【完結】もう恋人だと思っているエイシンフラッシュVSそんなことは微塵も考えていないトレーナーVSダークライ 作:かむくら
バレンタイン、乙女の戦争。今回はそんなお話。
ある昼下がりのことである。トレーナーはいつも通る道から外れ、知らないところを通ってみようと思い立った。気まぐれであった。
その日は午前に用事があったものだから、通常朝起きてトレセン学園に向かうのを、全く違うところに出向いていた。その用を終え、トレセン学園に戻ろうかという帰り道、ふと脇道が視界に入り込んだのである。そこは東京の中でも下町と言われるような場所であった。
表通りはどこかよそよそしく浮かれている。
そう浮かれるのも仕方のないことであった。本日は勝負の日であった。
二月の中程、まだ肌を刺すような冷気が
その日を、人は一般にバレンタイン・デーと呼ぶ。
視界の隅の脇道は、表通りよりも奇妙な親しみやすさがあった。そこはまるで大口を開けた
時計を見る。まだ時間に余裕はありそうだ。
────たまにはこういうのも、ね。
彼は一歩踏み出した。
◇◆◇
「それで、買ってきたのがこれですか?」
学園の一室でエイシンフラッシュは眼前の黄色を物珍しげに眺めていた。手に持っていたのは瑞々しい紡錘形の、ふわりと薫る
トレーナーは脇道に逸れて街を歩き、一つの檸檬を購入した。その足でトレセン学園まで戻り、担当ウマ娘であるエイシンフラッシュにそれを見せたのである。
「なんだか珍しい気がしたんだよ」
「檸檬がですか?」
「そう」
逸れた脇道の先には一つの果物屋があった。その果物屋は、店頭に漆塗りの台を置き、その上に果物が並べてあった。店の佇まいそのものは立派とは言い難いものだったのだが、何やら果物屋が固有に持つ不思議な美しさというものを象徴しているかのようだった。
トレーナーがその果物屋の前を通り過ぎたとき、真っ黒な漆塗りの上に佇む黄色が目に入った。まるで雀蜂の危険色のような色合いだった。檸檬などそこいらのどの店にもありふれているものでしかないのだが、何故だか彼はそこに並んでいる一つの紡錘形を芸術品のように思ってしまったのだ。
「檸檬に何か思い入れでも?」
「いや、無いよ。特に無い。せいぜい大学時代に友達と唐揚げに檸檬かけるかどうかでケンカしただけ」
なんてくだらないことで争っているのだろう。エイシンフラッシュの脳裏にそんな思考が
「俺は結構好きなんだけどね」
エイシンフラッシュの手から檸檬を取り、指に挟んでくるくると回す。一度回るたびにまた仄かな薫りが漂って、涼しく爽やかな海岸線が浮かぶようだった。
「君はどう?」
「好きですよ」
「思い入れが?」
「ありません。だからこそ、好きなんです」
奇妙な物言いだった。その言葉は初めから矛盾しているように聞こえる。檸檬に思い入れが無いからこそ好きというのは、一聞すれば道理が通っていない。
「ドイツには柑橘類は
ドイツの気候は寒冷で、柑橘類の栽培には適さない。基本的にそれらは日当たりと水はけの良い温暖な気候を好み、昼間は30℃、夜間は22℃〜24℃ほどが適した温度とされている。
対してドイツは、ベルリンを例に挙げると、年平均気温が9℃、平均最高気温が13℃、平均最低気温が5℃と柑橘類が育つには寒すぎるのだ。故に、現在こそドイツの店頭にも柑橘類は並んでいるが、その内のほぼ全ては輸入品である。
「ドイツ人は寒い土地で育ちますから、南国への憧れが強いのです。それこそ、バカンスのシーズンにはこぞってイタリアに行きます」
「ああ、夏は温暖だから」
「あとはスペインですね」
「そこも夏は暑いね」
かつてエイシンフラッシュは母国にいた頃も海に行くことは中々ないと言っていたが、それもそうなのだろう。ドイツの地理と気候を鑑みれば海水浴というものは一般的ではなく、一年のうちで南国に旅行に行くときに入るかどうかという程度のものでしかない。
そのことを考えれば、彼女が言う『思い入れが無いから好き』という言葉にも納得するというものだろう。つまりそれは一種の憧憬のようなものを含んでいる。彼女の言い方を信じるなら、彼女だけでなくドイツ人そのものがそういう国民性なのだろう。
「『きみ知るや南の国』。ご存じですか?」
「いや、知らないな」
