。彼らがプレゼントを贈ることを始めた張本人なのだ』」

 

 〝賢者の贈り物〟という物語には、ベースとなった別の話が存在する。

 それが〝東方の賢者〟の逸話である。〝東方の三博士〟〝東方の三賢者〟とも呼ばれるそれは、かのイエス・キリストの生誕の際に、遥か東方から贈り物を携えてやって来たと言われる者たちだ。

 彼らはまだ産まれたばかりの未来の救世主のために、青年の賢者メルキオールは黄金を、壮年の賢者バルタザールは乳香を、老人の賢者カスパールは没薬を贈ったとされる。

 

 〝賢者の贈り物〟はこのエピソードを下敷きとし、一見すればすれ違いの末に自身の大切なものを愚かしくも犠牲にしてしまったこの二人のことを、『彼らこそ最も賢明なのだ』として締め括っている。

 

「では、何故ヘンリーは彼らのことを賢者と呼んだのでしょうか」

「何故ってそれは……なんでだろうね」

「私が思うに、それは〝未来〟を見据えているからです」

 

 未来、とトレーナーは反復した。

 

 賢者がやって来た頃、イエスはまだ産まれたばかりだった。まだ物の道理どころか言葉すら操れない嬰児(みどりご)でしかなかった。にも(かかわ)らず、賢者はイエスのことを祝福した。わざわざ遠方から訪れ、三つの物を贈った。これは彼らがその未来に祝福を捧げたということである。

 

 ならば、とエイシンフラッシュは続けた。手の中の一輪のプリザーブドフラワーが揺れた。

 

「私が贈るのは────祝福するのは、貴方の未来です」

 

 これが、エイシンフラッシュなりの〝クリスマスプレゼント〟の答えだった。

 何を贈ればいいのかわからないと悩んだ末に出した解答。価値あるものでなくてもいい。役立つものでなくてもいい。ただ、誠実な祈りだけがあればいい。それ故の、プリザーブドフラワーであった。

 

 その純白をトレーナーの手に渡す。透き通るような白さ。脱色したからではなく、元からこのように白かったのだろうと思えるような、たしかな美しさがそこにはある。

 

「プリザーブドフラワーを贈る意味は、〝ずっと一緒に〟」

 

 未来を祝う。それだけのことに、どれほどの重みがあるのだろう。

 きっと言葉にすれば簡単なものだ。幸あれかし。そう告げるだけで、祝福は完了する。たった一言だけでもいずれ訪れるはずの幸福を祈ったことになって、その言葉に価値が生まれる。そんなもので満足できるのだろうか。少なくとも、エイシンフラッシュにとってはそうではなかった。

 

 今までトレーナーには数えきれないほど多くのものを貰ったから、その中の少しだけでも返したかった。たった一言だけで済むような想いではなかった。その全てを言葉にしてもきっと語り尽くせないほどに、胸の中には雪のような淡い初恋だけが降り積もっている。

 

 だからこその枯れない花だったのだ。ずっと一緒にいられますように。長く思い出の中にいられますように。────いつまでも、隣で祝福できますように。一言だけで終わらない、心からの言葉を、貴方に。

 

「枯れない花とは言いますが、それでも不滅なわけではありません。一般的にプリザーブドフラワーの保存期間は五年から十年。湿度の高い日本だと、どれだけ適切に保存しても五年。それは私が初めて作ったものですから、さらに短く見積もって一年()つかどうかでしょう」

 

 当然、どれだけ保存に気を使ったとしても、物質なのだから劣化は免れないものだ。

 年単位で()つのだから花としては充分に長い。そうだとしても、いつか花弁は朽ち果てて、その純白を黒く染める。そこに込められた想いまでいずれ消えて無くなりそうな、至極当たり前の諸行無常。作られた後は風化していくだけの花の形骸は、ある意味ではただ物悲しいだけにも見えてしまう。

 

「ですから、私は来年も、貴方に花を贈ります」

「このプリザーブドフラワーを?」

「はい。来年も、再来年も。これから先、ずっと花を贈ります」

 

 エイシンフラッシュはいつかのバレンタインのことを思い出していた。

 ドイツにはバレンタインにチョコレートを贈る文化がない。パートナーに贈り物をする習慣そのものはあるが、花が主流であり、チョコレートなどの物品を伴うものではない。そんな中でトレーナーに一輪のバラを贈ったとき、このような話をした。

 例えば、普段花を飾らない人がいる。その人に花をプレゼントすると、相手は日々の中に花を感じることになる。

 だが花はいつか枯れ、捨てるときが来る。その時初めて、贈られた人は『生活の中で花を飾る』という新たな選択肢が自分の中に生まれたことを知るのである。そしてもしかすれば、贈った相手のことを思い出すかもしれない。

