打鍵音 MM月DD日
これは女川湾を受け持つ、ある警備府の戦闘記録と、元陸曹の手記や当時の所属部隊から取材した記録である--。
カタカタとキーボードを打つ音がする。陰気くさい事務所ではマイナー雑誌の記者達が日銭を稼ぐために文字を生み出していく。
「なんだ、この記事」
血色の悪い壮年の男性が記事をつまみ上げて眺める。よれよれのスーツからあまり良い生活が出来てないことが伺える。
「いや、碌に面白そうなことも無いので、ドキュメンタリー的にまとめた連載小説にしたら面白いんじゃないかと思いつきまして」
こちらも肌白く正気を感じられない青年。小柄な体躯はすらっとしているというより、げっそりしているといった風。艶のあるショートヘアとは対照的に、サイズ違いなジャケットが背中を覆っている。
「あー、お前、物書き志望だったもんな。よく、こんな弱小出版社に齧り付いてるもんだよ」
「それ、言っていいんですか」
「いいだろ別に。誰も気にしちゃいねぇし、お前も好きなこと書けるからだろ? にしても、こんな古い記録がよく手に入ったな。当時のことは、殆ど上が握り潰してるだろ」
『まぁ、そうなんですけどね』と青年は答える。
「うちの親戚にこの部隊にいた人がいましてね、そのツテです」
「てことは、艦娘達にも?」
「久方ぶりに会いましたねぇ。相変わらず可憐ですけど、全員僕より年上のおばあちゃんです」
「はー、またラッキーなコネだねぇ。合法ババアとは珍しい」
「いくら編集長でも怒りますからね、その言い方は。僕の面倒見てくれた人たちなんですから」
「ハイハイ、悪かったよ」
2人の間の会話は途切れ、また打鍵の音ばかりが鳴り響く--。
これはこの平和な日本が来る前の話。英雄にされた軍人達と艦娘と呼ばれる都市伝説の裏側。僕、中津海日凪はこの物語を纏めることで少しでもその風化を止めることが出来れば
嬉しい。
取材を受けてくれた人たちの台詞が思い浮かぶ--。
『そうだねー。じゃー、暁にだけ話そうか。他のみんなには内緒ってことで』
『-ーお前は……、殺すために俺たちを海に送るのか?』
『それは……上官命令でありましょうか?』
『『戦場以外で『死ね』なんて言う権利はないんだ』、か……』
『サバーカ!! 右からくるよ! 備えてっ』
『本当に、なんて芽出度いのでしょう』
『『空はあんなに青いのに』ってのは誰の口癖だっけね』
最後に思い出したのは僕の大叔父と仲が良かったあの墓守--。
『--あなたの雨はもう止んだかしら?』
これは女川湾にかつていた部隊の生きた物語だ--。