「〝ヴィルヘルム・マイスターの修行時代〟、ゲーテの長編に出てくる一節です」
きみ知るや南の国。レモンの花咲き、
暗き木陰に、黄金なすオレンジ燃え、
青き空より、やわらかき風のそよぎ、
ミルテ静かに、ローレルは高くそびゆる。
きみ知るや、かの国を。
かなたへ、かなたへ、
おお、いとしき人よ、ともに行かまし。
〝ヴィルヘルム・マイスターの修行時代〟の登場人物ミニョンが歌う曲である。
ドイツ人は南国に強い憧れを持つ。それはかのゲーテでさえも例外ではなかったのだろう。彼の著作〝イタリア紀行〟にもあるように、ゲーテはイタリアに憧れ、実際に訪れ、そしてその体験は様々な作品の中にも表れている。
ミニョンの歌もその一つだ。ドイツ人の抱く幻想を、実際に目で見たイタリア像と照らし合わせて叙情的に
「私にとっての檸檬は美しい南国の象徴のようなものなんです」
「そう聞くと、君が異邦人だということを思い出すね」
「裁判にでもかけてみますか?」
「冗談じゃないよ、不条理だ」
悪戯っぽく笑うエイシンフラッシュに、困ったように言葉を返す。
すっかり日本の生活に馴染んでいる彼女だが、やはり根本のところで価値観や視点の違いを思い知る。海を珍しがり、陽光を尊ぶその姿は、生まれも育ちも日本のトレーナーには理解できない領域だ。
そういえば、と思い出す。現在よりちょうど二年前、シニア級のバレンタインの日のことである。
ドイツにバレンタインにチョコを贈る文化はない、とエイシンフラッシュは言った。贈り物をする習慣自体は存在するが、それは大体がパートナーに対してのみのもので、俗に言う『義理チョコ』というものをドイツ人はしないのだという。
トレセン学園に戻る前、通ってきた道に踊っていたバレンタインの文字は、そのほとんどがチョコレートに関するものであった。それは日本においてのバレンタイン文化がイコールで『女性からチョコレートを贈る日』に結びついていることが原因であり、また同時に学園に漂うどこか浮かれ気味な雰囲気というのも、チョコレートを贈って想いを表現する文化が起因していることは間違いない。
トレーナーはエイシンフラッシュを見た。彼女が浮かれているようにはあまり見えない。だがしかし、どこか機会を窺っているかのような雰囲気は、何とは無しに感じていた。
「花、ね」
「二年前の話ですか?」
「そう。あのときは君からバラを貰ったからね」
聞けば、彼女の父親は毎年花束を贈っているのだという。
バレンタインにおいて男性側から何か贈り物をするのは珍しいとトレーナーは思うが、これもまた国の違いというものなのだろうと納得した。この国で花束を贈る機会なんて、一世一代のプロポーズか余程の祝い事でなければそうあるものではない。それこそ、最後に花束を見たのはエイシンフラッシュがURAファイナルズで優勝したとき以来である。
ドイツでは日本のように、バレンタインに勇気を出して告白、というようなことは行われない。『好き』という言葉は好意の確認であり、普段からそれなりの立ち回りをしていれば、仲の良い男女はその関係性を何の申告もなく変えていく。そういうものなのだと、かつてエイシンフラッシュは言っていた。
ケーキ屋の娘として育った彼女の作る菓子がパティシエ顔負けなのはトレーナーもよく知るところであるが、しかしバレンタインという合法的に人から食べ物を貰えるイベントでそれが食べられないというのは、なんだか少し物悲しい気がした。
「ああ、花といえば、あのプリザーブドフラワーは大切に飾っているよ」
「それはよかったです」
去年はURAファイナルズの真っ最中だったために、バレンタインや正月といったイベントを楽しむことができなかった。世間はそういった時期が近づくとどこか浮き足立つものだが、しかしトレーナーという職業柄あまりうつつを抜かしている暇はない。
「バレンタインの時期、男一人だと少しチョコレートが買いづらくなるんだよね」
「そういうの、気にするんですね」
「気にしないようにすればできるけどね、まあ多少は」
檸檬をデスクの上に置く。茶色い木目の上にわずかな慣性を持って転がる単調な黄色を見ていると、それがどうにも心を落ち着けるような運動に見えた。果たしてこの黄色い紡錘形を一息に吸い込んでしまえるのではないかと思うほどに、涼しく爽やかな香りが立ち上ってくるような気がする。
