暁の向こうへ   作:出張族

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雨の匂いと日差しの強さ 10月某日 0952

 この女川湾の一帯はそれなりに複雑な地形をしている。牡鹿半島の一部を湾岸部に持ち、半島が擁する丘陵は海に浮かぶようにぽっかりと南へ延びてゆく。沖合には出島が残暑の日差しを受けて景気の良い緑で彩られており、自然が織りなすコントラストは美しい。

 

「鮮やかに島流しですねー。本日は晴天なりぃ、なんちゃって」

 

 このコントラストが本当に鬱陶しい。私は狂人1匹と根暗1人を引き連れて流刑よろしく、新しい配属先へと向かうところだ。識別表示のない飛行甲板を撫でながら、向けたくもない足を向ける。

 

「やっぱり、私達は要らない子なんでしょうね……。空の青さがまぶしいわ、はぁ」

「扶桑ー、気持ちは分かるけどさ。溜息何回目よ、それ」

 

 私達は型落ち、能力不足、人格に難ありの兵器や軍人としての落第印を押されて呉から追い出された。そりゃ、完全な上位互換が生まれたり、戦線に出る度に大破したり、提督に文字通りに噛みつくような奴らは不良品としてゴミ箱に投げ捨てられるに決まっているだろう。

 

「ふふ、懐かしい香りがするっぽい」

「来たことあるの?ここら辺」

「あるっぽい!」

 

 来たことが有るのか無いのかもう良く分からない。というかどうでもよくなった。

 

「あぁ……、そう……」

 

 私も扶桑さんと同じく何度目か分からない溜息を吐かざるを得なかった。

 

「一応、湾内に入って少しのはずよ、私達の漂着先は」

「扶桑さん、機関が壊れたっぽい?」

「扶桑さんが言っているのは皮肉よ、ひ・に・く」

 

 慣れあいながら先へ進む私達の頭上から聞きなれた飛行音が響いた。

 

「あれは……艦載機かしら? 間違って爆撃されないわよね」

「流石にそれはないんじゃない? というかあの練度の高さは……」

「誰か迎えに来てくれたっぽい♪ぽいぽい!」

 

 手を振りながら海上で器用に飛び跳ねる夕立の報告に空を見上げていた目線を下げると、誰かが一人でこちらへ向かってくるのが見える。

 ポニーテールが風にやんわりと押し流されている。柔らかな所作としゃんと伸びた背が気品の高さを自然に周知させている。

 

「鳳翔……さん?」

「あら、蒼龍ちゃん。お久しぶりですね」

 

 私達、空母の母とも言える歴戦の艦がぽつんと立っていた。この自然豊かな女川湾に相応しい出で立ちで、溶け込んだように自然でいながらその存在はしっかりとそこに感じられた。

 

「お久しぶりです、鳳翔さん。私もここに来てしまいました」

「扶桑さんも壮健なようで何よりです。遠路はるばるだったでしょうに」

 

 その大人の女性としての完璧な振る舞いに私はまざまざと格の違いを見せつけられて心の中でうなだれてしまう。それにしても、鳳翔さんほどの練度を持っている人がこんな辺鄙なところに飛ばされてしまうというのは、なにやらもやもやとした思いが大本営に向かってしまう。

 

「こんなに穏やかで平和なところに来れて良かったですね、鳳翔さん。あの時は少し疲れてたみたいでしたし」

 

 率直に彼女に向けて言った。ねぎらいのつもりだったのだけれど。

 

「ええ、そうですね。"私達が勝ち取った"平穏ですよ、蒼龍さん」

 

 『ぽいっ ぽいっ』と燥ぐ夕立の頭を撫でながら返答する鳳翔さんには怒気や殺気ではないけれど、何か固いものがあるような物言いな気がする。

 

「あはは……。すみません、鳳翔さん。女川警備府に到着したら、詳しくお話聞かせてもらってもいいですか?」

「勿論ですよ、ゆっくりお話ができるのはいつぶりかしら。とても楽しみです」

 

 いつも通りの鳳翔さんだった。あの違和感はなんだったのだろうか、話をすれば分かるかもしれない。少し引っかかるものはあるものの、積もる話もたくさんあるのだから警備府に行く楽しみを一つ見つけられた。

 

「鳳翔さん、鳳翔さん。ここの提督さんは誰なのかしら?」

 