 

「貴方の日常に、私の花を添えましょう。私の祝福を添えましょう。その花が褪せてしまったら、また新たな花を贈りましょう。そうやって日常の隅に私の祝福を届けましょう。これが、私なりのクリスマスプレゼントです」

 

 溢れるほどの恋心と感謝を。

 隣にいる時間と権利を貰った。共に歩む資格と猶予を貰った。それは彼にとっても同じことで、きっと互いに与え合って、貰い合っている。どちらの方が多いかなんて話を始めれば、お互いに譲らずに埒が明かなくなってしまうだけ。それはもう去年やったことだから、とりあえずは何も言わないけれど。

 

 トレーナーはエイシンフラッシュと手元の花を交互に見遣り、小さく笑った。それはまるで、敵わないとでも言いたげな表情だった。

 

「参ったな。俺もプレゼントを用意したのに、こんなに素晴らしい物を貰ったら、出していいものか迷ってしまう」

「あら、トレーナーさんからも何かいただけるんですか?」

「もちろん。まあ、去年みたいなリースじゃないんだけどさ」

 

 彼が取り出したのは小さな箱だった。クリスマスカラーの上品な包装が為され、見るからに贈り物だとわかるリボンが隅に飾り付けられている。

 

「開けてみて」

 

 言われるがまま包装を剥がすと、中から出てきたのは────

 

「時計……ですか?」

 

 手のひらに収まるような、金の懐中時計であった。

 ローマ数字の文字盤と煌びやかな黄金色のフレームは、豪奢な空気を持ちながらも、しかし決して眩しすぎることはない。チェーンを持ってぶら下げてみると、その重量は厳かな見た目に反して軽く、しかし針は正確に時を刻み続けていた。自身の持つ腕時計と比較しても、その正確さに一秒のズレもない。

 

「正直ね」

 

 トレーナーは言った。

 

「時計のプレゼントっていうのはどうなんだろうとも思ったんだよ。今はスマホもあるし、君は自分で腕時計も持っているだろう。贈っても使わないんじゃないかって」

「そんなことは」

「うん、無いんだろう。君の性格なら、その時計もきっと大切に使ってくれる。そう思ったから選んだというのが、まず一つ」

 

 一つということは、また別の理由もあるのだろうか。それを訊こうとしたエイシンフラッシュと彼の視線が合わさった。彼は口元に花を持っていき、不敵に微笑んだ。「もう一つはね」と告げられたとき、その純白の花が、いつかのバレンタインのバラと重なった。

 

「君が昔教えてくれたことだよ。日常の選択肢。その時計があれば、君は時間を確認するとき、スマホと、腕時計と、懐中時計のどれかから選べるようになる。それまで二つしかなかった選択肢が三つになる。それはとても素敵なことなんだって、そう教えてもらったから」

 

 ────覚えていて、くれたんだ。

 

 そんな何気ない日常の一幕でさえも彼の中に残っているという事実に、どうにかなってしまいそうだった。贈り物の時計を胸元で握り締める。高鳴る鼓動がうるさくて、この左胸からの振動が耳の裏まで届いてしまいそうなほどだ。

 

 だが、それもきっと仕方がないことなのだろう。トレーナーは何も言わないが、言われなくてもわかっている。エイシンフラッシュはそれをよく理解している。

 何故なら、時計を贈る意味は────

 

「本当はチェーンも特別なものにしたかったんだけどね。それは来年にしよう」

「それはまた何故?」

「だって、プレゼントは未来を祈るものなんだろう。君がその時計を使い続けてくれるなら、俺は来年、君にチェーンを贈ることができる。たとえ1ドル87セントしかなくてもね」

「大切なものを売ってしまってはいけませんよ」

「わかってる。だから、君が見ていてくれ」

 

 まるで冗談を誤魔化すかのように肩を竦める彼を見て、エイシンフラッシュは小さく笑った。口元を隠したどこかの令嬢のような上品な笑みだった。その微笑みに合わせて揺れる濡羽色の髪は、女王の宝石よりも美しかった。

 

「じゃあ、プレゼント交換も済んだことだし」

「ええ。それでは、パーティーを始めましょうか」

 

 クリスマスは大切な人と過ごす日である。心許せる誰かと共有する時間はあっという間に過ぎていき、それはまるで、時間というものが()()色の翼に乗って軽やかに飛んでいくようなものであった。なんて、そんな使い古された比喩が出てしまうほどには、エイシンフラッシュにとってこのクリスマスパーティーは心温まるものであった。