ふと、そのデスク端に置かれた数冊の本が目に入った。それはいつか時間が空いたときにでも読み直そうとしていた大判の書籍であった。その白い表紙には目立つように〝The Catcher in the Rye〟と書かれていた。
トレーナーは転がしていた檸檬をその上に据え付けた。白と黄のコントラストが鮮やかに映えている。デスク、本、檸檬の順で積み上げられたそのちぐはぐな色の諧調が、二月の冴えた空気の中で一際異彩を放っていた。
「何をしているのですか」
「さてフラッシュ。この檸檬が爆弾だったら、君はどうする?」
「その想定はあり得ません」
「そうだね。その通りだ。だけど日本人の中には、これが爆弾に見える人もいるんだよ」
とん、と軽く紡錘形の側面を叩く。指先で弄ばれるそれが爆発するなんて、エイシンフラッシュには到底信じられないことだった。
「〝檸檬〟という話がある」
〝檸檬〟。
梶井基次郎の手になる短編小説で、代表作。
語り手の心に潜む『えたいの知れない不吉な塊』と、不意に抱いた
梶井基次郎本人が京都に下宿していたときの体験を元に、その当時抱いた鬱屈した心情と一つの檸檬に出会った感動、そしてその檸檬を爆弾に見立てるという空想が話の主軸となっている。
想像してごらん、とトレーナーは言った。今この檸檬が派手な爆炎を噴き散らしながら
「なんてまあ、無意味な空想だけれども」
バレンタインに噴き上がるのは恋の炎であって物理的な破壊の炎ではない。エイシンフラッシュはふと窓の外を見た。この今日という日に、これ幸いと
世間ではバレンタインとは乙女の戦いの舞台だという。なるほど、恋を闘争や競争に見立てるなら、この日は実にちょうどいい攻め手である。それこそチョコレートという特大の爆弾を携えて、心惹かれる誰かに想いを伝えに行くのだろう。
告白とは関係性を一変させる行為である。さながら日常の中に潜む爆弾だ。一度爆ぜれば簡単には元に戻らないし、散ったまま時間の流れに吹き曝されることもあるだろう。初恋の味を檸檬のようだというのなら、その
「せっかくの檸檬を爆発させてしまうなんてもったいないですよ」
「そこはほら、そっちとこっちの違いかな」
どちらにしても、檸檬が『美しいもの』として扱われているのには変わりない。
ドイツ文学における南国とは、言ってしまえば厳しい気候とは無縁の理想郷であり、ある種
梶井基次郎の描いた檸檬の像もそれに似ている。彼にとって檸檬とは、その
「この冷たい檸檬を握って手の熱を紛らわす。あるいはコートや
「まるぜん……マルゼンスキーさんですか?」
「違うよ。京都にそういう書店があるんだ」
取り出したハンカチの上にレモンを乗せる。ゆらり、ゆらりと不安定な振動の後、音もなく倒れて転がる。トレーナーはそれを拾い上げて、また本の上に乗せた。
後にも先にも、街が浮かれるバレンタインに檸檬で遊ぶことなどそうはないだろう。トレーナーはこの日に大した思い入れがあるわけではない。学生時代から、ただ単に人からチョコレートが貰える日程度にしか思っていなかった。それもトレセン学園でトレーナーとして働き始めてから──より正確に言うなら、エイシンフラッシュの担当になってから──貰えるチョコレートの数もめっきり減り、今となっては街に繰り出し赤くはためく
「天皇賞・春のときにでも見て来ればよかったかな。〝檸檬〟の聖地を」
「梶井基次郎がお好きなんですか?」
「特別思い入れがあるというわけではないけどね。ただ、美しい言葉を使うとは常々思うよ」
もし梶井基次郎が生きていた頃にバレンタインがあったなら、果たしてどんな言葉でその文化を紙に残したのだろうか。
詩的で、幻想的で、企業の思惑に乗っている世間を皮肉るのか、それとも想いの交錯する日を賞賛するのか。肺尖カタルに冒されたその身に余る甘味を受け取って、誰より高い体温で溶かしてしまうのか。
想像してみると、会ったこともない誰かの意思を追体験しているような気さえしてくる。それこそ、今ならこの檸檬が爆弾だと信じてしまえそうなほどに。
「……トレーナーさん」
「何かな」
「今日はバレンタイン、ですよね」
随分と今更な言葉だった。カレンダーを見る。2月14日。当然のように、そこにはバレンタイン・デーというありきたりな文字が浮かんでいる。