 構ってオーラ前回のぽ犬が唐突に尋ねている。そういえば、私達も配属先の場所は伝達されていたけれど、左遷させられたような気持に捉われていてそこの提督については特に何も聞かされていなかった。ナイスだ、夕立。

 

「提督……ですか。いえ、ここは泉大尉が責任者となっています」

「泉……提督? ハルっぽい?」

 

 確かに話に聞く程度の艦娘の所属数では少佐の待遇とは言いにくいだろう。泊地責任者ということなのか。

 

「え、えぇ。泉晴大尉殿ですよ」

 

 先ほどまでの落ち着きのなさから一転、夕立の動きが止まった。そんな様子の彼女を見るのは初めてだ。いろいろと失礼なのは重々承知だけど、多動性を患っているのではないかと思うほどの落ち着きのなさと周囲への興味の持たなさが印象的な彼女が、静かに目を閉じてじっとしているのは私にとってかなり不気味だ。

 

「そっか、そっかぁ。なんて酷いのかしら」

「夕立さん?」

「ううん! 教えてくれてありがとう、鳳翔さん。これからよろしくね」

 

 彼女の丁寧な言葉遣いに私も扶桑さんも度肝を抜かれた。今までぽいぽい煩かったというのに、というか、そういう喋り方ができるなら最初からして欲しいんだけど。

 

「ゆ、夕立、貴方大丈夫? 変なものでも食べた?」

「なんだか、良からぬことが起きそうな気がします……」

「二人とも失礼っぽい! 私だって相応しい場所では相応しく振舞うのよ?」

 

 お互いに目を見やる私と扶桑さんをそのままに、鳳翔さんは『それでは皆さん、案内しますね』と踵を返し始めた。慌てて付いていく私達。一方、夕立は何故か勝手知ったる風で鳳翔さんを抜いて進んでいった。

 

「あらまぁ、夕立さんはとても元気ですね」

「ふふ、今日という日がいつ来るか、夢見てたのよ。漸く、漸く帰ってこれたっぽい!」

 

 何が何やら分からない。ただ、狂っただけの子だと思っていた。各地の前線へたらい回しにされ、その過酷なまでの戦場での営みが彼女の心をずたずたにしたものだと。今までの彼女は全くの別人かと思うほどの豹変ぶりに私と扶桑さんは戸惑っていた。

 

「夕立って、あんな表情するんだね」

「酷い扱いを受けていても無表情だったり、ひきつるような笑顔しか見たことありませんでしたし……。ちょっと私には理解が及びません……」

「そうだよねぇ……。でも、あっちが本当の夕立なんだろうね」

 

 私達はつかず離れず女川湾に受け入れられた二人の後を追うように警備府へ向かって行った――。

 

――――――

――――

――

 

 警備府はこじんまりとしていた。けれど、質実剛健とした出で立ちはやはり軍事施設として建設されたことを物語っている。

 てっきり吹けば飛ぶような張りぼて然とした設備だと思っていたのだが、本館や入渠所、倉庫にしろ確りとその存在感を強く押し出していた。なにより、発着所は綺麗に清掃されておりゴミ一つない。酷い場所ではそこら中に鉄くず同然の艤装が散らばっていたり、砲弾や魚雷が無造作に積み上げられているような雑然としていることの方が多いのだが、ここは管理を徹底しているようで存外に感心してしまった。

 そんな整然とした波止場の上にここの提督が迎え入れの為に立っていた。

 

「それでは、皆さん。提督の前です。整列を――」

「て い と く さーん!!!」

 

 そして、そこには鳳翔さんの号令をかき消して、海上から1mくらいある高さを一息に駆け上がるおバカさんがいた。『あらあら』と困った表情の鳳翔さんを誰もが同情するだろう。やっぱりあの子は狂っているじゃないかと半分確信した。

 

「久しぶりね、晴提督! 夕立のこと忘れてないかしら? ふふ、忘れるはずなんてないものね」

 

 件の提督さんは驚きのあまり動けないでいるようだ。そりゃそうだろう、夕立のしていることは規律を乱すような行為だ。軍人としては決して受け入れられないと思う。

 

「……夕立……夕立か……。よく来てくれたね。おかえり」

 

 なにやら様子がおかしい。二人の世界が形成されているような。提督らしき男は腰に抱き着く夕立を振り切るでも叱りつけるでもなく、したいようにさせて頭を撫でていた。

 