 

 家族のように大切な、家族ではない大切なヒト。そんな人と二人きりで過ごせるこの一日に祝福を。聖なる夜に静かなる喝采を届けよう。この想いが朽ち果てぬように。

 

 そうして時は過ぎていく。ただ幸せなまま、懐中時計の針は進んでいく。

 

「メリークリスマス、トレーナーさん」

 

 さて、エイシンフラッシュが贈ったプリザーブドフラワーであるが、その名前について最後に書き記そう。

 純白の花。穢れなき花。想いを乗せる花弁と、少女の選んだ願いの結晶。

 その花の名は、アングレカム。

 花言葉は『祈り』。そして────

 

「また二人で、楽しいクリスマスを」

 

 ────『いつまでもあなたと一緒』。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 夜になれば魔法は解ける。女の子であれば誰でも知っているその当たり前は、エイシンフラッシュにとっても例外ではなかった。

 テーブルに並べられた料理は減っていき、時計が刻む針は頂点を目指す。ただ二人でお喋りをする、そんな静かなパーティーはやがて終わりを迎え、その頃になると、月はすっかり高く登っていた。冬の寒空に光の穴が空いたようなそれは、満月とまではいかないものの、しかし透き通った色をしていた。

 エイシンフラッシュはその月の下を歩いていた。刺すような空気が身を包んでも、しかしその身体は火照ったように熱かった。

 

「後片付けは俺がしておくよ」

 

 数十分ほど前のことである。トレーナーはそう言った。エイシンフラッシュとしては自分が用意したものであるから片付けも自分が、と思っていたのだが、「君は準備を頑張ってくれたから」と彼に押し切られ、結果こうして一人月の下を歩いている。事実、夜間外出の届出は寮長に出しているものの、外泊届は提出していないために、あまり遅くなり過ぎるのも考えものであった。それを鑑みれば、シンデレラの魔法が解けるより前に寮に戻ることは正しい選択ではあった。

 

「では、後日二人で片付けましょう。貴方もどうかお帰りを」

 

 せめてもの譲歩案として、彼がこのような日に一人トレーナー室に残らぬようそう釘を刺したことは記憶に新しい。少しでも目を離すと一人で全て抱え込んでしまうのは彼の美点であり欠点だ。エイシンフラッシュのためを思ってのことだとわかってはいるのだが、しかし当の本人からしてみれば、愛する人が自分のせいで苦痛を背負うことは耐えられない。

 

 ────ええ、ええ、そうですとも。

 ────苦痛と苦難は分け合うべきです。

 ────ルロイ修道士*1も『困難は分割せよ』と言いました。

 

 二人で背負えるものがあるのなら、抱え込まずに頼ってほしい。

 出会ってから三年。近く四年。それほどの年月を共に過ごしているのだから、彼の持っている荷物の一つくらい預けてくれてもいいのではないだろうか。そう思わずにはいられない。

 

 エイシンフラッシュは胸の前に当てた手を優しく握り締めた。その中からは、懐中時計が時を刻む音が鳴り響いていた。それはまるで鼓動のようだった。

 

 ────だっていつか夫婦になるんですからね!

 

 恋愛脳絶好調だね。クリスマスだからかな。

 

 夫婦の共同作業、という言葉が彼女の頭を支配していた。ドイツにおいてクリスマスとは恋人達の夜ではなく家族の夜である。つまりは、トレーナーと二人きりでこの日を過ごしたエイシンフラッシュにとっては、既に彼は家族同然の扱いであった。しかも将来結婚することまで頭から確信している。

 

 ────この時計も、そういうことでしょう?

 

 贈り物には意味が付随する。

 エイシンフラッシュが贈ったプリザーブドフラワーの意味は『ずっと一緒に』や『私のことを覚えていて』というもの。枯れない花という矛盾した性質上それに似た意味が付加され、特に未来への時間軸における意味を込めたものとして扱われることが多い。このトレセン学園においては、過去にかのファインモーションが贈り物に選んだという話まである。

 

 では、時計を贈る意味とは何だろうか。

 時計もまた時間を示すアイテムである。それ故に込められる意味も時間に関わるものとなり、つまりは────

 

 ────時計を贈る意味は、『同じ時間を共に歩もう』。

 

「トレーナーさんったら私のこと大好き過ぎますね」

 

 エイシンフラッシュは恋愛模様になると途端に掛かり気味になるウマ娘だった。そろそろ固有スキル出してほしいな。もう一年くらい見てないんだけど。

 