「梶井基次郎の〝城のある町にて〟に、このような言葉があります」
そこでようやく、トレーナーはエイシンフラッシュに抱いていた、何か機会を窺っているかのような不思議な違和感の正体に気づいた。
バレンタイン。エイシンフラッシュとトレーナーが二人。このシチュエーションなら、導き出される答えは一つしかない。
「『私はおまえにこんなものをやろうと思う。
一つはゼリーだ。ちょっとした人の足音にさえいくつもの波紋が起こり、風が吹いて来るとさざなみを立てる。色は海の青色で──ご覧そのなかをいくつも魚が泳いでいる』」
彼女の手には、一つの箱が乗っていた。
赤い、四角い、小さな箱。最低限のラッピングと、飾り気というものを極力排したかのような外面には、一つ彩るようにリボンが結ばれている。
「Alles Gute zum Valentinstag────ハッピーバレンタイン、トレーナーさん」
その箱の正体はチョコレートだった。
「ドイツには義理チョコの文化は無いんじゃなかったっけ?」
「その言い方はイジワルですよ」
「ごめんね」
「たしかに、ドイツにはそういったものはありません。ですが、私は贈り物をするのを悪いことだとは思いませんよ」
エイシンフラッシュからトレーナーにその箱が渡る。
小さくともたしかに感じる重み。それはチョコレートのものか、それとも込められた想いに由来するものか。
数値にすれば数十から数百グラム程度で表せるそれは、果たして万感の感情が詰まっているものであろうか。
考えると答えに詰まる。けれどきっと、彼女の真剣な表情を見れば、それが嘘でないことだけはたしかにわかってしまうのだ。
「そういえば、なんだけどさ」
ふと、疑問に思ったことを口にする。
「君は日本の文学を読むとき、ドイツ語に訳されたものじゃなくて原文のままを読むよね。それはなんで?」
美しい言葉。麗しい言葉。
先人の残した煌めくような一文は数あれど、エイシンフラッシュの口から、それらがドイツ語となって出てきたことはない。
「なんで、ですか」
「日本語よりそっちの方が読みやすいよね、きっと」
「それはまあ」
「なのに君は原文で読んでいる。それがどうにも不思議だ」
あまりにも流暢に喋る故に忘れそうになるが、彼女にとって日本語とは馴染みのない言語のはずである。少なくとも留学に来るまでの十年以上をドイツで過ごし、日本に滞在している期間はその半分にも満たない。最初に出会ったときから日本人顔負けの語彙を持っていた彼女であるが、それでもやはり母国語の方が理解しやすいところはあるのだろう。たまに漏れ出る聞き慣れないドイツ語はその証左だ。
少しだけ考えるような素振りを見せて、エイシンフラッシュはその疑問に答える。
「さて、何故でしょうね」
そう言った彼女は、まるで試すような、悪戯好きな薄い笑みを浮かべていた。
「ああ、いえ、理由はあるんです。ですが、それは敢えて言うまでもないことなんです」
「そう言われると気になるね」
「言いませんよ。なので、ご自身でたどり着いてください」
人差し指を唇に当てる。どうやら本当にそれ以上何か教えてくれるつもりは無いらしいと、トレーナーは理解した。
答え合わせの時は来るのだろうか。そんなことが気になったが、今の彼女の様子を見るに、推論を話しても小さく微笑むだけだろう。
「ああ、ですが」
「何かある?」
「バレンタインにチョコレートを渡す方の気持ちを、少しは理解できたかもしれません」
「それは?」
「突然の贈り物に驚き、意味を考える相手の顔を見たいから」
随分と冗談めかした言い方をするものだと、彼は思った。過去のエイシンフラッシュの言動を振り返れば、たしかに彼女はサプライズをするのに躊躇いが無い少女である。
ならばこれもその一つなのだろうか。このチョコレートと〝城のある町にて〟の言葉に含まれた意味も、彼女が日本語で本を読むのも、何かサプライズ的に意味が込められたものなのだろうか。
考えていると、エイシンフラッシュが時計を見た。
「では、今日はこれで」
「この後に何か?」
「ファルコンさんたちにもチョコレートを頼まれているんです。腕が鳴りますね」
「なるほど。行っておいで」
「はい。行ってきます」