「んー。ロリコン?」

「軍人の風上にも置けませんね……」

「二人とも失礼ですよ、とりあえず、私達も上がりましょう」

「でも、あんなに世界観広げられたら私達邪魔じゃない?」

「はぁ……自己紹介もさせてもらえないのかしら」

 

 考えるにもどっと疲れた私達は重い体を引き摺って発着所から陸に上ってとりあえず、二人の前に並んだ。鳳翔さんはというと『こほん』と咳払いを一つ、注意を引いた後に提督を窘めた。

 

「提督、配属される艦娘は夕立さんだけじゃありませんよ。懐かしむのは良いですが、まずはするべきをしましょう」

「あぁ……、僕が悪いね。申し訳ない」

 

 ようやく夕立を引きはがした提督は、彼女の背を押して私達側へ遣りながら謝意を示しながら返礼をしてきた。格好つけるにしたってもう色々と遅いんじゃないですかね。

 

「初めまして、提督さん。蒼龍型一番艦、蒼龍です。主力空母の1隻として、上手に使って頂戴ね」

「扶桑型戦艦、扶桑です。よろしくお願いいたします」

「白露型駆逐艦4番艦、夕立。女川警備府への配属、謹んで拝命いたします」

 

 背中がむず痒い。ものすごい勢いで突っ込みたい。『夕立、貴女そんなキャラじゃないでしょう』って。

 

「女川警備府、泊地責任者の泉だ。皆、呉なんてところからわざわざ航行してくれたこと、有難く思う。なによりその旅路を無事に遂げご苦労だった。今日のところは寮に案内しよう。体をしっかりと休め、気持ちを落ち着けてから本格的な話をしようと思う」

 

 どうにもお優しい提督さんなことだ。確かに航海でへとへとな私は潮風まみれの体を洗い流してやるのが最優先事項なので、すぐさま休めるのは素直に嬉しい。

 

「重ね重ねご苦労だった。以上、解散」

 

 挨拶を終えて敬礼を行うので、形式に沿って返礼を行った。

 『皆さんのお部屋はこちらですよ』と案内してくれる鳳翔さんに率いられて寮へ向かう。航海もさることながら、今日の出来事の方が大いに疲れを感じる。私はこれを今日最後の溜息にしようと思いながら大きく息を吐いた。

 

「およ、お疲れだねー。大丈夫ー?」

「北上さん、お久しぶりです。相変わらずの調子で羨ましいです……」

「扶桑ちゃん、なんか小さく見えちゃうよー?」

 

 間延びした声がしたかと思うと北上さんと扶桑さんは面識があったみたいで小さく話に花を咲かせている。

 

「初めまして、蒼龍です。よろしくね、北上さん」

「おっすおっすー、よろしくー。空母が来てくれたからには北上さんもお役御免かねー」

 

 軽薄な雰囲気を振りまきながら彼女は私に手を差し出してきたので、私も『そうやってサボっちゃだめですよー』と握り返した。この感じが許されるならここではそれなりに伸び伸びとやれそうで一安心だ。

 

「追加で配属されるって聞いてたけど、今日だったんだねー。ウチに来たのは二人だけ?」

「いえ、あと一人、ぽ犬こと夕立が来たよ」

「夕立? ぽいぽいが口癖の?」

「え、うん。なんか、いきなり提督と二人の世界を作ってて――」

 

 と、私の言うことも半分に彼女は波止場の方へ走ってしまった。彼女も夕立と知り合いなんだろうか。というか、夕立は一体何者なんだろう。

 むずむずと好奇心が成長しつつあった私はシャワーを浴びる予定を変更して、三角関係が出来そうな現場へ出歯亀することにした。なにやら不穏な雰囲気、ちょっと面白そうだ。

 

「扶桑さん、私ちょっと様子見てくるよ」

「あまり、首を突っ込まない方がいいかと思いますけど……」

「離れて見てる分には大丈夫じゃないかな。複雑な三角関係? 乙女的にはちょっと気になるじゃん」

「蒼龍さん、少し悪趣味ですよ」

 

 扶桑さんの背中から不穏なオーラが見え隠れしている。超弩級戦艦の背中でも隠すことが出来ないとは、流石鳳翔さんだ。

 

「えへへ……。ごめんなさい! 部屋にはあとで誰かに聞いていきまーす!」

 

 私も北上さんよろしく一目散に走りだした。目指すは波止場、どんなことになっているのか興味が尽きない。どろどろとしていながらも甘酸っぱいシーンが広がっているかもしれない。こんな面白そうなチャンスはそうそうないのだから、鳳翔さんの言うこととは言えどみすみす見過ごすことは、私にはできない!