 つまるところは、この金色の懐中時計にはそのような意味が込められているとエイシンフラッシュは解釈した。〝賢者の贈り物〟に語られるような、煌めく金時計。しかしそれでも輝きが下品に過ぎることは決してなく、彼がエイシンフラッシュのために心からプレゼントを考えてくれたのだということがありありと理解できる。

 

 値段が気になるのは否めないが、あえてそれには触れなかった。きっとこれが1ドル87セントで買えるなんてことはないだろう。トレーナーの性格を鑑みれば、エイシンフラッシュという無二のパートナーに安物を贈るなど決してしないだろうことはわかっている。

 ドイツではプレゼントの領収書を貰うことは一般的だが、あの場においてそれは無粋以外の何物でもない。

 

 大切なのは気持ちなのだ。彼がエイシンフラッシュに向けた想いこそ、何よりも価値あるものなのだ。それはシバの女王が持つ宝石の色を褪せたように見せ、ソロモン王を財宝を詰め込んだ地下室の前で羨ましがらせるような、それだけの輝きを放つ宝物なのだ。

 

 尚、言わずとも分かると思うが全部勘違いである。

 

 ────貴方の愛に、私も応えます。

 

 チェーンは来年、と彼は言った。来年のクリスマスも共にいてくれるつもりなのだと、それだけでわかった。そんな近い未来が保証されたことさえも、エイシンフラッシュにとっては何にも代え難い大切な想いだった。

 

 〝賢者の贈り物〟において、ジムとデラは若い夫婦である。互いにすれ違い、しかし何物にも代えられない大切な物を手にした賢者である。物語では語られずとも、きっとそこから先も彼らは年月を共に過ごし、クリスマスに何かを贈り合うのだろう。彼らのような幸せな結末が、きっと自分達にも待っている。エイシンフラッシュはそう思えた。そう思えるだけで幸せだった。

 なるほど、現代においても〝賢者の贈り物〟が人気な理由が、少しだけわかったかもしれない。

 空を見る。星を見る。月を見る。冷たい風が肌を撫でても、寒くなんてなかった。何よりも温かいものは、既に貰っているのだから。

 

「Ich liebe dich,mein Schatz.」

 

 その言葉を聞いていたのは、空に微笑む月のみであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「釘、刺されちゃったな」

 

 日が回るかというその時刻に、トレーナーは未だ学園にいた。とはいえ仕事をしていたわけではない。エイシンフラッシュがトレーナー室を出てから今までに然程時間が経過しているわけでもなく、単に彼が未だ帰っていないというだけの話である。

 

 そろそろクリスマスも終わろうかという時刻にも拘らず、部屋の中はクリスマスムード一色だ。楽しいパーティーは終わり、あとは部屋と心を現実に戻す時間である。

 トレーナーとしては前準備をエイシンフラッシュ一人にさせてしまった都合上、せめて後片付けくらいは一人で済ませるつもりではあったのだが、当の彼女から「後日二人で」と言われてしまった以上は何もできなかった。料理を乗せていた皿だけは彼女と共に帰る前に全て綺麗にしたものの、クリスマスツリーや内装はまだその輝きを充分に放っている。

 時計を見た。26日になっていた。それらの役割は終わった。

 

「……帰ろうか」

 

 思えば、昼間からパーティーを始めてこの時間までいたというのは中々なものではないだろうか。二人で料理を食べながら話す。思い出話やこれからの話に花を咲かせては、恥ずかしかったいつかの話に顔を赤くしたり、去年のクリスマスはこんなことをした、というような振り返りにも手を伸ばしていた。

 

 ────時計、か。

 

 昨年のプレゼントとは少し趣向を変えてみたが、トレーナー視点では、エイシンフラッシュはいたく喜んでいたように見えた。

 今年も手作りの何かがいいのだろうかと思いもしたのだが、しかし彼としても昨年のリースを超える『祈り』の品が思い浮かばなかった。ならばエイシンフラッシュが最も喜びそうなものは何かと考えた末にたどり着いた答えが、あの金色の懐中時計である。

 

 何故エイシンフラッシュが時計のプレゼントを些か以上に喜んだのかといえば、無論それは彼女がその『意味』を知っていたからに他ならない。

 『同じ時間を共に歩もう』。贈る人とシチュエーションによって多少の意味合いは変わるが、クリスマスの恋人同士という関係であれば、その贈り物にはそれ以外の意味などあり得ない。勿論トレーナーとしてもそれを理解し、大切なパートナーに向けての想いを込めてのプレゼントがあの時計であり────

 

「そんなに気に入ってくれたのか。あのデザイン」

 

 そんなわけねえだろお前。

 