踵を返しトレーナー室から出ていこうとする。その背中を見て、そういえば、と最後にトレーナーが声を上げた。
「ホワイトデーにはお菓子でいいかな。一つ、檸檬を使ったものでも作ってみたい」
「無理はしなくても大丈夫ですが」
「いや、作らせてくれ。ちょうど今、お菓子作りに興味が湧いたところなんだ」
「それは何故?」
返される疑問に、彼は答えた。
「君が好きだから。それだけじゃ、理由にならない?」
その部屋には檸檬の薫りが漂っていた。
◇◆◇
その褐色には乙女の夢が詰まっている。
カカオ、砂糖、その他沢山の感情。感謝、友情、親愛、それに恋慕。どこか浮かれた空気が流れるこの一日のトレセン学園は、きっとバレンタインという特別なイベントの雰囲気にあてられた故のものだろう。
ドイツには義理チョコを贈る文化が無い。基本的に贈り物をするのは男性側で、最もオーソドックスなのは花だ。贈る相手も大体がパートナーであり、そもそも何もしないというカップルや家族も数多い。
それでもスマートファルコンから「フラッシュさんのチョコ食べたーい!」と要望されれば、『友チョコ』という今までやったことのない文化に手を出すのもまた一興と思えた。
郷に入れば郷に従え。日本のトレセン学園という場所にいるのだから、
スマートファルコン用、カレンチャン用、ゴールドシップ用、トーセンジョーダン用、ナカヤマフェスタ用、ダイワスカーレット用、ミホノブルボン用、その他これまでお世話になった人たちへ。それぞれ名前を書いたシールが貼られた鮮やかなラッピングの小箱を取り出し────しかしその中に、トレーナーに渡した赤いラッピングと同じ色の物は、一つとして存在していなかった。
一つ一つ取り出し、紙袋に入れていく。冷蔵庫のある寮のキッチンには誰もいなかった。未だ放課後になったばかりで日も高い。ウマ娘によってはトレーニングをしていたりお出かけをしていたり、それこそどこかで友チョコ交換会のようなこともやっているのだろう。
そう、今ここには誰もいない。故に────エイシンフラッシュの真っ赤になった顔を見る者も、存在しない。
────好きって言われちゃったぁぁぁぁぁあ……!
落ち着け。
しかし、こう取り乱すのも無理はない。いくら品行方正を絵に描いたようなエイシンフラッシュとて、スケジュールと礼儀のヴェールを剥がせば未だ齢20に満たないただ一人のウマ娘である。
故に、恋した相手から一言『好き』と告げられるだけで回路がショートしてしまうのも、また仕方のないことである。
────すすすすきって、好きってそういうことですよね!?
────聞き間違いじゃないですよね!?
────遂にトレーナーさんから言ってもらえたんですよね!?
当然彼女の聞き間違いでも幻聴でもない。その確信があったからこそ、エイシンフラッシュはここまで舞い上がっていた。この幸福な瞬間で時が止まってしまえばいいとさえ思った。ああ、なんて美しいのだろう、この世界は。
「……やっと、言ってくれたんですから」
トレーナーと出会ってから、あと少しで四年になる。
二人一緒に歩んできた道。二人一緒に歩んでいく道。思い出という足跡を残して進んでいく旅路の中で、未だエイシンフラッシュは、彼からの愛の言葉を聞いたことがなかった。
告白をしないのはドイツの文化だと、かつてのバレンタインに彼女は言った。言葉もなく、境界もなく、ただゆっくりとその関係性を相互の無言の認識の中で変えていく。そういうものだ。そういうものだとしても、やはり言葉にしてほしい。君が好きだと、一言でいいから告げてほしい。そう思ってしまうのは、決して悪ではないはずだ。
そんな中で、一番欲しい言葉を貰えた。そのなんと幸福なことだろう。初恋の檸檬のような味の、なんと甘酸っぱく爽やかなことだろう。
────ああ、なんて大胆な人なのでしょうか。
────予定ではもっと先だったのに。
「これはもう、卒業したらすぐにでも籍を入れていいかもしれませんね……」
エイシンフラッシュは恋愛模様になると途端に掛かり気味になるウマ娘だった。もう固有スキル発動しな……あれ?(Guten Appetit♪ 最終コーナー以降に3回追い抜くと抱いた誇りを力に変えて最終直線で速度を上げ続ける)出るんだけど???