 

 『まったくもう、あの子ったら』『まぁまぁ、あとで少し"お話"すれば良いと思いますよ……』となんだか不穏な会話が聞こえた気がするものの振り払って前へ走る。

 角を曲がればすぐに波止場だ、さてはてどんなドラマが繰り広げられているのでしょうか。

 

「ふふ、提督さん。こうやって会えるのを待ちわびていたっぽい。また、一緒に海に出ましょう」

「そうだね……、積もる話もあるし後でゆっくり――」

「夕立? 帰ってこれたの?」

「北上さん! 久しぶりっぽい! そうね、帰ってこれたわ。本当に、懐かしいな」

 

 なんだろう、なんか普通に散り散りになった戦友の再会というだけだった模様だ。なんだか拍子抜けだ。

 

「提督、よかったねー。本当、心配してたんだよ」

「ぽい? 夕立は元気っぽい! 二人ともMI以来かしら」

 

 提督はくしゃくしゃと夕立の髪を乱しまくり、北上さんは先ほどの軽薄さは鳴りを潜めて親愛を感じさせる声音で話しかけていた。『MI以来』ということはその作戦に従事したとき以来……MI?

 それは2年前の失敗した作戦だったはずだ。その失敗がきっかけに各地で編成を大きく組み替えたなんて噂を聞いたことがあるけれど、本当のことだったみたいだったのか。

 

「あぁ、全員じゃないけれど、無事な顔が見れてよかった。今日からよろしく頼むよ」

「当たり前っぽい。ハルと一緒ならどこまでも戦えるわ」

「んふふ。今度はハイパーになった北上様が夕立の活躍を奪っちゃうよー」

「ずるいっぽい! 私だって強くなったのよ、負けられないっぽい!!」

 

 そんな和やかな会話が繰り広げられるのを私は眺めている。思ったような光景ではないけれど、これはこれで嘗ての仲間がお互いに慈しんでいる姿に私も目頭が熱くなってくる。それが狂犬である夕立とはいえ死線を共にくぐった仲間の絆はかけがえのないものなのだから。

 ハンカチで目元を抑えながら『うんうん』と一部始終を見守っているに間に、提督は執務に戻るようでどこかへ行ってしまったようだ。

 私の視線の先には2人の艦娘、戦友としての関係を持った彼女達が海を眺めながら並んでいた。

 

「北上さんは、提督さんを守ってくれてたの?」

「んー、守れたかなぁ。私にできるのはごろごろすることくらいだよ」

「ふふ、いつも通りっぽい……。北上さんがここに居てくれてよかったと思うの」

「――私としては複雑だけどね」

「あら、オブラートに包むなんて珍しいわ。……なにかあったの?」

「なにもなかったよ。なんにも。――夕立が羨ましいよ。ううん、正直妬ましいかな」

「ん。その方が貴方らしいわ」

 

 これは――。本当に三角関係だったのだろうか。でも、このハードな雰囲気は流石に盗み聞ぎするのはまずい気がする。いや、土台そういうことをしようとしていたわけだけど、こんなにヘヴィなこととは思わなった。いや、あれは本当に夕立? なんか女として負けてる気がする……。はぁ。

 私は無粋すぎたと反省して大人しく寮へ戻ろうと波止場に背を向けた。

 

「蒼龍ちゃん、聞いてたの分かってるよー?」

 

 脚が動かない。ばれてた? いや、ばれていたのにあんな会話をしていたんだろうか。雰囲気は真剣そのものだったけれど、まさかそういうお芝居だった?

 なんにせよ、名前を呼ばれちゃ出てこないわけにはいかない。いやだいやだいやだ、脚が腰が体が、全力で拒否反応を起こしている。それでも、このまま出なかったらその方が今後の私の生活に響いてくるだろう。ギギギという効果音を感じるほどに体を軋ませて波止場に顔を出した。

 

「いやー、あはは、あの、なんかちょっと見てしまって……。お邪魔なら消えますので、どうぞごゆるりと……」

「いやー、別にそんなことないよー」

「そうっぽい。聞き耳立ててたのはお行儀が悪いけど、別に気にしてないわよ?」

「あー、えー、その――」

 

 いや、寧ろ気にしてください。というか逃がしてください。恐る恐る彼女たちの顔を見ると悪戯っぽい微笑みを浮かべていた。

 