 当然、この男はそんなことを考えていなかった。彼が今年の贈り物に時計を選んだのは、エイシンフラッシュが常に腕時計かストップウォッチを持参しており、そこに新たなレパートリーを加えようと思っただけである。

 

 彼女は時間を大切にしている。それはエイシンフラッシュを知る人間なら誰もが知っているところで、無論最も近くにいた彼にとっても、最早当たり前となっている事柄である。そんな彼女への贈り物を考えたとき、やはりそれを尊重したいと思ったからこその時計という選出であった。

 いいデザインはないかとカタログを見ていたとき、彼女のイメージカラーの黒に映えるような色として金を選んだ。あまり()()()()したものではなく、瀟洒(しょうしゃ)で上品な色合いな物を選ぶというのは中々時間のかかることではあったが、それも全て世話になった相棒のためを思えば苦ではなかった。

 

 エイシンフラッシュの話に出てきたような〝賢者の贈り物〟との一致には彼自身驚いていたが、「そんなこともあるんだー」程度の認識であった。彼女が自分達の関係性をジムとデラに重ねて月夜に愛の言葉を告げていたことなど知る由も無かった。トレーナーの認識では夫婦どころか恋人ですらないのだからある意味では当然であった。段々エイシンフラッシュが可哀想になってきた。

 

「……ああそうだ。忘れないように」

 

 帰り支度を済ませる中で、彼の視界には一輪の花が映った。エイシンフラッシュから贈られたプリザーブドフラワーであった。

 白い、白い、さながら雪のような花である。今年のクリスマスには雪は降らなかったが、またこのように〝特別な日〟を繰り返していけば、いつかは窓の外が真っ白に染まることもあるのだろう。

 ならこの花は降らなかった雪の代わりだろうか。輝く月夜を白く染める、手のひらの中の雪だろうか。そんなロマンチックなことを考えて、その茎をそっと手のひらに握り込んだ。

 

「花、か」

 

 アングレカム。祈りと愛の花。

 博識なトレーナーのことである。当然彼はこの純白の花を知っており、その花言葉までも理解してしまうのだろう。そしてようやくエイシンフラッシュの想いを悟り────

 

「ところでこれ何の花?」

 

 愚か者がよ。

 

 彼の知識は花のことを教えてくれなかった。彼は花屋の前を通りかかっても、「綺麗な花だな」と思えどそこまで詳しく調べたことはない人間だった。何か冠婚葬祭などで人に花束を贈るシーンがあったとしても、店員に詳細を説明しおすすめの花を見繕ってもらうだけの人間だった。

 

 故に、エイシンフラッシュが贈ったアングレカムのことも知らなかった。何の花だろうと思いはしても、それを調べるに至るだけの前提知識からまずは不足していた。

 せめてバラくらいなら彼でも知っていたというのに……バレンタインでこいつバラ一本の花言葉全然気づいてなかったわ。解散。

 

 つまりはまたもエイシンフラッシュは告白に失敗したということである。しかし何が最も悲劇かといえば、彼ら二人がそのすれ違いに一切気がついていないことであろう。クリスマス、二人きりのトレーナー室、恐らくシチュエーション的には完璧と言っていいはずだったのにこれである。これがクリスマスの奇跡というのなら神様も残酷なことをするというものだろう。

 

 〝賢者の贈り物〟は若い夫婦のすれ違いを描いたものであるから、今まさにすれ違い真っ最中の彼らにとってはある意味ではその通りのものだったのかもしれない。しかしジムとデラはプレゼント交換の際に気づいていたが、彼らはプレゼント交換を終えてパーティーまで楽しんでもまだ気づいていない。

 クリスマス程度じゃ何も変わらないよこれ。

 

 日は既に変わっている。特別な夜は幕を閉じ、明日からはまたいつもの日々が戻ってくる。

 年末の大一番、有マ記念。そしてそれが終われば年が明け、レースとトレーニングに精を出すトレセン学園の日常が待っている。

 

 もうアドベントカレンダーに残りはない。それが少しだけ寂しくもあり、悲しくもある。そんな思いを置いていくよつにトレーナー室の明かりを消し、鍵を閉める。その手には一輪の花が握られている。明日から彼の日常となる、一輪の純白が握られている。

 

「それでは、良いお年を」

 

 その声だけを、彼は残した。

*1
〝握手〟(著:井上ひさし)の登場人物




 作中で見慣れない表現が出てきたなと思ったら、実際にモチーフに使っている作品を読んでみるといいかもしれません。きっと新しい発見がありますよ。

 感想評価があれば是非。

この戦いの最終的な勝者は?

  • エイシンフラッシュ
  • トレーナー
  • ダークライ
  • その他
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