ドイツには義理チョコの文化は存在しない。どころか、女性からチョコレートを贈る文化も存在しない。ドイツはチョコレート大国としても名高いが、そんな国のバレンタインは花の香りが漂う感謝を告げる日でしかない。
とはいえ、エイシンフラッシュも日本に来て長い身である。トレーナー以外の男性に義理チョコは用意していないが、そんな中でラッピングまで変えて彼にだけチョコレートを用意した理由など、一つしかない。
────大本命、なんですから。
日頃の感謝を。溢れ出るほどの想いを。その小さなお菓子に込めて。
それだけで全部が伝わるとは思っていない。それでも、郷に入れば郷に従うように、日本なりの方法で愛を伝えよう。
────ちゃんとハート型にしましたしね!
君結構恋愛観お子様だね?
事実、エイシンフラッシュの精神性にはまだ幼い一面もある。人並み以上に努力をして、人並み以上に大人に見られる彼女だが、それでも心の内側に抱えた悪戯好きな一面や少女性は皆無ではない。
その上恋愛に関するサンプルもトレーナー相手の初恋しかないのである。そもそも彼女は終生恋愛対象を彼だけで生きていくつもりなのでそれ以上の経験を積み重ねようがない。故にこそ、彼女は正しい恋人との付き合い方など知らないし、最も近しいスマートファルコンを参考にしようにも、彼女は最も参考にならない恋愛をしているのでどうにもならなかった。
恐らくエイシンフラッシュに最も近いモデルケースはスマートファルコンである。にぶトレーナー……*2。
そう、エイシンフラッシュの精神性はまだ成熟し切っているとは言い難い。不器用で、堅物で、変なところで真面目で、それでも隠し切れない強かさがある。彼女はそういうウマ娘だ。
だからこそ、彼女は常日頃から学んでいる。自身がより効率的に成長できるよう、日常の
そしてそれはまさに、彼が言った疑問さえもそうである。
────〝君は日本の文学を読むとき、ドイツ語に訳されたものじゃくて原文のままを読むよね〟
時に、異なる言語を学ぶのに最も効率的な方法とは何だろうか。
教科書を見るか。教室に通うか。否、そうではない。
最も効率的な勉強法は、その言語話者の恋人を作ることである。
恋人が異なる言葉を使うのなら、それを理解するためにそれを学ぶ。あらゆる語彙を蓄え、文法を習得し、愛する人の口から出る文脈を理解しようと努めるものだ。
エイシンフラッシュが日本語の文章を読むのも、
────もっと、貴方と言葉を交わしたいから。
彼の言う全てを知りたい。そのために、慣れ親しんだドイツ語ではなく日本語で本を読むのだ。ひどく単純な理由。端的な恋心こそ、彼女の日常の原動力の一つである。
意思疎通を図りたい。切実なまでのその想いを、彼と同じ言葉で伝えたい。美しいコンテクストを知る彼と同じ視点に立ちたい。ただそれだけのことである。だがそれこそが、恋する乙女には何よりも重要なのだ。
貰った大切な一言を噛み締めるように、胸の奥に仕舞い込む。きっとこれからどんなことがあっても、今日という日を忘れることはないだろう。とある年のバレンタインに、幸せな思い出を一つ心のアルバムに増やした。
そのとき、スマートフォンから軽快な電子音が鳴った。スマートファルコンからだった。
内容を見るに、どうやら皆集まっているらしい。それだけ自身のチョコレートを楽しみにしてくれているようだと、エイシンフラッシュは嬉しくなった。すぐに行きますと返事をして、全員分のチョコレートを入れた紙袋を手に提げる。
日本的なバレンタイン。ドイツ的ではないバレンタイン。異郷で過ごすこういう日も、中々どうして悪くない。
「それでは、行きましょうか」
誰にでもなく告げた言葉は浮かれていた。その後味は、まるで檸檬のようだった。
◇◆◇
バレンタインというものは、トレーナーにとっては無縁なイベントだった。順当に進学を重ねトレセン学園に就職してきたこれまでの人生で、彼はとうとう恋人という存在からは縁遠いままであった。