「えっと、そのお芝居かなにかで――」

「私達の会話に嘘はないっぽい」

「嘘が無いのか有るのか、それじゃよくわかんないんじゃない?」

 

 『えー』と不満げな夕立に対して北上さんは楽しそうにくすくすと笑いを堪えている。嘘じゃないなら、こんな会話は恥ずかしくて他人に聞かせたくないと思うけど……。

 

「私はハルに初めて会った時から、北上さんは2年前のあの日から、ハルの事が大好きっぽい。もちろん、女の子として」

「そだね。まぁ、私には荷が勝ちすぎたみたいだけどねー。隠し立てするようなことでもないし」

「そもそも深海棲艦が居なくなるまで、ハルも女に現は抜かせないっぽいー」

「それもあるけど、全部終わって私達が居続けられるのかも良く分かんないしね」

 

 『あと寿命とかね―』と淡々と彼女たちは喋っている。それは、そんなに軽く触れていいようなものじゃないと思うんだけど。

 

「でも……、でもさ、もしも提督とずっと一緒に居られるとして、そしたら……二人は――」

「そんなたらればの話をしたって無意味だよー」

「でも、もしも一緒に居られるなら、私は北上さんであっても負ける気はないっぽい」

「あはは……」

 

 なんなんだろう。二人の関係性も提督との思いも良く分からない。全部ぐちゃぐちゃに見える。

 夕立がまっすぐなのは分かる。狂っているのかと思ったけれど、彼女は恋をしているんだろう。凄く衝動的で勇ましくて、尊敬と愛着が混ざり合っている。自己中心的と言えば聞こえは悪いが、尽きぬほどほとばしる情熱が成せる業だろう。提督へ激しいほどに自分の愛情をぶつけている。

 北上さんは……諦めているけれど、恋い慕っているのか。自分が報われなくても提督が良ければそれで良いというような、破綻するほどに焦がれている。母性的で包容力があるような、恋した人の幸せを守り抜きたいという信念を感じる。

 そして、それはそれでいて二人ともお互いに心を許していて、それぞれの在り方を認めている。

 全く分からない。どんな精神性を持っていたらこの関係のまま並んで立っていられるのか。

 

「ともかく、夕立が来てくれてほっとしたよー。いや、本当に。提督も立ち直れると思うんだよね」

「ううん、北上さんが一緒にいてくれたから、ハルは潰れなかったっぽい」

「そうかなー。――そうだといいな」

 

 それは、まるでバトンを託すように北上さんは夕立を見つめているかのような――。

 

「そもそも、提督は二人にとってどんな人なの?」

 

 多分、それが急所だろう。二人にとってどんな存在なのか。それを聞けばもう少し分かるかもしれない。このまま良く分からないものを見せつけられていてはちょっと体調だっておかしくなると思う。少なくとも夜は眠れなくなることは必至だ。

 二人とも『そうだねぇ』と思案している。なんだか、私は背筋を伸ばした。

 

「夕立にとっては、初めての人っぽい? 色んな初めてをくれたし、私の初めても全部明け渡したのよ」

「全部?」

「そ、全部。文字通り、身も心も」

 

 やはりロリコンか……。

 

「提督はロリコンじゃないわよ? 」

 

 おっと顔に出てしまっていたみたい。とはいえ、身も心もってそれ、大本営にばれたらやばいんじゃ……。

 

「言っておくけど、他の軍部の人間なんて人を象った人でなしっぽい。ハルが守れっていうから守るけど、私は他人もこの国も興味ないっぽい。寧ろ、塵も残さず消えたほうがよっぽど平和なんじゃないかしら」

「まぁまぁ、それは言いすぎだよー」

 

 これは、依存じゃないだろうか。寄る辺がそこしかないというのは不健全だ。行き過ぎた恋というのは狂気と同じで、この世界で生きるならある程度は割り切る必要があると思うけれど。

 

「私にとっての提督ねー。うーん」

「北上さんも初めてをあげたっぽい?」

「あげたっていうより、貰ったって感じー? 肉食な夕立と違ってもっとプラトニックなものだけど」

 

 くすくすと笑う北上さんに夕立がぽかぽかと腕を回して抗議している。でも、それは仕方ないんじゃなかろうか。ぽ犬かと思ったら狼でしたと……。

 