学生時代を振り返ると、たしかにチョコレートを貰うことはあった。その頃はどの年も決してゼロということはなかったし、差出人不明の物が靴箱に入っていたことも一度ではない。交友のあった女性の友人からも何かしら渡されていた記憶はあるし、自分に人気があるとは思っていなくとも、そういうものを貰える程度に友人たちから好感を持たれているという自負だけは存在していた。
エイシンフラッシュが去り、一人になったトレーナー室で、彼は受け取った赤い箱を見ていた。ぎらぎらとした飾り付けがされているわけでもない、リボンだけが装飾された質素な包装。もう食べていいのかな、なんて思いながらも包装を外せば、中からはそういった専門店のチョコレートギフトと遜色の無いほど精巧な物が入っていた。
────ハートなんだ。
その形は綺麗な左右対称のハート型であった。
トレーナーとて、バレンタインには無縁であってもそれがどういう日なのかは当然知っている。女性から男性にチョコレートを贈るイベント。中には勇気と口実を貰って告白をするようなこともあるという、恋愛的に重要な意味を持つ一日だ。
そんな日にハート型のチョコレートを受け取る。普通に考えれば、そこにはやはり特別な意味が付随するものだ。
「これしか型なかったんだろうな……」
なんでそうなる。
しかしトレーナーにそんな発想は無かった。そのハート型のチョコレートを見ても尚、まあ市販の物にもハート型なんてありふれてるし、としか思っていなかった。
彼にとってのエイシンフラッシュはただの担当ウマ娘である。その関係性に恋愛感情が入り込んでいるなどということは──トレーナー視点では──あり得なかった。故に、このハートを見たとしてもそこに義理以外の何かが含まれているとは、彼には全く想像がついていなかった。
とはいえ、事前にエイシンフラッシュからはドイツに義理チョコの文化が無いということを聞かされている。異郷においてバレンタインとはパートナーに日頃の感謝と好意を示す日であり、であれば、このチョコレートも義理チョコではないと考えるのが普通だろう。
将来を誓ったカップルか、既に誓いを交わした夫婦か。そういった関係性で贈り物をするのが向こうでのスタンダードであり、これを贈られたトレーナーは、つまりエイシンフラッシュから『そういう相手』として見られているのは当然なわけで────
「そんなに日本の義理チョコ文化に馴染んだのか……」
たしかに友チョコ用意してたけどさ、そうじゃないじゃん。もっと他に考えるべきことあったじゃん。
少なくとも、トレーナーの中に自分が恋愛的な感情を向けられているという想定は存在していなかった。だからこそ他人からの感情は全て友好や親愛の情のみであり、そういった関係性の相手から贈られるプレゼントは義理以外に無いと考えているのである。
また、これまでのエイシンフラッシュを見ていると、なんだかんだと日本の文化に馴染んでいることが多いために、「まあそろそろこっちのバレンタインをする気にもなったのかな」という結論にたどり着いてしまっていた。ある意味ではトレーナーがエイシンフラッシュのことをよく知っていたからこその悲劇であった。
────日本の文化、といえば。
先程自分が投げかけた問いを思い出す。
何故エイシンフラッシュは日本語で本を読むのか。当然、異国の言葉より母国語の方が意味は理解できるものである。翻訳という一工程を挟んでいるが故の多少の意味のズレはあっても、日常生活に不便がない程度の語学力ではその読解に労力を伴うだろう。
いくらエイシンフラッシュがそういった頭脳面に優れた才媛であったとしても、年月という絶対的な差を覆すことは中々に難しいものだ。特に日本語は習得難度の高さで知られ、尚且つ近代文学ともなれば難解な言い回しも多くなることだろう。
「答えは自分で、か」
問いの答えをエイシンフラッシュは与えなかった。トレーナーならわかるはずという信頼だろうか。彼はデスクの上のチョコレートと檸檬と〝The Catcher in the Rye〟を順番に見遣った。はて、自分がこれを原文の英語で読もうとしなかったのは何故だろうかと、彼は檸檬を一度指で叩いて考えた。
────ああ、なるほど。
「好きなのか」
そして彼は、ついにその答えを導き出した。