「ま、そこらへんは良いじゃん。ここに居たら少しずつ分かってくんじゃないかなー」

「おお、大人の余裕ってやつですかね」

「おほほ、ハイパーな北上様は人生経験も豊富なんよ」

「夕立だって経験値はたっぷりあるっぽい!」

「いや、動物的に取って食ってるでしょ、それ」

「むー、蒼龍さんにはそのうちパーティの招待状を送るわ。今決めたっぽい」

「やだやだやだ、ぜっっっったい行かない!!」

「諦めなよー、夕立は引きずってでも連れてくよ?」

「ぽい! その時は北上さんも一緒っぽい!」

「お、お誘いとは良き良き。張り切っちゃうよー」

「お願いだから、やめてください……」

 

 なんだろう、いつの間にか和やかなムードの中に私が入っている。私の中にあった不気味さや気色悪さが鳴りを潜めていく。少しだけ、この人たちを知ったから、未知な部分が減ったから恐怖しなくなったんだろうか。

 笑いの絶えない遣り取りを見ていると何か心地よいような気持を抱く私を発見した。お互いのことを個として尊重し理解を深めているからなのかもしれない。

 

「まー、そんな話はおいておいて。蒼龍ちゃん、改めてよろしくね」

「そんな逃げ方ずるいっぽい! 蒼龍さん、北上さんの出番無くすくらい戦果を挙げるっぽい!!」

「そしたら、私は提督室で昼寝でもして待ってるよー」

「とってもとってもずるいっぽい! 特等席は譲らないわ」

「まぁまぁ、二人ともその辺で……」

 

 と、バカみたいに燥いでいると雨の匂いがしてきた。西の空を見てみると厚い雲がこちらに伸びてきているように見える。これは一雨降っちゃうかもしれないし、その前に警備府の中に入ったほうがよさそうだ。

 

「なんか、雨降りそうだし、警備府に入らない? ついでに私の部屋も案内してくれたらなー、なんて」

「ぽい? 私もお部屋教えてもらわなきゃいけないっぽい!」

「はいはい、私ら濡れると提督がご機嫌斜めになるかんねー、案内がてら非難しよっか」

「よろしくです!」

「北上さんと警備府探索かしら? 楽しくなってきたっぽい!」

 

 この対照的で相容れなさそうな二人の先輩に連れられて、私は警備府へ足を進めた。動機は多分に不純だったかもしれないけれど、結果オーライだ。狂人だと思っていた子は愛が人より多いだけだし、諦めていると思ったけれどその実、固い信念のある人だったってことが分かった。

 いまだに良く分からない関係性ではあるけれど、この二人は私を"蒼龍"として接してくれていて、ごく自然にその関係の中に受け止めてくれている。それは理解できないはずなのに素敵なことのように私の眼には映った。

 型落ちと役立たずの流刑地なんて噂は嘘っぱちだったみたいで、そんな話を信じた自分が恥ずかしい。まだここに居る全員を見てすらいないけれど、決して酷い場所ではないと確信した私の足取りは安心して歩みを続けている。

 

「なんだか、自由なところだねぇ」

「自由すぎて、ここ以外じゃやってけなくなるかもよ」

 

 北上さんがウィンクしてくる。

 

「大丈夫、ここにずっと居れば問題ないっぽい」

 

 夕立が私の腕に絡みついてくる。

 私は空母だ。空を自由に行く艦載機の母だ。こうしている中でピンときた。彼女たちの在りようは、空を行く戦闘機乗りのそれに似てることに。

 雨に荒れる雲の中でも穏やかな日の光を浴びているときもどんな空模様に逆らわず、"そうあれかし"と飛んでいくのだ。静かに受け止めて、自然と行くべき場所を見つけて、そこへまっすぐ進んでいるって私には見えた。

 

「なるほどね」

「分かったっぽい?」

「骨を埋める覚悟はできたー?」

 

 いたずらに私を弄っていた彼女たちは、そんな私のセリフに顔を見合わせて、『ぷっ』と吹き出して笑い始めていた。なにがおかしいのか分からないけれど、私も笑いたい気持ちになった。

 『そうあれかし』、一緒に笑いながら警備府の中を自由に歩くのが楽しくてしょうがない。

 

「貴方達じゃ、自由すぎてどこに行っても合わないだろうなってこと」

 

 忘れ物を見つけた気分だ。スペック不足を断罪され、被弾が多くて役立たずと言われ、そうしてぽろぽろと落としてきた何かを見つけた。雨の匂いと日差しの強さと。

 ここが私の空だったみたいだ。

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