「日本が」
そっちじゃないんだよなあ。
トレーナーが〝The Catcher in the Rye〟を原文で読まなかった理由は、彼がサリンジャー、ひいてはアメリカという国と英語という言語そのものに特別な感情を抱いていなかった故のことである。
これはさして不思議なことではない。だが、エイシンフラッシュが数年日本に滞在する中で、この国に対して愛着のようなものが出ていたとしたら、それはそこで発生した文化にも向けられるのではないだろうか。
それこそ〝城のある町にて〟は梶井基次郎の私小説的な面が強く、「今、空は悲しいまで晴れてゐた」という有名な一文は、日本語特有の美しさを持っている。それを考えれば、もし彼女が日本への特別な感情を持って原文を読みたいと思うことも、然程不自然ではないように思えた。
今更だが、これは全てトレーナーの勘違いである。彼は恋人の言葉を理解したいだとかそういう機微の一切に疎かった。エイシンフラッシュはトレーナーなら理解してくれるという絶対的な信頼を置いていたのだが、それも全て水泡に
だがそれでも、本日この男はもう一つ、特大の爆弾を落としていた。
「ああそうだ。お返しも考えないと」
ホワイトデーという、バレンタインで貰ったものを何かの形で返す日。一ヶ月後に控えるそれについて、彼は現段階から考え始めていた。
指先で転がす檸檬を眺める。エイシンフラッシュは檸檬、というよりも柑橘系に少し憧れがあったようだから、それを使って何か作ってみようかと思いついた。
チョコレートと柑橘を使うならオランジェットなどが代表的だろうか。これまでお菓子作りにはあまり手を出したこともなかったが、これを機に挑戦してみるのも面白いのかもしれないと、彼は密かに心を踊らせていた。
────フラッシュが好きだからね。
そう、この男は遂にエイシンフラッシュへの特別な感情を獲得して────
「フラッシュがお菓子作り好きだし、俺もやってみるか」
その言い方は流石にダメだろ。
残念ながらトレーナーの中に恋愛感情は未だ芽生えていなかった。しかも最悪な言い方で誤解を招いていた。
彼の言う「君が好きだから」は「エイシンフラッシュが(恋愛的に)好きだから」ではなく「エイシンフラッシュが(お菓子作りを)好きだから」と言う意味であった。流石にどうかと思う。そんな言い回しするやつ他にいない……え? アドマイヤベガのトレーナーが同じことやったんですか?
*3嘘だろ……
一ヶ月後のこの日を思い浮かべる。あまり手先が器用な自信は無いが、果たしてその日の自分は上手くお返しができているだろうか。その道のプロにも近しいエイシンフラッシュに渡しても恥ずかしくないものが作れているだろうか。
感謝を込めて義理チョコを作ってくれたのだろうから、自分もそれ以上の感謝を込めなければならない。そんな当然のことを空想して、彼はなんだかその日のことが楽しみになってきた。多分込めるべきものは感謝以外にある。いやそんなこと考えてないんだろうけど。
────本当に、ありがとうね。
そっと、指先でチョコレートを摘まむ。冬の空気に当てられて、仄かに冷えたそれが、彼の指から熱を奪っていく。
ハートのチョコレート。心臓の形をしたチョコレート。その端を食んだ。舌の上に、甘くて冷えた塊が落ちた。
「……ん、甘い」
窓の外を見ると、どこかのウマ娘が小箱を手に、対面の誰かに意を決したように何かを伝えている姿が見えた。
二年前、エイシンフラッシュはバレンタインに告白をする文化を不思議がっていた。その不思議が、恐らく今、目に見える場所で行われている。
どうにも奇妙なものを目にした気分だった。チョコレートを舌の上で溶かした後に残る
「どうか、幸せでありますように」
結ばれるべき人々が、時を超えて幸福でいられるように。そんな少しばかりの祝福をして、トレーナーはまた一口、チョコレートを噛み砕いた。
「……俺もそろそろ考えるべきなのかなあ、そういうの」
その部屋には檸檬の薫りが漂っていた。
この戦いの最終的な勝者は?
-
エイシンフラッシュ
-
トレーナー
-
ダークライ
-
その他